ユートピアと終末論(2)
ヘブライズムの直線的時間とヘレニズムの円環的時間というものがありますが、こうした二つの時間に応じて「生の充実」も異なってくるでしょう。またミルチャ・エリアーデは、少し文脈は違いますが、「歴史の完成」という理念による充実と「永遠回帰する宇宙論」による充実について述べています。こうした区別に基いて、二種類のユートピアが考えられると思います。すなわち、歴史的ユートピアと宇宙論的ユートピアです。前者を終末論的ユートピア、後者を循環論的ユートピアと言ってもいいでしょう。
昨日に変わらぬ今日、今日に変わらぬ明日、そして春夏秋冬が巡り、一年が過ぎていく――そうした「平穏無事」が繰り返されていく日日是好日の現実にユートピアを見ることができます。それは言わば「やすらぎのユートピア」です。それに対して、或る理念の成就という終末に向かって歴史を創造していくことに充実を見る生き方があります。その場合には当為(Sollen)としてユートピアが求められることになるでしょう。皆さんが求めているユートピアは何れでしょうか。
私は昨日の便りで「やすらぎのユートピア」を退屈なものだと書きましたが、それを否定するつもりはありません。むしろ私もそれを求めているのです。と言うのも、私の究極的な関心は「歴史的-終末論的ユートピア」と「宇宙論的-循環論的ユートピア」の統合にあるからです。それは時間論に関して言えば、直線的時間と円環的時間の統合に他なりません。では直線と円環の統合とは如何なるものでしょうか。それはスパイラルです。おそらく、この程度の説明では何のことかよくわからないと思いますが、ここでは一応「スパイラルとしてのユートピア」こそ私の求めているものだということだけ御理解下さい。
昨日に変わらぬ今日、今日に変わらぬ明日、そして春夏秋冬が巡り、一年が過ぎていく――そうした「平穏無事」が繰り返されていく日日是好日の現実にユートピアを見ることができます。それは言わば「やすらぎのユートピア」です。それに対して、或る理念の成就という終末に向かって歴史を創造していくことに充実を見る生き方があります。その場合には当為(Sollen)としてユートピアが求められることになるでしょう。皆さんが求めているユートピアは何れでしょうか。
私は昨日の便りで「やすらぎのユートピア」を退屈なものだと書きましたが、それを否定するつもりはありません。むしろ私もそれを求めているのです。と言うのも、私の究極的な関心は「歴史的-終末論的ユートピア」と「宇宙論的-循環論的ユートピア」の統合にあるからです。それは時間論に関して言えば、直線的時間と円環的時間の統合に他なりません。では直線と円環の統合とは如何なるものでしょうか。それはスパイラルです。おそらく、この程度の説明では何のことかよくわからないと思いますが、ここでは一応「スパイラルとしてのユートピア」こそ私の求めているものだということだけ御理解下さい。
ユートピアと終末論
「あまりに待ちすぎたものからは、とどのつまり逃げ出すしかないのだ」――これは三島由紀夫の「仮面の告白」ですが、ユートピアの実現についても同様のことが言えると思います。そこには時と永遠の問題があります。
かつて幼い私は「一週間のうちで何曜日が最も楽しいか」という問題について思耕したことがあります。休日である日曜日が楽しいことは言うまでもありません。しかし、その翌日が月曜日であることを考えると憂鬱になります。とすれば、翌日が休日である土曜日の方が楽しいのではないか――そんな具合に下らぬことを考えていたのです。
また一年間で言えば、全てが終末に向かって慌しくなってくる年末、殊に大晦日の雰囲気が好きでした。「紅白歌合戦」、「ゆく年くる年」、そして恰も全ての人間が息をこらして新年が明けるのを待っているかのような緊張感。しかし、いざ明けてみれば、世界は以前と変わることなくアッケラカンとしたもので、非常な空虚感に襲われるのが常でした。そこには太宰治の「トカトントン」のニヒリズムに通じるものがあったように思い出します。
こうした私の体験を通じて言い たいことは、「ユートピアの実現」と「ユートピアにおける生活」の間には質的な差異があるということです。おそらく多くの人が求めるユートピアは「やすらぎの場」だと思われますが、そこには極めて大きな問題があります。それは倦怠です。私にとって既存のユートピア像の殆どは「そこで生活することが退屈で仕方のないもの」に他なりません。
