TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -37ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

身近だった者の死というものは、、、

人に、いろんなことを考えさせるものだ。。。

 

・・・と思う。。。

 

 

飼い犬の死

勝ちゃんの死

伯母の死

 

 

そして、もうひとつ。。。

 

 

バレエをやっていた頃、

とても仲良しの子がいた。。。

 

その子は、私よりも歳がひとつ上だったのだけど、

体型も、そして踊りのレベルもほとんど同じで。

 

二人で一緒に組んで踊ることも多かった。

 

 

ある発表会の時、、、

母が、仲良しのご近所のおばさんを招待したようで、

観に来てくれたそのおばさんが、、、

後日、こう話していた。。。

 

 

「もう、びっくりしたわよぉ。だって、Lyricaちゃんと

一緒に踊ってた子、おばさんの親戚の子だったから」

 

・・・って。

 

「えー、そんなことってあるんだ」。。。って。

おばさんも、母も、私も、驚いてた。

 

 

その子は、私よりも早くにバレエをやめてしまって、

それ以降、まったく交流がなくなってしまったけど。

 

 

あれは、専門学校に通っていた頃だったかな。。。

 

そのおばさんから、あの子が自殺して

亡くなったと知らされて。。。

 

 

しばらく、、、呆然となった。。。

 

 

********

 

 

あの日に亡くなった伯母というのは、

隣に住んでいた伯母たちとは、また、別の伯母さん。。。

 

隣には、父の姉である伯母が二人住んでいた。。。

亡くなった伯母さんは、父の兄の奥さん。。。

 

 

私が結婚してしばらくたった頃に、その伯母さんが

うつ病になったことは、聞いていた。

 

そして、病院通いをしていることも。。。

 

 

隣の伯母が、、、

いつだったか、言っていた。。。

 

 

親戚の集まりで、その伯母さんに会った時、、、

何か変だなぁ。。。と感じていた。。。と。

 

その集まりの後、すぐの頃に、

病院にいって、うつ病と診断されたらしい。。。

 

 

「何が原因だったの?」

 

・・・と、私はそう聞いた記憶がある。。。

 

 

隣の伯母はその時。

 

「伯父さんの物忘れが、だんだんひどくなってきて、

もしかして、このままボケちゃうんじゃないか、、、って、

そういうのを心配しすぎてみたいだよ」

 

・・・と言っていた。。。

 

 

その時の私は、、、

その答えに、正直、あまりピンと

こなかったのを覚えてる。。。

 

 

本当に、そんなことだけで、

うつ病になるんだろうか?

 

もっと他に、、、

いろいろ原因があったんじゃないか。。。と。

 

 

でもその時私は、、、

何も言わないで、黙って聞いていた。。。

 

 

 

それからも、実家に帰った時など、

伯母さんの、その後の経過については、

ポツポツとは聞いていた。。。

 

 

薬を飲んだりしていたけど、一向に

良くならないので。。。

 

今度は、電気療法をするみたいだよ。。。と。

 

 

そんな話を聞いた時、、、

 

「え。。。そこまで重かったのか」

 

・・・と、少し驚いた。。。

 

 

でも、、、ここに私の出る幕はない。。。と。

勝手に、そう決めつけていたのだと思う。。。

 

私は特に、、、何をするでもなく、

ただ、話を聞いていただけだった。。。

 

 

そうしているうちに、、、

伯母さんは、亡くなってしまった。。。

 

 

********

 

 

伯母さんの死がきっかけとなって、、、

自分自身も鬱っぽい状態になっていた時。。。

 

昔の日記でも書いていたように、、、

 

私は、、、病院だけは行くまい。。。と。

 

どこかでそう思っていた。。。

 

 

多分それって。。。

伯母さんのことが、あったからなのだと思う。。。

 

 

病院に行って、薬を飲んだら、

もう、お終いだ。。。って。。。

 

そういう風に感じていたの。。。

 

 

今でも、そういう風に考えていたり

するところはあるのだけど。。。

 

昔ほど、極端ではなくなったかな。。。

 

 

薬を飲むことは、絶対にNGだ。。。と。

そこまでの、強い気持ちはなくなった。

 

どうしても辛かったら、、、

お医者さんやお薬に頼っても。

 

それはそれで、いいと思う。。。

 

 

けどね。

 

私は、飲まない。。。多分。

 

もしまた。

ああいう状況に陥ったとしても。。。

 

多分。。。ね。

 

 

まぁ、、、先のことはわからないから、

断言はしないけど(苦笑)

 

 

 

今にして思えば。。。

 

あの時、鬱っぽくなったからこそ、、、

そこに、その後に続く道が現れた。。。

 

だから、あれもまた、、、

必要な経験だったのだろうと思う。。。

 

 

苦境に立たされた時、人は目覚めると、、、

そんなことを、よく聞く。。。

 

そして、、、

 

「あのおかげで、今の私がある」

 

・・・と、みんなが思う。。。

 

 

そしてそういうのは、、、

あとになって振り返った時に、、、

やっと解ったりすることが多い。。。

 

 

 

けど、実際に今、苦境の真っ只中に立たされている時には、、、

先人たちのそういう言葉は、ほとんど

役には立たない。。。

 

「全てが完璧なんですよ」

 

・・・なんて。

 

そんな言葉は、、、慰めにもならない。。。

 

 

だって、苦しいものね。。。

その中にいる時は、やっぱり。

 

 

 

私の場合は、、、あのうつ的な状況の中でも、、、

 

「最後の最後には、あぁ、よかったと必ず思う。

そのために、これは起きている」

 

・・・って思ってた。。。

 

 

だから、

「全てである私」の存在を実感しているということは、

そういう時には、かなり強みになるとは思う。。。

 

そんな渦中にいる時ですら、、、

どこかで安心していられたから。。。

 

 

けれども、そのこと以上に、あの時の私を、、、

人間の世界にしっかりと繋ぎとめていてくれたのは、、、

 

やっぱり、「子供たち」だったのだと。。。

 

そう思う。。。

 

 

自分のことを、こんなに愛してくれている

子供たちを残していくことだけは、、、

絶対に絶対に、出来ない。。。と。

 

そういう気持ちが、ものすごく強かった。。。

 

 

「子供たちの存在」というものは、、、

すごく、大きかったと思う。。。

 

 

だから、本当に。。。

子供たちのおかげで、今の私がある。。。

 

 

********

 

 

そう言えば。。。

 

あの、最後のディナーショーの時。。。

 

ショーが終わった後、出口さんと上領さんが、

ファンひとりひとりと握手して、

一緒に写真を撮ってくれたりしたの。。。

 

 

みんな、長い行列を作って順番待ち。。。

途中、スタッフの人が、「一人一枚です~」って、

何度も言ってるのが聞こえた。。。

 

そして、ポラロイドカメラで、

写真を写してくれているのが見えた。。。

 

 

私の番が来た時、写真を撮ってくれた

スタッフの人が、言ったの。。。

 

「あ、ちょっと、ブレちゃったかもしれない」

 

・・・と。。。

 

 

一人一枚って聞いていたし。。。

後には、まだまだたくさんの人が待っているし。。。

 

だから、私はついつい、、、

 

「あ、いいです、いいです」

 

・・・って、言ってしまった。

 

(もちろん、本心ではない。。。)

 

 

そうしたらね。。。

 

上領さんが、こう言ってくれたの。

 

「あ、大丈夫だよ。もう一回撮ろう」

 

・・・って。。。

 

 

伯母さんのこともあって、多少不安定に

なっていたところに、その言葉。。。

 

上領さんのその一言で、、、

私は、泣きそうになった。。。

 

 

本当に、、、

たった、それだけのことで。。。

 

たった、それだけのことだったのだけど。。。

 

弱っている時というのは、、、

そういう、誰かからのさりげない優しさとか思いやりが、

ものすごく、染みるものなんだ。。。って。

 

あの時も思った。。。

 

 

心が疲れたり、弱ったりしている時は、、、

そういうのが、一番効く。。。

 

 

あとは。。。

 

涙が枯れるまで、、、

安心して、思いきり泣かせてもらえる、

そんな環境。。。

 

 

あとは。。。

 

素敵な音楽。。。

 

 

あとは。。。

 

 

********

 

 

つづく

 

 

 

 

よく、、、人は死ぬ直前に、

自分の人生を走馬灯のように見ることがあると。。。

 

そんな話を聞いたことがあるけど。。。

 

 

自分が今やっているこういう作業って、

まるで、走馬灯のようだ。。。

 

なんて、ふと思ったりもする。。。

 

 

 

振り返ってみればいつも。。。

 

「苦味」と「甘味」は、交互にやってきて

いたような気がしないでもなく。。。

 

「苦味タイム」は、たくさん考え、たくさん学ぶ時。

「甘味タイム」は、苦味タイムで学んだことを、

喜びと共に、実践してみる時。。。

 

みたいな。

 

そんな感じだったような気がする。。。

 

 

世界中には、数えきれないほどの人がいて。。。

その中で、自分が出会える人というのは、

本当に、限られているけど。。。

 

それが、どんな出会い方であっても、

どんな関わり方であっても、どんな別れ方であっても。。。

 

多かれ少なかれ、何かしらの縁がなければ、

出会わないのだろうと思う。。。

 

 

出会う。。。といっても、自分がその人の存在を

ただ認識するだけで。。。

 

実際の交流はまったくなかったとしても。。。

 

そこにはやっぱり縁があるし。。。

 

 

例えば、道をすれ違った時に、

 

「あ、今の人の洋服可愛い」とか、

「何、今の人。感じ悪い~」とか。

 

なんて思うだけでも、そこにはやっぱり、

縁があるのだろうと思ってる。。。

 

 

 

よく、「ソウルグループ」。。。って。。。

 

魂の仲間とかって、そういう話を聞いたりしたけど。

 

 

もし、そういうものが本当にあるのだとしたら。。。

 

 

「じゃあ、私はあなたのドラマの苦味担当するね~」とか、

「じゃあ、私は甘味やるから、あなたも私の甘味をやって」とか(笑)

 

そんな風に前もって、、、

みんなで相談したりしていたのだろうか。。。と。

 

 

 

こんなに短い一生であっても。。。

出会ってきた人は、数えきれないほどいて。。。

 

 

そんな中、とても好きになった人がたくさんいた。。。

 

けど、私も人間なので、、、

嫌いな人とかムカつく人って、たくさんいた。

 

 

好きな人は、、、解りやすい。。。

 

でも、嫌いな人は、、、

その人すら、自分の一部であって、

魂的な部分では、実は、とんでもなく仲良しで。。。

 

・・・なんてことは、人間的な感覚からは、

なかなか、実感しにくいよね。。。

 

・・・というか、無理だよ(苦笑)

 

 

だけど、人って。

成長していくもので。。。

 

何度も何度も、自分に言い聞かせて。。。

失敗も、たくさん重ねて。。。

 

そうやっていろんな経験を重ねていくうちに、、、

「あぁ、そういうことか」。。。と。

 

少しずつ、少しずつ、「理解」していく。。。

 

 

そういう学びもまた。。。

この、「人間ドラマ」の醍醐味だよなぁ。。。って。

 

そう思う。

 

 

けど、、、私は未だに、、、

 

嫌いなものは、嫌いなまま。

無理に好きになろうと努力とかしないんだ。。。

 

嫌いなものがあったら、、、

黙って笑顔で、バックステップしながら

その場を立ち去る。。。

 

それが、最終的に自分が選択した

答えだったから。。。

 

 

そうやって未だ、「人間Lyrica」には

嫌いなものってたくさんあるけど。。。

 

同時に、深いところでは、、、

全部、愛してるの。。。

 

 

********

 

 

私がコンサートとか、ライヴに行くのが

好きだったのは。。。

 

そこが、「非日常」の世界だったから。。。

 

 

そんな、「非日常」の世界に意識を

没頭させることって、本当に、、、

 

癒し。。。というか、

エネルギー・チャージになる。。。

 

 

音楽でもバレエでも。。。

 

私は、そこにいる観客になったことも、

そして、自分が舞台の上にたったことも。

 

両方の経験があったけど。。。

 

どちらに立っていたとしても、同じように感じるあの「熱」。。。

 

そして、その場にいる人たちとの

「一体感」

 

 

