TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -15ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

それからしばらく経つと。

今度は息子が、学校から帰ってきた。

 

 

あの地震の時。

 

息子たちは体育館で、

明日の卒業式の準備をしていたそうで。

 

天上に吊るされた照明のひとつが、

自分のすぐ真横に落ちてきた。

 

・・・と、息子は言っていた。

 

 

よくよく考えてみれば、

それって、かなり危なかったのでは?

 

・・・という感じなのだけど。

 

息子があまりに、淡々とそれを

話していたせいか。

 

 

なんだか私のほうも。

 

「へぇ。。。そうなんだぁ。。。」

 

・・・と。

 

あんまり動揺しなかったのを

覚えている。。。

 

 

ただ。。。

 

そうか。。。

明日は、卒業式なのか。。。

 

こんな地震のあとでは、

親御さん、気が気じゃないだろうに。。。と。

 

 

そんなことを、

気にしていたな。。。

 

 

 

あの日はちょうど。

 

息子が新たに通い始める予定だった塾の、

親子面談の日でもあり。。。

 

 

もちろん。

 

こんな状況の中では、塾になんか

行っている場合でもない。と。

 

それで私は、

何度も塾に電話をしたけど、

やっぱり、全然連絡が取れなかった。

 

 

いきなり、無断欠席するのは、

塾の先生に失礼すぎるだろう。。。と。

 

 

よくよく考えてみれば。。。

 

あんな緊急事態だったのだから。

 

そんなこと、気にしなくても

よかったのかもしれないけど。

 

 

それでも私は、なんだか。。。

 

少しでも息子の評価が下がって

しまうのは、やっぱりイヤで。

 

そこに関してだけはちょっと、

焦り気味だったりしたな。。。

 

 

なんとか、連絡しなくては。。。と。

 

 

何度も何度も連絡を試みて。

 

仕方ないので、ホームページから

連絡のメールを入れたりして。

 

 

そうしたら、あちらから連絡があり。

 

 

「こんな時なので、大丈夫ですよ。

次回お会いできるのを、楽しみに

しています」

 

・・・と言われて。

 

 

その時にやっと、

私は、我に返った(笑)

 

 

それもそうだよね。。。と。

 

 

そんな自分の生真面目さに。

思わず、笑ってしまった。。。

 

 

*******

 

 

あれから家族で、テレビを観ていたら。

 

その頃はもう。。。

 

ニュースは、東北の津波のことで

いっぱいになっていた。。。

 

 

その光景は。。。

 

あまりに現実離れしすぎていて。

 

あの日はなんだか。。。

 

何も考えられなかった。。。

 

 

人間。

 

あまりに信じられないことが

起こると。

 

 

それを、ちゃんと受け止めるまでに

時間がかかるのか。。。

 

 

それとも、そういうのは、

私だけなのか(苦笑)

 

 

何だか、ああいう時って。。。

 

感情も動かなければ。

頭も働かない。。。

 

 

ただただ、その光景を。

呆然と眺めていた。。。

 

 

そんなニュースの傍らで。

 

都内に通勤していた人達が、

みんな、徒歩で帰宅している。

 

・・・みたいな映像も流れていたりした。

 

 

電車がすべて。

止まってしまったからだ。。。

 

 

夫は、車通勤だったので、

そのあたりは大丈夫だろうと

思っていた。

 

 

案の定、いつもとほぼ同じ時間に

夫は帰宅したので。

 

普段通りか。。。と思いきや。

 

 

道路はものすごく渋滞していて、

帰宅にものすごい時間がかかったと。

 

彼は言っていた。

 

 

なんでも。

 

あの地震の時、取引先で

大きな会議があったらしいのだけど。

 

その後それは、すぐに解散となり。

 

夫はそのまま。

家への岐路に着いたらしい。。。

 

 

会議していた場所は、都内で。

 

そこを、午後の3時前には

出発したにも関わらず。

 

帰宅がいつもと同じ時間。

 

・・・ということは。

相当、時間がかかったのが解った。。。

 

 

 

私は、その日はずっと家にいたから。。。

普段とあまり変わらずに過ごせたけど。。。

 

もし、声楽やらバレエやら、

その他のなにかで。

 

いつものように外に出ていたとしたら、

大変だっただろうな。。。と。

 

 

そう思った。

 

 

 

あの日。

 

娘は運よく、学校が早帰りだったけど。

 

もしそうじゃなかったらやっぱり。

電車が止まって。

 

帰ってこれなくなってしまって

いただろうし。

 

 

父も。

 

あのまま母と外出していたら、

もっと、大変な思いをしただろう。。。

 

 

母だって。

 

もし、そこにたまたま親切な人が

いなかったら。

 

なかなか帰ってこれなかったかも

しれないし。

 

 

体育館の天井から落ちてきた

照明が。

 

もし、息子に直撃していたら?

 

 

 

夫は言っていた。。。

 

昼間、家に電話をした時は、

たまたま一発で繋がったけど。

 

そのあとは。

どこにも電話は通じなかった。と。

 

 

*******

 

 

あの時。

 

私はなんだか。

 

何かに守られているような

気持ちになって。。。

 

その「何か」に。

ものすごく、感謝したくなった。。。

 

 

 

まだ、小さな子供だった頃。

 

あの、霊感の強い伯母が言っていた。

 

 

「守護霊さまが、守ってくれてるのよ。

だからね、おばちゃんはいつも、

寝る前に、『ありがとうございます』って

伝えて寝てるのよ」

 

・・・と。

 

 

それを聞いて以来、私も。。。

 

伯母を真似てずっと。

寝る前に、それをやっていた。。。

 

 

「神様、そして私を守ってくださっている方々。

今日も、ありがとうございました」

 

・・・と。

 

 

結婚してからは、夫と一緒に

それをやっていた。。。

 

 

でもそう言えば。。。

 

子供が生まれた頃から。

忙しさのあまり、そういう習慣を

忘れがちになっていた。。。と。

 

 

あの日、思い出したりもした。

 

 

 

あの震災の日から。。。

 

私はまた、寝る前にはそうやって。

 

自分を守ってくれている「何か」に。

心の中でお礼を言う。。。

 

・・・という習慣を。

 

復活させたのだった。。。

 

 

それを。

つい、この前まで続けていた。。。

 

 

*******

 

 

つづく

それから何度か、

夫の携帯に電話をしてみたけど。

 

一向に通じなかった。

 

 

母は、携帯すら持っていないので、

連絡の取りようもなく。

 

 

さすがに、そうなってくると、

悠長に、詩の翻訳などをしている

気分でもなくなってきたので。

 

 

父の観ていたテレビを、

私も一緒に観ることにした。

 

 

テレビの中は、案の定。

パニックとか不安でいっぱいで、

気分が悪くなったけど。

 

でも、それなりに、

情報を得ることは出来て。

 

やはり、携帯は今は、

どこも不通になっていることが

解った。。。

 

 

 

テレビの画面には。。。

 

地震の時の各地の様子が、

色々映し出されていて。。。

 

 

 

今回の地震は、、、

やっぱり、尋常じゃなかったんだな。

 

・・・と。

 

 

そこだけは、ハッキリ解った。

 

 

*******

 

 

そんな時。

家の電話が鳴って。

 

父が急いでその電話を取った。

 

 

多分。

母からだと思ったのだろうと思う。

 

 

でも。

電話を取ったあと、父の声が少し、

トーンダウンしたので。

 

おそらくそれは、夫からの

電話だったのだろうなと。

 

すぐに解った。

 

 

父はその電話を、私に替わることなく

さっさと切ってしまい。

 

ただ、「〇〇君は無事だって」

 

・・・とだけ、伝えてきた。

 

 

ホントにもう。。。

 

父もそうだし。

弟もそうだし。

 

夫も息子も。

 

 

いつも思うことは。。。

 

言葉が足りなすぎる!!!

