運命の出会い 224 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

「カルマ」という言葉は。。。

 

昔はなんだか、あまり良い意味で

使われていなかった。。。というか。

 

 

例えば、前世で積んだ悪行の

報いだとか。

 

その罰だとか。

 

そういう意味合いで使っていた

人も多くて。。。

 

 

母からもよく。。。

そんな話しを聞かされたような。。。

 

 

だから私も昔は。

 

「カルマが云々」

 

・・・みたいなことを言われると、

なんだか拒絶反応が起こったり

したものだけど。

 

よくよく知ってみれば、

なんてことない。。。

 

 

カルマというのは。

 

「原因があるから結果がある」

 

・・・みたいな。

 

ただ、それだけのことで。

 

 

たしかあの言葉は、

サンスクリット語の。

 

「行い」

 

・・・という意味だったのだと思う。

 

 

それが、中国で「業」という

言葉に翻訳され。

 

この日本では、「業」と聞くと

なんだか。。。

 

ちょっと。

重々しいイメージに捉えられて

いるような気がするのは。

 

私だけなのだろうか???

 

 

*******

 

 

昔は。。。

 

死んだら一瞬で、「おおもと」に

戻るものだと。。。

 

そう信じていたから。

 

「Lyrica」という「夢の登場人物」は、

そこで完全に消えるけど。

 

それは。

「すべてである私」という。

本来の私に戻るだけのことなので。

 

「自分が消えてしまう」

 

・・・ということに関して。

 

「怖い」と思ったこともなかった。

 

 

そして。

 

そうやって、消えていくのだから。

 

今の、人間としての自分が、

輪廻を繰り返したり、カルマの法則に

囚われたりするという教えもまた。

 

人間の生み出した

妄想に過ぎないとしか。

 

思っていなかった。。。

 

 

 

けれども。。。

 

エソテリックな教えを深く学ぶうち。

 

輪廻転生とかカルマは、

あり。。。なんだな。。。と。

 

そういう風に考え方は、

変わっていった。

 

 

これは、捉えようによっては、

私自身が。

 

「ミイラ取りがミイラになった」

 

・・・とも見えるけど。

 

 

「あり」だと考えたほうが、

自分自身にあれこれ起こる現象を、

ちゃんと説明できるような

気がしたのだった。

 

 

もしかしたら本当に。

 

最初は「妄想」だったものが、

「形」として結晶化したのかも

しれないけどね。。。

 

 

そういう「法則」は。

たしかに、存在しているのだ。。。と。

 

 

 

こういう件に関しては。

私の、真の答えは。

 

 

「もう。ホントのところは

結局、解らないよ」

 

・・・なのだけど(苦笑)

 

 

とりあえず、そうやって。

輪廻やカルマという「法則」を。

 

自分の物語の中に、

「自分設定」という形で。

 

取り入れることを選択したのだった。。。

 

 

 

もちろん、こういうことも含めて

すべてが。。。

 

「すべてである私」が観ている

夢の中の幻想である。。。

 

・・・ということだけは。

 

それだけは、確信を持てる

真実であり。。。

 

 

そこだけは。

何があっても、揺らぐことは

なかったけれども。。。

 

 

*******

 

 

もう、大昔に。。。

ひとつの魂として発生して。

 

そして私はここで。

いろんな体験をしてきたのだろうけど。

 

 

一番最初の人生で、

一番最初にしたことが。

 

最初の「原因」

 

・・・となって。

 

 

その原因があったから、

その結果として、次の行いが

生まれる。。。

 

その行いが今度はまた、

ひとつの原因となって。。。

 

次に繋がる。。。

 

 

そうやってこれまで。。。

 

延々とそれを、

繰り返してきたのだと思う。。。

 

 

けれどもこういうのは、

「悪いこと」なのではなくて。

 

この、夢の世界を存続させる

ためにある。

 

ひとつの「システム」なのだろうと。

 

そう思った。。。

 

 

それを、「カルマ」と呼ぶのならば。。。

 

私、個人だけに関わるものもあれば、

先祖代々のカルマとか。

 

地域や国のカルマとか。

 

人類全体で共有している

カルマとか。

 

 

いろいろ、あるのだろうと思う。。。

 

 

人類全体とか。

国ごとのカルマのような。

 

そういう大きなものは。

 

個人ではどうしようもないような

感じもするけれども。

 

 

そうでもなく。

 

 

やっぱり、ひとりひとりが、

自分自身のカルマを、

ひとつひとつ清算していくことで。

 

それが、全体に影響してくのだと。

 

そんな風に感じた。。。

 

 

ただこのカルマを。

 

「完全に」。

すべて消していって。。。

 

最初の最初の「原因」すらも

消そうとするのならば。。。

 

 

やっぱり。

 

「悟り体験」

 

・・・がなければ、無理だろう。と。

 

そんな風に思った。

 

 

そうでなければ、私たちは。

 

この「幻想」というものを。

 

「真に」実感することは出来ないから。。。

 

 

そうでなければ。。。

 

「夢の中の登場人物」である、

今の自分を。

 

自分であると、完全に

思い込んだまま。。。

 

 

生命の樹と。

輪廻とカルマの法則に

彩られたこのゲームの中で。

 

延々と、ゲームをしつづけて

しまうだろうから。。。

 

 

*******

 

 

そうやって。

 

延々とゲームをし続けることも、

悪くはないな。。。と。

 

私は長いこと。

そう思っていた。。。

 

 

人間をやっていられることが、

本当に、楽しかったから。。。

 

 

あの。。。

 

無であり、すべてである

静寂の中で。。。

 

 

完全に満たされているけど、

完全に自分しかいない。

 

ある意味、孤独の中で。

 

 

私はきっと。

 

こういうゲームを

生み出すことを決めたのだろうし。。。

 

 

だから。。。

 

そのゲームを今、思う存分、

楽しまなければ、もったいない

 

・・・と。

 

 

長い間。

そう思っていた。

 

 

 

でもきっと、こういう気持ちは。。。

 

「悟り体験後」に、一時的に

通過する心境で。。。

 

 

いつかはそれも。

通り過ぎていくもので。。。

 

 

 

だから。

気持ち的には。

 

「夢の登場人物としての私」

 

・・・として。

 

 

それになりきって。。。

 

ずっとこの。

ゲームを楽しんでいてもいい。。。と。

 

そうは思っていても。。。

 

 

魂は無情にも。

 

還らせようとする。

 

「もとの自分」に戻らせようとする。

 

 

 

きっと。

 

そういうのもまた。

 

「すべてである私」が決めた。

 

最初の「決めごと」なのだろう。。。と。

 

 

そう感じたものだ。。。

 

 

*******

 

 

そのために、あの時は。。。

 

大きな浄化と癒しが起こった。

 

 

そういう大きな流れが。

 

ある意味、激流が自分に起こったのが、

311の震災直後だった。。。

 

 

*******

 

 

つづく