だいぶ大昔のこと、たぶん大学時代のことだと思うが、ある女の子に告白して振られたことがあった。当時の私は男女関係の機微に問題を抱えており、振られて当然だと普通に思うが、それから何十年も経って当時のことを思い出すと、実は少々もったいない人を相手にしたのではないかと思っている。この女性はこれまで私が振られた数多い女性とは「ある部分」が決定的に違っていた。

 詳しくは書かないけれども、どうもこの人、いい年をしてこの年齢まで男性経験(交際など含む)がほとんどなかったようなのだ。だから告白されて戸惑ったはずだし、今考えれば当時の私が想定する以上に色々考えて抵抗していたように見える。それに本人は気づいていないようだったが、私のこともかなり長い間、実に詳細に観察していたようだ。

 惜しい話である。恋情に曇った当時の私の目には見えなかったが、彼女はたぶん今も昔も私の身の回りにはほとんどいない「善良な人」だったのである。だからもう少し人柄を知りたかったし、もっと話をすべきであった。もっともこの件には彼女も知らない私だけの理由もある。

※ 「善良な」といっても具体性に乏しいが、「裏表がなく、正直で、人に含むところなく真面目な人」くらいのニュアンスでこの文章では十分である。確かにいそうでいそうにない。

 私の初恋の人というのはそれより10年ほど前の話だけども、転校していなくなってしまい、その後ガンで亡くなったと聞いていた。白い肌の鳶色の瞳の少女で、最後に会った時にじっと見つめられたことを覚えている。ある意味、私はこの女性の面影をずっと追っていて、先の彼女に恋情を感じたのも、仕草に亡き恋人に通じるものがあったからである。だから通常の男女交際で問題になるようなことは問題にならず、後先も考えなかったのである。

 ただ、今の私が問題だと思うのは、当時の私には彼女の善良さが見抜けなかったという悔しさである。見抜いてさえいれば、もっと丁寧で良識的な対応ができたはずだし、その人柄についても昔の恋人の代用品以上に評価したはずだからだ。

 現実の世の中では、人の真意を見抜くことは難しい。見た目の半分は誤解と思って差し支えないが、その反応は定式化している。人は軽んぜられれば報復を以て応ずるし、尊敬を持って接すれば敬意を持って遇する。私の振る舞いには彼女に対する敬意が欠けていたことは認めざるを得ない。

 長々とした話はこれまでとして、だいたい昔の彼女など今見るものではないし、つい先日のNHKの健康番組で彼女とは別の(振られた)女性を「偶然」見てしまったが、昔の面影は多少あるものの円柱体型で肌の色の悪い年増のおばさんで、信大かどこかの運動実験の被験体だったが、あまりの醜さに見るに耐えずにチャンネルを変えてしまったことがある。歴史は思い出に過ぎないとは、確か福沢諭吉の言葉である。

 ウクライナ軍の前司令官だったザルジニー将軍は駐英大使に任命されたが、全軍の総司令官という私の彼女より誤解されやすい地位にある人物としては解任後の身の振り方が注目されていた。ゼレンスキーと外務大臣のクレバが用意したのは大使職だったが、たぶん(おそらく善意の)彼らもあまり意識していなかったこととして、この職業はウクライナでは文民で、将軍が大使になるには彼はそれまでのキャリアをすべて捨てる必要があったことが判明したことがある。

 この侵略戦争が始まった当時、私は両軍指揮官の履歴を調べたが、ザルジニーについてはやや異質な印象を持っていた。戦役でウクライナ軍が曲がりなりにも抗戦し得た背景には欧米の支援もあるが、全体を統括するこの将軍が歴史的見識に富み、戦役全般を通じて大局観を提示していたことがあると思っている。多民族国家で思想傾向言語もバラバラのこの国には拍子を取る人物が必要であり、ゼレンスキーは政治だが、ザルジニーは軍事でそれを体現していたように思う。あまり表に出ることはなかったが、印象として私はこの人物の視野はシルスキーなどよりはるかに大きく、その見識は軍という器には収まらないのではないかと思っていたこともある。

※ 両者は共に歴史上の事実についてコメントを残しているが、ザルジニーが論考で戦局の動向から国家の興亡までを論じたことと比べ、シルスキーの関心はどこまでも実用兵学で、二将軍の違いはかなり根本的なものである。

 だから見ようによっては謀略にも見える、ゼレンスキーらの申し出に対して粛々と大使職に応じたのは、彼の善良さを示すものだし、マクレランなどの故事も意識にあったものと思われる。疑われやすい地位にあるがゆえに、観察者は彼の善意を疑ってはいけないのであるが、そうすることは難しい状況もある。

 相対するのがロシアというのもこの戦争で個々の人物を論評する困難になる。ある意味この国、統治者に悪人しかいないのではないかと思えるような陰謀と猜疑の渦巻く国で、実をいうと私はプーチンもそれほど悪人とは思っていないが、それも彼が師事するスターリンという男の大悪魔の影響を取り除いての話である。こういう毒々しいのが隣りにいると、周りにいる人物もつい色眼鏡で見てしまうことがある。

見勝不過衆人之所知、非善之善者也
戰勝而天下曰善、非善之善者也
(孫子 形篇二)


 大事なことは正しく事実を洞察することと、その事実が機能的に動作した結果を正しく見通すことである。それゆえ私は正しくないがゆえに、昔の失恋を恥じ、将軍の善意を疑ったことを恥じるのである。

※ とはいうものの、パーティー券で小金儲けする岸田首相など、我が国の政治家のような小悪党と比較すると、悪人としての自覚はプーチンの方がはるかにあるように思う。

 

※ 件の彼女には心から詫びたいと思っているけれども、もはや手遅れであろう。

 

 先月末にアウディウカが陥落したが、その後のロシア軍にはある種の奇妙さが感じられた。弾薬にも兵力にも余力があるとされているにも関わらず、ウクライナ軍を敗走させた部隊はそのまま西進せず、進軍を停止して留まっているように見えたことがある。

※ 当然進撃すると見えただけに、徴募兵で水ぶくれしたロシア軍には複雑な作戦を実行する能力がないのではないかと疑ったことさえある。

 奇妙なのはそれだけではない。陥落に前後してロシア空軍機が盛んに撃ち落とされているが、ほとんどがSu-34、35など最新鋭機である。長い塹壕戦の間、ウクライナ軍の脅威となっていたSu-25やKa-52はどこへ行ったのか。

※ 一連の戦いではほとんど撃ち落されなかったために温存されているはずだが、投入されなかったのは、撃ち落されても惜しくない(安いから)ではない理由があったというのが考えられることである。おそらく爆弾搭載量が少なすぎたのだろう。

 これは後知恵になるが、これらの疑問については、やはりいつまで経っても陥ちない鉱山都市の攻略につき、年初あたりから戦術変更のテコ入れがあったのではないか。地上においては犠牲を顧みない容赦のない人海戦術であり、空においては絨毯爆撃による鏖殺戦を行うことを決めたのだろう。Su-34は爆弾搭載量8トンの大戦中のB-29に匹敵する大型攻撃機である。

