イメージ 1

最初は母親の仇をとりたい一心で始めたヴァンパイア・ハンター稼業が、次第に人間性の回復と国家統一という大事業に絡んでいく壮大な話です。

なんとなく見たような気がしていたのですが、改めて見直して、リンカーン自身が永遠の命を選ばずに、理念に生きた人だ、というのが師匠のヘンリーと対照的な生き方なのだな、とかオープニングのシーンとエンディングの現代のシーンが対をなしている、とか、ラストシーンのリンカーンが出かける劇場が、暗殺の現場なのだな、とか考えるとちょっと感慨深いものがありました。

途中の南北戦争の映像化も、当時の武器で戦うとこう見えるのかな、というのがうまくシミュレーションされていて、この技術がキューブリックの存命時にあったら、「ナポレオン」も実現したかも、とか思いました。

ストーリーの中盤で、急にヴァンパイア退治から政治問題に進出するところがかなり唐突で、なんでヴァンパイア側も襲ってこないんだろう、とかなんで奥さんは放っておいてこどもを襲ったのか、とかいろいろと腑に落ちないですが、史実とのリンクを作るための技術的な設定なのかなと思いました。

でも、全体としては面白かったですよ。斧を使ってのアクション、というのはちょっと新しかったですが、殺陣としてはやや明快さに欠けるというか、どういう理屈でどうやっつけたのか、が見えにくかったです。そういう意味でのアクションや敵をやっつけるときの爽快感はもう少しだったかも。
イメージ 1

前作「アウトロー」の設定を引き継いで、ジャック・リーチャーが帰って来ました。どうやら原作の中では何作か前からつながりがあったターナー少佐とのディナーの約束を果たしにやってきただけが、彼女が逮捕されて軍法会議にかけられた、というところから始まり、リーチャーもいきなり逮捕されてしまう、というのが意表をつきます。

監督が変わった、というのもあるでしょうが、リーチャーのコンバットスキルは相変わらずに、へんな隙を見せるシーンはなく、コンパクトにまとまっていたかな、と思います。カーチェイスのシーンは今回もありましたが、爆発とかは少し少なめですかね。ちょっと悪役のスケールは、小説だと文字だからサスペンスが持つのでしょうが、現実にこいつらか、とわかってしまうと意外に小物感が漂ってしまうのは映像のつらいところですね。

最後に、電話で約束した通りに足と腕と首を折って敵を倒すあたり、原作にもあるこだわりなんでしょうかね。

このシリーズの魅力としては、ヒロインのキャスティングがいい、というところでしょうか。変にリーチャーとベタベタしない、カッコいい相方が登場します。今回のターナー少佐役のコビー・スマルダーズ、昔のフィービー・ケイツとデミ・ムーアを足して二で割ったような顔だちで、アクションもバリバリこなすやり手です。「アベンジャーズ」シリーズにも出ていますね。

リーチャーの娘か?と思われたサマンサ、特に美人じゃないのですが、それがこの歳なりの憎たらしさ、かわいさ、賢さが凝縮されていて、最後にはちょっとホロッとさせます。護身術を習うシーンあたりは伏線バリバリでしたね。リーチャーのリアクションが微妙で、本当に娘なのかどうか、頭から否定しているのか、本人が自信がないのか、ちょっとハッキリしない展開だったので、ラストシーンになって、急に親子テーマがフィーチャーされたような感じになりました。全然親子じゃないのに、敵側が親子だと思い込むから、守らざるを得ないことになる、で十分だったのですが。

途中でリーチャーを助けるリーチ軍曹はすごくおいしくてかわいらしい役でした。
イメージ 1

ベン・アフレックが脚本も監督もしていたとエンドクレジットで知りましたが、そんな素人臭いような物ではなく、壮大な叙事詩としてできていると思いました。

ちょっと序盤の自分語りの部分で、しょせん無茶を承知でやっているチンピラだから、結果がどうなったって自業自得、何も期待するものかないや、と感じさせたり、マフィアの出先機関のボスとしての仕事が軌道に乗るまでがスムーズすぎる、とかいろいろあるんですが。あと、マフィア物の王道は、最初は純情だった人間が、最後は組織のしがらみで抜けられなくなって、避けられない運命に突き進むという悲劇なんですが、この話の場合は最初に捨て鉢なチンピラが、次第に人格者になっていく、という逆コースをたどるのが特徴的ですかね。