ああいう一瞬が、、、

とても心地よくて。。。

 

 

だから、大好きだった。。。

 

 

********

 

 

大人になってから、出口さんのライヴ通いを

していた頃は、ディナーショーも、

年に1回くらいあって。。。

 

あれはたしか、、、

3回目のディナーショーの時の

ことだったと記憶してる。。。

 

 

そのディナーショーの前日に、、、

親戚の伯母が、自殺した。。。

 

 

それは、、、

前日の夜、母から電話があり、

知らされた。。。

 

家に遺書を残して、朝から行方不明に

なっていた伯母が。。。

 

近所の、大きな川で見つかった。。。と。

 

そう聞いた。。。

 

 

それでも、お通夜は明後日だから、

あんたは明日、いってらっしゃい。と。

 

母がそう言ってくれて。

 

私は予定通り、、、

ディナーショーに出かけることになった。。。

 

 

その年のディナーショーは。。。

 

グラスバレー時代のドラムだった、

あの上領さんも参加することになっていて。。。

 

ファンにとっては、それはもう。。。

夢の共演だった。。。

 

 

だから絶対に、外したくはなかったのだけど、

やっぱり、心に引っかかった。。。

 

そんな形で伯母を亡くした、、、

伯父や従兄弟の気持ちが。。。

 

彼らが今、、、

どんな想いでいるのかと思ったら。。。

 

 

 

そのディナーショーの翌日、、、

お通夜があり、そして、お葬式があり。。。

 

その後私は、、、

次第に、病んでいった。。。

 

自分を責めて。。。

 

 

うつ病であった伯母。。。

 

伯母の生前、どうしてもっと、

力になってあげなかったんだろう。。。

 

どうして、放っておいてしまったんだろう。。。

 

どうしてあの時、、、

ディナーショーに行ってしまったんだろう。。。

 

・・・みたいに。

 

自分のことを、たくさんたくさん責めた。

 

 

そうして、だんだん、鬱っぽくなっていった。

 

 

 

正直。。。

今ってもう、あの時の感覚をよく覚えていない。。。

 

だけど、昔のブログには、その頃の心情が

ある程度詳しく書かれていて。。。

 

2006年の頃。。。

 

あの頃はまだ、、、そういった記憶も

昇華され切れずに、残っていたのかもしれない。。。

 

なので、その頃に書いたものを、少しだけ抜粋。。。

 

 

********

 

 

RAINBOW with the BLACK

 

 

私がうつの状態になっていた時は、

本当に毎日毎日「死」を考えていました。  

 

とても苦しいので病院に行きたいのですが、

どこかで病院に行ったら逆にひどくなりそう。。と思う

気持ちがあって結局は行けませんでした。  

 

でも多分、病院に行ったら間違いなく

「うつ病ですね。はい、お薬です。」  

という事になっていただろうなぁ。。と思います。。    

 

 

ただ、苦しんでいる自分を冷静に眺めている

もうひとりの自分の存在に気づき、  

そちらの意識のほうに同化してしまうことが

日に日に多くなってきました。  

 

 

そのもうひとりの私は常に冷静だし、

穏やかだし、なんでも解かっているので、  

自分はまったくおかしくないと感じるし、

逆にまわりが幻想だと知ってしまって、  

人としての私に戻るのがおっくうになってしまうのです。  

 

 

精神が研ぎ澄まされているようで、

普段よりも意識はクリアです。  

 

俗世間が馬鹿馬鹿しくさえ思えてきて。。

 

でも、どこかでやはりこの日常は  

とても大事なんだ。と感じて。。

 

もうひとりの自分と同化することが、  

快感でもあり恐怖でもあり。。

 

疲れた。。このジレンマから開放されたい、  

そのために「死にたい」。。。と思ってしまうのです。。

 

 

********

 

 

・・・とのことです。

 

 

今は、穏やかな気持ちで、

振り返ることが出来るけど。。。

 

 

そうか。。。

そんなに苦しかったんだね。。。あの時。

 

 

けど、そういう状況であったからこそ、あの。。。

 

「全てである私」

 

の意識が、自分の中でどんどん大きく

クローズアップされてきてたことは、覚えてる。。。

 

 

多分あの時期、、、

 

私は、そうやって。。。

 

薄れていた、あの体験の記憶や感覚を、、、

刺激していたのだろうと。。。

 

 

無意識に。。。

 

 

********

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

私の高校時代と言ったら、、、

やっぱり、「宗教」と「音楽」だったかなぁ。。。

 

なんて思う。。。

 

 

宗教は、、、何度も書いたように、

その頃の私に、「苦味」をたくさんもたらし。

 

逆に音楽は、「楽しさ」とか「喜び」とか。

そういう「甘味」をたくさん与えてくれた。。。

 

 

でも、どちらも本当に、、、

私のことを成長させてくれたなぁ。。。って思う。

 

 

「苦味」であろうと、「甘味」であろうと。

 

どちらも、貴重な経験という点では、同等。。。だし。

どちらの想い出も、大切な宝物であることには

変わりがない。。。

 

 

********

 

 

勝ちゃんのライヴ通いは多分、、、

3、4年くらい続いていたと思う。。。

 

けれども、本気で楽しかったのは、

最初の、1年ちょっとくらいだったかもしれない。。。

 

 

勝ちゃんの様子が変わり始めても、

私達はいつもどこかで、期待していた。。。

 

次のライヴでは、前みたいに戻るかも。。。

次のライヴでは。。。って。

 

 

だからいつまでも、そこにしがみついて

しまったけれども。。。

 

そういう時って、ちっとも楽しくなかった。。。

 

逆に、苦い思いばかりした。。。

 

 

一度動き出した流れは、、、

そう簡単に戻ることはない。。。

 

 

だから、もっと早くに手放せば。。。

あんなに苦い思いは、しなくてすんだかもしれない。。。

 

 

そんな風に。。。

 

大人になって身につけたことは。。。

 

「潮の流れを読むこと」。。。

 

そして素直に、、、

その流れに乗ること。。。

 

そうすると本当に。。。

人生いろいろと、スムーズ。。。

 

 

 

でも。。。

 

逆にそういうのって。。。

つまらないものなのかもしれない。。。と。

 

そんな風に思うこともある。。。

 

 

流れに逆らってもがくことがあっても。。。

それは全然、、、悪いことでもなく。。。

 

 

むしろ、「全てである私」から見たら、、、

そういう風にもがくことも含めての。。。

 

すべては完璧。。。なのだから。。。

 

 

 

夢の登場人物にすっかりなりきって、

いろんなドラマを体験していたあの頃は。。。

 

今思えば、どうでもいいことで

あれこれ悩んだり、苦しんだりもしたけれども。。。

 

 

なのに不思議と、当時の自分が、

眩しく感じる時がある。。。

 

 

 

私は。。。

 

19歳であの体験をして以来。。。

 

起こるドラマに、完全に巻き込まれる。。。

という、経験が出来なくなってしまった。。。

 

「本当の自分」のことを、すっかり忘れて、

「夢の登場人物」に完全になりきることが、

出来なくなってしまった。。。

 

 

それが少し寂しいと。。。

そう感じる時が、たまにある。。。

 

 

だからこそ、、、より一層。。。

自分に起こるこの貴重なドラマを。。。

 

あえて、じっくり堪能しようと

してしまうのだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

勝ちゃんのライヴが楽しめなくなった頃から、

私と友達は、他にもいろんなバンドの

コンサートに足を運ぶようになった。。。

 

 

初めて勝ちゃんのコンサートに行った時、

そこには、「磁力」があって。。。

 

だから、私たちはそこに引き寄せられた。。。

 

 

ああいう磁力もやっぱり。。。

そこに、縁あってこそなんだろうな。。。って思う。

 

 

 

ある時、そういう「磁力」を感じるライヴに、、、

再び、出会ったの。。。

 

それが、グラスバレーのライヴだった。。。

 

 

不思議なもので。。。

 

色んなコンサートやライヴに行っても、、、

それが、どんなに素晴らしくて、楽しいものであっても。

 

そこに「磁力」がないと。。。

 

そういうコンサートは、、、

たくさんあった楽しいコンサートの中のひとつ。

 

・・・にしかならない。。。

 

 

でも、「磁力」があると。。。

そこだけが、特別に光って見えるの。。。

 

 

そう。。。

何かが、「特別」。。。なんだよね。。。

 

 

だからもちろん。。。

 

私の気持ちは、

一気にその「磁力」に傾いた。。。

 

グラスバレーに。。。

 

 

 

そして、もうひとつ不思議だったことは。。。

 

引き寄せられたのが、私だけではなく、

同時に、友達も一緒に。。。だったこと。

 

どちらかがどちらかに影響されたわけではなく、

ふたり同時に。。。

 

 

彼女と私の好みは、、、

大きなカテゴリー分けにすれば、

それは、同じ。。。になったのだろうけど。

 

それでも、微妙に違ったりしてたのにね。

 

 

それに、私たちの性格的に多分。。。

どちらかが気乗りしていなければ、

「じゃあ、無理しなくていいよ」ってなって。

 

それ以降、そのバンドのコンサートには

行かなかったりしたはずなのだけど。

 

 

だから多分、、、あの頃は彼女も私も。。。

 

まだ、同じ道を歩く時期だったのだろうなと。

 

そう思う。。。

 

 

 

それからはずっと。。。

グラスバレーのライヴに通っていた。。。

 

あの時期は、、、私にとっては本当に、

癒しの時間だった。。。

 

いろんな意味で。

グラスバレーって、プロだなぁって。。。

 

そう思ってた。。。

 

だから私たちも、いつも安心して、

ただ、ファンをやっていられた。。。

 

 

グラスバレー時代のことを

思い出すと。。。

 

そこには、本当に。。。

楽しかった想い出しかない。。。

 

 

********

 

 

ある日、、、

グラスバレーのドラム担当の上領さんが、

バンドを脱退することになり。

 

彼が参加するグラスバレーの、

最後のコンサートがあって。。。

 

 

それは、私たちにとっても、

最後。。。になった。

 

 

グラスバレーのライヴ、、、というだけでなく、、、

彼女と私が、、、ふたりで一緒にコンサートに

行くという意味でも。。。

 

そこが、最後だった。。。

 

 

 

どうしてあそこで、最後になったのかは、

わからない。。。

 

 

あの時も。。。

グラスバレー自体は、その後も活動を

続けることは知っていたから。。。

 

この先もまだまだ、通う気満々だったし。。。

 

だから、出口さんにもこの先、、、

まだまだ、会えると思っていた。。。

 

全然、最後にする気なんてなかった。。。

 

 

でも、気づいたら。。。

あれが、最後になっていた。。。

 

 

友達は、仕事が忙しくなり。。。

私は、結婚したりして。。。

 

 

 

多分。

あそこでまた、流れが変わっていたのだろうね。。。

 

 

そしてその流れに、無意識に乗っているうちに、、、

 

いつの間にか、彼女と私の歩く道も。。。

少しずつ、分かれていった。。。

 

 

********

 

 

話は飛んで、大人になってから。。。

 

翔子ママとの交流があった頃に、彼女から、

紹介された人がいた。。。

 

あなたと同じ勝ちゃんファンだった人だから、

お話してみたらどうですか?。。。って。

 

 

そう紹介された彼女と。。。

私はいきなり意気投合し。。。

 

そして、急速に親しくなっていった。。。

 

 

彼女といろんなお話をしているうち、、、

実は彼女も昔、グラスバレーのファンだったことを知り。。。

 

お互い、おおいに盛り上がった(笑)

 

 

 

その頃は。。。今思えば、、、

 

昔の親友の時と同じように。。。

翔子ママとは、道が分かれる時期でね。。。

 

そして、その盛り上がっていた彼女とは、

逆に、どんどん近づいていくような流れだった。。。

 

 

私は出口さんファンで。。。

彼女は、上領さんファンで。。。

 

だから、いつも言ってた。。。

 

 

「出口さんや上領さんが生きててくれて。。。

本当に、よかったよね。。。

もう、それだけで感謝だよね。。。(涙)」

 

 

・・・って。

 

あの頃の私たちは本当に、、、

彼らが生きていてくれただけで、ありがたい。。。と。

 

そういう心境だったりしたの。。。

 

 

