TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -14ページ目
それまでに出会ってきた人の中には、
親との関係が、あまりうまくいっていない
人もいたりして。
中には、親からの肉体的な
虐待を受けていた人もいたりした。
そういう人達から、その体験談を
聞いていたりした時。
私は、彼らに同情はしたものの。
それは、どこか他人事で。。。
他人事。
・・・というか。
自分は、そういう虐待は受けたこと
ないけど。。。
大変だったんだろうな。。。とか。
どんなに、悲しかったんだろう。とか。
そういうことしか考えてなくて。
自分自身は、そういったことには、
無縁だったな。。。と。
なんというか。
自分は、「安全地帯」に
いたものだと。
そう思い込んでいた。。。
*******
そういう、「肉体的な虐待」は、
なかったけど。
「精神的虐待」なら。
けっこう、あったよなぁ。。。と。
今は、思う(苦笑)
親からしてみれば。
「あんたが、いちいち、
気にしすぎ」
・・・と言うだろうし(笑)
私からしてみたら。
「どうしてそんなことに
気づかないの?」
・・・と見えたりとか。
だから、こういうのも。
「組み合わせ」
・・・というか、なんというか。
ああいう性質の親と。
こういう性質の私の組み合わせ。とか。
そういう性質同士のどちらが、
親になるか。子になるか。
・・・の組み合わせ。とか。
そういう、いろんな状況によって、
同じ人でも、いろいろ変化するから。
これはもう。
そういう運命だったとしか。
私には思えない。
*******
今はこうして。
親との間にあったことを、
隠すことなく、そのまま。
表に出せるようになっているけど。
2011年のあの時までは。
私はこういうことを、
一切、外に出すことはしなかった。
それは、ブログ上だけではなく、
リアルの場でも。
気心知れたお友達にさえも。
親とのあれこれは、
ほんの些細なことでも。
一切、話さなかった。
話したとしても。
「良いこと」
・・・だけを、話していた。
ほとんど、無意識に。
なぜ、自分は。
「隠す」のだろう。。。と。
そう思ったこともあった。
それは多分。
人に、自分の身内の恥をさらすのは、
みっともない。みたいな。
そういう、
プライドもあったのだろうし。
家族は。
仲良くするもの。
そこから外れるものは、
ダメなもの。
みたいな、価値観に、
囚われすぎていたというのも
あったのだろうし。。。
でも、それよりも。
やっぱり、自分の親なので。
他の誰かに。
彼らのことを、悪く思って
欲しくない。。。
みたいな気持ちがあったのだと思う。。。
こういうことを書いていても。
私はやっぱり。
彼らのことを愛しているし。。。
こういう、一見、家族の悪口みたいに
聞こえてしまうような話をして。
それを聞かされる相手のテンションを
下げてしまうことを。
私はすごく。
嫌がっていた。。。
「そういう理由」で、
私は、家族のことを。。。
自分の弱さを、隠すのだろうと。
長いことずっと。
そう思っていた。。。
*******
でも。
一度、蓋を開いてみると、
それだけではないことが解った。。。
そういうことの。
もっと、根本にあったものを、
見つけた。。。
私がそれを。
誰かに話せなかったのは。
それが私にとって、
相当、深い傷だったからだ。。。
それが。
自分の深いところで、現在進行形で、
痛んでいた傷だったからだ。。。
だから。
本能的に、そこに触れることを、
避けていた。。。
考えないようにしていた。
そうすれば、「一時」は。
心が平和になるから。
痛みを。
忘れていられるから。。。
そして、その「傷」は。
今回の人生では、親がそこを
つっついてきたけど。
それはやっぱり。
「今生」
・・・の出来事のみの話で。
だから。
親がどうだこうだとか。
親が悪いからだ。とか。
そういうことばかりに
こだわっていても。
きっと。
何の解決にもならない。
なぜなら。。。
その「傷」は。。。
はるか昔に出来たものであり。
ソウルメイトである親は。
私が、今回の人生でその傷に気づいて、
それを解消できるように促すために。
そのために。
彼らは私と。
こういう関係性を築いてくれて
いるのだから。。。
それは、「親の課題」なのではなく。
私自身の「課題」なのだから。
その傷。
・・・というか、「思考癖」が、
一番最初にできたのは。。。
きっと。
もっともっと昔の。。。
古い過去生だったのだろう。。。と。
そうは思ったけど。
あの、ライティング・セラピーを
していた時点では。
過去生まで遡るほど、
心の余裕はなかったので。
とりあえず。
この人生のみに焦点をあてて。
とにかく。
「自分には傷があるんだ」
・・・ということを、しっかりと
認めて。
その傷を癒すことに、
専念した。
癒す。と言っても、
そんな大層なことでもなく。
「そうだよね。あの時は、
辛かったよね。悲しかったよね」
「そりぁ、あんなこと言われれば、
普通は、傷つくわよ」
・・・とか(笑)
そんな風に。
自分の弱さに対して。
「YES」
・・・と言ってあげる作業を、
ただ、黙々と続けていっただけだ。
自分のインナー・チャイルドに。
ただただ、共感してあげる。
みたいな。
そんな作業を。
*******
インナー・チャイルドは。。。
何かを変えてほしいとか。
改善してほしいとか。
もっと言えば。
復讐してほしいとか。
そんなことは、考えてない。
その子は、ただ。
「解ってほしい」
だけなのだ。。。
だから。
自分の思いを解ってくれたんだと。
そう納得することで。
あの子達は、満足して、
浄化されていく。。。
そういうものなんだな。と。
あの時、実感した。
*******
そうやって。。。
生まれてから、、、
自分の思い出せる限りの。
親とのイヤだった想い出を
思い出し。
あれはイヤだった。
これもイヤだった。
・・・と(笑)
それを続けていったある日。
「え。。。嘘でしょ。。。」
・・・と、思った。
ある時、
「全部、終わった」
・・・と。
そういう直感があったのだけど。
その時、気づいたのだ。。。
身体が今までよりも。
数倍、軽くなっていたことに。
本当に、軽くて。。。
びっくりするほど、軽くて。
そうやって、軽くなった時に初めて。
今まで、どれだけ重かったのか。
・・・ということに、気がついた。
その「重い状態」は。
以前の私にはもう、
当たり前すぎる状態だったので。
それが、「重い」とすら、
感じたこともなかった。
それが、私にとって、
「通常」だったからだ。。。
でも。
ライティング・セラピーを続けながら、
自分のインナー・チャイルドの声を聴き。
ひとつひとつ浄化していったら。
初めて。。。
これまで自分が背負っていた荷物の、
その重さが解った。。。
その荷物を降ろしてみて、
初めて。。。
「なんか。すごい!!!」
・・・と。
あの時、ものすごく、
感動したのを覚えてる。。。
そしてやっぱり、それ以降。
呼吸困難の発作も。
まったく、出なくなった。
*******
ああいう体験を経て。
しみじみ思ったのは。。。
「もう二度と。
あんなに重たい荷物は
背負いたくない」
・・・ということだった。。。
こんなに軽くて。
こんなに解き放たれた状態を、
知ってしまったからだ。。。
19歳であの体験をして。
自分の正体を思い出して以来。
どこかで思っていた。
自分はもう。
そこから離れているのだ。。。と。
でもやっぱり。
「人間」
・・・でいるうちは、人間らしく。
私もそうやって。
重荷を背負っているんだな。と。
多分。
それを、認めたくなかったのだろう。。。
自分がまだまだ。。。
完全に、解き放たれきって
いなかったことを。。。
徳川家康の言葉で。
こんなのがある。。。
『人の一生は、重荷を負うて、
遠き道を行くが如し。
急ぐべからず』
ホント、
背負ってるよね。荷物。。。って。
そう思った(苦笑)
でも。
その荷物は、自分次第で。
降ろしていけることも。
あの時、知った。。。
*******
つづく
いつだったか、母に。
「娘というのは、ライバルだからね」
・・・と言われた時。
私には真面目に。
その「感覚」が解らなかった。
同居したばかりの頃。
一緒に、お料理をしていたら。
母は、そんなことを言ってきた。
あの頃は、まだ娘も小さかったし。
娘がもう少し大きくなったら、
母のこういう感覚も解るのかしら?
・・・と。
あの時、そう思ったけれども。
でも、今現在もやっぱり。
私は、娘に対してそういう感覚を
持ったことはない。
まぁ。
こういうこともまた。
今では、自分を知り。。。
母を理解し。
そこにある「違い」もまた。
いちお、理解したつもりだけど。。。
でも。。。
私の中にある、
ある種の、モヤモヤは。
「母は、私のことを本当に
理解してくれたんだ」
・・・という実感が私に起こらない限り。
完全には、解消されないものなの
だろうとも思う。
でもきっと。
それは起こらない。。。
この人生の中では。
「起こりえない」
・・・ということを、私は。
理解した。
だからいつの頃だったか、
私は。。。
「どうか、私を理解してほしい」
・・・という気持ちを。
捨てたのだと思う。。。
*******
あの時、母は。
「お料理は、あんたのほうが、
お母さんより上手なんじゃない?」
・・・と言ったのだけど。
その言い方が。
なんだか、嫌味っぽかったというか(苦笑)
褒めるならもっと、カラッと潔く。
「あんたは料理が上手ね!」
・・・と、シンプルに言ってくれた方が、
こちらも素直に喜べるのに。
なんでこんなに、
じめっとしているんだろう。。。と。
全然、嬉しくなかった記憶がある(苦笑)
だいたい私は。
お料理をするのは、実は
あんまり好きじゃない。
・・・というか。
「義務」としてするお料理は、
全然面白くない。
でも、時に気が向くと。
日がな一日キッチンに立って、
ずーっと、シチューを煮込んでいたりとか。
そうやって、思いきりこだわって
作るのは好きで。
でもそんなこだわりを。
さすがに、毎日毎食なんて
やっていられないので。
日々のお料理作りは、
ほんと、好きではなく。
でも、母は。
母もやっぱり、それを、
「大変だ」とは思っているの
だろうけれども。
それでも、きっちりやる人で。
そういう、「日々の料理」を、
毎日毎日、ちゃんと作ることが
出来る人で。
私も子供の頃から、
冷凍食品やお店のお惣菜などは、
一切食べた記憶もなく。
いつもすべて。
母の手作りだった。。。
そして私は。
母のそういうところを、
すごく、尊敬していた。
そうやって。
「一長一短」が、
人にはあるのだから。
それはそれ。。。で。
そんなにひがみっぽくならなくても
いいのに。。。と。
いつも思っていた。
なんでそんなに。
張り合ってくるの???と。
でも、こういうことを母に言うと。
「お母さん、張り合ってなんか
ないわよ!
