運命の出会い 212 | TRIQUETRA ~Tributary Zone~

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2代目のブログです

あの時、、、

ちょっと、嬉しい予感がしたのは。

 

 

「わぁ。機械がこんなに歌えるなんて

すごーい」

 

・・・と、思ったからではない。。。

 

 

所詮。

機械は、機械なのだ。。。

 

 

あの、『Mr. Music』という曲も。

あの、ライヴで。

 

バンドの生演奏で、

そして、人間のあの子が歌った、

あっちのほうが、全然良かった。

 

 

機械にはまず。

感情がない。

 

 

・・・とはいっても、「情」のレベルで

歌う歌は、、、

 

今の私にはちょっと、

重く感じたりもするのだけど。

 

そういう感情の振動さえ。

機械にはない。。。

 

 

 

昔から、父が演歌をよく聴いていたけど、

演歌はちょっと、苦手だった(苦笑)

 

演歌でなくても。

私が子供時代の歌謡曲はみんな。

たとえ、それがアイドルの歌だったとしても。

 

やっぱり、「感情レベル」の歌が、

メインだったような気がする。。。

 

 

そういう時代だったのだろうな。と。

 

そう思う。

 

 

だから昔は。。。

私もそういう曲を聴いて、

ジーンとなっていたりもしたけど。

 

いつの頃からか。

あんまり、響いてこなくなっていた。。。

 

 

 

機械には、そういう感情もないけど。

もっと、重大なものを持っていなくて。

 

それは。

 

「魂」

 

・・・なのだと思う。

 

 

機械の歌には、「魂」がないから。

 

だから、聴いているほうも、

魂を揺さぶられない。。。

 

 

歌って。

 

歌詞やメロディーや声質とか。

あと、テクニックとかもあるけど。

 

でもそれ以上に。

 

そこに乗っかってくる、

見えない何か。

 

見えない、振動があって。。。

 

 

私はそれが。

一番大事だと思っていたりする。

 

 

それっていうのは、

その演奏者の「魂の振動」なのだと、

思っているのだけど。。。

 

そういうのは。

歌の練習では磨けなくて。。。

 

 

その人が、どう生きたのか。。。

その人の精神性はどうなのか。

 

・・・みたいなところに、

かかってくるものなのだとも思う。

 

 

「味がある」

 

・・・なんてよく言うけど。

 

 

技術的にはあんまり上手じゃないのに、

なぜか、引きこまれる。

 

・・・みたいなのは。

 

そういうことなのだろうと。。。

 

 

だから、今の私には。

 

技術よりも、感情よりも。

 

「その人の魂」のほうが重要に

思えたりもするし。。。

 

 

こういうのは、歌だけでなく。

すべての芸術に対して。

 

思っていたりすることでも

あったりする。。。

 

 

*******

 

 

だからあの時は。。。

 

機械の歌の技術の進歩に

感動したわけではなかった。

 

 

ああいう機械。

 

「ツール」が進化することによって。

 

今まで埋もれていた才能が、

世に出るチャンスが増えていくのでは。。。と。

 

そんな予感がして。

ワクワクしたのだ。。。

 

 

 

・・・というのも。

 

これはある意味、私の「黒歴史」なので(苦笑)

あんまり触れたくはないのだけれども。

 

 

英語の専門学校に通っていた頃、

一瞬だけ、モデル事務所に所属していた

ことがあり。。。

 

 

なぜ、一瞬だったか。というと。

 

あの時、ほんの少しだけ、

芸能界の一端を垣間見て。

 

 

「あぁ。。。無理。

こういう世界、絶対に無理~~」

 

・・・と(苦笑)

 

 

さっさと、退散したからだ(笑)

 

 

「大きなものに巻かれる」

 

・・・というか。。。

 

 

「組織的なエゴ・フィルター」を

通過したものでないと、

世に出れない。みたいな。

 

そんな、息苦しさを感じた。

 