生きているって。。。

 

普通のことのようでいて、、、

全然、普通じゃない。。。

 

 

本当に、それだけで、素晴らしいことなのだと、

しみじみ実感していたあの頃。。。

 

 

 

そうやってふたりで、グラスバレーの想い出話に、

花を咲かせていた、ちょうどそんな時に。。。

 

そのボーカルだった出口さんが。。。

初めてのディナーショーを行うって。。。

 

そんな情報が、いきなり飛び込んできて。。。

 

なんてすごいタイミングなんだ。。。って。

ふたりで、大はしゃぎしていた(笑)

 

 

そして、そのディナーショーをきっかけに。。。

彼女と一緒に、また出口さんのライヴに通うようになった。

 

懐かしかったな。。。

10何年ぶりかに会えた、出口さん。

 

 

普段は、子育てに追われていたあの頃。。。

そういうひと時が本当に、オアシスに感じた。。。

 

 

子供たちもまだまだ、手のかかる時期だったけど。。。

家族がみんな、協力的でいてくれたおかげで。。。

 

ありがたかった。。。

 

 

小さいことだけど。。。

幸せだな。。。って思った。。。

 

ああいう時。。。

 

 

********

 

 

あの頃、よく感じていたんだ。。。

 

 

「なんだか、昔と同じパターンだな」

 

・・・って。。。

 

 

最初、勝ちゃんに関することで、

あれやこれやと嵐が起きて、けっこう、

心が乱される。。。

 

でも、その嵐がやむかやまないかの頃になると、

爽やかな風と共に、出口さん(グラスバレー)が

現れて、雲がすっきり晴れる。。。みたいな。

 

そういう形。。。

 

 

勝ちゃんが、「苦味」を運んできて。。。

いろんなことを考えさせられるのだけど。。。

 

そのあと出口さんが、「甘味」を持ってきてくれて。。。

癒してくれる。。。

 

みたいな。。。

 

 

 

けれども。。。

そうやって、同じことを繰り返しているように

見えても。。。

 

同じところに立っているように見えても。

 

そこはきっと。

螺旋をひとつあがった、一段上の同じポイント。

 

 

そんな感じだったのだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

出口さんに癒される、そんな楽しい日々が、

しばらく続いていたのだけど、、、

 

 

それが、ある日突然、

ガラッと変わることになった。。。

 

 

********

 

 

つづく

 

 

 

 

このエピソードについては、、、

 

書こうか、それとも、やめようか。。。と。

随分、迷った。。。

 

以前とは違って、彼女たちが今は、

有名人になってしまったから。。。

 

 

けれども。。。

ここを抜きには、話を先に進めることができなくて。。。

 

そしてここは、だいぶ重要なポイントだったりもしたので、

思いきって、書いてしまうことにした。。。

 

 

********

 

 

当時、勝ちゃんの奥さんと、、、

彼を偲んで、いろんなお話をした。。。

 

 

彼女のことは、私の中では、、、

 

「勝ちゃんの奥さん」というよりかは、

「翔子ちゃんのママ」というイメージのほうが、

記憶の中に、強く残ってる。。。

 

 

その頃は、勝ちゃんがもうすでに、

亡くなってしまったあとだったので、、、

 

彼女と話すことは、必然的に、

昔の想い出話が中心になっていった。。。

 

 

そんな中。。。

不思議なこともいろいろ起こった。

 

 

細かいことは、もう、あまり覚えていないのだけど、

例えば、勝ちゃんの愚痴を書いたメールを書くと、

送ろうとした瞬間、そのメールが消えてしまったり。とか。

 

そんな感じのことが、けっこう、あった。

 

・・・ような気がする。。。

 

 

 

だから、そのたんびに。。。

 

「もしや、これって、勝ちゃんの仕業???」

「いやいや、絶対そうですよね!」

 

・・・みたいになって(笑)

 

 

多分。。。

 

そういう風に、思いたかったんだろうな。。。

あの頃。。。

 

彼女も、私も。

 

 

でも、そういう出来事が続いたりすると、、、

やっぱり、誰でも気になり始めると思う。。。

 

「もしかして。。。」

 

・・・と。

 

 

だから、そういうことを繰り返しているうちに、、、

話が少しづつ、霊的な領域に入っていったりもした。。。

 

 

 

なんだか、不思議だよね。。。

 

 

当時の私って、、、

他人に自分の心の内。。。というか、

本音は、滅多に話さない人だった。。。

 

 

今でさえも。。。

かなりオープンに、なんでも話しているようでいて、

隠すところは、最後まで絶対に隠し通す。。。

 

・・・みたいなところはあるので(笑)

根本的には、あんまり変わっていないのだけど。

 

 

でもあの頃は、、、今以上に、

それを話さない人だった。。。

 

 

 

もちろん。

翔子ママにも、自分のすべてを

話したわけではなかったけど。。。

 

 

でもあの頃。。。

少し、扉が緩んだような気がするの。。。

 

 

だから。。。

普段は、あまり人に打ち明けなかったような

胸の内を。。。

 

自分が、「本心から」話したいと思っていることを、、、

 

 

ついつい、話してしまうことが、

度々あった。。。

 

 

********

 

 

そんな頃だった。。。

 

あの絵本の、あの後書きの言葉に出会ったのは。。。

 

 

勝ちゃんが書いた、あの言葉の中に、、、

「全てである私」の「匂い」を感じて。。。

 

 

そうしたら、私の中で、

一気に、何かが高まった気がしたの。。。

 

 

 

19歳であの体験をしてから、、、

その頃までに、もう、何年経っていただろう?

 

かなりの年月が経っていた。。。

 

 

それでも私は、、、

未だ、あの体験のことは、誰にも

話していなかった。。。

 

話すつもりもなかった。。。

 

夫にさえも。。。

 

 

 

そうやって。。。

あまりにも長く、自分一人の胸に秘めている内に、、、

自分自身でも、あれが現実だったのかどうか、

だんだんと、確信が持てなくなっていたし。。。

 

あんな、強烈な体験ではあったけど。。。

 

「私も同じ体験をしたよ」

 

・・・という人に、他に誰にも会わないことで。。。

 

誰かとその体験を共有できないことで。。。

 

 

もしかして、、、

あれって、何かの勘違いだった?みたいな。。。

 

そんな気持ちもどこかに生まれたりもして。。。

 

 

 

けどね。。。

 

勝ちゃんのあの言葉を読んだとき。。。

 

 

「やっぱりあれは、勘違いなんかじゃない。。。

だって、この言葉の後ろに、『それ』が見えるもの。。。

 

だからやっぱり。。。やっぱり、そうなんだ。

絶対、、、そうなんだ」

 

・・・って。。。

 

 

すごい感動したし。。。

すごい嬉しかったし。。。

すごい、テンションがあがったの。。。

 

 

その時初めて。。。

 

自分以外の場所で、「それ」の実在を、、、

うっすらと見つけられたような。。。

 

そんな感覚だった。

 

 

 

ちょうどその時に、そのタイミングで、

一番、身近にいたのが、翔子ママで。

 

 

そして。。。なんだろうね。。。

 

青春時代に大好きだった勝ちゃんという人の、

その人の言葉の中に、「それ」を感じることが

できたことによる感動。。。

 

でも、その人は今はもう、すでに故人となり。。。

 

でも、その彼の身内だった人と、

なぜか今、出会い、こうしていろんなことを話していて。。。

 

そして、不思議なことが、あれこれ起こる。。。

 

だから、話も霊的な領域まで踏み込んでいき。。。

 

 

・・・と。

 

 

そうやって。。。

 

今までのいろんな出来事が繋がっていて。。。

いろんな要因が、絡まりあって。。。

 

 

だから。

話してみたくなってしまったの。。。彼女に。

 

 

19歳の時の、あの体験のこと。。。

そして、そこで観たもの、知ったもののことを。

 

 

あれだけ、恐れていたのだけどね。。。

それを、人に話すことを。。。

 

 

でも、その時は自然と。。。

そういう気持ちが生まれていた。。。

 

話してみたい。。。って。

 

 

そして、、、伝えてみた。。。

 

 

********

 

 

けれども。。。

今だからこそ、解ることだけれども。。。

 

もともと、「言語化」できないものを、、、

当時の、何の知識もなかった私が、

誰かに伝えようとすることは。

 

かなり、無謀なことだったなぁ。。。って(苦笑)

 

 

ボキャブラリーがまず足りなかったし、

経験が浅いゆえに、それを喩え話にして

話すことすら出来なかったし。。。

 

 

そして、その頃はまだまだ。。。

あの体験で、自分の身に何が起こったのか。。。って。

 

そういうことを、自分自身の頭の中ですら、

しっかり整理できていなかったのだから。。。

 

 

でもね。

当時の私は、その私に出来る範囲で、

一生懸命伝えようとしたのだから。。。

 

それはそれで、いい。

あの時は、あれでよかった。。。

あれが、、、よかった。。。って。

 

そう思う。。。

 

 

 

今、こうして振り返ってみると。。。

 

もしかすると、ちょうどあの頃あたりから私は、、、

 

「あの体験を誰かと共有したい」という気持ちが、

芽生え始めたのかな。。。なんて思う。

 

 

それまでは、、、

 

「話したところで、絶対に伝わらない。

言葉で伝えても、絶対に解らない」

 

・・・って、ずっとそう思い続けていたし。。。

 

 

「変な人」と、周りから見られてしまうことを、

相当、恐れていたし。。。

 

 

でも多分、、、

 

自分でも、気づいてはいなかったけど。。。

 

心の深いところでは、ずっと、

探していたのだろうと思う。。。

 

 

私のこの体験のことを。。。

心底、理解してくれる人のことを。。。

 

共感してくれる人のことを。。。

 

 

そしてあの時、、、

もしかして彼女なら、解ってくれるかも。。。と。

 

きっとどこかで、そう感じたのだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

あの時自分が、どういう風に話したのか、、、

その詳細はもう、忘れてしまった。

 

でも多分、メチャクチャだったと思う。。。(苦笑)

 

 

その時彼女は、、、

ちゃんと聞いていてくれたのは覚えてる。。。

 

けれどもその時、彼女がどういう反応をしたのかは、

実は、全然覚えていない。。。

 

 

ただ。。。

 

 

「あぁ、、、やっぱり。。。

ちゃんと伝わるわけがなかった」

 

 

・・・ってね。。。

 

そう思ったことだけは、覚えてる。。。

 

 

 

だから私はまたそこで。。。

 

一旦、外に出かかった「それ」を、、、

再び、引っ込めることとなった。。。

 

 

 

でも、この時のこの一歩は、、、

その後に続く、大きな第一歩になったと。。。

 

あとになって、しみじみ思った。。。

 

 

 

********

 

 

 

彼女は、きっと。

あの頃のことはもう、すっかり忘れて

しまっているのだろうなぁ。。。

 

なんて思う。。。

 

多分、私のことも。

 

 

 

でもきっと。

彼女も、なんらかの「縁」があった人なのだろうと。。。

 

私は、勝手に思ってる。。。

 

 

 

その関わりが、ほんの一瞬であった人ほど、

人生の、重要ポイントで出会っていたりとか、

深いところで、大きな揺さぶりをかけてきたりとか。

 

そういうことが、多いような気がする。。。

 

 

袖すり合うも他生の縁。。。って言うものね。。。

 

 

ずっと長く、一緒にいる人はもちろんだけど。。。

 

ほんの一瞬だけ、お互いの人生が交差して、

そこで大きな影響を残していく人というのもやっぱり。

 

同じように、深い縁なのだと思う。。。

 

 

そうやって、お互いの道が交わった一瞬に、、、

それぞれがそれぞれの深いところに、

重要な何かを残していくのだと思う。。。

 

 

たとえそれが。

通常の意識の上では、忘れ去られて

しまったとしても。。。

 

 

********

 

 

つづく

 

 

 

 

中川翔子ちゃんのお父さん。

中川勝彦さんからも。

 

私はきっと、いろんな影響を受けたと思う。

 

 

********

 

 

あれは、中学生の時のこと。

 

お友達と一緒に、カルチャー・クラブの

来日コンサートに行ったの。

 

場所は、、、武道館だった。

 

 

当時って、海外ミュージシャンのコンサートには

「前座」っていうのがあって。。。

(今もあるのかな?)