 

・・・ということで(苦笑)

 

 

「それじゃぁ、詳しいこと

なんにも解んないじゃん!!」

 

・・・と。

 

あの時も、思ったっけ。。。

 

 

「言葉」というツールを。

どういう状況で使うべきなのか。

 

・・・みたいな部分が。

 

男と女ではホント。

全然違うのね。と。

 

 

ある頃から、、、

そう思うようになった。。。

 

 

 

男の人は。。。

 

女性にとって大事だと思うことは、

めんどくさがって話さないのに。

 

女性にとって、どうでもいい話は、

やたら長々と語る生き物なんだ。と。

 

ある時、理解した。

 

 

こういう真逆の男女同士が、

 

ある時は、妥協し。

ある時は、主張しながら。。。

 

お互いを理解しあい、

受け入れ合うのには。

 

ホント。

 

「経験」と「時間」が必要で。

 

 

私も。

こういうことを、笑えるように

なるまでには。。。

 

相当、時間がかかったな。。。と。

 

今は思う。。。

 

 

*******

 

 

母は、夕方くらいになって、

家に帰ってきた。

 

なんでも。

知らない人の車に乗せてもらって

きたのだそうだ。。。

 

 

電車に乗っていた時に地震に遇い。

 

駅でもないところで止まったまま

動かなくなってしまったので。

 

乗車していた人達はみんな、

その場で降ろされたのだそうだ。

 

 

自分が今、どこにいるのかも

よく解らず。

 

途方に暮れていたら。

 

そのあたりに住んでいた人だと思うけど、

車を出してくれた人がいて。

 

同じ方向の人をまとめて乗せて。

ひとりひとり、家の近くまで

送ってくれたのだとか。。。

 

 

「おかげで、帰ってこれたのよ」

 

・・・と、母は言っていた。

 

 

 

世の中本当に。。。

 

・・・というか、本当は。

 

こういう、親切な人だらけなのだと。

 

そう思う。。。

 

 

いつだったか。

これよりもっとあとの話だけど。

 

大雪で、娘が会社から

帰ってこれなくなった時も。

 

こういう、助け合いというか。

親切というか。

 

そういう、温かいエピソードがあった。

 

 

そして私は。。。

 

こういう、胸がじーーんとなるような

場面というのは。。。

 

 

ネット上のような

仮想現実ではなくて。

 

本物の現実。。。

 

肌と肌が触れ合うような。

リアルな場でしか。

 

経験したことがない。。。

 

 

 

 

「あぁ、ホントに、大変だったわぁ」

 

・・・と、母はあの時。

何度も言っていたけど。

 

 

でも、なぜかその顔は笑っていて、

どこか、楽しそうだった。

 

 

 

自分が人からそういう。。。

 

解りやすい。。。というか、

目に見えやすいというか。

 

そういう、シンプルな親切を

受けることというのは、おそらく。

 

魚座の母にとっては。

 

極上の御馳走を食べた時と

同じくらい。

 

満たされるものなのだろうと思う。

 

 

だから。

 

地震の時の大変さなどはもう、

母にとっては些細なことで。

 

そのあとの、「人の温かさ」だけが。

 

 

きっとこの先。

 

母の記憶の中に、

色鮮やかに残っていくのだろうなと。

 

 

あの時。。。

 

そんな風に思った。。。

 

 

 

そういうのもまた。。。

 

母の人徳ゆえなのだろうとも。。。

 

 

*******

 

 

つづく

あれは、2011年のことだから。。。

 

よくよく考えてみたら、もう。

9年も前のことで。。。

 

もう、そんなに経っているのか。。。と。

ちょっと、驚きだった。。。

 

 

私にとっては、なんだか。

つい、最近のことのようだ。。。

 

 

*******

 

 

最初に揺れ出した時、、、

 

「あ、地震だ」

 

・・・とは思ったけど、特に何も

気にしていなかった。

 

「いつものこと」だと思っていた。

 

 

だからそのまま、コーヒーを

淹れ続けていたのだけど。

 

その途中で、なぜだか急に。

イヤな予感のようなものがした。

 

 

その予感に自分が気づくころには、

身体は勝手に、廊下を走っていた。

 

 

「あぁ、2階にいる娘のところに

行こうとしてるのか。。。」

 

・・・と。

 

私の思考はいつも。

そうやって、遅れ気味(苦笑)

 

 

自分は今。

2階に行こうとしているのだ。と。

頭で考えていた頃には。

 

今度は、勝手に叫んでいた。

 

 

「〇〇ちゃん!

急いで下に降りてきて!!」

 

・・・と。

 

 

 

娘が、階段を半分くらいまで

降りてきた頃。。。

 

揺れが激しくなった。。。

 

 

私達はそのまま、

玄関に留まっていたのだけど。

 

そこにある亀の水槽の水が、

大波のように揺れていて。

 

中にいる亀が心配になった。。。

 

 

ふと、上を見ると。

 

吹き抜けの天井につるされた

シャンデリア型の電気が。

 

ものすごい勢いで左右に

揺れていたので。

 

落ちてきたら危ない。。。と

思い。

 

私達はそのまま、

玄関先の外に出た。。。

 

 

目の前で、プランターが

倒れて。。。

 

花が、、、

そこら中に散らばってしまって。

 

悲しい気持ちになった。

 

 

そうこうしているうちに、

ご近所の家の屋根の瓦が

崩れ落ちていくのが見えて。。。

 

「あぁ、、、お気の毒に。。。

修理が大変だ。。。」

 

・・・なんて。

 

悠長に思っている自分が

いたりもした(苦笑)

 

 

「こんな地震は。。。

生まれて初めてだなぁ。。。」

 

 

・・・なんて考えているうちに、

ちょっと、気持ちが悪くなってきて。

 

吐き気がしてきた。。。

 

 

あの地震は。

結構長くて。。。

 

そして、横にユラユラと

大きく揺れる感じだったので。

 

船酔い状態みたいに

なってきたのだった。。。

 

 

この気持ち悪さは、、、

地震が終わらない限り、

どうしようもない。。。と。

 

そう思った瞬間。

 

初めて、「どうしよう」と。

焦りの気持ちが出てきたのを

覚えてる。。。

 

 

でも。。。

そのうちに、揺れはおさまり。

 

同時にその気分の悪さも、

おさまったので、ホッとした。。。

 

 

*******

 

 

揺れていた間。。。

 

玄関先でずっと。

娘と抱き合っていたけど。。。

 

 

その間はなんだか。

頭がうまくまわらなくて。

 

ボーッとしていたような

気がする。。。

 

 

考えられたのは、

亀とか花とか瓦とか。

 

そんなことばかりで(苦笑)

 

 

揺れがおさまってやっと。

父のことを思い出して。

 

それで、急いでリビングに

戻ると。。。

 

そこには、とんでもない光景が、

広がっていた。。。

 

 

父はまったく無事だったのだけど。

 

食器棚から飛び出してしまった

食器が大量に割れて。。。

 

床にその破片が、

散乱していた。。。

 

 

私のお気に入りだった食器が。

かなりの量、粉々になってしまっていた。

 

 

 

「大丈夫だったの???」

 

・・・と訊くと、父は。

 

「ああ、ずっとここにいたから」

 

・・・と。

 

 

なんでも父は、揺れている間中。。。

 

テレビが倒れそうだったので、

壊れたらいけないと思い、

ずっと押さえていたのだとか(苦笑)

 

 

そうやって、

テレビを押さえている間中。。。

 

食器棚の扉が開いて。。。

 

目の前で次々と、大きな音をたてて、

食器が割れていく光景を

眺めながら。。。

 

父は。

どんな気持ちだったのだろう。。。


・・・と。


そう思った。

 

 

とにかく。。。

 

この割れた食器を片付けなければ。と。

 

私と娘は、すぐに

掃除を始めた。。。

 

 

その横で父は。。。

ソファーに座り、また。

 

テレビを観始めた。。。

 

 

 

あの時。。。

 

割れた食器たちに関しては、

なぜか不思議と、全く未練はなく。。。

 

淡々と片づけをしていたけれども。

 

 

他にはなんだか。

いろんなことを考えていたな。。。

 

 

おかしいと思われるかも

しれないけれども。。。

 

 

こういう。。。

滅多に経験することのない、

とんでもない体験を。。。

 

娘と一緒に経験した。。。

 

そういう出来事を。

娘と共有した。。。

 

・・・ということの、重大さ。。。

 

 

みたいなことを、

考えていた。。。

 

 

学校にいた息子のことは。

なぜか、あまり心配ではなかった。

 

特に胸騒ぎがしない。。。

 

・・・ということは、そういうこと

なんだろう。。。と。

 

 

それと同じで、夫や母に関しても、

特に悪い予感はしていなかったので。

 

心配することもなかった。。。

 

 

そうこうするうちにも、

何度か余震があったりした。。。

 

 

父が、娘に。。。

 

「ちょっと、トイレに行ってくるから、

その間、テレビ押さえておいて」

 

・・・と言った時は。。。

 

 

呆れると同時に。。。

もう、笑いがこみあげてきて。。。

 

娘とふたりで、大笑いしてしまった。

 

 

大掃除で忙しい私たちを

手伝いもしないどころか。

 

テレビ押さえておいて。って。

 

 

どんだけ、テレビが大事なんだよ!