 そんな攻撃をやられたら制空権のないウクライナ軍はたまったものではない。が、ロシア空軍の犠牲も相当なもので、同空軍は60機ほどのSu-34を保有するが、開戦からの損失に加え、2月だけで10機以上が撃ち落とされ、3月も日1~2機のペースで撃ち落とされたことから、重攻撃機部隊は壊滅状態である。あと、攻撃機の影に隠れて目立たないが最新型のT-90戦車もかなりやられている。

※ 保有数60機といっても、ローテーションなどあるので実際に使えるのは20~30機程度である。Su-34は開戦からでは20機以上が撃ち落されており、さらに10機以上失ったことから、たぶん、今使える機体はほとんど無いように思う。

 アウディウカを陥しても、ロシア軍の損耗のペースは減ることはなく、むしろ増えているが、昨年来から何かと物議を醸したウクライナ軍の総司令官交代は成功したようである。シルスキーは前任者のザルジニーと比べると年長で職人肌の軍人だが、その戦略は明快で兵理に叶っていることがある。戦略の変更により、ウクライナ軍は追い込まれた塹壕戦から従来の機動力重視の軍隊に戻りつつある。

 こういう状況にある場合、アメリカ軍の支援などは当てにならないとして、総指揮官としていかに対処すべきか、一つの案としては、敵軍より高速で破壊力のある兵器を集めること(その他の兵器は捨てる)、戦線を整理すること(余分な部隊を作らない)、最も能力のある指揮官を抜擢すること(平凡は役に立たない)、そして現有兵力で対処すること(後方に負担を与えない)ことが優れた戦略となる。就任以降のシルスキーの指揮は概ねこの方針であるように見える。

 後方については、ゼレンスキーの方針は上記の戦略の表裏といえる。ムダな兵器は作らない。大砲の餌になるだけのムダな兵士は徴募しない。そして経済を休ませ、国力を十分に涵養する。援助はいずれ必要になるが、援助ばかりに期待しない。

※ ゼレンスキーが全幅の支持を与えたことにより、現在のシルスキーは前司令官のザルジニー以上の権限を手にしている。これは危険だが、戦争を効率良く戦うにはその方が良いこともある。黒海の制海権が確保されたことも戦略を実行しやすいものにしている。

 ここで様子を見ると、アウディウカ近郊の戦いで温存されていたM1エイブラムス戦車が早々に撃破された件については、撃破は残念だが正しい戦術の結果と言える。最強の戦車は最も効果的な方法で使わなければ意味がない。おかげでコークス工場を守備していた第110旅団は大きな損失を受けることなく撤退し得たのだし、ロシア側の同等の戦車T-90はもっと多い数が撃破されている。

 もう一つ例を挙げれば、2月に入ってロシアの早期警戒管制機A-50メインステイが2機も撃墜されたが、この航空機は300キロのレーダーレンジを持つが、本来ならば射程300キロのウクライナのA-200ミサイルやより射程の短いパトリオットミサイルは発射を探知して回避し得たはずである。最大射程のミサイルは飛翔距離の終端付近では機動力がなく、メインステイの速力なら着弾まで100キロは後退できるのだから、実は撃ち落される方が不思議なことである。この損失は小さくなく、これによりロシアの航空作戦は半身不随に陥ったといっても過言ではない。

 シルスキーは旧ソ連で教育を受けた指揮官だが、彼が拠って立つのは民主主義ウクライナである。そして民主主義の真髄は個人の自尊と自律にある。将軍は創意工夫に溢れたウクライナの発明家たちの成果を利用することができ、これも旧ソ連軍では望むべくもなかった彼のアドバンテージの一つである。メインステイの撃墜には公開されていない真実がたぶんあるのだろうし、いかなる方法に依っても撃墜を指示したのは彼のはずである。

※ メインステイを撃墜したとされるS-200ミサイルは70年代の旧式兵器で大型で破壊力があるため両軍とも本来の防空用ではなく対地攻撃用に用いていた。このミサイルの電子機器を刷新し、1万メートル上空のレーダー母機に届くようにしたのはウクライナの技術者である。

※ 反面、北朝鮮から砲弾を大量購入したロシア軍は製品不良と不発弾に悩まされている。

 再編の方針は上に述べた通りだが、再編した部隊をどう使うかは司令官の裁量である。やはり最も適切な戦略は大軍であるロシア軍を個々に誘い出して各個撃破することである。現在チャシフ・ヤールやノボミハイリフカで行われている戦いには確たる情報がないが、これらの防御が失陥したアウディウカ、マリンカ以上でないことも確かである。そして近くのヴフレダルはプリゴジンと反目したゲラシモフが100台以上の戦車を失った場所である。

※ ウクライナ軍はロシア軍と違い、一連の戦いで将官クラスの死傷者をほとんど出していないので、経験豊富な指揮官の選抜はロシアより容易なことがある。

 ロシア軍については、おそらくは政治指導部の献策で人と兵器を大量投入したアウディウカの戦いが期待していたウクライナ軍の潰走では終わらず、クリンキのウクライナ陣地への攻撃も失敗したために、ウクライナでは「ブラウン運動」と呼んでいる戦役後の部隊の再配備と全戦線への均質配備を実施することができず、滞留した大部隊がなし崩しに戦闘に入っているようである。なまじ勝ってしまったために、戦場での将軍の特権、戦場を選ぶ権利がゲラシモフからシルスキーに移ってしまったことに彼らが気づくのはもう少し後のことになるかもしれない。

※ 高性能戦闘機を爆撃機に使うなどはいかにも政治家が考えそうな案である。

 

※ ブラウン運動・・ウクライナ軍内部の隠語で戦闘終了後のロシア軍の習性を揶揄した言葉。ほか、「オークさん」、「ラシスト」、「擬似的人型生物」など、ロシア軍や兵を呼ぶあだ名には様々なものがある。

 アウディウカでロシア軍の動きが悪いことには他の理由もある。兵力不足に悩むロシア軍はあの手この手で兵員を勧誘しているが、最近報道されたこととして、いわゆる外国人観光客、所得の低いインドやネパールの人々を甘言で誘って傭兵として酷使していたことがある。それもかなりの数であり、ネパールでは1万5千人が従軍したとされる。大半は戦死したと思われるが、傭兵でなければ食えないようなこういった貧しい国々、いわゆる南北格差に働きかけることもロシアに勝ってもらっては困る西側諸国としては取り得る戦略の一つである。

※ こういった戦略はかつてのイギリスが得意としたものである。イギリスの後はアメリカだったはずだが、MAGAで議会が機能停止していることと同じく、国務省にもロクな人材がどうやらいないらしい。今の体たらくを見ると、ケナンやアチソン、あるいはキッシンジャーは草葉の陰で泣いているのではないだろうか。MAGAが禍々しく跳梁するにしても、理由といったものはあるのである。
 

※ MAGA(Make America Great Againの略)

 

 人間不信が良いことだとか、世間のインテリは全員ディープステートとかいった考えが正しいとは少しも思わないが、この記事の編者はまず著者(サム・ポトリッキオ)の雇用主の一人が「ロシア大統領府」であることは特記すべきだろう。別に隠すことではない。本人の紹介に堂々と書いてある。

