yamaotokoのひとりごと
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ジョルディ・ザヴァールの第9

早いもので、もう今年も終わりです。

なんとか、今年も健康な状態で仕事を終わらせることもできました。

 

ブログの方は休みがちですが、細々と続いております。

 

今年の最後として、ベートーヴェンの第9交響曲を。

 

ベートーヴェンの交響曲はかなりいろんな録音を聴いていますが、

今年は、邦人の指揮者やオケの録音のCDを手に入れていろいろと聞いてました。

また、古楽系の演奏も。

 

その中で、結構面白いなと思ったのが、スペインのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者で指揮者でもあるジョルディ・サヴァールのもの。

サヴァールが組織した古楽団体のル・コンサール・デ・ナシオンの交響曲の全曲録音を結構面白いと思いました。

古楽系の人のアプローチとしては、かつてはかなり古楽寄りのスタイルがありましたが、このサヴァールのものはそういう点では、古楽オケでやってるけど、割と今風のスタイルなのかなとも思えるもの。

ともすると古楽寄りの演奏だと、アクセントのつけ方やリズムの刻み方に癖がありましたが、この人のスタイルだとさほどそういうのが鼻につかないというか、聞いていていい意味で「普通」です。

かといって凡庸な演奏というわけでもなく、結構説得力はあるというか、ひきつけられるものがあり、感心させられました。

 

貼り付けた動画はこの人とその手兵のオケによるもので、2021年にボンで開催されたベートーヴェンフェスティバルのオープニングコンサートのものです。

 

 

 

 

 

それでは皆様良いお年を。

 

 

 

 

 

社会科見学  江戸城

年内、最後のお出かけとして、江戸城を見に。

東京駅は、最初に勤めた塾の最寄り駅だったので、かなり利用していたのですが、丸の内側にはあまり出たことがなく、皇居、江戸城も周りを歩いたことや北の丸公園の方はある程度はなじみがありますが、江戸城の本丸の跡の方は見たことがなかったので、今回見学に。

 

まずは丸の内の地下街で腹ごしらえ。

らーめんみそ膳というお店に。

季節のホルモン味噌ラーメンをいただきました。

考えてみたら、外食でラーメンを食べたのは久しぶり。ここのところ外食だと蕎麦かうどんが多かったような。

 

地上に出て、和田倉橋を渡って皇居外苑に。

 

 

 

 

 

 

桔梗門のところからだと中には入れないので、大手門の方へ。

 

 

 

一応、手荷物検査とかあるんですね。

 

 

 

 

 

 

 

今回歩いたのは、東御苑と北の丸公園。上の図の右の赤い枠の中が東御苑。皇居全体の4分の1ほどでしょうか。

 

江戸城の中でもペーペーのお侍さんが詰めていたところでしょうか。

 

 

なんか、戸のカギだけ新しいのが変な感じ。

 

 

三十三間堂のような感じ?

 

 

 

 

 

 

東御苑の中の東の方は雑木林が。その一部は、昭和天皇の発案で、武蔵野の雑木林の雰囲気を再現したものだとか。

紅葉がきれいでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本丸の方へ上がっていく坂が梅林坂。2月か3月に来るときれいなんですかね。

 

 

坂を上がったところが書陵部。

 

書陵部を過ぎると天守台の跡が見えてきます。

こちらは北の丸公園の方へ出る北桔梗門。

天守がないのでただの石積みの高台になってます。

 

17世紀には天守があったようですが、何度か火災などで失われ、最後に焼失した後は江戸城下の再建の方が先決ということで、天守は再建しなかったのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

何のためのものかはよくわからない石室。火災でもあった際に大事なものをしまう場所だったのかもという話。

 

 

昔は何か武器なんかを置いていたような。

名前からすると昔は富士山でも見えたのでしょうか。

 

つわぶきも結構咲いてます。

 

松の大廊下跡。 吉良上野介に切りかかった浅野内匠頭が「殿中でござる、殿中でござる」と止められたところ?

もうすぐ忠臣蔵の時期ですが。

 

 

 

上に小さく注意書きで富士山が今は見えませんとあります。

いずれにしろ今は立ち入り禁止。

戊辰戦争で、薩長の軍勢が江戸城を攻めたら、この櫓からも石を落としたのかな。。。。

 

 

江戸城の天守の復元模型。

昭和天皇の皇后が作らせた音楽堂だとか。昭和天皇や皇后は何か楽器を演奏したのかな?