途中で出会ったキューバ出身の彼女と熱愛したり、仕事の邪魔をしに入ったKKKとの抗争で相手をボコボコにしたり、仕事を取り上げようとしたマフィアのボスとかつての仇敵は返り討ちにしちゃったり、順風満帆すぎる、といえなくもないでしょうかね。

ただ一つ、ロレッタという少女にだけは手出しができずにカジノの経営に失敗するとか、マフィアとしては甘ちゃんというのもできすぎかもしれませんが、こういう時代物の空気とか、当時生きていた人の肌感覚がどういうものだったのか、という意味ではなかなかの物で、「ゴッドファーザー」の仕上がりには及ばなくても「グッドフェローズ」並みには見せたかなと思います。

史実に基づく部分がどのくらいあったのかは知りませんが、禁酒法やカジノをめぐる世論の動きなどは多少リアルにリサーチしたんでしょうかね。

序盤で裏切ったホワイトの情婦エマが最後にちらっとだけ現れて「今は自由だ」というのに対して「自由はいらない」と返すジョー。最後のセリフはロレッタが語った「いま、ここが天国」。少しきれいにまとめすぎたかもしれません。
イメージ 1

タイトルは「アウトロー」ですが、原題はJack Reacher、シリーズ二作目がまた「ジャック・リーチャー」なので、ちょっとややこしい感じはします。アウトローって、ちょっとならず者的なイメージがあって、どちらかというとピカレスクロマンを連想するのですが、どっちかというと主人公は法律の側。弁護士のアシストを得ながら正義を行うので、あんまりアウトローっぽくはありません。

トム・クルーズが出ているとはいえ、あまり最近風のアクションスリラーではありませんでした。どちらかというと、ヒッチコックみたいな上品な作風ともいえるでしょうか。あまり血なまぐさくはなく、見た目がグロい感じでもなく。

序盤でものすごい遠距離から5人の男女が狙撃され、その犯人と目された元軍人が逮捕される。しかしその軍人は刑務所で囚人同士のいざこざに巻き込まれ意識不明になる、というところで、かつての彼の犯罪を見抜いたジャック・リーチャーという男が訪ねてくる、という導入。

リーチャーが謎めいた存在である、ということは冒頭からだいぶ宣伝されるのですが、彼の能力がなんであるのか、というのはあまり明らかにされず、単独行動ばかりとるので、けんかには自信があるようなのだけど、それ以外の推理力については、理屈っぽくはあるけど、どうなんだろうと。しかも途中で頭の悪そうなチンピラにはバットで頭殴られてるし、パシリの女の子はみすみす殺されてるし。

弁護士ヘレン役のムザムンド・パイクは、品があって、表情だけでいく通りもの表現ができるいい女優さんだな、と思いました。メイキングでわかったのですが、地のしゃべりはものすごいイギリス人アクセントでしゃべるのですね。彼女の存在感が、ヒッチコックっぽさをかもしだしている、というか、どこか浮世離れした犯罪の大げさな感じを救っているとも言えるでしょうね。

ロバート・デュバルが登場したのは後半で、おいしいところをずいぶん持っていきました。出会いのシーンでリーチャーが最初は偽名を名乗っているのに、途中で急にリーチャー呼ばわりするのはなにかの間違いでしょうか。

犯罪のトリック自体は割にちゃちで、スケールもあまり大きくならないので、悪役のシベリア帰りの凄味といま一つ結びつかないとか、共犯の狙撃手と悪徳刑事の動機も解明されないまま。

ジャック・リーチャー自身も、法に則って悪を裁く、ということには興味のない人なんだ、と最後でわかりましたが、なんかちょっと大雑把な感じもしました。でもそのおおらかさが、ちょっと懐かしい感じもします。


イメージ 1

実は「鋼鉄ジーグ」の原作の方をほとんど知らないので、どのくらい設定を引用しているのかわからないのですが、イタリアでは日本のアニメはずいぶん吹き替えて放送されているのは知っています。相当好きな人がオマージュとして作ったのだと思いますが、イタリアのアカデミー賞に当たる賞を総なめした作品のようです。

確かに設定的に荒っぽい部分はありますが、主人公エンツォの心情の変化、アレッシアのかわいらしさ、敵役ジンガロの分かりやすい憎たらしさなど相まって、骨太なヒーロー成長物語に仕上がっていると思います。

最初はただのこそ泥として逃げていたときに水中の放射性物質に触れたことがきっかけで超人的な体力をつけて、やくざの下っぱセルジォについていった麻薬の回収仕事が失敗したことからその能力に気づく。セルジォの娘アレッシアは母親を失って以来現実と妄想が入り乱れた振る舞いをしていて、最初は足手まといに思っていたエンツォが次第に彼女の魅力に目覚めていく、というのが丁寧に描かれます。遊園地の観覧車のシーンなんて、ヒーロー物で滅多に見ることのない名場面じゃないかなと。