 

・・・って(苦笑)

 

 

*******

 

 

掃除が終わった頃には、、、

 

さっき淹れたコーヒーはもう、

完全に冷めきっていたので。

 

新しく淹れなおし。

 

 

私は部屋に戻って。

さっきの、詩の翻訳の続きを

しようと思っていた。

 

 

でも。

 

部屋に入った途端。

また、ギョッとなった。

 

 

なぜなら。。。

 

本棚の本が床に散らばり。

パソコンも倒れていたりで。

 

あの時初めて。

 

「今回の地震ってもしかして。

やっぱり相当、すごかったの???」

 

・・・と。。。

 

やっと少し。

実感がわきはじめた。

 

 

その頃、いったんは2階に行った

娘がバタバタと降りてきて。

 

 

「ママ、ママ、見て!

部屋がすごいことになってる~~~」

 

・・・と。

 

 

2階の、さっきまで娘がいた部屋は、

下の部屋以上にとんでもない

ことになっていて。

 

もしあのまま、あの部屋にいたら。。。

 

下手をしたら娘は、

ケガをしていたかもしれない。。。。

 

そうでなくても。

相当、怖い思いをしたかもしれない。。。

 

・・・と。

 

 

そう思ったら。

 

 

さっき、無意識に娘を下に

呼び寄せた自分の本能に対して。

 

感謝したい気持ちになったりもした。

 

 

*******

 

 

たしかに、あの地震は特別に

大きかったんだ。。。という。

 

そういう自覚はどこかにあったけど。

 

 

実際に揺れていた時も。

 

散乱した部屋を目の当たりに

した時も。。。

 

 

私はどこかで、ボーッとしていて。

なんだか、夢の中にいるみたいな。。。

 

そんな感じだった。

 

 

もしかすると。。。

 

意識が半分。

抜けてしまっていたのかも

しれない(苦笑)

 

 

でも。

 

夫に電話してみようとして、

電話がまったく通じなかった時に

初めて。。。

 

やっと、現実に戻った。。。というか。

 

 

「これは、大ごとだ。。。」

 

・・・と。

 

 

やっと。

 

頭がハッキリしてきたのだった

ような気がする。。。

 

 

だって。。。

 

電話が通じない。。。ということは。

 

きっと。

それだけ大勢の人が今。

 

この、異常事態を、

同時に経験しているって

ことなんだ。。。と。

 

 

これは、私や私の家族だけに

関わることなのではなくて。。。

 

もっと、広範囲な。。。

もっともっと、たくさんの人達に

関わるような。

 

 

そんな大きな出来事なんだ。。。と。

 

 

そういうことをその時に、

実感したから。。。

 

 

*******

 

 

つづく

2011年の3月。

 

あの頃は、声楽もバレエも、

とりあえず、腰を落ち着けるところが

見つかり。

 

最初の頃の、少し浮ついたような

気持ちもおさまり。

 

落ち着いてレッスンに取り組める

ようになってきていた。

 

 

ウイングメーカーに関しては、

あの頃は、詩の翻訳に熱中していた。

 

 

ウイングメーカーの世界には、

「詩」がたくさんあり。。。

 

その中で、日本語に訳されて、

本に掲載されているものは、

ごく、一部だけだった。。。

 

 

昔。

まだ、それが本として出版されたり

していなかった頃は。

 

サイトに、すべての詩の翻訳が

アップされており。

 

当時私は、それをすべて

プリントアウトして読んだけれども。

 

 

なんというか。

 

「翻訳」という作業にはどうしても、

その翻訳者のフィルターがかかって

しまうものだし。。。

 

「詩」というものは、それこそ。

 

「感性の世界」

 

・・・だと思っていたから。。。

 

 

英語の原文を。。。

 

その詩を創作した人の書いた

文章そのものにあたって。

 

自分自身で、その詩の

エネルギーを感じ取ってみたい。と。

 

 

あの時。

そう思ったのだった。

 

 

 

2003年。。。

 

初めてウイングメーカーに

出会った当時も。

 

一度は自分で、英語の原文に

あたろうとしたことがあった。

 

けれどもあの頃は。

子育て真っ最中の大忙しの頃でもあり。

 

そんな「暇」はなかった。

 

 

現実が忙しいときは。

そういうことには、集中できない。。。

 

だから。

英文がまったく、頭に入ってこなくて、

翻訳どころか、「ただ読む」ということすら、

出来なかったりした。

 

 

そんな状態の時。。。

 

それを日本語に訳してくれる人が

そこにいてくれたことに。

 

当時の私は。

すごく感謝をしたものだ。。。

 

 

 

あれから数年経って。

ミシャールと出会った時。

 

英語をまったく忘れてしまっている

自分がショックで。

 

でもそれが、かえって良い刺激となり。

 

あの時少しだけ。

英語の勉強をし直したりもした。

 

 

そのせいか、今回、

こうしてウイングメーカーの世界に

戻ってきてみると。

 

以前はまったく頭に入ってこなかった英文が、

スラスラと解るようになっていた。。。

 

 

面白いものだなぁ。。。と。

 

そう思った。

 

 

やっぱり、なんでも。

 

タイミングってあるのだな。。。と。

 

 

******

 

 

英文の詩を読んでいると。。。

 

まるでそこから、「風」が

吹いてくるような感じがした。。。

 

とても、心地よい風が。。。

 

 

 

「英文をただ読む」

 

・・・というのと。

 

「それを日本語に翻訳すること」

 

・・・というのは。

 

全然、別物で。

 

 

ただ読んでいる時は、私は。

英語を英語のままで理解している。

 

・・・というか。

 

 

例えば。

 

「Apple」と聞けば、

頭の中に、リンゴの絵が浮かぶ。

 

・・・みたいな。

 

そんな感じなのだけど。

 

 

「翻訳」となると。

 

その、頭の中の映像を今度は、

「リンゴ」という日本語という形に

変換しなくてはいけなくて。

 

 

その「変換作業」が。

私はちょっと、苦手だったりもした。

 

 

イメージを、「言語化」することが、

自分は苦手だと。。。

 

そう感じていた。。。

 

 

 

翻訳作業って。。。

 

奥深いものだなぁ。。。と。

 

あの頃、感じていた。

 

 

 

その文章から吹いてくるその風を。。。

 

つまりは、「クリエーターのエネルギー」を、

直に感じることが出来るのは。。。

 

その「原文」にあたった時のみで。

 

 

「翻訳文」というものは。。。

 

原文とは、多少エネルギーが

変わるものなのだなぁ。。。と。

 

そんなことを。

しみじみ感じたりもした。。。

 

 

 

原文から感じ取った風を。

頭の中で「映像」にする時点で。

 

すでにそこにもう、

「個人差」が発生する。。。

 

 

なぜなら。

 

エネルギーを「形」にするときに、

その人の「思考フィルター」を通すから。。。

 

 

そうやって。。。

 

そこですでに、「違い」が

生まれているのに。

 

それを「日本語」に変換する時もまた、

同じようにフィルターを通すから。

 

下手をしたら。

 

訳文は、原文とは別物。

 