 

 内容は具体性に乏しいどうということのないもので、例によってロシアに買収されたアメリカの知識人の典型的な言説といえる。他のコラムではブレマーとの対談で「世界最高の教授」などと書かれていたが、こんなのが世界最高ならAIキョージュにすぐにやられてしまうだろう。

 

 とはいうものの、今でも内外を問わず知識人がロシアや共産主義にかぶれやすいことも本当である。例えば日本共産党はソビエトの建国にも参画した(インターナショナル)コミンテルン日本支部だが、面と向かって言う知識人はまずいない。が、経緯からソビエトの後継国であるロシアの影響がないとは考えにくい。

 

 これは別に共産主義が悪いとか、今の共産党の面子が悪人だとか反逆分子だということではない。日本共産党はソ連との関わりをとうの昔に否定しているし、中国共産党もそうである。が、公式には否定しても人脈とかコースとか個々の要素は残る。共産主義がとっくに形骸化していても、同じコースで留学したならば影響を全く受けないとはいえない。

 だからこの戦争の観察には人一倍の注意が必要なのである。ソビエト時代からのロシアのお家芸、隠れプーチンが真意を隠して言論する姿勢は卑劣だが、今さら非難しても仕方がない。情勢を見定め、論説がどの立ち位置にあるかを検討して、裏切る可能性はないか、信用できるかできないかを決めるのである。

 

 狙いはアメリカ下院のウクライナ支援法案の採決とトランプ再選と分かり切っているが、アウディウカ失陥以降の我が国で披露される報道やニュースはかなり喧しい。これはロシアが対外諜報に割いている予算が他の国とはケタが違うこともあるが、メインはアメリカで、我が国はその傍流のはずなので、なんでこうもまあキャスターや識者がウクライナ敗戦論を声高にぶち上げるのか良く分からない。

 彼ら分かっているのだろうか? もしウクライナが負けたら、これはドンバスで終わりではなく、キエフ陥落とゼレンスキーの亡命しかありえないが、対岸の火事ではなく、戦いの帰趨が見えたら、すぐに中国が台湾を占領するだろうことがある。

東シナ海の中国漁船団

 これについてはアメリカの戦略問題研究所(CSIS)がまとめた報告書があるが、分厚い割に中身の薄い内容で、あまり参考にならない。

 法案については、アメリカの制度は日本とは違うので、予算案につき衆院の議決が国会の議決となることはなく、法案は採決されるまで上下院を行ったり来たりすることになる。が、いつまでもというわけには行かない。

 支援国の内訳を見ると、兵器など軍事支援についてはドイツなどアメリカ以外の国の金額がおよそ4割を占める。つまり、アメリカの支援抜きでもおよそ10ヶ月は戦うことができ、これらの国々は支援に前向きであることから、報道は危機的だが、ウクライナが今すぐ負けるということはありえないように見える。

 ここでウクライナ敗戦キャンペーンがこと我が国でヒートアップしている裏側には、上記とは別の内容、日本政府の思惑もあるように見える。我が国は上川外相がキエフを訪問して58兆円という巨額のインフラ支援をぶち上げたが、これはウクライナでもニュースになったほどで、今までも軍事的な援助はほとんどないが、財政支援は英国に次ぎ、ゼレンスキーの給料もかなりの割合が我が国の金なのだから、支援は決して小さい額ではない。

※ そもそもインフラも作った先からミサイル攻撃される懸念もある。兆円単位の巨額の投資には保証を考えるのは普通のことだろう。ロシアと交渉する動機は岸田氏には十分にあるように思われる。

 戦争がなければ、ウクライナと我が国の同盟はメリットが多い。例えば先日我が国はH3ロケットを打ち上げたが、同じロケットなら種子島よりもウクライナで打ち上げた方がずっと簡単である。また、海上輸送については全世界の航海士の10%がウクライナ出身であり、オデッサの海員学校の規模は我が国の20倍である。これは海上輸送に依存する我が国には大きなメリットとなる。食糧自給率については言うまでもない。また、サブカルを初めとする日本文化の浸透もあり、国民は親日的である。汚職があるが、ロシアに痛めつけられているせいで本気の改革を進めている。

 それもこれもロシアに占領されなければの話だが。

 おそらく水面下で和平の仲介のようなことを岸田政権は行っていると思われる。我が国にとってはウクライナの国境線が2014年であろうと現在の占領地域を含むものであろうと別にどうでも良いことがある。アゾフスタルの製鉄所と港湾は欧州有数だったが、この種の設備は我が国にもある。ドンバス地域はロシアが占領する前から経済破綻しており、主たる産業は鉱業や重工業で、我が国が関わるメリットはない。

 計画の壮大さから、総務省の一部では「満州国復活」みたいなムードもあるかもしれない。あんなのは願い下げだが、こと今の時点でも戦争が終わってくれればという願望はあるのだろう。朝鮮半島みたいに80年も膠着状態が続けば、それもあるかもしれない。ただ、私は現地ニーズ無視のこの計画は、たぶんうまく行かないと思う。

※ 岸田氏にこの種の計画に傾倒する傾向があることは能登半島沖地震での対処に度々垣間見えたものである。思うに彼は現実から問題を把握するより、スマートに整った計画のようなものに魅力を感じる人物なのかもしれない。彼の提案したプッシュ型支援と二次避難計画は現在では完全に破綻したものとして受け取られている。

 ちなみに、インスタントラーメンは欧州ではあまり売れないので、欧州向けの製造工場があったのはウクライナである。個々に工場を作るよりまとまって作ることができ、あの農心も工場を持っていることから、ウクライナは欧州におけるラーメンの聖地である。が、韓国は岸田氏より、もう少し現実的なようだ。

 プーチンにしてみれば、岸田氏を含む我が国の政治家は20年以上の彼の政治キャリアでは幼稚なほどにお人好しで、面白いようにコロリと騙される面子と見えているに違いない。安倍晋三などは彼の弟子のようなものであった。

 

 今回も提案は反故にするつもりに違いなく、例によって何か企みがあるはずだが、それがウクライナ国民の苦痛と死を徒に引き伸ばすだけのものであれば、それは少々やりきれないものがある。

 ちなみに私は鮭はロシア産と決めている。一時期供給が滞ったが、最近は安定供給で価格も安く味も良いので、ウクライナには悪いと思いつつ、ついつい買ってしまうことがある。
 

 実はこれがこの戦争が長引き、プーチンとその取り巻きが戦争資金を手に入れ、国民を虐げて贅沢な暮らしができる理由である。ロシアは産油国で、我々が現在の生活習慣を続けている限り、制裁の名目は何であれ、軍資金はロシアに流れ続けることがあり、またこの石油消費というものが、あらゆる需要の中で最も可塑性が乏しいものであることがある。

 

※ 石油と鮭やラーメンは関係ないではないかと言う向きがあるがさにあらず。エネルギー価格は他のあらゆる分野に影響を及ぼすもので、エネルギーの高騰は多くの場合物価高に直結する。鮭は漁港から、水産加工場や保冷車での輸送、漁船にスーパーの陳列棚とあらゆる場所でエネルギー価格の影響を受けるからだ。これは他の産品も変わらない。

