TRIQUETRA ~Tributary Zone~ -16ページ目

TRIQUETRA ~Tributary Zone~

2代目のブログです

サラ・ブライトマンの歌に関して。

 

純粋なクラシックの歌い手が。

 

「彼女の声は、息が漏れてしまっていて、

どうのこうの・・・」

 

・・・みたいなことを、言っていたり

するのを、以前はよく見かけた。

 

 

そういう批判を見ながら。

 

「なるほどなぁ。。。」

 

・・・と、思っていた。

 

 

 

歳を重ねることによって、、、

私もだいぶ、ゆるくはなったけれども。

 

こと、バレエに関してだけは、

昔の私は、ものすごく厳格だった。

 

ものすごく、厳しくて。

うるさかった。。。

 

 

でも。

真剣にバレエをやっている人は、

ほとんど、みんなそんな感じだったと思う。

 

 

だから今でも。

例えば、動画サイトなどで自分の踊りの

動画をあげている人に対するコメントは、

辛口が多くて(笑)

 

そういうのを見ていると、

昔の自分を見ているようで、思わず、

笑いそうになってしまったりもする。

 

 

他人の踊りを観て。

いろいろ、指摘をしたくなる

気持ちも重々解るし。

 

もっと若い頃だったら、

私もやりかねなかったな。と。

 

そう思ってしまうこともある(苦笑)

 

 

さすがに今は。。。

現役で踊っている人達がもう、

子供達と同じ世代とか、それよりも

もっと歳が下の子達ばかりになったので。

 

視線はもう、、、

すっかりおばあちゃん的になり。

 

「綺麗ね~

上手ね~」

 

・・・みたいな言葉しか出なくなった(笑)

 

 

コメント欄で、わざわざ何かを言う。

なんて気力ももうなく。

 

ただ黙って、眺めていられる

ようになった。。。

 

 

健全な批判精神。

 

・・・というのは、そういう世界では

ものすごく大事なものでもあり。

 

 

だから、そういう世界の人達が。

 

「あら。上手に踊れてるじゃない。

いいと思うよ」

 

・・・と、適当に褒めている時は、

そこに気持ちがほとんどない時で。

 

そういう時は。

 

相手にされていないか。

見放されているか。

 

・・・みたいな(苦笑)

 

そういう世界だったな。。。

 

 

劇場にバレエを観に行ったりしても。

そこで、マナーを知らない人が

いたりすると、イライラも極致になり(苦笑)

 

でもそういうのもやっぱり、

他の人もそうだったようで。

 

人によっては、マナーの悪い人を

思いきり睨んだり。

 

厳しく注意したりと(苦笑)

 

そんな感じだったりもした。

 

 

やるべきことを、きちんとやって!

 

・・・という感じだったので。

 

「え?そんな細かいこと、

いいじゃない?」

 

・・・というのが、許せない。

 

・・・みたいな(笑)

 

 

私のこういう質が出てくるのは、

バレエに関わるときに限られていたけど。

 

でもやっぱり。

もともと、自分の中にそういうものが

あったからこそなのだとも思う。。。

 

 

だから、今どきのスピのゆるさが、

私には耐えがたかったのだけど。

 

ある時、理解した。

 

今のスピのメインになっているものは、

「癒し」であって。。。

 

そこが、メインになっていたからこそ。

こんなにユルユルだったのだな。と。

 

 

うつ病の人に、

頑張ってって言ってはいけないと。

 

そんなことをよく聞くけれども。

 

そういう。。。

疲れたり、傷ついたりしている人に、

バレエ的な厳しさを持って

対応することは。

 

たとえそこに、「愛」があったとしても。

 

受け入れられないものなのだろうと。

 

 

精神的な世界の探究。

 

・・・というのは、私にとってはそれはもう、

生きていることそのものであったけど。

 

 

でも。。。

 

世が。。。

 

そういうスピが主流の中では。

ほんと。

 

すごく、やりづらかったな(苦笑)

 

 

*******

 

 

話は逸れたけど。。。

 

そういう「厳しさ」を。

声楽の世界でも感じていた。

 

だから、あの空気は。。。

嫌いじゃなかった。

 

 

先生たちはもちろん。

街の音楽教室で趣味でやっている

私達のような生徒に対しては。

 

そこまで、厳しいことを課してくる

ことはなかったけど。

 

でも、話していると、

先生の言葉の端々に、その匂いを

感じ取ることは、しばしばあった。。。

 

 

そういう、厳格さとか。

伝統を重んじ、それを代々

受け継いでいく。。。みたいな。

 

そういうのは、バレエとか声楽の世界では

よく感じたりもしたけど。

 

ボイトレやベリーダンスの世界からは、

あまり感じなかった。。。

 

そっちにあったのは。

 

「しきたりを守る」というよりも。

 

「自由さ」

 

・・・だ。。。

 

 

*******

 

 

声楽でも、ボイトレでも。

バレエでも、ベリーダンスでも。。。

 

大人になってからの私は、

そういうレッスンを重ねながら。

 

歌やダンスそのものを向上させる

というよりも。

 

何かを観察しながら。。。

 

その「奥」にある真理。

 

・・・みたいなものを探すことに、

より、熱意を持っていたような。

 

そんな気がしないでもない。

 

 

子供の頃は違ったけれども。

大人になってからは。

 

「歌うこと」や「踊ること」は、

私にとっては目的ではなくて、

「ツール」になっていたような。

 

そんな気がする。

 

 

私が一番、「熱」を傾けるところは、

やっぱり。

 

「真理の探究」

 

ここだったのだと思う。

 

 

 

ある時、占星術の何かの本で。

 

「射手座は、広い世界をあちこち旅して。

その根底にある共通の真理を

見つけることに全力をかける」

 

・・・という言葉を見つけた時。

 

思いきり、納得した。

 

 

そうやって私は。

 

ひとつのところにずっと留まって。

その世界だけを、延々と追求していく。

 

・・・という人ではないのだな。と。

 

そういうことが、やっと解ったりもした。

 

 

あちこちの、たくさんの世界を周ってこそ。

自分の本領が活かせるのだろうと。。。

 

そんな風に思うようになっていった。

 

 

だから。

そんな私にとって、バレエとベリーダンス。

声楽とボイトレを、掛け持ちすることは、

すごく、面白いことでもあり。。。

 

 

そういう私にとってある意味、

「サラ・ブライトマン」は。

 

本当に、お手本になる、

すごい歌手だったのだ。。。

 

 

*******

 

 

声楽の先生は。。。

 

「私、カラオケが歌えないんですよ」

 

・・・と言っていた。

 

 

クラシックの発声以外が、

まったく出来ないと。

 

そう言っていた。

 

 

たしかに。

 

声楽のレッスンと、ボイトレのレッスンを

掛け持ちしていると。

 

一瞬、混乱することがあった。。。

 

「あれ?どうやって声だすんだっけ?」

 

・・・と。

 

 

それを。。。

 

サラ・ブライトマンは、同じ曲の中で、

歌唱法をコロコロ変えていたりして。

 

それを、見事に使い分けていて。

 

本当に、すごい。と。

 

そう思った。。。

 

 

そして。

 

「あぁ。。。私がやりたかったのは、

こういうことだ」

 

・・・と(笑)

 

そう思った。。。

 

 

厳格さと自由さを。

行ったり来たりすること。

 

それが、「個性」となること。

 

 

声楽の発表会と、ボイトレの

ライヴで。

 

それぞれで、サラの歌を歌おうと

していた頃に。。。

 

こういうことが、なんとなく。

うっすらと、見え始めていたのだった

ような気がする。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

 

サラ・ブライトマンは、

クラシック系のイメージも強いけど。

 

この『The War is Over』は、

裏声、、、というか、ミックスボイスを

使っているとは言え。

 

どちらかと言うと、ポップス寄りな

歌い方をしている歌だったから。

 

ボイトレのライヴで歌うにもいいかな?と。

 

そう思って選んだ。。。

 

 

ボイトレの先生も。

 

「Lyricaさんの声に合ってる」

 

・・・と、言ってくれたので、

私はなんだか、すごく嬉しくなって(笑)

 

レッスンにも、気合が入ったりした。

 

 

*******

 

 

そのボイトレのライヴよりも少し前に、

また、声楽のほうでも発表会の

予定が入っていて。。。

 

その時に歌う歌を選ぶ時期は、

ボイトレで、『The War is Over』を

歌うと決めた頃と、

ほぼ、かぶっていた。。。

 

 

あの頃の私の頭の中は、

「サラ・ブライトマン祭り」に

なっていたせいか(笑)