 

主役のコンサートの前に。

日本の、特に若手のミュージシャンが、

先に舞台に出て、ミニ・ライヴみたいなのを

やったりしていたのだけど。。。

 

あの、カルチャー・クラブの時に、

その前座を務めていたのが、、、

中川勝彦さん。。。

 

勝ちゃんだった。

 

 

彼のことは、雑誌などでなんとなく知ってはいたけど。

それまではほとんど、関心はなかった。

 

そして、前座で勝ちゃんが出てきた時も。

 

「あ、この人、雑誌に出てた人だ」

 

くらいにしか思っていなかった。。。

 

 

それよりも私は。。。

カルチャー・クラブが早く観たくて、

うずうずしていた。。。

 

 

そうしたら。。。

勝ちゃんが、MCで、こう言ったの。。。

 

 

「みなさんに、良いお知らせがあります!

次の曲で、僕たちは最後です!」

 

・・・って。

 

 

会場からは、大歓声があがってね。。。

もちろん私も、、、「キャーッ」って、

喜んじゃったのだけど^^;

 

 

今考えると、、、

勝ちゃんに申し訳なかったと思う(苦笑)

 

 

でも。。。

そういうことを言うことで、逆に、

会場のほとんどの人が、彼の最後の曲に

注目することになったので。。。

 

なんか、すごいよな。勝ちゃん。

 

・・・って、あとになって思ったりもした。

 

 

あれが意図的だったのか。。。

それとも、単に自虐的なジョークだったのかは。

彼、本人でないと、解らないけどね。

 

 

 

コンサートでのそんな出来事を、、、

次の日、クラスの仲良し友達に話したりした。。。

 

そうするうちに、いつの間にか、

私たちの間で、勝ちゃんのことが、

話題にのぼることが増え。。。

 

そのうちに、なんとなく。。。

勝ちゃんのコンサート、行ってみようか?

 

みたいな流れになり。。。

 

 

中学を卒業した年の春休みに。。。

 

その友達と一緒に、

コンサートに行くことになった。。。

 

 

そのコンサートがキッカケとなり、、、

私は、、、というか、私たちは、

勝ちゃんのファンとなり。。。

 

それからはもう。。。

彼のコンサートとか、ファンの集いとか。

 

そういう、イベントに通い詰めるようになった(笑)

 

 

その時に、、、

いつも一緒に行動していた友達というのが、

あの、飼っていた犬が亡くなった時に、

胸を貸してくれた子だったりする。。。

 

 

彼女と過ごした時間は。。。

本当に楽しかった。。。

 

 

だから今でも、、、

その頃のことを思い出すと、

無意識に、顔がニヤけていたりする(笑)

 

 

********

 

 

彼女と一緒に、勝ちゃんのイベントに、

欠かさず通うような日々が何年か続いた。。。

 

 

そこには、いろんな想い出がある。。。

胸に響いた、勝ちゃんの言葉が、

いくつもあった。

 

 

そして、そういうのは。。。

とても、ここでは書ききれない。。。

 

 

 

実際。

身近で付き合っている彼氏はいても。。。

 

実を言えばあの頃は、、、

勝ちゃんのほうが、輝いてみえていた。。。

 

私はまだまだ、夢見る少女で。

現実を、まだまだよく知らなくて。。。

 

 

だから、「私の夢・理想」っていう

分厚いフィルター越しに見ている勝ちゃんは、

王子様にみえて(笑)

 

実際に隣にいてくれる王子様のことは、

夢フィルターをかけないで、そのまんまを観るから。。。

全然、王子様に見えなくて。。。

 

 

今思うと。。。

私もホントに、、、すごく無邪気に

人を傷つけてきたことが。

 

たくさん、あったような気がする。。。

 

 

 

そして、、、

そうこうしているうちに、だんだんと。

 

勝ちゃんが、変わっていくのを感じたの。。。

 

 

簡単に言ってしまえば、彼は。。。

自分のイメージを変えたがっていた気がする。。。

 

「みんなの王子様的存在」ではなくて、

「男くさいミュージシャン」になりたがってた。。。

 

そんな感じがした。。。

 

自分はアイドルではなくて、

ミュージシャンなんだー!!って。

 

彼の。

そういう叫びが聞こえるような気がした。。。

 

 

でも、当時、高校生だった私たちには、

私達の期待に応えてくれない勝ちゃんでも、

ちゃんとついていきます!みたいな。

 

そんな包容力は、まだまだ備わっていなかったから。

 

勝ちゃんの傲慢な態度に、

イラッとなることも、よくあった。。。

 

 

彼の変化を感じていた人は、私達だけじゃなくて。

他にもたくさんいたと思う。。。

 

コンサートに行くと、いつも必ず会っていたような、

そんな古株だったファンの人達が、

だんだんと消えていき。。。

 

その代わりに、知らない人が増え。。。

 

ファンの顔ぶれがね。。。

どんどん入れ替わってきていた。

 

そういう時期だったね。。。あの頃。。。

 

 

それでも私たちは、今までの積み重ねを、

そう簡単には切れなくて。

 

その後もある程度は、

イベント通いを続けていたけど。。。

 

 

忘れもしない、コンサートでのある一言。。。

 

「これでいいだろ?」

 

・・・って、客席に向かって吐き捨てるように言った、

彼の、その暴言を聞いた時。

 

友達と、「もう、これで終わりだね」と。

 

勝ちゃんのファンを、やめることにした。

 

 

今にして思えば、、、

勝ちゃんも、そして私たちも。

 

すごーく、子供だったなぁ。。。と。

 

ちょっと、微笑ましくなってくるくらいだけど(笑)

 

 

あの時は正直ね。。。

 

友達も私も、悲しいとかじゃなくて、

怒ってたよ(笑)

 

何?あの態度。。。って(苦笑)

 

 

でも、あの時の私は。。。

不思議と、気持ちがカチッと切り替わり。

すぐにあっさり、忘れてしまったし。

 

それまでに、ため込んでいた雑誌とかも捨てちゃったし、

ファンクラブもやめちゃったし、

音楽も、ほとんど聴かなくなったりしたのだけど。

 

 

友達はそれでも。

しばらくの間は、ファンクラブの更新だけは

続けてたみたい。

 

 

そういう出来事があったのは、、、

あの体験をする、ちょうど、半年前くらいだったかな。。。

 

 

********

 

 

それから数年の間。。。

 

勝ちゃんのことは、本当に、

ほとんど、忘れていた。。。

 

 

結婚後のある日、実家に帰ると、、、

「この前、勝ちゃんがテレビに出てたから」と。

 

伯母がわざわざ、

その番組を録画しておいてくれてたの。

 

そして、そこには、、、

白血病の闘病をしている勝ちゃんの姿が

映し出されていて。。。

 

その時初めて。

勝ちゃんが、病気になっていたことを知った。。。

 

 

けどね。。。

私って、冷たい人なのか。。。

 

その時は、そういうのを見ても、あまり、

心を動かされなかったの。。。

 

 

そこからまた、月日が流れたある日。。。

あの友達から、久しぶりに電話があって。。。

 

 

「勝ちゃん、亡くなったよ。。。

知ってた?」

 

 

・・・って、知らされた。

 

 

でも、あの時もなんだか。。。

私の気持ちは、ほとんど何も動かずに。。。

 

白血病って聞いていたけど、、、

亡くなったんだ。。。

 

以外、何も思わなかったの。。。

 

 

「全てである私に還って、云々。。。」

 

みたいなことすら、思わなかった。。。

 

 

ちょうどその頃って。。。

待望の赤ちゃんを授かった頃でね。。。

 

多分、そっちに気を取られていたから

かもしれないけど。。。

 

 

どうしてあそこまで。。。

何も思わなかったのか。。。

 

 

今思うと、逆に不思議だ。。。

 

 

********

 

 

そこからまた、更に数年の月日が流れた。。。

 

あれはたしか、勝ちゃんの七回忌の頃のこと。。。

 

 

家でパソコンを購入して、

初めてネットにつないだ時。。。

 

夫が言ったの。

 

 

「中川勝彦って検索してみれば?

HPとか出てくるかもよ」

 

・・・って。

 

 

「えー。いいよ。別に」と私が言ってるのに、

もうすでに、夫が検索してた(苦笑)

 

 

そうしたら、勝ちゃんに関するサイトが、

いくつもいくつも出てきて。。。

 

 

そういうサイトを色々観たりしているうちに、、、

だんだんと、当時の記憶が蘇ってきて。。。

 

懐かしくなってきて。

 

 

それで、次から次へとサイトを渡り歩いていたら。。。

ある、メモリアル・サイトに辿り着いた。。。

 

 

そこで。。。

勝ちゃんの晩年の様子を、いろいろ知った。

 

彼が、病気でとても苦しんだことも知り、、、

胸が痛くなった。。。

 

そして、彼に実は子供がいたという事実も知った。。。

 

もうね。。。

びっくりしたよ。。。

 

ただただ、、、びっくりした。

 

 

彼は、、、子供を持つこともなく、、、

若いうちに逝ってしまったんだ。。。と。

 

そうやって、しんみりと涙していたのに、

そこで、涙は一気に乾いた。

 

 

 

そうこうするうちに、そのサイトを通じて。

そのお子さんご本人。。。

 

つまり、翔子ちゃんとも、知り合うことになった。

そして、そのお母さんとも。。。

 

 

出会うはずのない人と出会う

インターネット。。。

 

人生はホント。

予期せぬことが起こる。。。って。

 

そう思った。。。

 

 

そして、こういう出会いとかご縁って、

そこには、どういう意味があるんだろう?って。

 

そんなことを、考えた。。。

 

 

そういう出会いを通じて、私はやっと。。。

 

あの大荒れで、謙虚さをなくしていた頃の

勝ちゃんのことを。。。

 

あの頃彼に、一体何が起こっていたのかとか、

そういうことについて。。。

 

ちゃんと理解する機会を、

与えられたような気がした。。。

 

 

・・・と同時に。。。

 

なんで私は、今。。。

 

今頃になって、

こういう状況になってるんだろう?って。

 

それも、不思議だった。。。

 

 

 

私達が、ファンをやめて、、、

そこから立ち去ったあと。。。

 

私は、全然知らなかったけど。。。

彼には、、、いろんなことがあったらしい。。。

 

本当に。。。いろんなことが。。。

 

 

インドに旅したこともあったそう。。。

 

そして晩年は、音楽だけでなく、、、

絵を描いたりするようになっていて。

 

個展を開いたり。。。

自費出版で絵本をだしたりとか。。。

 

 

病気になって、一時、少し良くなって。。。

 

そんな時期に行ったライブ。。。というか、

演奏会の様子を、あとになって見せてもらったら。。。

 

その時の勝ちゃんの顔は。。。

私が最後にみた、彼の顔とは全然違っていた。

 

 

当時とは打って変わって。。。

 

なんだか。

何かを悟ったような。。。

 

そんな、穏やかな表情になっていた。。。

 

 

勝ちゃんが生前、出版した絵本は、、、

 

今から数年前、翔子ちゃんの力もあって、

復刊されたりもした。。。

 

 

 

 

 

 

けれどもあの頃は、、、

私がこの絵本の存在を知った頃は、、、

すでに絶版だったし。。。

 

再販のめどもまったく立たない状況の中で。

 

本を手に入れることは、

かなり、絶望的だった。。。

 

 

・・・にも関わらず。。。

 

ちょうどその時。。。

ほんのわずかな部数だけだったのだけど、

絵本の原本のコピーを販売してくれることになり。

 

私も、それを手に入れることができたの。。。

 

 

コピーの販売。。。

 

それは、、、

 

ファンの人だったか、それとも、当時の

関係者の方だったか。。。

 

そういう、親切な方々の努力の賜物だった。

 

 

ありがたいなぁ。。。って。

すごく思ったよ。。。あの時。。。

 

 

 

そうして手に入れた勝ちゃんの絵本の、

そのあとがきに書かれていた言葉を読んだ瞬間。。。

 

ドキッとした。。。

 

 

その中に、確かに。。。

「匂い」を感じたの。。。

 

 

10代の時のあの体験で観たものの、、、

 

その「匂い」を。。。

 

 

********

 

 

