★底本
第一部 p134~139
★手塚による要約
孤独のうちに真の創造者の道を取ろうとする者の苦難と覚悟を説く。きびしく自分自身を乗り超えて創造することが求められる。
★解説
・手塚は動詞「入る」をしばしば「はいる」と平仮名表記する。だが、「入る」と「はいる」であれば前者のほうが読みやすいと思われるため、本記事では一部を漢字表記に直している。
・この章の冒頭部で、ツァラトゥストラは君(ツァラトゥストラが「わたしの兄弟」と呼んでいる者たちの一人)に「わたしの兄弟よ、君は孤独に入ろうとするのか。君自身への道をさがし求めようとするのか。それならもうしばらく足をとめて、わたしの言うことを聞くがよい」と語っている。そして、この章の最後で「わたしの兄弟よ、わたしの涙をたずさえて、君の孤独のなかへ行け。わたしは愛する、おのれ自身を超えて創造しようとし、そのために滅びる者を」と語っている。つまり、この章は孤独に入ろう(君自信の道を歩もう)としている君に対して、ツァラトゥストラが出発前の助言のようなものを告げているという構図になっている。
・ツァラトゥストラによれば、群衆は「さがし求めて歩く者は、道に迷いやすい。孤独にはいる者は常に罪だ」と言っており、君もその群衆の一人であった。
・p134の第五段落の「しかし」は「それでも」というニュアンスで捉えると分かりやすい。
・p135でツァラトゥストラは「ああ、世には高みを求める欲念が、なんと多いことだろう。野心家たちの痙攣が、なんと多いことだろう。わたしに示してくれ、君がそういう欲念にとらわれた者、そういう野心家の一人ではないということを」と嘆いている。その一方で、p136以降では「君は彼らを超えてゆく。しかし君が高みへのぼればのぼるほど、妬みの目は君を小さい者と見る」などと述べている。ツァラトゥストラは「君が、高みを求める欲念ゆえではなく、孤独に入ることで結果的に高みへのぼってゆくこと」を期待しているのだろう。
・ふいご(p135):火をおこすための送風機。英語で愚か者のことをfoolというが、foolは元々ふいごの意味であった。
・ツァラトゥストラは「何からの自由か」ではなく「何を目ざしての自由か」を君に問うている。そのことを述べる際にツァラトゥストラは「くびき」という名詞を用いているが、この名詞は「16 千の目標と一つの目標」でも登場している。
・p135の最終段落にツァラトゥストラの考える孤独者の定義の一部が書かれている。その次の段落でツァラトゥストラは「君が孤独のなかに身を置き、君とともにいるのは、ただ君自身の掟(おきて)に従う裁判官、復讐者だけだということは、恐ろしいことである。それは荒涼とした空間と、氷のような孤立の気圏へ投げ出された一つの星と同じことである」とも語っている。
・気圏(p136):大気圏ともいう。地球を包んでいる大気の存在する範囲のこと。
・「恒星や惑星って気圏には存在していないのでは」と不思議に感じ、原文を調べたところ、手塚が「気圏」と訳している箇所は、原文ではAthemとなっていることが分かった。Athemは息や呼吸や息吹(「いぶき」と読み、「息を吐く」や「生気や活気がある」という意味)という意味の単語なので、「気圏」は意訳なように思う。原文は「Also wird ein Stern hinausgeworfen in den öden Raum und in den eisigen Athem des Alleinseins」であり、「氷のような孤立の気圏へ」は「孤立した氷のような息吹の中へ」という意味なのだろう。
・p135に「君は星たちにも支配の力をおよぼして君の周囲を回らせることができるか」とあるが、この「星たち」は「氷のような孤立の気圏へ投げ出された一つの星」の「星」と関連しているのかもしれない。p137にも「君が一つの星であろうとするなら」という一節がある。「9 山上の木」のp89にも「星の世界を君の魂は渇望している」という一文がある。
・p136の第二段落にある「一者」は「ひとつもの」とも「いっしゃ」とも読む。前者の場合は「ただひとりの者」や「唯一絶対の者」などといった意味の普通名詞で、後者の場合は哲学者プロティノスが提唱した哲学用語となる。後者はto hen(ト・ヘン)とも言い、「一なるもの」とも表現される。文脈から考えて、この段落における「一者」は「ただひとりの者」や「唯一絶対の者」という意味だろう。
・ツァラトゥストラによれば、君(すなわち「孤独に入ろうとする者」)は「多数者から離れるも、多数者のことを憂いている段階」から「孤独に疲れ果て、誇りと勇気を失う段階(「わたしはただ独りだ」と叫ぶ段階)」となり、最後に「君の崇高ささえ、幽霊のように君を恐れさせ、虚無的な感情に至る段階(「一切はまやかしだ」と叫ぶ段階)」となる。現時点で君は「多数者から離れるも、多数者のことを憂いている段階」であるとのこと。
