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2010年12月08日 05時57分30秒

「いきものがかり」~そこらへんにあるあったかリアル  2. 3本の矢

テーマ:音楽の時間

前回書いたように、僕の「いきものデビュー」は「茜色の約束」が収録されている「ライフアルバム」。

ははぁ、この3人組なんだなと思いつつ・・・名前が読めない。

水野良樹は「みずのよしき」で問題ない。これは中学生にだって読めるだろう。

問題は山下穂尊。

やました・・・ほ・・・。

やました・・・ほ・・・そん。

やました・・・ほ・・・とうと?

そして吉岡聖恵。

よしおか・・・せいえ?

せいえ、せいえ、せいえと繰り返して発音していると、一世風靡セピアを思い出した。

いやいや、「せいえ」じゃぁないだろうと思っていたら、脳裏に菊池桃子が出てきて「空にSAY YES!」と微笑んでいた。




ま、実際はネットで調べてすぐにわかったことだが。


作詞作曲者、歌詞を見ながら僕は感じたものだ。

水野っつーのは、実に明るいポップなハンテンションナンバーを作るんだなと。

そして山下の楽曲のなんと深い、メロディアスな世界。

かなり大雑把なくくりだが、水野の世界は「明るく楽しく」で、山下のそれは「美しくシリアス」ではないかと。

ここで、ファンならずともおおむね知られているいきものがかりの結成を考える。

彼らは最初、水野と山下の二人だった。楽曲の制作をいつ頃から始めたのか知らないが、水野は山下の世界を「自分とは違う」と感じ、山下もまた「俺にはない世界がこいつにはある」と思ったに違いない。そうして二人はお互いに認め合ったはず。卓越したものをそれぞれが持ち寄って結成された路上ユニット「いきものがかり」は「こいつとやる音楽はめっちゃ楽しい」という原動力によってスタートした。たぶん。


が、路上でのパフォーマンスは、おそらく時として心無い仕打ちにもあう。男性二人のユニットを見て、「あぁ『ゆず』のマネだろ?」的な冷たい言葉もあったんではなかろうか?山下自身、「ゆず」に共感して始めたものだからそれは図星であり、返す言葉もない。プロデューサーはいないし編曲者もいない。たぶんリードとベースのギターだけという数少ない楽器で若者二人ががなりたてたところで、そのメロディも歌声も相模大野の青空に雲散霧消するだけ。当初は女子高生の群れを相手に始めたものだし、「かっこいい!」とか「キャー!」とか言われて終わっていた。おそらくは、「もっとちゃんと聴いて欲しい!」「聴く者の胸に届けたい!」という気持ちが募ってテコ入れを図ったに違いない。

そしてそれは、彼らが音楽に対して本気だったからに他ならない。吉岡の加入によって、少なくとも「女の子にもてたくてやってるわけじゃない」のだなと、見られ方が変わる。また、女子高生の群れを相手にすることから脱却して、より規模の大きい(と思われる)本厚木や海老名へと活動の場所を移したことからも、彼らが心身ともに「動き出した」ことが知れる。


そうやって、そこに初めて「いきものがかりが誕生した」のだと僕は考えている。

「画竜点睛を欠く」というが、吉岡抜きの水野・山下はまさにそういう状態だったと僕は見ている。水野と山下の手による楽曲はとても質が高く、過去にあったどういう曲と比べても模倣やなぞりの類を想起することはまずない。単にオリジナリティに溢れているに留まらず、躍動感や高揚感をかきたて、人の胸に沁み、涙腺を刺激するノスタルジックな作品群だ。だがそれほど素晴らしいものを作りながら、スピーカーなしでは残念ながら人々の耳には届かない。吉岡抜きでは、本当に相模大野の空に消えて行って終わりだった。訴求力に欠けていたのだ。人に伝える、訴えるという意味において、この吉岡というキャラクターはどんぴしゃ。前回書いた、天賦の吉岡ボイスのおかげであり、加入当初は「ただでカラオケできる」とばかりに「な~んも考えずにひたすら歌い倒した」きよえがいたはず。

「音楽に国境などない」という。僕もそう思う。何故なら考えなくていいからだ。言葉なんかわからなくても、ルーツやジャンルなんか知らなくても、「それは感じればいい事」だからだ。僕が「茜色の約束」に吸い寄せられた時、歌詞なんか知らなかった。どんなバンドかも、作ったのが誰で、歌っているのが誰なのかももちろん知らない。でも僕は感じたのだ。何しろ感じたのだ。言葉で説明することなんかできない。胸にじわじわと熱いものがこみあげて来て、とっても心地よくて、「こんな自分でも生きている」ということを強く実感したのだ。


水野と山下によるハイクオリティな楽曲に吉岡ボイスが加わり、いきものがかりは魂を宿した。ファンが増えない道理がない。山下が水野に声をかけたのが始まりで、そこに吉岡が加わったいきものがかり。こいうケースは高校時代にいくらでもあるケース。実に身近にあるありふれたパターンだ。かくいう僕も、かつて高校3年の時に仲間と音楽をやっていた一人だが、「誰かの胸に届けよう」などという気持ちはなかったし、また「本気モード」の練習をしたわけでもなく、お遊びバンドで終わった。