 

※ 典型的な例としては元々気候に恵まれていたスペインのガルシア地方では、昨年電気代の高騰を受けてオリーブ畑の散水装置の稼働を停止した。肥料は元より高くなっており、これに地球温暖化が加わった結果、昨年のオリーブは例年にない不作となり、オリーブ油の価格は二倍に高騰している。

 

 ロシアの反政府活動家ナワリヌイ氏が謀殺された件については、前日まで氏が元気だったことから、また、政治的にプーチン氏にとって必ずしも都合の良い時期ではなかったことから、先走った側近らによる「忖度殺人」の疑いが浮上している。当局は遺体の返還を拒否しているが、これはモスクワで行われる葬儀で数万人の弔問者が集まり、そのまま暴徒化して反乱という事態を恐れているものと思われる。

 ウクライナで戦争しているプーチンの政治体制が国内では案外脆いことは先のプリゴジンの反乱で応分に示されている。主力部隊はウクライナにおり、複数の都市で同時に蜂起すれば国内の治安部隊だけで対処することは難しい。ロシア革命やソ連崩壊の二の舞い、三の舞になる可能性は(極めて低いと思うが)否定できない。

 そのプーチン軍だが、再建した新鋭師団を使ってアウディウカを陥したが、様子を見ていたこちらとしては「何だこんなものか」といったものである。ロシア軍はアウディウカ以外では事実上戦闘しておらず、投入したのは現有兵力のほぼ全軍で、それでいて4ヶ月を費やしてマリンカも含む「ドネツクの魚の骨」を二本取り除いたにすぎないのだから、先が思いやられる。

 ウクライナ軍は秩序ある撤退をし、後退したノボミハイリミフカ、チャシフ・ヤールでは縦深陣形にロシア軍を引きずり込もうという傾向もある。これは軍の要望とゼレンスキーらキエフ政府の利害が一致したことによるもので、この戦争始まって以来初めてウクライナが自発的に都市を放棄した例である。マリウポリやセベロドネツクでは都市に固執して撤収の機会を逃したことが度々あり、それが大きな犠牲を生んだ。アウディウカの放棄は支援国、特に予算通過に難航しているアメリカに対する政治的シグナルでもある。

※ それでもウクライナ軍に犠牲が全く無かったわけではなかったことは、これが戦争だからである。ここ数日の戦闘は激しいものであった。

※ ロシア軍は都市を陥した後に進軍を停止し、現在は再編作業に入っているとされる。ウクライナ軍の鶴翼陣形は主導しているのが用兵巧者のシルスキーであることから、新設部隊の練度の低さ、行動に制約のあることを見抜いてのものと思われる。突出したことで追撃戦における高練度部隊の損失の比率が高くなったこともロシア軍が作戦を中止した理由と思われる。

 この2月の攻勢は予測されていたものだが、ロシア軍が新戦略や新戦術、新兵器を投入した様子はなかった。兵力において遥かに勝ることから、潰乱させた勢いでそのままドニプロ、ザポリージャに攻め入ることも考えられたはずだが、そういうことにはならず、ウクライナ軍は数キロ後退してロシア陣地を伺い、ロシアでは攻撃に向かった戦闘爆撃機4機があえなく撃ち落とされた。ロシア軍は再編はしたものの、士気は以前よりさらに低く、装備もほとんど改良されていないようである。

※ 撃破されたSu-34、35はそれまで地上攻撃で主役を担っていたSu-25のようなガラクタではなく、ロシア空軍でもトップレベルの最新鋭機である。Su-25やKa-52のような低性能機ではなく、高性能機が犠牲になっていることが特徴で、これは作戦計画の失敗だが、同じ現象は地上でも起きているように見える。

 ウクライナではロシア侵攻時には制式採用されていなかったボグダナ155mm自走砲が量産されて前線に投入されている。これはロシア軍の砲弾より大きなNATO口径の155mm砲弾を用い、中国製の400馬力エンジンで1,200キロの走行可能距離を誇るが、装甲と搭載弾量を除けばロシアのどの自走砲よりも機動力に富み、主砲の最大射程も10キロ以上長く、ヒットエンドランに適した車両である。乗員の生残性も重視されており、キャビンは二重装甲で対ロシア戦の戦訓を生かしたものになっている。人命を消耗品扱いするロシアとウクライナの違いが兵器の現場にも反映されており、司令官はより巧妙な作戦を取ることが可能になっている。

 黒海においては装備の違いはより顕著な差を生んでおり、ドローン軍団によってロシア黒海艦隊は5隻にまで撃ち減らされ、黒海の穀物輸出は再開されている。昨年9月の司令部への爆撃で一時は死亡説が噂されたソコロフ提督は正式に解任が決まったようだが、提督の生死は未だ不明で、所在不明から現在まで副司令官のピンチュク提督が指揮官だったという話もあり、ソコロフが爆撃で死亡ないし重傷という話が事実なら、ロシア黒海艦隊は半年近くもの間、死人を司令官に任務を遂行していたということになる。呆れた話だが、あのロシアならありそうな話である。

 

※ あとゲラシモフもここ数ヶ月所在不明であるが、これはウクライナ方面軍全軍の司令官である。

 

 ロシアとしては寡兵だがなぜか存続しているキリンキのウクライナ電子要塞が次なるターゲットと考えられる。リマンは中央管区軍の縄張りで、キリンキは当初から無謀、死地と呼ばれつつも上陸以降ロシア軍を何度も跳ね返し、ロシア戦車を数百台スクラップにしたウクライナの真の新鋭兵力である。6月以降まで持ち堪え、F-16戦闘機が加勢に加われば、ここはロシア空軍の文字通りの墓場になるかもしれない。

 

※ リマン・クビャンスク方面を担当する中央管区軍はどうも他の軍団とはイデオロギーが違うらしく、それなりに攻撃はするが深入りもしないというロシア軍の中では変わった用兵をしている。前司令官のラピンが方面軍総司令官を務め、またそれなりに有能であったことから、この部隊はロシア軍の中でも現場裁量がある程度許される一定の地位を持っているようである。おそらく前司令官のジドコ(死亡)、ラピンの影響で司令部が侵略に乗り気でないので、また装備が格別良くもないので、ここの戦況が大きく動くことはあまり考えにくい。

 

※ ラピンは開戦当初の4司令官の中ではドヴォルニコフに次ぐ年長組で、ドサ回りで階位を上げてきた経歴も異色の指揮官であるが、率いる中央管区軍は4軍団中最弱のB級部隊(装備が悪く小規模でロシア人もいない)だった。が、そのせいか政治的な注目を浴びることがなく、部隊も期待されない割には4軍団のどの軍団よりも善戦し、西部管区軍を崩壊から救い、リマンを通じたハリコフからの退却を滞りなく行うなどそれなりの手腕を示している。が、政治的にはプーチンにはノー眼中の将軍であり、彼の元部下も含めて、今でも閑職のマイナー軍だと思われる。エリート集団の西部管区軍、プーチンの私兵と化した南部管区軍と東部管区軍など政治化したロシア軍にあって、ワグネルとすら関係を持たない中央管区軍の政治色のなさは異色のものでもある。