だいたい。
あんたは、難しいのよ!
お母さんは馬鹿だから、
あんたの言ってること、
全然わかんないわ」
・・・と、グチグチ言い出すので。
あ~~~、もう。
めんどくさい!
・・・と(苦笑)
私は、黙る。みたいな。
*******
ある時。
そうやって私が黙った時。
母がポツッと言った。。。
「お母さん、、、
あんたの育て方、間違えたわ」
・・・と。
あの言葉を聞いた時。
それはもう、とんでもないショックで、
なんというか。
私の存在すべてを、
否定されたような感じがした。
でも、あの時私は、
何も言い返すこともなく。
ただ。
その場を、離れた。。。
多分。
それだけ、ショックだったのだろうと
思う。。。
最初は思っていた。
「なんて、ひどいことを言う
母親なんだろう」
・・・と。
でもそのあと、こう思った。
「あぁ、でも。
この完璧な世界。。。
こういうこともまた。
自分の成長のために起こっている
ことなんだろう」
・・・と。
それから、何年か経って。
占星術を学び始めた頃。
本当の意味で。
「十人十色」
・・・を、理解し。
だからあの時、
こう思った。
もし私があのセリフを、
自分の娘に言うとしたら。。。
それはもう、意図的に、
娘を傷つけようとする時以外ない。
もちろん。
そんなことは、私は絶対にしないし、
したくない。
けれども。
あの言葉が、私にとっては
そういうものであるから。
私は母も。
そういう気持ちであの言葉を、
私に投げかけたのだと。
勝手に、そう思っていた。
だからあんなに、
ショックだったんだ。。。
でも。
私と母とでは。
その「フィルター」は違っていて。
母はあの言葉を。
私が思っていたよりももっとずっと、
「軽い気持ち」で言ったのだ。。。
魚座である母はその言葉を。
「その場の感情」にまかせて。
ほとんど「何も考えず」に。
ただ、ポンッと発したんだ。。。と。
考えに考え抜いて言う私とは。。。
発する言葉の「重さ」が。
もともと、違うんだ。。。と。
その証拠に。。。
母とはいつも。
こういうことでも、
口論になっていた。
「だって、お母さん。
ああ、言ってたじゃない」
・・・と私が言っても、母は決まって。
「何言ってるの。
お母さん、そんなこと言ってないわよ」
・・・と。
そう言って、怒るのだ。。。
必ずそこに。
「まったくあんたは、
すぐ、人のせいにするんだから」
・・・という、言葉を添えて。
母のそういう言葉を聞くたびに、
私はいつも。
責任逃れ。とか。
保身。
・・・みたいなものを、母に感じて
しまっていたけど。
多分。だけど。
母は本当にそれを。
覚えていないのだと思う。。。
それは母が。
何も考えずに、感情のまま
言葉を発している証拠だ。。。
その感情が消えた時。
その記憶も一緒に消えているのだ。。。
でもあの時、母が発した
「言霊」
・・・は。
私の中だけにズッシリと残り。。。
けれども。
無意識にでも私に対して、
そういう言霊を投げかけてしまう母は。
やっぱり。
その報いが返ってくる(苦笑)
娘からの不信感。。。
・・・という形になって。。。
そして、私のその不信感や
そこからくる態度が。
母の感情を、あおる。。。
そういう。
「負の連鎖」が。
そこでは起こっているのだ。と。
*******
だったら、私が。。。
母の言葉のひとつひとつを、
そこまで重く受け止めなければ
いいんだ。。。と。
そう思った。
「あんたの育て方を間違えた」
・・・というあのセリフだって。
私にとっては。
私の存在の全否定に聴こえた
あの言葉だって。
もしかしたら。
「お母さんが、もっとちゃんと
育ててあげれば。
あんたがこんなに
大変な思いをしなくても
済んだかも知れないのに」
・・・という。
母の優しさの表現だったかも
しれないのだ。。。
・・・と。
そうやって私は。。。
その現実を。。。
なんとか、ポジティヴに
受け止めようと、努力したものだ。。。
でも。
そうやって、努力していた裏で。
泣いていた自分の。
傷ついていた自分の。
その声を聴いてあげることを、
すっかり忘れていた。。。
本当はそこで。
すごくショックを受けていた自分を。
そのままちゃんと。
受け止めてあげることを。
完全に、後回しにしていたこと。。。
ライティング・セラピーをしながら。
そこに、気づいたのだ。。。
そういう昔の記憶を、
ひとつひとつ掘り起こしながら。。。
自分がどれだけ。
自分自身の本音を、
軽視し過ぎていたのか。。。
・・・ということに、
だんだん、気づいていくことになった。
そして。
そういうところのケアを、
疎かにしていたら、いつまでたっても、
そこから先には進めないことに。
やっと。
気づいた。
つまり。
これまでの時代の中で。
特に、この日本の中では、未だに。
「美徳」と認識されていた。
「自己犠牲的な精神」
・・・では。
「個」ではなく。
「全体」を優先するような
価値観の中では。
「個」のカルマは。
まず、解消しきれない。
・・・ということに。
やっと、気づいたのだった。
*******
悟り体験というのは。
それは、言葉を変えれば。
「自分の正体を思い出す」
・・・ということで。
でも。
それを思い出したところで、
終わるわけではない。。。
この「夢の中の登場人物」が。
この夢の世界の中での
法則にのっとり。
すべての章を、クリアしなければ。
溶け去ることはおそらく。
ない。
大海へと。。。
そして。
ずっと、ゲームをし続けていても。
それでもいいと。
自分の正体を認識した
エゴ(自我)が思ったとしても。
でもやっぱり。
川の流れは止まらない。。。
その流れは。
大海へと続いていて。。。
その流れの途中で、
こういった。
個としての
カルマの浄化は。
きっと。
誰にでも起こるのだと思う。
いつか必ず。
その人の、タイミングで。
*******
つづく
パニック障害のような症状が
続いた時は。
さすがに、ストイックなバレエの
レッスンに耐えられるような
精神力は、萎えていた。
あの、居心地のよかった
お教室でさえ。
やっぱり、バレエはバレエで。
ある種の「精神的強さ」
みたいなものがなければ、
多分、続けられない。
そういうことが解っていたから、
私はあの震災のあと。
あのスタジオに戻ることは
出来なかった。
韓国の彼女のバレエ教室に
お邪魔したのは。。。
あれは、「確かめるため」
だったので。。。
最初から。
長く続けるつもりはなかった。
もし。
そのまま流れで続けられそう
だったら、そうするつもりだったけど。
やっぱりあの時は。
身体的にも、きつかった。
こうやって。
なんだかんだと、
バレエを辞めたその、
「表面的な理由」
・・・を、つらつらと並べたところで。
そんなことは本当に、
表面的なことに過ぎず。
本当のところは、
以前書いたように。
すべては。
「過去への執着」を、
手放すための過程だったのだと。
今はそう、感じている。
過去への執着。。。
それは、「あの時のあの気持ち」への
執着なのだと。
あの時私は思ったけれども。
多分。
それだけではなかったと思う。
あの頃はまだ。
そこまでは、気づいていなかったけど。
*******
バレエはそうやって、
手放していったけれども。
それまでずっと、なんだかんだと
踊り続けてきていたので。
いきなり、動かなくなると、
なんだか、急速に身体が
なまっていくようで。
それが少し。
怖く感じていた。。。
まだあの頃は。
そういうことが怖かった。。。
だから、とにかく何か、
適当に身体を動かせる場を
探そうと。
そう思った時に、頭に浮かんだのは、
やっぱり、バレエの次に馴染み深かった
ベリーダンスだった。
でもあの時は。
ミシャールのところにいた時のような、
ああいう気持ちはもう、ほとんど
消えていて。
ただ、身体を動かしておきたい。
・・・と。
そんな気持ちしかもう。
なかったな。。。
だから。
以前のように頑張って、
遠いスタジオまで通う。。。
みたいな気力もなかったので。
体調のこともあったし。
なるべく、近いところで、
お教室を探した。
でも。。。
一度、ミシャールの世界を
経験してしまった私は。。。
あれ以外のベリーの世界は、
受け付けられなくなっていて。
だから。
そういう雰囲気というか、路線の
スタジオはないのか。。。と。
そうやって探したら。
一番最初に出てきたサイトの、
そのスタジオの先生の。
彼女のプロフィールを見て、
私は思わず、苦笑いというか。
なんというか。
「本当に世の中。
面白く出来ているものだ」
・・・と。
そう思ったのを覚えてる。
*******
その先生は。
もともと、ミシャールのスタジオの
生徒だった人だと解り。。。
彼女のサイトからもまた、
ミシャールのその意志を、
受け継ごうとしているような。
そんな印象を感じたりした。。。
更に。
彼女のプロフィールには、
「松山バレエ団で研磨を積んだ」
・・・と書かれていたから。
これはもう。