が、いきものがかりは違う。僕が言いたいのは、そこらへんにいる若者があれほど完成度の高い楽曲を産み出し、小学生からお年寄りまで幅広い支持を集めることがすごくうれしい。日本全国に募集をかけてオーディションを勝ち抜いたわけでなく、幼少の頃から両親に英才教育を施された良家というわけじゃない。本当にそこらへんにいる若者が、ああいう温もりのある作品を提供してくれる。これは、誰にだって「いきもの」が宿っていることを表していると思うのだ。人には何であれ、秀でている面だとか得意としている何かがある筈で、不断の努力でそれをこつこつと磨いていけば、いずれは何らかの形になるのだといういいお手本でもあるからだ。彼らの音楽に触れていると、「命」の、「いきもの」の尊さが実にリアルに迫ってくる。


「3本の矢」というのは、戦国武将の毛利元就にまつわる話。

晩年の元就が3人の息子に言う。「そこにある矢を1本折ってみよ」と。

それぞれに難なく矢を折ってみせる息子たち。

次に、「それでは3本一度に折れるか?」と元就は問う。すると、1本なら簡単に折れた矢が、3本になると誰も折ることが出来なかった、とされている。これは元就にまつわる逸話であって、事の真偽は問わない。元就が言いたかったのは団結することの意義と大切さで、兄弟が力を合わせて事に当たれば何事も解決できると、気持ちを違えることなく3人が協同するのだぞ、と諭す話だ。


僕はいきものがかりを「3本の矢」になぞらえたい。

水野の楽曲と山下の楽曲はカラーが違う。水野がA面担当で山下がB面およびアルバム用の楽曲担当らしいが、それはそれぞれのカラーを活かした結果そうなっていると思う。いきものがかりの世界は水野だけでも山下だけでも成り立たない。最初に書いたように、水野の世界は「明るく楽しく」で、山下のそれは「美しくシリアス」だ。僕は、この対照はいわば「明と暗」であり、そして「光と影」だと考えている。お断りしておくが、僕は何も決め付けてはいない。「そういう感じを受ける」という事であって、それもかなり大雑把な感覚で、という事。しかも「ライフアルバム」の1作だけ見て、おおまかにだ。明るい山下の楽曲も、深い水野の楽曲もあると思う。たとえば「YELL」あたりは水野の作だけども、マイナーなトーンが全体を覆っていて、どちらかといえば荘厳で、悩み苦しむ若き日の気持ちが曲を支配している。孤独を自覚しながらも、それぞれの夢に向かって自己と闘う強い意思表示が歌われていて、そんな中にあっても、まためぐり逢う友がいて、こころにYELLを持ち続けている。「お互いがんばろう」という気持ちを忘れはしないと歌っている。新たな人生に旅立つ若者の心に深く刻み込まれる「荒っぽいけれども温かみのある」応援歌だ。この曲は全国中学校合唱コンクールの課題曲だし、またアレンジが松任谷正隆だからかもしれない。どういうわけか、僕は荒井由実の最後のシングルである「翳りゆく部屋」を思い出した。共通点って特にないと思うが、雰囲気で思い出したものだ。


この「光と影」は人にとって欠かせないもの。明るいばかりでは生きていけないし、暗く沈んでばかりでも始まらない。光があれば影があるのが人生。影があってこそ光は際立ち、影を乗り越えてこそまばゆい光だって射す。いきものがかりの作品群には、この両面があるからふところが広いのだ。

そしてさきほど書いたように、そこに命を吹き込んで人々の胸に届ける役割を果たす吉岡ボイスがある。


この3本の矢があるからこそ、いきものがかりはますます輝き、走り続けることが出来る。

そうして僕らの胸を打つ。


今回は少し長くなりましたが、また次回は別の角度から書くことにします。




さざんカルビ-ライフアルバム

そこらへんにあるあったかリアル 1.吉岡ボイス


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2010年12月03日 05時14分45秒

「いきものがかり」~そこらへんにあるあったかリアル 1.吉岡ボイス

テーマ:音楽の時間

僕が最初に聴いた彼らの楽曲は「茜色の約束」だった。携帯電話のCMソングに使われていて、すごく気になってアルバムを手に入れた。以来、すっかり「いきものファン」になってしまった。これから少し、彼らについて僕が感じることや考えさせられる事を書いていこうと思う。


まず惹きつけられたのは、ボーカルである吉岡聖恵の声だった。伸びがあって、力強くて、それでいてやさしく語りかける親しみのある声だ。この声はいい。どこまでも高く、遠くまで届きそうでいて、それなのにまるで隣りにいるかのような近さと温かみをおぼえる。この心地よさは、そう、体温に似たぬくもりをもった声なのだ。これを勝手に吉岡ボイスと名づける。


こういう声の歌い手がいたろうかと考えてみた。

例えば宇多田ヒカルの声は美しいと思う。けれども近さは感じなくて、上質で、気品を湛えたゴージャスなイメージ。ゴージャスな感じは、一時期ファンを魅了した鬼束ちひろとか時代がかなり違うが「赤い鳥」「ハイファイセット」と活躍した山本潤子(現在はソロでがんばってらっしゃる)あたりを想起する。

近頃活躍するアーティストで、AIとかJUJUなんかはまた異質な声で、ハスキーセクシー系の歌い手。

昭和の時代に活躍した歌手はたいがいミルキーボイスが席巻していたと思う。松田聖子がその代表。中森明菜はデビュー当時はミルキー系の声だったが、歌唱力が増して歌姫へと成長していく過程でゴージャス系へと脱皮した。それも濃密なゴージャスへと。

