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ジャケットとか、設定とかの予備知識なしに見てください。とんでもないネタバレをされたくなければ。

冒頭の主人公ボブの生活ぶりとか、「ディア・ハンター」を思わせる、地味で報われない生活の暗さとか、なぜか不幸や事故を予感させるSEなど、不幸の予兆がありまくりで、しかもなぜか無気力なボブ。努力しないへたれの泣き言をずっと聞かされているような重苦しさ。

「まずいなー。暗いなー。外れかなー。」と思って見ているのですが、祖父の死んだといわれる精神病院の廃屋を娘が訪ねたあたりから、「あれ、様子が違うぞ」となってきます。まさか、これは「ザ・コール」のような連続殺人鬼パターンか、と思うとまたそれも違う。というわけでいったい何が問題の根源なのか、が気になっていくわけです。

最後は、別れた妻とも深いところでは分かり合えている、幼くして離別していた娘との和解がテーマで、けっこう感動してしまいました。娘エバも、登場間際の反抗期バリバリの時はなんか嫌な子だな、と思っていたのに、ボブに助けられてから、加速度的にかわいく見えてきます。

プロット的には、ボブが運び屋をやらされるあたりの場当たり感はなぜなんだろう、ブツをすり替えたりしたら復讐のために家に来るに決まってるから、娘を一人で置き去りにするのは筋が通らない、とか思いましたけど。

あと、彼女をさらった中国人たちも、なんでオリに閉じ込めたんだろう、とか何を実験したかったんだろう、とか疑問には思えました。珍しい病気だからサンプルを取って漢方薬を作ろうとしてたんですかね。あの、採取されたばかりの内臓みたいなものは、他の人間から取り出したんでしょうか。

素直に冒頭から見ていると、ボブがなんで悩みながら生きているのかわからない。なぜか人を避けながら生きている。なんの病気なんだろう。おじいさんはなんで自殺したんだろう。と、謎に思いながら後半にネタが割れてきてカタルシスがある、というのが理想なんだと思います。その意味で予備知識なしに見た自分はラッキーだったかなと。「アンシーン」というのが、文字通りの「見えない」なのか、存在感が希薄で「誰からも注目してもらえない」の意味のどっちなんだかわからない、ぐらいで見ているのが一番いいと思います。
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うろ覚えのイメージで「レッド・オクトーバーを追え!」の次がこれだと思っていたので、見てしまいましたが、よく調べたら「パトリオット・ゲーム」の方が先でしたね。

ジャック・ライアンをハリソン・フォードが演じるのはこれが2本目。「レッド・オクトーバー」の時はアレック・ボールドウィンが演じていて、そのころには彼も結構若くて、その役をハリソン・フォードがやるのか、ちょっと老けすぎてないかな、と思った記憶がありますが、今見るとハリソンもまだ若いとも思えますね。今が老けて見えるからかな。

政権の中での権力の乱用と、腐敗の構造をテーマにしたものとしては、今も旬なテーマと言えるでしょうね。大統領ははっきり口にして「それをやれ」とは立場上言えない、とはいうものの、実質上命令しています。つまり、安倍も、そういうことですよね。

途中、いくつかプロットで苦しいな、と思うところがあって、秘書のモイラをコルテズが殺すところ、彼にどんな狙いやメリットがあったのか分かりにくい、という点と、麻薬王が勢ぞろいしたところを爆撃するのに、なんでよりによってエスコベドの遅刻に気づかないのか。そしてウィレム・デフォー演じるクラークはなぜ子供がいるのを知りながら爆撃を見過ごしたのか。

ライアンとコルテズの一騎討ちになりそうなところ、結局クラークとの友情物語みたいになってコルテズがチンピラ化していくのはちょっともったいないな、と思いました。コルテズも状況に翻弄されて、決して大きな陰謀のプロットを描けるほどの大物ではなかったな、というところでしょうか。

クラーク演じる暗殺部隊も、米兵として行っているわけではない、という点ではあんまり同情できないわけですが、アメリカのオーディエンスはその辺は気にしなかったんでしょうかね。

まあ最後は一番の巨悪が裁かれるし、ライアンが「ボーイスカウトの正義感」を貫徹するところで終わるので、ハリソン・フォードは気に入っているんでしょうね。「24」あたりを先取りした感じですが、本当に腐敗した権力だと、ここでジャック・ライアンを暗殺しようという動きが出るんでしょうね。

メイキングで、麻薬王たちを集めて爆破した屋敷が、離婚した奥さんが家を破壊してほしい、と頼んで実際に家を爆破した、と聞いてちょっと笑いました。
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実は「JKコンビニ・ウォーズ」を見たあとにその〝前日譚〟があるらしいと知って借りて見たので、こういう作品だとは思ってませんでした。

実に巧妙なストーリーテリングでありえないような展開に主人公が巻き込まれていく、という物語。ポッドキャストでとにかく過激なネタを仕入れるためにカナダにわたった主人公が、トイレの張り紙の内容を真に受けて、一人で住む老人の家を訪れると、そこで監禁され、身の毛もよだつ人体実験を受け、セイウチに変身させられてしまう。その動機は?彼の恋人と友達は彼を助けることができるのか?

