ご訪問ありがとうございます。
記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。
全国のJR駅が見たい時はこちら→ 第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→

 

皆さま、こんにちは!

 

今日は6年前に訪れた長良川鉄道越美南線から

大中(おおなか)駅の訪問記です。

今では、一日当たりの利用者数が片手ほどしかない

小さな駅ですけど、

旧国鉄が昭和8年に設置、

かつては貨物の取り扱いもあったそうですよ。

貨物が留置されていた引込線は

今でも見ることが出来るらしい。

そんなマニア好みな大中駅、

さっそく構内を覗いてみましょう。

 

まずは駅舎からです。

長らく開業当時からある木造駅舎が使われてましたが、

第三セクター化された昭和61年前後に

現在の駅舎に建て替えられたようです。

 

大中駅は貨物の取り扱いが終了した昭和49年に

無人化されたそうで。

今ある駅舎は出札窓口がない無人駅仕様の駅舎でした。

 

駅舎とホームの間にはこれほどの段差があります。

ここにスロープを設置するのは難しそうですね。

 

階段を上がってホームに入ります。

 

大中駅は単式ホームがあるだけの

棒線構造の駅でしたよ。

 

パッと見た感じ、

貨物の取り扱いが行われていたようには思えない構内ですけど

南側(上万場駅方向)をよ~くご覧くださいませ。

本線とは繋がっていませんが、

分岐している線路があるのが見えるでしょうか?

 

この線路が

越美南線の貨物列車が廃止された昭和49年まで現役だった

大中駅の貨物側線なのです。

 

今は整地され歩道に変わってますが、

手前側には貨物ホームがあったのでしょうね。

ここで気になったのは、

この側線にどんな方法で貨車を押し込めたかということです。

貨物列車から切り離した貨車を

機関車で押し込むための待避線や機回し線は

構内にありません。

どんな方法だったと思います?

 

国鉄時代はよくある話ですが、

人力で貨車を動かす「手押し」で行わていたのだと思います。

美濃太田駅方向から来た下り貨物列車の

最後尾に連結された貨車を切り離すと、

駅員の手により貨車を側線に移動。

上り貨物列車に対しても

同じ作業が行われていたのではないでしょうか?

 

越美南線の貨物列車が廃止された昭和49年に

大中駅が無人化された理由も

貨車の解結作業が廃止されたからではないでしょうかね?

 

ちなみに駅舎の南側にあるコレは

貨物ホームの遺構ではなくただの花壇です。

お間違いのないよう。

 

そうそう、大中駅と言えば

ナニコレ珍百景でも紹介された

学校名がユニークな「大中小学校」。

駅から300メートル離れた場所にありましたっけ。

小学校や駅名の由来になってる「大中」ですけど、

この地域が「島村」と「津屋村」であったことから

残る地名だとか。

大島村、中津屋村は明治30年に5村合併して

上保村(のちの初代白鳥町)に変わり消滅しましたが、

明治時代の地名を残す大中駅…

ステキに感じるのは自分だけでしょうかね?

 

 

 

 

 

訪問駅リスト(第三セクター線 私鉄線 ほか)
長良川鉄道越美南線

 

↑(美濃太田駅)

前平公園駅(平成28年12月29日)

加茂野駅(平成28年12月29日)

富加駅

関富岡駅(平成28年12月29日)

関口駅(平成28年12月29日)

せきてらす前駅

関駅(平成28年12月29日)

関市役所前駅(平成28年12月29日)

関下有知駅(平成28年12月29日)

松森駅(平成28年12月29日)

美濃市駅

梅山駅(平成28年12月29日)

湯の洞温泉口駅

洲原駅(平成28年12月29日)

母野駅(平成28年12月29日)

木尾駅(平成28年12月29日)
八坂駅(平成28年12月29日)

みなみ子宝温泉駅

大矢駅

福野駅(平成28年12月29日)
美並苅安駅

赤池駅

深戸駅

相生駅

郡上八幡駅
自然園前駅

山田駅(平成28年12月29日)

徳永駅

郡上大和駅
万場駅(平成28年12月29日)

上万場駅

大中駅(平成28年12月29日)

大島駅(平成28年12月29日)

美濃白鳥駅

白鳥高原駅(平成28年12月29日)

白山長滝駅(平成28年12月29日)

北濃駅

 

駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。

新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!