中川翔子ちゃんのお父さん。
中川勝彦さんからも。
私はきっと、いろんな影響を受けたと思う。
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あれは、中学生の時のこと。
お友達と一緒に、カルチャー・クラブの
来日コンサートに行ったの。
場所は、、、武道館だった。
当時って、海外ミュージシャンのコンサートには
「前座」っていうのがあって。。。
(今もあるのかな?)
主役のコンサートの前に。
日本の、特に若手のミュージシャンが、
先に舞台に出て、ミニ・ライヴみたいなのを
やったりしていたのだけど。。。
あの、カルチャー・クラブの時に、
その前座を務めていたのが、、、
中川勝彦さん。。。
勝ちゃんだった。
彼のことは、雑誌などでなんとなく知ってはいたけど。
それまではほとんど、関心はなかった。
そして、前座で勝ちゃんが出てきた時も。
「あ、この人、雑誌に出てた人だ」
くらいにしか思っていなかった。。。
それよりも私は。。。
カルチャー・クラブが早く観たくて、
うずうずしていた。。。
そうしたら。。。
勝ちゃんが、MCで、こう言ったの。。。
「みなさんに、良いお知らせがあります!
次の曲で、僕たちは最後です!」
・・・って。
会場からは、大歓声があがってね。。。
もちろん私も、、、「キャーッ」って、
喜んじゃったのだけど^^;
今考えると、、、
勝ちゃんに申し訳なかったと思う(苦笑)
でも。。。
そういうことを言うことで、逆に、
会場のほとんどの人が、彼の最後の曲に
注目することになったので。。。
なんか、すごいよな。勝ちゃん。
・・・って、あとになって思ったりもした。
あれが意図的だったのか。。。
それとも、単に自虐的なジョークだったのかは。
彼、本人でないと、解らないけどね。
コンサートでのそんな出来事を、、、
次の日、クラスの仲良し友達に話したりした。。。
そうするうちに、いつの間にか、
私たちの間で、勝ちゃんのことが、
話題にのぼることが増え。。。
そのうちに、なんとなく。。。
勝ちゃんのコンサート、行ってみようか?
みたいな流れになり。。。
中学を卒業した年の春休みに。。。
その友達と一緒に、
コンサートに行くことになった。。。
そのコンサートがキッカケとなり、、、
私は、、、というか、私たちは、
勝ちゃんのファンとなり。。。
それからはもう。。。
彼のコンサートとか、ファンの集いとか。
そういう、イベントに通い詰めるようになった(笑)
その時に、、、
いつも一緒に行動していた友達というのが、
あの、飼っていた犬が亡くなった時に、
胸を貸してくれた子だったりする。。。
彼女と過ごした時間は。。。
本当に楽しかった。。。
だから今でも、、、
その頃のことを思い出すと、
無意識に、顔がニヤけていたりする(笑)
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彼女と一緒に、勝ちゃんのイベントに、
欠かさず通うような日々が何年か続いた。。。
そこには、いろんな想い出がある。。。
胸に響いた、勝ちゃんの言葉が、
いくつもあった。
そして、そういうのは。。。
とても、ここでは書ききれない。。。
実際。
身近で付き合っている彼氏はいても。。。
実を言えばあの頃は、、、
勝ちゃんのほうが、輝いてみえていた。。。
私はまだまだ、夢見る少女で。
現実を、まだまだよく知らなくて。。。
だから、「私の夢・理想」っていう
分厚いフィルター越しに見ている勝ちゃんは、
王子様にみえて(笑)
実際に隣にいてくれる王子様のことは、
夢フィルターをかけないで、そのまんまを観るから。。。
全然、王子様に見えなくて。。。
今思うと。。。
私もホントに、、、すごく無邪気に
人を傷つけてきたことが。
たくさん、あったような気がする。。。
そして、、、
そうこうしているうちに、だんだんと。
勝ちゃんが、変わっていくのを感じたの。。。
簡単に言ってしまえば、彼は。。。
自分のイメージを変えたがっていた気がする。。。
「みんなの王子様的存在」ではなくて、
「男くさいミュージシャン」になりたがってた。。。
そんな感じがした。。。
自分はアイドルではなくて、
ミュージシャンなんだー!!って。
彼の。
そういう叫びが聞こえるような気がした。。。
でも、当時、高校生だった私たちには、
私達の期待に応えてくれない勝ちゃんでも、
ちゃんとついていきます!みたいな。
そんな包容力は、まだまだ備わっていなかったから。
勝ちゃんの傲慢な態度に、
イラッとなることも、よくあった。。。
彼の変化を感じていた人は、私達だけじゃなくて。
他にもたくさんいたと思う。。。