吉岡ボイスに似た歌手としては、例えばELTの持田とか元ジュディマリのユキあたりだろうか。ちょっとまとめてみよう。


ゴージャス系

宇多田ヒカル、鬼束ちひろ、山本潤子・・・

ハスキーセクシー系

AI、JUJU、最近スタジオが火事になったというUA・・・

あったか親しみ系

いきもの吉岡、ELT持田、ユキ・・・


近々ママさん歌手として復帰するらしい矢井田瞳は親しみのある声だが、ややハスキーが入ってて関西弁を使うせいもあって一気に下町化する。中島美嘉もハスキーセクシーしていて親しみはない。あとは浜崎あゆみのようなたくましボーカル系があるが、あまり魅力を感じない。

あったか親しみ系として持田を挙げたが、彼女は基本的にへたくそ。聴いていてつらい。ユキも親しみを感じるけれども、昭和のミルキーまじり。そこが支持されたのかもしれない。僕自身ジュディマリは好きなバンドだった。


ごちゃごちゃと書いたが、要するに僕は吉岡ボイスが好きなのだ。

美しさはなく、女性としての色気も薄いこの声にどうして惹かれるのかをもう少し考えてみると、おそらくそれは懐かしさやわかりやすさに行き着くのだと思う。必ずしも学校であるとか学生だとかを特定しないまでも、彼らの楽曲には高校生活を匂わせる内容のものが多い。彼らの年齢からして当然なのだが、そこに吉岡の「温かく近い声」が見事にはまる。何故なら、高校生活や青春のその時期というものは誰にでもあって、悩み苦しんだり将来への不安を思ったりという経験が聴くものの胸に必ずよみがえる。美しくない吉岡の声は、どちらかというと学級委員長の号令(全員!起立!礼!みたいな)的な活発さと隣の机に座るクラスメイトの気安さを感じさせるのだ。

聴くものを瞬時に「あの頃」に立ち返らせ、クラスに必ずいた元気な女の子の「聞き覚えのある声」を重ねる。懐かしく、温かく、心地よい。


「いきものがかり」というバンド名が示すように、彼らの楽曲には生きとし生けるものをひとしなみに愛する思いが溢れている。そういう事がわかる年齢というのは、やはり小学生では無理で、中学生なら理解しているが受身に過ぎない。高校生以上になれば、考え方も感じ方も大人と変わらず、ただしこわいものなしに加えて漠然とした将来不安を抱えているからたちが悪い。理解した上で反発したり無視したり逆にないがしろにし出すのだ。そこにドラマが生まれる。本当はわかっているのに素直になれない態度が自分の中にいつのまにか現れ始める。そのような、人としての成長過程ど真ん中を背景に吉岡ボイスが炸裂する。だから彼らの楽曲はより普遍性を持ち、そして胸を打つ。


次回は別の角度からまた考える予定です。


さざんカルビ-吉岡聖恵

そこらへんにあるあったかリアル 2. 3本の矢

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2007年09月15日 05時37分05秒

阿久悠を悼む~その日本語のわかりやすさ

テーマ:音楽の時間

ちょっと間が開きました。

「阿久悠」追悼記事 の続きです。


近頃流れているCMで、スバル・インプレッサのがある。ポルノ・グラフィティの曲が使われている。

「愛とぉ~いう~っ、名の心にきざっまぁ~れぇ~た・・・をぉ~」という歌詞だ。CMで流れている部分しか知らないし、その先はよく聞き取れないが。僕はポルノ・グラフィティに関して特に好悪はない。一定のファンを獲得しているから売れているんだろうと思う。ただ僕にとって問題なのは、このフレーズ内の「きざまれた」の部分。特段気にしていなかったせいかもしれないが、この「きざまれた」が相当聴かないとわからなかった。何て言ってるかわからず(判断できず)、そのままにしていたが、テレビで流れるたびに、次第に注意して聴くようになっていた。それでもわからない。もう何度となく聴いて、或る日やっと「きざまれた」と歌ってる事に気づいた。ファンではないから彼らの曲を聞くことは滅多にないし、その声質にも馴染んでいなかったせいかもしれない。そうは言いながら、やはり「きざまれた」を「きざ」と「まれた」に区切られるとなかなか解りにくいのでは?と思うのだ。

今は他の例が思いつかないが、そのように言葉を妙なタイミングで区切られたせいで、困惑するケースはしばしばある。


そこで阿久悠の歌詞だ。膨大な詩作をチェックしたわけではないものの、氏のものした歌詞には、そういうケースはあまりないんじゃないかなぁと考える。それは、阿久悠が日本語を大切に使っているからにほかならないと思うのだ。中学生あたりで習った文節というやつだ。文節は文節ごとにきちんと区切って使う。「きざまれた」の真ん中で、音の高低をつけた上にリズムまでも変化されると、聴いてる方はなんだかわからない。わかりにくい。

その、文節を区切るというのは俳句や短歌にも通じるもの。変則的な例もあるだろうけど、5・7・5または5・7・5・7・7のリズムを守って文章が書かれていれば、歌唱が全体としてまとまりのあるものになるのではないだろうか。

別の言い方も出来る。標語を考えたり、オリジナルの詞を作ったりするような場合、割合と5・7・5を中心としたリズムは基本となるもので、作りやすいしそらんじやすいものだ。

前回取り上げた尾崎紀世彦の「また会う日まで」を見ても、字数は必ずしも5・7・5ではないが、リズムはほぼその拍に揃えられていないだろうか?

