新旧対決 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

新旧対決

先日、私の最大の理解者であるA氏から「日比野さんは最近、ホリエモンに似てきましたね」と言われました。そのことは私も自覚しており、或る会合で自分の戦いを「フジとライブドアの争い」に準えて語ったことがあります。

尤も私はビジネスのことには疎く、堀江氏の本質を正確に理解しているわけではありません。ただ彼の戦いが「放送業界の変革」を目的としていて、それを若い世代が支持しているのなら、その現象は私の戦いにとって参考になると思ったにすぎません。

おそらく堀江氏の戦いがマスコミの報じるように「新旧の対決」であり、それをかつての若き造反派であった団塊の世代(全共闘世代)が支持し続けるなら(ここにきて不支持にまわりそうな様相を呈してきましたが)、この勝負は堀江氏に分があるでしょう。ここに私の戦いとの違いがあります。つまり私は自分の戦いを「新旧対決」にできなかったのです。

私は三年前に村に来て、その変革を志した時から、自分の戦いを「新旧対決」に持ち込みたいと思ってきました。すなわち私の理想を若い人達に率直に語ることによって彼等の情熱を掻き立てられるかどうかが変革の成否を決すると思ったのです。尤も私が村に来た当時は、若い人と言っても30代の男性が一人いただけでした。しかし幸いなことに、その後20代の男性を初めとして比較的若い人の入村が相次ぎ、そうした新しい人達を中心にして一つの運動が可能になりそうな雰囲気が生れました。また村外会員の中からも、そうした動きに呼応するかのように村を活性化するための会が発足するなど、村の将来が明るく展望できるような時期もあったのです。

しかし結局、それは全て糠喜びに終わりました。理由は、新しく入村してきた人達の大半が本質的に保守的であったからです。つまり彼等は年齢こそ若いですが、その人格は「古き人」であったということです。もし彼等が村の古い体質と真正面から戦うことを厭わぬ「新しき人」であり、村を変革する運動を真の意味での「新旧対決」として展開できたなら、きっと村はその理想実現に向けて大きな一歩を踏み出すことができたでしょう。全ては私の不徳の致すところであるとは言え、「新旧対決」という展開にできなかったことが返す返すも残念でなりません。