かつて幼い私は「一週間のうちで何曜日が最も楽しいか」という問題について思耕したことがあります。休日である日曜日が楽しいことは言うまでもありません。しかし、その翌日が月曜日であることを考えると憂鬱になります。とすれば、翌日が休日である土曜日の方が楽しいのではないか――そんな具合に下らぬことを考えていたのです。
また一年間で言えば、全てが終末に向かって慌しくなってくる年末、殊に大晦日の雰囲気が好きでした。「紅白歌合戦」、「ゆく年くる年」、そして恰も全ての人間が息をこらして新年が明けるのを待っているかのような緊張感。しかし、いざ明けてみれば、世界は以前と変わることなくアッケラカンとしたもので、非常な空虚感に襲われるのが常でした。そこには太宰治の「トカトントン」のニヒリズムに通じるものがあったように思い出します。
こうした私の体験を通じて言い たいことは、「ユートピアの実現」と「ユートピアにおける生活」の間には質的な差異があるということです。おそらく多くの人が求めるユートピアは「やすらぎの場」だと思われますが、そこには極めて大きな問題があります。それは倦怠です。私にとって既存のユートピア像の殆どは「そこで生活することが退屈で仕方のないもの」に他なりません。
新しき拠点
「新しき拠点」を準備するに当って留意すべきことは、それ自体がユートピアではないということです。あくまでも「ユートピアの実現」に向けての拠点に他なりません。従って当面の問題は「如何なるユートピアを実現するか」ということになります。
先ず「自給自足の農業共同体」というユートピア観があります。新しき村も基本的にはそれに含まれるでしょう。言うまでもなく現実の村はそれとは程遠いものですが、一応建前としてはそれを理想としています。しかし私はその理想そのものに問題があると思っています。何故なら、それは結局閉鎖的な社会に陥ってしまうからです。
確かに「自給自足」という理想は重要なものです。しかしその理想を真に生かすためには孤立化を避けねばなりません。以前 の便りにも書きましたが、自立は決して孤立ではなく、自立と連帯は表裏一体のものであるべきだからです。勿論、ここで言う連帯は「割り算の分業」によるものではなく、「掛け算の共働」に基くものです。少なくとも私が理想とする「自給自足」社会は個々の人間の「掛け算の共働」によって実現するものに他なりません。
何れにせよ、そうしたグローバルな「自給自足」の理想実現を目指すならば、もはや我々のユートピアは農業共同体というものに限定されないでしょう。更に言えば、共同体という理念それ自体を超えていく必要があると思います。私はそうした観点から「新しき拠点」を摸索していくつもりです。
先ず「自給自足の農業共同体」というユートピア観があります。新しき村も基本的にはそれに含まれるでしょう。言うまでもなく現実の村はそれとは程遠いものですが、一応建前としてはそれを理想としています。しかし私はその理想そのものに問題があると思っています。何故なら、それは結局閉鎖的な社会に陥ってしまうからです。
確かに「自給自足」という理想は重要なものです。しかしその理想を真に生かすためには孤立化を避けねばなりません。以前 の便りにも書きましたが、自立は決して孤立ではなく、自立と連帯は表裏一体のものであるべきだからです。勿論、ここで言う連帯は「割り算の分業」によるものではなく、「掛け算の共働」に基くものです。少なくとも私が理想とする「自給自足」社会は個々の人間の「掛け算の共働」によって実現するものに他なりません。
何れにせよ、そうしたグローバルな「自給自足」の理想実現を目指すならば、もはや我々のユートピアは農業共同体というものに限定されないでしょう。更に言えば、共同体という理念それ自体を超えていく必要があると思います。私はそうした観点から「新しき拠点」を摸索していくつもりです。
ちょっとした変化
「新たな拠点づくり」に集中しようと思っている矢先、村内にちょっとした変化が出て来ました。それは「本当は反対じゃないんだ」というようなことを個人的に私に言ってくる人が現れたのです。すでに評議員会直後にも、「本当は支持している」と私に語りかけてくる村外会員が数名いたのですが、村内からも同じような声が出て来るとは少し意外な感じです。尤も私としては「本当にそう思っているのなら、どうして評議員会の席上で発言してくれなかったのか!」と叫びたいのが本音ですが、やはり「村はこのままでは駄目だ」と切実に思っている人が潜在していることを実感した次第です。