 

 

 

北桔梗門

 

 

北の丸公園の方へ。

 

 

 

近衛師団司令部の跡。二・二六のときは大変だった場所なのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

武道館。40年ほど昔に、駿台予備校の入学式でここに来ました。

この人も、いい年だと思いますが、元気ですね。

 

田安門。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから上野駅までテクテクお散歩して、帰りました。だいたい2万歩ほど。

 

江戸城の古い建物そのものはもうほとんどないんですね。もう少し残っているのかなと思いましたが、外回りだけ残っている感じなんですかね。

 

 

2025年12月2~3日 丹沢塔ノ岳 その2

先日の丹沢山行の続きです。

12月2日は夕方はかなりガスが上がっていて山頂は真っ白でしたが、夜中には多少下の明かりも見える感じに。

尊仏山荘の夜具は以前よりもいいものになった感じで、けっこう熟睡できました。

翌朝は5時にスマフォのアラームをセットしておいて、いったんはそれで起きましたが、二度寝を。

5時半に朝食で皆が動き出したので起き出しました。

 

 

 

いつものおでんの朝食。空気が乾いていて喉が渇いていたから温かいお茶をけっこういただきました。

 

 

朝食後、外を見ると、こんな感じ。富士山はかろうじて見えてますが、朝日は望めなさそう。

 

6時半ごろ。明るくはなってますが、なんかはっきりしない空模様。富士山の頭が微妙に雲の中。

 

 

御殿場方向の町の明かりが見えてます。

 

 

今回もソニーのα6600というミラーレス機で撮影してますが、このような何となくもやがかかったような状態だと、一眼レフ機と比べるとミラーレス機の方が合焦しにくい気も。機種の差やメーカーの差もあるとは思いますが、同じメーカーで一眼レフ機とミラーレス機を比べるとどうなんですかね。私が一眼レフ機とミラーレス機を持っているメーカーが違うので何とも言えないのですが。

 

 

外は結構寒いですね。

小屋に戻って、身づくろいをして荷物をまとめ、7時半ごろ、小屋を出ました。

この日は、天気が悪くなるような予報だったので、今回は素直に大倉尾根を下ることに。

下山後、ふもとのさか間さんの蕎麦を食べたいので、店が開くちょっと前ぐらいに大倉へ着けばよいかなと、のんびり下山。

 

相模湾を見ながら下りますが、左手の方に江の島が見えないので、視界は悪いですね。

 

花立の上あたりから。富士山は裾野しか見えてません。

 

 

 

 

さっきよりは少し見えているかな。

花立の下の階段地獄。

天気は今一つですが、登ってくる人は相変わらず多いですね。

堀山の家のところで休憩と衣服の調整。

 

堀山の家と駒止茶屋の間は緩やかに上り返して下る道。このあたりはあまり赤い葉はないのかな。

 

 

 

 

 

駒止茶屋から暗い樹林帯を下り、明るくなるあたりから赤い葉が見えてました。

日差しがあればもっと鮮やかな色が望めるとは思いますが、こういうしっとりした色もいいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふもとの農家のところで芋か柚子の安いのでも売っていたら買っていこうかなと考えていましたが、

どこも売ってなかった。。。。。

さか間さん。店内を改装して座敷のところがカウンターみたいなテーブルに。

 

秦野の地ビール。煎茶のビールだそうです。以前、ほうじ茶のものを飲んだことがあったのですが、ほうじ茶よりは煎茶の方があまり茶の感じはしないのかも。

 

季節限定のきのこせいろ。温かいつけ汁にキノコがたっぷり。

牡蠣の天ぷら。前は2個セットでしたが、今回は1個に。瀬戸内の牡蠣の不漁のせいなのかな。

久々のこちらのお蕎麦はおいしかったです。

 

年内はあと1回ぐらいは日帰りでどこかの山にでも行きたいけど行けるかな。

 

おしまい。

 

2025年12月2日~3日 丹沢塔ノ岳 その1

またまた年中行事?のような、この時期恒例の丹沢山行を。

12月2日から3日で塔ノ岳山頂の尊仏山荘に一泊での山行です。

地元の駅から新宿に出て、小田急線に乗り換えて渋沢駅で下車、そこからバスで大倉というところまで。

大倉のバス停から歩いての登山です。

登山口手前の民家にあった見事な山茶花。

 