・・・くらいに変わってしまうこともある。。。

 

 

だから私は、翻訳をする時。。。

 

出来るだけ、自分を無にすることを

心がけていた。。。

 

そこに、「自分の色」を、

出来るだけ、乗せないように。。。と。

 

自分のフィルターを。

透明にすることを。。。

 

 

そうは言っても、どうしても。

そこに、自分のエネルギーが多少は

乗っかってしまうものだけど(苦笑)

 

でも、今にして思えば。。。

 

ああいう作業もまた。。。

 

自分にとっては、ある意味。

良い訓練になっていたなぁ。。。と。

 

そう思う。。。

 

 

 

そんな翻訳作業中に味わった

不思議な感覚は。。。

 

英語の原文を読んでいると、、、

同時にその「訳文」が、

天から降ってくるような。。。

 

そんな感覚で。。。

 

 

だからその訳文を、

あとで読み返してみると。

 

 

「これって、自分が訳したんだっけ?」

 

・・・と感じることが、しょっちゅうだった。

 

 

なぜ、この文章を。

こういう風に訳したのだったかとか。

 

そういうことを、ほとんど

覚えていないのだ。。。

 

 

 

こういう感覚は昔から、

ブログを書いている時にも、

よく感じたりもしたけれども。。。

 

「翻訳」という作業でも、

それが起こるのか。。。と。

 

すごく、感慨深かった。。。

 

 

こういう感覚になるときは、それは。

 

魂の領域にアクセス出来ている時だと。

 

私は、解釈していたから。。。

 

 

*******

 

 

そうやって。。。

 

歌でも、ダンスでも、そして

詩の翻訳でも。。。

 

「瞑想状態」になることを

楽しみながら過ごしていた頃。

 

突然。

あの地震が起こった。

 

 

*******

 

 

2011年3月11日。

 

 

その日は朝から。

珍しく、一人だった。

 

 

普段は、ほとんど家にいる父が。

 

半ば無理矢理、母に連れられて、

外出していた。

 

 

父が家にいると。

いつも大音量でテレビの音や、

音楽の音が鳴りっぱなしなので。

 

 

私は。。。

家の中に、「静寂さ」を求めて。

 

日頃から、多少のストレスを

抱えていたりもした。。。

 

 

 

父も母も。

帰りは遅くなるようなことを

言っていたし。

 

 

だからあの日は。。。

 

子供達が、学校から帰ってくるまでの、

ほんのひとときの間。。。

 

久々に一人きりで、静かな家に

いられる時間を。。。

 

思いきり満喫しようと思っていた。。。

 

 

それが。。。

 

まだ、お昼にもならない時間に。

いきなり、父だけ帰ってきた。。。

 

 

「足が痛くてな」

 

・・・と、父は言ってたけど。

 

私は、心の中で、

それは絶対に嘘だと思っていた(笑)

 

 

そう言えば。

母も文句は言えないから。

 

 

父は家の中で。

ひとりで黙々とテレビを観たり、音楽を

聴いたりするのが好きな人だったから。

 

外出するのは、おっくうだったのだろう。

 

 

父の気持ちは重々解りながらも。

 

私は内心。

ちょっと、がっかりしていた(苦笑)

 

 

父は帰ってくるやいなや、

もう、すぐにテレビのスイッチを入れて。

 

せっかくの「静寂の時間」は。

 

すぐに、かき消されてしまったから。

 

 

その日は、娘は学校が早帰りで。

たしか、お昼には帰ってきていた。

 

 

昼食をとったあとは。

 

娘は2階の部屋に行き。

 

私は、下の部屋で、

詩の翻訳をしていた。。。

 

 

父は隣のリヴィングで、

相変わらず、テレビを観ていて。。。

 

 

ちょうど私が、キッチンにコーヒーを

淹れに行った時。。。

 

グラグラッ。。。と。

 

揺れ始めた。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

「カルマ」という言葉は。。。

 

昔はなんだか、あまり良い意味で

使われていなかった。。。というか。

 

 

例えば、前世で積んだ悪行の

報いだとか。

 

その罰だとか。

 

そういう意味合いで使っていた

人も多くて。。。

 

 

母からもよく。。。

そんな話しを聞かされたような。。。

 

 

だから私も昔は。

 

「カルマが云々」

 

・・・みたいなことを言われると、

なんだか拒絶反応が起こったり

したものだけど。

 

よくよく知ってみれば、

なんてことない。。。

 

 

カルマというのは。

 

「原因があるから結果がある」

 

・・・みたいな。

 

ただ、それだけのことで。

 

 

たしかあの言葉は、

サンスクリット語の。

 

「行い」

 

・・・という意味だったのだと思う。

 

 

それが、中国で「業」という

言葉に翻訳され。

 

この日本では、「業」と聞くと

なんだか。。。

 

ちょっと。

重々しいイメージに捉えられて

いるような気がするのは。

 

私だけなのだろうか???

 

 

*******

 

 

昔は。。。

 

死んだら一瞬で、「おおもと」に

戻るものだと。。。

 

そう信じていたから。

 

「Lyrica」という「夢の登場人物」は、

そこで完全に消えるけど。

 

それは。

「すべてである私」という。

本来の私に戻るだけのことなので。

 

「自分が消えてしまう」

 

・・・ということに関して。

 

「怖い」と思ったこともなかった。

 

 

そして。

 

そうやって、消えていくのだから。

 

今の、人間としての自分が、

輪廻を繰り返したり、カルマの法則に

囚われたりするという教えもまた。

 

人間の生み出した

妄想に過ぎないとしか。

 

思っていなかった。。。

 

 

 

けれども。。。

 

エソテリックな教えを深く学ぶうち。

 

輪廻転生とかカルマは、

あり。。。なんだな。。。と。

 

そういう風に考え方は、

変わっていった。

 

 

これは、捉えようによっては、

私自身が。

 

「ミイラ取りがミイラになった」

 

・・・とも見えるけど。

 

 

「あり」だと考えたほうが、

自分自身にあれこれ起こる現象を、

ちゃんと説明できるような

気がしたのだった。

 

 

もしかしたら本当に。

 

最初は「妄想」だったものが、

「形」として結晶化したのかも

しれないけどね。。。

 

 

そういう「法則」は。

たしかに、存在しているのだ。。。と。

 

 

 

こういう件に関しては。

私の、真の答えは。

 

 

「もう。ホントのところは

結局、解らないよ」

 

・・・なのだけど(苦笑)

 

 

とりあえず、そうやって。

輪廻やカルマという「法則」を。

 

自分の物語の中に、

「自分設定」という形で。

 

取り入れることを選択したのだった。。。

 

 

 

もちろん、こういうことも含めて

すべてが。。。

 

「すべてである私」が観ている

夢の中の幻想である。。。

 

・・・ということだけは。

 

それだけは、確信を持てる

真実であり。。。

 

 

そこだけは。

何があっても、揺らぐことは

なかったけれども。。。

 

 

*******

 

 

もう、大昔に。。。

ひとつの魂として発生して。

 

そして私はここで。

いろんな体験をしてきたのだろうけど。

 

 

一番最初の人生で、

一番最初にしたことが。

 

最初の「原因」

 

・・・となって。

 

 

その原因があったから、

その結果として、次の行いが

生まれる。。。

 

その行いが今度はまた、

ひとつの原因となって。。。

 

次に繋がる。。。

 

 

そうやってこれまで。。。

 

延々とそれを、

繰り返してきたのだと思う。。。

 

 

けれどもこういうのは、

「悪いこと」なのではなくて。

 

この、夢の世界を存続させる

ためにある。

 

ひとつの「システム」なのだろうと。

 

そう思った。。。

 

 

それを、「カルマ」と呼ぶのならば。。。

 

私、個人だけに関わるものもあれば、

先祖代々のカルマとか。

 

地域や国のカルマとか。

 

人類全体で共有している

カルマとか。

 

 

いろいろ、あるのだろうと思う。。。

 

 

人類全体とか。

国ごとのカルマのような。

 

そういう大きなものは。

 

個人ではどうしようもないような

感じもするけれども。

 

 