 

 

でも。

 

世の中には、表には出ていなくても、

素晴らしい才能を持った人は、

たくさんいるのだろうと思ったし。

 

もっと自由に。

 

自分の作品を発表できるように

なったとしたら。。。

 

私達の「芸術」の質は。

もっともっと、向上するだろうに。。。と。

 

そう思っていた。

 

 

もちろん。

 

全体の進化のために、そこに

「淘汰」は起こるのだろうけど。

 

それはもっと、ナチュラルな

「自然淘汰」であって。。。

 

一部の人の「エゴ」による

不自然な淘汰ではないのだ。。。

 

・・・と。。。

 

 

現にあの頃はそうやって。

 

個人が自分で楽しみながら作った曲を、

動画サイトにあげて。

 

そこには、大がかりなプロモーションも、

うっとおしい宣伝も何もなく。

 

ただ単に、置いておく。

 

それだけで、それをなんとなく聞いて、

良いな。と思った人達が、

自然と、その周辺に集まりだして。。。

 

いつしかその歌を、

「人」が、カバーしはじめて。

 

 

曲を作る人も。

歌う人も。

演奏する人も。

 

そして、ミキサーなんかも。

 

みんながみんな。

「個人的な楽しみ」でやっているから、

そこには、「お金」もまったく絡まず。

 

 

実際に。

主に若い子達の間で、

そういうことが、実現しているのだと

知った時。。。

 

 

あぁ。。。

こういうのが、本当なのだろうと。

 

 

あの頃、、、

しみじみ、そう思ったものだ。。。

 

 

それが、今では。

いつの間にかYouTubeさえもが、

「お金」というものに汚染されてしまって。

 

当時は単に、「作り手」として

楽しみながらやっていた人が、

「芸能界」に入ってしまったりして。

 

 

古い体制。というか。

 

「大きなエゴ」に。

支配されるようになっていくのを見て。

 

 

あーあ。と。

 

せっかくの良い流れが、

人のエゴイズムによって、

止められた。と。

 

ガッカリした(涙)

 

 

だから。。。

今はもう。

 

YouTubeを見ても。

 

あの時のようなワクワクは

なくなってしまったけど。。。

 

 

 

でもあの頃は。。。

 

その流れにワクワクしていたし。

 

あの時、ステージで歌っていた

あの17歳の女の子は。。。

 

バンド時代の頃の自分と、

どこか重なったりもして。

 

すごく、懐かしい気持ちになった。

 

 

だから、、、

私も、ボイトレのクラスのレッスンを

受けたい気持ちでいっぱいに

なってきたりもしたのだった。。。

 

 

ただあの頃は、

声楽の発表会を、間近に控えていたので。

 

その気持ちは一旦。

ひっこめた。

 

 

*******

 

 

2度目の声楽の発表会では。

ちょっと本格的な大きなホールで

歌うことになった。

 

 

今回は、歌う曲は自分で決めようと、

そう思っていたのに。

 

締切ギリギリまで。

何を歌いたいのか。

 

頭が真っ白で、何も浮かばなかった。

 

 

それが。

 

締切当日のレッスンの日。

 

朝、目覚まし代わりにつけていた

クラシック音楽番組から。

 

 

あの、森麻季さんが歌う、

ある歌が流れてきて。。

 

 

それを聴いた瞬間。

なにか、メッセージを受け取ったような。

 

そんな気持ちになった。

 

 

「あぁ。そういうことだったんだね」

 

・・・と(笑)

 

 

なので私は。

 

その日のレッスンで、

先生に、その歌を歌うことを

告げたのだった。

 

 

これもまた、あの。

 

『眺めのいい部屋』

 

・・・の映画の中で流れていた曲で。

 

 

「なんだか、世の中。

ホント、うまく出来ているな。

いろんなことが、繋がってる」

 

 

・・・と。

 

感動したものだ。。。

 

 

 

 

 

つづく