コンサートに行くと、いつも必ず会っていたような、
そんな古株だったファンの人達が、
だんだんと消えていき。。。
その代わりに、知らない人が増え。。。
ファンの顔ぶれがね。。。
どんどん入れ替わってきていた。
そういう時期だったね。。。あの頃。。。
それでも私たちは、今までの積み重ねを、
そう簡単には切れなくて。
その後もある程度は、
イベント通いを続けていたけど。。。
忘れもしない、コンサートでのある一言。。。
「これでいいだろ?」
・・・って、客席に向かって吐き捨てるように言った、
彼の、その暴言を聞いた時。
友達と、「もう、これで終わりだね」と。
勝ちゃんのファンを、やめることにした。
今にして思えば、、、
勝ちゃんも、そして私たちも。
すごーく、子供だったなぁ。。。と。
ちょっと、微笑ましくなってくるくらいだけど(笑)
あの時は正直ね。。。
友達も私も、悲しいとかじゃなくて、
怒ってたよ(笑)
何?あの態度。。。って(苦笑)
でも、あの時の私は。。。
不思議と、気持ちがカチッと切り替わり。
すぐにあっさり、忘れてしまったし。
それまでに、ため込んでいた雑誌とかも捨てちゃったし、
ファンクラブもやめちゃったし、
音楽も、ほとんど聴かなくなったりしたのだけど。
友達はそれでも。
しばらくの間は、ファンクラブの更新だけは
続けてたみたい。
そういう出来事があったのは、、、
あの体験をする、ちょうど、半年前くらいだったかな。。。
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それから数年の間。。。
勝ちゃんのことは、本当に、
ほとんど、忘れていた。。。
結婚後のある日、実家に帰ると、、、
「この前、勝ちゃんがテレビに出てたから」と。
伯母がわざわざ、
その番組を録画しておいてくれてたの。
そして、そこには、、、
白血病の闘病をしている勝ちゃんの姿が
映し出されていて。。。
その時初めて。
勝ちゃんが、病気になっていたことを知った。。。
けどね。。。
私って、冷たい人なのか。。。
その時は、そういうのを見ても、あまり、
心を動かされなかったの。。。
そこからまた、月日が流れたある日。。。
あの友達から、久しぶりに電話があって。。。
「勝ちゃん、亡くなったよ。。。
知ってた?」
・・・って、知らされた。
でも、あの時もなんだか。。。
私の気持ちは、ほとんど何も動かずに。。。
白血病って聞いていたけど、、、
亡くなったんだ。。。
以外、何も思わなかったの。。。
「全てである私に還って、云々。。。」
みたいなことすら、思わなかった。。。
ちょうどその頃って。。。
待望の赤ちゃんを授かった頃でね。。。
多分、そっちに気を取られていたから
かもしれないけど。。。
どうしてあそこまで。。。
何も思わなかったのか。。。
今思うと、逆に不思議だ。。。
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そこからまた、更に数年の月日が流れた。。。
あれはたしか、勝ちゃんの七回忌の頃のこと。。。
家でパソコンを購入して、
初めてネットにつないだ時。。。
夫が言ったの。
「中川勝彦って検索してみれば?
HPとか出てくるかもよ」
・・・って。
「えー。いいよ。別に」と私が言ってるのに、
もうすでに、夫が検索してた(苦笑)
そうしたら、勝ちゃんに関するサイトが、
いくつもいくつも出てきて。。。
そういうサイトを色々観たりしているうちに、、、
だんだんと、当時の記憶が蘇ってきて。。。
懐かしくなってきて。
それで、次から次へとサイトを渡り歩いていたら。。。
ある、メモリアル・サイトに辿り着いた。。。
そこで。。。
勝ちゃんの晩年の様子を、いろいろ知った。
彼が、病気でとても苦しんだことも知り、、、
胸が痛くなった。。。
そして、彼に実は子供がいたという事実も知った。。。
もうね。。。
びっくりしたよ。。。
ただただ、、、びっくりした。
彼は、、、子供を持つこともなく、、、
若いうちに逝ってしまったんだ。。。と。
そうやって、しんみりと涙していたのに、
そこで、涙は一気に乾いた。
そうこうするうちに、そのサイトを通じて。
そのお子さんご本人。。。
つまり、翔子ちゃんとも、知り合うことになった。
そして、そのお母さんとも。。。
出会うはずのない人と出会う
インターネット。。。
人生はホント。
予期せぬことが起こる。。。って。
そう思った。。。
そして、こういう出会いとかご縁って、
そこには、どういう意味があるんだろう?って。
そんなことを、考えた。。。
そういう出会いを通じて、私はやっと。。。
あの大荒れで、謙虚さをなくしていた頃の
勝ちゃんのことを。。。
