弥栄湖(やさかこ) 水上スキー
今日の水上スキーはネット上で見つけました。家からすぐ近くの弥栄ダムで水上スキーをやってるなんて行くしかない!と思い、最初は8月8日に予約したのですが、大きな大会があるので対応できないとのことで、今日になりました。弥栄(やさか)水上スキークラブの宮本さんというご夫妻が電話やメールで対応してくれました。国道186号線を大竹インター方面から来ると、湖が見えてから最初のトンネルの出口すぐに左折できる細い道があります。国土交通省の黄色いゲートを開けて入って下さいという連絡を受けていたのですが、ゲートは開いていました。
いったん山道を少しのぼり、すぐに急坂を下っていくと灯台のような塔があり、その下に車が2台止まっていたので、その横に止めました。
気づくとモーターボートの音がして、華麗に滑る姿が見えました。滑っているのは宮本さんの奥さんのようです。
弥栄(やさか)水上スキークラブのホームページによると、弥栄湖は山に囲まれたダム湖で風の影響が少ないとの事。
ここではエンジン付のボートは基本的には禁止されていまが、弥栄水上スキークラブはオイルフェンスの設置、オイル吸着マットの保有、オイル漏れのないインボード4サイクルエンジンの使用など万が一の水質汚染への対策をし、また湖岸の保護のためできるだけ引き波を残さないように設計された水上スキー専用ボートを使用するなど、様々な安全環境対策を施し、国土交通省と協定を結ぶことで水面の使用許可を得ているそうです。
手すりの上には私のために準備してあると思われるライフジャケットと、スキー板が置いてありました。
しばらく待っていると、モーターボートが帰ってきて、宮本さんご夫妻が迎えてくれました。ライフジャケットを着て、ボートの上で基礎を教えてもらいました。膝を曲げて、腕は伸ばして、腰を出す感じで。置いていかれたり、行き過ぎた時は、腕を上下させて調節するように。肘を曲げると疲れるとの事でした。早速、板をつけて水の中に入りました。水に入ると板のトップがぷかっと水の上に出るのですが、この姿勢を維持するのがなかなか大変で、水の中で手で掻きながら正対を維持しました。
やがてボートのスピードが上がっていくと、板が水上に浮いてきました。
続いて、引き波のなかで左右にスラロームしてみるように言われました。
腕を前にのばして、腰を突き出すように言われ、なんとか様になってきました。
3本目は、引き波の外に出て、大きくスラロームしてみるように言われました。引き波を越えるときは、ゲレンデのコブを越えるような感じで、膝で吸収しました。
波の外側は、全く波がなくて気持ちよく滑れました。奥さんからは「センスがある」と言われ、お世辞でも嬉しかったです。
3本滑ったところで、腕と腿がパンパンになって、一旦船着き場に戻りました。3本を1セットとしているそうです。宮本さんの旦那さんに、「もう1セットやりますか?」と言われたのですが、握力も下がり、腕も足も痛かったのでこれでやめにしました。
ご夫妻がこれからスラローム練習をするので、時間があったら見ていきませんか?といわれ、見せてもらうことにしました。板は2本ではなく1本です。水上スキーにはスラロームとトリックとジャンプという3種目があり、2本板を履くのはジャンプだけだそうです。
モーターボートのスピードは時速58kmと、私が滑った時の倍のスピードです。
家に帰ってから宮本さんの名前で検索して初めて知ったのですが、お二人とも元全日本チャンピオンでした。凄い人たちから教わったんだと、改めてびっくりしました。
旦那さんの宮本邦夫さんは、1999年に秋田県大潟村大潟村水上スキー場で行われた第45回桂宮杯全日本水上スキー選手権大会 男子シニアⅠクラスで総合2位。2003年の第49回全日本水上スキー選手権大会男子シニアⅠクラスでは総合優勝。
今年の7月18日(土)から20日(月)まで兵庫県加東市上三草高室池で行われた、第6回高室池水上スキー公認大会のトリックで第1位。現在トリックの日本記録保持者との事でした。