・・・数えてみたが・・・合わないなぁ。(笑)

いや、僕は音符を読めないから、何分の何拍子とかで違って来るんだろうけど、何しろ文節ではきちんと区切ってある。言葉プラス「てにをは」の助詞でひとまとまりだ。とてもわかりやすいのだ。

あまりにもジャンルが広く、これが全て阿久悠の詞だと聞いて驚くばかりなのだが、演歌からフォーク、ボサノバ風、更にピンクレディまで網羅する詞のどれを聞いても、「何て歌ってんのかわからない」というのがないのだ。とにかくない。見当たらない。

あるいは僕のひとりよがりかもしれない。が、インプレッサのCMを聴くたびに、「阿久悠の詞にはこういう例はなかったよなぁ」と思うわけだ。


詞が先か、曲が先かはその時によって違うと(たぶん)思う。思うが、詞と曲が揃った段階でチェックはしているはず。「歌いやすく」、「聴きやすく」、「意味がわかりやすい」という、万人に親しまれるよう入念に言葉を選び、更に独特の世界観まで与えるという、その仕事量からしても、本当に誰もできない事を成し遂げていた偉大な人だったんだなぁと改めて思う。


天国から、自分の歌が歌い継がれているのを微笑みながら眺めている事だと思います。

ご冥福を祈ります。

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2007年09月12日 06時40分02秒

阿久悠を悼む~その普遍性ゆえ

テーマ:音楽の時間

小さい頃の僕にとって、「阿久悠」は作詞家ではなかった。

それが名前だという認識すらハナからなくて、従って作詞家どころか一人の人間でもなかった。ごくごく小さい頃だから、作詞や作曲の意味などわからなかったという事だ。テレビで歌う歌手の、その歌のタイトル横に必ず書かれている「阿久悠」という文字は、店先に並ぶお菓子(お菓子しか目に入っていない)の箱に書いてあるベルマークとかジスだかジャスだかのマークと同じ『記号』に過ぎなかったのだ。芸能界にいる人は、みんな久悠」という記号をつけていないと歌えないみたいな認識だった。それがあれば歌手として歌えるというか、歌ってよいとされるみたいなことで、誰が作ったなんてことは眼中になかった。少し大きくなってからは、作詞作曲の意味を理解し、そうして本当にどの歌手も「阿久悠」の詞である事に驚き、しかしまだ、芸能界における『認印』的な印象が長いこと続いていた。

一人の人間があらゆるジャンルの詞を手掛け、それがどれもこれも人気を博していたというのはまさに超人と言っていい存在だと改めて思う。

平成の時代に入るまでに、音楽界も様々なうねりがあって、ベストテン番組が飽きられ、テクノやらラップやら、ヒップやらホップまでが浮き沈みした。昭和という時代を代表する顔の一人として、氏の業績はひと言では表わせない。庶民の娯楽の中心にあったテレビが他の色んなメディアに侵食されていく中、それでも氏がものした歌は今でも時代を超えて愛されている。


訃報が伝えられて以来、テレビ各局はもちろんの事、様々なメディアで追悼特集が組まれているようだ。その、耳に馴染んだ色んな曲を聴きながら、なんでこれほどまでに、この人の作品は売れるのか?誰かが言ったかもしれないが、いちおう自分なりに考えてみた。


代表作として、尾崎紀世彦の「また会う日まで」を取り上げる。歌詞を(1番だけだが)そらで言えるしとってもシンプルだからだ。


またあう日まで 会える時まで 

別れのその訳は話したくない

なぜか空しいだけ なぜか悲しいだけ

互いに傷つき すべてをなくすから

二人でドアをしめて 二人で名前消して

その時こころは何かを 話すだろう


僕の記憶が正しければ、この曲がヒットしたのは1970年。僕は5歳だった。

男女の別れを描いたものだが、たぶん、まだまだ恋愛における男性の地位が高かった時代。現代のように、だらしない男に愛想をつかして、女性が男性の頬を平手打ち(場合によってはグーで)一発入れて肩をいからせながら去っていくケースは少なかった時代だ。酒乱であれ、バクチ男であれ、DV男であれ、「ひたすら女が耐えなければならない風潮」に覆われていた頃ではないだろうか?が、この詞はどちらに非があるという事を一切語っていない。「また会う日まで」と男女が別れる事をはっきり言ってから、しかし「別れのその訳は話したくない」と拒否している。そんな事を語れば「なぜか空しいだけ・・・すべてをなくすから」だ。「なぜか」から「なくすから」までの9文字9文字8文字9文字で、たった35文字の2フレーズで実に多くの事を語ってくれている。男と女は百人百様で、あらゆる出会いがあり、あらゆる愛の形がある。それが壊れる理由もまさに様々。が、惹かれ合っていたのは事実だし、それがもう修復できないのも悲しい現実なのだろう。その時に、相手を非難する言葉を投げつけたところでもうどうにもなりはしない。悲しみがいや増すだけで、大事に取っておきたかった「あの頃はよかった記憶」までがややもするとウソになってしまう。そんなものはなかった、と。一切ペンキで塗りこめてしまいたくなってしまう。

そんな事は今更よそう、と。

そうして、「二人で~」に続くのだ。ここも男女のどちらかが、例えば「あなたが」でも「君が」でもなく「二人で」というところがまさに時代の先を行っている。高度経済成長の只中にあって、それが行くところまで行ったら「今度は女性が時代をリードするのだ」という事を予見するかのような描写だ。