登山口。左に入ります。

登山口のあたりから、大倉尾根の一本松のあたりまでが紅葉のきれいなところ。

結構最初から坂を上る道なので、息があがるので、写真を撮ることを口実に?休み休み歩いてます。

 

 

 

 

見晴茶屋。私は土日や祝日には登らないので、ここから花立までの山小屋が営業しているのを見たことがありません。

見晴茶屋の上から一本松までが紅葉の密度が濃いところ。

 

ややピークは過ぎた感じですが、それでもきれいです。

 

 

 

 

ところで一本松という場所には松が数本生えてますが、どれのことなんですかね。

 

一本松を過ぎると、少し木々が茂って暗い感じに。

そこから駒止茶屋というところを過ぎると少し平坦な道が出てきます。

 

 

平坦なところを過ぎて堀山の家で少し休憩。

ここから、けっこう上りがきつくなってきます。

今回歩いていて思ったのが、私が初めてこの山域に来た頃から比べると、木道と階段がかなり増えたような。

登山口から塔ノ岳までの6キロほどの山道の半分ぐらいは木道か階段になっている気も。

以前はザレているところに金網をまいたものの中に石を詰めたものがいっぱいありましたが、今はだいぶ減りましたね。

花立の下の階段地獄で見かけた竜胆。花立直下の階段のわきに植樹された木々もだいぶ大きくなってますね。

花立の上の草原。ここは見晴らしがいいけど、この日はガスガス。

 

 

塔ノ岳山頂。

頂標の向こうに見える富士山は想像してください。

尊仏山荘。

山荘で宿泊手続きをした後、遅い昼食。カップ麺と大人用麦茶。

このカップ麺はちょっと辛いです。今回は久々にガソリンストーブを持参。

昼食後、水場へ水くみに。

風が冷たいです。

イバラの実。

ガスが流れています。

 

 

 

また竜胆が。

 

小屋に戻って、コーヒーを入れてまったり。

夕日は望めないかなと思っていましたが、

富士山もちょこっと頭を出して、ギリギリ夕日も見られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか噴煙みたいな雲。

 

 

 

 

 

だいぶ雲が上がってきちゃいました。

 

 

 

この日は宿泊客はみな男性のソロで、私と同じぐらいの年代の人一人と少し若い人、さらに若い人の4人。

定番のカレーライス。結構寒かったので温かい食事をとれるのはありがたいです。

私と同年代の人が自炊ですき焼きをやっていたので、なんかそちらにかなり気がひかれました。。。。

食事後、同宿の人と小屋番さんでしばらく雑談。

6時過ぎにはみな引き上げて寝床へ。私も寝不足解消をしました。

 

つづく。

フィニッシュ








ワンパターン。

いつものさか間さんで。

塔の岳




真っ白。
富士山は心の目で見ましょう

2025年11月18日~19日 雲取山 その2

先日の雲取山山行の続きです。

2日目は朝4時半過ぎぐらいに起床。

身づくろいをして、朝食が5時半。

これも毎度同じ。焼き鮭は冷凍のものと思われ、あらかじめ皿において自然解凍したのでしょうか。

とっても冷たかったです。。。。

さっさと食べて、5時50分ごろには小屋を出ました。

山頂へ向かいますが、どんどん明るくなってきます。

今までにこの小屋に泊まって、山頂でご来光を拝んでいるのは、だいたい11月末から12月のことが多いので、今回はちょっと日の出の時間がまだ早く、山頂についた時には既に太陽は稜線の上に。

 

ま、こんな感じ。

山頂には先客が3人ほど。たぶんテント泊の方でしょうか。

今回、ソニーのα6600というミラーレス機で撮影していますが、レンズを交換した際に、ゴミが入ったような。

富士山の左に黒い影がありますね。画面の左上の方にもあります。

レンズを交換した後に、一度、クリーニング機能を効かせればだいたいは大丈夫なのですが、忘れてました。

 

 

6時半ごろの山頂はかなり寒かったです。

 

 

 

長野方面の雪をかぶった山もきれいに見えてます。

 

この山の頂上にはいろんな帳標や標石が。左の新しいのは東京都の帳票。その右の小さいのが三角点。

 

 

 