勿論、「村はこのままでは駄目だ」という思いは共通していても、その意識のレヴェルは様々でしょう。おそらく経済的な面からだけ村の将来に危機感を抱いている人が大半だと思います。また私の提案にそれなりの支持と期待を寄せてくれる人は村で長く生活している古い人で、若い人は相変わらず無関心を装っているところに根本的な問題があります。しかし、たとい古い人の中からであっても、「村はこのままでは駄目だ。何とかしてくれ!」という潜在的な要求があることは一つの突破口になるかもしれません。
ただ彼等にもプライドがありますから、全面的に私の提案を受け容れることはないでしょう。おそらく村の経済を豊かにする可能性のある部分のみを支持するものと思われます。その意味において、新しき村を我々の拠点にすることはやはり難しいと言わざるを得ません。しかし乍ら、「新たな拠点」をつくるにしても、現在の新しき村が持っている可能性を利用することはできるでしょう。すなわち村外から具体的な提案が矢継ぎ早に出てくれば、無力な村内はそれに頼らざるを得ないということです。そうした状況が現実になりつつあると思います。
勿論、「村はこのままでは駄目だ」という思いは共通していても、その意識のレヴェルは様々でしょう。おそらく経済的な面からだけ村の将来に危機感を抱いている人が大半だと思います。また私の提案にそれなりの支持と期待を寄せてくれる人は村で長く生活している古い人で、若い人は相変わらず無関心を装っているところに根本的な問題があります。しかし、たとい古い人の中からであっても、「村はこのままでは駄目だ。何とかしてくれ!」という潜在的な要求があることは一つの突破口になるかもしれません。
ただ彼等にもプライドがありますから、全面的に私の提案を受け容れることはないでしょう。おそらく村の経済を豊かにする可能性のある部分のみを支持するものと思われます。その意味において、新しき村を我々の拠点にすることはやはり難しいと言わざるを得ません。しかし乍ら、「新たな拠点」をつくるにしても、現在の新しき村が持っている可能性を利用することはできるでしょう。すなわち村外から具体的な提案が矢継ぎ早に出てくれば、無力な村内はそれに頼らざるを得ないということです。そうした状況が現実になりつつあると思います。
閉塞状況の打破
私はこれまで自らの理想である「ユートピアの実現」を「新しき村の変革」という形で努めてきたわけですが、結局その閉塞状況を打ち破ることができませんでした。勿論、この程度の挫折で理想の実現を断念する私ではありませんが、少なくとも「新しき村の変革」という文脈からは身を引こうと思っています。と言うのも、閉塞的なのは何も新しき村だけではなく、日本全体、延いては世界全体がそうであることを最近強く意識しているからです。
殊に日本では殆どの人が中流意識をもっていると言われ、総じて安定した社会を形成していると思われます。私はその安定を一概に否定するつもりはありません。決して皮肉ではなく、その安定において幸福に生きられる人はそれでいいと心から思っています。しかし私自身は今の微温湯的安定に留まることはできません。ドン・キホーテ的妄想だと言われるかもしれませんが、何とかして「人間が本当に人間らしく生きられる社会」を実現したいと思っているからです。それは私の見果てぬ夢ですが、決して私だけの夢ではない筈です。何だかジョン・レノンのような言い方になってしまいますが、私は全世界の人に向かってJoin us!と言えるような状況をつくりたいのです。しかし現代社会において、今の安定を打破して「新しき社会」をつくろうというような契機があるでしょうか。残念乍ら、甚だ疑問に思わざるを得ません。
古くは徳川300年の「安定した」幕藩体制を超克しようとする幕末の状況、また比較的最近では戦後の全てを一新する動きが「日米安保」という形で安定しようとすることに対する反逆――それらは全て「古き安定」もしくは「偽りの安定」に対する違和感に起因するものだと思います。そして現代において、そうした違和感を抱く人がいるとすれば、それはやはり今の安定から主体的にドロップ・アウトした人達でしょう。勿論、否応なくドロップ・アウトさせられた人もいます。そこに求められる「ユートピアの質」も異なってくるわけですが、今はそれについて述べることは自重します。
