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2008年01月25日 04時16分15秒

突発性難聴を(前に)やりました~後編

テーマ:からだのこと

きのうのつづき。


入院だなんてちょっと大げさではないのか?という気もしたが、何しろ相変わらず僕の左耳はがーがーいい続けてるし、一生このままだなんて絶対に困ると思い切って入院した。病院でやるのはホントたいしたことではない。腕に点滴のハリを差し込んで、液体を身体に流すというただそれだけ。聴力検査をやったところ、右耳の「まぁだいたい5分の1ですね(医師の診断)」になっていた左耳がほんとによくなるのか?とっても不安な夜を何度か過ごした。この突発性難聴は早期治療が何より肝心だそうで、症状が固まるともうどうにもならないのだそうだ。服薬で改善が見られず、僕は発症からだいたい8日目にこの点滴治療を始めたわけだが、「1週間が勝負です(医師談)」ということから僕の気持ちは「頼む!お願いだ!間に合ってくれ!」の一心だった。入院して丸3日間は特に何も変わった事はなく、「もうダメだったのかしら?・・・がっくし」の失意の状態。片耳片耳片耳片耳と僕の中ではこの二文字がずっとこだましており、左耳には耳鳴りががーがー鳴り続け、「それがどうした?オトタケ君を見ろ!立派に生きてる!」などと自分を励ましつつ「ちょっと待て!まだ治らないと決まったわけでもなかろう?」と自らをなぐさめ、とにもかくにも不安と葛藤する日々。


4日目の朝だった。妙に目覚めがいいような気分を覚えて・・・はて?あ・・・?左が少し静かではないか?ちょっとあれが和らいでないか?と感じた。騒音のデシベル数値が下がってると感じた。5日目にはもう一段低い雑音に変わり、心なしか風通しの良さも自覚した。同時に聴力もそれに比例して上がって行って、僕の心は次第に晴れていった。実際、5日目の夕方に行なった聴力検査では「聞こえがやや弱い」的な正常範囲まで回復した。若干の「つまり感」が残ってはいたものの、4日目以降の回復ぶりからして「もう大丈夫でしょう」と医師にも言われ、僕は7日目の朝に退院手続きを取ることになったのだった。よかったよかった。


医師の診断では、毛細血管が詰まって起こった事だろうと言われた。点滴で血流改善を図った事で、聴力に関わる部分が回復して治ったのだと。ただ、おそらくは詰まったままの部分は少し残っている可能性はあるという。おそろしくたくさんの、細い血管が密集した部分だからして、もうダメなところは放っておいて、他の部分でつながったからもう大丈夫だそうだ。で、過去の症例からして一度そうやって回復したケースでは再び聞こえなくなるという報告は聞いたことがないそうで、「もう大丈夫でしょう」と言われた。やった。体の状態によっては、今後時々「耳詰まりを覚えるとか」「きんきんするとか」の多少の違和感を覚える時があるかもしれないが、あまり神経質にならないことだと。むしろ血液さらさらになる努力をしなさいと指導された。よかった。


浜崎あゆみは多忙な人だから、僕が行なったような治療を施す事がなかなかできず後回しになって、間に合わなかったんだろうなと思う。

病院にかかる前、発表会の打ち上げでカラオケに行った。右の耳だけを頼りに歌ったが、非常にバランスが悪かった。声が自分の頭に反響するのが、やはり片側だけではアンバランス。ちゃんと歌えているのか不安で仕方がなかった。右の耳では大丈夫でも、左の雑音が消えないから「聞こえているその状況」を自分自身で信用できない感覚だった。


実際に体調を壊してはじめて自覚するものだが、やはり健康が一番だ。取り返しのつかないことになる前に、自分できちんと体調管理はしたほうがよいのだ。

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2008年01月24日 02時36分43秒

突発性難聴を(前に)やりました

テーマ:からだのこと

過去記事に書いたような気もして探してみたが、そのものについてはどうやら書いてなかった。原因がよくわからない耳の「うずき」に悩まされた時 の事は書いていたようだ。

今回は、実際に左耳の聴力がはっきりと落ちて入院した話を書く。浜崎あゆみがそのような状況になってしまってとうとう左が聞こえなくなったそうで、だがニュースを賑わしている時はなんだか乗っかるみたいな気もしたので控えていた。