その間もATMを丸ごと引き抜いたり、現金輸送車を襲ったりと、もっぱらお金目当ての犯罪には手を染めているわけで、段々部屋のテレビがプロジェクターになったり、冷蔵庫の中身が埋まったり、鋼鉄ジーグのボックスセットを手に入れたりと、分かりやすい充実ぶり。一方、ジンガロはどんどん暴走を繰り広げ、金回りが悪化してどんどんドツボに。そこでアレッシアを人質に取って超人的な力の秘密をエンツォから引き出そうとします。

ここでアレッシアが死んでしまったところで終わりかな、と思ったらジンガロもまさかの超人化、そしてちょっとした人助けがきっかけで、アレッシアの遺志でもある人助けに目覚めるあたりがとっても胸アツの展開。

実は、全然鋼鉄ジーグの設定を使わなくても力のある物語になったと思うのですが、アレッシアの妄想があることで、よりハートウォーミングなSFファンタジーに仕上がったんだと思います。
イメージ 1

ティム・バートンのオリジナル作品と聞かされても不思議ではないけれど原作のある物語。

おじいさんの死をきっかけに、子供のころから聞かされてきたおとぎ話の真相を知ろうとウェールズ沖合の小島を訪れたジェイク。爆撃で焼け落ちた子供たちの家への道はジェイクだけに到達できるタイムスリップの場になっていて…。

H.G.ウェルズの「くぐり戸」を読んだ人には、この奇妙で懐かしい感じがわかってもらえるんじゃないかと思います。現実の世界では自分の親にすらどこか受け入れられていない感覚。くぐり戸を抜けるとそこにはありのままの自分を受け入れてくれる人たち。

後半になってから、人の目玉をたくさん食べるシーンがあって、そこだけちょっとグロかったですが、それ以外は大満足。沈没船を浮かせてブラックプールに向かうシーンは、そういう展開があったか!と映像にも発想にも感心しました。ミス・ペレグリンが思ったほど活躍しなくて、その分ジェイクとエマの淡い恋に焦点が当たっていた感じでした。
イメージ 1

中国の一人っ子政策を歴史として知っているとまた違った見方もできるんじゃないかと思います。

ノオミ・ラパスにとってはきっと演じ甲斐があっただろうな、と思いますが、個人的には特に前半の一人一人が殺されていくところがあんまり好きになれなかったかなと思います。7人のカレンの曜日ごとの描き分けがそれほど面白くないので、よほど彼女の顔が好きでないと、同じ顔が並んで会話しているのが単調に見えてしまう。演じ分けている、というのはわかりますがそれでも少し理屈っぽく見えます。

後半になっていくにつれて、グレン・クローズ演じるケイマンの裏の顔を暴く、という目的に向けて盛り上がっていきますが、アパートが爆破されるあたりまで、どのカレンも受け身すぎて、ただ座して死を待つような行動で説得力に欠けます。彼女らを襲うケイマンたちの手法も、目立たないようにこっそり、とか言いながら、群衆の間を銃をぶっ放しながら追いかけるので、これ、もっと他にやり方がありそう、と思えてしまう。

この世界基準の、ものごとの処理の仕方、という設定に関して、ちょっと甘かったんじゃないかな、と。だってある場所に出たり入ったりしたときの記録照合したら、いまの会社だって、まだ中にいるはずだ、とかチェックされてしまうわけです。

7人の暮らしぶりだって、食材はものすごくたくさん仕入れるわけだし、ウィレム・デフォー演じるおじいさんの暮らしぶり、日常のディテールの引き継ぎ方や7人のキャラクターの別れ方まで、どこかリアリティーがないというか、絵空事な感じは残ってしまいましたね。

最終的に、マンデーはみんなを裏切ったわけですが、でも実は悪くなかった、みたいな切れのない救済で終わって、ちょっともやもやしました。字幕だとニュアンスがよくわからなかったけど、死ぬ間際にマンデーはエイドリアンとの間の子供ができた、と告白していたのですね。エイドリアンは結局、どのカレンでもよかったの、みたいな。