続いて、奥さんに変わりました。運転しているご主人に聞いたのですが、このモーターボートはGPSが搭載されていて、±0.1kmの速さで正確なスピードで走れる優れものだそうです。
奥さんの宮本恵美さんは、1998年に滋賀県草津市琵琶湖(津田江浦)で開かれた、第44回全日本水上スキー選手権大会シニア女子クラススラロームと、トリックで優勝。
1999年に秋田県大潟村大潟村水上スキー場で開かれた、第45回桂宮杯全日本水上スキー選手権大会 女子シニアⅠクラスのスラローム優勝。現在スラロームの日本記録保持者だそうです。
4時半頃まで練習を見せていただいて、名残惜しかったのですが、弥栄湖水上スキーゲレンデを後にしました。
弥栄湖と弥栄大橋
今日は午後から弥栄湖へ水上スキーに行って来ました。水上スキーは15時からでしたが、1時間以上早く着いたので、弥栄大橋の方まで行ってみました。
弥栄ダムは国土交通省中国地方整備局が管理する国土交通省直轄ダムです。堤高120.0mの重力式コンクリートダムで、総貯水容量を含め中国地方最大の重力式コンクリートダムだそうです。ダムによって形成された人造湖は弥栄湖(やさかこ)と呼ばれ、2005年(平成17年)に大竹市・岩国市の推薦によって財団法人ダム水源地環境整備センターが選定する「ダム湖百選」に選ばれているとの事でした。建設当初は「八丁ダム計画」としてスタートしましたが、1991年(平成3年)3月に完成する少し前に、地元の要望がありダム名を水没地域の弥栄峡にちなんで弥栄ダムに改称したそうです。
橋を渡った右側にレンタルボートの看板があったので、下りて行ってみました。
橋げたの下に駐車場があって、釣り人と思われる人たちの車が何台か止まっていました。
弥栄大橋は、人工湖に架かる斜張橋としては、西日本一の長さを誇っているそうです。名勝弥栄峡と名峰白滝山の絶景をバックに横たわる雄大な橋です。
全長560メートル、幅10、4メートル、橋面から湖底まで90メートルあり、使用された鋼材の総量は2600トンに及んだとの事でした。
又この橋は特にダムの景観を考慮して、単純優美に造形されており、日本で屈指の長大鋼斜張橋となっているそうです。
時間になったので、水上スキーのゲレンデに向かいました。
熊野神社と老杉群
「やませみ」を出た後は、熊野神社に行きました。かわせみのご主人が、ここから5分くらい走って右に曲がったところにあると教えてくれました。那智の滝という滝もあるとの事でした。ご主人の言ったとおり、5分ほど走って「熊野神社」の看板を右に曲がると、大きな鳥居が見えてきました。鳥居には「比婆大社」と書いてありました。
「熊野神社」は、古事記にも残る神話伝説の山、「比婆山御陵」の遥拝所として、古くから信仰を集めてきたそうです。
熊野神社略記という看板がありました。「創建不詳、和銅6年(713)までは比婆大神社と称し、嘉祥元年(848)社号を熊野神社と改称す。文亀二年(1502)奴可郡西条保久里村大檀那源親盛社殿造立、永正15年(1518)大檀那源尚盛社殿造立、天正4年(1576)怒恕郡西条保久里村大檀那源朝臣智盛社殿再興の棟札三枚が現存している。」と書いてありました。
長い石段を上がると、もうひとつ鳥居がありました。そしてさらに2段の石段が続いていました。
この石段をあがると、巨大な杉が立ち並んでいました。これほど1か所にかたまってそびえる巨大な杉を、今まで見たことがありません。
案内板には、胸高幹囲4m以上のものが55本、5m以上が11本あり、総数100本を越える老杉があると記されていました。
また、県下の杉の巨樹番付けによれば、上位50位中、本神社のものが26本を占め、大きさ本数ともに全国有数とのこと。中には、樹齢1千年を越える老杉もあるそうです。この巨大杉群は、「熊野神社の老杉群」として、昭和27年2月に、広島県の天然記念物に指定されているそうです。