何れにせよ、私は現在の安定に違和感を抱いている人、コリン・ウィルソンの言葉を借りれば「アウトサイダー」の結集をこそ求めているのです。そもそも私はその拠点として新しき村を考えてきたのですが、それが当面不可能となった今、更に視野を広げて「新たな拠点づくり」を構想したいと思っています。皆さんに、何か良い考えがあったら教えて下さい。
殊に日本では殆どの人が中流意識をもっていると言われ、総じて安定した社会を形成していると思われます。私はその安定を一概に否定するつもりはありません。決して皮肉ではなく、その安定において幸福に生きられる人はそれでいいと心から思っています。しかし私自身は今の微温湯的安定に留まることはできません。ドン・キホーテ的妄想だと言われるかもしれませんが、何とかして「人間が本当に人間らしく生きられる社会」を実現したいと思っているからです。それは私の見果てぬ夢ですが、決して私だけの夢ではない筈です。何だかジョン・レノンのような言い方になってしまいますが、私は全世界の人に向かってJoin us!と言えるような状況をつくりたいのです。しかし現代社会において、今の安定を打破して「新しき社会」をつくろうというような契機があるでしょうか。残念乍ら、甚だ疑問に思わざるを得ません。
古くは徳川300年の「安定した」幕藩体制を超克しようとする幕末の状況、また比較的最近では戦後の全てを一新する動きが「日米安保」という形で安定しようとすることに対する反逆――それらは全て「古き安定」もしくは「偽りの安定」に対する違和感に起因するものだと思います。そして現代において、そうした違和感を抱く人がいるとすれば、それはやはり今の安定から主体的にドロップ・アウトした人達でしょう。勿論、否応なくドロップ・アウトさせられた人もいます。そこに求められる「ユートピアの質」も異なってくるわけですが、今はそれについて述べることは自重します。
何れにせよ、私は現在の安定に違和感を抱いている人、コリン・ウィルソンの言葉を借りれば「アウトサイダー」の結集をこそ求めているのです。そもそも私はその拠点として新しき村を考えてきたのですが、それが当面不可能となった今、更に視野を広げて「新たな拠点づくり」を構想したいと思っています。皆さんに、何か良い考えがあったら教えて下さい。
新旧対決
先日、私の最大の理解者であるA氏から「日比野さんは最近、ホリエモンに似てきましたね」と言われました。そのことは私も自覚しており、或る会合で自分の戦いを「フジとライブドアの争い」に準えて語ったことがあります。
尤も私はビジネスのことには疎く、堀江氏の本質を正確に理解しているわけではありません。ただ彼の戦いが「放送業界の変革」を目的としていて、それを若い世代が支持しているのなら、その現象は私の戦いにとって参考になると思ったにすぎません。
おそらく堀江氏の戦いがマスコミの報じるように「新旧の対決」であり、それをかつての若き造反派であった団塊の世代(全共闘世代)が支持し続けるなら(ここにきて不支持にまわりそうな様相を呈してきましたが)、この勝負は堀江氏に分があるでしょう。ここに私の戦いとの違いがあります。つまり私は自分の戦いを「新旧対決」にできなかったのです。
私は三年前に村に来て、その変革を志した時から、自分の戦いを「新旧対決」に持ち込みたいと思ってきました。すなわち私の理想を若い人達に率直に語ることによって彼等の情熱を掻き立てられるかどうかが変革の成否を決すると思ったのです。尤も私が村に来た当時は、若い人と言っても30代の男性が一人いただけでした。しかし幸いなことに、その後20代の男性を初めとして比較的若い人の入村が相次ぎ、そうした新しい人達を中心にして一つの運動が可能になりそうな雰囲気が生れました。また村外会員の中からも、そうした動きに呼応するかのように村を活性化するための会が発足するなど、村の将来が明るく展望できるような時期もあったのです。
しかし結局、それは全て糠喜びに終わりました。理由は、新しく入村してきた人達の大半が本質的に保守的であったからです。つまり彼等は年齢こそ若いですが、その人格は「古き人」であったということです。もし彼等が村の古い体質と真正面から戦うことを厭わぬ「新しき人」であり、村を変革する運動を真の意味での「新旧対決」として展開できたなら、きっと村はその理想実現に向けて大きな一歩を踏み出すことができたでしょう。全ては私の不徳の致すところであるとは言え、「新旧対決」という展開にできなかったことが返す返すも残念でなりません。