最後に、「こころは何かを話すだろう」と締めている。「もう戻れないけど、それでも君を(あなたを)愛した気持ちは本当だった」と自分の胸に語らせているわけだ。


今から40年近く前の単なる流行歌なのに、これほど普遍性を持つ歌詞をなんと言ったらいいのか。僕はこの詞におおいなるシンプルさを感じて、かつ情景の美しさを見た。ごくごくやさしい、誰にでも解る言葉で書かれ、それが聞く人によってそれぞれの過去を映し出す。とっても見事なものだ。


それを考えていたら、僕は短歌や俳句を思い出した。


もう1回書く事にする。

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2007年09月06日 03時53分27秒

YUIのアンブレラ(後)~終わり

テーマ:音楽の時間

前回「YUIのアンブレラ(前) 」の続き。

にあたる「わかってるはずなのに・・・」に及び、曲の変化と歌詞からも明らかだが、女の子は彼を迎えに来たわけではない。

「雨が降るたびここに来てしまう」のだ。

彼と別れてしまってから、ここにやってきたところでもうどうにもならない。そんな事は百も承知で、しかし雨が降るとどうしても彼を思い出してしまい、そこに佇んでしまう。待ち人は来ないとわかっていながら「待ぁってるのよ。ずうっと待ってるの」だ。

「許してあげる」のから「(自分の非を認めつつ)許してあげる」のに移り、最後のでは「許してほしい」に変化していくさまが描かれている。時間の移り変わりに伴い、二人の距離が少しずつ離れれば離れるほど、逆に思いは募っていく気持ち。もっと早く修復できていたはずなのに、つまらない意地を張って、自分の気持ちを素直に出せなかった後悔。過ぎた時間は取り戻せない。彼はやはり現れない。

「改札口が暗くなるたびに優しかったあなたの事想って泣いた」

せつない詞だ。


くどくどと書いたが、作詞した本人には、そんな自覚は実はないかもしれない。

ファンなら周知の事だが、YUIは「YUI語」なるものを使って曲を作る。ギターをでたらめにかき鳴らし、指で遊び、その時の気分によって、奏でた雑音からメロディをひきずり出す。YUI語は詞ではなく、言葉でもないいわば「言語未満」の音。その、「音以上言葉未満」のYUI語を未確定の雑音と混ぜ合わせながら、それを次第次第に曲に仕立てていく。彼女にしかできないものだろう。アーティストの中には「ル~ルル~」とか「ふんふん~」で作曲をする人もいるかもしれないが、彼女がYUI語を使うところがミソで、YUIの楽曲に体温に似たものを感じるのはこの独特な作曲法にあると思う。何故なら、詞と曲が別個ではなく、同時進行で作られるからだ。今そこにあるYUI自身の気持ちが曲のコア(核)をなし、そうしてその彼女自身の体温によって形づくられるからだ。メロディと詞と気持ちが渾然一体となっているからだ。


そういうふうに考えていくと、YUIの曲を聴くと、そのまま彼女の気持ちがよりストレートに伝わってくるというものだ。この曲は本当に何度聴いてもじんわり来る。



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2007年09月05日 05時32分27秒

YUIのアンブレラ(前)

テーマ:音楽の時間

ファーストアルバムは散々聞いたし、このセカンドアルバムも車の中でもう何回も聞き倒しているが、僕はこの中でUmbrella(アンブレラ)が一番のお気に入りだ。

歌詞カードを見もせず、その曲の題名が何なのか知りもせず、とにかくひたすらデッキに入れっ放しで聴いていた時期に妙に気になり、この「アンブレラ」だけは歌詞を見ながら聴きなおした。もちろん「チェリー」だとか「ローリングスター」だとか、どこかででも流れる曲は始めから耳に馴染んでいるが、この「ちゃ~ぷ、ちゃ~ぷ・・・」で始まるモノトーンのメロディは一種独特の空気をたたえていて、このアルバムの中では全く違う匂いを発していたのだ。


ちゃぷちゃぷ雨がふる二丁目の路地

あなたを迎えに駅までゆくの

ちゃぷちゃぷ本当はケンカしたから放っておきたいけれど

黒い傘忘れてた だから

待ってるのよずっと待ってるの

許してあげるだから早く マイダーリン

改札口が見えるこの場所で

困り果てたあなたの事捜すけれど

今夜も帰りが遅いね


ちゃぷちゃぷ降り続く二人の間に小さな水たまり

白い靴汚れてた だけど

待ってるのよずっと待ってるの

許してあげるだから早く マイダーリン

改札口が見えるこの場所で

手を振っているあなたの事捜すけれど

今夜も帰りが遅いね


わかってるはずなのに

雨が降るたびここに来てしまう 今夜も

待ってるのよずっと待ってるの

許してほしいあたしのこと マイダーリン

改札口が暗くなるたびに

優しかったあなたの事想って泣いた

今夜も帰りが遅いね

今夜も帰りが遅いね


行を開けて歌詞を3つに分けた。1番と2番、それに最後の展開の部分だ。この3つはいわゆる三段論法でいうところの「序・破・急」にあたると思う。


では、彼がうっかり忘れていった傘を手に、駅に迎えに行っている。ただ、ケンカした為にあまり気がすすまないのだ。そうは言いながら、「許してあげ」ている。ここまでは、ケンカも些細な事のようだし、「許してあげて」もいるから、「まぁカップルにはよくあること」と軽く流せそうだ。むしろ「ケンカしたから」とふてくされた言い方から「放っておきたいけれど」「だから」と畳み掛けるあたりは揺れる感情の振幅をよく表わしていて心を突き動かされる。つまり、「ケンカしたんだから雨に濡れようが知ったこっちゃない」ではなく、「ケンカしたからこそ」気持ちがそれ以上離れる事を怖れ、大切な人が雨に濡れる事を放っておけないのだ。