気が合いそうだよな。。。と。
あの時、そう思った。。。
ただ。
その先生は、実際に会ってみると、
思っていたよりも、ずっと若くて。。。
若い。。。というよりも、
私からしてみたら、まだ子供で。
「ん?まだこんなに若いのに。
そんな経歴があるの?」
・・・と。
ちょっと、疑問に思った。
そして、すぐに。
不思議と。
直観的にいろいろ、
見えてしまった。
住んでいる場所といい。
松山バレエ団。という
キーワードといい。
なぜかあの時。。。
すぐにピンときたのだった。
それで私は、、、
家に帰るとすぐに、
娘のバレエ教室の発表会の
パンフレットを開いて、確かめた。。。
そうしたらやっぱり。
その先生の写真がそこにあって。
なんと彼女は。
以前、娘と同じバレエ教室に
在籍していた人だということが
解った。。。
どこのクラスにいたのか。で。
その先生の年齢も、
だいたい解ってしまった。
そう言えば。
彼女はその後もずっと。
実年齢を隠そうとしていたっけ。
「松山バレエ団じゃなくて。
バレエ学校でしょ。。。」
・・・と。
思わず、苦笑いした私だけど。
あとから、その先生に、
彼女の星座を聞いて。
それも納得した。
彼女は、蟹座だと言っていた。
私の知る限り。
こうやって、自分のプロフィールを
盛る人というのは。
蟹座が多い。
・・・というのも。
蟹座には、
「自分を大きく見せようとする」
・・・というところがあるから。
でもそれは。
「守るため」
だったりする。。。
愛する誰かを。
愛する何かを。
守るために、自分を大きく
見せる。。。
内心では、
ものすごく、ビクビクしていても。
それでも。
大切なものを守るために。。。
その弱さを。
絶対に、外に見せようとはしない。
そういうのが、
透けて見えてしまう私には、、、
蟹座のそういう在り方が。
少し、痛々しく見えて
しまう時もあるのだけど。。。
でも、それは。
か弱い母親が。
精一杯子供を守ろうとする
姿に似ていて。
だから、蟹座はよく。
「母性」
・・・と結び付けられる。。。
そして。
こういうエネルギーが。
射手座とは、相性が悪いと。
そう言われる。
一般的な軽い星占いでは、
そういうのを単に。
「相性が悪い」という言葉で
片づけてしまうけど。
でも本当は。
占星術的にはもっと、
深い意味がある。
自由に外を旅して、
新たな発見を楽しむ射手座。
家に落ち着き、その伝統やしきたりを
守ろうとする蟹座。
そこに共通するものを、
まったくもたない星座同士だと。
お互い、本当に。
お互いの行動が、
不可解に映るし。
理解するのが難しく。
だからこそ。。。の。
そういう、関係性になる。。。
たしかに、射手座の私には、
プロフィールを盛る。なんて。
そういうのは、すぐに
バレるだろうし。
逆に、恥ずかしいと思ってしまう
行動だったりするし(苦笑)
嘘をついてまで、
自分を大きく見せて、どうするの?
・・・と。
本当に、謎でしか
ないのだけど。
でも。
射手座の私には、そうやって、
理解不能なところだらけの。
そういう蟹座のエネルギーというのは。
理解不能だからこそ。
それを理解する努力をすることが、
自分の成長に繋がる。。。
それは。
自分のカルマの解消に。
ものすごく役立つものだ。と。
あの頃も、薄々解っていた。
だから。
あの先生には。。。
・・・というか、「あの子」には、
本当に。
「縁」を感じたものだ。。。
でも、そうやって、、、
縁を感じたものの。。。
ほんの数回で。
そのお教室に通うことは、
やめてしまった。。。
歌は大丈夫だったけど、
やっぱり、ダンスは。。。
あの状態の身体には、少し。
辛かったのだ。。。
だからやっぱり。。。
落ち着くまでは、
ダンスはやめておこうと。。。
ホントにもう。。。
最初からやめておけばいいのに。
・・・って(笑)
今はそう思うのだけど。
あの頃の私は。
なんだか、まだまだ。
ジタバタしてたな(苦笑)
ダンスはそうやって。
少しの間、我慢することにして。
私はその後も。。。
ライティング・セラピーを
続けていった。。。
歌いながら。
*******
つづく
私がブログを書き始めたのは、
2006年だった。。。
それ以前に、
ウイングメーカーのサイトの
掲示板で。
自分の精神的な世界のことを
書き綴ったり。
その場に集う人と、意見交換をしたり
することが、どれだけ自分を
成長させてくれたのか。。。と。
それを実感したことが、
ブログを始めたキッカケだった。。。
思っていることを、「書く」。
・・・という行為が。
こんなにも、
自分の成長に繋がるのか。と。
それを、実感したから。。。
文章を書くこと。というのは。
これもまた、遺伝?とか
思ってしまうのだけど。。。
母もまた、書くことが好きだったらしく。
よく、紀野先生の会の会報に
文章を寄稿していたようで。
私はそれを、真面目に読んだことは
ないのだけど、母は。。。
「紀野先生がね、お母さんの書いたのを
褒めてくれたのよ」
・・・と。
いつも、嬉しそうに言っていた。
娘も一時。
小説家になることを夢見ていた。
彼女は、月星座が獅子座なのできっと。
「表現すること」が好きなのだろう。。。
それが、時に歌だったり。
時に、文章だったり。。。
息子も、それはほんの気まぐれの、
一時的なものだったけど。
ブログで小説を書いていて、
意外なことに、周囲に受けていた。
だからこういうのもまた、
親子代々、遺伝???とか(笑)
つい、そんな風に思ってしまう
こともある。。。
*******
「書く」という行為は。。。
私にとっては本当に自然なことで。
「話すこと」よりも、
全然、ラクだと感じる。。。
ブログも、それを「苦」だと
思ったことはなく。。。
あ。
でも。
ヒーラーをやっていた頃は、
ちょっと、重かった。
あの頃はそれを、「仕事」と結び
つけてしまっていたから。
書いている時も。。。
全然、楽しくなかった。。。
それまでは、「自分のため」に
書いていたブログを。
あの時だけは、誰かのために。
クライアントさんのために。
・・・を、意識して書いてしまって
いたような気がする。
多分、無意識に。
クライアントさんが望んで
いるであろう自分。
・・・というものを。
演じていたのだろう。。。
そうやって、「書くこと」が。
「ただ、表現すること」ではなく。
「お仕事」となってしまうと。
やっぱり、私にとってそれは。
すごく、つまらないものになり。
つまらないと私は。
途端に、何も書けなくなる(苦笑)
つまらない時は。
頭で考えて書いている。
でも、楽しいときは。
手が勝手に書いている。。。
だから、ヒーラーという
お仕事をやっていた時は。
ひとつの記事を書くのに、
すごく、時間がかかって。
書くことが。
ちっとも、楽しくなかったのだろう。
だから。
あの時だけはちょっと。
ブログは重荷だった。。。
だから。。。
私は、目に見える部分で、
何かを動かすことには。
あまり、向いていないのだな。
・・・とも思う(苦笑)
*******
今は本当に。
スラスラ書ける。。。
今はまた。。。
自分のために書いているから。。。
本当に書きたいことが、
書けるから。
*******
そうやって。
「書く」という行為が、
自分にとって本当に、とても
ナチュラルな表現法だと。
あの頃も、すでに気づいていた私は。。。
あの、呼吸困難の発作の時。
書くことにしたのだ。。。
「ライティング・セラピー」というものが
あるけれども。
それを、自分のブログで
やることにした。。。
それも。
だいぶ、ハードな形で。
もう、こうなったら徹底的に。
自分と向き合うことにした。。。
普通。
ライティング・セラピーだったら。
自分ひとりで。
ノートに書き綴るだけでも、
それでもいいのかもしれないけど。
でもあの時の私は。。。
自分一人のノートで、
こっそりやっても。
あんまり意味がないような。
そんな気がした。
私の場合は。だけど。
だから。
誰が見ているか分からない、
ネット上で。
ブログ上で。
それをすることにしたのだ。。。
「見えない第三者」を、
心の片隅に意識することが。
私にとっては、
必要だった。。。
あの時。
しみじみ思った。。。
ネット上で。
誰かは解らないけど。
誰かは見てる。
そういう状況の中で。
何も飾らずに。
素の自分を。。。
本当の「事実」だけを、
正直にそのまま書くことは。。。
すごく。
勇気のいることだと。。。
良いところだけじゃなくて、
悪いところもすべて、
さらけ出す勇気が。。。
そして。
それを、「第三者の視点」から、
冷静に分析すること。
そういうことが多分。。。
あの時の私には、
必要だったのだと思う。。。
私は多分。。。
ものすごく、
プライドが高いのだろうな。
・・・と(苦笑)
あの時。
思い知った。。。
自分の弱さを誰かに見せることを。
極度に恐れていた自分に。
あの時、やっと気づいた。。。
ホント私は。。。
魂は、男なのでは?