それは店に入る以前の話で、6年ほど前のこと。

当時、僕はパソコンの講師やら設定やらメンテナンスやらの仕事をしており、その日によってあっちにいったりこっちにいったりの不規則仕事だった。勉強することも日々かなりあるし、人と関わりつつ教えつつ、ストレスもまぁそれなりにあったと思う。そういう時に、母の知り合いからある仕事を依頼された。大正琴の教室をなさっている先生が、教室の生徒さんを集めた発表会をするから、それを手伝って欲しいという。結婚式披露宴なんかもやってる大きなホテルのホールを使って総勢500人くらいの人が集まる記念式典を兼ねた発表会なのだ。かっこよく言えばプロデュースになるが、要するに段取りその他の取りまとめが必要だった。発表会のプログラムの作成と、当日までの様々な段取りや裏方の手配に、当日の進行役。そんなに難しい仕事ではないが、機材関係の調整や他のスタッフとの打ち合わせもあって何しろ時間に追われた。自分の仕事もきっちりやりながらのことだったせいもある。


そんな時、「やること結構あるなぁ」とやや頭を抱えていたその真っ只中に異変が起きた。自分では頭が少し混乱しているかもなどと感じていたが、ずっと左側に頭痛を抱えている事を意識していた。で、そんな折、電話をしている時に気づいたわけだ。

電話が遠いなと感じて、ふと右にそれを持ち替えた。ちっとも遠くなんてなかった。左が聞こえてなかった事にはじめて気づいた。聞こえないというより、雑音に邪魔されていて、それはずっと左側から離れない耳鳴りのせいだった。耳鳴りにかき消されてとっても聞こえにくい状況。それをはっきりと意識してからが大変だ。もう感覚が傾く傾く。常に左耳から耳鳴りが離れない。てんで聞こえない。焦った。なんだこりゃ。

だが、気づいたその日は発表会本番の前日だった。病院に行く余裕はなかった。仕方がないので当日は不安と居心地の悪さをこらえながらどうにか仕事をこなし、後始末なんかも片付けてから日を改めて病院に行った。


いつもと違う場所に頭痛が襲っているのかな?程度の認識だったんだが、それはちょっと甘かった事を病院で知る。

診断は突発性難聴。原因はよくわからないときたもんだ。毛細血管がつまって起こるケースだろうと言われ、クスリを出しておきましょうと医師は言った。

処置は発症からだいたい1週間くらいが目途で、10日過ぎると症状が固まってしまって改善の見込みが極めて薄くなりますと言われたが、まぁクスリで収まるだろうと割合呑気に構えていた。

が、クスリを飲み始めて丸3日が経過し、ちっとも収まる気配がないことに僕は苛立ち、医師に見通しを聞いた。クスリを飲み始めたのは発症から3日目で、トータルで6日目になる。このままクスリだけで治るのか?治る気がしない。

すると、「ひょっとすると一生治らないかもしれない・・・可能性もあります」と言う。

ちょっとちょっと、それはとっても困るんですけど。が、医師は(突発性難聴の)原因がはっきりわかっていないし、微細な毛細血管を何らかの術式でどうにかできるものではないし、という現状をやたらと冷静にご説明下さる。まるで「この先ずっと左が聞こえない状況の受け入れ」を説得されているようで僕は我慢がならなかった。

そんな事簡単に受け入れられるわけがない。どうにか手はないんですか?!

そうしている間も、僕の身体はどうにも片方の感覚がやはりおかしくて、治らないかもしれない不安のせいもあるし、精神衛生上いらいらしてもうとても冷静ではいられないのだ。すると、点滴治療を試す価値はありますという。ただし、それは「入院が必要」という説明だった。


今日はここまで。次回にゆずります。


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2007年09月08日 05時41分30秒

バリウム怖い(後編)~終わり

テーマ:からだのこと

※今回の文章は、一部に不衛生な表現があります。お食事中の方はもちろんの事、上品でないものは大嫌いという方は閲覧をお控えください。


きのうの続きです。

さぁ、いよいよバリウム飲んで胃のエコー検査です。

バリウムが怖いというのは、去年の健診でひどく苦しんだからです。

カタイのがコーモンにどっと押し寄せて来て穴が2ミリくらい破けましたから。これほんと。


一度やってるから要領そのものは知ってる。絶飲食(ちょっとは飲んでるけど)してるからノドはからからなのに、そこにあの粉末の炭酸を飲めと言う。むむっとノドに詰まらせつつ、それを少量のバリウムで流し込み、ちょっとノドの途中に引っ掛かってるっぽいなぁと「んぐんぐ」やってるところにコップ一杯Lサイズのバリウムが来る。えぇいままよとごくんごくん飲み下します。味ははっきり言ってヨーグルト。若干甘めの味がついてるから僕的にはまずいとは感じない。それを飲んでからが、あの、炭酸を腹にとどめておくのが大変なんだ。