 

※ 4管区軍の司令官の最後の一人として残ったラピンが失脚したのは戦場で無能だったからではなく、彼を憎むプリゴジンの讒言によるものである。

 

※ 2022年当初のロシア4管区軍の司令官の顔ぶれはドヴォルニコフ(南部管区軍・元帥・60歳)とチャイコ(東部管区軍・上級大将・シリア時代のドヴィルニコフの弟子・40歳)、ジュラヴリョフ(西部管区軍・上級大将・エリート集団を率いる、42歳)、ラピン(中央管区軍・上級大将・56歳)の4名である。現在は全員解任され、兵力不足から東部・西部管区軍は事実上解体されている。

 

※ 4管区軍で装備が最も優れ、モスクワ守備の最精鋭の部隊はサンクト・ペテルブルクに本拠を置く西部管区軍だが、ウクライナ侵攻ではドヴォルニコフに骨抜きにされ、それ以前も人事でプーチンに酷遇されていたことから、ゲラシモフが初代司令官のこの軍団は戦争ではほとんど役割を果たさないままフェードアウトした模様である。エリート集団との政争はプーチンの勝利に終わったことから、軍が叛旗を翻すことは今後のロシアでは起きそうにない。

 

※ 極東を管掌する東部管区軍はキエフ侵攻の主力部隊だったが、司令官が最年少のチャイコでドヴォルニコフとは浅からぬ縁があったことがあり、首都攻略に苦戦の最中に同じく南部で苦戦中のドヴォルニコフに度々部隊を引き抜かれ、これが攻略失敗の大きな原因の一つになったことがある。引き抜きとその後の敗戦により現在はほぼ解体し、ザポリージャ付近を担当しているが部隊は見る影もないものになっている。

 

※ 南部管区軍はウクライナ作戦の事実上の主力軍だったが、あまり防備の強くない南部のウクライナ軍相手に必要以上の苦戦をし、上級指揮官の半数が戦死傷するなど尋常でない損失を受けた。オデッサ攻略はおろかムィコラーイウさえ抜けず、ウクライナ軍に逆襲されてヘルソンを失った戦いぶりはとても褒められたものではない。ここで損失の穴埋めに東部管区軍の部隊を抜き出したことが対ウクライナの初期作戦全体の瓦解をもたらした。また、ワグネルの乱ではロストフ・ド・ナヌーの司令部を占拠されるなど何かと統制の甘い部隊のようである。司令官のドヴォルニコフはこの戦争全体を指導したプーチンのいわば忠臣だが、クルド族やチェチェン族あたりがお似合いの指揮官で、フルンゼ陸軍大学出身のエリートも現場での評判や実戦能力はかなり低かったと思われる。

 

 

 ソ連の専門家にしては、いささか手落ちが過ぎるのではないだろうか。

 

 ロシアの独立系機関紙「ノバヤ・ガゼータ」はウェブで行ったアンケートの解析を行っており、投票の41%が掲示後30分以内に同じ回答のボットによって回答されたことを公表している。

 

”«Восхитительно» представлять, что где-то существуют люди, то ли работа, то ли миссия, то ли веление сердца которых заключается в том, чтобы отправить других специально обученных людей нажимать кнопочку в опросе про будущее.”

 

(どこかに、仕事や使命を持っている人、あるいは将来に関するアンケートのボタンを押すために他の特別な訓練を受けた人を派遣したいと願っている人がいると想像するのは「驚くべきこと」です。)

 

 

 翻訳は機械翻訳だが、それが独立系でもロシアの世論調査が信用できないことは常識と言える。論者は少なくともこのことを付記すべきで、結果を漫然と評することはそれだけで何か作為があると疑われても仕方のない行為である。

 

 我が国でも、自民党の政治家小渕優子氏が不明瞭な彼女の収支の一部を世論対策会社に支出していたことが報じられたが、安倍政権以降、同種の傾向は日本でも注意して見なければいけないものになっている。

 

 いつか終わりが来ると思っているが、ウクライナでは戦いが続いている。近隣のイスラエルでもフーシ派の蜂起による散発的な戦闘が続いており、紛争の火種はガザ地区から中東全域に拡大している。何ともイヤな世の中である。

 ウクライナでは新総司令官が就任したが、新たに全軍の指揮を執ることになったシルスキーは古参の将軍である。ウクライナ陸軍司令官としてキエフやハリコフの戦いで手腕を見せ、その戦術能力に疑いはない。今のところはウクライナの戦いは陸軍が中心で、参謀総長に民兵隊の司令官を据え、その他のスタッフも「バフムト組」で固めたようだ。

 あのドヴォルニコフと同じ旧ソ連の高等参謀大学の出身であることから、ウクライナではNATO式の兵備や戦術を取り入れることに熱心だったザルジニー時代から、人海戦術のソ連式戦術に逆戻りするのではという危惧が少なからずある。そうした不安を払拭するために本人も自己アピールをしているが、バフムトやリマンでの多大な流血の実績から、新将軍は今一歩信頼されていないようである。

 とはいうものの、司令官に就任して以降の行動はそれほど悪くないと思わせる。包囲されつつあるアウディウカに予備師団を送ったことで、「また消耗戦か」と不吉なムードがあったが、この師団は昨年来同地を守備している第101師団の退却の援護に送られたもので、ここでの戦況が悪いこともサバサバと言及していることから、アウディウカは放棄の方向のようである。これはキエフの政治家には問題だが、軍事的には正しい判断である。

 スティグマとなっているバフムトの戦いについても、実は防備が不十分だったことが明らかにされており、あれはプリゴジンが戦後の利権目当てに執着したものだが、逆襲したシルスキーはキリシフカで軍を止め、消耗を抑えているように見える。ここは高地でロシア軍の補給路である513号線を撃ち下ろすことができる位置にあり、この様子では都市の占領も可能なはずだが、あえてしないことでロシア軍に出血を強いている。再包囲で戦死するはずだったプリゴジンを逃したのも彼だし、また、ヘルソンの遊撃隊も彼の指揮下にあったことが明らかになった。この指揮官は司令部への異動が取り沙汰されている。

 ウクライナ軍で興味深いのは専ら西側の援助を受け、西側の武器で戦っている彼らだが、主要指揮官のほとんどは旧ソ連の体制で訓練を受けた人物であることである。シルスキーはガチガチの旧ソ連学校の出身だし、10歳年下のザルジニーも彼が入校したオデッサ士官学校ではソ連式のテキストで教授されていた。留学した者はほとんどおらず、全く異なるイデオロギーの持ち主が新しい戦術を消化し、それを実践していることがある。

 で、ロシアはどうかというと、最近法令が改正され、一般兵は65歳、予備役士官は70歳まで徴兵年齢を延長する法案が可決された。日本にも似た所があるが、主として悪政のせいでロシアもウクライナも若年人口が少ないことがある。河を泳いで逃げるなどZ世代がイマイチ当てにならないので、戦いはロスジェネとバブル世代の対決になっており、ことウクライナにおいては40~50代の彼らの祖国を守る信念が国家存亡の要となっている。が、この世代は日本同様、そんなに国家に良くしてもらった連中ではない。