途中でコンビニに次回作の主役の二人が出てきたり、探偵役としてギー・ラポワント(クレジット上は誰だか明かされてません)が登場して、この事件が今回だけ起きた単独の出来事ではないとわかるのですが…。

結果的に、解決の方法はいわゆるリアリティー追求型ではなく、寓話的な終わり方になり、別に1年後、としなくてもよかったんじゃないかなぁ、と思ったりしましたが。

狂人のように振る舞えば、すなわち狂人なり、というようなことを吉田兼好が「徒然草」に書いているのですが、それに似たことで、セイウチのように振る舞えば、中身もセイウチになるのだろうか。一度なってしまうと二度と戻れない一線というのもあるのだろうか。いや、彼はそうなる前からセイウチだったのではないか、といろいろと考えてしまいます。

江戸川乱歩の小説に「芋虫」という手足や言葉を失った傷痍軍人の話があるのですが、このエッセンスからエロを抜いたら、こんな映画になったかもしれません。

特典で、監督ケヴィン・スミスのインタビューがあるのですが、映画人としてのキャリアを振り返るもので、インディーズ出身としての矜恃を語っている、内容の濃いものでした。
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生活にくたびれた感じとそこから飛び出す意外なマッチョぶり、という二面性が、うまく出せるのがこのリーアム・ニーソンのよさですね。今回は保険会社の営業をクビになったばかりの元警官、といううまい設定でそれが発揮されました。

毎日の通勤電車で、ほとんどが半ば顔見知りの中で、その中の仲間外れを探せ。バッグの中身を探れ、という謎の指令が出て、やがてその指令を実行しないと妻と息子にも危害が及ぶ、とわかる。手付けの金を取ってしまったところから、後戻りのできないミッションが続いていく、という運び。

ずっとこんなに監視されているのはなぜなんだろうか、とか、どうやってすべてを見通しているのか、はちょっと謎なところがあり、あまり主人公マイケルにはっきりした反撃のきっかけがないのが、難点といえば難点ですかね。ここからは主導権を握っても大丈夫だ、と確信を持てる瞬間は本当はなくて、妻と息子は常に危険にさらされているのに、どうしてそこで開き直れるんだろう、という疑問は浮かびました。

電車の中の格闘シーンも、これだけやられたらもう気絶だろうとか、死ぬだろう、と思うレベルを超えて戦いつづける、マシーンのような男ですね。保険屋をやってる場合ではないと思いますが。

ラストで、残った乗客みんなが助け合って「自分がプリンだ」と名乗り出るところはちょっと胸熱ですね。みんな話は聞いて共有しているんだから、その時点で誰が生き残っても犯人からしてみるとアウトなんですが。

ジョアンナの素性が、最後に明かされなかったのは少し謎でした。英語版のウィキペディアには書いてあるかな。
原題は、The Commuter(長距離通勤者)なんですね。
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ずっと見たかったのにチャンスがなくて、しかもあまり話題にならなくてすぐに消えたように扱われた作品でしたが、こうして見ると、見事なSFコメディーに仕上がっていて、スケールこそ小さいですが仕上がりとしては「ゴーストバスターズ」より上かもしれないな、と思います。

発端は隕石の落下、地質学の専門家が調べるうちに、付着していた微生物がものすごいスピードで進化を遂げていることを発見するけど、軍関係者が情報を独占し、拙速な対策をしようとして事態を悪化させる、という、ある意味テッパンな作りです。

民間の科学者アイラとハリーの研究ぶりが、それほど独創的でなかったのがやや物足りない点でしょうか。ここが弱いと軍に研究を横取りされてもその方が一般市民を守るためにはよかったんじゃないか、と思えてしまうので。あとウェイン(ショーン・ウィリアム・スコット)がなぜ研究者二人に絡んでくるのか、というのはやや動機が弱いような気がしました。もともと消防士を目指していただけで大学とも関わりがないし。