 

勢いで。

 

「次の発表会では、サラ・ブライトマンの

『Time to say good-bye』を

歌いたいのですが。。。」

 

・・・と。

 

 

私はあの時初めて。

声楽の先生に対して、

自己主張した気がする。。。

 

 

声楽の一番最初の先生が。。。

 

「サラ・ブライトマンは、

エンターテイメントの人」

 

・・・と言っていたけれども。

 

 

あの先生の、ああいう反応からして。

 

本格的なクラシック界の人達が、

サラ・ブライトマンに対して、

どういう評価をしているのか。

 

・・・みたいなことは、

なんとなーく、感じ取れたし。

 

 

だから、こういう発表会で、

彼女の歌を歌うのは、

ちょっと、NGなのかな。。。と。

 

どこかで遠慮していたのだけど。

 

 

私が歌を習い始めた原点は、

サラのこの歌にあるのだし。。。と。

 

 

その時は。

そういう、「人目」を気にすることなく、

「自分はこうしたい」というものを、

躊躇することなく、出せるような。。。

 

そういう風が。

 

自分の中に、吹いていた。。。

 

 

『Time to say good-bye』を歌いたい。

 

私のその言葉を聞いた時、、、

先生は一瞬、「え?」と。。。

 

少し、意外そうな顔をしていた

けれども。

 

案外、すんなり受け入れてくれた。

 

 

ただ。。。

 

やはり、声楽の発表会なので、

完全に、ベルカント唱法で

歌う感じにはなった。。。

 

 

そのあたりは、まぁ、、、

ある程度は妥協しないと

いけなかったけど。

 

そうやって。

声楽のほうでも、発表会に向けて、

サラの歌の練習が始まった。

 

 

*******

 

 

面白いことに。

 

『Time to say good-bye』の練習を

始めて、一ヶ月も経たないうちに。

 

声楽の先生が、

突然、辞めてしまうことになった。

 

理由は、先生のおめでた。

 

 

大好きな先生だったから。。。

辞めてしまうと聞いた時は、

すごく、寂しい気持ちになったけど。

 

でも。

 

どこかでは解っていた。

 

 

最初の先生も、今回の先生も、

「おめでた」という同じ理由で、

私の前からいなくなるのが、、、

 

すごく意味あることに思えたし。

 

なんだか。

流れが、とても解りやすかった。。。

 

 

あの時は。

声楽の歌を歌うことに対する、

私の「自我」が芽生えてきた時でも

あったから。。。

 

 

そして、あの頃の私は、、、

もう、すでに。。。

 

「今、本当は何が起こっているのか」

 

・・・みたいなことが。

 

ある程度、クリアに読めるように

なっていたような気がする。。。

 

 

実際に起こっている出来事の、

表面的なことではなくて。

 

その裏で。

魂が何を起こしているのか。

 

みたいなことが、かなりクリアに

見えるようになってきていた。

 

 

なんというか。。。

 

自分に起こる人生の物語を。

 

それそのもの。ではなく。

象徴的に眺める。。。

 

・・・という感じとでもいうのか。。。

 

 

私のステージが変わると。。。

 

その物語に必要だった人との

縁が終わる。

 

・・・というのは、本当に。

いつものことだった。。。

 

 

でもそれは。

私だけに関したことでもなく。

 

関わる相手にとっても、

その人の成長にとって。

 

私との関りがもう、必要なくなった

時でもあり。。。

 

 

それは。。。

 

その人にとっての。

何かの学びが終わった時でもあり。

 

私にとっての学びが

終わった時でもあり。。。

 

 

そしてこれは。。。

 

いつも、本当に「ミラクルだ」と。

いちいち、感動してしまうのだけど。。。

 

そういう「学び」というか、「気づき」

というものは、、、

 

お互い、同時に起こる。。。

 

 

表面的には同じ物語を

共有しながら。

 

でも。

そこから学んでいくことは、

各自それぞれ違っているけれども。。。

 

でも、「完了」は。

ほぼ、同時に起こる。。。

 

 

ただ。

本人がそれに気づくか、

気づかないかの違いだけで。

 

 

そして、気づかなければ、

その縁に執着して。

 

特に経験しなくても良い余計なことまで

経験してしまうので。

 

また、カルマを重ねる。。。

 

 

そうやって本当に。

いろんな人の物語が複雑に、、、

そして、完璧に絡み合っていて。。。

 

それが、全体を動かしていることに。。。

 

私はいつもいつも。

感動してしまうのだった。。。

 

 

*******

 

 

新しく来た声楽の先生は。

 

今回もまた、同性の先生だったけど。

もう、ほぼほぼ娘と同世代の、

本当に若い先生だった。。。

 

たしか、弟さんが、

娘と同じ歳だと言ってたっけ(笑)

 

 

そんな若い先生は。

まだまだ、柔軟性もあり。

 

いろんなことに、染まってなくて。。。

 

 

だから。

発表会で歌う歌も、

クラシックにこだわる必要なんて、

全然、ありませんよ~と。

 

そんな風に言って。。。

 

 

私の『Time to say good-bye』の

レッスンを。

 

本当に一生懸命やってくれた。。。

 

 

*******

 

 

あの頃。。。

 

サラ・ブライトマンの歌唱法を

研究するために。

 

私はあれこれ調べたりもしたけど。

 

色んなことを知れば知るほど、

彼女のすごさが、解るようになった。

 

 

けれども。

彼女に対して、批判的な人というのも、

やっぱり、たくさんいて。

 

そういうことでも。

いろんなことを考えさせられた。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

 

ある時、声楽の先生に、、、

 

「Lyricaさんは、オペラの舞台とか、

よく観に行かれたりするの?」

 

・・・と、訊かれた。

 

 

オペラの舞台を生で観たことは

一度もないし。

 

ほとんど、知らない。と答えると、

先生は言った。。。

 

 

「歌う時の感情の込め方が、

もう、言うことなし。というくらい

だったから。。。

 

舞台をたくさん観てきた人なの

かと思ってました」

 

・・・と。

 

 

え?感情???

 

・・・と思いながらも、いちお、

その場しのぎで。

 

 

「あ。でも。

両親がオペラ好きだったので、

隣でなんとなく観てることはありました」

 

・・・と言うと、先生は。

 

 

「そうですか。やっぱり、

環境って大きいんですね」

 

・・・と、言っていた。

 

 

「環境が大きい」というのは、

私もすごく納得していたのだけど。

 

感情を込める。ということに

関しては。。。

 

自分では、

感情をこめているという感覚は、

まったくなかったので。

 

すごく、意外だったし。

 

先生には、そう聴こえているのか。と。

 

ちょっと、、、

不思議な気持ちになった。

 

 

*******

 

 

日本歌曲はともかく。

イタリア歌曲などを歌う時は。

 

私はその発音。。。

「音」を覚えることには集中したけど、

その歌詞の「意味」には。

 

あんまり関心を持たなかった

気がする。。。

 

 

専門家から見れば。

本当は、それじゃいけなかった

のだろうけれども。

 

私はどうも、そのあたりに。

あまり興味が持てず。

 

 

なので。

言葉の「音」に反応して。

 

あとは、感覚だけで歌っていたような。

 

そんな気がしなくもない。

 

 

こういうのは。。。

 

「言葉」のない、バレエの世界で

育ってきたせいなのかも

しれないけれども。

 

 

そう言えば、昔。

 

あの、オペラ歌手だった

グルジェフの彼に。

 

「Lyricaさんは、本能センターの人?」

 

・・・なんて言われたことがあったけど。

 

やっぱり、そうなのかもしれない。。。

 

 

それなのにそれが、、、

先生にとっては。

 

「感情をこめて歌っている」

 

・・・と映るというのが。

 

すごく、面白いな。。。と。

 

そう思った。

 

 

*******

 

 

以前、ミシャールが言っていた。

 

ミシャールは、とてもシャイで、

引っ込み思案な女の子だった

そうなのだけど。

 

ダンスと出会い。。。

踊っている時にだけは、

本当の自分を表現できることを

知ったのだ。。。と。

 

 

その話を聞いた時。。。

 

その「感覚」が。

なんとなく、解るような気がした。

 

 

昔から。

 

私は、ステージに上がると、

普段とは人が変わる自分を、

自覚していた(笑)

 

バレエの舞台もそうだったし。

バンド時代のライヴもそうだった。

 

 

だから私はそれを。

 

「スポットライトの魔法」

 

・・・と呼んでいて(笑)

 

 

その、ステージ上にいる時の

自分が一番好きだった。。。

 