そうでもなく。

 

 

やっぱり、ひとりひとりが、

自分自身のカルマを、

ひとつひとつ清算していくことで。

 

それが、全体に影響してくのだと。

 

そんな風に感じた。。。

 

 

ただこのカルマを。

 

「完全に」。

すべて消していって。。。

 

最初の最初の「原因」すらも

消そうとするのならば。。。

 

 

やっぱり。

 

「悟り体験」

 

・・・がなければ、無理だろう。と。

 

そんな風に思った。

 

 

そうでなければ、私たちは。

 

この「幻想」というものを。

 

「真に」実感することは出来ないから。。。

 

 

そうでなければ。。。

 

「夢の中の登場人物」である、

今の自分を。

 

自分であると、完全に

思い込んだまま。。。

 

 

生命の樹と。

輪廻とカルマの法則に

彩られたこのゲームの中で。

 

延々と、ゲームをしつづけて

しまうだろうから。。。

 

 

*******

 

 

そうやって。

 

延々とゲームをし続けることも、

悪くはないな。。。と。

 

私は長いこと。

そう思っていた。。。

 

 

人間をやっていられることが、

本当に、楽しかったから。。。

 

 

あの。。。

 

無であり、すべてである

静寂の中で。。。

 

 

完全に満たされているけど、

完全に自分しかいない。

 

ある意味、孤独の中で。

 

 

私はきっと。

 

こういうゲームを

生み出すことを決めたのだろうし。。。

 

 

だから。。。

 

そのゲームを今、思う存分、

楽しまなければ、もったいない

 

・・・と。

 

 

長い間。

そう思っていた。

 

 

 

でもきっと、こういう気持ちは。。。

 

「悟り体験後」に、一時的に

通過する心境で。。。

 

 

いつかはそれも。

通り過ぎていくもので。。。

 

 

 

だから。

気持ち的には。

 

「夢の登場人物としての私」

 

・・・として。

 

 

それになりきって。。。

 

ずっとこの。

ゲームを楽しんでいてもいい。。。と。

 

そうは思っていても。。。

 

 

魂は無情にも。

 

還らせようとする。

 

「もとの自分」に戻らせようとする。

 

 

 

きっと。

 

そういうのもまた。

 

「すべてである私」が決めた。

 

最初の「決めごと」なのだろう。。。と。

 

 

そう感じたものだ。。。

 

 

*******

 

 

そのために、あの時は。。。

 

大きな浄化と癒しが起こった。

 

 

そういう大きな流れが。

 

ある意味、激流が自分に起こったのが、

311の震災直後だった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

ウイングメーカーの世界を、

自分の「ホーム」として。

 

少し、ここに落ち着こう。。。

 

 

そう決めたあとに、

最初に起こったことが、

それだった。。。

 

 

19歳の時のあの体験は、

なぜ起こったのだろう?と。

 

その謎を解く鍵の一部が、

そこで、見つかった気がした。

 

 

*******

 

 

それまでの旅をしながら、

自分なりになんとなく解ったことは。

 

 

おそらく私は。。。

 

これまでの過去生の中で、

密教的な修行のようなものは、

相当してきたのだろうな。

 

・・・みたいなことで。

 

 

もしかすると、そういう中で、

一度は、「光明」を得る。というか。

 

悟りのような体験を、

したのかもしれない。。。

 

 

それまでの長い転生の中での。

一番大事だった目的はただひとつ。。。

 

「悟りを開くこと」

 

・・・で。

 

 

「旅をして。

最後に故郷に還ること」

 

 

「自分は本当は。。。

 

今も昔も、そして未来も。。。

 

永遠であり一瞬であり。

すべてであり無である。

 

『それ』でしかない。

 

・・・ということを、、、

ハッキリと思い出すこと」

 

 

・・・というのは。

 

 

これは何も、私に限ったことではなく。

 

ここにいるすべての人が、

無意識にも目指していることだけど。

 

 

それが「無意識的」から「意識的」に

変化したのが。。。

 

私の場合は。。。

 

相当、古い昔だったのだろう。。。

 

 

そして私は。。。

 

近い過去生で、念願の望みを

果たしたのかもしれないけど。。。

 

でもそうなってみて初めて。

 

「そこが最後のゴールでは

なかったんだ」

 

・・・ということを、

知ったのだろうと。。。

 

 

そう思う。。。

 

 

 

もっと言えばそれは。

 

「ゴール」ではなくて、

「本当のスタート」に近いのだ。

 

・・・ということを。

 

 

私はその時。。。

 

知ったのだと思う。。。

 

 

 

だから、こうして今。。。

 

私はここにいるのだと思う。。。

 

 

 

今回の人生では。

 

「悟ること」が目的なのではなく。

 

 

その後にやっと始まる、、、

 

「人としての最終章」

 

・・・というチャプターを。

 

 

それを、しっかりと経験すること。

 

それが、目的なのだと思う。。。

 

 

つまり。

 

これまでの長い転生の中で

培ってきたカルマの。。。

 

まだ、残っている部分を。

すべてクリアにすることが。。。

 

 

過去生を辿る旅をしながら。。。

 

自分の目的はそうやって。

うっすらと見えてきた。。。

 

 

だから。

 

「10代の時に、なぜあんな

体験をしてしまったのか?」

 

・・・という、自分の中の問いの。。。

 

 

その「WHY?」の部分に対する

答えは。。。

 

あの頃はすでに。

なんとなく、解ってきていた。。。

 

 

でも。

もうひとつの「なぜ」。。。

 

「HOW?」のほうは。

 

未だに謎のままだった。。。

 

 

一体。。。

 

どのようになると、

ああいうことが起こるのか。。。

 

人間の身体や意識に。

どんな変化が起こった時に。

 

ああいう体験が起こるのだろう?

 

・・・という部分に関しては、、

まだ、ほとんど解っていなかった。

 

 

そっちの「謎」を解く鍵となるものが、、、

 

あの本の中にはあった。。。

 

 

それについて、長々書くのは

ちょっと面倒なので(苦笑)

 

 

昔のブログを、そのまんま

転載。。。

 

 

*******

 

 

思考停止

 

 

禅問答ってありますよね。。。  

 

私はああいう世界、

実はあんまり好きではないんですね。。。  

 

 

「両手を叩くと音がする。

では片手ではどんな音がするか。」  

 

 

なんて言われても、「そんなの知らな~~い」

って思ってしまうのです^^;  

 

 

だってね。。。  

そんなことで頭をグルグルさせているくらいなら、

実際に自分の目の前で起こっている事に

意味を見出そうとすることの方が、

よっぽど有意義だわ。。。と。。。  

 

 

私は、そんな風に

考えてしまう人だからです(苦笑)    

 

 

きちんと禅を学んでいない私ですので、

あまり大きなことは言えません。。。  

 

なので、これは私個人の考えだと思って、

あっさり聞き流してほしいのですが、、、  

 

 

禅問答みたいなものにはきっと。。。  

 

「これです!!」というたった一つの

正しい答えというものは

ないのだろうと思うのです。。。  

 

 

そして、昔のすごい人たちの模範解答?