・・・と(笑)
よく思う。
*******
親とのことだから。。。
それは、私が生まれた時にまで、
遡っていかなければならなかった。。。
そうやって、ひとつひとつ
丁寧に思い出し。。。
その時の自分の本音。。。
よく、「インナー・チャイルド」と
呼ばれているけど。。。
そういう。。。
自分の中にいる。
子供のままの、無垢で純粋で、
そしてワガママな自分。。。
成長するにつれて、
理性に押さえつけられて。
その声を聴いてもらえなくなる
そんな子供の自分の。。。
その「泣き声」を。
ひとつひとつ辿るような。
そんな旅だった。。。
それはまるで。
もう、一見治りかけて
いたように見える傷の。。。
その、乾いたかさぶたを
無理矢理はがして。。。
そのかさぶたの下で、
膿んでいたところに。
染みる消毒液を、
たっぷりとかけるような。。。
そんな作業だった。。。
だから。
すごく、痛かった。。。
思い出したくなかったことを。
たくさん、思い出した。
書きながら、呼吸困難を
起こしたりもしたけど。
それでも、私は、
やめなかった。。。
その作業の途中で。
歌のレッスンが再開されて。
たぶんあれは。。。
『さくら横丁』を歌っていた
頃だったと思うけど。。。
歌を歌っていると、、、
呼吸が楽になることに気づいて。
だからあの頃。
そうやって、
ライティング・セラピーを行いながら。
途中、息が苦しくなってくると。。。
私はよく。。。
あの歌を歌っていたな。。。
*******
つづく
震災後。
声楽のお教室から、
しばらくの間、レッスンは中止になる
という連絡があった。
それを聞いて私も、
ホッとした。
津波や原発で、社会全体が
大変な思いをしているこんな時に。
悠長に、歌のレッスンなど
する気が起こらなかったからだ。
バレエのお教室からは、
特に連絡がなかったけど。
こちらから連絡をいれた。
「申し訳ありませんが、
しばらく、レッスンをお休みします」
・・・と。
先生は、その一言だけで
すべてを察したように。。。
「そうよね。こんな時だものね。
また、気が向いた時に、
いつでもいらしてね」
・・・と、そう言ってくれた。
本当に。。。
あのバレエ教室は、私にとっては
とても居心地が良くて。
先生も素敵な人で。
やっと、落ち着けるお教室を
見つけたな。。。と。
そう思っていたのに。。。
それからすぐに、震災が起こり。
そしてそのあと、私は
体調を崩し、とてもバレエのレッスン
などは出来ない状態になり。。。
結局あれっきり。。。
そのお教室に戻ることは、
もうなかった。。。
心情的には。
いつか絶対に、戻りたい。
・・・と、そう思っているかたわらで。
「きっと、そういうことなんだな」
・・・と、思っている自分もいた。
*******
バレエは。。。
物心ついたころにはもう、すでに。
習いたい!と思っていて。。。
あれは、3歳か、4歳くらいのこと
だったと思うけど。。。
それからずっと、母に待たされて。
結局、小学校に入った時にやっと、
習わせてもらえることになった。
今思うと。。。
どうしてあんなに、、、
バレエをやりたかったのか。。。
自分でも不思議だけど。
やっと習い始めることが出来た
バレエを踊っている時はもう。
幸せそのもので。。。
人生の中で。
あんなに楽しくて。
あんなに夢中になれて。
真剣になれて。。。
あそこまで、
情熱を傾けられたものって。
もしかしたら他には、
なかったのではないのかな。。。と。
そう思ってしまう。。。
大人になってからもずっと。。。
バレエの世界に戻りたい。。。と。
そう思い続けたのはきっと。
「あの時のあの気持ちに戻りたい」
・・・だったのかもしれない。
大人になってからも、
途中、途中、中断しながらも。
なんとなくまた、
バレエを踊る。。。
・・・ということは、あったけど。
そういう時私は。。。
昔のあの気持ちに戻ることは、
決して出来なかった。
それどころかむしろ。。。
昔は、簡単に出来ていたことが、
出来なくなっていることで
ショックを受けたり。
身体を昔に戻そうと焦ったり。
頭では、「今の自分」を
受け入れようとしても。
心がそれを、
受け付けてくれなくて。
頭で覚えている昔の自分と。
今の自分の動きのギャップに、
苦しんだり。。。
全然。。。
昔のあんな気持ちに戻ることなんて、
出来なかった(苦笑)
・・・ということは、つまりこれって。
「執着」だよね。。。と。
ふと。
そんな風に思った。。。
バレエに対しての執着というよりも。
「あの時のあの気持ち」への
執着なんだろう。。。と。
「過去」への執着。。。
まさか自分に。
そんな執着心があったなんて。と。
その時初めて、
気づいた。
一度、気づいてしまえば。
こんなに解りやすいことはない。。。と。
そう思うのだけど。
気づいていない時は、
そんなこと、全然見えなかった。
「バレエを踊りたい」
・・・という気持ちの底に。。。
そんな執着心が隠れていたなんて。。。
震災が起こって。。。
ああやって、強制終了させられ
なければ。。。
もしかしたら私は未だに、、、
それに、しがみついていたのだろうか。。。
それは、解らないけど。
でもあの時。
自分の中でひとつ。
何かが吹っ切れた感じがあった。。。
実はあのあと。。。
なにがどうなってだったか、
詳しい状況は忘れてしまったけど。
ほんの少しだけ。
韓国の彼女がその頃通っていた
バレエ教室に、お邪魔させて
もらったことがあった。。。
あの時は多分。
「最後の確認」
・・・を、したかったのだろうと思う。
そしてやっぱり。
あまり熱くなれない自分を見て。
心の底から、納得した。
そうやって私は。
あれ以来、「バレエを踊ること」を、
完全に手放した。。。
その後も。
「鑑賞者」としては、ずっと。
バレエの世界と繋がってきたけど。
それすらも、今はもう。。。
手放してしまったのかもしれない。
つい先日、一時だけ。
その「熱」が再燃したけど。。。
それはまた、すぐに消えてしまった。
あの時。。。
「やっぱりもう、、、
終わっているんだな。。。」
・・・と。
そう思った。。。
*******
家では、父や母の姿を見るだけで、
呼吸困難が起こるという状態だったので。
私は同じ家にいながら。
なるべく、ふたりとは顔を
合わせないようにしていた。。。
「すべてを解っている家族たち」。。。
つまり、夫と娘と息子は。
その状況をなんとかしようとか。
そういう余計なことは一切せず。。。
ただただ。
私が、両親と直接接触しなくて
済むように配慮しながら。
黙って。
見守っていてくれた。
両親は。。。
特に母は。
なんとかこの状況を打破しようと。
それは、母なりの愛の形だったの
だろうけれども。。。
無理矢理部屋に入ってきて、
私と話そうとしたりして。
それが逆に。
私の状態を、悪化させたりした。
母は。
「あんたは、病気よ。。。
病院に行きなさい。
お母さん、
一緒にいってあげようか?」
・・・と、繰り返した。。。
それは。
母が私を心配してのことなのは、
重々承知だったけど。
私は母にそう言われるたびに、
息が苦しくなった。
ある時。。。
娘が止めようとしているのを
振り切って。
また、母が部屋に入ってきて。
母は、こんな風に言った。。。
「あんたが、お母さんに対して
態度がおかしくなったのは、
高校生の時からだったわよね。
解ってたのよ。
あれでしょ?
あんたが、キリスト教の学校に
通っていたのに。
お母さんが、仏教をやっていたのが、
許せなかったんでしょ?」
・・・と。
先日、、、
初めて、呼吸困難の発作が出た
あの日。。。
父が部屋に入ってきて。
強行手段を使って無理矢理、
自分たちの意志を貫き通そうと。
「力のみ」で。
それを私達に強制しようとする姿を
見た時に。
私は、自分の中で何かが、
ガラガラと崩れ去った気がしたけど。
母のこの言葉を聞いた時もまた。
同じような気持ちになった。。。
あの時、崩れ去ったのは。
私の中にあった「神話」だ。。。
「親は、自分よりもはるかに
優れた人達だ。
だから。
尊敬すべき人達なんだ」
・・・みたいな神話。
両親のああいった言動を見て。
あの時私は初めてそこに。
両親の、「人としての幼さ」
・・・を、実感してしまった。。。
「まだ子供なんだ。。。
この人達。。。」
・・・と。
なんというか。。。
自分のその「本音」を。。。
あの時初めて、
抵抗なく、受け入れられた。。。
まだまだ少し。。。
そう思うことに対しての、
「罪悪感」
・・・は、どこかにあったけど。
*******
「親は、尊敬すべきもの」
・・・みたいな神話が。
それをずっと。
見えなくしていた。
だから。
自分の中に湧き上がる疑問を、
すべて飲み込み続け。
悪いのは自分だと。
ずっとそう思い続け。。。
自分の深いところにある思いに、
長い間、蓋をし続けてきた結果が。
今、身体に出たんだ。
・・・と。
なんだかあの時。
それが解ってしまったような。
そんな気持ちになった。。。
こういうものは、本当に。
「根」が深そうだ。。。と。
そう思った時。
これもまた、初めてだったのだけど。
人に頼りたくなった。。。
誰かに、、、
助けてもらいたくなった。。。
自然とそう思っている自分が。
なんだか、新鮮で。。。
あぁ、私でも。
こんな風に思うことがあるんだ。と。
変だけど。
そんなことでも。
面白がっていたりした。。。
・・・というか。
「人を頼りたい」と思えている自分が。
なぜか、嬉しかったりもした。。。
それまでは。
こういう、自分の内面のことは、
自分でなんとか出来るものだと。
そう思っていた。
昔、鬱的な状態になった時も。
結局、自分でなんとかできた。
長男・長女はそうやって。
人を頼るより。
自分がなんとかしなくては。
・・・みたいな傾向が
強かったりするけどね。。。(苦笑)
でも、自分の中で。
自分で何とか出来る。と。
そういう自信があったのは。。。
いつでもどこでも。。。
「これはすべて、幻想の世界で、
最後の最後には、すべての出来事が、
『あぁ、楽しかった』と思うために
起こっている」
・・・という信念があったから。
たとえこの世界で何が起こっても。。。
たとえ、自分が死んでも。
それはそれだ。。。と。
そうやって、何事もあまり、
深刻に捉えたことはなかったし。。。
だから。
人間Lyricaにたとえ、
呼吸困難が起こったとしても。
それもまた。
「物語のひとつのシーン」
・・・みたいな。
そんな軽い気持ちが。
なかったわけでもなかった。
でも同時に、あの時は。。。
どうしても、やりたかったのだ。。。
人間Lyricaとして。
自分を透明にすることを。。。
自分のカルマをたくさん、
解消することを。。。
そのために出来ることは。。。
なんでもやってみたかった。。。
*******
ああやって。
母が、「病院に行きなさい」と、
何度も何度もうるさく言ってきて。
頭では。
「絶対イヤ」
・・・と思っていたけど。
あんなに何度も言われると。。。
しかも、その心の底に
「愛」があるのを感じると。
いつのまにか、私の心にも
影響が出るようで。。。
気づけばネットで。
心療内科を探したりしていた。
でもこれも。
今思うと、よく解らないのだけど。
心のどこかで。
「こういうのは、こっちのほうが
手っ取り早いよ」
・・・と、声がしてくるような気がして。
最終的に私が申し込んだのは。
エネルギー的なヒーリングだった。
あれだけ、毛嫌いしていた。
ニューエイジ系のヒーリング。
「なんで???どうして???」
・・・と思ったけれども(笑)
面白そうなので。
そのままにしておいた。
ただ。。。
私が、この人がいいな。と
思ったヒーラーさんは。
人気があるのか。
予約が何か月も先まで
いっぱいで。
けれども、直感的に。
他にピンとくるヒーラーさんが
いなかったので。
しかたなく。
待つことにした。
ただ。
待っている間、ずっとこの
呼吸困難が続くのは。
やっぱりイヤで。
自分で出来ることは、
何かないのか???
