★底本

第一部 p48~52

 

★手塚による要約

同志への教説が始まる。重荷に堪える義務精神から自律へ、さらには無垢な一切肯定のなかでの創造へ。これが超人誕生の経路である。

 

 

★解説

・「ツァラトゥストラの序説」はp47で終わり、第一部のp48~172は「ツァラトゥストラの言説」という部分に入る。

 

・「まだら牛」と呼ばれる都市に滞在しているツァラトゥストラは三様の変化について語る。三様の変化とは「精神が駱駝(らくだ)→獅子(しし)→小児(しょうに)と変化すること」を指す。

 

・駱駝は重荷に堪える義務感(「汝なすべし」)、獅子は自由を我が物とすることで新しい諸価値を立てる権利を自らのために獲得する自律性(「われ欲す」)、小児は習俗的世界を離れて自身自身に固有の世界を創り出す精神(「然り」)のこと。

 

・精神が小児の段階に達すると、善悪正邪といった世間の価値観に囚われることなく、人類の生(生命、生活)や世界を有るがままに肯定できるようになる。「然り」とは古語の動詞であり、「そうである」という意味。終止形は感動詞としても用いられる。ツァラトゥストラは「聖なる『否』」(p50)や「聖なる発語」(p51)など「聖なる」という連体詞を多用している。

 

・驕慢(p48):おごり高ぶって他人を見くだすこと。読みは「ごうまん」ではなく「きょうまん」なので注意。

 

・角逐(p50):かくちく。互いに争うこと。

 

・なまなか(p52):中途半端。

 

・精神が駱駝だったときに神と見做されていた存在をツァラトゥストラは巨大な竜と形容する。竜は東洋と西洋とで正邪に違いがある。東洋では竜は天子になぞらえるほど神霊視される存在だが、西洋では寧ろ神の恩寵を妨害する存在と見なされている。

 

・因みに、「まだら牛」は翻訳者によっては「五色の牛」や「彩牛」とも和訳されている。原文ではdie bunte Kuhとなっており、dieはドイツ語の定冠詞(英語におけるthe)で、bunteは「カラフルな」や「まだら模様の」を意味する形容詞である。Kuhは雌牛という意味の名詞なので、die bunte Kuhを直訳するならば「カラフルな雌牛」や「まだら模様の雌牛」となる。

 

 

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