みたいなものを知識として知ったところで、

それではあまり意味がない。。。と、  

 

そんな風に思ってしまうのです。。。  

 

 

なので、禅の世界というのは、

とても深いことだけは解るのですが、  

でも私には合わないだろうなぁ。。。と、

思っていました。  

 

 

ところが先日、ある本の中で、

この禅問答というものには、  

ある仕掛けが組み込まれている。。。

 

ということを知りました。  

 

 

その人の過去の経験とか知識などから、

論理的に答えを導こうと、

「自我意識」(エゴの部分ですよね)を使っても、

それでは答えは絶対に出ないような

作りになっていて。。。  

 

それについて一生懸命、

自我意識の部分で考えをめぐらせている内に、  

自我の思考が停止しまう。。。  

 

するとそこにポッカリと空白ができ、

その瞬間にそこへ普遍意識。。。

宇宙意識。。。神。。。と、呼び名は

いろいろありますけれども、、、

 

その意識が顕現してくる。。。  

 

そして、悟る。。。  

 

 

このことをウイングメーカー的にいったら、、、  

ファーストソースの意識に同調する。。。

と言えばいいのかもしれませんね。。。  

 

 

禅問答は、そういった「体験」をさせるための

手段にもなっているのだそうです。  

 

 

そしてこれは修行レベル云々ではなく、

「偶然」というものに期待している

ところがあるから、

 

いつもいつもそれが  

起こるとは限らないけど。。。

 

ってね。。。  

 

 

これを知って、、、  

心から納得してしまいました。。。  

 

 

私の体験は、まさにこの「偶然」。。。  

 

この偶然が起こったのです。。。  

 

 

いつだったか、カバラの先生に

聞いたお話では、

 

歴史上のカバリストの中には、

数字を必死で、ひたすら数えていたら、  

突然神を見た人もいる。。。  

 

 

・・・なんて話を聞いたことがあり、

それを聞いた時も私は、  

もしかすると、頭がパンパンになるくらい

難しいことを考え続けたりしたら、

 

ああやって意識が飛んでしまうことも  

あるのではないかな。。。

 

なんて思っていたのです。。。  

 

 

私自身も、そんな状態でしたから。。。  

 

 

あとはね。。。  

 

もうどうしよう~~!!って、

いてもたってもいられないくらい限界ギリギリの

ところまで自分を追い詰める。。。  

 

そうすると「飛ぶ」。。。

 

と思っていたのですけれども。。。  

 

 

そういった思いが。。。  

今回の禅問答のお話を聞いたら、

確信に変わりました。。。  

 

 

自分の体験的には、「思考停止」というよりも、  

意識がスポン!と自分から抜け出して、

瞬時にスイッチが切り替わったような

感覚だったというか。。。  

 

 

本来の姿。。。

 

故郷に戻ってしまった。。。という  

感覚でしたけれども、

 

まぁ、同じことだろうと思いますし。。。  

 

 

こうして言葉で語っていることは、

その状態を確実に表現している

わけではないので、

 

ここら辺も適当に  

スルーしておいて欲しいのですが。。。  

 

 

ただね。。。    

 

自分の身に突然起こった

あの体験は何だったのか。。。  

 

 

そういうことについては、

もう何年も前に理解していたけど  

 

ではなぜ、あんなことが起こったのか。。。  

 

それについては未だ謎のままでした。。。  

 

 

それが今回ハッキリ解って、

本当にスッキリしたので。。。  

 

嬉しいのです。。。

 

 

*******

 

 

思考停止。。。

 

つまり、「人としてのバグ」が

起こることを、「悟り体験」というのだと。

 

あの時私は。。。

理解したのだった。。。

 

 

なぜ、「バグ」と言うのかと言えば。

 

人は人でいる間は。。。

 

通常は絶対に、その思考は

止まることはないから。。。

 

 

眠っている時でさえ。。。

 

夢を見ている時でさえ。。。

 

死んだあとでさえ。

 

 

その思考のスピードは多少、

緩やかにはなるだろうけど。

 

でも決して。

 

止まることはないから。。。

 

 

こういう。

 

「バグ」

 

・・・でも起こらない限りは。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

忘れていたとは言っても。。。

 

それは、出会った最初の頃の

ワクワク感のことで。

 

 

ウイングメーカー自体は、

いつでも常に、自分のそばにあった。

 

 

多くの本が読めない中。

 

ウイングメーカーの本だけは、

何度も何度も読み返したし。

 

公開された新たな資料などは、

すべて目を通していた。

 

絵画の鑑賞もしょっちゅうしていたし、

音楽は日常的に聴いていた。

 

 

それでも。

 

外に新しい「刺激」があると。

私はすぐに、そちらのほうに

気を取られていて。

 

時に、ウイングメーカーのことは

おざなりになってしまうことも、

よくあった。。。

 

 

ウイングメーカーは、

私にとっては、最初から「家」で。

 

その存在は。

常に心のどこかにあり。。。

 

あるのが当たり前であり。

 

一番、落ち着くところでも

あったのだけど。

 

 

より新たな「刺激」を求めて、

外の世界に旅に出てしまう。。。

 

 

・・・というのが、これまでの

私だったのだ。。。

 

 

*******

 

 

何年間かの旅回りを経て。

 

改めて、ウイングメーカーの世界と、

じっくりと向かい合うことにした時。。。

 

その資料の隅から隅までを、

腰を落ち着けて改めて、

ゆっくりと読み返してみると。。。

 

 

なんだか。

すごく感動的な気持ちになった。

 

 

今まで外に探しにいっていたものが、

その中にすべて、揃っていたのだ。。。

 

最初からそこに。

すべてあったのだ。。。

 

 

それに気づいた時は、

本当に。。。

 

 

「まるで、青い鳥みたいだ。。。」

 

・・・と。

 

そう感じた。。。

 

 

じゃあ。

旅に出たことはすべて無駄だったのか。

 

・・・と言えばそうではなく。。。

 

 

カバラやダスカロスや。

チベット仏教や。。。

 

そういう、私にとってはある意味、

「過去生を辿る旅」を経験して。

 

そうやって、戻った時には。。。

 

 

ウイングメーカー・マテリアルの。。。

 

以前は、難解すぎて解らなかったことが、

簡単に解るようになっていて。

 

以前はまるで見えなかったものが、

見えるようになっていて。。。

 

 

だからやっぱり。

 

旅に出ることもまた。

必要なことだったのだな。。。と。

 

しみじみ思った。。。

 

 

また。。。

 

以前は、その意図が解らなくて。

 

疑いに疑いまくって、

近づくことすらなかった。

 

「ジェームズ」

 

・・・と名乗る人の。。。

 

 

その真意が今は。。。

 

まるで、手に取るように

解るような気がして。。。

 

 

何とも言えない。。。

 

しみじみとした気持ちに

なったりもした。

 

 

*******

 

 

最初はそうやって。。。

 

今まで読んだものすべてを、

じっくりと読み返していた。

 

 

その時も私は。。。

 

声楽を習い始めた時と同じように、

自分を「植物意識」にして。。。

 

あえて、「我」をなくして。

 

向こうから投げられてくるものを、

そのまま素直に受け止めてみた。

 

 

「受け入れる」

 

・・・ではなくて。

 

「受け止める」

 

・・・みたいな感じで。

 

言われたことはとりあえず、

やってみることにした。

 

 

ある、資料の理解を助けるのに、

この本がいいですよ。と。

 

ウイングメーカーの日本語サイトで、

薦められていたものがあった。

 

 

以前もその情報は見ていたけど。

 

その頃はまだ、「我」を持って

それに当たっていたので。

 

私はその本を。

読もうとはしなかった。。。

 

 

「だって、それって。

あなた(日本語のサイト主)の

主観でしょ?」

 

・・・みたいに思って(苦笑)

 

 

本来の私はそういう。。。

全然、素直な人ではないのだけど。

 

時折、そうやって、

意識的に素直になる時がある(笑)

 

 

だから。。。

普通だったら、言われるままに

お薦めの本など読まない私が。

 

あの時は素直に。

それに従ってみることに

したのだった。。。

 

 

そして不思議と。

その本は、スラスラ読めたのだった。

 

 

結果を先に言えば。。。

 

その本の中に書かれていることは、

もう既に、知っていることだった。。。

 

 

だから。。。

 

「マテリアルの理解を助けるため」

 

・・・という点でだけ見れば。

 

私はその本を、読む必要はなかった。

 

 

でも。。。

 

魂のやることは、いつも完璧で。

 

 

その本の中に書かれていた。

ほんの、ささいなエピソードが。

 

私にとっては、ものすごい

インパクトを残すことになった。

 

 

それは。。。

 

19歳の時の自分に。

なぜ、あんなことが起こったのか。

 

・・・という。。。

 

 

私のその、長年の謎を解く。

 

大きな鍵となったからだ。。。

 

 

こういうのは本当に。

 

「まさか、こんなところで、

こんな形で」

 

・・・みたいな感じで見つかる

ものなのだな。。。と。

 

そう思った。。。

 

 

そういうのは、一生懸命

探しても見つからないけど。

 