しかし事態の悪化する様子や、最後に向けての危機拡大とロマンス要素のふくらみかた、クライマックスのばかばかしさと盛り上げぶりはおみごと。

デヴィッド・ドゥカブニーが田舎の大学の先生、ジュリアン・ムーアが政府関係の研究者、ということで、これでコメディーになるか、というと見事になってしまうというのがミソ。二人とも、会話の間合いやテンポはコメディーにも向いている、ということを証明してみせます。ハリー役のオーランド・ジョーンズが二人の間で実は重要な引っ張り役と同時に接着剤の役割を果たしています。

途中で怪物に食べられるバリー役のグレゴリー・イッツェンは、「24」シリーズでローガン副大統領(後に大統領)を演じていますが、ここでも嫌な奴をみごとに演じています。


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タイトルでネタバレされなければもっとうれしかったですが、なにが起きるかわかっていても、どう描いてくれるかで楽しめる、そんなSFです。

やはりヨーロッパだと女性の活躍が類型化されず、いろんなカッコいい女性が出てくるな、とあらためて思いました。

情報がほしいなと思ってウィキペディアを検索してもヒットしなかったので役者さんで検索したら、フランス語版だけありました。

これは、テレビ映画だったのですね。しかも、ずいぶんきれいに前半と後半の事件が別れているな、と思ったら、もともと2エピソードで放送したものを合体して1本の映画にまとめたようです。映画として公開されたのかどうかはわかりませんでしたが。

ロボットとしての仕掛けをこれみよがしにバラしたりしないし、あり得ないような派手な銃撃戦はなくて事件の性質がリアルなので、余計にアンドロイドとしての能力の発揮具合がリアルに見える、というそんな仕立て。事件の展開もヒューマンドラマをはさんでいて、なかなか演技のうまい犯人や容疑者が人間模様を見せてくれます。

パリの町並みも、適度な暗さをもって、セット的なチープなところが少なくて、ロケーションのリアルな質感が一味違う世界を見せてくれました。

主人公エマの正体がなぜもっと早くばれないのか、はややリアルから離れていますが、彼女の内面が、ほんとうにただの機械なのか、じつはそうじゃない部分に発展しかけているんじゃないのか、という含みがあるのが、とにかくいい。

人間的な心の動きこそが犯罪の手がかりにつながる、という敏腕警部についていくことで、ロジックと科学的手法だけに頼っていたエマが、少しずつ柔軟さや人の心を理解(?)していく、という魅力があります。

あと少しで、残酷さの少ない「ブレードランナー」の域に達していたんじゃないかな、と思います。

主演のソレーヌ・エベールは、眉が太い男前美人。最初そんなに美人かなぁ、と思っているんですが、立ち居振る舞いがカッコいい。そして、演技としても、どんな残酷な情報も悲しい出来事も、軽い微笑みで話す、という安定感のある表情演技と、数少ないアクションの完璧さで見事に演じていました。同僚の女刑事役が、サブリナ・セヴクという美人さんなんですが、「バッド・バディ」にでていたケイティ・ネイラに似てるなぁ、とずっと思ってました。ずっとフランス語しゃべってるから、さすがに違いましたね。

フランス語版ウィキペディアのリンクはこちら
https://fr.wikipedia.org/wiki/Emma_(s%C3%A9rie_t%C3%A9l%C3%A9vis%C3%A9e,_2016)
政府のやっていることはただの沖縄いじめです。

工事を県民投票後まで止めてほしい、という署名活動があります。直接米ホワイトハウスにアピールするもので、署名数が10万に達したらかならず米政府がリアクションを求められる性質のものです。すでに目標達成の3分の1に達していますが、年末年始をはさむので、1月7日までに10万人を達成できるよう、ご協力をお願いします。

やることは簡単で、氏名とメールアドレスを入力、送信すると確認メールがとどきます。そのリンクをクリックすれば完了です。

海外の友人とかにも広めて国際的な認知を高められるとうれしいですが。

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全体を通してみたら、まあ、筋立てとか世界観は面白くて、本の方はシリーズで続いてるんじゃないかと思うんですが、2013年の映画で、その後あんまり騒がれてないところを見ると、やはりこの映画の出来で、次への期待があまり高まらなかった、ということなのかもしれません。

出自を隠された主人公が、親が襲撃されたことをきっかけに自分の能力を自覚して覚醒していく、という流れは、どうしてもハリー・ポッターをなぞる形になってしまい、つらいものがあります。