老人を処理した「ソイレント・グリーン」の子供版、という意味では後半のネタバレにインパクトがあり、見せましたけど、もやつきもたついた前半でした。
ずっと長いこと自分でいろいろと検索してトライしていたけどうまくいかなかったことが一つ解決して、うれしいのだけど、なんでこんなにかかってしまったのか、うれし悲しい。

いや、Mac Pro で親指シフトを使っていたのですが、ちょっと前にSnow Leopard から Yosemite にアップグレードしたときに、それまで使っていた親指シフトのエミュレーションソフトのTesla(野良ビルド)がとうとう使えなくなって、その後継ソフトと言われているKarabiner と Lacaille がどちらもうまくいかなかったのです。


Mac純正のUSキーボードだと、親指用のシフトキーがいい位置になくて、安いWindowsキーボードの方が、高級品よりも打ちやすそうで、しかもシフトキーがいい位置にあったのでとりあえず買って繋いでいたのですが、設定がうまくいかなくて。

Macの場合、一番の問題は、Windowsキーボードに付いている「変換」「無変換」のキーが意味ないものになっていることで、Karabinerの前身のKeyboardHackというソフトでは確かこの2つのキーを活用できたはずなのに、それを有効にする設定が見当たらない。

途方にくれて、Lacailleのサイトをうろついていたら、なんと、この2つのキーを有効にするためだけに Seil というソフトを別にインストールする必要があるという一行の注意書きが。

それをダウンロードしたら、Lacailleを起動するまでもなく、Karabinerの設定だけで親指シフトがあっさりと実現してしまいました。

あんなに検索したのに、そういうことを書いている人は誰もいなかったような。やっぱり需要が少ないのかなぁ。
イメージ 1

ハリソン・フォードがこの作品を受けて、こだわったのが、アクション・スターじゃない、情報アナリストとしてのジャック・ライアンを表現することで、従来の悪党をぶちのめす役柄とは違うものを心がけた、というメイキングの話なのですが、この作品がそれを達成できたかどうか、はやや微妙かなと思いました。

そもそも体格的にもそんなにひ弱ではないし、表情に凄味があるので、肉体的なバトルに自信がなさそうには見えない役者なんですよね。実態として殴るより殴られる方に回る、とはいってもそれだけでは、と思ってしまいました。

前に一度見た記憶はあったのですが、「パトリオット・ゲーム」というタイトル、みんな自分の思想信条にこだわって行動しているかのように振る舞っているけど、実はそれは借り物で、一枚皮をめくれば本能的な復讐心や単純な怒りのようなものに身を任せて行動しているだけなんじゃないのか、そんな皮肉が見えてくるようです。

後半に入ったところで、北アフリカのゲリラ組織を殲滅するところ、わずかなタイミングでIRA過激派の連中を仕留め損なった、ということなのか、この辺の情報からそもそもリークされていたのか、ちょっと分かりにくかったかな、というのと、IRA過激派の中でショーンがジャック襲撃にこだわって浮きかけていたのが、ホームズ卿がライアン家訪問することで一石二鳥になるのだ、というところがいま一つ描けていなかったな、と思いました。あと古書店に隠しカメラを仕掛けていたのなら、なんでショーンの護送計画がばれていると思わなかったのか、も謎でした。
イメージ 1

バリー・シールという、実在の人物を描いた伝記物とも言えるでしょう。
原題はAmerican Made。つまり、「アメリカという国自身が生み出した矛盾に満ちたヒーローであり、裏切り者でもある」ということなんでしょう。

最初、なんでバリーがCIAに目をつけられたのか、あんまり説得力がないように感じたのは、たぶん飛行士としての有能ぶりがTWAの定期便を飛ばしているだけではよくわからなかったからなんでしょうね。

トム・クルーズの愛嬌ある感じが、誰にでも気に入られて、利用したいと思わせるある資質を表しているのでしょう。中でも面白かったのは、CIAが利用しようとしているコントラが、全然戦う気なんかない人々だ、という部分で、おそらくここにアメリカという国家の滑稽さが一番凝縮されているのではないでしょうか。

義理の弟JBのダメさ加減が、結果的には命取りになったようですが、結局バリーもその気になれば麻薬組織の力にはまったく太刀打ちできない。その時その時で本人なりに最善の手を尽くし、あらゆる意味で人生を楽しんだのでしょうが、その役割を終えれば、アメリカからも、麻薬カルテルからもお払い箱になる、そんな冷徹な真実があったと思います。

ラストの、クレジットがいかにもVHSの安いダビングテープにコピーしたような色調と劣化具合が、この国家を舞台にした出来の悪い権力ゲームの時代錯誤感を象徴しているような気がしました。