探すのをやめて。

忘れてしまった頃に。

 

こういう、ひょんな形で、

出てくるものなのだなぁ。。。と。

 

 

そんな風に思ったのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

歌に関するあれこれは、、、

この先も、しばらく続くのだけど。。。

 

このあたりで少し、

時間を遡ろうと思う。

 

 

ミシャールが、バリに

旅立った頃くらいまで。。。

 

 

*******

 

 

2011年に入ると私は、

バレエを始めたり、声楽を

始めたりしていたけれども。

 

同時に。。。

 

「広がりすぎたものを、

ひとつに絞りたい」

 

・・・みたいな気持ちが、

とても強くなってきていた。。。

 

 

バレエや歌は。

実際に、身体を使って、

この次元で行うものだけど、、、

 

そういうものではなくて、

「頭の中」で広がりすぎたものを、

少し、整理したくなったのだった。。。

 

 

2003年に、ウイングメーカーと

出会ったことがキッカケで。

 

私の本棚はなんだか、

すごいことになっていっていた。

 

 

そこに並ぶ本は、昔のような

小説とは違って。

 

カバラとかダスカロスとか

占星術にチベット仏教を始め。

 

魔女の世界まで(笑)

 

 

そして、アロマとかハーブとか。

チャクラやらオーラやら何やら。。。

 

もう、書ききれないくらい、

ありとあらゆる本が並んでいた。

 

 

でも。。。

 

そんなにたくさん本を持っていたのに、

その中で、まともに読んだ本というのは、

数が限られていて。

 

あとは、パラパラとしただけで、

そのまま本棚の肥やしになっていた。

 

 

 

自分でも不思議なのだけど。。。

 

せっかく買ったのだから、

ちゃんと読もうと思うのに。。。

 

なぜか、全然読めない。。。

 

・・・という本が大多数で。。。

 

 

それはあの。。。

昔、タイムパラドックスの本を、

一生懸命読もうとした時のような。

 

あの時の感覚とも違っていて。。。

 

 

目がまるで。。。

その文字を追ってくれない。

 

・・・という感じとでもいうのか。。。

 

 

それでも無理して読もうとすると、

 

丹田のあたりが。。。

モヤモヤする感じがした。

 

 

 

でもそうやって、、、

 

「読めない」

 

・・・ということは、実は自分には

必要ないものなのではないのか?

 

・・・みたいに思い始めて。

 

 

だから、あの時。

つくづく思った。。。

 

「もっと、知識を。。。

もっと、もっと」

 

・・・と、騒いでいたのは私の頭だけで、

身体は完全に拒否してるな。と。

 

 

だからと言って。

 

そういうものから完全に離れて

しまうのは。

 

それこそ、自分の「頭」が、

可哀想だったので(笑)

 

何かひとつだけ。。。

頭のために残してあげよう。と。

 

そんな思いに至った。。。

 

 

今、手元にあるいろんなものを

捨てていって。

 

最後に残ったもの。

 

そこを、自分の「ホーム」として。

 

ちょっと、落ち着こう。。。と。

 

 

*******

 

 

そうやって考えていった時。。。

最後に手元に残ったものは。

 

ウイングメーカーだった。。。

 

 

思い返してみれば。。。

 

今回の人生での。

これまでの流れの中では。

 

ウイングメーカーとの出会いが。

自分にとっては一番、

運命的だったな。。。と。

 

そう感じたから。

 

 

 

あの出会いがあり。。。

 

その後、好奇心の赴くままに、

いろんな世界を覗いてきたけど。。。

 

そうしているうちに、

忘れそうになっていた。。。

 

ウイングメーカーと初めて

出会った時の、あのなんとも

言えない、高揚感を。。。

 

 

19歳のあの体験をした時以来。

 

私はきっと。

どこかでずっと探していた。。。

 

 

自分のあの体験を、

証明してくれるような何かを。。。

 

 

そして。

ウイングメーカーと出会った時。。。

 

「やっと見つけた」

 

・・・と、感じたことを。。。

 

 

最近ずっと。

忘れていた。。。

 

 

その後に色々知っていったことも。

様々な人との出会いも。

 

ウイングメーカーとの出会いが

なければ、起こらなかったことだったし。

 

 

私があの、、、

10代の時の体験で観たものも。。。

 

ウイングメーカーでなくても、

他の様々なところで言及されていたことは、

のちのち理解していくことになったけど。

 

 

でも私にとって。

 

「一番最初に、それを証明して

くれたもの」

 

あの日の自分の体験や、

これまでの思いに対して。

 

「YES」

 

・・・という、太鼓判を。

初めて押してくれたもの。

 

・・・という意味で。

 

 

ウイングメーカーというものは、

やっぱり、特別だった。。。

 

 

だからあの頃。。。

 

ちょうど、声楽やバレエを

始めたあの頃。。。

 

 

私は再び。

ウイングメーカーの世界へと

戻ることにした。。。

 

そうして今度は。

本格的にそこに腰を据えて。

 

もう、あちこちに

気を逸らすことはやめて。

 

ウイングメーカーの世界と

じっくりと。

 

向き合ってみることにしたのだった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

『The War is Over』。。。

 

ライヴ版では違う人が歌っていたけど、

CDやPVでサラ・ブライトマンと

デュエットしていた男性はイラク人で。

 

カーゼム・サーヘルという。

アラブ圏では、すごく有名な人らしい。。。

 

 

なのでその歌詞は、アラブ語。。。

 

 

「サラーム・アッラ~~♪」

 

・・・の、あの部分は、発表会ライヴでは、

先生が歌ってくれることに

なっていたのだけど。

 

リハーサルで、

先生が真面目にその部分を歌って

いるのを、初めて聴いた時。

 

ついつい。。。

 

「なんか、違う。。。」

 

・・・と、感じている自分がいた(苦笑)

 

 

もちろん。

先生の歌は、すごく上手。

 

それに、いろんな生徒たちの歌に

付き合って、コーラスやら何やらを

やらなくてはいけないのだし。

 

ひとつの歌にそんなにこだわって

いられるわけではないことは、

重々解っていたから。

 

それは、それ。。。と。

頭では納得はしていたけど。

 

 

でも、あの時、

思ったことがあった。

 

 

アラブ人には、アラブ人

特有の匂いがあって。。。

 

あの匂いを歌に乗せることが

出来るのって、やっぱり。

 

生粋のアラブ人だけ

なのだろうな。。。と。

 

 

あれは。。。

日本人にはどうしたって、

出せるものではないのだろう。。。と。

 

 

*******

 

 

家であの歌の練習をしていると、

その部分で、突然、息子が歌いながら

割り込んでくることがあり(笑)

 

もちろん、息子は

単なるおふざけなのだけど。

 

 

それが。。。

こういうのも、なんなのだけど。

 

やけに、味があるのだ。。。

 

 

味。。。というか。

 

多分、息子は、

「特徴を捉える」のが得意で。

 

つまり、「ものまね」が

得意なので。

 

あの、アラブ人独特の匂いを、

「マネする」のだ。。。

 

 

だから、それを聴いている私は。。。

 

どこかで「しっくりくる」

感じがするのだと思う。。。

 

 

『オペラ座の怪人』を歌ったり

していた時も。

 

息子はいきなり、ファントム役で

乱入してくることがあったりしたけど(爆)

 

それもやっぱり。

違和感がなく。。。

 

そしてやっぱり、

おふざけで。。。

 

彼はその、「特徴」を

捉えていた。。。

 

 

さすが。

 

本能全開の牡羊座だと

思ったし(笑)

 

でも、牡羊座は瞬発力があっても、

持続力がないので。

 

一瞬、乱入してきただけで、

ずっと歌ってくれるわけでもなく。。。

 

 

なので。

カラオケとかで、真面目に一緒に

歌ってもらおうとしても。

 

絶対にやってくれないのが、

息子だった(笑)

 

 

*******

 

 

また。。。

 

先生と息子だったら。

当然、先生の方が歌がうまいのに。

 

先生の歌に対してああやって、

違和感を感じてしまったのは。。。

 

 

やっぱり、人にとって。

 

一番最初に出会ったイメージ

というものは。。。

 

相当、インパクトがあり。。。

 

そうやって刷り込まれたものは、

その後もずっと、大きく影響

していくからなのだろうと。。。

 

 

そんな風に思った。

 

 

どんなに良い曲でも。

 

カバーは、オリジナルを超えられない。

 

・・・と、よく聞くけれども。

 

 

そうやって人は。。。

 

まったく新しい価値観を

受け入れることって。

 

なかなか、

苦手なんだろうなぁ。。。と。

 

 

そんなことを。

あの歌のレッスンの時に

考えていた(笑)

 

 

そして。。。

 

オリジナルの完璧なコピーを

作ることに熱意を持つのか。。。

 

それとも。

オリジナルを超えるほどの

素晴らしいものを生み出すこと。。。

 

「自分の色」を前面に出そうとすることに、

熱意を燃やすのか。

 

・・・みたいなものも。

 

 

やっぱり。

 

カバラの植物意識とか。

動物意識で説明できるよなぁ。と。

 

そんなことも考えていた(笑)

 

 

じゃあ。。。

 

人間意識で表現する芸術とは?

