第二次世界大戦における日本の敗戦を、「合理主義
」が西欧にあり日本に欠けていたことによるという問題意識と、社会科学におけるマルクス主義
への対抗という2つの理由でわが国に受容されたドイツ人マックス・ヴェーバー。
一方、「有効需要創出の理論」とハリー・ホワイト
と共に創設したIMF
でお馴染みのイギリス人・ジョン・メイナード・ケインズ。
何の因果か今日は、ヴェーバーが生誕し、ケインズが亡くなった日です。二人の大家を偲び、彼らの功績を振り返ってみます。
マックス・ヴェーバー(Max Weber, 1864年 4月21日 - 1920年 6月14日 )は、「ドイツ の社会学者 ・経済学者 である。マックス・ウェーバーと表記されることもある。社会学の黎明期の主要人物としてエミール・デュルケーム 、ゲオルグ・ジンメル 、カール・マルクス などと並び称されることが多い」。
「西欧近代の文明を他の文明から区別する根本的な原理を、『合理性』と仮定し、その発展の系譜を『現世の呪術からの解放』と捉え、比較宗教社会学の手法で明らかにしようとした。そうした研究のスタートが記念碑的な論文である『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 』(1904年-1905年)であり、西洋近代の資本主義を発展させた原動力を、主としてカルヴィニズムにおける宗教倫理から産み出された世俗内禁欲と生活合理化であるとした」。
「この論文は大きな反響と論争を引き起こすことになったが、特に当時のマルクス主義 における、宗教は上部構造であって下部構造である経済に規定されるという唯物論への反証としての意義があった。その後、この比較宗教社会学は、『世界宗教の経済倫理』という形で研究課題として一般化され、古代ユダヤ教 、ヒンドゥー教 、仏教 、儒教 、道教 などの研究へと進んだが、原始キリスト教 、カトリック 、イスラム教 へと続き、プロテスタンティズムへ再度戻っていくという壮大な研究は未完に終わった」。
「ヴェーバーのそうした一連の宗教社会学の論文と並んで、もう一つの大きな研究の流れは、「経済と社会」という形で論文集としてまとめられている。これはヴェーバーが編集主幹となり、後に「社会経済学綱要」と名付けられた社会学
・経済学
の包括的な教科書に対し、1910年から寄稿された論文集である。この論文集も最終的にはヴェーバー自身の手によって完成することなく、彼の没後、妻であったマリアンネ・ヴェーバーの手によって編纂された形で出版された」。
ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes, 1883年
6月5日
- 1946年
4月21日
)「イギリス
生まれ、20世紀学問史において最重要人物の一人とされる。経済学者
、ジャーナリスト
、思想家
、投資家
、官僚
。経済学において有効需要
の概念を着想しケインズサーカス
を率いてマクロ経済学
を確立させた」。
「『雇用・利子および貨幣の一般理論 』(1935年 - 1936年 )において、不完全雇用のもとでも均衡が成立しうるとした上、完全雇用を与えるための理論として、反セイの法則 を打ち立てた上、産出高は消費と投資とからなるとする有効需要 の原理を基礎として、有効需要の不足に基づく非自発的な失業 の原因を明らかにした。有効需要は市場メカニズムに任せた場合には不足することがあるが、これは投資の増加が所得の増加量を決定するという乗数理論に基づき、減税・公共投資 などの政策により投資を増大させるように仕向けることで、回復可能であることを示した」。
「なお、上の議論に対しては、公共投資政策ないし投資の国家管理の本質は、単なる有効需要の付加ではなく、政府による公共投資が企業家のマインドを改善することで経済全体の投資水準が底上げされ得るという点にあり、産業の国有化を意味するものではないが、このことは意外と理解されていないとの指摘がある」。
「これらの彼の提唱した理論を基礎とする経済学を『ケインズ経済学
』(「ケインズ主義」という言葉もある)と呼ぶ。このケインズの考え方は経済学を古典派経済学
者とケインジアン
とに真っ二つに分けることとなった、後の経済学者にケインズ革命
と呼ばれる」。(ウィキペディア)