では、「実は事態は深刻なのではないか」と聴く側に思わせる展開が開く。

「些細な事」と思っていたが、水たまりが出来てしまっている事が告白されるのだ。しかも、単に「雨が降る」ではなく、「降り続く」とあり、少しずつ少しずつ、時間をかけて出来た水たまりだと明かしている。そうして「白い靴汚れてた」とある。これは、僕は「白い靴=女の子」と解釈した。ここまでで、ケンカの原因やどちらが悪いのかも明かされていないが、「白い靴汚れてた」によって、女の子の方に実は非があるという吐露だと思うのだ。

「待ってるのよ」以下はと同じだが、最後の1文に変化が見える。「困り果てたあなたの事」ではなく「手を振っているあなたの事」と言っている。つまり、「許してあげる」と言っていた自分優位の立場ではなく、「許して欲しい」そして「迎えに来た自分を、仲の良かった以前と同様に温かく受け入れて欲しい」という願いが透けて見える。

「降り続く雨」=「二人の関係に生じたかすかな齟齬(そご)」が、次第に「水たまり」=「認め合っていた仲に生じた溝」となり、距離が少しずつ離れている。女の子はその原因は自分だと認め、ざんげの気持ちを抱き、「手を振っているあなたの事」その姿をひたすら待っているのだ。


そしてだ。


以下続く。


参考記事:YUIと鬼束~その母性と父性

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2007年06月02日 05時03分03秒

鬼束ちひろにウエルカムバック

テーマ:音楽の時間

「僕らの音楽」を見た。鬼束ちひろの復活。


休業していた時期は「気力がなかった」そうだ。

「タレント的な活動に疲れた」というのが休業の一番大きな理由だったそうだが、理由なんてもういいと言うか、再び立ち上がってくれた事で全て水に流そうと思った。


何故って、彼女の歌を聴けば、引きこもっていた時期がどれほど苦しかったかがわかろうというものだからだ。

生きている事が苦しく、曲を作る事が彼女にとっての癒しになってたという鬼束にとって、その「曲すら作れなかった」時がどれほど苦しいか、凡人にははかりかねるものがある。


番組の中で披露した曲は3曲。

新曲と、流星群と、なんかのカバー曲。

確かにそれは鬼束の声だった。透き通る、その美しい彼女の声は失われていなかった。だが、音程はあやふやに震え、アクセントはままならず平板に過ぎ。曲が盛り上がるにつれて熱を帯びてはいたものの、かつてのあの力強さには程遠かった。それはまるでリハビリを始めたスポーツ選手のようで、フィールドに立つにはまだまだ時間がかかるなと思わせた。けれども、素足で立つ彼女の姿を見ると、「あぁ原点に戻ろうとしている」事はよくわかる。その足は、陸上をやっていた彼女のカモシカを思わせるそれではなく、どこかむくみさえ見てとれるもの。

だが、そういう姿をさらしてくれたからこそわかるものがある。

苦しかったんだなと。苦しんでいたのだなと。


プロデュース担当の小林武史に「鬱積(うっせき)してる」と言われて悔しかったそうで。それは端的に言い換えると「おまえ腐ってんなぁ」だろう。

鬼束は「死んでたまるか!」と、まだ「魂はあった」わけだ。よかった。

新曲が出来た感想として「達成感」を挙げていたが、正直なところ、個人的にはその完成度は高くないと思う。インディーズ盤かと思ったくらいだ。おそらく、リハビリを始めた人にとっての第一歩と同様に、「全然できなくなっていたところから一歩前進した」程度ではないだろうか?曲を作る事さえできなかったところから、新しい曲を生み出したのだから大いなる前進と言える。それに、その歌詞には彼女の苦しんだあとと思えるような言葉もいくつかあった。


暗闇の中から一歩も動けない状況にあった彼女が、カーテンを引き、窓を開け放ち、風を入れて息を吸い込み、そうして外出して人に会うまでになってくれた。そうして新曲をリリースするほどに回復してくれた。これを明るい材料と言わずして何と言う。本人も吐露している。以前に自分が作った曲がうまく歌えないという、ブランクの衝撃だ。小林プロデュースによる「東京環境会議」なるイベント。久方ぶりに人前に立った鬼束が「月光」を歌う様子が映っていたが、(言っちゃァ悪いが)まぁその歌のひどい事。およそ歌手のものではない。その「自分の歌がまともに歌えない」ほどに沈んでいた彼女がもろにあった。


けれども、鬼束は再び立ち上がったのだ。

彼女に救われた人がたくさんいるのだ。彼女は今やっと自分の足で立ち上がり、カメラの前で笑顔を見せてくれた。これから、少しずつ自分を取り戻して、彼女自身の歌をも取り戻して、そうして人々に力を与えてくれるだろう。まずは彼女自身だ。


ファンである僕らとしては、今の、ありのままの鬼束ちひろをただ受け入れて、そうして「おかえり」と言ったらいいと思う。


おかえりなさい。ずっと待ってた。


参考記事:鬼束ちひろの復活




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2007年02月22日 06時45分26秒

鬼束ちひろの復活

テーマ:音楽の時間

店を閉めた火曜日の深夜、僕はコンビニにいた。正確には日付が変わっており、14日の水曜日だが。店内に流れる音楽にふと耳をすました。


鬼束ちひろだった。


僕が持ってる楽曲はインソムニアだけでしかなく、その曲が何かはわからなかったが、どういうわけだか、その声に新しい何かを覚え、「ひょっとして新譜なのか?」と感じたのだ。


そうして、その日ネットのニュースの中に、「鬼束ちひろが新譜を出す 」という文字を僕は見つけた。

二年半ぶりに新譜を出すという。まだ死んでないそうだ

よかった。鬼束が復活するのだ。


鬼束ちひろについては前に何度か書いており、近頃すこぶる評価している「YUI」との比較をしている 。だが、鬼束ちひろもやっぱりいい。


彼女の楽曲には「喪失と再生」がテーマになっている曲が多いと感じるがどうだろうか?