山頂は霜が降りてました。

霜柱を久々に見ました。

山頂の避難小屋のところで、コーヒーを入れて少し温まり、7時過ぎに下り始めます。

噴煙のような雲。

 

 

 

 

このコースは堂所から山頂までは、ほとんど富士山が見えるのがいいところ。

登ってくるときは、もちろんきついのですが、急登のところ以外はさほど傾斜を考えませんが、下ってみると、全体にかなり傾斜がありますね。

下りはだいたい南向きに歩いているところが多いので、日の光がまぶしいです。

 

 

 

 

 

今回は、ちょうど鹿の駆除をやっている期間だったせいか、鹿を見ることはありませんでしたが、前はブナ坂のあたりでよく見かけました。

 

富士山を正面に見ながら下っていく感じ。結構急ですね。

 

奥多摩小屋のあったところの前の登り返しの上。

 

海も見えるんですね。相模湾でしょうか。

テント場のところに作られた新しいトイレと管理棟。トイレはバイオ式のもので結構ハイテクになっているようです。

ここで少し休憩。

ここを出たのがだいたい8時半ごろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七ツ石山は足が疲れていたので、巻いていくことに。

七ツ石小屋のところで、また休憩。コーヒーを入れて、少しのんびり。

七ツ石小屋から下は、杉の樹林帯になっていくので、あまり面白いところではないです。マムシ岩というところまでは結構な急こう配のところも。

堂所を過ぎると、見晴らしはなく、比較的暗い杉の植林されたところと、広葉樹のあるところが交互に。

 

ひたすら下っていく道ですが、結構飽きます。登りの時と比べると、足が疲れているのもあり、下りの方が傾斜を感じます。

下り坂をひたすら歩いていると、腿に来ますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この辺りは、だいたい道幅が1mほどのところをひたすら歩いていて、道の上に木の根があったり岩があるところもありますが、歩きにくいところはないです。ただ疲れてくると、木の根で躓くことも。

 

 

 

道の先にブルーシートがあるところは、かつての貯水槽のようなものがあったところ。

廃屋の跡がこのあと数件あります。

 

 

 

ようやく、斜面の下に車道が見えてくると、ゴールが近くなります。

 

小袖の登山口に戻ってきました。

 

ここは山梨県なんですよね。

ここから鴨沢のバス停まではまだあと40分ほど歩きます。

 

鴨沢のバス停についたのが、だいたい12時ちょっとすぎぐらい。

以前はこの時間帯にはバスがなかったのですが、今は13時10分というバスが増えたのですね。

私は、その次のバスに乗るつもりで、バス停横の木漏れ日という食堂に。

 

 

食堂のテーブルの前にあったもの。

壁には猫の不思議な写真?絵?が。

生姜焼き定食。900円、おいしかったです。

 

13時56分のバスで、奥多摩駅に出て、そこからはほとんど待ち時間なく列車にのり、拝島から八高線経由で、地元駅のちかくの日進駅まで。家に着いたのがだいたい18時半ごろ。

 

あと年内に1回ぐらい丹沢にでも行きたいけど行けるかな。

 

おしまい。

2025年11月18日~19日 雲取山 その1

6年ぶりに、雲取山へ行ってきました。

天気予報では、昨日まではさほど寒くなく、今日から寒いとのことでしたが、昨日もかなり寒かったです。

地元の駅でなく埼京線の日進駅から川越へ出て、川越から八高線で拝島に出て、そこから青梅線で青梅、奥多摩に出て、

奥多摩駅8時50分ごろのバスで鴨沢に。

バスで奥多摩湖のあたりを走っていると、バスの前に飛び出しのサルが。。。。運転手も慣れたもので、ちゃんと避けてました。1回だけでなく3回ほど。

クマが怖いのか、思っていたよりも登山客は少なく、鴨沢で降りたのは私を含めて3人。

鴨沢で身づくろいをして出たのがだいたい10時頃。

朝のうちは、さほど寒く感じませんでした。日差しもそこそこ。

 

 

 

鴨沢のバス停の上の小袖の集落。

2017年の時は、大々的にアピールしてましたが、さすがにあの看板は撤去したのね。

鴨沢からの登りは、単調なだらだら坂の登り。

途中、黄葉や紅葉のきれいな場所も。

 

 

 

 

 

 

廃墟があるあたりを過ぎるころまでは、わりといい調子で歩いてました。

 

 

 

 