 

・・・と考えた時にいつも

思ったのは。。。

 

 

それはやっぱり。。。

 

自我を超えた。。。

 

魂の表現しかありえないのだろうと。。。

 

そんな風に思ったのだった。

 

 

まぁ、私の場合。。。

 

そんなことが解っても、

基本である、技術がそれにまだまだ

追いついてなかったので。

 

結局。。。

 

自分がそれになる。というよりかは。

 

この広い世界の中で、

そういうことを体現している人を

探したい。。。

 

そういう人の表現する

芸術を観てみたい。。。と。

 

そういうことのほうに、

より、目が向いたりしたのだけど。

 

 

*******

 

 

歌やダンスのレッスンを

重ねながら。。。

 

 

そうやって私はいつも。。。

 

どこか視点がズレているというか。

 

見ているところや

考えるところが。

 

ちょっと、人とずれているよな。

 

・・・と。

 

そんな風に感じていた。。。

 

 

こういうのはやっぱり。。。

 

カバラや占星術を勉強したことも

影響していたりするけれども。。。

 

それ以上に。。。

 

10代の時の経験による影響が

大きくて。。。

 

私がこういう物の見方をする

癖がついたのはやっぱり。。。

 

 

「この世界は幻想だ。。。」

 

 

・・・というのが、

根底にあるからなのだと。

 

自分では、そう感じていたりする。。。

 

 

あの頃はそうやって。。。

 

歌とか踊りとか。

あと、ウイングメーカーの翻訳とか。

 

あれこれ、いろんなことに

熱意を傾けていたけれども。。。

 

 

本当は。。。

 

世界のいろいろなものを。

「その視点」から眺めることが。。。

 

 

あの頃の私の。

本来の目的だったのだろうと思う。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

声楽で、『Time to say good-bye』の

練習をしていた時。

 

よく、イタリア語の発音を

注意されたりした。

 

 

それまで私は。。。

あの歌は、サラ・ブライトマン版

ばかりを聴いていたので。

 

発音は、自然とそれに似て。

英語なまりのイタリア語の音で

覚えてしまっていたからだ。。。

 

 

だから。

無意識でそういう風に歌うところを、

ひとつひとつ指摘されて、直された。

 

 

本来、イタリア語は。

母音がすごくハッキリしているから、

英語圏の人より、日本人のほうが

発音しやすいはずだと思うのだけど。

 

一番最初に馴染んだのが、

サラの発音だったので。

 

日本人の私の発音も必然的に、

英語なまりになってしまっていた(笑)

 

 

けれどもあの時、思った。

 

やっぱり、言葉って本来は。

こうやって覚えるのが自然なのだろうなと。

 

 

「音」

 

・・・で、覚えることが。

 

 

日本の学校の英語教育は。

 

なんだかわざわざ、

英語が出来なくなる人を

育てているみたいで。

 

昔からものすごく、

違和感があったから。。。

 

 

言語でも歌でも。

 

そういう「音」を発するものは。

 

「ものまね」

 

・・・から入るのが。

 

一番早いと。

 

個人的な経験から、

私は、そう思ってしまう。。。

 

 

ボイトレをやりながら、

いろんな声の出し方を習ったけど。

 

そのやり方を、「言葉」で説明

されると、余計に解らなくなったし。

 

そうやっても。

なかなかうまく出来なかった。

 

 

でも、子供の頃から。

 

好きな歌を聴きながら。。。

無意識でそれを真似るように

歌うことで。

 

自然と、そういう歌い方が

身についたりしたものだ。。。

 

 

だから、「理論」もおそらく、

必要なものなのだろうけど。

 

そういうのは、あとでいいのでは?

 

・・・と。

 

そんな風に思うようになった。

 

 

赤ちゃんだってみんな。

そうやって、言葉を覚えていくのだしね。。。

 

 

人によっては、「理論先行」のほうが

やりやすい人もいるのかもしれない。。。

 

けれども私は。

 

理論から入ると、逆に、

出来なくなる人だな。と。

 

 

そういうことを、

自覚していったりもした。

 

 

*******

 

 

あの時の声楽の発表会では。。。

 

たしか、黒のシンプルな

ドレスを着た。。。

 

あれも、密かに。

サラ・リスペクトだったのだけど(笑)

 

そうやって、気持ちを高めながら、、、

 

『Time to say good-bye』を、

無事に歌い終えた。。。

 

 

そして。

歌を習い始めた目的は、

ここで果たせた。

 

カラオケで、どうしても綺麗に

歌えなかったあの歌を。

 

なんとか、歌いきることが出来た。

 

 

当初の目的も果たしたので。

 

そこで、声楽はやめようかと。

最初はそう考えていたのだけど。

 

 

声楽の世界は。

私が想像していた以上に刺激的で。

楽しかったのか。。。

 

やめるにやめられなくなった(笑)

 

 

*******

 

 

声楽の発表会は無事に終わったけれども。

 

そのあと、バタバタとボイトレのほうの

ライヴのリハーサルなどが続いた。。。

 

 

リハーサルの時。。。

本当に、本当に。

 

ものすごく久しぶりに、楽器店に

併設されているスタジオに入った。。。

 

 

こんな場にくるのは。

高校生のバンド時代以来だし。

 

まさか、また。

こういう場にくる日がくるなんて。

 

想像もしていなかった。。。

 

 

当日。

歌の演奏をしてくれるバンドの

人達との音合わせ。

 

みんな、プロの人達。

 

 

なんだか。

私はつくづく、こういう世界とは

縁があるのだな。。。と。

 

なんとなく、思った。

 

 

弟も未だに。

バンドを組んでやってるし。

 

そのせいで、弟が家にいる時は、

いつも家の中でベースの音が、

鳴り響いていたりするし(笑)

 

 

だからあのスタジオ内の空気は。。。

 

ある意味、すごく新鮮であり。。。

 

ある意味、すごく。。。

馴染みのあるものでもあり。。。

 

なんとも言えない

気持ちになった。。。

 

 

 

その音合わせの時は。。。

 

残念なことに、娘は仕事で

来ることが出来なかったので。

 

私が、娘の分まで、

リハをすることになった。。。

 

 

「声が同じだから、いいんじゃない?」

 

・・・と、先生に言われた(笑)

 

 

 

けれども。

 

あの時も、娘はボカロの歌を

選んでいて。。。

 

それはまぁ、、、

えらい、高低差の激しい歌で。。。

 

スピードも速いし。。。

 

 

だから私は、すごくゼイゼイしながら

歌った記憶があるのだけれども(笑)

 

あの歌をラクラクこなせる

娘の若さが眩しくもなった(笑)

 

 

そして。

ああいう歌のスピードを、

見事に楽器で再現していた

バンドの人達に。

 

すごく、感動した。。。

 

 

特に、シンセの人は。

すごかったなぁ。。。と。

 

 

今、思い出してもちょっと。

ワクワクしてしまう。。。

 

 

 

 

 

つづく