ブレイクしていた頃のライブ映像を見たことがあるが、足を運ぶ観客は口々に「救われた」とか「癒された」とか言っている。涙する人も多い。

ここ半年くらいを見ても、亡くなった著名人にしろ、相次ぐ自殺者にしろ、「喪失感」をいったいどうやって埋めたらいいのか考えさせられる事が少なくない。僕自身、父を喪っておおむね1年になろうとしているが、ついこの間までその「穴」がなかなか埋まらなくって困惑した。

死別に限らず、「職を失う」、「恋人を失う」、「お店が閉店する」という事もある。そこにごく当たり前にあった(いた、存在した)人やものが『なくなる』という衝撃は時に、僕らにとてつもないエネルギーを要求する。


いつも思う事は、強くなりたいという事。

それはすなはち、『うしなったものたち』に自分がいかに依存していたかという現実であり、いかにかけがえのないものだったかという証であり、そこから立ち上がる為にエネルギーが必要になるのだ。職を失えば、新しい仕事に就かなければならないし、恋人に去られたら別の誰かを探すのか、一人の道を歩むのかを選択しなければならない。ひいきにしていたお店がなくなった時だって、ではどうする?という次の一手が求められるだろう。


喪失感に苛まれている真っ只中にいたら、人はつくづく弱いなと(もちろん僕も含めて)感じるし、こうしちゃいられないと思ってはいても、テレビのチャンネルを替えるようにはいかない。そこで、誰かに声をかけて欲しいのが人なのだ。再生に至る過程で、優しく語り掛けてくれる存在を乞う。とびっきりひ弱な状態にある時に、「それでいい」と肯定してもらえたら救われるのかなと思う。


「鬼束は父的だ」と前に書いたが、意外にも、彼女は復活にかなり時間を要したようだ。もちろん出て来れなかったその理由は僕にはわからない。けれども、今また彼女の言葉を陽の当たる場所に放ってくれたら、それで救われ、癒される人がたくさんいるはずで、本当に待ちに待った復活だなと、喜んでいる。


鬼束ちひろの復活を期す




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2007年01月17日 23時12分24秒

密やかな楽しみ 2 「区麗情」

テーマ:音楽の時間

彼女の音楽を最初に聴いたのはたぶん10年以上前。

きっかけはCDショップに置いてあった情報誌で、近日リリースされる楽曲の広告やその作品にかけるアーティストの意気込みなんかが載っているもの。販促目的で店側がおいているからもちろん無料。それをぱらぱらと眺めていて、読めない名前にぶつかった。いや、最初は名前と思えなくって、「む?これはなんだ?」と目に留まった。


「区麗情」


なにかの当て字か何かか?といぶかしんだ。とっさに頭をよぎったのは暴走族が使う「夜露死苦」とかの類だった。よくよく読むと、それは「ク レイジョウ」と読むそうで、なんでも中国系のクォーター(両親のどちらかがハーフ)だとか。

ふ~ん。

紹介されていたのは「晴れた日、雨の夜」という彼女の二枚目のアルバムだったのだが、編集者との対談形式で本人のコメントが掲載されていた。聴いた事がない人だし、言葉だけではどんなものかはわからない。僕の目を釘付けにしたのは対談の内容よりもそのページの柱として付けられていた惹句だ。


「至福の歌声を持つ昭和最後の歌姫」


実は『至福の歌声』以外はうろ覚えなんだが。うしろの修飾語は単なるシンガーだったかもしれない。

この、『至福の歌声』に僕は心躍らされてしまった。


いったいどんな歌声なんだ?

ルックスに関して言えば、クォーターというミステリアスな響きと、加えてしなやかかつ柔らかな印象。しかし芯は強そうだと感じた。とにもかくにも聴いてみたかった。

早速その「晴れた日、雨の夜」を入手。


実際に聴いてみると、こういう場合「あぁ、そうなのね・・・確かにいい声ではあるが」

で終わるケースが殆んどだと思う。しかし、僕はこの『至福の歌声』という形容はどんぴしゃだと感じた。

キンキンと甲高い声ではなく、割合と細めに伸びるハイトーン。伸び方に奥ゆかしさが漂う。どこか聞き覚えのありそうな、懐かしさと親近感が嬉しい。太くはないがちっとも頼りなさはない。肝心な部分はきっちり細い糸のようなビブラートが美しくかかり、そのしなやかさは毛並みのよい鹿や、或いは流線型のフェラーリを思わせた。車に例えるのも変だが、ほんのりと丸みを感じるのだ。聴けば聴くほどもっと聴いていたくなるその声に、僕はすっかり魅了されてしまった。至福の時だ。


