運命の出会い 225 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

2011年の3月。

 

あの頃は、声楽もバレエも、

とりあえず、腰を落ち着けるところが

見つかり。

 

最初の頃の、少し浮ついたような

気持ちもおさまり。

 

落ち着いてレッスンに取り組める

ようになってきていた。

 

 

ウイングメーカーに関しては、

あの頃は、詩の翻訳に熱中していた。

 

 

ウイングメーカーの世界には、

「詩」がたくさんあり。。。

 

その中で、日本語に訳されて、

本に掲載されているものは、

ごく、一部だけだった。。。

 

 

昔。

まだ、それが本として出版されたり

していなかった頃は。

 

サイトに、すべての詩の翻訳が

アップされており。

 

当時私は、それをすべて

プリントアウトして読んだけれども。

 

 

なんというか。

 

「翻訳」という作業にはどうしても、

その翻訳者のフィルターがかかって

しまうものだし。。。

 

「詩」というものは、それこそ。

 

「感性の世界」

 

・・・だと思っていたから。。。

 

 

英語の原文を。。。

 

その詩を創作した人の書いた

文章そのものにあたって。

 

自分自身で、その詩の

エネルギーを感じ取ってみたい。と。

 

 

あの時。

そう思ったのだった。

 

 

 

2003年。。。

 

初めてウイングメーカーに

出会った当時も。

 

一度は自分で、英語の原文に

あたろうとしたことがあった。

 

けれどもあの頃は。

子育て真っ最中の大忙しの頃でもあり。

 

そんな「暇」はなかった。

 

 

現実が忙しいときは。

そういうことには、集中できない。。。

 

だから。

英文がまったく、頭に入ってこなくて、

翻訳どころか、「ただ読む」ということすら、

出来なかったりした。

 

 

そんな状態の時。。。

 

それを日本語に訳してくれる人が

そこにいてくれたことに。

 

当時の私は。

すごく感謝をしたものだ。。。

 

 

 

あれから数年経って。

ミシャールと出会った時。

 

英語をまったく忘れてしまっている

自分がショックで。

 

でもそれが、かえって良い刺激となり。

 

あの時少しだけ。

英語の勉強をし直したりもした。

 

 

そのせいか、今回、

こうしてウイングメーカーの世界に

戻ってきてみると。

 

以前はまったく頭に入ってこなかった英文が、

スラスラと解るようになっていた。。。

 

 

面白いものだなぁ。。。と。

 

そう思った。

 

 

やっぱり、なんでも。

 

タイミングってあるのだな。。。と。

 

 

******

 

 

英文の詩を読んでいると。。。

 

まるでそこから、「風」が

吹いてくるような感じがした。。。

 

とても、心地よい風が。。。

 

 

 

「英文をただ読む」

 

・・・というのと。

 

「それを日本語に翻訳すること」

 

・・・というのは。

 

全然、別物で。

 

 

ただ読んでいる時は、私は。

英語を英語のままで理解している。

 

・・・というか。

 

 

例えば。

 

「Apple」と聞けば、

頭の中に、リンゴの絵が浮かぶ。

 

・・・みたいな。

 

そんな感じなのだけど。

 

 

「翻訳」となると。

 

その、頭の中の映像を今度は、

「リンゴ」という日本語という形に

変換しなくてはいけなくて。

 

 

その「変換作業」が。

私はちょっと、苦手だったりもした。

 

 

イメージを、「言語化」することが、

自分は苦手だと。。。

 

そう感じていた。。。

 

 

 

翻訳作業って。。。

 

奥深いものだなぁ。。。と。

 

あの頃、感じていた。

 

 

 

その文章から吹いてくるその風を。。。

 

つまりは、「クリエーターのエネルギー」を、

直に感じることが出来るのは。。。

 

その「原文」にあたった時のみで。

 

 

「翻訳文」というものは。。。

 

原文とは、多少エネルギーが

変わるものなのだなぁ。。。と。

 

そんなことを。

しみじみ感じたりもした。。。

 

 

 

原文から感じ取った風を。

頭の中で「映像」にする時点で。

 

すでにそこにもう、

「個人差」が発生する。。。

 

 

なぜなら。

 

