その体験が起こったのは。
2年生になってすぐの頃だったけど。。。
2年生になると。。。
時事問題とか社会情勢とか。
そういう分野を扱う科目が、追加される
ようになった。
多分。。。
就職に備えて。
ひとつの科目は、毎日授業があって、
担当は、イギリス人の男性の先生だった。
彼のあだ名は、、、「モナキー」
モナキーって、「Monarchy」のことで、
「君主制」って意味なんだけど。。。
先生が授業中、イギリス英語の発音で、
「モナキー」って連発していたのが、
すごい印象的でね。
みんなでよく、モノマネしてるうちに、
いつの間にか、あだ名になってた。
もちろん、生徒たちの間でだけね(笑)
そのクラスでは、、、
世界の、主に政治経済系の歴史とか、
あとは、社会の仕組みについてなんかを、
勉強していた。
そしてあの頃は。
・・・というか、いつもだけど。
実際の世界が揺れていた。
ソ連のこととか。
ドイツのこととか。
ルーマニアのこととか。
私たちは、歴史や仕組みを習いながら。。。
同時進行で、今現在、世界で起こっていることを、
毎日毎日、授業の中で追っていた。。。
もうひとつの科目は、週1回くらいで。
そのクラスの教科書は、面白いことに、、、
「新聞」だった。
先生は、日本人のおじさん。。。
あんまり先生って感じがしない、
普通のサラリーマンのおじさんみたいな
先生だった。
あの学校は、構内では日本語禁止で、
特殊なクラス以外では、日本人の先生ですら、
ずっと英語で話してた。。。
だから、その先生もいちお、
英語で授業をしてたけど、
「めんどくせ~」
とか言って(笑)
たまに、日本語使ってた(笑)
そういう、ちょっと、不真面目な先生。
私は、、、けっこう、好きだった(笑)
その授業でもある時、、、
ひとりひとり、何かテーマを決めて、
スピーチをする。。。なんてことがあり。
時事問題系の。
私は、たしかその時。
「オゾン層問題について」
というテーマを選んだ気がする。。。
あの頃ってちょうど。
オゾン層の穴について。
騒がれ始めた頃だったと思う。。。
********
こんなことを書いたけど、、、
イギリス人の先生に、「モナキー」って
あだ名がついたり。
オゾン層のスピーチをしたりしたのは、、、
電車の中での、あの体験をしてから、
ずいぶんあとになってからのことでね。。。
要は。。。
2年生になったら、
そういうクラスも始まっていたということで。
だから、その頃の私は、、、
世界のこととか、今の社会情勢とか。
そういうことに、関心を向け始めた頃でも
あったので。
だからね。。。
あの体験のあと、私は電車の中で、、、
ああいうことを考えたのだろうな。。。
・・・って思ったんだ。。。
あのあと。。。
電車の中で、いろいろ考えた。。。
それをそのまま書いてしまうと、、、
不快になる人もいるかもしれない。。。
だけど。
10代の時の私が、あの時思ったことを。。。
記録として、そのまんま書いておこうと思う。。。
********
通常の意識に戻ってしばらくすると、、、
だいぶ、落ち着いてきた。
その時、、、ヒシヒシと感じていたことは。。。
今自分が、こうして、人間になりきって。
現実だと思い込んでいるこの場所で、
こうして生きていること。
それって本当は。。。
なんて、貴重なことだったんだろう。。。
・・・って。
そういう実感だった。
こうして、ここに存在しているというだけで。。。
ただ、それだけで。
それは、もう、
本当に、素晴らしいことだったんだ。。。
・・・っていう実感。。。
それは、私だけでなく。
他の人も、みんなそう。。。
みんなが同じように、貴重で。。。
・・・というか。
「そこに、自分ではない人がいる」
・・・って、思いこめることが、、、
こんなに、すごいことだったなんて。。。
・・・と。
そんなことに、感動していた。。。
本当は、全員自分なのに、、、
今は、「他の人」だと思えていること。
それって。。。
奇跡なの。。。
すごいことなの。。。
そして、そこにたくさんいる「他の人」が、
みんなそれぞれに、いろんなドラマを体験してるけど。
でも。。。
それって、全部、、、
本当は、「全てである私」の中にあって。。。
だから、、、ひいては、
すべてが自分自身の経験であって。。。
今はもちろん。
人間Lyricaとしての私にはそれは、
「私以外の人の体験」にしか思えないけど。
でも、いずれ。。。
あの、本来の自分の意識に還った時は、、、
今は、「他の人の体験」と思っていることもみんな、
実は自分だったことを実感するんだ。
・・・ということを、リアルで知ったから。。。
すべてが自分の体験だと解るってことを
知ったから。。。
すごい、ワクワクしたの。。。
これってもう、すごい!!