あの頃彼に、一体何が起こっていたのかとか、
そういうことについて。。。
ちゃんと理解する機会を、
与えられたような気がした。。。
・・・と同時に。。。
なんで私は、今。。。
今頃になって、
こういう状況になってるんだろう?って。
それも、不思議だった。。。
私達が、ファンをやめて、、、
そこから立ち去ったあと。。。
私は、全然知らなかったけど。。。
彼には、、、いろんなことがあったらしい。。。
本当に。。。いろんなことが。。。
インドに旅したこともあったそう。。。
そして晩年は、音楽だけでなく、、、
絵を描いたりするようになっていて。
個展を開いたり。。。
自費出版で絵本をだしたりとか。。。
病気になって、一時、少し良くなって。。。
そんな時期に行ったライブ。。。というか、
演奏会の様子を、あとになって見せてもらったら。。。
その時の勝ちゃんの顔は。。。
私が最後にみた、彼の顔とは全然違っていた。
当時とは打って変わって。。。
なんだか。
何かを悟ったような。。。
そんな、穏やかな表情になっていた。。。
勝ちゃんが生前、出版した絵本は、、、
今から数年前、翔子ちゃんの力もあって、
復刊されたりもした。。。
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けれどもあの頃は、、、
私がこの絵本の存在を知った頃は、、、
すでに絶版だったし。。。
再販のめどもまったく立たない状況の中で。
本を手に入れることは、
かなり、絶望的だった。。。
・・・にも関わらず。。。
ちょうどその時。。。
ほんのわずかな部数だけだったのだけど、
絵本の原本のコピーを販売してくれることになり。
私も、それを手に入れることができたの。。。
コピーの販売。。。
それは、、、
ファンの人だったか、それとも、当時の
関係者の方だったか。。。
そういう、親切な方々の努力の賜物だった。
ありがたいなぁ。。。って。
すごく思ったよ。。。あの時。。。
そうして手に入れた勝ちゃんの絵本の、
そのあとがきに書かれていた言葉を読んだ瞬間。。。
ドキッとした。。。
その中に、確かに。。。
「匂い」を感じたの。。。
10代の時のあの体験で観たものの、、、
その「匂い」を。。。
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ぼくときみ。きみとあなた。
そして、あなたと私。
何でもいい。。ひとつずつ、結ばれているものを並べていけば、
世の中のもの、色んなもの、いくつも結ばれていることが、
わかりそうで、ひとつずつ、きちっと結ばれているのを
確認していくような、そんな感じだった。
それが一周して、全て結ばれるものなのかどうかは、
わからないけれども、ニポの生き方を、そんな風に
たどってみたかった。
この本は、ひとつの詩からできあがりました。
「鳥が空を恋ひ
魚が海を慕ふ様に
私はあなたを愛するのでしょう…。」
この言葉のようになりたいと、いつも思っています。
途中、ボンゴが口づさむ、
「あの月のしずくが、
月の山から流れとなり
やがて海と結ぶ…」
と云う詩を考えた時、アフリカの資料の中から、
かの青ナイル、白ナイルの源流をたどっていくと、
それは「月の山」と呼ばれる、ルウェンゾリ山群に
至る事を知り、思わぬ偶然の一致に思わずぞくりとしました。
そして、そういう山奥にこそ、ボンゴは長い間、
神秘のもやに包まれて棲んでいたのです。
書けば書く程、調べれば調べる程、ただの偶然では
済まない一致が、次々とニポの周りに集まりだしたのは、
まるで未知の記憶にでも触れているような思いでした。
目に見えぬ思いこそが、これらを導いているのだと、
その形無いものが、いかに大事な事であるのかを、
あらためて知ったのです。
さて、思いとは、一体どこから湧き出てくる
ものなのでしょう…。
それは、たどっていけば、自分が知らない自分の内部に、
もとから在ったような、たとえば地球が回っていると
いう事を知った後も、知る前も、変わらずに地球は
回っていたのだという事実と、それらの宇宙の法則や
環境など、様々なものの影響を数知れず受けて、
自分が今、存在している事、つまりそれら全ての影響を、
自分という人間が、生まれた時から内包していた事に、
ただ後から出会っていくだけの、気がついていくだけの
ものなのではないだろうか。
ここで偶然は、必然になってしまう。
自然とは、その位大きなものなのではないだろうか。
忘れていたのではなく、気がつかなかったのだという事が、
そう云えば、僕はたくさんあったような気がする。
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つづく