 

なんというか。。。

 

すべてから解き放たれたような、

あの、解放感というか。

 

普段は奥の方で身を潜めている、

「本来の自分」が。

 

生き生きと、輝きだすような、

あの快感。のようなもの。

 

その「感覚」になれるのが、

すごく、好きだった。。。

 

 

*******

 

 

ステージに上がらなくても。

 

歌ったり、踊ったりしている時は、

そういう感覚に入りやすい。。。

 

 

そして、そういう時私は。

何も考えていない。。。

 

頭は真っ白だ。。。

 

ただ。。。

ひたすら、気持ちが良いだけで。

 

 

その瞬間が好きだったからこそ。

 

声楽やボイトレを習うことで、

 

「歌っている時に、

考えるようになってしまったこと」

 

・・・が、最初はすごく

イヤだったのだけど。

 

 

でもある時、

思い直した。。。

 

 

今、こうして考えてしまうのは、、、

その技術がまだ、身体に完全に

染みこんでいないからで。。。

 

もしこれを、本当に自分のものにして、

無意識で出来るようになった時には。

 

歌っている時のあの快感が。

これまでの、何倍もすごいものに

なったりするかもしれない。。。と。

 

 

だから今は、一旦我慢して。

この、つまらない「基礎練習」を。

頑張って続けよう。。。と。

 

 

バレエもそうだったけど。。。

 

なんでも、「基礎練習」っていうのは、

ホント、つまらないもので(苦笑)

 

 

そんな時。

エゴは騒ぐ。。。

 

 

「別に基礎なんて、適当でいいんじゃない?

今までみたいに、自己流で十分だよ」

 

 

・・・と(笑)

 

 

そういう気持ちに傾いた時は、、、

レッスンがめんどくさくて

しかたなかったけど。。。

 

 

でも、そのたびにいつも。

思い直した。。。

 

 

その基礎があるのとないのとでは、

のちのち、大きな差が開く。。。

 

・・・というのは。

 

バレエの世界でもう。

しみじみ解っているじゃない?と。

 

 

声楽のレッスンでは、何というか。

何も知らなかった分、

すごく素直になれた。。。

 

けれども、ボイトレのほうは、

なまじ、多少経験があったせいで、

そういう「エゴ」が大騒ぎしたりもした。

 

 

声楽では、植物意識だったのが。

ボイトレでは、動物意識が

活性化していた。

 

 

でも。。。

カバラを勉強していたおかげで。

 

占星術を勉強していたおかげで。

 

 

そういうことが自分でも、

見えていた。

 

 

遠くからそのエゴを、

観察することが出来るほどには。

 

「人間Lyricaとしての私の意識」

 

・・・も、成長していたので。

 

エゴに巻き込まれて、

大変な思いをする。

 

・・・みたいになることは

なかったな。。。と思う。

 

 

逆にどこかで。

面白がっていた(笑)

 

自分の。

ジタバタするエゴを。

 

笑って観ていた。。。

 

 

*******

 

 

そうこうするうちに。

とうとう、ボイトレ・クラスでも、

発表会をむかえることになった。。。

 

 

この時はもう。。。

何を歌おうか、ワクワクで。。。

 

声楽の時とは違って、

先生に歌う歌を選んでもらう。

 

・・・なんて気持ちは、

みじんも、湧かなかった(笑)

 

 

歌いたい曲はもう。。。

山ほどあった。。。

 

 

でも。

 

今、自分がこうして、

歌のレッスンを受けるようになった

最初のキッカケというのが。

 

「サラ・ブライトマン」

 

・・・だったということもあり。。。

 

 

私は。。。

この曲を選んだのだった。。。

 

 

『The War is Over』

 

 

 

 

 

 

つづく

そうやって、ボイトレを始めたのも。

多分。

 

「歌が上手くなりたい」ではなく。

 

「ライヴで歌いたい」

 

・・・というのが、その理由だったの

かもしれない。

 

 

ボイトレ・クラスの

発表会ライヴを観に行った時。

 

昔の記憶を刺激されて、

バンド時代を思い出した。

 

 

そしてなんだか、ものすごく

懐かしくなって。。。

 

また、ああいう、生バンドの

生演奏で歌えたらいいな。と。

 

 

そんな気持ちが芽生えた。。。

 

 

だから。

ほんの少しでも、また。

 

ああいった経験を味わえるかも

しれない機会に。

 

飛びついたのかもしれない。。。

 

 

*******

 

 

ボイトレもまた、個人レッスン

だったのだけど。

 

先生は、娘と同じ先生に

してもらった。

 

 

男性の先生だったけど。

 

声楽と違って。

そちらのボイトレは、特に、

「同性の声」にはこだわって

いなかった。

 

 

レッスンを重ねていくうちに。

 

私は、今まで知らなかった

色々なことを知り。。。

 

 

ひとくちに、ロックとか。

ポップスとか言っても。

 

いろんな歌い方。

いろんな声の出し方が

あるんだなぁ。。。と。

 

 

そういうことも、知っていった。。。

 

 

 

先生は言っていた。

 

「色んな歌い方が出来るように

なったうえで。

 

最後に、自分に合う歌い方を

決めればいいと思うよ」

 

・・・と。

 

 

 

自分の歌い方。。。って。

 

今思えば。。。

 

ある意味、そういうのはもう、

あの頃既に、確立していたような

気がしないでもない。

 

 

でも。

 

ボイトレの先生にそう言われたら。

 

自分に出来ない歌い方も、

出来るようになりたい。と。

 

そういう、欲張りな心が生まれて(笑)

 

 

私はあえて。

自分の苦手な歌い方に、

取り組んでみたくなったりもした。

 

 

声楽の先生は。

ボイトレの先生とは、

考え方が真逆で。

 

 

「自分を活かせる歌い方を

究極まで極める」

 

・・・という感じだったから。

 

 

そういう真逆のポジションを、

行ったり来たりすることが。

 

なんだか、面白かったりもした。

 

 

*******

 

 

ロックとかポップス系の歌を

歌う時。。。

 

高音が辛い。と

感じたことはなかったのだけど。

 

 

それは私が、

「ミックス・ボイス」というものを

使って歌っていたからなのだそうで。

 

「地声で高音を出す」

 

・・・というのをやってみた途端。

 

今まで、ラクラク出せていた音が、

苦しくて出なくなった。

 

 

地声やら、裏声やら。

ミックス・ボイスやら。。。

 

腹筋やら背筋やら。

 

 

それまでの私は。

 

歌う時に、そんなことを

考えながら歌ったことなど、

全然、なかった。。。

 

 

でも、レッスンを重ねるうちに。。。

 

歌う時に、いろんなことを

考えるようになってしまった。。。

 

 

それが最初は。

苦痛だった。

 

歌う時に、技術的なことを、

あれこれ考えてしまうことが。。。

 

 

今までみたいに。

何も考えないで、ただ、気持ちよく

歌いたいのに~~~と。

 

ボイトレを始めたことを、

後悔しかかったこともあった。

 

 

*******

 

 

「地声で高音」とか。

「儚い裏声」は。

 

私にとっては、

違和感ある歌い方だったけど。

 

ミックス・ボイスは。

逆に、「自然」なものだった。

 

 

 

でも、先生は言っていた。

 

 

「こっちが簡単っていう人。

結構、珍しいよね」

 

・・・と。

 

 

 

ウィーン少年合唱団時代に、

やっていたからです。

 

・・・とか、冗談を言おうかと

思ったのだけど(爆)

 

本当に言ったら。

ドン引きされただろうな。。。(笑)

 

 

 

地声よりも。

息たっぷりの裏声よりも。

 

ミックス・ボイスが一番ラク。

 

・・・というのは、どうやら、

娘も同じらしく。

 

 

教えたわけでもないのに、

似るものなのだな。と。

 

そう思った。。。

 

 

歌い方に、「遺伝」とかそういうの、

あるのかしら?とも。

 

 

そういう歌い方はともかく。

 

声質もまた、娘と私は

そっくりなのだそうで。

 

 

瓜二つだ。と。

 

目を閉じて聴いていると、

どっちの声なのか解らなくなると。

 

よく、先生に言われた。

 

 

我が家だけでなく、周りも見ていて

なんとなく、感じたのは。。。

 

顔とか体型とかよりも。

 

親子で一番似るのは、実は、

「声」なのではないのかと。。。

 

 

そんな風に思ったりもした。

 

 

 

でも、そんなだから。

 

娘と二人でカラオケなどで

一緒に歌うと、面白くて。

 