中でも、県下第2位の巨大杉は、「天狗の休み木」と呼ばれ、天狗は「比婆大神」(イザナミノミコト)の使いと言われ、「夏の夜、時折この境内に、天狗の使ううちわの音が聞けた。」そうです。
山門をくぐると拝殿が見えてきました。拝殿でお賽銭を入れて色々お願いしました。
拝殿の左に道が続いており、鳥尾の滝(那智の滝)まで700mと書いてありました。
この上にさらに二ノ宮、三ノ宮と続いているそうです。行ってみたい気はしましたが、ひろしまクロスカントリーの疲れもあるので無理はしないほうが良いと思い、引き返しました。
帰り道も壮観です。杉の巨木に、自分が小人(こびと)になったような錯覚に陥りました。
帰りは七塚原のサービスエリアで一休み。あまりお腹が空いていなかったので、インターを降りてからセブンイレブンでラーメンを買って帰って、家で食べました。
ぎゃらりー牛小屋
食事処「やませみ」の会計をした後は、隣の「ぎゃらりー牛小屋」を見せて頂きました。まだお客さんがいらっしゃるというのに、奥様が出てきてくれて、いろいろ案内をしてくれました。もともと牛小屋だった建物で、しばらくは物置にしていたのですが、土間だったところに解体した古民家の床を張り、バーカウンターを設けてくつろぎの空間に仕上げたそうです。
軒先には、魚篭(びく)や笠、蓑(みの)などが吊るしてありました。
手前には東屋があり、雨の日の作業に加えて、調理や洗濯などが出来るようになっていました。
こちらが入口です。古い着物が暖簾(のれん)がわりになっていました。
中に入ると骨とう品や、陶器、民芸品などが所狭しと置いてありました。
中央には大きなテーブルがあり、真ん中の板を開けると囲炉裏になっているそうです。
こちらがバーカウンターです。たくさんのレコードが並んでいました。
バーカウンター内です。ここでシェーカーを振りながらカクテルを飲むのを思い浮かべながら造った空間だそうです。
2階への入口の扉です。牛小屋の扉をそのまま使っているそうです。
庄原やこの地域に住んでおられる作家さんのギャラリーとなっているそうです。
2階は半分のスペースのみで、半分は吹き抜けとなっており、下を見下ろす事が出来ました。
ついつい長居をしてしまいましたが、いつまで見ていてもキリが無いので帰る事にしました。2階から階段を見下ろしたところです。
奥さんが最後まで見送ってくれて、犬小屋として造った建物には犬は入ってくれず、2階に住みついている話や、道を挟んで反対側にある川辺にホタルが見える話、民家再生協会のイベントに参加したいが土日は稼ぎ時なのでなかなか出れないといった話をしてくれました。2時に入って4時20分まで、2時間20分もお邪魔してしまいましたが、とても素晴らしい建物と素晴らしいご夫婦に、再会を誓って「かわせみ」を後にしました。
「やませみ」の「おまかせ定食」
しばらくすると、おまかせ定食が出てきました。やませみの頭をイメージしたと思われる、紙製の箸置きです。
最初に出てきたのは、ナスの煮物、岩くらげの甘露煮、キュウリとクラゲの中華風和えもの、大根の漬物と梅干しでした。
地産地消のものばかりで、どれをとってもとても美味しかったです。ご飯を1杯おかわりして頂きました。食べ終わったあとに見た器(うつわ)は、どれをとっても素敵なものでした。
デザートを頂こうと思い、再びメニューを見て、ケーキセット800円を注文しました。
フルーツケーキに、ピオーネ、プチトマトのコンポート、ブルーベリー、そして絶品だったのがキュウリのゼリーでした。最初はマスカットかな?と思って食べたのですが、口の中に残る後味はキュウリのような感じがしたので奥さんに聞いたところ、キュウリとの事でした。アイスティーも美味しかったです。
隣の座敷の壁に掛けてあった置物は、樽のふたを利用しているようです。
お客さんがいらっしゃったので撮影できなかったのですが、玄関を入った正面には囲炉裏の席がありました。玄関の土間には薪ストーブがありました。