・・・と。
そう思った時。。。
ふと。
あることが、思い浮かんだ。
*******
つづく
「パニック障害」と書いたけれども。
実際に、病院に行ってそう診断
されたわけではないから。
実のところは、解らない。
でも、自分に起こっている状態を
あれこれ調べてみたら。
一般的に、パニック障害と言われている
症状と、いろいろ一致していた。
とにかく。
両親の姿を見ただけで、
冷や汗なのか、あぶら汗なのか。
・・・が、出てきて、息が出来なくなる。
みたいな感じだった。
*******
乙女座というのは。。。
とても鋭くて。
そして、繊細なところがあって。
精神的に受けたダメージが、
即、身体に出る。。。
・・・と聞いたことがあるけれども。
私の場合、そういうエネルギーが
月星座にあるので。
太陽星座が乙女座の人よりも、
そういった傾向が、より強く出やすい
ような気がしないでもない。。。
「太陽星座」というのは、
「意識的」に表現するものだけど。
「月星座」というのは、
「無意識」だからだ。。。
精神的なダメージが、身体に顕著に
出てきてしまう自分の体質のことは、
昔から気づいていたけど。
占星術を学んで、こういうことを
知った時。
すごく、腑に落ちた。。。
バレエのレッスンなどで、
たとえ、先生がどれだけ厳しくても。
私は、そういう時は。
逆に、やる気が出るし。
そういうものは、精神的なダメージには
全然ならないから。
自分はすごく、たくましくて。
強い人なのかと思いきや。
あるところでは、
とんでもなく、弱くて。。。
社会の現実。。。
・・・とでもいうのか。。。
そういうことに、
どっぷり関わらないと
いけない時。
そういうプレッシャーに私は。
めっきり弱い。。。
OLをやっていた頃は。。。
通勤の満員電車の中でよく、
貧血を起こして、倒れそうに
なったりしていた。
学生から、初めて社会人になり。。。
なんというか。
大人の汚れた世界(と、あの頃は感じていた)
・・・の中で、あれこれ学んでいた時は。
ご飯が食べられなくなって、
ゲッソリ痩せたりした。
夫の借金問題で、
あちらの両親が家に乗り込んできて。
無理矢理、私の実家で同居
させられることが決まった時は。
私はその後。
数日間、寝込んだ(苦笑)
あの話し合いの翌日。
連絡なしで家にやってきて、
合鍵でそのまま部屋に入ってきた母が。
寝込んでいる私を見て。
「やっぱり、倒れてると
思ったわよ(苦笑)」
・・・と言ったのを覚えてる。。。
ああいう状況に晒されると、
そのあと、私がいつも、
どうなるのか。
母はやっぱり、
解っていて。
だから。
あの時は。
さすが、お母さんだなぁ。。。と。
そんな風に思ったものだけど。
あのあと。。。
実際に、実家に引っ越して。
そうして、自分の両親たちと、
同居するようになったら。
その関係性は、
おかしくなっていった。。。
*******
もし、あのまま、、、
親と同居することもなかったら。。。
私達は昔のまま。
よくある、普通の親子関係のまま。
そんなことに関して、
深く考えたりする機会もきっと。
なかっただろうし。
もし私が、結婚しないで。
新しく、自分の家族も持たないまま。。。
独身のまま、ずっと一緒に
親と暮らしていたとしても。
ああいうことは、、、
起こらなかっただろう。。。
だからああして。。。
不本意ながらも。。。
そこにいる、全員が、
不本意のままで。
同居することになった
この現実というものに。。。
感慨深さを覚えたりもした。。。
あの、パニック障害的な症状が
起こった時は。
精神的にも、肉体的にも、
結構、しんどかったけれども。
でも、今にして思えばあの時。
本当にたくさんの、、、
カルマが解消できたと思う。。。
すごく大きな浄化が。。。
あの時、起こっていた。。。
世間では、原発事故によって。
社会の闇が表に出てきたりして、
大騒ぎになっていたけれども。
ああいうのもまた。
大きな浄化だと。
そう感じていた。
私のこの、小さな世界でも、
深いところに隠されていた「闇」の
部分が。。。
どんどん、あぶり出されてきて。
だから、あの時すごく。。。
シンクロを感じていた。。。
自分の内側で起こっていることと、
外の世界で起こっていることが。。。
まるで。
連動しているように感じた。。。
震災によって。
いろんなことを考えさせられて。
それで。
「自分自身を透明にする」
・・・と、覚悟を決めた瞬間に。
こういうことって起こるんだと。
そういう意味ではちょっと、
面白かった。
一方では、苦しくて大変で。
一方では、面白がってる。
そんな心境だった。。。
あの時。
******
あの頃にあったことを、
そのまんま書くと。
特に、私のフィルターを通して
それを書くと。
両親のイメージがちょっと。
悪くなってしまうかもしれない(苦笑)
でも、父も母も。
特に善人でもなければ、
悪人でもなく。
ごくごく、普通の人だ。。。
私もまた。
普通の人だ。。。
でもそうやって。
人と人とが関わると。
良くも悪くも。
そこには必ず。
物語が起こるもので。。。
そして、私は。
父や母のことを、
憎んだり、恨んだりは。
まったくしていない。。。
それでも。
どうしても、「解り合えない」という
関係性も、やっぱりあって。。。
近寄れば、摩擦が起こってしまう。。。
それは、「親子」という、
本当に身近な関係性だからこそ。
なのだとも思った。。。
本当に。。。
愛しているからこそ。。。
・・・なのだと。
父や母がもし、他人だったら。
普通のお友達だったら。
きっと、そつなく付き合って
いけてただろう。。。
身内だからこそ。。。
お互いの、「素」の部分での、
ぶつかり合い。
・・・みたいなものを、
起こせるのだろう。。。
そうしなければ。
本当に深いところにある
カルマには。
きっと、気づけない。。。
誰かと。。。
深く、関わらなければ。。。
ソウルメイトはそうやって。。。
物語上の、イヤな役を、
買ってでてくれるのだろうと。。。
一方ではそうやって。
父や母との。
深い縁を感じながら。。。
一方では。
呼吸困難で、
ゼイゼイしながら(苦笑)
あの頃私はそうやって。。。
背負っていた荷物を、
ひとつひとつ、降ろしていく作業を
始めたのだった。。。
*******
つづく
昔。。。
「この世で起こることは、
すべて完璧で。。。
最後の最後には、
あぁ、、、楽しかった。。。と。
そう思うために起こっている」
・・・と、無邪気に話したら。
「今、本当に辛い思いをしている
人達の前で。
そのセリフを言えますか?」
・・・と。
あの、占い師の彼に、
言われたことがあった。。。
あの時。。。
私は、「人間Lyrica」の幼さを、
思い知った。
そうか。。。
そうだよね。。。と。
そう思った。。。
震災で、津波で。。。
今、涙を流している人達の前で。。。
「これはすべて、完璧な出来事
なんですよ」
・・・なんて。
やっぱり。
とても言えないよな。。。と。
それを、しみじみ感じたものだ。。。
*******
あれだけ大きな地震のあとは。
今後も、「余震」が来るかも
しれないから。。。と。
注意喚起されていて。
そして、電車のダイヤも、
乱れに乱れていた。
あの時はちょうど。
娘は期末試験中で。
震災の次の日も、通常通り
試験は実地されたようだけど。
私は娘に。
「学校には、行かなくていいよ」
・・・と言った。
試験より。
命のほうが大事。と。
そう思っていたから。
あの日は、クラスの半分が登校。
半分が欠席だったらしい。。。
でも、そうやって頑張って登校した子も、
結局、途中で帰されたらしい。
もうすぐ、電車が止まってしまう。
・・・という連絡が、学校に入ったからだ。
あれから、落ち着くまで。
・・・というか、電車のダイヤが正常に
戻るまで。
学校は休ませた。
こんな時に、無理してまで
学校に行く意味が。
私には、解らなかったから。
娘だってもちろん。
こんな時に、学校なんて
行きたくなかっただろう。
もし、親や先生という、
大人たちから。
「行かなければいけません」
・・・と、強制されたら。
子供達は渋々。
それに従ったのだろうと思うけど。。。
でも私は、娘に言った。。。
「ママには、こんな時にまで
学校に行かないといけない意味が
解らない。
でも、〇〇ちゃんが行きたいのなら、
行っておいで」
・・・と。
娘はもちろん。
喜んで欠席していた(笑)
結局あの時の試験は。
欠席した子も含め、全員が
「受けたこと」とされ。
何事もなく、終わった。
ホント。