二人で歌っているのに、

一人で歌っているような。

 

ちょっと、不思議な感覚になる。

 

 

それと同じ感覚を、

娘もまた、感じているようで。。。

 

 

こういう「感覚」を。

私達は、楽しんでいた。。。

 

 

 

二人なのに、一人みたい。

 

・・・という感覚になるのはきっと。

 

声質がまったく同じなだけでなく。

 

声の揺れ幅とか。

強弱のつけ方とか。

 

そういうのが、ピッタリ同じだから

なのだろうとも思う。。。

 

 

 

意図せず、まったく同じなのだから。

 

これはもう。

 

遺伝子の問題だけでなく。

 

 

相当近い魂同士なのだろうな。と。

 

 

そんな風に思えて

しかたなかった。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

発表会で、

『o mio babbino caro(私のお父さん)』を、

歌ったあとも。

 

結局、しばらくの間は、

声楽のレッスンだけを続けていた。

 

 

・・・というのも。

 

声楽で習っていた発声法が、

まだ、身体に染みこみきって

いないうちに、違うボイトレをやったら。

 

身体が混乱するだろう。と。

 

そう思ったからだった。。。

 

 

*******

 

 

先生に、私の声はソプラノだと

言われた時は、自分では意外だった。

 

高い音は、まだまだ全然

出なかったし。。。

 

録音した自分の声というのは、

実際に、自分の頭の中で響いている声とは、

全然違う声に聴こえるものだけど。

 

 

録音の自分の声を聴くと。

 

「低いな」

 

・・・と、常々思っていたから。。。

 

 

だから、思わず。。。

 

「ソプラノなんですか???

アルトとか、メゾ・ソプラノではなく???」

 

・・・と、何度も聞き返してしまった(笑)

 

 

 

高音が出る出ないは、

関係ないんですよ。と。

 

先生は、言っていた。

 

それに高音は、訓練次第で、

ある程度までは出るようになる。とも。

 

 

ソプラノにも、いろいろ種類があって。

私はさすがに、一番高い、

コロラトゥーラではないけど。

 

でも、メゾ。ではなくて。

ソプラノですよ。と。。。

 

 

 

そして。

 

オペラの役というのは、

そういう声質で決まっていて。

 

この役は、ソプラノの人。

この役は、アルトの人。みたいに。

 

そんな風になっているのだと。。。

 

 

つまり。。。

 

高くて澄んだソプラノの人が、

「カルメン役」に憧れたとしても。

 

舞台でその役を演じるのはちょっと、

難しい。。。ということで。

 

 

こういうところはやっぱり。

 

ベリーダンスよりも、バレエの世界に

共通するものを感じたりもした。。。

 

 

ある意味、決まりだらけで、

ストイックで、ガチガチだけど。

 

でも、その分。

完成した全体像は、限りなく。

 

完璧な美。

理想の美。

 

・・・に、近づける。。。みたいな。

 

 

私は、ソプラノだけど、

でも、カルメンをやりたいのだから、

やりたい役をやってもいいよね?

 

・・・は、許されない世界。

 

 

そういう意味では、、、

 

「そのままのあなたでいい」

 

・・・は、通用しない世界。

 

 

でも、自分がソプラノであることを

自覚し、受け入れ。

 

それを存分に活かせる役につけば。

 

自分も輝き。

全体の絵も、輝き。。。

 

 

そういう意味では、、、

 

「そのままのあなたでいい」

 

・・・といえる世界でもある。。。と。

 

 

そう思った。

 

 

そういう点が。

バレエと同じだ。と。

 

 

*******

 

 

以前の発表会から、更に半年くらい

経った頃に、再び、プチ発表会があり。

 

また、歌う歌を決めなければ

ならなかったのだけど。

 

 

あの時、先生が。

 

「今度は少し、華やかな感じの

オペラのアリアなんかどうですか?」

 

・・・と、言って。。。

 

 

そして、薦めてくれたのは、

モーツァルトの『フィガロの結婚』の中の、

伯爵夫人のアリアだった。。。

 

ちょうど、私の声質にあっている役だ。と。

 

 

 

 

 

 

私は昔から。。。

 

モーツァルトには、あんまり

魅力を感じなかった。。。というか。

 

胸がときめかなかったので。。。

 

 

正直、、、

 

「うーーん。。。」

 

・・・と、思ったのだけど(苦笑)

 

でも、これもチャレンジかなと思い、

せっかくなので、歌ってみることにした。

 

 

歌を聴いただけだと、

何もイメージが掴めなかったし。

 

まず、『フィガロの結婚』という

オペラ自体をよく知らなかったので、

CDとかDVDをあれこれ買った。

 

その伯爵夫人がどんな人で。

この歌が、どんなシーンで

歌われているのか。とか。

 

そういうことを知りたかったのだ。。。

 

 

でも。。。

勉強のために、、、と、何度繰り返し

そのオペラを聴いたり観たりしても。

 

いつも、途中で寝そうになっている

自分がいたりした(苦笑)

 

 

あの頃、『フィガロの結婚』以外にも、

いろんなオペラを観たけれども。。。

 

最後まで、飽きずに観れたのは、

プッチーニのオペラくらいで。

 

他のは、、、

どんなに壮大なものでも、だいたい、

途中で眠くなってしまっていた(苦笑)

 

 

昔から。。。

父や母が楽しそうにオペラを

観ている隣で。

 

私はいつも、

睡魔に襲われていたけど。。。

 

こうして、歌を習い始めた今でさえ、

それは、変わらないのか。。。と(苦笑)

 

 

バレエの発表会のリハを観ながら、

眠そうにしていた娘の気持ちが、

少し、解ったような気がした(笑)

 

 

 

そのせいか、この歌も。。。

 

発表会で歌うために、

かなり長い間、真剣に取り組んだ

はずなのに。。。

 

今、あまり覚えていない。

 

『フィガロの結婚』も。

あれだけ観たのに、ほとんど

うろ覚え。。。

 

 

おそらく、そこに。。。

 

私自身の「情熱」というものが、

ほとんど、なかったからなのだろうと

思う。。。

 

 

時間をかけて、一生懸命

レッスンを重ねて。。。

 

先生からも、「もう、大丈夫」という

お墨付きをもらって。

 

なので、ある程度には、

歌えていたはずなのだけど。

 

 

あの時、自分が何を考え、

何を感じたのかとか。

 

そういうことすら、ほとんど

記憶に残っていない。。。

 

 

そうやって、何というか。。。

 

あの発表会のことは、

全体的に、印象に薄く。。。

 

私自身がそうだったせいか。

 

観に来てくれていた家族も、

この舞台のことは、記憶に薄いらしい。。。

 

 

 

でもそれで、

なんだか、気づいたこともあった。

 

自分が本当に歌いたい歌はやっぱり、

こういう、純粋なクラシックでは

なかったのだろうな。。。と。

 

 

そして多分。

あの頃から、少しずつ、

「自我」が芽生え始めたような気が

しないでもない。。。

 

 

「私が、本当に歌いたかった歌は、、、」

 

・・・と。

 

 

「私」が、出てきた。。。

 

 

それまではただ、先生の言うことを、

素直に聞いて、その通りにやっていた。。。

 

でも、あの頃はそれでも、

楽しかったし。

 

ある程度は、満足感も

得られていたのだけど。

 

 

あのあたりを境に。

 

「私は、こうしたい」

 

・・・みたいな気持ちが、

少しずつ、強くなり始めた。

 

 

「どうしたい」というイメージは。

 

あの時点ではまだまだ、

ハッキリと掴めてはいなかったけど。。。

 

 

*******

 

 

そんな感じで。

モーツァルトのアリアを歌い終えた頃。。。

 

例の、ボイトレのクラスを

受ける決心が、やっとついたの

だったような気がする。。。

 

 

あの発表会の、ほんの少し前に。。。

 

娘のボイトレクラスでは、

プチ・ライヴがあり。

 

私はそれを、観に行ったのだけど。。。

 

 

その時、娘はボカロの歌を

歌っていて。。。

 

娘も弾けていたけど(笑)

私も、すごく楽しくて。。。

 

 

なんだか。。。

 

ライヴを観ていた時のほうが、

オペラのアリアを歌っていた時よりも、

 

心が、、、ワクワクしていたな。と。

 

 

そんなことにも、

気づいたりした。。。

 

 

 

 

 

つづく

声楽の先生たちは、みんな。

 

自分の歌を録音して、

聴いてみるといいと。。。

 

ボイス・レコーダーを薦めてきた。

 

 

でも、私は。。。

 

