ウイングメーカーの世界を、
自分の「ホーム」として。
少し、ここに落ち着こう。。。
そう決めたあとに、
最初に起こったことが、
それだった。。。
19歳の時のあの体験は、
なぜ起こったのだろう?と。
その謎を解く鍵の一部が、
そこで、見つかった気がした。
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それまでの旅をしながら、
自分なりになんとなく解ったことは。
おそらく私は。。。
これまでの過去生の中で、
密教的な修行のようなものは、
相当してきたのだろうな。
・・・みたいなことで。
もしかすると、そういう中で、
一度は、「光明」を得る。というか。
悟りのような体験を、
したのかもしれない。。。
それまでの長い転生の中での。
一番大事だった目的はただひとつ。。。
「悟りを開くこと」
・・・で。
「旅をして。
最後に故郷に還ること」
「自分は本当は。。。
今も昔も、そして未来も。。。
永遠であり一瞬であり。
すべてであり無である。
『それ』でしかない。
・・・ということを、、、
ハッキリと思い出すこと」
・・・というのは。
これは何も、私に限ったことではなく。
ここにいるすべての人が、
無意識にも目指していることだけど。
それが「無意識的」から「意識的」に
変化したのが。。。
私の場合は。。。
相当、古い昔だったのだろう。。。
そして私は。。。
近い過去生で、念願の望みを
果たしたのかもしれないけど。。。
でもそうなってみて初めて。
「そこが最後のゴールでは
なかったんだ」
・・・ということを、
知ったのだろうと。。。
そう思う。。。
もっと言えばそれは。
「ゴール」ではなくて、
「本当のスタート」に近いのだ。
・・・ということを。
私はその時。。。
知ったのだと思う。。。
だから、こうして今。。。
私はここにいるのだと思う。。。
今回の人生では。
「悟ること」が目的なのではなく。
その後にやっと始まる、、、
「人としての最終章」
・・・というチャプターを。
それを、しっかりと経験すること。
それが、目的なのだと思う。。。
つまり。
これまでの長い転生の中で
培ってきたカルマの。。。
まだ、残っている部分を。
すべてクリアにすることが。。。
過去生を辿る旅をしながら。。。
自分の目的はそうやって。
うっすらと見えてきた。。。
だから。
「10代の時に、なぜあんな
体験をしてしまったのか?」
・・・という、自分の中の問いの。。。
その「WHY?」の部分に対する
答えは。。。
あの頃はすでに。
なんとなく、解ってきていた。。。
でも。
もうひとつの「なぜ」。。。
「HOW?」のほうは。
未だに謎のままだった。。。
一体。。。
どのようになると、
ああいうことが起こるのか。。。
人間の身体や意識に。
どんな変化が起こった時に。
ああいう体験が起こるのだろう?
・・・という部分に関しては、、
まだ、ほとんど解っていなかった。
そっちの「謎」を解く鍵となるものが、、、
あの本の中にはあった。。。
それについて、長々書くのは
ちょっと面倒なので(苦笑)
昔のブログを、そのまんま
転載。。。
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★思考停止★
禅問答ってありますよね。。。
私はああいう世界、
実はあんまり好きではないんですね。。。
「両手を叩くと音がする。
では片手ではどんな音がするか。」
なんて言われても、「そんなの知らな~~い」
って思ってしまうのです^^;
だってね。。。
そんなことで頭をグルグルさせているくらいなら、
実際に自分の目の前で起こっている事に
意味を見出そうとすることの方が、
よっぽど有意義だわ。。。と。。。
私は、そんな風に
考えてしまう人だからです(苦笑)
きちんと禅を学んでいない私ですので、
あまり大きなことは言えません。。。
なので、これは私個人の考えだと思って、
あっさり聞き流してほしいのですが、、、
禅問答みたいなものにはきっと。。。
「これです!!」というたった一つの
正しい答えというものは
ないのだろうと思うのです。。。
そして、昔のすごい人たちの模範解答?
みたいなものを知識として知ったところで、
それではあまり意味がない。。。と、
そんな風に思ってしまうのです。。。
なので、禅の世界というのは、
とても深いことだけは解るのですが、
でも私には合わないだろうなぁ。。。と、
思っていました。
ところが先日、ある本の中で、
この禅問答というものには、
ある仕掛けが組み込まれている。。。
ということを知りました。
その人の過去の経験とか知識などから、
論理的に答えを導こうと、
「自我意識」(エゴの部分ですよね)を使っても、
それでは答えは絶対に出ないような
作りになっていて。。。
それについて一生懸命、
自我意識の部分で考えをめぐらせている内に、
自我の思考が停止しまう。。。
するとそこにポッカリと空白ができ、
その瞬間にそこへ普遍意識。。。
宇宙意識。。。神。。。と、呼び名は
いろいろありますけれども、、、
その意識が顕現してくる。。。
そして、悟る。。。
このことをウイングメーカー的にいったら、、、
ファーストソースの意識に同調する。。。
と言えばいいのかもしれませんね。。。
禅問答は、そういった「体験」をさせるための
手段にもなっているのだそうです。
そしてこれは修行レベル云々ではなく、
「偶然」というものに期待している
ところがあるから、
いつもいつもそれが
起こるとは限らないけど。。。
ってね。。。
これを知って、、、
心から納得してしまいました。。。
私の体験は、まさにこの「偶然」。。。
この偶然が起こったのです。。。
いつだったか、カバラの先生に
聞いたお話では、
歴史上のカバリストの中には、
数字を必死で、ひたすら数えていたら、
突然神を見た人もいる。。。
・・・なんて話を聞いたことがあり、
それを聞いた時も私は、
もしかすると、頭がパンパンになるくらい
難しいことを考え続けたりしたら、
ああやって意識が飛んでしまうことも
あるのではないかな。。。
なんて思っていたのです。。。
私自身も、そんな状態でしたから。。。
あとはね。。。
もうどうしよう~~!!って、
いてもたってもいられないくらい限界ギリギリの
ところまで自分を追い詰める。。。
そうすると「飛ぶ」。。。
と思っていたのですけれども。。。
そういった思いが。。。
今回の禅問答のお話を聞いたら、
確信に変わりました。。。
自分の体験的には、「思考停止」というよりも、
意識がスポン!と自分から抜け出して、
瞬時にスイッチが切り替わったような
感覚だったというか。。。
本来の姿。。。
故郷に戻ってしまった。。。という
感覚でしたけれども、
まぁ、同じことだろうと思いますし。。。
こうして言葉で語っていることは、
その状態を確実に表現している
わけではないので、
ここら辺も適当に
スルーしておいて欲しいのですが。。。
ただね。。。
自分の身に突然起こった
あの体験は何だったのか。。。
そういうことについては、
もう何年も前に理解していたけど
ではなぜ、あんなことが起こったのか。。。
それについては未だ謎のままでした。。。
それが今回ハッキリ解って、
本当にスッキリしたので。。。
嬉しいのです。。。
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思考停止。。。
つまり、「人としてのバグ」が
起こることを、「悟り体験」というのだと。
あの時私は。。。
理解したのだった。。。
なぜ、「バグ」と言うのかと言えば。
人は人でいる間は。。。
通常は絶対に、その思考は
止まることはないから。。。
眠っている時でさえ。。。
夢を見ている時でさえ。。。
死んだあとでさえ。
その思考のスピードは多少、
緩やかにはなるだろうけど。
でも決して。
止まることはないから。。。
こういう。
「バグ」
・・・でも起こらない限りは。。。
*******
つづく