成るように成るもんだ。。。と。
あの時も思った。
息子の学校は、徒歩で行けたし、
彼自身が休むのを嫌がったので。
普通に学校に行かせていた。
卒業式も、無事に済ませることが
出来たようで。
今年の卒業生も。
そして、その親御さんも。
ホッとしただろうなぁ。。。と。
そんなことを思った気がする。。。
*******
夫と、娘と、息子と。
そして、私は。。。
自分で言うのもなんだけど、
かなり、能天気で。
みんな揃って。
「まぁ、なんとかなる」
・・・と、のんびりしているのだけど。
父とか母とかは、
そのあたり、違っていて。。。
それでも、父はまだ、
のんびりしているほうなのだけど。
母は、なんというか、
変なところで心配性というか。。。
最近では、年をとるごとに、
弟までもが、母っぽく。
変に心配性になってきている(苦笑)
結婚する前は私も。。。
母とか。。。
あとは、隣の伯母。。。
霊感が強くない方の伯母の、
影響を。
モロに受けていたな。。。と。
自分でも思う。。。
そのふたりの影響で。
自分の中のあった。
「固さ」とか「生真面目さ」
・・・が、かなり活性化されていた
ような気がする。。。
星座で言えば。
月星座の乙女座全開で、
生きていた。
面白いもので。
父は乙女座。
霊感の強くない伯母も乙女座。
母は魚座だけど、
魚座は乙女座の真裏なので、
根本的なところで、同じような
エネルギーを持ってる。
こうして、星座だけ見ても。
自分があえて。
この両親を。。。
この環境を選んで生まれてきたことが、
ものすごくよく解るな。。。と。
そう思う。。。
そして、月星座は、
「無意識」とか「潜在意識」に関わる
エネルギーでもあるけど。
・・・ということは、つまり。
自分の過去生で積み上げてきた
エネルギーとも関りがあるだろうから。
だから。
私は多分。
過去生で創り上げた、
自分の資質。
「乙女座的エネルギー」
ここをメインで生きたとしたら。
今回もまた、同じような
人生を繰り返すのだろうと。
そんな風にも思った。。。
ああいうエネルギーをメインに持った
親や環境のもとに生まれたのは。
それは自分が。
幼いうちに、過去生の自身の資質を、
一度、活性化する必要があったから。
そうでなければ。
そこを超えることもできないから。。。
*******
だからこそ。
母の気持ちも
解らなくはなかった。。。
けれども。
射手座のエネルギーを持つ
夫と結婚して。。。
今生の目的でもある、
「射手座」が、徐々に活性化して。
そういう生き方へと移行しつつ
あった私には。。。
母のような。。。
・・・というか、昔の自分のような
生き方は。
もう、窮屈で窮屈で
しかたなく。。。
そういう私の姿を見て、
母はきっと。。。
「昔は素直でおっとりしていたのに、
今はすっかり、変わってしまった」
・・・と、思ったのだろうと思う。
このセリフ。
実際に、母から言われたから(苦笑)
これもまた、面白いことに。
弟の月星座は射手座であり。
そして、これは多分だけど。
父のアセンダントも射手座であり。
こうやって、星座を観察するだけで。
カルマとか、縁の糸の絡まり具合が、
だいぶ見えてくるような気がして。
とても、面白かった。。。
*******
私からしてみれば。
両親に対しては。
「そんな、起こってもいないことで、
なんでそんなに、アタフタするの?」
・・・と、思うのだけど。
母達からしてみたら、私たちは。
「なんでそんなに、呑気で
いられるの?」
・・・と、見えるらしい。
とにかく。
そこには、「価値観のズレ」
・・・のような。
そういう「ズレ」が。
たくさんあった。。。
震災後は。
それが、激化した。
私は。
父や母が、どう生きようが。。。
どういう考え方をしていようが。。。
それは、それだと。
いつもそう思っていた。
たとえ、それが自分とは違う
生き方や考え方であろうと。
それもまた、父や母の人生
なのだから。。。と。
けれども、親たちに。
それを押し付けられたり、、、
私の生き方について、
どうこう言われたりするのが。。。
それが、どうしてもイヤで。
母:「こうしなさい」
私:「イヤだ」
母:「あんたは我が強い」
・・・というのが、私と母の。
お決まりの会話だった。
震災後。
津波や原発のニュースなどで、
かなり気持ちがナーバスになっている
父や母を見て。
思っていた。
「家の中だけを見ていれば、
みんな、いつもと変りなく。。。
今、実際に自分の身に起きていることを
よくよく見てみれば。
いつもと、何一つ
変わっていないのに。
どうして、ニュースひとつで、
そんなにアタフタしてしまうのだろう?」
・・・と。
その、自分たちの「頭の中」だけで
から回っている、心配や怖れで。
自分で自分を、どんどん
不安にさせていって。。。
そんな両親の姿を見ながら。。。
それでも私は、何も言わなかった。
言ったらまた。
「あんたはおかしい。
あんたは、我が強い」
・・・と言われるのが、オチだ。と。
そう思っていたから。。。
けれども。。。
その不安によって。
自分自身の精神のコントロールが
だんだんと出来なくなってきた母が。
私たちがイヤだと言っているのに、
そこで、無理矢理自分の意思を
通そうとした時。。。
私も、堪忍袋の緒が切れて。
ちょっと、怒鳴った。
「もう、うるさい!!
放っておいて!!!」
・・・と。
母は、私が思いきり怒鳴ると、
ビクッとなって。
いったん、部屋を出ていった。
でも、しばらくすると、
今度は父が、ズカズカと
部屋に入ってきた。
そして。
さっき、母がやろうとしていたことを、
無言で、強制的に続け。
結局、やりきってしまった。
私達がイヤだと言っていることを、
そうやって、父がある意味。
暴力的な態度で強行する姿を
見ていたら。。。
私の中で、
何かが、ガラガラと崩れていく
感じがしたのを覚えている。。。
親との間では。
今までもいろんなことがあったけど。
そういうのは、どこの親子にでも
あることで。
そんなたいしたことではない。と。
そう思い込んでいた。
「親」なのだから。。。
・・・という思いがどこかにあり。
親子なのだから。
全部水に流して、忘れられるだろうし。
「仲良くしなくてはいけない」
・・・と。
どこかでそう、信じ込んでいたから。。。
でも。。。
それが時に、難しく感じてしまうのは。
それは。
自分が未熟だからなんだ。と。
思考はいつも。
そういう方向へと流れがちだった。。。
だから。
どんなに理不尽だと思うことが
あっても。
私は無意識に。
それを受け入れてしまって
いたところがあったのだと思う。
そして、それがあの時。。。
溢れたのだと思う。
父が部屋を出ていったあと。
「何なの?!あの人たち!!!」
・・・と、大声をあげた瞬間。
心臓がドキッとなって。
そのあと、呼吸困難になった。。。
そこから、始まった。
パニック障害が。
あの日以来私は。
父や母の姿を見ると。
呼吸困難が起こるように
なってしまったのだった。。。
*******
つづく
コロナのことで。
久しぶりに、政治に目を向けてみれば。
震災の頃と。
根本的なところは、ほとんど
変わっていないな。。。と。
そう思った。
未だに、その主流は。
「動物意識」
・・・なような気がしたから。
海外では、「Qアノン」の勢いが
なんだか、すごくて。。。
今、日本でも一部の人は、
アメリカの、「Q」に期待して。。。
世界が良いほうへと変わるようにと、
その人達なりに、自分のやるべきことを
探して、頑張っている姿をよく、
目にするけど。。。
今の私にはもう。。。
彼らと同じような気持ちをもって、
それに参加するぞ!という。
そういう「熱さ」は、ないなぁ。。。と。
すっかり。
冷静になってしまった。。。
そうして時折。
大人になった、寂しさを
知ったりする(苦笑)
もし、震災が起きたあの時に、
今の、「Q」のような存在がそこに
いたとしたら。。。
私もきっと。
彼らと同じような熱い気持ちで。。。
彼らと同じようなことを、
していたのだろうな。。。と。
そう思ったりした。。。
あの頃だったら。。。
*******
あの震災の時。
よく思ったものだ。。。
もし、私に。
今の社会体制を、現実的に、
直接的に、改革する。
・・・という使命があったとしたら。
私はきっと。
そういう力を持って。
そういう場所に、生まれていただろう。。。
・・・と。。。
だから、今回の人生で。
私がやりたかったことは、多分。
そういうことではないのだ。。。と。
だったら、私に出来ることは?