尤も私はビジネスのことには疎く、堀江氏の本質を正確に理解しているわけではありません。ただ彼の戦いが「放送業界の変革」を目的としていて、それを若い世代が支持しているのなら、その現象は私の戦いにとって参考になると思ったにすぎません。
おそらく堀江氏の戦いがマスコミの報じるように「新旧の対決」であり、それをかつての若き造反派であった団塊の世代(全共闘世代)が支持し続けるなら(ここにきて不支持にまわりそうな様相を呈してきましたが)、この勝負は堀江氏に分があるでしょう。ここに私の戦いとの違いがあります。つまり私は自分の戦いを「新旧対決」にできなかったのです。
私は三年前に村に来て、その変革を志した時から、自分の戦いを「新旧対決」に持ち込みたいと思ってきました。すなわち私の理想を若い人達に率直に語ることによって彼等の情熱を掻き立てられるかどうかが変革の成否を決すると思ったのです。尤も私が村に来た当時は、若い人と言っても30代の男性が一人いただけでした。しかし幸いなことに、その後20代の男性を初めとして比較的若い人の入村が相次ぎ、そうした新しい人達を中心にして一つの運動が可能になりそうな雰囲気が生れました。また村外会員の中からも、そうした動きに呼応するかのように村を活性化するための会が発足するなど、村の将来が明るく展望できるような時期もあったのです。
しかし結局、それは全て糠喜びに終わりました。理由は、新しく入村してきた人達の大半が本質的に保守的であったからです。つまり彼等は年齢こそ若いですが、その人格は「古き人」であったということです。もし彼等が村の古い体質と真正面から戦うことを厭わぬ「新しき人」であり、村を変革する運動を真の意味での「新旧対決」として展開できたなら、きっと村はその理想実現に向けて大きな一歩を踏み出すことができたでしょう。全ては私の不徳の致すところであるとは言え、「新旧対決」という展開にできなかったことが返す返すも残念でなりません。
新しい皮袋
「誰も真新しい布ぎれを古い着物に縫いつけはしない。もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして破れがもっとひどくなる。また誰も新しい葡萄酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、葡萄酒は皮袋をはり裂き、そして葡萄酒も皮袋も無駄になってしまう。だから新しい葡萄酒は新しい皮袋に入れるべきである」(「マルコによる福音書」)
新しき村の現体制は古い皮袋です。そこに「真に新しきもの」は入りません。これは致命的な欠陥、すなわち新しき村の存在理由を失う欠点だと思います。
そもそも新しき村は「真に新しきもの」を入れられる新しい皮袋として生れたものの筈です。それが長い年月の末に「真に新しきもの」が入らない古い皮袋になってしまいました。だからこそ私は新しい皮袋としての使命を果すことのできる新体制を築くことの必要を訴え続けてきたわけです。
しかし、私のそうした訴えは結局受け容れられませんでした。それは古い皮袋としての現体制を本気で変革しようとする村人が殆どいないということに他なりません。何故そんなにも古い皮袋にしがみついているのか。私にはよく理解できませんが 、やはりそこにはそれなりの安定があるからでしょう。しかし、それは偽りの安定です。前途のない安定です。
何れにせよ、もはや古い皮袋としての新しき村に固執する意味はありません。今後は新しい皮袋を実現することに集中したいと思っています。
新しき村の現体制は古い皮袋です。そこに「真に新しきもの」は入りません。これは致命的な欠陥、すなわち新しき村の存在理由を失う欠点だと思います。
そもそも新しき村は「真に新しきもの」を入れられる新しい皮袋として生れたものの筈です。それが長い年月の末に「真に新しきもの」が入らない古い皮袋になってしまいました。だからこそ私は新しい皮袋としての使命を果すことのできる新体制を築くことの必要を訴え続けてきたわけです。
しかし、私のそうした訴えは結局受け容れられませんでした。それは古い皮袋としての現体制を本気で変革しようとする村人が殆どいないということに他なりません。何故そんなにも古い皮袋にしがみついているのか。私にはよく理解できませんが 、やはりそこにはそれなりの安定があるからでしょう。しかし、それは偽りの安定です。前途のない安定です。