左には古い時計が掛けてありました。こういった骨董品は、田中さん御夫妻が大阪に住んでおられた頃に、京都や大阪で集められたもので、大阪のマンションに入りきらなくなったので、古民具の合う古民家を探し求めて関西や中国地方をまわって、ここ西城町熊野にたどり着いたそうです。
私が座った隣には米屋吉右衛門という木箱があり、なんだかとても愛着が湧いてきました。
喫茶・お食事処「やませみ」
ひろしまクロスカントリーの後は、日本民家再生協会の「すみあい塾」でご一緒させて頂いた山口建築工房の山口社長のブログで紹介されていた喫茶・お食事処「やませみ」に向かいました。「やませみ」は、道後山クロカンパークから20分ほど。国道183号線を庄原方面に戻り、比婆山別れを右折して3分ほど走った右手の小高い場所にありました。
左側にはこんな看板がありました。こちらを経営する田中さん御夫妻は、9年前に大阪から移住して、築110年の古民家を改装し、平成18年12月に喫茶・お食事処やませみを開店。さらに2年前に、骨董や地元の芸術家の作品などを展示した、「ぎゃらりー牛小屋」を開店されたそうです。テレビ朝日系で放送されている『人生の楽園』(じんせいのらくえん)でも紹介されたとの事でした。
入口から見た縁側の手前には水車小屋があり、縁側の外には大きな一枚板の縁台がありました。
到着したのは2時過ぎで、お昼時をだいぶ過ぎていましたが、テーブル席は一杯で、カウンターに案内して頂きました。やさしそうなご夫婦が暖かく迎えてくれました。カウンターの上には山口建築工房の卓上カレンダーが置いてありました。
塗り壁には稲穂が塗り込んでありました。奥さまによると、ちょうど古い土壁を落として、塗り直した時に初めての稲が収穫されたので、記念に塗り込んだとの事でした。
梁の上には一輪刺しが並んでいて、その上には大きな自在鉤がありました。
古そうな箪笥と、懐かしい黒電話、建具も建築当時のもののようです。
山口さんお薦めの「おまかせ定食1200円」を注文してしばらくすると、ご主人が、「お座敷が空いたのでどうぞ。」と一番奥の座敷に案内してくれました。テーブルは、土蔵の大戸と内戸を加工して造ったものでした。
こちらは板の間です。
テーブルは、丸太を脚にして、牛小屋の扉を加工して造ったものだそうです。
まるでクーラーが入っているかのような涼しい風が縁側の方から入ってきました。日本家屋ならではの風通しのよさからくるものです。
第10回ひろしまクロスカントリー大会
今日は、第10回ひろしまクロスカントリー大会に出場するために、道後山高原クロカンパークに行ってきました。7時半に家を出て、途中、安佐サービスエリアで朝食をとり、10時過ぎに道後山に着いたのですが、会場の少し手前で何も悪い事をしていないのにお巡りさんが手を回して寄ってきました。「クロカンパークの駐車場は一杯なので、スノーリゾート猫山の駐車場に止めて下さい。」とのこと。左折してあと500mで会場だったのですが、右折してスノーリゾート猫山の駐車場に向かいました。
猫山のゲレンデが見えてくると、車は渋滞となり、なかなか前に進みませんでした。
ようやく駐車すると、カーナビは会場まで2kmとなっていました。家を出た時は雨降りだったのですが、晴天となりました。
猫山の駐車場から列をなして、歩くこと20分。ようやく道後山クロカンパークの看板が見えてきました。
さらにしばらく歩いていくと、右側に調整池のまわりに芝生のコースが見えてきました。
遠くの方には大勢の人がいるメイン会場が見えました。左側には「比婆道後山温泉荘」と「すずらんの湯」が見えました。
ここは世界的にも珍しい天然芝の常設クロスカントリーコースだそうです。亀井静香さんが自民党時代に誘致して、さらに2003年度から、庄原市と比婆郡4町、総領町が計5億4000万円をかけて宿泊施設や温泉を整備したそうです。