すごすぎる!!!
・・・って思った。。。
あぁ。。。もう。。。
この世界って、、、
なんて、貴重なんだって。。。
また、、、泣きたくなった。。。
そして、その次には、
こんなことを考えていた。。。
「結局は、みんな。。。
最終的に目指しているところは、
同じだったんだね」
・・・と。。。
どんな道を通ったとしても、、、
最終的に辿り着くゴールは同じ。。。
誰一人、取りこぼすことなく、
何一つ、取りこぼすことなく。
ここに存在しているものすべてが、
最後の最後には、「全てである私」に辿り着く。
絶対に。
・・・ってね。
なぜか。
それが、解った。。。
そして私は今でも。。。
このことは、疑ってないんだ。。。
宗教も、あの、心理学も、
ダンスとか音楽とか、あと科学とか。
そういうのもみんな。。。
最後に還りたい場所って、同じなんだ。。。って。
そう思ったの。
何度も書いてきたことだけれども。。。
高校時代のいろいろな経験を通じて、
私は、宗教が大嫌いになっていたけど。。。
まぁ、、、今にして思えば、、、
「大嫌い」っていうのは、そこに関心が
あったからこそで。
自分が本当に、そこに何の縁もなければ、
「無関心」になると思うんだ。。。
けど。
あの頃の私には、そんな自覚は、
まだまだなかったから。
いつもいつも、思ってたの。。。
不満や怒りの感情と共に。
「なんで??」
・・・って。
宗教やってる人って、
なんであんなに頑ななの?
なんで、神を信じないと罪びとなの?
自分の意見を言うことって、
なんでそんなに悪いことなの?
・・・みたいに。
疑問だらけだった。
そういう疑問の奥には。
相手を正したい気持ちとか。
自分の主張を認めさせたい気持ちとか。
そういう気持ちも、もちろんあった。
ファイティング・スピリッツみたいなのが。
でもそういうのがね。。。
いきなり、スッと形を変えたんだよね。
宗教的な教義に囚われている人たちが、、、
逆に、可哀想に思えてきたの。。。
そんな「憐み」も。
今となっては、それも立派なエゴだったと
思うけどね(笑)
けど、あの体験後。。。
そうやって、いきなり自分の気持ちが
変化した。。。
私に「我が強い」って言ってくる母も。
私を罪びと扱いしてきたおばさんも。
みんながみんな、、、
もうひとりの自分であることが、
解っちゃったから。。。
そしてみんな。
そういう「役」を演じながら、、、
私のドラマ作りに協力してくれていたことが、
実感として、解っちゃったから。。。
怒る気なんて、なくなった。。。
けれども。。。
みんな、最後に目指している場所。。。
還りたい場所は同じなのに。。。
ああいう役を演じてくれた
もうひとりの私は。。。
今の、人間Lyricaの目には、、、
ものすごく、遠回りしているように見えたの。。。
だから。。。
可哀想に思えてきた。。。
みんな。。。
目指しているところは同じなはずなのに、、、
「教義」に囚われることで、なんだかどこか、
本質とは違ったほうへと進んでしまうように見える。。。
そう感じた。。。
そしてその時、ふと、閃いたの。。。
「あぁ、そうか。。。イエスは、
これを自分で体験した人だったんだね」
・・・と。
これって。
自分自身で体験しないことには、、、
本当のところは、絶対に解らない。。。
私は、そう思った。。。
自分であれを体験したから、、、
そうとしか、思えなかった。。。
もし、イエスが。。。
今、私が観たものと同じものを観て、、、
そして、今、私が味わったみたいな感動をして。。。
それで彼が。。。
その感動を、自分の周りの人達と
共有したいと思ったとしたら。。。
一生懸命伝えたんだろうな。。。って。。。
・・・そう思ったの。。。
けど。。。
イエスからその話を聞いた人が、、、
自分自身でそれを体験をしないまま。。。
なんとなく、解った気になって。。。
それを次の人に伝えて。。。
そしてまた、次の人が次に伝えて。。。
・・・と、繰り返していくうちに。。。