 しかも多民族国家であり、これを率いるのは日本よりずっと難しい。「子孫のため」といっても、政治が悪かったことから残すべき子孫もいない連中も少なくない。もちろんZ世代のために戦死する義理も国土を遺す義理もない。見ようによってはゼレンスキーが「国民の僕」を制作していなかったら、この国はプーチンが予見したように、脆くも分解して滅びてしまったかも知れない。その可能性は少なからずある。図らずも彼がテレビで鼓舞した内容が、今のウクライナ人の心の拠り所になっているのかもしれない。

 で、番組に次いで、彼らの士気を支えているように見えるアメリカのウクライナ援助だが、上院を通過して何とか可決するように見える。トランプという人物を見ていると、この人物は3年間何も考えなかったのかと思える節があり、これもオフィスの老人病の一種だが、3年もあったなら世界情勢について本を読むなりトクヴィルなど名著を読んで思索を深めるなりできたはずである。

 アメリカが世界の警察官になったのは、この国が第二次世界大戦で勝利したことによる。戦争で同国は優れた科学技術を駆使し、当時の日本軍やドイツ軍が持たなかった装備を大量に投入して最終的に枢軸国に勝利したが、それもタダでやったわけではなかった。旧ソ連も含む同盟国に提供した膨大な兵器のほか、それらを陸揚げする港湾や鉄道、果ては敗戦国の復興までをも請け負ったために、戦争でアメリカはWW2の戦勝国と敗戦国の双方に、膨大な債権とインフラを持ったのである。

 戦後のアメリカの軍事とは、これら散らばった在外資産を防衛するための所為であったことに違いない。巨大な債権は膨大な金融と資源の流入を同国にもたらしたし、戦後のアメリカの繁栄は世界の全資源の半分に権利を持つ、その特殊な立場に大部分の原因と理由がある。ブレトン・ウッズ体制が終わったことで債権国としてのアメリカには終止符が打たれたが、アメリカが作ったインフラはアップデートされて今も世界中で機能しており、それを失うことは繁栄を失うことである。

 トランプ政治は混乱をもたらし、西側諸国の団結のほか、こうしたアメリカのレガシーも大きく毀損するものになった。全く気づいていないように見えるのが少々悲しい。土地は広いのでメガロポリスを廃墟にして農業社会に逆戻りする余力はまだあるが、そんな未来は彼を支持するものにさえ、全く望まれないものだろう。

 アメリカの人口密度は36.3人、ヨーロッパの7分の1、日本の10分の1でしかなく、人口8千万のドイツは年100万人の移民を受け入れても国家のアイデンティティは失われず、経済も損なわれてはいない。それに比べれば人口3億のアメリカが同数の移民を受け入れたところで人口密度は36.3人が36.4人になるにすぎない。トランプの移民に関する論調は完全にナンセンスといえる。

 見た様子では、アメリカの生活水準はまだ高く、都市も住むに耐えないようにはまだ見えない。人々の心を侵食しているのはコンクリートではなく、耐え難い何かである。世界の歴史上、滅びなかった国はないが、滅びた理由の多くは環境が非人間的、非合理的になったことである。都市の汚染もあれば、人心の荒廃もある。大都会に点在するスラムはそうした国家を侵すがん細胞のようなものである。

 

 そして情報化社会の普及は都市ではなく、人の心にスラムを作っているのかもしれない。それが国家が対処すべき病であることは、様々な国の興亡を見た目には明らかであるように考える。

 

 昨年大河ドラマ絡みで岐阜県関ケ原にある関ケ原古戦場記念館を訪れたが、VRを駆使した合戦の展示は迫力のあるものであったが、展示物の一つに「世界の三大古戦場」のコーナーがあり、関ヶ原とワーテルローのほか、ゲティスバーグの戦いの展示物が目に留まった。肖像画もありリー将軍のほか、北軍の総司令官だったもミード将軍やフッド将軍の肖像もあり、これらの人物は私も良く知っているけれども、一見して分からないこととして、盛大にヒゲを生やした連中は揃って30代なのだった。リーも50代で白髯の老将軍のイメージがあるが、今ではそれほど年寄りとは言えない年齢である。

 一昔前の海戦記など読むと、18~19世紀の海軍士官の成年年齢に驚かされる。ネルソンは14歳で戦列艦に乗り組んだし、近代海軍の父といえるフィッシャー提督も同じくらいの年齢であった。フィッシャーに至っては最初は戦列艦、次に甲鉄艦で、彼が計画したドレッドノートは画期的な設計で、戦艦大和を初めとする近代戦艦の第一号といえる艦だった。日露戦争で活躍した我が国の戦艦三笠より当然新しい。

 つい先日読んだファラガット提督の伝記では、母親を黄熱病で失ったファラガットはポーター艦長の養子になったが、そもそもの死因は行き倒れたポーターの父に病気を移されたことにあった。10歳で戦艦エセックス号に乗り組み、12歳で少尉、13歳でイギリス戦艦フェーベとの戦いで捕虜となったファラガットはその後、アメリカ海軍史に残る偉大な提督への道を歩み始める。その後に復帰し、様々な艦を転属した彼は地中海で乗り組んだ戦艦ワシントンで艦に批判的な印象を持つ。

 戦艦ワシントンは米海軍の旗艦で、最高の艦長と乗員が乗り組み、シミ一つない完璧な艦として米海軍の全乗員の羨望を集めていたが、ファラガットはその完璧さが乗員の多大な犠牲の上に成り立っていたことを鋭く見抜いていた。最初に乗り組んだエセックス号がポーター艦長の指揮の下、見かけは貧相でも強大な戦闘力を維持していたことを知っていたファラガットは艦長の方針に疑問を持つ。それでも接遇艦の副長としてプロイセンの王子やオーストリアの将軍と交わった経験は貴重な経験だったが、マハンは弱冠16歳のこの少年の持つ観察眼を同世代の他の少年には見られないもの、非凡と評価している。その後、22歳、ネルソンに遅れること1年で彼は最初の艦を指揮することになる。

 マハンは著書で士官教育の重要性を力説しているが、ファラガットの受けた教育は捕虜の時にルイジアナの寺子屋で読み書きを習ったくらいである。彼の教育は一々が義父のポーターの指図の下で行われたが、理工系の修士以上が必須と言われる現代の米海軍の提督たちと比べると貧相なことは否めない。

※ そもそもこの時代、海軍士官学校というものはアメリカにはなかった。アナポリスはマハンが初代校長で、それもだいぶ後の話である。

 名目は通商破壊戦としても、一度出帆したら海賊と大差なく、現にそういった乗員もおり、戦争科学の不徹底から放埒な失敗と軍艦の喪失も含む過大な浪費が行われていた当時のアメリカ海軍だが、マハンはこれらは大多数の国民のほんの一部に過ぎず、乱脈は現代海軍の礎となったものと当時を総括している。そしてそこにいたのはファラガットを初めとする多くは10代の少年たちだった。のちに彼らが艦長や提督となり、強大な海軍を築き上げて行くのである。