「自分の歌なんて。。。

絶対に聴きたくない」

 

・・・と(苦笑)

 

そう思っていた。

 

 

昔から。

録音した自分の声を聴くのは

好きじゃなかった。

 

バレエの発表会なんかでも、

自分の踊りを録画した映像とか。

 

見るのがイヤだった。

 

 

・・・というのも。

 

そういうのを観たら。

私のこの性質のことだから。

 

「ダメ出しのオンパレード」

 

・・・になることは、

解りきっていたから(苦笑)

 

 

 

そういうのを、見たり聞いたりすると、

必ず、落ち込む。。。

 

「私って、こんなにひどかったんだ」

 

・・・と(苦笑)

 

 

でも。

だからこそ、次に向かって

もっと、練習を頑張ろう。。。と。

 

そういう気持ちも生まれる。。。

 

 

私は。。。

人と戦ったり競争したりするのは、

疲れるから大嫌いなのだけど。

 

自分と戦うことは、

けっこう、好きなのだ(笑)

 

 

 

子供時代のバレエの先生も

言っていた。

 

「みんな、ひとつの舞台を終えると、

グンと上達する」

 

・・・と。

 

 

だから今。

声楽の先生たちが、自分の歌を

聴くことを薦めてくる理由も。

 

十分解っていた。

 

 

でも。。。

子供の頃と違ってあの頃は。

 

特に、プロを目指している

わけでもなく。

 

上を目指していたわけでもなく。

 

ただ単に、趣味としてやっている

だけだったから。。。

 

 

あの「工程」を繰り返すことを。。。

 

現実を知って落ち込んで(笑)

自分に対しての負けん気を発揮して。

熱意を持って、練習を繰り返す。という。

 

あの工程を繰り返すための、

やる気を出すのを、ためらっていた。。。

 

 

めんどくさいし。。。と。

 

自分自身をごまかしていた。。。

 

 

 

でも。。。

 

「自分の歌を聴くと。

ダメだしばっかりしちゃうんですよ~」

 

・・・と、先生に言ったら。。。

 

「そういう人が、伸びるんですよ」

 

・・・と言われて。。。

 

ハッとなった。

 

 

*******

 

 

あの頃。。。

 

震災のあと、いろいろあり。

思うこともいろいろあり。

 

私は、「スピリチュアル」。。。

 

・・・というか、ニューエイジ的な。というか。

今どきの流行りのスピの世界に、

嫌気がさしていた。

 

 

当時のああいう世界では。。。

 

「そのままの自分でいい」

 

「愛です。光です。

ワンネスです」

 

・・・を、強調する流ればかりが、

やたら強くて。

 

 

そういう教えも。

ある意味では、あってはいるのだけど。

 

でも、同時に。

危機感を感じることも、

よくあった。

 

 

「そのままの自分でいい」

 

・・・というものを。

 

未熟なエゴは。

 

エゴの都合の良いように、

解釈してしまうから。

 

勘違いのナルシストを生んだり。

向上心がなくなり、無気力になったり。

 

 

ただやっぱり。。。

 

海王星が魚座に入るような時代は。。。

 

そういう、ボーッとするような。。。

どこまでも、広がるような。

 

そんなエネルギーが強くなるから。。。

 

 

「個」ではなく、「全体」

「ひとしずく」ではなく、「大海」

 

・・・を、強調するような教えが

主流になるのも、また。

 

必然か。と。

 

そう思ったりもしていた。。。

 

 

そんな中で。

 

私もやっぱり、星の影響を受ける

わけなのだけど。

 

私のように、どちらかというと、

「個」に目を向ける質を持っている

タイプというのは。

 

そういう雰囲気の中では、

すごくやりづらくて。

 

 

「自分はもっと、上を目指したい。

もっと、向上したい」

 

・・・という意識があるのに。

 

「全体の流れ」に影響され、

自分の中に、迷いが生じた。。。

 

 

だから、今思えば。

 

きっとあの時も、最初から。

 

「もっともっと、歌を頑張りたい」

 

・・・と。

 

そういう本音があったのだろうけど。

 

「頑張ろう」

 

・・・と思うことがなぜか、

悪いことのように感じて。。。

 

 

だから。

 

なんだかんだ、自分に言い訳をしながら、

本来の自分の在り方を、

表に出せずにいたのだろうと思う。。。

 

 

でも。。。

 

震災のあとの色々や。

声楽の先生のあの一言で。

 

目が覚めた。

 

 

「どうして。。。

もっと、頑張りたいと思う気持ちを、

こんなに抑え込んでいたんだろう」

 

・・・と。

 

 

これもまたあとで、

もう少し詳しく書くけれども。

 

こういうところでもやっぱり。

 

母からのあの、、、

否定的な言葉。。。

 

「あんたは、我が強い」

 

・・・という、あの呪いの言葉が。

 

私の深いところに対して。

いろんな影を落としていたことに、

少しずつ、気づいていくことになった。

 

 

魚座の母は。

 

「ひとしずく」よりも、「大海」を、

重視する人だったから。。。

 

 

*******

 

 

そういうことが、

ある程度、見えてくるようになって。

 

私は、自分の歌を録音して聴くことに、

少しずつ、躊躇もなくなり。

 

 

カラオケで歌った歌を録音して、

その録音をそのまま、サイトに

アップすることが出来る。。。

 

・・・なんてことも、

娘が教えてくれた。

 

 

 

「第3者の視線を意識する」

 

・・・ということが、「向上」に

繋がる。。。

 

・・・ということを、ブログを書くことを

通して、しみじみ実感していた私は。

 

 

歌でもそれを、

実践してみることにした。。。

 

 

本当は、ものすごーく

イヤだったのだけど(苦笑)

 

そこは娘が、後押ししてくれた。

 

 

録音の微調整とか。

そういう細かいことは。

 

全部、娘に任せきり(笑)

 

彼女はさすが、若いだけあって、

新しいことを吸収する力は

私とは、段違いだったし。

 

歌うだけでなく。

なんだか、私にはよく解らない

機械を使って。

 

歌を編集したりしていた。

 

 

今、このブログを書いているうちに、

いろいろ思い出して。

 

昔、録音した自分の歌を、

久しぶりに聴いてみたら。。。

 

もう。。。

泣きたくなるほど、

下手に聴こえて(泣笑)

 

だから。

全部、消したくなったけど。

 

「己を知る」

 

・・・という意味で(笑)

 

そのままにしておくことにした。

 

 

けれども。

 

昔録音した、デヴィッド・ボウイの

『スター・マン』の歌に。

 

いつの間にか知らない人が、

コラボしてくれていて。

 

なんか。

良い感じに仕上げてくれていたのを、

今更ながら発見して。

 

 

なんだか。。。

歌って、やっぱりいいね。と。

 

改めて、思った。。。

 

 

*******

 

 

つづく

 

 

 

あの時、、、

ちょっと、嬉しい予感がしたのは。

 

 

「わぁ。機械がこんなに歌えるなんて

すごーい」

 

・・・と、思ったからではない。。。

 

 

所詮。

機械は、機械なのだ。。。

 

 

あの、『Mr. Music』という曲も。

あの、ライヴで。

 

バンドの生演奏で、

そして、人間のあの子が歌った、

あっちのほうが、全然良かった。

 

 

機械にはまず。

感情がない。

 

 

・・・とはいっても、「情」のレベルで

歌う歌は、、、

 

今の私にはちょっと、

重く感じたりもするのだけど。

 

そういう感情の振動さえ。

機械にはない。。。

 

 

 

昔から、父が演歌をよく聴いていたけど、

演歌はちょっと、苦手だった(苦笑)

 

演歌でなくても。

私が子供時代の歌謡曲はみんな。

たとえ、それがアイドルの歌だったとしても。

 

やっぱり、「感情レベル」の歌が、

メインだったような気がする。。。

 

 

そういう時代だったのだろうな。と。

 

そう思う。

 

 

だから昔は。。。

私もそういう曲を聴いて、

ジーンとなっていたりもしたけど。

 

いつの頃からか。

あんまり、響いてこなくなっていた。。。

 

 

 

機械には、そういう感情もないけど。

もっと、重大なものを持っていなくて。

 

それは。

 

「魂」

 

・・・なのだと思う。

 

 

機械の歌には、「魂」がないから。

 

だから、聴いているほうも、

魂を揺さぶられない。。。

 

 

歌って。

 

歌詞やメロディーや声質とか。

あと、テクニックとかもあるけど。

 

でもそれ以上に。

 

そこに乗っかってくる、

見えない何か。

 