エネルギーを「形」にするときに、

その人の「思考フィルター」を通すから。。。

 

 

そうやって。。。

 

そこですでに、「違い」が

生まれているのに。

 

それを「日本語」に変換する時もまた、

同じようにフィルターを通すから。

 

下手をしたら。

 

訳文は、原文とは別物。

 

・・・くらいに変わってしまうこともある。。。

 

 

だから私は、翻訳をする時。。。

 

出来るだけ、自分を無にすることを

心がけていた。。。

 

そこに、「自分の色」を、

出来るだけ、乗せないように。。。と。

 

自分のフィルターを。

透明にすることを。。。

 

 

そうは言っても、どうしても。

そこに、自分のエネルギーが多少は

乗っかってしまうものだけど(苦笑)

 

でも、今にして思えば。。。

 

ああいう作業もまた。。。

 

自分にとっては、ある意味。

良い訓練になっていたなぁ。。。と。

 

そう思う。。。

 

 

 

そんな翻訳作業中に味わった

不思議な感覚は。。。

 

英語の原文を読んでいると、、、

同時にその「訳文」が、

天から降ってくるような。。。

 

そんな感覚で。。。

 

 

だからその訳文を、

あとで読み返してみると。

 

 

「これって、自分が訳したんだっけ?」

 

・・・と感じることが、しょっちゅうだった。

 

 

なぜ、この文章を。

こういう風に訳したのだったかとか。

 

そういうことを、ほとんど

覚えていないのだ。。。

 

 

 

こういう感覚は昔から、

ブログを書いている時にも、

よく感じたりもしたけれども。。。

 

「翻訳」という作業でも、

それが起こるのか。。。と。

 

すごく、感慨深かった。。。

 

 

こういう感覚になるときは、それは。

 

魂の領域にアクセス出来ている時だと。

 

私は、解釈していたから。。。

 

 

*******

 

 

そうやって。。。

 

歌でも、ダンスでも、そして

詩の翻訳でも。。。

 

「瞑想状態」になることを

楽しみながら過ごしていた頃。

 

突然。

あの地震が起こった。

 

 

*******

 

 

2011年3月11日。

 

 

その日は朝から。

珍しく、一人だった。

 

 

普段は、ほとんど家にいる父が。

 

半ば無理矢理、母に連れられて、

外出していた。

 

 

父が家にいると。

いつも大音量でテレビの音や、

音楽の音が鳴りっぱなしなので。

 

 

私は。。。

家の中に、「静寂さ」を求めて。

 

日頃から、多少のストレスを

抱えていたりもした。。。

 

 

 

父も母も。

帰りは遅くなるようなことを

言っていたし。

 

 

だからあの日は。。。

 

子供達が、学校から帰ってくるまでの、

ほんのひとときの間。。。

 

久々に一人きりで、静かな家に

いられる時間を。。。

 

思いきり満喫しようと思っていた。。。

 

 

それが。。。

 

まだ、お昼にもならない時間に。

いきなり、父だけ帰ってきた。。。

 

 

「足が痛くてな」

 

・・・と、父は言ってたけど。

 

私は、心の中で、

それは絶対に嘘だと思っていた(笑)

 

 

そう言えば。

母も文句は言えないから。

 

 

父は家の中で。

ひとりで黙々とテレビを観たり、音楽を

聴いたりするのが好きな人だったから。

 

外出するのは、おっくうだったのだろう。

 

 

父の気持ちは重々解りながらも。

 

私は内心。

ちょっと、がっかりしていた(苦笑)

 

 

父は帰ってくるやいなや、

もう、すぐにテレビのスイッチを入れて。

 

せっかくの「静寂の時間」は。

 

すぐに、かき消されてしまったから。

 

 

その日は、娘は学校が早帰りで。

たしか、お昼には帰ってきていた。

 

 

昼食をとったあとは。

 

娘は2階の部屋に行き。

 

私は、下の部屋で、

詩の翻訳をしていた。。。

 

 

父は隣のリヴィングで、

相変わらず、テレビを観ていて。。。

 

 

ちょうど私が、キッチンにコーヒーを

淹れに行った時。。。

 

グラグラッ。。。と。

 

揺れ始めた。。。

 

 

*******

 

 

つづく