標高は700m。総面積58haの中に多目的広場、総合体育館、野球場、宿泊施設などが整備され、サッカーやインラインスケート、サイクル競技も楽しめ、スポーツ合宿をはじめとして、多くの人々に利用されているそうです。また、オオサンショウウオやモリアオガエルが棲み、スズランが自生する豊かな自然の中、自然観察会も行なわれるとの事でした。奥に見えるのは道後山高原スキー場です。
木陰をみつけて場所を確保し、参加賞の入った袋を開けてみました。中にはゼッケン、タイム計測用チップ、ミズノ製ヒバゴンのスポーツタオル、オタフクソース、10周年記念のヒバゴン手ぬぐい、大会プログラムなどが入っていました。プログラムを見ると私が出走する5km一般男子35~49歳の部は182名のエントリーでした。
ゼッケンは「Go!Go!Go!Go!」というラッキーナンバーでした。
早速、記録計測用RCチップ(ランナーズチャンピオンチップ)をシューズに取り付けました。
今回の大会には2265名がエントリーしており、子供と保護者が一緒に走る1kmのファミリーコースが11時にスタートしたのに続いて、1.5km、3km、私が出場する5km、8kmの計5コースが順次スタートし、男女別、年齢別に計34の部門にわかれています。
5kmコースの召集のアナウンスが入りました。気温は32℃、湿度60%、5kmコースの参加者は620名で5コース中最多との事でした。集合したところで、通りがかりの人に1枚写真を撮ってもらいました。
11:55分に一斉にスタートしました。私は前から3列目くらいからスタートしました。最初に2kmを1周し、その後3kmを1周して合計5kmとなるコースです。
最初の1kmは約5分で快調に走ったのですが、徐々にペースが落ちていき、3km地点のタイムは16分。その後どんどん抜かれていき、4kmでは23分でした。途中2か所の給水所があり、とてもありがたかったです。最後の上りではもう歩こうかと思うくらい苦しかったのですが、なんとか29分35秒のタイムでゴールしました。
ゴール後は係員に誘導されてRCチップを返却し、サントリーのゲータレードをもらいました。テント下にいた家族連れのお父さんに1枚撮ってもらいました。
ここで係の方から手渡された中国新聞の特報を見てびっくり。今日の開会式から1kmファミリーコースの様子、3kmのゴールの様子と解説が写真入りで載っていました。中国新聞のちゅーぴー号という多機能取材車に発電機やパソコンや高性能プリンターを搭載していて、イベント会場に出かけて取材し、その場で新聞を編集、印刷して配布しているそうです。
その後、記録賞発行書に並んで、完走賞をもらいました。記録は29分35秒。136位という成績でした。
少し休んでから、貼り出されたリザルトを見に行くと、私が出走した5km一般男子35~49歳の部は182名のエントリーでしたが、実際に出走したのは143名で、ビリから7番目という成績でした。
2時からお楽しみ抽選会があるという事で、ゼッケン2枚のうち1枚を抽選ボックスに入れました。
会場が沸いているのでコースの方に行ってみると、8kmのトップの人たちが帰ってきたところでした。マツダのピーター・カリウキ選手(23)が23分47秒で初優勝し、同じマツダのサムエル・ガンガ選手、JFEスチールのジョセフ・ギタウ選手といったケニア出身の選手が上位を占めていました。私が全力疾走するより速いのではないかと思うくらいの驚異的な速さでした。
出店には定番の焼きそばやカレー、フライドチキン、フランクフルト、ジュースなどの他に、手打ちそばもありました。
受付でもらった大会プログラムやヒバゴン手ぬぐいは販売していました。どちらも300円でした。
ジェラートが美味しそうだったので、並んでいちごミルク味のジェラートを食べました。かなり大盛りで、イチゴの粒々が入っていて美味しかったです。