何れにせよ、もはや古い皮袋としての新しき村に固執する意味はありません。今後は新しい皮袋を実現することに集中したいと思っています。
評議員会
「新しき村 評議員会」は定刻通り、午後1時半から開かれました。
最初に今年度は140万ほどの赤字であるという「決算報告」があり、その後「これからの村の活動」について話し合いました。その際、村の赤字を減らす方策について色々と意見(井戸掘りなど)が出ましたが、私は大略下記のような発言をしました。
村はこのままでは駄目だと思う。現在の村における本質的な問題は、村の経済が赤字であることもさること乍ら、公益法人であるにも拘らず公益事業が殆どなされていない点にある。そして生産事業にばかり追われているのに、その生産事業が赤字を生み出しているという現在の体制は根本的に間違っていると言わざるを得ない。それ故、直ちにこの体制を公益事業中心の体制へと変革する必要がある。勿論、それは「生産事業などしなくていい」ということではない。公益事業を行うためには資金が必要であり、それを生み出す生産事業は不可欠だ。しかし、重要なことは「何のための生産事業か」という認識に他ならない。すなわち「新しき村らしい公益事業を可能にするための生産事業」という自覚に基いた新体制が求められているのだ。
しかし乍ら、一気に新体制を築くことは難しいだろう。それ故、現体制とは別に(独立した)新しい組織をつくり、それによって新体制を準備・実現していくことを提案したい。
尤も私はすでに昨年末の評議員会にて、そうした新しい組織を「新生会」の設立という形で提案した。それはあくまでも村内の新事業として提案したわけだが、多くの反対意見が出され、事実上認められなかった。それ故、今回は村外会員の自主的かつ(村内とは)独立した組織として提案したい。
こうした私の提案に対して出された反応は、またもや「否!」。その理由は、「村外会員であるとはいえ、村内会員以外の人間が村内で独立した事業を行うことは許されない」というものでした。
評議員会における私の作戦コードは「肉を斬らせて骨を断つ」というものでしたが、結局肉を斬られただけに終わったというわけです。というより、骨を断とうとしたら、相手に骨がなかったという感じです。
「恐るべし、新しき村!」相手に骨があればいくらでも戦い方があるでしょうが、骨なしのくにゃくにゃしたものはどう仕様もありません。この体質にこそ新しき村が86年も存続している最大の理由があるのでしょう。
最初に今年度は140万ほどの赤字であるという「決算報告」があり、その後「これからの村の活動」について話し合いました。その際、村の赤字を減らす方策について色々と意見(井戸掘りなど)が出ましたが、私は大略下記のような発言をしました。
村はこのままでは駄目だと思う。現在の村における本質的な問題は、村の経済が赤字であることもさること乍ら、公益法人であるにも拘らず公益事業が殆どなされていない点にある。そして生産事業にばかり追われているのに、その生産事業が赤字を生み出しているという現在の体制は根本的に間違っていると言わざるを得ない。それ故、直ちにこの体制を公益事業中心の体制へと変革する必要がある。勿論、それは「生産事業などしなくていい」ということではない。公益事業を行うためには資金が必要であり、それを生み出す生産事業は不可欠だ。しかし、重要なことは「何のための生産事業か」という認識に他ならない。すなわち「新しき村らしい公益事業を可能にするための生産事業」という自覚に基いた新体制が求められているのだ。
しかし乍ら、一気に新体制を築くことは難しいだろう。それ故、現体制とは別に(独立した)新しい組織をつくり、それによって新体制を準備・実現していくことを提案したい。
尤も私はすでに昨年末の評議員会にて、そうした新しい組織を「新生会」の設立という形で提案した。それはあくまでも村内の新事業として提案したわけだが、多くの反対意見が出され、事実上認められなかった。それ故、今回は村外会員の自主的かつ(村内とは)独立した組織として提案したい。
こうした私の提案に対して出された反応は、またもや「否!」。その理由は、「村外会員であるとはいえ、村内会員以外の人間が村内で独立した事業を行うことは許されない」というものでした。
評議員会における私の作戦コードは「肉を斬らせて骨を断つ」というものでしたが、結局肉を斬られただけに終わったというわけです。というより、骨を断とうとしたら、相手に骨がなかったという感じです。