・・・と。
あの時、そういうことを、
一生懸命、考えた。。。
そうして。
自分は「意識」の部分で、
社会に貢献しようと。。。
そういう結論に、辿り着いたのだ。。。
政治家を。。。
誰かを、変えようとするのではなく。
私自身が。。。
自分の意識を透明に。。。
自分が「人間意識」を
体現できる人になれば。。。
自分の中の「美」を、
出現させることができれば。
その影響は、身近な人へと
伝わり。。。
そうやって、少しずつ、
人から人へと伝搬していけば。
いずれ、全体が変わる。。。
だから私は。
外の世界を、直接どうこう
しようとするのではなく。
自分自身を透明にすることに、
全エネルギーを注ぐことにする。
・・・と。
あの時、決めたのだった。。。
それは、「目には見えないこと」
だから。
それをやったところで、
表面的には、なんの「功績」も
生まれない。
誰にも。
気づかれることもない。。。
でも私は。
自分の気質的に、「隠者的」な
ところがあるから(笑)
そういうほうが、自分に
あってる。。。と。
そう思った。
そして、そういう場で起こす
変化というものが。。。
目に見える部分へと
表面化するには。。。
じわじわと。
時間がかかるものなのだろうから。
私が生きている間に。
その「結果」を見ることが
出来るかどうか。。。
それも、解らなかったけれども。
でもあの時の私には。。。
そういう「選択」しか。
思い浮かばなかった。。。
*******
こういうこともまた。
今にして思えば結局は。
自分自身のカルマの解消に
繋がっていたことが解る。。。
*******
また、震災の時は。。。
「赦す」
・・・ということが、どういうことなのか。
それを、自分の頭が、
ハッキリと捉えた時でもあった。。。
なんだ。
こういうのはもう、昔から自然と
やっていたことじゃないか。
・・・と(笑)
それを、頭が理解した時でも
あった。
悪いことをする人は、嫌い。
保身ばっかりして、人を踏み台に
するような人も嫌い。
そういう「嫌い」は。
今の私にもたくさんあるし。
嫌いな人を、無理に好きになろうとも
思わない。。。
けれども、同時に思う。。。
もし私が。。。
そういう、嫌いな人と。。。
今、社会の批判の矢面に立っている
人と同じような性質を持って生まれ。
同じような環境で、
同じような経験をして育ち。
同じような立場に立たされたとしたら。
果たして、私は。。。
あの人たちと、違う行動を
取ることが出来たのだろうか?
・・・と。
震災の時に。
世間から批判されまくっている
人達を見ながら。
よく、そんなことを考えた。
自分の中の、そんな疑問に対して。。。
「いいえ。私はあの人たちのような
間違いは、絶対におこしません」
・・・と、言い切る自信はなかった。
なぜなら私も。
彼らと同じ、人間だから。。。
同じ弱さを持った、
人間だから。。。
*******
全体で動かしていくこの劇の。。。
自分がどの役を演じるかというのも
また。。。
それぞれの、カルマと関わって
いるものなのだろうと思う。。。
だから、私がもし、あの役だったら?
・・・と、考えること自体が、
ちょっと、違うともいえるのだけど。。。
でも、そうやって考えることで。
自分の中に。
「赦しの心」
・・・が、生まれることも、
確かだった。。。
私がこういう物の捉え方をするのは、
それもやっぱり。
10代の時の、あの体験の影響が
大きい。
でも、いつも思っていた。。。
その「私」。。。
「すべてである私」の視点から
それを思うのは簡単だけど。
「人間Lyrica」の視点では。
そんな気持ちは、到底持てない。。。と。
そんな「人間Lyrica」の思考回路に
変化をもたらしたのは。
「出産」という経験だ。。。
子供が生まれてから。。。
子供の喜びは、自分の喜び。。。
子供の悲しみは、自分の悲しみ。。。
・・・という、「感覚」を、
リアルで知った。。。
あの「感覚」を知ったから。
「想像」が出来るようになった。。。
誰かの気持ちというものは、
その人にしか解らないし。
私達はみんな。
自分のフィルターを通して、
それを、「想像」するしかないのだけど。
でも、そのフィルターが
透明に近ければ近いほど。
その「想像」は。
「愛」に近くなる。。。
つまり。
肯定的な形で、
想像するようになる。。。
「他者は、自分を映す鏡」
・・・とは、こういうことだと思う。
出産・子育てという「経験」は。。。
私のそのフィルターを少しだけ、
透明に近づけたようで。。。
謝罪の記者会見で頭を下げる
東電の社員の人も。
可愛い赤ちゃんだった頃も
あっただろうし。
この人のお母さんにしてみたら、
どんな息子であれ、愛しいのだろうと。
そんな風に、「想像」していくことで。
なんだか。
責める気持ちは失せてくる。。。
そのほうが。。。
自分の心が平和で、
気持ちがよかった。。。
人を責める。。。という行為は。
本当に、心を疲れさせるから。。。
事実はどうあれ。。。
本当のところが解らないことを、
自分の中で変に否定的に捉えて、
心を煩わされることのほうが。
私には、苦痛だったから。。。
だからああやって。。。
原発後の混乱がひどくなってきた頃。
私はまた。
テレビから離れた。。。
*******
つづく
昨日のブログを書いたあと、
改めて思い出していたら。。。
もしかして、あのゾロゾロの投票の
シーンというのは。。。
菅さんを総理から降ろすか降ろさないかの
投票だったっけ???
・・・みたいに思ったりもしたのだけど。
そのあたりの記憶は曖昧だ。。。
・・・ということは。
そのあたりは私にとっては、
さほど重要なことでは
なかったのだろう。。。
私がイヤだったのは。。。
きっと。
一方では、生死の境で
大変な思いをしている人が
たくさんいるのに。
今、そんな悠長なことをしている
場合なのだろうか?
・・・みたいなことで。
そしてそれ以上に、私の気を
滅入らせたものは。。。
「感じた」ことだ。。。
そこに何か。
「シナリオ」のようなものが
あるような感じを。。。
その「シナリオ」を書いたのが、
一体誰なのか。。。
・・・みたいなことは、
私個人には、到底解らないし。
思うことはいろいろあっても。
あえて、言及する気もなかった。
でも。。。
それを書いたのが、誰であっても。
「人間の誰か」であっても。。。
なんであれ。。。
その背後には、、、
「目には見えないおおいなる意思」
・・・があって。
私達はみんな。
全員。
その「意思」を、ここで体現する
「駒」のようなものであり。。。
それは、大人にとっても、
子供にとっても。
どんな国の人でも。
どんな身分の人でも。
善人でも悪人でも。
みんな同じだ。。。
みんなで、ひとつの劇を
上演しているのだし。
みんなで、ひとつの絵を
描いている。。。
だから。。。
こういう悲劇もまた。。。
私達にとって、必要だからこそ。
こうして、実現しているのだと。。。
私達全員の。
魂の同意があったからこそ、
こうして、実現しているのだと。。。
そう思った時。。。
自分の未熟さが。
悔しくなった。。。
そして。
こんなシナリオが、こうして
実現してしまうような。。。
こんな世の中は、もう本当に。。。
変わらないといけない。。。と。
そう思った。。。
*******
あの時。。。
もうひとつ、イヤだったことが
あった。。。
大地震や津波。。。
そして、原発事故。。。
そういうことが起こると。。。
多くの人が、恐怖する。。。
そういう「怖れ」というものは、、、
人を、狂わせてしまうのだな。。。と。
周囲を観察していて私は。。。
それを、しみじみ思った。。。
その「怖れ」がまずあって。。。
次に、多くの人がやっていたのが、
「他への攻撃」だった。。。
解りやすかったのは。
原発事故の責任を。
すべて、政府や東電に
なすりつけて。
批難、批判の嵐が起こったこと。
私ももちろん。
誰かが責任をとらなければ
ならない。。。
・・・ということは、解っていたけど。
でも。。。
誰かを、何かを「標的」にして。
みんなでそこを、激しく
責め立てたりする姿に。
人間の弱さを見たような。。。
そんな気持ちになった。。。
そんな私の気持ちに、、、
追い打ちをかけたのが。
スピリチュアルの人達だった。。。
ちょっと前まで。
愛です。光です。
・・・と言っていた人達が、、、
今、同じように政府や東電の責任を、
厳しく追求しようとしている姿を見て。。。
そこにものすごく。。。
「矛盾」
・・・を、感じたのだ。。。
慈悲は、どこに行ったの???
・・・と。
慈悲。。。って。
なんでもかんでも、
赦すことではない。。。
悪いことをしたならば、
その人が自分で責任をとる機会を
奪ってはいけない。。。
でも。
それでも、その根底で。
相手を思いやる気持ちを。。。
相手の身になって考えてあげられる
心の余裕を持っているのが。。。
慈悲の姿なのだと。。。
私は、そう思っている。。。
なのにあの時。。。
スピリチュアルの人達の多くから。
その「慈悲」のエネルギーを、
全然感じなかった。。。
それがもう。。。
本当に、イヤだった。。。
*******
スピリチュアルの人達が、
イヤだったわけではない。。。
「スピリチュアルの教え」
・・・って、何なのだろう?と。
そう思ったのだ。。。
こういう世界のことを、何も知らない
人達のほうが、かえって、
心のままに生きているのでは?