見えない、振動があって。。。

 

 

私はそれが。

一番大事だと思っていたりする。

 

 

それっていうのは、

その演奏者の「魂の振動」なのだと、

思っているのだけど。。。

 

そういうのは。

歌の練習では磨けなくて。。。

 

 

その人が、どう生きたのか。。。

その人の精神性はどうなのか。

 

・・・みたいなところに、

かかってくるものなのだとも思う。

 

 

「味がある」

 

・・・なんてよく言うけど。

 

 

技術的にはあんまり上手じゃないのに、

なぜか、引きこまれる。

 

・・・みたいなのは。

 

そういうことなのだろうと。。。

 

 

だから、今の私には。

 

技術よりも、感情よりも。

 

「その人の魂」のほうが重要に

思えたりもするし。。。

 

 

こういうのは、歌だけでなく。

すべての芸術に対して。

 

思っていたりすることでも

あったりする。。。

 

 

*******

 

 

だからあの時は。。。

 

機械の歌の技術の進歩に

感動したわけではなかった。

 

 

ああいう機械。

 

「ツール」が進化することによって。

 

今まで埋もれていた才能が、

世に出るチャンスが増えていくのでは。。。と。

 

そんな予感がして。

ワクワクしたのだ。。。

 

 

 

・・・というのも。

 

これはある意味、私の「黒歴史」なので(苦笑)

あんまり触れたくはないのだけれども。

 

 

英語の専門学校に通っていた頃、

一瞬だけ、モデル事務所に所属していた

ことがあり。。。

 

 

なぜ、一瞬だったか。というと。

 

あの時、ほんの少しだけ、

芸能界の一端を垣間見て。

 

 

「あぁ。。。無理。

こういう世界、絶対に無理~~」

 

・・・と(苦笑)

 

 

さっさと、退散したからだ(笑)

 

 

「大きなものに巻かれる」

 

・・・というか。。。

 

 

「組織的なエゴ・フィルター」を

通過したものでないと、

世に出れない。みたいな。

 

そんな、息苦しさを感じた。

 

 

 

でも。

 

世の中には、表には出ていなくても、

素晴らしい才能を持った人は、

たくさんいるのだろうと思ったし。

 

もっと自由に。

 

自分の作品を発表できるように

なったとしたら。。。

 

私達の「芸術」の質は。

もっともっと、向上するだろうに。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

もちろん。

 

全体の進化のために、そこに

「淘汰」は起こるのだろうけど。

 

それはもっと、ナチュラルな

「自然淘汰」であって。。。

 

一部の人の「エゴ」による

不自然な淘汰ではないのだ。。。

 

・・・と。。。

 

 

現にあの頃はそうやって。

 

個人が自分で楽しみながら作った曲を、

動画サイトにあげて。

 

そこには、大がかりなプロモーションも、

うっとおしい宣伝も何もなく。

 

ただ単に、置いておく。

 

それだけで、それをなんとなく聞いて、

良いな。と思った人達が、

自然と、その周辺に集まりだして。。。

 

いつしかその歌を、

「人」が、カバーしはじめて。

 

 

曲を作る人も。

歌う人も。

演奏する人も。

 

そして、ミキサーなんかも。

 

みんながみんな。

「個人的な楽しみ」でやっているから、

そこには、「お金」もまったく絡まず。

 

 

実際に。

主に若い子達の間で、

そういうことが、実現しているのだと

知った時。。。

 

 

あぁ。。。

こういうのが、本当なのだろうと。

 

 

あの頃、、、

しみじみ、そう思ったものだ。。。

 

 

それが、今では。

いつの間にかYouTubeさえもが、

「お金」というものに汚染されてしまって。

 

当時は単に、「作り手」として

楽しみながらやっていた人が、

「芸能界」に入ってしまったりして。

 

 

古い体制。というか。

 

「大きなエゴ」に。

支配されるようになっていくのを見て。

 

 

あーあ。と。

 

せっかくの良い流れが、

人のエゴイズムによって、

止められた。と。

 

ガッカリした(涙)

 

 

だから。。。

今はもう。

 

YouTubeを見ても。

 

あの時のようなワクワクは

なくなってしまったけど。。。

 

 

 

でもあの頃は。。。

 

その流れにワクワクしていたし。

 

あの時、ステージで歌っていた

あの17歳の女の子は。。。

 

バンド時代の頃の自分と、

どこか重なったりもして。

 

すごく、懐かしい気持ちになった。

 

 

だから、、、

私も、ボイトレのクラスのレッスンを

受けたい気持ちでいっぱいに

なってきたりもしたのだった。。。

 

 

ただあの頃は、

声楽の発表会を、間近に控えていたので。

 

その気持ちは一旦。

ひっこめた。

 

 

*******

 

 

2度目の声楽の発表会では。

ちょっと本格的な大きなホールで

歌うことになった。

 

 

今回は、歌う曲は自分で決めようと、

そう思っていたのに。

 

締切ギリギリまで。

何を歌いたいのか。

 

頭が真っ白で、何も浮かばなかった。

 

 

それが。

 

締切当日のレッスンの日。

 

朝、目覚まし代わりにつけていた

クラシック音楽番組から。

 

 

あの、森麻季さんが歌う、

ある歌が流れてきて。。

 

 

それを聴いた瞬間。

なにか、メッセージを受け取ったような。

 

そんな気持ちになった。

 

 

「あぁ。そういうことだったんだね」

 

・・・と(笑)

 

 

なので私は。

 

その日のレッスンで、

先生に、その歌を歌うことを

告げたのだった。

 

 

これもまた、あの。

 

『眺めのいい部屋』

 

・・・の映画の中で流れていた曲で。

 

 

「なんだか、世の中。

ホント、うまく出来ているな。

いろんなことが、繋がってる」

 

 

・・・と。

 

感動したものだ。。。

 

 

 

 

 

つづく

『Lascia Chio pianga』を歌った時は、

家族も観にきてくれたのだけど。

 

歌の発表会を観た娘が、

自分も歌を習いたい。。。と

言いだした。

 

 

でも彼女は、私のやっているような

クラシックの声楽ではなくて。

 

普通のボイトレのほうを

やってみたいと言っていて。

 

 

なので。

 

同じ音楽教室の中にあった、

そういうボイトレのクラスに。

 

娘は、入会することになった。

 

 

私自身は逆に。

そういうボイトレには、あまり

興味がなかった。。。

 

 

バンド時代は、多少の夢を

持ったりしたこともあったけど。

 

大人になってからはもう。

「目指す」みたいな気持ちは、

歌に関してはまったくなくて。。。

 

ただ、カラオケで気持ちよく

歌うことで、十分満足していたので。

 

何も、わざわざ。

ボイトレに通う必要はないよなぁ。と。

 

そう思っていたのだった。

 

 

でも。

ボイトレに通い始めた娘の

話を聞いていると。

 

なんだか、とても楽しそうで。。。

 

私も少しだけ。

興味が出てきたりもしていた。。。

 

 

*******

 

 

それから半年くらい経った頃。

ボイトレ・クラスの発表会ライヴが

あるということで。

 

娘と一緒に観に行くことにした。

 

 

娘が入会した時は、

エントリーの締め切り直後だったため、

そのライヴには娘は出ることは

出来なかったのだけど。

 

そのライヴにお客として参加した

娘の目が。。。

 

ステージを観ている時に、

キラキラになっていたのが。

 

なんだかとても。

嬉しく感じたものだ。

 

 

「あぁ、この子は本当に。

歌が好きなんだな」

 

・・・と。

 

そう感じた。。。

 

 

バレエの発表会を観ていた時の

娘は。。。

 

こんなに目を輝かせていなかった。

 

 

自分が踊ることは好きでも。

人の踊りにはほとんど興味を持たず。

 

発表会のリハーサルなどで、

上手なお姉さんたちが舞台で

踊っていても。

 

それを観ている娘は、

半分、寝ていたりしたから(泣笑)

 

 

やっぱり。。。

 

その人がそれを、

本当に好きなのかどうかって。。。

 

こういうところで、

解るよなぁ。と。。。

 

 

そう思った。。。

 

 

*******

 

 

そのライヴで。

一番最初に歌った女の子は。

 

まだ、17歳だったそうで。

それが、初舞台だったそうで。。。

 

 

でもその子が。

本当にとても可愛らしくて、

エネルギッシュで、魅力的で。

 

そして。

人を引きこむ何かがあって。

 

 

私も。。。

彼女のステージに、目が釘付けに

なったりした。。。

 

 

歌っている歌もまた、

すごくその子にぴったりで。

 

とても印象に残った。

 

 

なので、あとで娘に

あの曲は誰の歌?と聞くと、

 

「え???」

 

・・・と、びっくりするような

答えが返ってきた。

 

 

「あの曲はもともと。

機械が歌っている歌だよ」

 

・・・と、娘が答えたからだ。

 

 

 

ボーカロイド。

 

・・・というものの存在を。

私はその頃、初めて知った。

 

 

それまで。。。

 

YouTubeで歌を探しているとよく、

「初音ミク」という名前を、

頻繁に目にすることはあったけど。

 

当時から、テレビをほとんど

観ていなかった私は、

最近の芸能事情などまったく知らず。

 

 

だから。

 

「初音ミク」という名前の、、、

最近売れ出した、新人アイドルか

何かなのだろうと(笑)

 

勝手に、そう思っていたのだ。

 

 

だから。。。

 

 

「え???機械???