  ぼくときみ。きみとあなた。   

 

そして、あなたと私。   

 

 

何でもいい。。ひとつずつ、結ばれているものを並べていけば、   

世の中のもの、色んなもの、いくつも結ばれていることが、   

わかりそうで、ひとつずつ、きちっと結ばれているのを   

確認していくような、そんな感じだった。   

 

 

それが一周して、全て結ばれるものなのかどうかは、   

わからないけれども、ニポの生き方を、そんな風に   

たどってみたかった。   

 

 

この本は、ひとつの詩からできあがりました。    

 

 

 「鳥が空を恋ひ      

魚が海を慕ふ様に      

私はあなたを愛するのでしょう…。」   

 

 

この言葉のようになりたいと、いつも思っています。   

 

 

途中、ボンゴが口づさむ、     

 

 

「あの月のしずくが、      

月の山から流れとなり      

やがて海と結ぶ…」   

 

 

と云う詩を考えた時、アフリカの資料の中から、   

かの青ナイル、白ナイルの源流をたどっていくと、   

それは「月の山」と呼ばれる、ルウェンゾリ山群に   

至る事を知り、思わぬ偶然の一致に思わずぞくりとしました。   

 

そして、そういう山奥にこそ、ボンゴは長い間、   

神秘のもやに包まれて棲んでいたのです。     

 

 

書けば書く程、調べれば調べる程、ただの偶然では   

済まない一致が、次々とニポの周りに集まりだしたのは、   

まるで未知の記憶にでも触れているような思いでした。     

 

 

目に見えぬ思いこそが、これらを導いているのだと、   

その形無いものが、いかに大事な事であるのかを、   

あらためて知ったのです。    

 

 

さて、思いとは、一体どこから湧き出てくる   

ものなのでしょう…。   

 

 

それは、たどっていけば、自分が知らない自分の内部に、   

もとから在ったような、たとえば地球が回っていると   

いう事を知った後も、知る前も、変わらずに地球は   

回っていたのだという事実と、それらの宇宙の法則や   

環境など、様々なものの影響を数知れず受けて、   

自分が今、存在している事、つまりそれら全ての影響を、   

自分という人間が、生まれた時から内包していた事に、   

ただ後から出会っていくだけの、気がついていくだけの   

ものなのではないだろうか。   

 

 

ここで偶然は、必然になってしまう。   

 

自然とは、その位大きなものなのではないだろうか。   

 

 

忘れていたのではなく、気がつかなかったのだという事が、   

そう云えば、僕はたくさんあったような気がする。

 

 

********

 

 

つづく

 

 

 

 

 

そう言えば、私は。。。

 

生まれる時、首に臍の緒がグルグル巻きに

なっていたらしく。

 

生まれるのがもう少し遅かったら、

死んでいたそうだ。

 

 

「あんたが生まれたときね、、、

全身、紫だったのよ」

 

 

・・・と、母がよく言っていたので、

私は、赤ちゃんって、紫色で生まれてくるのかと

思っていた。

 

 

けれども、娘も息子も、

生まれた時は、綺麗なピンク色。。。というか、

赤い色をしていたので。。。

 

「あぁ、だから、赤ちゃんって言うんだ」

 

・・・って(笑)

 

その時、初めて知った。

 

 

********

 

 

私が結婚したばかりの頃、、、

夫のお姉さんから、こんな話を聞いたことがあった。

 

 

「子供が、2歳とか3歳くらいの時に、

お母さんのお腹の中にいた時のことを聞くと、

ちゃんと、答えるんだよ」

 

 

・・・って。

 

 

実際に、お姉さんの子も、、、

いろいろお話してくれた。。。って。

 

そんな話をしていた。

 

 

多くの子供が。。。

 

お水があってね、そこで浮かんでたの。とか。

お風呂みたいにポチャポチャしてた。とか。

真っ暗な中で、寝てた。とか。

 

そういう話をするんだって。

 

 

でもそれは、2歳か3歳くらいまでで、

早すぎてもダメだけど、逆に、それ以上遅いと、

子供も、忘れてしまうらしかった。

 

 

だから私も。

いつか自分に子供が生まれたら、

絶対に訊いてみようと。

 

そう思っていた。

 

 

けれどもその後。

なかなか子宝に恵まれず。

 

それを実行できたのは。。。

それからもう、何年もあとのことだった。。。

 

 

********

 

 

あれはたしか。。。

娘が2歳くらいの頃だったと思う。。。

 

もうちゃんと、言葉が話せていた頃。。。

 

 

とうとうこの日がやってきた。。。と(笑)

私は、ワクワクしながら娘に訊ねた。。。

 

 

「〇〇ちゃん。ママのお腹にいる時って、

どんな感じだった?」

 

 

・・・って。

 

 

お水があってね。。。とか言うのかな?

真っ暗でね。。。とか言うのかな?

 

・・・と、期待に胸をはずませながら、

娘の答えを待っていた。

 

 

 

けれども娘は、、、こう、答えたの。。。

 

 

「あのね、お地蔵様がいてね。

お手々はありますか?

お目々はありますか?って訊かれたの」

 

 

・・・と。

 

 

あまりに予想外すぎた娘の答えに、、、

私は、自分の耳を疑った。

 

 

え?なんて?もう一回教えて。と、

そう、聞き直したけど。

 

娘はやっぱり、同じ答えを返してきた。

 

 

「お地蔵様がいたの?」と訊くと、

娘は、「うん」って言った。

 

「その人に、お手々とお目々があるかどうか、

訊かれたの?」と訊くと、娘は、「うん」と答えた。。。

 

 

えーーー、何???それ????

 

・・・と、内心びっくりだったけど。

 

 

その時は、、、

娘を不安にさせてはいけないと思ってね。

平静を装い、笑顔を作った。

 

 

「へぇ。。。そうなんだぁ。。。」

 

・・・と。

 

 

********

 

 

数日後、、、

母と会う機会があったので、

さっそくその話を母にしてみた。

 

 

すると、普段はあんまり取り乱さない母が、

めずらしく、アタフタして。

 

何やら、すごい驚きようだったので、

どうしたのかと思ったのだけど。。。

 

そのあとに、母が話したことを聞いて、

その理由が解った。。。

 

 

********

 

 

「子供がなかなか出来ない」という話題は、、、

実は、デリケートな話題でもあるのだけど。

 

当時の私は、だからこそ、そういうことは、

周りにオープンにしておきたい。。。と。

 

そう思っていたの。

 

 

隠すことで、いらぬ憶測をされることのほうが

イヤだった。。。っていうのもあるし。。。

 

相手に悪気はないと解ってはいても、

周囲から、「子供はまだ?」「孫はまだ?」なんて

訊かれたりすることは、、、

 

自分にとっては、結構なダメージだったので。

 

だったら、初めから言ってしまおう。。。とね(笑)

 

 

だから母にも、子供がなかなか出来ない。。。と、

そのまんま、話していたの。。。

 

 

 

でも、今思うと。。。

あの頃の私は、まだまだ、自分のことしか

考えてなかったなぁ。。。と思う。。。

 

 

本当に、人って、考え方も受け止め方も、

十人十色で。。。

 

同じ出来事を、軽く受け止める人もいれば、

すごく重く受け止める人もいる。。。

 

 

そういうことを、あの頃の私は、

まだまだ、しっかり理解しきれていなかった。

 

 

だから母が、、、

私に子供が出来ないことを、あんなに

重くとらえていたなんて。

 

当時の私には、想像もできなかったの。。。

 

 

 

あの頃。。。

 

自分は、もしかしたら一生、

子供を持つことは出来ないかも。。。

 

・・・と、そういう不安を抱えたりもしたけど。

 

 

でも、それを感じていたのは、、、

「人間Lyrica」であってね。。。

 

 

私のもっともっと、深い部分では。。。

 

まぁ、すべては流れにお任せだし、

何があっても、最後の最後には絶対に、

 

「あー、よかったー」

 

・・・って思うように、この世は出来ているのだし。

 

・・・ってね。。。

 

そうやって、どこかで楽観してたんだ。。。

 

 

だから、私本人は悩みながらも、

実は、悩んでいなかったの。。。

 

 

この感覚も。。。

誰かに説明するのは、難しいのだけど。

 

 

 

だから、そんな私本人よりも、、、

母のほうがよっぽど、そのことを、

深刻に考えてしまっていたようでね。。。

 

 

そういうことが、もっとちゃんと解っていたら、、、

私はきっと、母にはああいうことは言わなかった

だろうと思うけど。。。

 

 

けど、私から、そういう話を聞いてしまった母は。。。

 

 

毎日毎日、真剣に、、、

 

私に子供が授かりますように。。。って。

 

お地蔵様に願掛けしていてくれたそう。。。

 

 

そして、その時母は。。。

 

 

「私はどうなってもいいですから、

どうか、娘に子供を授けてください」

 

 

・・・って。

 

 

そういう風に、お願いしていたんだって。。。

 

 

********

 

 

お地蔵様に、そういう願掛けをした母。。。

 

 

だから、娘のお腹の中での話を聞いて、

あんなに驚いたのも、よく解った。。。

 

 

母は、きっと。。。

 

お地蔵様が、願いを叶えてくれたんだ。。。と。

 

思ったのではないのかな。。。

 

 

そして。。。

 

ありがとうございます。ありがとうございます。。。

 

・・・って。

 

 

素直に、そう思って。。。

多分あのあと、お地蔵様に手を合わせた

だろうな。。。と思う。。。

 

 

あの母のことだから。。。

 

 

********

 

 

私は、、、

 

「ありがとうございます」以前に、、、

 

これって一体、どういう現象なんだろう?と。

考え始めてしまった(苦笑)

 

 

「死んだらみんな、一瞬であれに還る」

 

・・・と。

 

そう思っていた当時の私は。。。

 

自分が実際に今、経験しているこの「人間の世界」と、

あの時に観た「全てである私」。

 

そのふたつにしか、関心がなかったから。。。

 

それ以外の世界のことは、あまり真剣に

考えたこともなかった。。。

 

 

でももし、娘の話が本当だったとしたら。。。

 

 

娘が生まれる前に、お地蔵さまと一緒にいた場所。。。

そういう場所があるってことで。。。

 

そこって一体、どこにあるんだろう?

 

・・・ってね。

 

その時初めて、そういう興味がわいてきた。。。

 

 

娘が「お地蔵様」って言ったのは。。。

もしかしたら、母の影響があったのかもしれない。

 

私の知らないところで、娘は、母から

そんな言葉をチラッと聞かされたことも

あったのかもしれない。

 

 

だから、そこにいた存在?が、

本当に、「お地蔵様」だったのかどうかは、

いまひとつ解らないけど。

 

でも、「誰か」がそこで、、、

娘と一緒にいたのかもしれない。

 

・・・ってね。

 

 

そんなことを考えていたら、、、ふと。。。

 

メーテルリンクの『青い鳥』の物語にでてくる、

「生まれる前の子供たちの国」のお話が、

頭をよぎった。。。

 

 

もしかしてあれって。。。

ただのおとぎ話ではなかったりして??