 それに引き換え現代はどうだろうか、10代で乗艦などとんでもない話で、士官は20代から30代、50代の現場指揮官もおり、それでもまだ若いなどと言われる有様である。一昨年に沖縄に上陸した米兵が傷害事件を起こしたが、彼らなど30代なのにまだ二等水兵である。給料は年俸200万円もあるまい。人事の滞留が軍隊としての機能性を損ねていることは否定できない。軍隊に限らないが。

 ファラガットがポーターにエセックス号の少尉に任命された時、まだ子供の面影の残る彼は当然ながら発育途上で、それでいて自分より体力も経験も勝る30代や40代の水兵を指揮しなければならなかった。フェーベ号に敗れた際には自分を置いてボートで逃亡する兵も目撃し、信頼していた人物だけにショックも大きかった。

 当時のアメリカ海軍はイギリス海軍には勝利より敗北の方が多かったのでこういう光景はまま見られた。英艦フェーベの艦長は捕らえたポーターとファラガットを慰労会に招待し、ポーターに対しては戦術の誤りを、ファラガットに対しては士官の心得を説教した。まだ10代の少年にはさぞ身に沁みたに違いない。

 今となっては遠い昔の話であるが、現在に通じる部分はあるにはある。先にAIの話をしたが、今後の世の中では英語が話せる程度ではエリートとはいえない。若年ながら高い知識を身につける人物が大勢輩出することは容易に想定でき、22歳にもなってやっとディプロマを受け取る程度の知力では対抗できないかもしれない。

※ 現に数学教育に問題を抱えていたアメリカはAIの導入で近年は優れた人材を大勢発掘していることがある。

 もっと齢を取った我々としては、昔の杵柄でバブル時代の自慢話にうつつを抜かすような愚行はもうやめた方が良いかも知れない。知性は力である。後の時代の人間が前の世代より知性や教養で勝ることは少しも悪いことではない。が、少なくとも今の基準では50代や60代では老人とも言わないのである。

 彼らが知の大だんびらを掲げるなら、受けて立とうではないか。経験はある分、少しは有利な所もある。そして今の時代、昔少し噛じったとか、ちょっと習った(でも止めた)くらいのことでも再構築して再生産するくらいのことは、昔よりもずっと容易になっていることがある。必要なのは老いで諦めることではなく、新しいものを取り込み、適応する勇気である。

 我が国は高齢化が進み、政権にも国民にも諦めのムードが漂っているが、新卒一括採用などにこだわる財界人(愛人も何人も囲っている)、陋習に固執する政治家や体制に安住する者ども(昔東大を出たくらいしか自慢のタネのない連中)には決して見えない資源を我が国はまだ持っている。それが分からない人間が多すぎるのが、また権力を握りでかい面をしているのが、何とも歯がゆい。
 

 最近は比較的頻繁に更新していたこのブログだけども、更新のペースがだいぶ落ちるかも知れない。ウクライナでザルジニー将軍が解任されたニュースがあったが、当面戦況が動くとも思えず、また、こちらも色々あり時間を割けないことがある。

 将軍の解任については昨年末から取り沙汰されていたことだし、理由は反転攻勢の失敗だが、解任はむしろ遅かったといえる。将軍は個人として人気があり、また善良な性格であることから国民の人気も高く、3月の大統領選(5月に延期)で除隊して立候補するシナリオが政権幹部から嫌気されたことがある。後任のシルスキーにしてもウクライナでは古くて新しい将軍で、これといって新味がないことがある。

 戦線の各所でロシア軍が攻勢して戦況不利というのは、そういう部分もあるけれども、反ウクライナ色を強めつつあるアメリカ議会の動向を見据えたものと思う。トランプは無責任な指導者で、悪ガキがそのまま大人になったような人物である。モスクワでのコールガール相手のご乱行の証拠をプーチンに握られているという噂も根強く、何より理解力と信頼感の欠如が致命的である。いわば彼はプーチンの最終兵器といえよう。が、アメリカはロシアのような独裁国でなく、それなりに整った民主主義国である。

※ ロシア軍は攻勢しているとされるが、使っている兵器が枯渇したことからT-55戦車やマキシム機関銃など骨董品レベルのものに成り下がっており、攻勢は何としてもアウディウカを確保せよというプーチンの命令とゲラシモフ以下軍幹部の面子を繕うだけのものでしかないことがある。

 ブログを書いている時間がないというのはこれではなく、私もリスキニングに忙しいことがある。ChatGPTを皮切りにしたAIの教育産業への普及は従来の学習法を揃って旧式にするようなインパクトがある。例えば私はギリシャ語やラテン語は興味はあったが基礎を少し噛じっただけで長年手を出さなかった。ロシア語とドイツ語は大学で通年で受講したが、身に付いているとは言い難い。こういう日常使わないような言葉は付け焼き刃では全く歯が立たない。

 あと、亡くなった河野のお父さんからもらった韓国語の本、彼も無念だったらしく本は初ページからまっさらだったが、技術者として1年ほど赴任し小金をもらっていたことがある。意欲はあっても時間と資金と環境の問題で取り組めないことがある。ほか、数学や科学など、そういったことに取り組める環境がようやく出来てきたような感じがする。まさに「天は自ら助けるものを助く」である。そういうわけで一月ほどはリスキニングに没頭していた。

※ あと、今はジャカルタに赴任している私の友人もいる。カザフスタンに3年赴任していたが、十分な時間があったにも関わらず、ロシア語は全く身につかなかった。こういうのも今後はなくなるように思う。

 スキルの習得がこれほど容易になった後に考えることは、何を身に付けるかではなく、それで何をするかだろう。語学の場合、日常生活レベルの国連B2まではAIでなんとかなる。が、大学や実務レベルの問題、私もTOEICで書かされたライティング・エッセイなどはAIで十分に対応できるとは思えない。発音の矯正も完璧とは言い難く、どうも機器の問題があるようだ。なので利用は基礎分野に限ることとし、応用は従来の方法をそのまま使っている。

 時間の配分が問題で、AIは集中して学習できることがメリットだけども、やりすぎても空疎なものになる。本などは私などはボーッとしていて読み飛ばすことがままある。バランスをどうするかは試行錯誤の最中である。

 まだまとまったものを提供できる段階にないが、今でもいろいろ改める必要を感じている。10ヵ国語ができたところで、私の交友範囲は限られているのだから、それでメリットということはおそらくないだろう。が、それが問題ではない。様々なことを学んでいると、そこから浮かんでくることもあるからだ。

 例えば、私はロシア語が好きだけれども、好きな理由はこれが典型的な屈折語で、モスクワ公国やキエフ・ルーシが継受した古代ローマ語であるラテン語の特徴を最も良く備えていることがある。英語では数語を要する言い回しがほんの片言で足り、これは屈折語の特徴である。

