ウクライナ政府がザルジニー司令官の解任をワシントンに通告したという記事がワシントン・ポストに掲載されたが、ウクライナの場合、一度解任された人物がそのまま居続けたり、しれっと復帰したりする例があるので、事実が確認されない限り判断できないとなる。

※ ブダノフやレズニコフの例があるが、前者は解任されても平然と職場に居続け、後者はおそらく冤罪だが、様々な場所に顔を出しており、いつ復帰してもおかしくない様子である。

※ そもそも上長のゼレンスキー自身が部下の選任解任をそれほど重大な問題として考えているのかという疑いもある。

 ロシアはクビャンスク、バフムト、アウディウカの3方面で攻勢を掛けているとされ、アウディウカでは鉱業都市の周辺、ベルボベ以東、ベセレ以北の飛行場を巡り一進一退の戦闘が続いている。占領したはずのマリンカでも戦闘が行われており、ヘルソン河畔のクリンキでは、ロシアはドニプロ軍を新設して対抗しているものの、戦果は芳しくないようである。

 イスラエル情勢に目を奪われ、ウクライナに対する関心は低調な傾向があるが、その間もウクライナ軍は顕著な戦果を挙げている。先月14日にはロシアの早期警戒管制機メインステイとIl22空中指揮機が撃墜され、2日にはウクライナ軍の水上ドローンがミサイル艦イワノベツを撃沈している。ミサイル艦撃沈の映像は新兵器に対し従来型の小型戦闘艦では為す術がないことを示しており、ロシア黒海艦隊の大半がこの種小型艦であることから、黒海の制海権はウクライナ優位である。

※ 早期警戒管制機は航空戦ではチェス盤上のキングで、普通はそうそう簡単には撃ち落とせない機体である。遠方から強力な電波妨害を仕掛けられるほか、接近までにダース単位の戦闘機やミサイルの洗礼を受け、こと西側の常識で同種の機体であるE-3セントリーやEA-6プラウラーに戦闘機や対空ミサイルが迫る事態は考えられないことである。が、ロシアの兵法は違うのかも知れない。

 戦闘が膠着していることから、西側には和平交渉と停戦を求める向きがあるが、プーチン政権が続く限り望み薄と見える。彼は幻想の世界に生きており、条約を反故にすることに何の良心の呵責も感じないことから、対話で成果を挙げることはほとんど不可能だろう。仮に停戦が実現したとしても、それはロシアに戦力回復の機会を与えるにすぎない。

 一説によると、ウクライナの現政権に対する彼のヒステリックな反応はKGB工作員時代に着の身着のまま東ドイツを落ち延びたソ連崩壊のトラウマがあるとされる。民衆運動やデモは彼に若年時代の忌まわしい記憶を想起させるものであり、そのことが西側の我々には理解不能な民衆に対する過度の警戒心と猜疑心のそもそもの元凶となっているとされる。

※ 同じようなトラウマは政権時代の安倍首相にも見ることができる。2016年に国会前で行われた安保法反対デモは首相をパニックに陥れたとされる。このデモ自体、彼の祖父が経験したものに比べればかなり「ぬるい」ものだったが、この民衆への警戒心がどういう理論的基礎の上に成り立つのかは興味深いものがある。

 戦況は手詰まりのように見えるが、実は西側はプーチン戦争の大義を失わせるカードを一枚持っている。故キッシンジャーが提案していたウクライナのNATO加盟で、2014年以来、交戦国の加入は認めないというNATO憲章の規定を利用してウクライナで戦争状態を維持することに留意してきたプーチンには、加盟は戦争そのものの大義を揺るがせる大きなダメージとなる。そして将来はともかく、現在のロシアにウクライナ以外の国に攻め入る力はない。

 

(補記)

 今世紀に入ってからの世界の問題政治家にはプーチンや安倍晋三のほか、トルコのエルドアンにイスラエルのネタニヤフ、ハンガリーのオルバン、あと習近平がいるが、ゼレンスキーの場合は彼らのうちの誰よりも分かりやすい政治家である。彼は元芸人で、自身が制作主演したドラマ「国民の僕」は政治家ゼレンスキーの思想信条を表した、まさに政治宣言といえる内容である。世界中どこを見回してもこういう映像のある政治家はいない。その欠点も含め、番組は大統領の人物像を分かりやすく活写している。

 

※ ゼレンスキーと正反対といえるのがプーチンと前ドイツ首相のメルケルで、プーチンは選挙運動さえせず、メルケルに至っては私生活も謎のベールに包まれていた。どちらも旧ソ連圏出身の政治家で体制内エリートであったことは共通している。そのため、メルケルにはプーチンも一定の敬意を持って接しており、また彼女もプーチンとの会談の際にはロシア語を用いてこのロシアの独裁者を手懐けようとしていた。

 

※ メルケル自身の言葉では、旧共産圏時代の経験については、経験していない者には分からないとしている。「私たちはあなた方(アメリカなど自由主義諸国)を理解できる。でも、あなた方が私たちを理解できることは決してないでしょうね」とはアメリカの外交官と会談したメルケルの言葉である。

 

 2年も時間があったのだから、世界中の分析家はこの番組を視聴して政治家ゼレンスキーを検討する機会は十二分にあった。私も視聴したが、視聴した感想は諸々の問題には彼がすでに検討済みなものが少なくなく、膠着状態とされる現在の状況も含めて、彼は状況に対処するオプションをまだ十分に持っているというものである。

 

 それはマイダン革命の時代と現代とは、彼の状況も地位も異なるので、彼としても初めて遭遇する問題は山ほどあったに違いない。が、私の見方ではほとんどの問題が彼には2015年の作品でシミュレーション済みのようにも見えるのである。彼が状況を支配していることについては、反撃が失敗し、戦勢不利が叫ばれてもなお、彼が国外に逃亡せず、ロシアとの妥協を拒んでいることがある。不本意に停戦を強いられたとしても、その時どうするのかはすでに答えが描かれている。

 

 現実が戯曲のように行くかは定かではない。が、ドラマを視聴した人間、多くのウクライナ国民を含む、については、大統領が次に何をやるのかは動機のレベルで理解できることあり、説得も他の政治家よりも遥かに平易なことがある。そしてこれが彼の最大の強みである。