2時のお楽しみ抽選会までいて、すずらんの湯に入って帰ろうと思っていたのですが、あまりにも暑かったのと、温泉が大混雑のようだったので、予定を変更し、またまたスノーリゾート猫山の駐車場まで歩き、道後山を後にしました。
次回は9月6日の八幡高原聖湖マラソンです。なんとか真ん中より上ぐらいの順位を狙えるよう、頑張りたいと思います。
白馬村で「大人の社会見学」開催
白馬村公民館の生涯学習講座「白馬塾」が8月19日に開かれ、「村の公共施設めぐり」をテーマに、約20人が参加したという記事が8月21日の大糸タイムスに掲載されていました。
今の白馬村について知る「大人の社会見学」で、公共事業の役割や意義について理解を深めたそうです。参加者は村職員や姫川砂防事務所の職員の案内で、大出地区にある公共下水処理場の白馬村浄化センター、倉下地区の地滑り対策のため作られた排水トンネル工など、村内の公共施設4か所を回り、下水処理場では、微生物の力を利用して汚水を浄化する「オキシデーションディッチ法」浄化システムで、いくつものタンクの中で汚水が浄化処理され、川に放流できるまでの工程を見学したとの事でした。
こういった施設を見学できる機会はあまりないので、是非定例化して、多くの村民が見学できるように四手ほしいと思います。
野性鳥獣対策 白馬村に大規模電気柵設置
野性鳥獣による農作物被害が増加する白馬村で19日、大規模な電気牧柵の設置作業が行われたという記事が8月20日の大糸タイムスに掲載されていました。
村や県、住民ら十数人が参加し、近年、被害が目立ち始めた飯田、堀之内両地区の東山山麓沿いに電気牧柵を設置したそうです。白馬村では4年ほど前からイノシシやニホンジカによる農作物被害が確認されるようになったとのことで、東山山麓を中心に被害エリアが拡大している状況にあり、最も被害が大きいのは私の実家のあるスノーハープ周辺だと書いてありました。
実家の周辺には、2006年の収穫前の水田で大規模なイノシシ被害があり、2007年の6月から白馬村の先頭を切って 電気柵が張り巡らされ、イノシシ避けのネットを畦道に敷 くようになりました。自然環境の変化からか、昔は里には姿を見せなかったイノシシやカモシカが山から下りてくるようになり、村内各所で被害が報告されています。野生動物と共存していく事の難しさを感じました。
白馬村が地デジ対応独CATV網の独自整備へ
大町市と北安曇郡白馬村をサービスエリアとするケーブルテレビ(CATV)会社、アルプスケーブルビジョン(ACV)が地上デジタル放送への移行断念を検討している問題で、白馬村は村がCATV事業者となり、地デジ放送を行う方針を決めたという記事が昨日の信濃毎日新聞webに掲載されていました。
19日、村議会の全員協議会で方針を説明。9月定例会に関係事業費を盛った本年度一般会計補正予算案を提出するそうです。以下、記事の一部を抜粋して掲載します。
『白馬村によると、全村域に光ファイバー網を整備する。村役場を地デジ放送の受信施設とし、地上波、衛星放送と、村の議会情報などを流す自主放送の計18チャンネルを配信する。この光ファイバー網を利用して、同村神城地区で高速インターネットの利用環境も整備する。村によると、総事業費は9億5100万円の見通し。国の地域情報通信基盤整備推進交付金と地域活性化・公共投資臨時交付金を充て、村の負担は1億2780万円になる見込みという。CATVの加入金や利用料、サービス開始の時期などは未定。施設の運営などに関する条例案は12月定例会以降に提出する方針。太田紘熙村長は「(ACVの地デジ断念を受けて)村として対策が必要だった。情報格差解消のほか、将来的には福祉などへの活用も期待できる」と述べた。』
莫大なお金がかかるようですが、CATV、高速インターネット環境が確保されるという事は、情報共有化のためにも是非とも必要な事だと思います。
























