それは、伝言ゲームみたいに。。。
いつしか何かが、ズレていき。。。
だから。。。
「教義」として、「説明されるもの」っていうのは、
矛盾だらけ。。。というか。。。
何かが本質からズレているんだな。。。って。。。
そう思ったの。。。
そのあたりまで考えた頃、ふと。。。
宗教戦争のことが、頭に浮かんだ。。。
ソ連とアメリカのこととか。
ベルリンの壁のこととか。
アウシュビッツのこととか。
そういうことも、次々と浮かんできた。
それこそ、これ。
授業の影響だよね。今思うと。
そして、そういう、「戦争」にまつわるような
ことが浮かんできたら。。。
ものすごく、悲しくなってきた。。。
特に、宗教にまつわる戦争とかって。
悲しすぎる。。。って。
そう思った。
ほんのちょっと前に観たもの。。。
「全てである私」
私の、、、私たちの本来の姿。
あれをもし。。。
世界中のすべての人が体験したとしたら。。。
戦争は絶対に、絶対に。。。
この世からなくなる。。。
その時の私は、、、そう確信してた。。。
あの「私」のことを知ったらもう。。。
誰かと、、、何かと、戦おうなんて気持ちは、
絶対に起こらなくなる。。。
そう、確信していたから。。。
だってね。。。
全部が幻想で。
全部が、本当は自分自身だと解ってて。
そこで、戦う気なんて、
どうやったら、起こせるんだろう?
でも。。。
そういう世界が実現するには。
宗教じゃ遠回りだ。。。って思った。
たった一人の人だけ解っていても、
ほんの一部の人だけが解ってても、
ダメなんだ。。。と。
そう、思った。。。
全員が解らなければ、、、
世界は変わらない。。。と。。。
そう思った。。。
イエスだってきっと。
一生懸命伝えたはずなのに。
イエスの時代と今って。。。
実は、なんにも変わってない。。。って、
そう思ったから。。。
けど、しかたない。。。
人間の頭で想像できること、
理解できることを、
はるかに超えている「あれ」を。。。
実際の体験なしに、、、
本当に理解することなんて、不可能なんだから。。。
じゃあ、どうすればいいの?
どうすれば、全員が。。。
自分でそれを、体験することができるの?
そうやって、しばらく悩んでた。。。
そのうちに、、、
フッと浮かんだの。。。
たとえば。
その装置に触れると、誰でも触った瞬間、
意識が飛んで、あの体験ができる。
・・・みたいな。
そんな装置。。。
そういうのがあったらいいかも。。。
誰かが。。。
そんな装置を作ってくれたらいいのに。。。
・・・と。
そんなことを考え始めたんだ。。。
あの時。。。
その日の朝までの私だったら、、、
そんなこと、絶対に考えなかっただろうって思う。。。
あの体験をする前は、、、
人類がどうの。。。とか。
戦争がどうの。。。とか。
そういうことは、どこか他人事だった。
学校のそばに出来たおしゃれなお店とか、
流行りのテレビドラマとか。
今週に行く、コンサートのこととか。
そういうことで、頭がいっぱいだったから。。。
本当に、あの一瞬で。。。
いろんなことが、変わってしまった。。。
********
その装置。。。
のちに勝手に、「悟り装置」と命名した
それについて考えていた頃。。。
降りる駅に到着した。。。
そして。
学校に着いて、クラスメイトと
雑談しているうちに。。。
意識はすっかり。
普段通りの日常に、フォーカスし。。。
そういう日々を過ごしているうちに。。。
「悟り装置」のことは、、、
もう、すっかり忘れてしまっていた。
あの日、電車の中で起こったことは、
クラスの誰にも喋らなかった。
クラスメイトどころか、、、
それから、何年もの間。
誰にも話すことはなかった。。。
話しても、絶対に通じない。。。
頭のおかしい人だと、思われたくない。
・・・と。
ずっと、、、そう思ってたから。。。
それと、例のあの本は、、、
怖かったので、封印した。
奥深く。
見えないところに、仕舞いこんだ。。。
********
つづく