水場。

堂所というところまでは、割と同じペースで歩いていましたが、この後失速。

シャリバテと寝不足ですかね。歩いていてなんとも眠くて。

 

 

堂所から七ツ石小屋まではたらたら。七ツ石小屋でようやく昼食をとり、すこし元気に。

七ツ石小屋を出た時点で、結構遅くなっていたので、残りはピークをほとんど踏まずにまきみちに。

ブナ坂のダンシングツリーは健在でした。

ふと思ったのが、左手側のカラマツの幼木がかなり大きくなったなということ。6年あれば結構伸びますね。

 

今回偵察したかった奥多摩小屋跡のテント場。

予約制で、カード決済のみのようなので、ちょっと不便かも。

管理棟もありますが、売店はないです。

 

雲取の山頂直下のまきみちを歩きましたが、結構遠回りをするのと、初めて歩いたのでどのあたりにいるのかわからず、

ちょっと不安にも。日が暮れる時間だったので、小屋の明かりが見えたときはほっとしました。

この日の宿泊客は私を含めて8人ほど。

私を含め男性のソロ客3人で同室になりましたが、一人は神戸からいらしたのだとか。

この小屋のいつも通りの夕食。

なんとも眠かったので、夕食後早々に寝床へ。。。

 

つづく。

2025年11月12日 平林寺

11月に入り、気温の上下も多少ありますが、まあ、秋らしい感じになってきました。

この時期の恒例行事として、新座の平林寺へ。

幾分早いかなとも思ったのですが、結果として平林寺のもみじはもう少し後になるのかなという感じ。

 

 

武蔵野線の新座駅近くの公園の桜の木でしょうか。結構きれいに色づいいてました。

野火止用水に沿って南下し平林寺のわきへ行きます。

つわぶきが咲いてました。

柿の実。

野火止用水

このあたりの農家は、ニンジンを栽培しているところが多いような。

 

蛍の飼育をしているところ。

我が家のあたりだと、最近見かけない、からすうり。

茶の花。

 

 

 

ことりちゃん

 

伊豆殿というのが、松平信綱のことで、この平林寺をここに移したのがこの人。もともとは岩槻の方にあったお寺です。

今でも地名では平林寺というのが岩槻にありますが、お寺の名残はあるのかな。

伊豆殿橋はコンクリートです。

平林寺の境内には、色づいている木もありましたが、まだもう少し後のような。

まだ早かったので、その分、参拝客が少なくてよかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お寺なので、この子たちは精進料理で食べられることもないでしょうね。

 

 

 

 

寛文四年…1664年だそうです。まだ僕は生まれてません。

 

 

 

 

松平信綱の墓。

信綱の墓の横にあったので、奥さん?

こちらはこのお墓の方の家紋?

こちらが信綱さんの家紋?

 

このあたりが信綱さんの関係者のお墓が固まっているところ。

 

 

 

むか~し、小学校で勉強した記憶で、武蔵野台地が水不足で、たびたび野火もあったので、作られたのが野火止用水だったような。その野火の監視用に作られていたとみられる塚。今は周りの木が高いから、この上から見ても見晴らしは良くなさそうですが、昔は見えたのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月末頃に来られたらまた来てみましょうか。。。

平林寺から出て、新座市役所の方へ。

市役所の蕎麦の八溝というお蕎麦屋さんに。昼過ぎでしたが結構混んでました。

何度か、訪れたことがあるお店でおいしいです。

天ぷらせいろ。

お蕎麦はお江戸のお蕎麦と比べると量が倍ぐらいあります。

おいしかったです。

 

帰りに地元の駅の近くにあるドン・キホーテによって、安いコメがないかなと物色。

カルロース米を購入して帰宅。

 

おしまい。

大人の社会科見学 行田市の忍城とさきたま古墳群

今日はまた、社会科見学に。

埼玉県の行田市に、忍城とさきたま古墳群を見に行ってきました。

地元の駅から熊谷駅に出て、そこから秩父鉄道の行田市駅へ。

熊谷の乗り換えがなかなかきわどかったけど、列車が待っててくれてラッキー。

 

行田市駅は熊谷から三つ目。意外と列車の本数はありますね。

秩父鉄道は熊谷から秩父方向へ行くのには使ったことがあったけど、羽生方面は初めて。

 