歌詞に関しては、提供されているものもあるが彼女自身によるものが多い。まぁ女性の気持ちというものを率直に吐露した等身大の歌詞なのだと思う。それについてはそれほど気にはならなかった。やっぱり彼女の魅力は声だと、僕はそう思う。

「晴れた日、雨の夜」以来、僕は彼女の新譜が出るたびにそのCDを購入し、『至福の声』に酔った。


区麗情の名前 を口にしても、実際誰も彼女の名前を知らない。もちろん、一定のファンは全国にいるのだけどブレイクする気配はなかった。大々的に売れる様子は。

名前が売れてしまうと、どこか磨り減ってしまうような気持ちになってしまう。事実、スケジュールが過密化して創作活動にじっくりと時間を割けない事態は困る。身体を壊してノドを痛めてもらっても困る。だから「あまり売れて欲しくはない」と思っていた。彼女のペースで仕事が出来る程度に売れてくれればいいと考えていた。


しかし、確か現在、彼女はレコード会社との契約が切れているはずだ。僕の考えていたよりも少なくしか売れなかった為だと思う。残念な事ではある。彼女の新譜が聴けないのは惜しいが、少なくとも今の段階では、僕はそれまでの彼女の為した仕事に一応の満足を得ている。これまでに手に入れた楽曲は決してなくならないから、それを一人でこっそりと楽しんでいる。


彼女の価値を僕は評価しているし、ひとまずはそれで充分だ。


区麗情
晴れた日、雨の夜
区麗情, 嘉藤英幸, 上野浩司, 浜田省吾
Country Girl




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2007年01月15日 07時18分17秒

密やかな楽しみ 1 「JUDY AND MARY」

テーマ:音楽の時間

やや危なっかしいタイトルだがいかがわしいものではない。主たるテーマは音楽。


無名のアーティストや歌手に出会って「む?これはいいんではないか?」などと感じ入り、人気があるなしに関わらず自分が支持していてそれを支持しつづけていた結果じわじわとファンを獲得してついに・・・ブレイクを果たすというようなケースが時々ある。

そんな時に思うのはたいがい

「ふっ。俺が育てたのさ」というおごり。

だがそれは単なる妄想であってとんでもない勘違いだ。

才能のあるアーティストであれば放っておいてもブレイクするものだし、一人で10万枚かのCDを購入したのであれば話は別だが己が楽しむためだけに1枚買っただけの極めてオーソドックスないちファンの力などたかが知れている。もちろんそのようなファンの、ひとりひとりの小さな力が結集されて埋もれていた才能を世に知らしめるのもまた事実ではあるが。

残念ながら、結果としてブレイクするまでには至らなかったケースもあるが、己が勝手に支持していたアーティストを気ままに紹介するシリーズをやってみる。


まずはジュディ&マリー

残念な事に解散してしまったこのグループは、ロリータボイスのユキを中心に据えたポップバンド。いっちゃん最初に聴いたのは、確かシングル二枚目の「BLUE TEARS」もしくは三枚目の「DAY DREAM」だと思う。


「蜃気楼の真ん中でいつか汗ばむ身体を包んで、熱い風がひとりきりのアタシをおいてく」


というフレーズがずずんと胸に残り、「これはぁ~!!!」と感じたのだ。情けないことに、この歌詞を持つ曲が上記のどちらかがわからないのだ。次の「ORANGE SUNSHINE」でない事は確か。

おぼろげな記憶だが、それはテレビの新人歌手のコーナーだった、気がする。番組は忘れたが、司会者が何かを振るでなく、もちろん「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」みたいに壇上に一緒に登場して自己紹介をしたり頭をはたかれたりもしない。CM明けに唐突に画面に現れ、曲のタイトルとバンド名がテロップで簡単に示され、いきなり始まる。演奏が終わるとそれでしまい。二度と番組内には出てこなかった。

だが、俺はしばらく動けなかった。

どことなくダークな雰囲気を漂わせ、間違いなくパンクの匂いを伴う一種妖しげとも言えるロック。しかし、ボーカルのユキはそのハイトーンな声と、それでいて足元の確かさを感じさせる低音部の丁寧さで「その実力」を示した。顔つきはまさにロリータなのに、小さな身体全体を使うパフォーマンスに震えた。荒削りではあるが、こいつらは伸びる。そう感じた。哀愁を帯びたメロディに堅実なバンドプレイがマッチして、完成度の高さをうかがわせた。


早速彼らのファーストアルバム「JAM」を手に入れて勝手に楽しんでいたが、そのうちタイアップ曲がいくつかあることに気づき、やがて二作目のアルバム「ORANGE SUNSHINE」が発売される。そうして、このアルバムを契機にジュディマリはぐんぐんと伸びていくのだ。4作目のアルバムが発売される頃には、もうとっくに彼らは全国区になっていた。俺が聴こうが聴くまいがおかまいなし(当たり前だ)だ。


このバンドの成り立ちや解散までの経緯はこちらにある。

1992年の結成から2002年3月の東京ドームライブまで約10年間。だが、実質は2000年に活動を再開する前までの、つまり活動休止までの期間が順調な活動期間と言えるだろう。パンクロックをやっていた恩田快人がリーダーだったのが、売れるにつれていつしかユキのバンドに変わって行き、メンバー内にも不協和音が出始めたのだと考えられる。


惜しい事だ。

JUDY AND MARY, YUKI, TAKUYA
THE POWER SOURCE


「今アツイキセキがぁ~この胸に吹いたらぁ~」

この「クラシック 」を聴くと今でもなんでか泣ける。上記アルバムに封入。

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