★底本

第一部 p66~70

 

★手塚による要約

魂だけを強調して肉体を軽視する彼岸的・宗教的態度を責め、肉体の根本的意義を明らかにする。精神活動はその派生物なのである。

 

 

★解説

・ツァラトゥストラは肉体の軽蔑者を学びなおさせたり、肉体を軽視する価値観を変えさせたりしようとは思っていない。ただ、ツァラトゥストラは肉体の軽蔑者が沈黙し、最終的には死滅していくことを望んでいる。肉体の軽蔑者の死滅を望む描写は、「ツァラトゥストラの序説」の「滅びゆくかれら(天上の希望を説く人々)を滅びるにまかしておくがいい」と対応している。

 

・「ツァラトゥストラの序説」で綱渡り人を見ていた群衆に語り掛けていた頃のツァラトゥストラであれば、肉体の軽蔑者を学びなおさせたり、肉体を軽視する価値観を変えさせたりすることを望んでいたかもしれない。だが、「ツァラトゥストラの序説」(p42~46)で一つの真理を見た後のツァラトゥストラは、もはや肉体の軽蔑者に見切りをつけているのか、肉体の軽蔑者が沈黙し、最終的には死滅していくことを望む境地に達している。

 

・ツァラトゥストラによれば、幼子の肉体と精神は一体となっている。この考えを更に進めてツァラトゥストラは「自分は全的に肉体であって、ほかの何ものでもない。そして魂とは、肉体のあるものを言い表すことばにすぎない」「肉体は大きい理性である」と述べている。一人の肉体の内部において脳や神経は思考を司っているが、「肉体のあるもの」とは脳や神経などを指しているのかもしれない。もしくは後述の「本来のおのれ」なのかもしれない。

 

・<君が「精神」と名づけている君の小さい理性も、君の肉体の道具なのだ。君の大きい理性の小さい道具であり、玩具である>という箇所は肉体のほうが理性よりも上位にあるというツァラトゥストラの考えを示している。大地なくして人間が生存できないように、肉体なくして理性は存在できない。

 

・p67の第五段落でツァラトゥストラは自意識と無意識に関する持論を展開している。

 

・p67の最終段落に<だが、感覚と精神は、道具であり、玩具なのだ。それらの背後になお「本来のおのれ」がある。>という一文があり、筆者は「それらの『背後』とあるが、ツァラトゥストラは、前章『4 背面世界論者』で世界の背後に神や原理を仮定して現実逃避する背面世界論者を否定したのに、感覚と精神には(神や)原理を仮定している」と感じた。ツァラトゥストラは背面世界論者のように現実逃避している訳ではないということなのだろう。

 

・ツァラトゥストラによれば、「本来のおのれ」は人の思想と感受の背後に存在している。ツァラトゥストラは「本来のおのれ」を「(人の肉体の中に住んでいる)一個の強力な支配者」や「(人の肉体の中に住んでいる)知られない賢者」と喩えている。手塚の訳では「一人の強力な支配者」ではなく「一個の強力な支配者」(p68)となっている。

 

・p68では、「本来のおのれ」が「我」に苦痛を命じたときのケースと、「本来のおのれ」が「我」に快楽を命じたときのケースが対比的に示されている。この二つのケースを通してツァラトゥストラは、「本来のおのれ」がいかに自意識に対して作用しているのかを説明している。

 

・ツァラトゥストラによれば、肉体の中にある「本来のおのれ」は「本来のおのれ」自身のために精神を創造した。つまり、人の精神の中にある敬意・軽侮・快楽・苦痛は「本来のおのれ」が創造したものだとツァラトゥストラは主張している。

 

・つまり、肉体の軽蔑者は肉体を軽蔑するという愚行に及んでいるが、その軽蔑や、その愚行においても、肉体の軽蔑者は彼ら自身の「本来のおのれ」に仕えている。

 

・ツァラトゥストラによれば、「本来のおのれ」はおのれ自身を超えて創造することを最も強く欲するが、肉体の軽蔑者にとっての「本来のおのれ」は「おのれ自身を超えて創造すること」を実行する能力がなくなっている。それゆえ、肉体の軽蔑者にとっての「本来のおのれ」は死ぬことを欲し、生に背を向けている。

 

・p69の第五段落に「だが、それを実行するには今はもう時が遅い」とあるが、これは「ツァラトゥストラの序説」でツァラトゥストラが「超人を志向しない末人の世界が来れば、人類の可能性は消えていってしまう」と警鐘を鳴らしていたことを想起させる。

 

・p70「ながし目」:顔を向けずに、ひとみだけを横に動かして見ること。また、その目つき。よこめ。

 

・ツァラトゥストラは肉体の軽蔑者に「君たちはもう手遅れだ。わたしは君たちの道を行かない。君たちは、わたしにとって超人への橋ではない」と宣告する。「超人への橋ではない」の「橋」は「ツァラトゥストラの序説」で登場した「一つの橋」(p24)に対応している。

 

 

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