行田市は古墳や忍城の他に、足袋の町としてアピールしてるようです。

私は知りませんでしたが、陸王とかいう映画だかドラマだかの撮影でも使われたようです。

 

結構、町の中にクラシックな建物がちらほらとあり、それを見ながら歩くのも面白そうです。

 

 

 

毎日でもないようですが、今日は花手水が町のいろんなところにあり、それをめぐるツアーみたいなのもあったようです。

 

 

観光案内所で地図をゲットして、散策開始。

 

行田愛宕神社とかいう神社に。

 

 

 

 

 

 

忍城の方へ向かいます。

道中、割と古そうな寺もちらほら。

 

 

 

 

 

こんなのも。

そういえば、昔は熊谷から妻沼線と呼ばれた東武熊谷線とかいうのもあったけど、私が中学だか高校のころに消えたような。高校のころでいうと目蒲線なんてのも消えるとか話題になってましたが。

 

 

 

 

見た目はいいけど、鉄筋コンクリート造りです。

 

 

この辺りは風情があっていいかな。

 

 

 

鐘楼を撮ろうとしたけど、意外と木々が邪魔でうまく撮れなかった。。。

花手水がちょうど靄の中にあるように見えるチャンスを待ったけど、結構風が吹いていて今一つ。

忍城や行田市の歴史について城の中の博物館で展示していました。

さきたま古墳群のところ以外にも面白そうな古墳があるのを発見しましたが、交通の便が悪そうな。

 

ちょうど腹が減ってきたので、城の南に向かい、見つけた食堂へ。

たけまる食堂とかいううどんとその他いろいろあるお店。

ミックスフライ定食。定食のごはんの他にもミニうどんがついていて、ガテン系の人向きかも。今日はかなり歩く予定なので

がっつり食べましたが、かなり満腹に。おいしかったです。

ここから、さきたま古墳群の方へテクテク。

 

 

 

 

 

1590年の石田光成による水攻めで亡くなった方の霊を弔う碑だとか。かなり新しいですが。

 

造り酒屋も。

 

住宅地の中にこういう小さな古墳も点在しているようです。

 

道のこのプレートで先ほどの古墳も知りました。

 

だだっ広い公園です。

 

 

 

 

まずは丸墓山古墳に。石田三成が忍城を水攻めした際に石田軍の本陣が敷かれた場所だとか。

ここが石田堤というところで、石田軍が水攻め用に作った堤防の後だとか。

 

古墳の上に登れます。

一応、忍城が見えるんですね。

 

丸墓山古墳を降りて、今度は今回一応一番見たかった、稲荷山古墳へ。

 

稲荷山古墳は、前方後円墳ですが、手前の方墳は失われていて、現在あるのは復元したものとのこと。

写真の目の前の山です。

 

復元部の上から、残っている円墳の方を見るとこんな感じ。

 

稲荷山古墳の横にある将軍山古墳。

 

塔があるあたりが古代蓮の池があるところ。観光案内所の人には田んぼアートがみられるからと勧められましたが、

今回はパス。

稲荷山古墳や将軍山古墳は前方後円墳ではありますが、なんかいびつな形になっているような。

 

稲荷山古墳の円墳の上で棺が納められていた場所や副葬品が出た場所。

 

 

稲荷山古墳から降りて、今度は将軍山古墳へ。

このあたりの前方後円墳は関西の大きなものと比べるとかなりこじんまりとしたものなので、割と次々と見て回れます。

 

 

将軍山古墳はこの辺りでは一番最初に発掘されたのだとか。墳丘に登ることはできませんが、近くから見ることは可能。

埴輪が置いてありました。もちろんレプリカでしょうが。

 

 

円墳の中に博物館ができてました。結構面白い場所です。

 

次は二子山古墳へ。相撲部屋じゃないですね。

 

ここは未発掘なもので、そばに寄るのもできません。

一応、このあたりの前方後円墳では最大のものだとか。

 

愛宕山古墳という小さな古墳の発掘調査をやってました。

 

このあたりで出土したものが置かれている博物館へ。

 

稲荷山古墳の鉄剣。。。。。。レプリカだそうです。

 

教科書などで写真を見ていましたが、結構文字がはっきりとわかるものなんですね。

 

帰りはバスで帰ろうかとも思いましたが、待ち時間がかなりあるので、結局、行田市駅まで歩いて戻りました。

だいたい23000歩のお散歩でした。おしまい。

 

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