そうやって、ボイトレを始めたのも。
多分。
「歌が上手くなりたい」ではなく。
「ライヴで歌いたい」
・・・というのが、その理由だったの
かもしれない。
ボイトレ・クラスの
発表会ライヴを観に行った時。
昔の記憶を刺激されて、
バンド時代を思い出した。
そしてなんだか、ものすごく
懐かしくなって。。。
また、ああいう、生バンドの
生演奏で歌えたらいいな。と。
そんな気持ちが芽生えた。。。
だから。
ほんの少しでも、また。
ああいった経験を味わえるかも
しれない機会に。
飛びついたのかもしれない。。。
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ボイトレもまた、個人レッスン
だったのだけど。
先生は、娘と同じ先生に
してもらった。
男性の先生だったけど。
声楽と違って。
そちらのボイトレは、特に、
「同性の声」にはこだわって
いなかった。
レッスンを重ねていくうちに。
私は、今まで知らなかった
色々なことを知り。。。
ひとくちに、ロックとか。
ポップスとか言っても。
いろんな歌い方。
いろんな声の出し方が
あるんだなぁ。。。と。
そういうことも、知っていった。。。
先生は言っていた。
「色んな歌い方が出来るように
なったうえで。
最後に、自分に合う歌い方を
決めればいいと思うよ」
・・・と。
自分の歌い方。。。って。
今思えば。。。
ある意味、そういうのはもう、
あの頃既に、確立していたような
気がしないでもない。
でも。
ボイトレの先生にそう言われたら。
自分に出来ない歌い方も、
出来るようになりたい。と。
そういう、欲張りな心が生まれて(笑)
私はあえて。
自分の苦手な歌い方に、
取り組んでみたくなったりもした。
声楽の先生は。
ボイトレの先生とは、
考え方が真逆で。
「自分を活かせる歌い方を
究極まで極める」
・・・という感じだったから。
そういう真逆のポジションを、
行ったり来たりすることが。
なんだか、面白かったりもした。
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ロックとかポップス系の歌を
歌う時。。。
高音が辛い。と
感じたことはなかったのだけど。
それは私が、
「ミックス・ボイス」というものを
使って歌っていたからなのだそうで。
「地声で高音を出す」
・・・というのをやってみた途端。
今まで、ラクラク出せていた音が、
苦しくて出なくなった。
地声やら、裏声やら。
ミックス・ボイスやら。。。
腹筋やら背筋やら。
それまでの私は。
歌う時に、そんなことを
考えながら歌ったことなど、
全然、なかった。。。
でも、レッスンを重ねるうちに。。。
歌う時に、いろんなことを
考えるようになってしまった。。。
それが最初は。
苦痛だった。
歌う時に、技術的なことを、
あれこれ考えてしまうことが。。。
今までみたいに。
何も考えないで、ただ、気持ちよく
歌いたいのに~~~と。
ボイトレを始めたことを、
後悔しかかったこともあった。
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「地声で高音」とか。
「儚い裏声」は。
私にとっては、
違和感ある歌い方だったけど。
ミックス・ボイスは。
逆に、「自然」なものだった。
でも、先生は言っていた。
「こっちが簡単っていう人。
結構、珍しいよね」
・・・と。
ウィーン少年合唱団時代に、
やっていたからです。
・・・とか、冗談を言おうかと
思ったのだけど(爆)
本当に言ったら。
ドン引きされただろうな。。。(笑)
地声よりも。
息たっぷりの裏声よりも。
ミックス・ボイスが一番ラク。
・・・というのは、どうやら、
娘も同じらしく。
教えたわけでもないのに、
似るものなのだな。と。
そう思った。。。
歌い方に、「遺伝」とかそういうの、
あるのかしら?とも。
そういう歌い方はともかく。
声質もまた、娘と私は
そっくりなのだそうで。
瓜二つだ。と。
目を閉じて聴いていると、
どっちの声なのか解らなくなると。
よく、先生に言われた。
我が家だけでなく、周りも見ていて
なんとなく、感じたのは。。。
顔とか体型とかよりも。
親子で一番似るのは、実は、
「声」なのではないのかと。。。
そんな風に思ったりもした。
でも、そんなだから。
娘と二人でカラオケなどで
一緒に歌うと、面白くて。
二人で歌っているのに、
一人で歌っているような。
ちょっと、不思議な感覚になる。
それと同じ感覚を、
娘もまた、感じているようで。。。
こういう「感覚」を。
私達は、楽しんでいた。。。
二人なのに、一人みたい。
・・・という感覚になるのはきっと。
声質がまったく同じなだけでなく。
声の揺れ幅とか。
強弱のつけ方とか。
そういうのが、ピッタリ同じだから
なのだろうとも思う。。。
意図せず、まったく同じなのだから。
これはもう。
遺伝子の問題だけでなく。
相当近い魂同士なのだろうな。と。
そんな風に思えて
しかたなかった。。。
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つづく