なにそれ。。。」

 

・・・と。

 

 

あの時は。

カルチャーショックのような

驚きとともに。。。

 

ちょっと。

 

嬉しい予感が、

したりもしたのだった。

 

 

 

 

 

 

つづく

声楽のお教室に入会した時、

受付の人に。

 

 

「数か月後にホールでの発表会が

ありますが、ご参加されますか?」

 

 

・・・と訊かれた。

 

 

いやいや。。。

右も左も解らないうちに、

ホールで歌うなんて無理~~と。

 

参加は断ったし。。。

 

声楽で発表会に出ている自分なんて。

 

あの頃はまったく、、、

想像ができなかった。

 

 

 

新しい先生に変わった時に、

今までの11時から11時半に、

時間を変更してもらった。

 

そして、今まで私がレッスンしていた

時間枠に、違う人が入り。

 

部屋の外でレッスン待ちをしていると、

よく、その人の歌声が聴こえてきていた。

 

 

その人は、もうすぐある

発表会にも出演するようで。

 

ある歌の練習をしていたのだけど。

 

 

彼女の歌っていた歌がまた。。。

 

私にとってはちょっと、

運命的だった。。。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ。。。この曲は。。。」

 

 

・・・と、廊下でひとり。

泣きそうになった(笑)

 

 

大好きな映画の中の、

5本の指に入るほどの作品。。。

 

 

『眺めのいい部屋』

 

 

その中の、大好きなシーンで

流れていた歌がこれだったのだ。。。

 

 

あの映画はもう。。。

何度も何度も、繰り返し観た。

 

 

だから。。。

隅から隅まで。。。

 

記憶の中に焼きついている。。。

 

 

そんな映画の。。。

このシーンは。。。

 

もう。

涙が出るくらい美しくて。。。

 

その背景で。

 

この歌が流れていた。。。

 

 

 

 

 

 

 

とても綺麗で。。。

大好きな歌だったけれども。。。

 

こういう歌は。

自分では決して歌えない歌だと。

 

長い間そうやって。

ずっと、決めつけてきていた。

 

 

 

でも、もしかして。。。

 

声楽を習い続けていたら、

いつの日か。。。

 

この歌までも、自分で歌えるように

なったりするのかしら?

 

・・・と。

 

ちょっと、胸がときめいた。

 

 

 

あそこを境に。。。

 

なんだか。。。

俄然、やる気が出てきたりもした(笑)

 

 

それまでは。

 

サラ・ブライトマンの歌が、

完璧に歌えるようになるまでの

お稽古事。。。

 

・・・くらいの気持ちだったのが。

 

 

声楽の世界そのものに、、、

純粋な興味が湧いてきて。

 

 

今までは、週1回の。。。

 

1回、ほんの30分のレッスンだけで

満足していたものが。。。

 

もっと、レッスンの量を

増やしたくなったりもした。。。

 

 

 

ただ。

今の先生とは、時間の調整がつかず、

これ以上のレッスンは無理だったので。

 

仕方ないので、外部で。

先生を探すことになった。

 

 

今にして思えば。

 

とても好きだと思っていた

あの先生と。

 

時間の調整が出来なかった時点で。

 

素直にそれを受け入れて、

やめておけばよかったのだけど(苦笑)

 

 

もっと。もっと。という「欲」。。。

 

・・・というものは。

 

人を、めんどくさい方向へと

進ませるもので(笑)

 

 

まぁ。。。

すべては必然であり。

 

結果的にはそこで。

いろんな気づきや学びがあるから、

それはそれ。。。

 

なのだけど。

 

 

今にして思えばあれは。

完全なる「横道」だったとも思う。

 

 

あの時、いろいろ探してみて、

いろんな条件があった先生は、

男性しかいなくて。

 

それでも。

 

まぁ、しかたないか。

 

・・・みたいな、軽い気持ちで

体験レッスンを申し込んでみたら。

 

 

やっぱり。というか、

なんというか。

 

なんだか、いろいろと。

イヤな思いを経験することになった。

 

 

 

あの頃は。。。

 

「男性」

 

・・・というものが、ある意味、

鬼門みたいになっていたから。

 

私自身が、過剰に反応した。

というのも、あったのかもしれないけど。

 

 

OSHOの時もそうだったように、

自分にとって。

 

「鬼門」

 

・・・みたいになっているものは。

 

おそらく、過去生の中で、

自分自身が、十分に経験してきた

ものなのだろうとも思う。。。

 

 

だから。

 

「同族嫌悪」

 

・・・ではないけれども。

 

「今回、やりたいのはそれじゃないでしょ!」

 

・・・ということに気づかせるために。

 

 

イライラさせられたり、イヤな気分に

なったりするのだろうなぁ。。。

 

・・・と。

 

 

*******

 

 

細かいことをあれこれ書くと、

その先生の悪口みたいになって

しまうので、端折るけど(苦笑)

 

 

あの時の、イヤな気分を

簡単に書くとしたら。

 

 

「何なの?この勘違いした人は!!」

 

 

・・・みたいな感じだったと思う。。。

 

 

そして、私はあの時。。。

ハッキリ自覚した。。。

 

 

もう、、、

子供の頃のように、無条件で

人を尊敬することって。

 

出来なくなってしまったんだな。。。と。

 

 

それはおそらく。。。

私自身が成長したからなのだろうと

思いながらも。。。

 

反面。

 

ちょっと、寂しい気持ちが

したりもした。

 

 

私にとって。。。

 

そこに、「尊敬できる人がいる」

 

・・・ということは。

 

大きな喜びだから。。。

 

 

 

昔は。。。

 

バレエが上手。とか。

歌が上手。とか。

 

その人が。

自分にないものを持っている。

 

・・・というだけで。

簡単に人を尊敬できた。。。

 

 

だから。

世の中に、尊敬できる人が、

たくさんいた。。。

 

 

 

でも、気づけばいつの間にか。。。

 

尊敬できるポイントとなるところが、

変わっていて。。。

 

 

「その人は、何が出来るのか。

何を成したのか」

 

 

・・・ではなく、、、

 

 

「その人の意識が、、、

どこまで成長しているのか」

 

 

・・・に、なっていた。

 

 

 

この地上で生きている、

大部分の人が。

 

「自我」

 

・・・が、「自分」であると信じ込んで

生きているわけだけど。

 

私は。。。

それ自体が悪いことだとは

思っていない。。。

 

 

この地上では。。。

 

ハッと目が覚めた時に、

一時だけ、魂の意識を体現できる

ことはあるけど。

 

それを、維持し続けることは、

なかなか難しくて。。。

 

またすぐに。

自我の意識になってしまう。。。

 

 

でもそれが。

人間なのだとも思う。。。

 

 

だからそんなことでは、

イラッとすることもない。。。

 

 

でも。。。

 

自分の意識はまだまだ未熟だ。

 

・・・ということを自覚せず。

 

 

ただ単に、「歌がうまい」。

ある程度の「経歴がある」。

 

 

・・・というだけで、

人を見下したような態度をとったり、

それを誇ったりしている人を見ると。

 

 

そういうのは、本当に。。。

 

まるで、「園児」に見えてしまうし(苦笑)

 

 

今の私にとっては。。。

そういうのは、ただただ。。。

 

「勘違いしている」

 

・・・としか映らなくなってしまったので。。。

 

 

そういう視点で、

人を見るようになったら。。。

 

子供の頃に比べて。

尊敬できる人の数は。

 

グンと減ってしまった。。。

 

 

 

自分のそういう成長を。。。

寂しいと感じることもあったけど。。。

 

でも。

道を後戻りしようとしても。

 

それは到底、無理なことだし。。。と。

 