 

 

・・・なんて。

 

あの時、、、そんなことを思ったりしたな。。。

 

 

 

もし、お地蔵様が本当にいたとしても。。。

そういう存在たちが住む世界が、どこかにあったとしても。。。

 

 

それすらも本当は、幻想の一部であって、

結局は、「すべてである私」であることは解ってた。。。

 

 

でもこの幻想の世界の中には。。。

私の知らないことが、まだまだたくさんあるなぁ。。。と。

 

その時、そう思った。。。

 

 

 

けれども。

 

その頃の私は子育てに追われていて、、、

 

宇宙とか世界とか。

そういうことを、深く考えたりする暇はなかった。。。

 

 

その時はまだまだ、、、

そういう「時期」ではなかったの。。。

 

 

********

 

 

ちなみに、今現在の娘は、、、

 

自分がそんなことを言ったことはもちろん、、、

小さいときに、私と、こういう会話をしたことさえ、

すっかり忘れているらしい。。。

 

 

********

 

 

つづく

母が、ある仏教学者の先生に出会って、

本格的に仏教にのめり込み始めたのは、

私が高校生になった頃だったけど。。。

 

それ以前の母は、怪しい新興宗教にひっかかったりと。

いろいろと、やらかしていたらしい(苦笑)

 

 

そこは、お布施をたくさん要求してくるところで、

母も途中から、「何かがおかしい」と

感じていたようなのだけど。

 

抜けるに抜けられなかったのだとか。

 

そんな母を、半ば強引に連れ戻したのは、

父だったそう。。。

 

 

そんなことがあったなんて。

子供の頃は、全然知らなかったし。。。

 

そういう話は、、、

もう私が、結婚したり子供を生んだりして、

だいぶ大人になった頃に、初めて聞いた。

 

母本人から。。。

 

 

そんな話を聞きながら、、、

私は、あることを、なんとなく思い出していた。。。

 

 

私がまだ、小学生の低学年の頃。。。

 

母に、こう訊かれたことがあった。。。

 

 

「もし、お父さんとお母さんが別々に暮らすとしたら、

あんたは、どっちと暮らしたい?」

 

・・・と。

 

 

あれは、夫婦の離婚の危機だったり

したのだろうな。。。なんて思ったけど。

 

まぁ、離婚の危機なんていうのは、

どこの夫婦でも、一度や二度はあるものだし。

 

そのことは、いいのだけど。

 

ただね。

その時、私、こう答えちゃったんだよね。。。

 

「私は、どっちとも住まない。

おばちゃんたちと住む」

 

・・・ってね。。。

 

 

あの、幼い私の真意は、、、

 

お父さんかお母さんか、どちらかを選んだら、

選ばれなかったほうが、可哀想だから。

 

だから私は、どちらも選ばずに、おばちゃんを選ぶ。

 

・・・だったのだけど。

 

 

そこがまだ、幼かったところで(苦笑)

 

そのおばちゃんが、父の姉である。。。

というところまでは、頭がまわっていなかった。。。

 

そして、あの母のことだからきっと。。。

私のそういう「真意」には、気づくはずもなく。。。

 

だから、、、

私からそんな言葉を聞かされた母は、、、

きっと、相当ショックだっただろうな。。。と。

 

 

結婚をして、子供を生む経験をした私は、、、

その時の母の気持ちがよけい、手に取るように

想像できてしまったりもしたのだけど。。。

 

 

もしかすると、ああいうこともひとつのキッカケとなって、

母は、宗教に走ったりしたのかもしれない。。。と。

 

なんというかね。。。

 

そういうところにもまた、、、

母と私の間にある、強い縁。。。

 

みたいなものを感じたんだ。。。

 

 

母の話を、よくよく聞いていると、、、

 

「知的好奇心」がキッカケとなった私とは違い、

明らかに、母は、、、

 

「苦しみ」がキッカケとなって、

精神世界に目を向けていったようでね。。。

 

 

そこに、救いを求めて。。。

 

 

そして、仏教に。。。

・・・というか私には、「あの先生」に救われた

ように見えるのだけど(苦笑)

 

とにかく、母は、救われた。。。

 

こういう流れというのはやっぱり、、、

「信者」になりやすいんだな。。。って。

 

母を見ていて、、、

そう感じた。。。

 

 

そしてそこには、もうひとつ重要な要因があって。。。

 

それは、母が、、、

とても、素直な人であった。。。ということ。

 

 

********

 

 

「あんたとお母さんの人生は、似てるわね」

 

・・・と、母はよく言っていた。

 

 

たしかにね。。。

いろいろ、似ているところがあるんだ。。。

 

「道の辿り方」が。。。

 

 

例えば、高校のこと。。。

 

これも、のちのち知ったのだけど、、、

母は、仏教系の高校に通っていたそう。

 

けれども母も、高校時代の私と同じで、

その学校は、家から近いから。。。という、

そういう安易な理由で選んでいる。。。

 

そして、これもまた、私と同じで、

高校生の母は、仏教になんて、まるで関心が

なかったと言っていた。

 

けれども、巡り巡って。。。

母は再び、仏教と出会い、そしてそれを

真剣に学ぶようになっていった。。。

 

 

母は、学生時代は仏教には興味なかった。と。

そう言っていたけど。

 

けれどもやはり、「影響」というものは、

知らず知らずのうちに受けているもので。。。

 

 

私が物心ついた頃には、そこに、

「お釈迦様」とか、「地獄と極楽」とか。

 

そういう感じの、、、

ちょっと、古臭い絵の漫画がいろいろあった。

 

多分、家族旅行でお寺なんかに行くたびに、

母は買ってきていたのだろうと思うけど。

 

それが、私たちの目につくところに、

さりげなく置いてあったりするものだから。

 

当然私たちも、読んじゃうよね(笑)

 

幼い子に、「地獄」のお話は、、、

トラウマになるので、やめたほうがいいと、

私は思うのだけどね(泣笑)

 

 

母のああいう行動ってやっぱり、、、

学生時代の影響が強そうに、私には思えた。。。

 

 

いろいろな経験をしていくうちに、母は、、、

仏教というものに、「縁」を感じたのだろうし。。。

 

そして。

表面的な形は違えど、本質的な部分で、

自分と同じような道を辿った娘の私にも。

 

やっぱり、「縁」を感じたんだろうと思う。。。

 

 

母の場合はそうやって。。。

とても、信心深い人ではあったのだけど。

 

逆に、霊感のようなものは、ほとんどなかった。

 

女性だからやっぱり、「勘」は鋭いのだけど、

父のような霊感は、あまり持っていなくて。

 

だから、父とか私が心霊話をしてると、いつも。

 

「そんなの、気のせいよ」

 

・・・と、バッサリ切って。

 

場をしらけさせていた(苦笑)

 

 

********

 

 

父は父で。

霊感はあっても、宗教にはほとんど、

興味を示さなかった。。。

 

歳をとってからは、多少、受け入れてはいたけど、

若い頃の父は、宗教は大嫌い。というか、

宗教って聞くと、怒っていたような人だった。

 

 

それもそうだよね。

 

母がおかしな新興宗教にひっかかって。

そこから強制的に連れ戻してきたのは、

父だったそうだから。。。

 

いろいろ、大変だったんじゃないのかな。

 

だから。

父が、宗教アレルギーになったのも、

ちょっと、解る気がする。。。

 

 

********

 

 

父と母は、お見合い結婚だった。。。

 

父の姉、つまり、今隣に住んでる伯母が、

母と会社で同僚で、弟を紹介したのだとか。。。

 

だからふたりは、大恋愛の末に結ばれた夫婦。。。

というわけではないのだけど。。。

 

それでも私には、、、

 

あの二人の間にある、「強い縁」が

見えることがよくあった。。。

 

 

 

母は、とても若い頃、付き合っていた人がいた。

 

母の話しぶりからして、おそらく。。。

 

母は、その人のこと、、、

大好きだったのだろうなって思う。。。

 

 

「なんで結婚しなかったの?」

 

・・・と訊いたら、母は、、、

 

「身分違いだったから」

 

・・・と答えた。

 

 

それでも、きっと。。。

母は、心の底では待っていたのだと思う。。。

 

その人と、結婚できる日を。。。

 

 

けれども。。。

そうこうしているうちに、その人は、、、

 

自家用セスナで事故を起こして、

亡くなってしまったのだそう。。。

 

 

母はその時、、、

どれだけ悲しい思いをしたんだろう。。。

 

 

悲しむ母に、おばあちゃんは、

こう言ったんだって。。。

 

「時が解決してくれるよ」

 

・・・って。。。

 

 

 

一方、父も。。。

若い頃に、恋人を失くしている。。。

 

 

母と違って、父は、、、

私たち子供に、自分の過去の話は

ほとんどしなかった。

 

自慢話以外は(笑)

 

 

だからこれは、、、

伯母たちから、こっそり教えてもらった

お話なのだけど。。。

 

 

父が留守の時に、その人は父に会いに、

家を訪ねてきたそうで。。。

 

弟は今、出かけてますよって。

その人に伝えたのは、伯母だったそう。。。

 

その人は、「そうですか」と言って、

そのまま帰っていったそうなのだけど。。。

 

その足で、自殺してしまったのだそう。。。

 

 

自分のいない間に、その人が訪ねてきたことを、

あとになって知った父は。。。

 

その後長い間、随分と苦しんだみたいで。。。

 

「あの時、自分が家にいれば、

死なずにすんだかもしれないのに」

 

・・・と。

 

伯母たちに、そう言っていたって。。。

 

 

********

 

 

信心深くて霊感のない母と、

霊感が強くて、宗教アレルギーの父。

 

 

そういうふたりを親として選び。。。

 

幼いころに、彼らの影響を

受けることを望んだのは多分、

 

私自身。。。

 

 

その結果のひとつとして私は、、、

 

「目に見えない世界の存在」

 

を、まったく疑わない人になった(笑)

 

 

まぁ、、、その人が出来上がるのは、、、

なにも、親だけがその要因ではないけどね。

 

 

その証拠に。

同じ親に育てられた、弟と私は、、、

また違う人になってるし。

 

 

何がしたくて生まれてきたのかは、、、

兄弟であってもやっぱり、違うのだろうしね。

 

 

でも、いつも感じるのは、、、

 

私自身が。

 

こういう親を選んで

生まれてきたのだろうな。。。

 

・・・ということ。。。

 

 

そして、こういう親の元に育ったこともやっぱり。

 

19歳の時の、あの体験に繋がって

いくのだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

つづく

当時。。。

 

幽霊についてはとりあえず、、、

 

「あれは残留思念」

 

・・・と思うことで、いったん納得することにした。。。

 

いろんな謎を残しつつ(笑)

 

 

また、前世に関しても、、、

 

結婚後に、アルバイトしていた会社で、

あの、前世体験CDが流行った時。。。

 

「前世なんて、ないのに。。。」と、私は、

すごく冷めた目で周囲を見ていたけど。

 

・・・にも拘わらず、自分が色々観てしまって。。。

 

またそこで、謎が生まれた。。。

 

 

でもその時は、、、

そういうのは、ただの妄想だと片づけて。

 

しばらくの間は、すっかり忘れていた。。。

 

 

 

幽霊のことも、前世のことも。。。

のちにいろいろ、考えは変わっていったのだけど。。。

 

 

そういうお話は、、、

まだまだ、だいぶ先のことになる。。。

 

 

********

 

 

あの体験をしたばかりの、当時の私にとって。。。

 

「人は死んだら、みんな一瞬で、

あれに戻るんだ」

 

・・・と思えたことは、ある意味、、、

大きな救いになった。。。

 

 

死ぬ。。。ということが、、、

怖くなくなったから。。。

 

 

あの体験をする、ちょうど1年前くらいに、、、

長年飼っていた愛犬の死に直面して。。。

 

その出来事は、私にとっては、、、

初めて真剣に向き合った、「死」でもあった。。。

 

 

祖父や祖母は、、、

私の物心つかないうちに亡くなり。。。

 

最後の祖母が亡くなったのは、

小学校4年生の時。。。

 

 

でも、、、祖母とは年に数回くらいしか

会っていなかったし。。。

 

一緒に住んでいたか、そうでないかの違いは、

やっぱり、大きくて。。。

 

だから私は、、、

祖母が亡くなった時に、悲しいとか。

ショックを感じた記憶がない。。。

 

「あぁ、そうか。。。

おばあちゃん、死んじゃったんだ」

 

・・・と、なんだか、淡々と思っていた気がする。

 

 

というか。。。

 

学校から帰ってきて、いきなり母に、、、

おばあちゃんが亡くなったから、急いで支度して

出かけるわよと言われた時。。。

 

私は、

 

「えー、私は行かない。

お友達と、そろばんに行くからー」

 

・・・って言ったの(苦笑)

 

 

「何言ってるの!!!」

 

・・・と、母に怒られたけど(←当たり前^^;)

 

 

というわけで。。。

悲しみとかショックを感じる以前に。

 

祖母の死の意味を、、、

当時の私は、まだまだちゃんと、

理解できていなかったのだろうと思う。。。

 

 

けれども。。。

飼っていた犬が亡くなった時は、、、

 

私はもう、、、

自分が生きているのがイヤになるくらい、

悲しみのどん底に突き落とされた。。。

 

胸が張り裂ける。。。って、きっと。。。

ああいうことを言うんだろうと思う。。。

 

 

********

 

 