「恐るべし、新しき村!」相手に骨があればいくらでも戦い方があるでしょうが、骨なしのくにゃくにゃしたものはどう仕様もありません。この体質にこそ新しき村が86年も存続している最大の理由があるのでしょう。
評議員会に向けて(3)
評議員会当日の朝を迎えました。昨夜は「新生会」の趣旨に共鳴する数名が村に集まり、色々と意見交換をしました。その内容は以下の通りです。
「新生会」の設立をめぐる議論について
作戦コード:肉を斬らせて骨を断つ
1. 村はこのままでいいのか。
このままでいい――議論の必要なし。
このままでは駄目だ――では、どうするか。
最大の問題点:村本来の活動であるべき公益事業(理想社会の実現)が殆どなされていない。
村内の現体制において、変革の可能性はあるのか。
生産事業のみに追われている今の体制に可能性はない。
従って現体制の根源的な変革が必要になる。
それが無理だとすれば、村外に可能性を見出すしかないのではないか。
2. 村外会員主導で村の変革を行うことの可能性
村外会員の存在理由
村内会員をサポートするだけの二次的な存在ではない。
「新しき村の精神」に共鳴する同志として村内と村外に本質的な差異はない。
(村内で共同生活をすることは村の活動にとって本質的なことではない)
(村外にいても村の活動はできる)
(村の理想を実現しようとすることにおいて村内と村外は同等同格)
村外会員による自主的な(村内の活動とは独立した)活動を認めるべきだ。
・ コミュニティ・センターの建設
・ 機関誌の制作
・ 新事業の展開(自然養鶏、有機農業、福祉関係、教育関係)
3. 村外会員の活動(新生会)による収益について
新生会の活動は村外会員によるものであるが、それはボランティア活動ではない。すなわち、それによって生活が維持していけるものでなければならない。(村内の手伝いではない)
新生会の経済組織――如何にして村内の経済から独立させるか。
借地料
収益の何%かを村におさめる
では、午後からの会に臨みたいと思います。結果は明日お知らせします。
「新生会」の設立をめぐる議論について
作戦コード:肉を斬らせて骨を断つ
1. 村はこのままでいいのか。
このままでいい――議論の必要なし。
このままでは駄目だ――では、どうするか。
最大の問題点:村本来の活動であるべき公益事業(理想社会の実現)が殆どなされていない。
村内の現体制において、変革の可能性はあるのか。
生産事業のみに追われている今の体制に可能性はない。
従って現体制の根源的な変革が必要になる。
それが無理だとすれば、村外に可能性を見出すしかないのではないか。
2. 村外会員主導で村の変革を行うことの可能性
村外会員の存在理由
村内会員をサポートするだけの二次的な存在ではない。
「新しき村の精神」に共鳴する同志として村内と村外に本質的な差異はない。
(村内で共同生活をすることは村の活動にとって本質的なことではない)
(村外にいても村の活動はできる)
(村の理想を実現しようとすることにおいて村内と村外は同等同格)
村外会員による自主的な(村内の活動とは独立した)活動を認めるべきだ。
・ コミュニティ・センターの建設
・ 機関誌の制作
・ 新事業の展開(自然養鶏、有機農業、福祉関係、教育関係)
3. 村外会員の活動(新生会)による収益について
新生会の活動は村外会員によるものであるが、それはボランティア活動ではない。すなわち、それによって生活が維持していけるものでなければならない。(村内の手伝いではない)
新生会の経済組織――如何にして村内の経済から独立させるか。
借地料
収益の何%かを村におさめる
では、午後からの会に臨みたいと思います。結果は明日お知らせします。
評議員会に向けて(2)
「村はこのままでいいのか」と問えば、おそらく殆どの村人は「このままでは駄目だ」ということを認めるでしょう。しかし、「では、どうするのか」と更に問い詰めれば、明確な応答がないのが現状です。
とは言え、村人が精一杯頑張っていることは確かです。先頃も井戸を掘って水道料金の支出を抑えようという提案がなされるなど、村の経済を何とか立て直そうという具体的な動きが出て来ました。これ自体は喜ぶべきことなのですが、如何せんスピードが遅い。また、支出を抑える方策もさること乍ら、新しい事業を始めて収入を増やそうという前向きの議論は全くなされません。生産事業に関しては現状を維持するのがやっとで、新しい事業などに手を出している余裕はなく、ましてや村本来の活動であるべき公益事業については着手したくても到底できないでしょう。これが村の偽らざる現実です。