 

そういう自分を受け入れるまでに。。。

 

そんなことを、

あれこれ考えたこともあったな。。。

 

 

 

あの時、あの男の先生から、

みじんも感じなかったものは。

 

やっぱり、謙虚さで。。。

 

これを欠いている人に対して、

私は、常にイラッ!という

反応を起こすのだ。と。

 

ある時気づいた。

 

 

気づいてからは、前ほど、

異常なくらいイライラすることは

あまりなくなった。

 

そしてその後は。。。

人のことをどうこう言うよりかは、

自分自身が、謙虚でいる努力をしようと。

 

調子に乗らないようにしようと。

 

そういうほうを、

心がけるようになったりもした。

 

 

 

そんなわけで、もちろん。

その先生のレッスンは、体験だけで

終わったわけなのだけど、あの時。

 

 

「そういうことかな」

 

 

・・・と、自分の中で納得したものがあり。

 

 

結局その後も。。。

レッスンの量を増やすことは

なかった。。。

 

 

*******

 

 

あれは、秋ごろだったか。。。

 

年明けに、お教室の中にある

小さなホールで、プチ発表会を

行うことになったというお知らせがあり。

 

 

私もそれに、

参加することにした。

 

 

「まだまだ、日も浅いのに。

私が出てもいいのかしら。。。」

 

・・・という、思いもあったけど。

 

 

でも、正直言えば。

歌ってみたかったのだ。。。

 

 

 

声楽を始めた時に。

 

「親鳥のあとを追う雛」

 

・・・になると決めていた私は(笑)

 

 

あの頃はまだ、

何も自己主張することなく。。。

 

 

発表会で歌う歌も。

先生に決めてもらった。。。

 

 

「Lyricaさんの雰囲気には、、、

こういうのが合いそう」

 

・・・と、先生が選んでくれた歌は。

 

 

『Lascia Chio pianga

(私を泣かせてください)』

 

 

これが、私にとって。

声楽初舞台の歌となった。。。

 

 

 

 

 

つづく

子供の頃から、「踊ること」とともに、

「歌うこと」も大好きだったけど。

 

昔はただ。。。

楽しくて歌っているだけだった。

 

 

音楽の彼との出会いがあった頃。

『マントラ子守唄』を歌ったあの頃は。

 

私は、スピリチュアル的なことに

どっぷりのめり込んでいたから。

 

「声の響き」に関しての、

スピリチュアル方面でのあれこれに

関心を持ち。

 

チャクラ発声だとか。

ヴォイス・ヒーリングだとか。

 

そういうことに、夢中になっていた。

 

 

それが今では、こうして、

クラシックの声楽を習うことになり。

 

なんというか。

 

物理的?

 

例えば、テクニックだとか。

喉や身体の使い方だとか。

 

今度は、そういうことに、

あれこれ取り組むことになっている。。。

 

 

なんだか。

面白いものだ。。。と。

 

そう思った。

 

 

 

なんだかんだ言っても私は。

小さい頃からずっと、「歌」には

関わり続けてきていて。

 

 

いつだったか。

 

「もしや。。。

前世でウィーン少年合唱団に

いたことある?」

 

・・・なんて。

 

そんな風に思わされるような

経験があったけど。。。

 

 

あながち、、、

妄想でもなかったりして?

 

・・・なんて(笑)

 

 

あの頃。

改めて、思ったりもした。

 

 

*******

 

 

新しい先生と出会い、

『さくら横ちょう』を歌い始めたのは、

3月に入ったばかりの頃で。

 

バレエのほうは、あの、

天国のような(笑)お教室で、

腰を落ち着け始めた頃だった。

 

 

同時にあの頃は、、、

ひとり黙々と、ウイングメーカーの

マテリアルの。

 

特に、「詩」の翻訳に熱中し始めた頃でもあり。

 

自分で、マテリアルを訳すことを通して、

改めて、いろいろな気づきを得て。。。

 

感嘆のため息続き。。。

 

・・・みたいな(笑)

 

 

そんな日々だった。

 

 

そして。

あの、震災が起こった。

 

 

このあたりのことは、また改めて、

後日に、それぞれ書いていこうと思う。。。

 

 

*******

 

 

声楽の新しい先生とのレッスンを、

1回だったか、2回だったか。

 

そのくらいしか受けないうちに、

震災が起こり。

 

しばらくの間、お教室が

お休みになってしまった。。。

 

 

その間に、いろいろあって。

私の精神状態は、かなり

マズいことになったのだけど。

 

それこそ。

何かでバランスとらないと

ダメだと思い。。。

 

あの頃は。。。

 

声楽のレッスンを。。。

 

・・・というか、歌うことを、

心の拠り所にしていたような

気がする。。。

 

 

幸いなことに。。。

 

新しい先生とは、どこかで

波長があっていたので。。。

 

その後も、レッスンの時は、

とても爽やかで、清々しい気分で

いられた。。。

 

 

あの頃。。。

 

先生から、声楽的な様々なことを

教えてもらったけれども。。。

 

私の中で、一番のポイントに

なったものと言えばやっぱり。。。

 

 

「呼吸」。。。

 

 

・・・だった。

 

 

呼吸に関しては。。。

 

これは何も、歌に限ったことではなく、

ダンスでも、そして瞑想でも、

ずっと、意識し続けてきたもので

あったけど。。。

 

声楽のレッスンで、

呼吸法のあれこれを教わっていた時。

 

ふと、思い出したのだ。。。

 

 

以前。

 

あの、レイオルトに。

 

「歌いながら瞑想しなさい」

 

・・・と言われたことがあったな。と。

 

 

あの言葉を聞いた時は、私は。

瞑想なんてまったくやったこともなく。

 

だから、彼の言っている意味も、

全然解らなかったけれども。。。

 

 

「あぁ、、、そういうことか」

 

・・・と。

 

なんだか、今頃になって、

いろいろ解ったような気がした。。。

 

 

 

本当に。

 

すべての基礎になるものというのは、

やっぱり。

 

「呼吸」

 

・・・なのだと思う。。。

 

 

 

腹式呼吸。というか。

深呼吸。。。

 

これをすると。

意識は確実に変わるし。

 

意識が変われば、身体も

変わるし。

 

声の響きも変わる。。。

 

そんな気がする。

 

 

普段。

 

たとえば、こうしてブログを

書いている時もそうだけど。

 

何かに熱中していたりすると。

 

「あれ?私、今、息してた?」

 

・・・と思ってしまう時がある。

 

 

もちろん。

完全に息が止まっている

ことはないのだろうけど。

 

そう、錯覚してしまうほど、

呼吸は浅くなってる。。。

 

 

浅い呼吸も。

私は別に、悪いものだとは

思っていない。。。

 

特に、頭を使って何かするときは、

そっちのほうが効率的なのだろうとも

思う。。。

 

 

でもやっぱり、バランスは必要で。

 

浅い呼吸ばかりが続くと、

何かが偏るし。

 

こういう。

今のような現代社会では、

浅い呼吸でのほうが、効率があがる

仕事のほうが、圧倒的に多いから。

 

 

バランスを崩さないように。。。

 

時には意識して。

深い呼吸をする必要は。

 

やっぱり、あるのだろうなぁ。。。と。

 

そう思う。

 

 

眠って。。。

夢を見る時間が必要なように。。。

 

 

私の場合はそれが、

長年の間、瞑想だったのだけど。

 

 

結局、私にとっては。

 

「踊ること」も「歌うこと」も、

瞑想なんだな。。。と。

 

気づいていくことになった。。。

 

 

だから、踊っている時も、

歌っている時も。

 

 

「瞑想的な意識にシフトすること」

 

 

・・・というのが、自分の中では、

何よりも一番。

 

大事なこととなっていった。

 

 

*******

 

 

「もう。。。

桜の季節も終わっちゃいましたね(笑)」

 

・・・と。

 

 

『さくら横ちょう』も一段落した頃、

次に先生に薦められたのは、

『オンブラ・マイ・フ』。。。

 

 

あの頃も私は。

 

動画サイトで、いろんな人の、

『オンブラ・マイ・フ』を聴きまくったけど。

 

やっぱりこの、森麻季さんの歌が、

一番、しっくりきた。。。

 

 

 

日本人の声は、どこか繊細で。。。

 

西洋の人からすると、

細すぎる。と感じることもあるみたいだけど。

 

 

でも。。。

そういうのが好き。。。

 

・・・と感じてしまう私は。

 

やっぱり、日本人なんだなぁ。。。と。

 

 

 

 

 

 

 

つづく