去年もおもしろがった面はあるけど、あの、遊園地のアトラクション的宇宙飛行士体験遊具に似たベッドにしがみつく。が、実際は「そこであおむけぇ」や「お腹をつけてぇ」の指示に従うのはなかなかしんどい。何せ、腹は炭酸を留めとく為にゲップを「んぐんぐ」こらえてるから現在進行形の「く、苦し」モード。まぁどうにか終わりました。

で、看護士さんに「去年は相当苦しんだ」旨を伝えたところ、下剤を3つくれました。1回2錠飲まされるんだが、それを3回分くれました。


健診はこのバリウムで終了。用意してある水ですぐに2錠飲みました。

姉はまだだったから、車の中でしばし待つ。10分くらいで姉がやって来ました。

二人ともやれやれで、ノドが渇いたからコンビニに寄ろうかとしてたら、「いや、もう家に行って!」と訴える。「出る!」だって。早っ!


帰宅して、その日はピアノレッスンだったから若干復習をして出かけました。まだ僕には「来ない」。レッスンの最中にも全く。

ピアノを終えて店に行き、ロースターの掃除などやってたらおもむろに「来ました」。1回目が来ましたよ。

硬度の低い、送り出すのに難度の低いものでした。白いやつ。ただ量的にはたいしたことなく、「まだ終わりじゃない」だろうなと。

そのあと、普段通りに食事して、通常ならそこで「しばらくしたら来る」んだが今日はないだろうと考えてたらば、また「来ました」(2回目)。体内時計かな?さっき送り出してから30分です。が、今度のは「硬度がチョー限りなくゼロに近い」、送り出しの難度など存在しない駆け足のランナウェイ。困ったのは、ガスと言うお友達を連れてきてること。羞恥度高っ!!うちのトイレは集合トイレです。テナントの他店舗の店子さんと共同使用。だから、「誰も来ないでぇ!」って願いました。


一息ついたあと、去年の事をじぃっと考えててある事に思い当たりました。去年は初めての体験で、バリウムそのものはむしろうまいと感じました。人から聞くほどにはまずくないじゃん?と感じた。が、お腹の中にゲップをとどめておくというのがうまくいかず、ベッドで健診が始まって「あおむけになってぇ」に従ってたら途中で「げふふぅぅ」っと(たぶんあらいざらい)出ちまったのです。「・・・あ・・・もう一度飲んでもらえますかぁ?」と言われたのだった。検査技師のセリフで空白の部分は(あぁしぼんじまった)だと思う。それほどまずくもなかったし、「あぁはいはい」と言って喜んでもう一杯、ごぶごぶ飲んだのでした。どうやらそれがポイントなんではなかろうかと。倍の量を飲んでるから出すのに苦労したのだ。初体験だから、あんなことになるなどとは思いもよらず、その時になって初めて悲痛な叫びを発したのです。今年はゲップを何とか我慢できて1杯だけで、だから恐れる事もないかなと考えました。下剤も余分にもらったからきっと大丈夫。

その日(木曜日)は店が終わるまで便意などなく、でも「もう1回はあるかも?」と思ってました。

帰宅して、夜のご飯を軽く(いつもこの時間は軽い)食べ、念のためと思って食事後に下剤を飲んでおきました。

翌朝(昼頃)、起き抜けに、というかそれで起こされてトイレに駆け込みました。「来ました(3回目)」なんだかやたらと早足のやつで、硬度のないモノたちがとっとこ出て行きました。あぁ終わったなと感じました。2杯飲んだ去年とは違い、今年は「出せない」という「ウミの苦しみ」はなさそうです。はぁよかったよかった。


が、実はこれで終わらなかった。

その数時間後に、よもやあのような体験をしようとは夢にも思わず。










店でいつものように仕事を始め、いつもの時間に母と食事をしました。体内時計の影響で、いつも通りに便意があるやも?と思ってたら案の定、どうやら「来ました(4回目)」。

僕としては、もうひと通り出て行ったから、最後はちょっと硬いのが来るか、もしくは柔らかいものが少量だろうかなんて思いながら、何気に「屁(おなら)」をこいたのです。



「ん?」


「!!!!」

「な・・・こ、これは・・・?」


おいおいウソやろ?勘弁してくれぇ!!