高齢化が進み、若者の入村が思うように増えないという現状――私は村内の現体制では、この閉塞状況を打開できないと思っています。従って、今の体制をラディカルに変革する必要があるのですが、残念乍らそれは現時点では不可能だと言わざるを得ません。それ故、私は「新生会」という組織を村外につくり、そこで新しい生産事業並びに村本来の公益事業を具体的に立案・実行していくことを提案したいのです。
「新生会」を村外につくることの意味は、可能な限り村内の古い体制に束縛されることなく自由に活動したいからに他なりません。そもそも私の思い描くユートピアに関して言えば、或る限定された場所での共同生活は何ら本質的なことではなく、むしろ各個人が「個即全・全即個(洒落た言い方をすれば、one for all, all for one)」の精神に基いて共働する関係態をこそ実現したいのです。新しき村はそうしたネットワークの一結節点にすぎません。
何れにせよ、今度の評議員会では、こうした「新生会」の活動を村内が認めるかどうかということが議論の焦点になるでしょう。私はその議論を「村外会員の意味(もしくは存在理由)の問い直し」という観点から切り込んでいこうと思っています。すなわち、「新しき村の精神」に共鳴する同志であることにおいて村内会員と村外会員との間に本質的な差異はないことを強調したいのです。
村外会員は決して「村内会員のサポート役」というような二次的な存在ではありません。勿論、村内と村外では自ずとその役割は異なってくるでしょう。しかし「理想社会の実現」という目的においては同等の筈です。殊に村内が閉塞している現状では、むしろ村外会員が主導となって村を変革していく必要があると思います。
こうした主張がどこまで受け容れられるかわかりませんが、とにかく悔いを残さぬよう精一杯議論を戦わせる所存です。
とは言え、村人が精一杯頑張っていることは確かです。先頃も井戸を掘って水道料金の支出を抑えようという提案がなされるなど、村の経済を何とか立て直そうという具体的な動きが出て来ました。これ自体は喜ぶべきことなのですが、如何せんスピードが遅い。また、支出を抑える方策もさること乍ら、新しい事業を始めて収入を増やそうという前向きの議論は全くなされません。生産事業に関しては現状を維持するのがやっとで、新しい事業などに手を出している余裕はなく、ましてや村本来の活動であるべき公益事業については着手したくても到底できないでしょう。これが村の偽らざる現実です。
高齢化が進み、若者の入村が思うように増えないという現状――私は村内の現体制では、この閉塞状況を打開できないと思っています。従って、今の体制をラディカルに変革する必要があるのですが、残念乍らそれは現時点では不可能だと言わざるを得ません。それ故、私は「新生会」という組織を村外につくり、そこで新しい生産事業並びに村本来の公益事業を具体的に立案・実行していくことを提案したいのです。
「新生会」を村外につくることの意味は、可能な限り村内の古い体制に束縛されることなく自由に活動したいからに他なりません。そもそも私の思い描くユートピアに関して言えば、或る限定された場所での共同生活は何ら本質的なことではなく、むしろ各個人が「個即全・全即個(洒落た言い方をすれば、one for all, all for one)」の精神に基いて共働する関係態をこそ実現したいのです。新しき村はそうしたネットワークの一結節点にすぎません。
何れにせよ、今度の評議員会では、こうした「新生会」の活動を村内が認めるかどうかということが議論の焦点になるでしょう。私はその議論を「村外会員の意味(もしくは存在理由)の問い直し」という観点から切り込んでいこうと思っています。すなわち、「新しき村の精神」に共鳴する同志であることにおいて村内会員と村外会員との間に本質的な差異はないことを強調したいのです。
村外会員は決して「村内会員のサポート役」というような二次的な存在ではありません。勿論、村内と村外では自ずとその役割は異なってくるでしょう。しかし「理想社会の実現」という目的においては同等の筈です。殊に村内が閉塞している現状では、むしろ村外会員が主導となって村を変革していく必要があると思います。
こうした主張がどこまで受け容れられるかわかりませんが、とにかく悔いを残さぬよう精一杯議論を戦わせる所存です。