 そしてそこから眺めると現代のアメリカよりずっと古い文化を継受したロシア人の密やかな誇り、ドンバスではいくら戦車がやられてもしぶとく抗戦するロシア兵やプーチンの深層心理が見えてくるのだ。何万人もの兵士が戦死し、愚劣な命令で屍山血河を築いてもなお、政権に反逆したり戦闘を放棄したりする様子が見えないのは、指揮官もさることながら、従軍する兵士がそれに納得していることがある。

 我が国でも、明らかに劣弱な武器と兵力で枢軸国最悪の敗戦を喫してもなお、陸海軍の将校や兵士に政権を打倒して停戦しようという動きは見られなかった。アメリカ人やイギリス人にはこれは理解不能なことである。

 そういったことが行間から見えてくる。だから、そろそろ定年後の生活と退職金の計算を始めるような年齢だけども、あえて学ぶ意味も理由もあるのである。

 そういうわけで、ブログは怠慢になると思う。

 

 

 ウクライナ政府がザルジニー司令官の解任をワシントンに通告したという記事がワシントン・ポストに掲載されたが、ウクライナの場合、一度解任された人物がそのまま居続けたり、しれっと復帰したりする例があるので、事実が確認されない限り判断できないとなる。

※ ブダノフやレズニコフの例があるが、前者は解任されても平然と職場に居続け、後者はおそらく冤罪だが、様々な場所に顔を出しており、いつ復帰してもおかしくない様子である。

※ そもそも上長のゼレンスキー自身が部下の選任解任をそれほど重大な問題として考えているのかという疑いもある。

 ロシアはクビャンスク、バフムト、アウディウカの3方面で攻勢を掛けているとされ、アウディウカでは鉱業都市の周辺、ベルボベ以東、ベセレ以北の飛行場を巡り一進一退の戦闘が続いている。占領したはずのマリンカでも戦闘が行われており、ヘルソン河畔のクリンキでは、ロシアはドニプロ軍を新設して対抗しているものの、戦果は芳しくないようである。

 イスラエル情勢に目を奪われ、ウクライナに対する関心は低調な傾向があるが、その間もウクライナ軍は顕著な戦果を挙げている。先月14日にはロシアの早期警戒管制機メインステイとIl22空中指揮機が撃墜され、2日にはウクライナ軍の水上ドローンがミサイル艦イワノベツを撃沈している。ミサイル艦撃沈の映像は新兵器に対し従来型の小型戦闘艦では為す術がないことを示しており、ロシア黒海艦隊の大半がこの種小型艦であることから、黒海の制海権はウクライナ優位である。

※ 早期警戒管制機は航空戦ではチェス盤上のキングで、普通はそうそう簡単には撃ち落とせない機体である。遠方から強力な電波妨害を仕掛けられるほか、接近までにダース単位の戦闘機やミサイルの洗礼を受け、こと西側の常識で同種の機体であるE-3セントリーやEA-6プラウラーに戦闘機や対空ミサイルが迫る事態は考えられないことである。が、ロシアの兵法は違うのかも知れない。

 戦闘が膠着していることから、西側には和平交渉と停戦を求める向きがあるが、プーチン政権が続く限り望み薄と見える。彼は幻想の世界に生きており、条約を反故にすることに何の良心の呵責も感じないことから、対話で成果を挙げることはほとんど不可能だろう。仮に停戦が実現したとしても、それはロシアに戦力回復の機会を与えるにすぎない。

 一説によると、ウクライナの現政権に対する彼のヒステリックな反応はKGB工作員時代に着の身着のまま東ドイツを落ち延びたソ連崩壊のトラウマがあるとされる。民衆運動やデモは彼に若年時代の忌まわしい記憶を想起させるものであり、そのことが西側の我々には理解不能な民衆に対する過度の警戒心と猜疑心のそもそもの元凶となっているとされる。

※ 同じようなトラウマは政権時代の安倍首相にも見ることができる。2016年に国会前で行われた安保法反対デモは首相をパニックに陥れたとされる。このデモ自体、彼の祖父が経験したものに比べればかなり「ぬるい」ものだったが、この民衆への警戒心がどういう理論的基礎の上に成り立つのかは興味深いものがある。

 戦況は手詰まりのように見えるが、実は西側はプーチン戦争の大義を失わせるカードを一枚持っている。故キッシンジャーが提案していたウクライナのNATO加盟で、2014年以来、交戦国の加入は認めないというNATO憲章の規定を利用してウクライナで戦争状態を維持することに留意してきたプーチンには、加盟は戦争そのものの大義を揺るがせる大きなダメージとなる。そして将来はともかく、現在のロシアにウクライナ以外の国に攻め入る力はない。

 

(補記)

 今世紀に入ってからの世界の問題政治家にはプーチンや安倍晋三のほか、トルコのエルドアンにイスラエルのネタニヤフ、ハンガリーのオルバン、あと習近平がいるが、ゼレンスキーの場合は彼らのうちの誰よりも分かりやすい政治家である。彼は元芸人で、自身が制作主演したドラマ「国民の僕」は政治家ゼレンスキーの思想信条を表した、まさに政治宣言といえる内容である。世界中どこを見回してもこういう映像のある政治家はいない。その欠点も含め、番組は大統領の人物像を分かりやすく活写している。

 

※ ゼレンスキーと正反対といえるのがプーチンと前ドイツ首相のメルケルで、プーチンは選挙運動さえせず、メルケルに至っては私生活も謎のベールに包まれていた。どちらも旧ソ連圏出身の政治家で体制内エリートであったことは共通している。そのため、メルケルにはプーチンも一定の敬意を持って接しており、また彼女もプーチンとの会談の際にはロシア語を用いてこのロシアの独裁者を手懐けようとしていた。

 

※ メルケル自身の言葉では、旧共産圏時代の経験については、経験していない者には分からないとしている。「私たちはあなた方(アメリカなど自由主義諸国)を理解できる。でも、あなた方が私たちを理解できることは決してないでしょうね」とはアメリカの外交官と会談したメルケルの言葉である。

 

 2年も時間があったのだから、世界中の分析家はこの番組を視聴して政治家ゼレンスキーを検討する機会は十二分にあった。私も視聴したが、視聴した感想は諸々の問題には彼がすでに検討済みなものが少なくなく、膠着状態とされる現在の状況も含めて、彼は状況に対処するオプションをまだ十分に持っているというものである。

 

 それはマイダン革命の時代と現代とは、彼の状況も地位も異なるので、彼としても初めて遭遇する問題は山ほどあったに違いない。が、私の見方ではほとんどの問題が彼には2015年の作品でシミュレーション済みのようにも見えるのである。彼が状況を支配していることについては、反撃が失敗し、戦勢不利が叫ばれてもなお、彼が国外に逃亡せず、ロシアとの妥協を拒んでいることがある。不本意に停戦を強いられたとしても、その時どうするのかはすでに答えが描かれている。

 

 現実が戯曲のように行くかは定かではない。が、ドラマを視聴した人間、多くのウクライナ国民を含む、については、大統領が次に何をやるのかは動機のレベルで理解できることあり、説得も他の政治家よりも遥かに平易なことがある。そしてこれが彼の最大の強みである。