加えて、母と娘の関係がすごくありがちな反抗期で早く会話すれば済むのをダラダラ遅らせている間にどんどん事態が悪化する。あとから現れた怪しい奴らも時間があるのにちゃんと説明しない。その後の主役クラスの行動が、どう見ても理に適ってなくて、最初から謎を解く気がないだろう、とかいろいろあってどうも盛り上がらない。主役のクラリー役の子がいつまでたってもパニックを起こしてばっかりで全然落ち着かないのも問題です。

あと、戦い方全般、ちょっと原始的。新シリーズだと、戦い方のバリエーションで見る方を巻き込んでほしい、という感覚があるのですが、剣にしても魔法にしても、特に目新しいものはなく、圧倒的な技量もないので、ちょっとどんぐりの背比べのどつき合いが続いて飽きたような気がします。

ジェイスも千年かそこらシャドウハンターをやってきたなら、なんでこんなクラリーみたいな子に惹かれるのか、よくわからない。ある段階をすぎるとシャドウハンターの組織全体が、目先のメリットだけを追っている幼稚な集団にみえてしまい、歴史のある深い哲学が感じられなくなるのも脚本・演出の欠点だったのかな、と思います。ジェイスの偽悪的でクールな感じは悪くないと思ったのに、デレるのがちょっと早すぎますよ。

で、友達のサイモンは少し意味ありげで悪かった視力がよくなったり、ヴァンパイアに噛まれた跡があった割に日の光は大丈夫だし異常行動もないから、続編でなにか暴れさせる予定があったのかな、と思いますが、その後は続編の動きもなく、キャストを全部変えてテレビシリーズになったみたいですね。2016年に始まって、サードシーズンが全22話で放送中のようです。

キャストでは、ホッジ役のジャレッド・ハリスが一番有名でしょうか。「バイオハザードⅡ」や、「シャーロック・ホームズ:シャドウ・ゲーム」「コードネームはU.N.C.L.E.」「マリアンヌ」など、結構知ってる作品に出てます。
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3作目になって、リディックの設定上、掘り下げるものがもうなくなってきた感じはあって、厳しいはずなんですが、でも何となく見せちゃいましたね。

前作の世界観をあっさり捨ててしまって、新しい惑星でサバイバル。また都合よく酸素がいい濃度であったり、食べられる野生動物がいたり、宇宙ステーションに英語で説明のある宇宙食があったり、飼い馴らせる犬がいたり、といろいろと驚かせてくれます。

愛犬家リディック、という方向でくるとは思わなかったのでちょっと楽しめましたが、途中でこの犬の殺され方はちょっとひどいんじゃないかな、と残念。

2チームに追われる形で両方のチームをつぶして惑星から脱出を図る、というのが全体のプランですが、どうも大きなプランが見えないままに、2チームの潰し合いを見せられる感じ。リディックも無慈悲に殺す相手と、寛大に見逃す相手の好き嫌いが激しいですね。

途中からは第1作「ピッチブラック」で追手になったジョンスの父親が、息子の死因を知りたい、と責めたてて、最終的にはリディックを見捨てて息子と同じチキンになるのか、というのが一番のクライマックスになります。

里心がついて、ふるさとに帰りたい、というのがリディックの今のモチベーションなんでしょうか。どうも悪役としての冷徹さ、殺人者としての本能を取り戻しきれないままに、善玉ヒーローに傾斜しているような気がします。

原題は単にRiddickです。とても「ギャラクシー・バトル」と呼べた内容ではないんですが。一つの星で野生のエイリアンに襲われてるだけなので。
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「ピッチブラック」からの派生で生まれたストーリーですが、リディックを全面に持ってきた別なおとぎ話、という感じです。

思いの外、前作のキャラクターを何人か引っ張っていて、悪役なのに友情には篤いとか、純情だったり、でもせっかく守ったはずの友達も、結局失うことになる哀しみというか、触れ込みほどは悪役然としてないキャラクターに変わってきましたね。

前作よりもエキストラが多くて、社会を描いているし、世界と世界の戦いになってきているので、誰に肩入れすべきか、なかなか迷うところです。

結局最後は、悪役の大ボスを倒すことで、自分がその大ボスに納まってしまう、というところで終わるので、これは当然続編がくるな、ということになるわけで。

基本的には腕っ節の強さ以外に、誇れるものがないキャラクターなので、次々に出てくる敵をどうやって倒せるのか、いま一つ説得力はないのが、悩み所ですね。光る目以外に、なにか設定しておくべきだった、ということで、出生の秘密が絡んでくるわけですが、実際にそれがどういう能力なのか、結局よくわからなかったです。