・p136の第五段落で、孤独な人間には自分自身を殺して死に至らせる感情(諸虚無的な感情)があるとツァラトゥストラは語る。孤独な人間の精神内では、自分自身を殺すか(自殺するか)、諸虚無的な感情を殺すか(諸虚無的な感情を克服するか)の戦いが展開されているという。
・p137でツァラトゥストラは「不公正と汚物を、かれら(君に妬みの目を向ける多数派たち)は孤独者に向かって投げかける。しかし、わたしの兄弟よ、君が一つの星であろうとするなら、かれらがそうするからといって、君がかれらを照らすことを少なくしてはならぬ」と諭す。
・ツァラトゥストラは「善い者たち、正しい者たち(日常的な意味における善人たちや正義感の強い者たち)」に警戒せよと説く。「善い者たち、正しい者たち」は自分自身の徳を創り出す者を好んで十字架にかけるほど孤独者を憎んでいるからだという。「ツァラトゥストラの序説」のp38~39にも「この町ではあまりに多くの者が君(ツァラトゥストラ)を憎んでいる。善良で正しい者も君を憎んでいて、君を敵、侮辱者と呼んでいる」とある。
・「神聖な単純さ」や「君の愛の発作」にも警戒せよとツァラトゥストラは説く。前者は1415年に刑死したヤン・フスの故事が元と踏まえている。フスは「異端の主謀者」と記された紙帽子を頭にかぶせられ、火刑に処されていたが、フスを悪魔とみなす敬虔なキリスト教徒が更に薪をくべると、“O, Sancta simplicitas”(おお、神聖な単純さよ)と叫んだ。このように、神聖な単純さ(に囚われている者)は、複雑なものには神聖さを感じることが出来ず、火刑の火をもてあそぶという。後者は「孤独者は道で出会った者にあまりにも早く(発作的に)手をさしのべるが、(孤独者を目指す)君には、手をさしのべてはならぬ人間が多くいるのだ」ということを指摘している。
・「手をさしのべてはならぬ人間には、手ではなく前足だけをさしのべよ」とツァラトゥストラは説く。ただし、その前足には「猛獣の爪がそなえられてあるように」とも追記されており、「前足だけをさしのべるときも断固たる厳しさを忘れるな」という趣旨のことが語られている。
・p138に「君の七つの悪魔」とあり、手塚は「この七つという数字はあくまで修辞的なものである」と解釈しているが、「七つの大罪」のパロディと捉えることも可能だろう。七つの大罪はラテン語ではseptem peccata mortalia(七つの死に至る罪)と表現され、同ページの「君は君自身を君自身の炎で焼こうと思わざるをえないだろう」や「いったん灰になる」といった箇所からは「死」のニュアンスが感じ取れる。因みに、ツァラトゥストラは七つの悪魔として「異端者」「魔女」「予言者」「道化」「懐疑者」「不浄の者」「悪漢」を列挙している。
・「君は君自身を君自身の炎で焼こうと思わざるをえないだろう。いったん灰になることがなくて、どうして新しく甦る(よみがえる)ことが望めよう。孤独な者よ、君は創造者の道を行く。君は君の七つの悪魔から、一つの神をみずからのために造り出そうと欲すべきだ」というツァラトゥストラの教えは、不死鳥(フェニックス)を連想させる。不死鳥は西洋の伝説上の鳥であり、「火の鳥」とも呼ばれる。不死鳥は寿命を迎えると、自ら炎に飛び込んで死ぬが、その灰から復活するとされる。死んだ後に復活することから、キリスト教徒の間では「処刑されたのち復活したイエス・キリスト」と関連づけて捉えられ、不死鳥はキリストの復活を象徴するものとなった。
・「灰と火」というモチーフは、「ツァラトゥストラの序説」でも用いられている。p15で老翁は「君は君の灰を山上に運んだ。きょうは君は君の火を谷々へ運ぼうとするのか」とツァラトゥストラに述べていた。
・実は、新約聖書には七つという数字がよく出てくる。『ヨハネの黙示録』にも「七つの教会」「七つの封印」「七つのラッパ」「七つの災い」という語句が登場する。
・軽蔑は「いやしい、くだらない、劣っている、つまらないなどと感じて馬鹿にすること」であり、その対象はしばしば他人であるため、軽蔑と孤独は、世間一般では関連性が薄いと考えられるだろう。しかし、ツァラトゥストラは「深い愛をもつ者は、軽蔑するからこそ創造しようとするのだ」と説いている。
・「君の愛と君の創造の力をたずさえて、君の孤独のなかへ行け」と「わたしの兄弟よ、わたしの涙をたずさえて、君の孤独のなかへ行け」は対句となっている。p138~139の段落にある「君の愛と君の創造の力をたずさえて、君の孤独のなかへ行け。時を経てようやく、公正は不自由な足をひきずりながら、君についてくるだろう」は、君の創造を後世の者(未来の者)は公正に評価するだろうという意味である。
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