ある日、学校から帰ると、、、

当時、高校生だった弟が玄関に飛び出してきて、

 

「姉ちゃん、クロ、死んだ」

 

・・・って言ってきた。。。

 

 

クロは、、、心臓病を患っていて、

日に日に弱っていて。。。

 

だから、もう長くないことは解っていた

はずなのだけど。。。

 

弟のその言葉を聞いた時、、、

私は最初、冗談を言っているのだと思ったの。。。

 

だから。。。

 

「え?何言ってるの?」

 

・・・って言ってた。。。

 

 

すると、奥から母も出てきて。。。

だから私は、母に訊いた。。。

 

「本当に?」

 

・・・と。。。

 

 

母は頷いて、、、

 

そして、そのままみんなで部屋に行くと、、、

そこに、、、クロが横たわっていた。。。

 

 

その姿を見た瞬間。。。

涙がドッと溢れてきて。。。

 

その涙はそれから数日の間、、、

止まることがなかった。。。

 

 

 

最後の頃には、、、

クロはもう、起き上がることも

出来ないくらい、弱っていてね。。。

 

 

亡くなる日の朝。。。

 

起き上がれないまま、

玄関に横たわっていたクロは、、、

 

顔だけをこちらに向けて、

学校に行こうとする私のことを、

じーっと、見てたの。。。

 

まったく目を逸らさずに。。。

ずっと。。。

 

 

私は、何度も振り返って。。。

 

でも、まだクロがこっちを見てるから、

戻ってきては、クロを撫でて。。。

 

「どうしたのぉ。行ってくるね」

 

・・・って、それを何度も繰り返し。。。

 

後ろ髪をひかれる思いで、

学校に行った。。。その日は。。。

 

 

たしか、その前日の夜に、、、

母がこう言っていたことを思い出していた。

 

 

「洗い物をしてたら、クロがずっと

こっちを見てたのよ」

 

・・・って。

 

 

だから思った。。。

 

 

クロって多分。。。

自分が死ぬことを解っていたんだな。。。

 

・・・と。。。

 

 

クロはきっと、、、

私たちにお別れをしてたんだ。。。

 

・・・と。。。

 

 

それなのに。。。

それに気づいてあげられなかったんだ。

 

私。。。

 

 

 

それはちょうど、梅雨の頃で。。。

 

通っていた動物病院に電話すると、、、

今すぐだったら、その日に

火葬してくれるということで。。。

 

父の帰宅を待たずに、

私たちは、火葬場に向かうことになった。。。

 

伯母が車を出してくれて。。。

 

でも、、、その時私は、思ってた。。。

 

 

「最後に、クロに会えない父が、

可哀想。。。」

 

・・・と。

 

 

いくら、父の了解をとったとはいえ。。。

父だって、本当は、、、

クロに会いたかっただろうに。。。と。

 

 

だから、私は言ったの。。。

 

 

「お父さんが帰ってくるまで待とうよ」

 

・・・と。

 

 

けれども大人たちは。。。

梅雨時期だから、早く火葬したほうがいいと言う。。。

 

 

冷たい。。。って思った。

 

 

 

翌日。

 

父は会社にでかけ。

弟も、普通に高校に出かけて行った。

 

専門学校は、高校とは違って、

「縛る」よりも、「自主性」を尊重するところだったし。

 

つまり、授業に出るか出ないかは、

自己責任ってことで。。。

 

だからその日は、私は、学校をサボろうと思ってた。

こんな状態で、学校に行くなんて無理。って。

 

そう思ってた。

 

 

けれども。

母に家を追い出された(苦笑)

 

 

なんて冷たいんだ。。。って。

その時も思った。。。

 

 

しかたなく、地元の駅まで歩いていくと、、、

偶然そこで、親友にバッタリ会ったの。。。

 

中学時代からの親友で、、、

その頃も、いつも一緒にコンサートに行ったりと。

青春を分かち合っていたその子に。

 

 

そんな時に、そんな子にバッタリ

会ってしまったものだから、、、

 

私はいきなりその子に抱きつき。。。

いきなり、泣き崩れてね(笑)

 

 

その子は、事情を聞くなり、、、

 

「じゃあ、家においでよ」

 

・・・って、私を自分の家に連れて行ってくれた。

 

 

もう社会人だったその子は、、、

その日は、たまたま休日で。。。

 

用事があって出かけるところだったけど、

その用事には、まだ時間があるからと。。。

 

わざわざ、家まで戻ってくれたの。。。

 

 

そして、そろそろ出かけなくては

いけない時間になった時、その子はこう言った。

 

 

「ごめんね。本当にごめんね。

今日は一緒にいてあげたいけど、

どうしてもその用事は抜けられなくて」

 

 

・・・と。

 

 

そんな彼女の気持ちが、、、

私はすごく嬉しかったし。。。

 

母とは大違いだ。。。って。。。

 

そう思った。。。

 

 

そうして、私も彼女と一緒に家を出て。。。

途中の駅まで一緒に行って。

 

そして、そこからひとりで学校に向かった。。。

 

 

けれどもその日は、、、

やっぱりどうしても、学校に行けなかった。。。

 

頑張って行こうとしたのだけど、、、

ダメだったの。。。

 

 

学校には、どうしても行けない。。。

 

かと言って、家にも帰れないし。

 

どうしよう。。。と。

 

 

だから私は。。。

 

その日、山手線にのって、

ずっと、グルグル回ってた。。。

 

何時間も。。。

 

 

時折、グッと感情がこみあげてきて

泣きそうになるのを、必死でこらえながら。。。

 

電車の外の景色や、、、

乗って来たり降りて行く人たちを眺めながら。。。

 

そこにある風景が、、、

いつもと全然変わらないことが、

不思議でたまらなかった。。。

 

 

********

 

 

クロの死は。。。

 

約1年後に、あの体験をするまでは、

ずっと私の中に悲しく留まっていて。

 

急に、ふと思い出しては、涙する。

 

なんてことを、ずっと繰り返していたのだけど。。。

 

 

あの体験をして、、、

私たちの、本当の姿を知って。。。

 

「すべての存在の、本来の姿はあれで。。。

だから、死んだらみんな、あれに還る」

 

・・・と、実感したことで。。。

 

 

そういう悲しみも、形を変えた。。。

 

 

クロも、、、実は自分自身だった。。。

クロも本当は、死んだわけではない。。。

 

「全てである私」に還っただけ。。。

 

・・・って。

 

そう、思えるようになったから。。。

 

 

********

 

 

クロが亡くなった時、、、

母は、決して泣くことはなかった。。。

 

 

私の結婚式の時も、、、

感動するはずのシーンですら、

母は泣かなかった。

 

 

夫のお母さんは泣いてたし、

うちの父も、夫のお父さんさえも、

かすかに涙ぐんでいた、その時でさえ。

 

母は、泣かなかった。

 

 

そんな母の姿を見て、当時の私は。

 

「母には、感情がないのかしら?」

 

・・・と思っていた。。。

 

 

けれども、のちに。。。

仏教のことを少し知った頃。。。

 

もしかすると、あれは。。。

 

仏教の影響なのかもしれないな。。。と。

 

思い始めるようになった。。。

 

 

********

 

 

つづく

あの体験をしたあとからは、、、

随分と長い間、こう思っていた。。。

 

 

人は死んだら、

みんな、あれに戻るんだ。。。

 

 

・・・と。

 

 

あの、電車の中で意識が飛んだ時のように、

死んだあとはああやって、全員が、

一瞬で、「もとの自分」に戻るのだろうと。。。

 

 

 

だから私は、前世というものはない。と。

そう信じていたし。

 

幽霊もいるはずない。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

けれども。。。

 

じゃあ、どうして自分は、、、

幽霊らしきものを、よく見るんだろう?と。

 

そういう謎も、同時に出てきた。。。

 

 

********

 

 

霊感って、遺伝するんだろうか?

 

・・・って、そんなことをよく考えた。。。

 

 

父や伯母が、幽霊を見る人だったし。。。

 

私も小さい頃から、何度か幽霊を

見かけたりしていたので。。。

 

小さな子供の頃は、何の疑いもなく、

幽霊っているんだなぁ。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

子供を二人生んでみて、、、

すごく感じたことは。。。

 

育った環境とか、育て方云々ではなく。。。

その子自身が、持って生まれた「質」

みたいなのは、絶対あるなぁってことだった。

 

 

娘と息子は、、、

生まれたての赤ちゃんの頃から、

いろいろ違っていて。。。

 

その中で、感じたことのひとつが、、、

 

娘には、霊感はほとんどなくて。

息子は、霊感が結構強いな。。。

 

・・・ということだった。。。

 

 

子供たちがまだ、本当に小さかった頃は、、、

私は子供たちに、幽霊の話とか。

 

そういう怖い話は、一切しなかった。

 

あんまり、変な影響とかは

与えたくなかったから。。。

 

 

・・・にもかかわらず、まだ、2歳くらいの息子が、、、

誰もいないところを指さして、、、

 

「あの人、誰?」

 

・・・とかいうことが、何度もあったり。

 

家の中で、

 

「今、顔だけがあっちに飛んでったよ」

 

・・・とか言い出したりして(涙)

 

 

いろいろ、考えさせられた。。。

 

 

ちなみに。。。

 

夫は、私と結婚する前は、、、

こういう話はどちらかというと、

馬鹿にするほうだった。

 

だから、霊感に関しては、

ほとんどない。。。って感じだった。。。

 

 

けれども。。。

 

結婚して何年も一緒に暮らし、、、

夫も、私と一緒にいろいろ怪奇現象を

経験していくうち。。。

 

いつのまにやら、、、

目に見えない世界の存在を、

信じる人になっていた(笑)

 

 

そして、不思議なことに。

 

こういうことって、信じれば信じるほど、

そういう経験をしやすくなるようで。

 

そのうち、夫自身も個人的に、

怪奇現象に遭遇するようになったりして。

 

 

だから、もし、そういう経験をしたかったら、

そういう経験をよくしている人と

一緒にいるのが一番なのかもね(笑)

 

 

 

自分の霊感が、持って生まれた先天性なのか、

それとも、環境に影響された後天性なのか。

 

そういうのはもう、よく解らないのだけど。

 

けど。

 

実際、見た。幽霊。

 

 

私の顔の上で、、、

髪の毛をとかしていた女の子とか。

 

前を走る車の上に、

四つん這いでへばりついてる男の人とか。

 

 

でも、おかしい。。。

 

死んだら、「あれ」に戻るはずなのだから、

そこに死んだ人がいるはずないのに。

 

 

そうやって、あれこれ考えた挙句。。。

 

その頃の私が出した結論は。

 

「あれは、残留思念だ」

 

・・・ってことだった。

 

 

だからその後も、、、

何度も心霊現象に遭遇することは

あったのだけど。

 

そのたんびに、プルプルしながら。

 

「あれは、ただの思念。

ただの残留思念(涙)」

 

・・・って、自分に言い聞かせてた(笑)

 

 

今にして思えば。。。

 

それって、「残留思念」では済まないでしょう。。。

 

みたいなものも。

いくつかあったんだけどね。

 

 

でもね。。。

 

信じてもらえないかもしれないけど。。。

 

もちろん、怪奇現象は怖いのだけど。

 

 

こういうのもやっぱり。。。

 

「夢の中の出来事」に過ぎない。。。と。

 

 

そう思っている自分がいて。

 

 

だから、実は。。。

 

どこかで、ちょっぴり、

それを、楽しんでいたところもある。。。

 

 

********

 

 

せっかくだから、、、

数ある、怪奇現象の体験談。。。

 

その一例を。。。

 

 

私たちは結婚後、何回か引っ越しをしたけど。

どこの家でも、何かしらあった。

 

でも、一番多かったのは、、、

私の実家。

 

 

実家で両親と同居するようになって

すぐのこと、、、

 

私も息子も、そして娘まで、廊下で、

小さな白い女の子と遭遇したことがあり。。。

 

その子は、雰囲気が娘に似ていて。

 

息子は一瞬、娘と間違えたらしい。。。

実は、私も。。。

 

娘本人は、自分が歩いてる???と。

 

そう思ってしまったらしい。。。

 

 

子供たちが、父に。。。

 

「ねえ、じいじ。この家、何かいない?」

 