・・・と。
そんな気がしたりもした。
だって。。。
小さな子供達だって。
本当は解っているのだということを。
私は知っているし。。。
どんな人でもみんな。
「すべてである私」と。
今でも繋がっているのだから。
・・・というよりも。
すべての人がみんな。
今でも、「それ自身」であるのだから。
聖書を3日読めば。
誰でも、イエスと同じことが言えて。
仏典を3日読めば。
誰でも、仏陀と同じことが言えるけど。
でもそういうのは、本当に。
「頭」で解っただけのことで。
頭で解っただけだと。
ああいう、緊急事態の時には、
ボロが出る。
そうやって。。。
「知識」を蓄えただけで、
解ったつもりになってしまう。
・・・というのは。
それはまるで。
「落とし穴」に落ちた状態だし。。。
私はもう知っている人。
あなたはまだ知らない人。
・・・という、強い分離感を生む。。。
そういうのはかえって。。。
遠回りをさせるものだ。。。と。
そういう遠回りをさせるような教えが。。。
スピリチュアルや宗教だ。。。と。
あの時本当に。
しみじみ、それを感じた。。。
*******
こういうことはもう。。。
高校時代から、感じていたことだった。。。
ミッション・スクール時代の先生たちや、
仏教にのめり込む母の姿を見て。。。
いつも、その言動に
「矛盾」を感じていたあの頃。。。
そして、19歳であの体験をした時。。。
宗教的な道が、
実は「遠回り」であることを、
しみじみ感じた。。。
遠回りでも。。。
その人がそこを通りたいのならば、
それはそれだ。。。と。
そう思ってはいたけど。
自分は、そこは通らないだろうと。
そう思っていた。
それがここ数年。。。
私自身がいつの間にか。
そういう道に、入り込んでいたな。。。
・・・と。
それを、あの時、
しみじみ実感して。。。
思わず、可笑しくなった。。。
こういう「教え」というのは、
本当に。。。
人間にとっては。
甘い誘惑なのだなぁ。。。と。。。
スピリチュアル的な教えからはもう。
距離を置こう。。。と。
あの時、そう思って。。。
でもそれから、本当に、
吹っ切れるまで。
その後、何年もかかった。。。
そういうのもまた。
私の「カルマ」のひとつ
だったのだろうと。。。
今は、思う。。。
*******
つづく
あれからずっと。。。
テレビでは、津波の映像が。
何度も何度も繰り返し流され続け。。。
私はそれを見るたびに、
息が苦しくなっていた。
*******
「水」にトラウマがある。。。
・・・というと、ちょっと大袈裟だけど。
私は昔から。
海が苦手だった。。。
海と言っても。
普通の海水浴とか。
ビーチで遊んだりするのは、
全然、大丈夫だし。。。
景色として。
綺麗な海や川や湖を
眺めたりすることは好きだった。。。
ダメなのは。
例えば、船などに乗って。
大海原のど真ん中に、
ポツンと置かれた時で。
周囲に陸がまったく見えなく
なったりすると。
ちょっと、パニックになる。。。
途端に息苦しくなって。
具合が悪くなる。。。
*******
私がこうなった理由は。。。
ハッキリとは解らないけど。
それは。
小さい頃に乗った大型船で、
ひどい船酔いを経験したからかも
しれないし。。。
子供の頃、旅先で乗った
小さな船のデッキから水面を
じっと眺めていたら。
あの、霊感の強い伯母から。
「そんなに水面を見ていると、
水神様に魅入られて、水に
引き込まれるからやめなさい」
・・・と言われて。
すごく、怖くなったこととか(苦笑)
これもやっぱり、子供の頃。
突然の雨の中、小舟に乗った時。
真っ暗な水面から、今にも海坊主が
出てきそうで、怖かったこととか(笑)
そういう経験が、何か
影響していたりするのかな?
・・・と、思ったりもしていた。
ある時。
生まれる時に、首に臍の緒が
巻き付いていた人は。
水にトラウマを持つことが
あるらしい。。。
・・・という話を聞いて。
私も、そうやって生まれてきたから、
もしや、そのせいなのかしら???
・・・と、思ったこともあった。
そののち、あの占い師の彼から。
「生まれてすぐに亡くなったり、
死にそうな状態で生まれてくる人は。
今回の人生で、大量のカルマを
清算する。と決意してきた
人が多いらしいですよ」
・・・という話を聞いて。
なんとなく。
もしや、自分も?
・・・と。
そんな気持ちに
させられたりもしたけど。。。
結局。。。
「水」で息苦しくなる。
・・・ということに対する「実質的な理由」が、
今回の人生の何かであっても。
「船酔い」とか「水神様」とか
「海坊主」とか(笑)
だったとしても。
そういうのは、「解りやすい原因」
でしかなくて。
その、もっともっと
深いところにある「原因」。。。
つまり。
なぜ、そういう体験をすることに
なったのか。。。
・・・という理由は、もっと
深いところにあって。
そここそが。
私にとっての。
「解消すべきカルマ」
・・・なのだろうと思う。
水に対して息苦しさを
覚えるという、身体の反応もまた。
それに気づかせるための
サインで。。。
そういう風に物事を見ていくと。。。
こういうのはまるで。
パズルを解いていくみたいで。
ホント。
面白い。。。と思う。。。
*******
カルマの清算はそうやって。。。
まずは、「自覚」から始まるけど。
震災の頃の私はまだ。。。
そういう「自覚」はうっすらとしか
なくて。。。
・・・というか、そういうことに
ちゃんと向き合う。ということに対して。
まだ、どこか抵抗があった。
だから。
こういうことを考えそうになる。
・・・というか、認めそうになる
自分のことを。
自分自身で打ち消していた。
身体はそうやって。
反応していたのに。。。
ああいう、津波のような場面を
見せられると。。。
まるで、自分が溺れているような
息苦しさを覚える。。。
・・・みたいな感じで。
*******
あの時は。。。
たくさん、泣いた。。。
津波で家族を失った人たちの
言葉を聞くたびに。。。
なんだか。
号泣していた(苦笑)
そして。
津波にさらわれて亡くなった人達が、
どんなに苦しかっただろう。。。と。
そう思うたびに。
自分も息苦しくなってきて。
どうしてもあの時は。
切り離せなかった。。。
他人事が、自分事のように
なってしまって。。。
そこに。
同調しすぎてしまっていた。。。
*******
そうしているうちに、今度は。
原発事故が起こった。。。
放射能とかそういうのは。。。
それこそ、今までは他人事だった。。。
長崎とか広島での原爆の。。。
その放射能の被害については。
幼いころから、繰り返し何度も
聞かされてきていたけれども。
それはもう、昔のことで。。。
自分とはまったく、違う時代、
違う場所で起こった。
まったくの、他人事だった。。。
チェルノブイリのことだって、
そうだった。
それが今や。。。
自分自身にも降りかかるような。
そんな事態になっている現実が。
なんだか、信じられなかった。
現実感がまるでなくて。
「これは、本当に起こってること?
夢じゃなくて?」
・・・と。
あの時も、そう思った。。。
でもあの頃は。。。
そうやって、何か深いトラウマを
刺激してくるような。
そんな出来事に連続して
さらされていたせいか。
意識がいつもと少し、
変わっていたようで。
何かが研ぎ澄まされたようで。
サイキック的な力というか。
変なところが妙に、
活性化したりもしていた。。。
だから。
道を歩いていたりすると、
いろんな「声」が、やたらと
ハッキリ聴こえてきて。。。
ある時。。。
道端の植物たちが私に向かって、
一斉にこう言ってきたのだ。。。
「私たちに、たくさん愛を送って。
そうすれば、私たちが空気を
浄化できるから」
・・・と。
普段だったら、気のせいだとか
妄想だとか言いながら、
疑いまくって(苦笑)
なかなか素直に。
そういうことは、聞かない私なのに。
あの時はやっぱり。
いつもの自分とは、どこか
違っていて。。。
だからあの頃は毎日。。。
植物たちに、真剣に愛を
送っていた。。。
祈るように。。。
*******
原発事故が起こったあと。。。
当時の首相だった菅さんが、
その責任をほとんど被ることになり。
政権が交代することになり。
どこが、次の与党になるのか?
だったか。。。
そんなのを決めるために、
議員の人達が国会で、
投票箱へとゾロゾロと行列を
作っている場面をテレビで見た時。
正直言うと、私は。。。
完全に、呆れていた。
津波で大変な目に合っている
人達があんなにいるのに。。。
この人たちは今、一体。
何をやってるんだろう???
・・・と。
待ってましたとばかりに、
与党に戻った自民党。
病気で一度退任したはずの人が
また。
総理に返り咲き。
「なんなんだ。この茶番劇は」
・・・と。
そこには、もとから。。。
そういう筋書きがあったような気がして
しかたなくなった。。。
憤りを通り越して。
なんというか。。。
「政治」というものに対して私は。
あの時、期待することを完全にやめた。
あの時までは、私は。。。
それなりに、政治には関心を
持っていた。
けれども、あれを機に。
すっぱり、そこから意識をはずすことを
決めた。
あの体制を。
個人がどうこうしようとすることは、
無理だ。。。と、あの時、悟った。。。
選挙権とかそういうの。
もう、馬鹿馬鹿しいと。。。
それよりも私は。。。
もっと、違う方法で、
社会に貢献しようと。。。
「意識」
・・・という部分で。
貢献しようと。。。
あの時。
そう誓った。。。
目に見える部分でどうこうしようと
する力は、今の自分にはないけど。。。
人の意識が変われば。
それにつられておのずと、
体制も変化するだろう。。。と。
そう思ったから。。。
*******
つづく