・・・って訊くと、父はあっけらかんとして。

 

「あぁ、いるよ。

2、3人いるんじゃないか?」

 

と、答えた。

 

 

子供たちは、ひえ~~ってなってたけど。

 

父って、ちょっと、意地が悪いところが

あったので(苦笑)

 

それが本当なのか。

それとも、子供達や私を怖がらせようとして

言ってるのか。。。

 

そのあたりが、どちらなのか、

よく解らなかった。。。

 

 

けれども、たまに。。。

誰もいないはずなのに、玄関のドアが、

開いて閉まる音がしたりするので。。。

 

子供たちと、「・・・・・」となったりしてた。

 

 

ある時、夫と夜遅くまで話していて、

そのうち、さぁ、寝ましょう。となり。

 

でも、寝る前にトイレ。。。ってことで、

なぜかふたりで、一緒に廊下に出た。

 

今思うと、なんでだ?って思う。。。

どっちかは、部屋で待ってればいいのにね。

 

 

それで、夫が先に入ったのだけど。

 

私はその時、廊下の電気もつけずに、

真っ暗な中、そこで待ってたの。

 

ここも今思うと、おかしいなって思う。

 

だって。。。

 

普段だったら、私は絶対、

電気をつけるはずだから。

 

ただでさえ、怖い廊下だったので。

暗いままなんて、あり得ない。

 

 

その当時ね。

 

まだ、小学生だった息子たちの間で、

BB弾(ビービー弾)っていうおもちゃが

流行っていて。

 

その、おもちゃの銃の弾っていうのが、

オレンジ色の小さな弾で。

 

それがよく、家の中のあちこちに、

転がったりしてた。

 

その弾が、フローリングの床に跳ねると鳴る、

音があって。

 

息子が床にその弾をよく落とすので、

そういう音を聞くのは、日常茶飯事だった。

 

 

暗い廊下でトイレ待ちをしていると、

ビービー弾の弾が、上のほうから落ちてきて、

床に跳ねる音がした。

 

 

家は、玄関が2階まで吹き抜けになっていて、

階段を昇りきると、そこから下の玄関が見える。

 

きっと2階のそこから、

弾が落ちてきたんだろう。。。と。

 

私は思ったの。

 

 

すると、その弾が、コロコロコロって、

こっちに転がってくる音がした。。。

 

転がってるなぁ。。。って思ってた。

 

 

その弾が、もう少しで私の足元に来る。。。

っていう、その直前に。。。

 

なぜか突然、全身に悪寒が走って。

 

私はもう、考える間もなく、

トイレのドアを開けてた(笑)

 

身体が勝手に動いてた。

 

 

幸いなことに、鍵は閉まってなくてね。。。

私はそのまま、トイレの中に飛び込んだ。。。

 

 

もちろん、中にいた夫は、、、

 

「わぁ~~~(汗)」

 

・・・って、すごいびっくりしてた^^;

 

 

その時はもう、、、

私は怖くて廊下に出れなかったのだけど。

 

夫が外にでて、

廊下の電気をつけて、あちこち、

点検してくれた。

 

「ビービー弾の弾なんてないよ」

 

・・・という夫に、何度も何度も確かめて

もらったけど。

 

本当にそこには、、、

弾なんてなかった。。。

 

いくら探しても。。。

 

 

 

え。。。

 

じゃあ、あの、弾が床に弾けたピシッって音と、

それがこっちに転がってきたような音って何???

 

・・・となり。。。

 

部屋に戻った後も、

そのことについてしばらく、話してた。。。

 

 

「え。。。もしかしてあれ。。。

ラップ音ってやつ?」

 

 

・・・というほうに、話が向いたその時。。。

 

「ピシッ!!!」

 

・・・ってね。

 

ものすごい大きな音が、

その部屋の中で響いた。。。

 

 

そのあとはもう。。。

キャー、キャーと大騒ぎ(笑)

 

主に、私が。。。^^;

 

 

でも、しばらくすると、夫の反応が

返ってこないので、隣を見てみると。。。

 

なんと夫は、すでにいびきをかいて寝てて。

 

「信じられない!!!!」

 

・・・となり。

 

怖さよりも怒りがこみ上げてきた。

 

・・・というか、すごい寝つきの良さに、

呆れた(笑)

 

 

しかたないから、、、

私もそのまま、お布団をかぶって寝た。。。

 

 

次の日の朝も、その後も、、、

特に変わったこともなく。

 

またしばらく、普通の日々が過ぎていった。。。

 

 

 

ある日の晩御飯。

 

父が、テレビの心霊番組を観ていて、

私たちもなんとなく、一緒に観ていた。

 

夫はまだ帰ってきていなくて。

父と母と、子供達と私で。

 

 

食事が終わり。

父と母は、そのままテレビを観てて、

私は食事の後片付けをしてた。

 

子供たちはなぜか、その時、

私のそばにいた。。。

 

 

洗い物が終わったので、さぁ、お部屋に

戻ろうか。。。と歩き出そうとしたら、、、

 

いきなり誰かに、両足の足首を掴まれたの。。。

 

そしてそのまま、悲鳴と共に、

私は、床に転んだ。。。

 

そばにいた子供たちがびっくりして、

助け起こしてくれた。

 

心霊番組を観ていた父と母は、

無言で固まってた。

 

 

その後、部屋に戻り、、、

 

さっきのことは、もう済んだことだし、

考えるだけ無駄だと思ったので。

 

忘れることにした。

 

 

その日の夜遅く。

 

夫が帰宅して、ご飯を食べてくる。。。と、

リビングに行った。

 

しばらくして部屋に戻ってくると、

彼は言った。

 

「今日って、何かあったの?」

 

・・・と。

 

 

なんでも。。。

 

夫が行くと、リビングはもう真っ暗で。

父がそこで寝ていた。

 

テレビが大好きだった父は、、、

よく、リビングの大きなテレビの前で寝ていたから、

それはいつものことだったのだけど。。。

 

だから夫も、部屋の明かりはつけずに、

キッチンの小さい電気だけをつけて、

食事をしていたらしい。。。

 

 

でもその日は、その明かりが、ちょっと変で。

チラチラと、ついたり消えたりするので。

 

「あれ?おかしいな?」

 

・・・と、夫は独り言を言ったそう。。。

 

 

すると、今まで寝ていたはずの父が、

いきなり飛び起きて。

 

 

「何?何???

どうしたの(汗)???」

 

・・・って。

 

ちょっと、電気がおかしくて。。。と言うと、

父は、「あぁ、そう。。。」と言って、

また寝てしまったそうなのだけど。。。

 

その慌てぶりが尋常じゃなかったから、

驚いてね。。。と。

 

夫は、話していた。

 

 

父は、私が転んだ時は、黙ってたけど。

 

でもきっと。

父も怖がっていたんだな。

 

・・・って思った。

 

 

それにしても。。。

そんな日に、電気がチラチラ。。。って。

 

やっぱりなんだか、

イヤな感じだなぁ。。。と。

 

 

そして、私は、ふと、、、

昔、伯母がこんなことを言っていたことを、

思い出した。。。

 

 

「幽霊の話はね、本当は、

あんまりしないほうがいいんだよ。

寄ってくるからね」

 

・・・って。

 

 

もしかして。。。

心霊番組なんか観てたから。。。

刺激しちゃったかな?なんて思ったりもした。。。

 

 

 

それから、どれくらい経った頃だっただろうか。。。

 

夜中、眠れずに。

部屋で息子とあれこれ話していたら。。。

 

キッチンから、突然、

男の人が何かを怒鳴っているような

声が聞こえてきた。

 

一言だけ。。。

 

 

(※追記:今、息子に訊いてみたら、その声は

「なんだよ!!」と言ってたとのこと)

 

 

それは、あまりにナチュラルに聞こえてきたので、

最初、息子も私も、頭が勝手にそれを

父だと思い込んでいて。

 

だから、普通に聞いていたのだけど。。。

 

少しして、あれ?何かおかしくない?って

気づいた。。。

 

だいたい、、、

父が怒鳴ることなんて、まず、なくて。

 

しかも、あの声。。。

絶対に、父じゃない。。。

 

夫は今、同じ部屋にいる。。。

 

えっと。。。じゃあ、誰?

 

・・・と、私が考えた頃には、

息子も、同じように気付いていた。。。

 

 

そしてふたりで。。。

 

「今の誰?じいじじゃ、なかったよね」

 

・・・って。。。

 

そうして初めて、ゾゾッとなった。

 

 

いつも思うのだけど。。。

 

脳って本当に、予期せぬ出来事に弱いよね。

 

最初は勝手に、自分の知っている範囲内に

翻訳してしまうようで。。。

 

 

だから、、、

それを、ビービー弾だと思ったり。

父の声だと思ったり。

 

そういう、思い込みをする。。。

 

 

本能のほうが頼りになる。。。

こういう時って、本当に。。。

 

 

あのあと。。。

息子も私も、怖くて見に行けなかったけど、、、

 

あれは一体、誰だったんだろう。。。と。

 

それは、今でも解らない。。。

 

でも。

わざわざ、解らなくてもいいかなって思う。

 

 

そんな感じで。。。

 

霊の通り道でもできてた?

 

と思うくらい、色々あった我が家の

廊下とキッチンだったけど。

 

そういう現象は、実は。

父が亡くなったあとから、ピタッとなくなった。。。

 

父が、全部連れて行った?

父が呼んでた???

 

・・・と、みんなで話してたりしたけど。。。

 

これも、真相は解らない。

 

 

また、、、父が亡くなった時は。。。

 

隣の伯母の家で飼っていた猫が。。。

しかも、まだ子猫が、2匹同時に亡くなった。。。

 

まさか、これも、父が????

 

・・・と思ったけど。

 

これもまた、真相は謎のまま。

 

 

********

 

 

伯母が言っていたように、、、

 

こういう話はほどほどにしたほうが

いいような気がする。

 

 

けど。

 

まぁ。。。夏だしね。

 

ちょっとだけ。。。

 

 

********

 

 

つづく

あの体験をして、少し経った頃。。。

 

当時付き合っていた彼氏と、

いろいろあって、別れることになった。

 

 

男の子とつきあったことは

他にもあったのだけど、、、

 

その時の別れは、私にとっては、

初めての失恋みたいな感じだったので。。。

 

 

なんというか。。。

 

あの時、本当に。。。

生まれて初めての感情を味わった。。。

 

 

その年の夏はずっと。

ユーミンを聴きながら、泣いてた(笑)

 

 

その出来事は、、、

私にとっては、けっこうな衝撃だったので。。。

 

そこに随分気をとられたし。。。

 

 

そうしている間に、、、

 

「全てである私」について、

あれやこれやと思いを馳せることを、、、

 

だんだんと、、、

忘れていったような気がする。。。

 

 

 

 

時は過ぎ。。。

 

あの、楽しかった専門学校も卒業し。。。

 

就職して、OLになり。。。

 

そして、結婚して、子供が生まれて。。。

 

 

しばらくの間は、そうやって。。。

静かに、時間が過ぎていった。。。

 

 

 

時折、何かあった時にふと。。。

 

「あぁ、、、そうだった。。。

これは、幻想なんだ」

 

・・・と、思い出すことはあったけど。。。

 

 

日常の大半では、、、

そんなことは、忘れていた。。。

 

 

ただ。。。

 

せっかくの貴重な今を。。。

人間でいられる今を。。。

 

思う存分、楽しもう。。。

 

・・・ってね。

 

 

そういう想いだけは、なぜか胸に、

深く深く刻みこまれていて。

 

 

だから辛い状況の中でも、

それをどこかで楽しめていたような

気がする。。。

 

 

 

あの失恋の時でさえも。。。

 

 

「うぅぅ。。。この悲しみをしっかり

味わわないと、もったいない~(号泣)」

 

 

・・・って(笑)

 

 

そんなことを、思っていたっけ。。。

 

 

あえてユーミンなんて聴いて、

自分の感情を揺さぶり続けたのもね。。。

 

その状況の中にどっぷりと浸って、、、

とことん悲しみ抜きたかったからなんだ。。。

 

 

そういうのが全部。。。

 

「本当の私」の宝物になるって。。。

 

 

そう思ってたから。。。

 

 

********

 

 

つづく