もらした。チョーやわらかいのを。


言い訳ですが、通常の下痢は下腹に独特の感覚を覚えます。出口の辺りにも違う何かを感じます。そこでドンドン戸を叩くみたいな、出よう出ようという切迫感があります。だからこそ慌ててトイレに駆け込む。しかし、これはうかつでした。たぶん下剤の影響でしょうけども、何にもそういうのはなかった。ヘが出る感覚しかなくて、それを出したら違ったのです。情けなぁ。

懸命にパンツについたものを拭き取りましたが、「牛乳壜のフタ」サイズのしみが付いちゃった。しょうがないからいったん家に帰って(車で10分弱)着替えました。もちろんシャワーで洗い流した。


火曜日の夜からの一連の流れをまとめます。

健診に行くつもりで夜9時~朝まで9時間の断食をして、行こうとしたらば10時半までの受付と知らなかったからその日は行けず、再びその夜は空腹の9時間断食に耐え、翌日半分寝ぼけたまま検査を受け、バリウムの恐怖におののきながら不安な下腹部を抱え、去年は2杯飲んだことを思い出してやや安堵し、どうにか出たなと、やれやれと思ってたらそうやって安心しきっていた健診の翌日(金曜日)の夕方になって、「まだ終わってなかったぁ」のハリウッド映画のラストシーンを思わせるような「今年は硬い恐怖でなくってやわらか攻撃!!」の衝撃が待ち構えていた、と。


70歳を越えておもらしなら「悲しき現実」と受け止めもするが、なんとも受け入れ難いこの事実。

皆さん、くれぐれもお気をつけ下さい。

参考記事:バリウム怖い(前)

参考記事:バリウムの白い恐怖~完結編

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2007年09月07日 04時56分55秒

バリウム怖い(前)

テーマ:からだのこと

町がやってくれてる身体検査・・・もとい健康診断を今年も受けました。休みの水曜日に行くつもりで最初はいました。その為、火曜日の夜9時以降は絶飲食だそうで。絶飲食の上、タバコもダメダソウデ。実はウーロン茶とタバコだけは時々口にしていました。我慢できネェ。僕の就寝時間は朝の6時半くらいだから(夜9時~翌朝6時でトータル9時間)腹へってしょうがない。夜の12時に店を閉めてからの夜ご飯を抜いてるし。

が、水曜日の昼頃もそもそ起きて出かけようとしたらば、レーゾーコにぺたっと貼り付けてあるプリントみたいなのを母がちらと眺め、「あら?受け付けは午前10時半までってよ?」


「なんでもっと早く教えてくれないかなぁ?」

でも仕方ない。確かめてない僕が悪いから。

「今知ったったい」と言うからもう何にも言えない。


しょうがないからドリンクをがぶ飲みしてそこらにあるパンをかじって飢えをしのぐ。水曜日はてれ~っと家で過ごします。風呂のボイラーに灯油を補充したり家の裏山が3メートルくらい崩れてるのをクワとスコップでかきだしてスペースを広げたりという地味な仕事。いや、この裏の土手は去年の台風の時に崩れた箇所で、山は他人所有だからヘタに削るのはまずいんでは?などと敢えてほったらかしてた。でも、母がそれを所有者に報告する機会があって、でも「我関せず」みたいな反応だったと聞いたから手が空いてるときに時々少しずつやってた作業です。あとは犬の散歩。そのあとはピアノの練習。ただし1時間で疲れた。夕方になったら翌日の営業の為にお店に出てこざこざとした準備。これは店休でも必ずやらにゃいけなくて、従って僕がお店に行かない完全休養日は年に1回、お正月だけです。元旦と2日を連休するから。2日から営業した年が過去に1度だけあるけど。

そうやって休みは終わり。


明日こそと思い、翌日の木曜日に行くと決めました。去年もそうだったんだけど、姉の休みが木曜日で、「そんなら一緒に行こうで」と言うから「んじゃそうするべかな?」と決めた。起こしてもらえるから僕としても都合がよいのだ。水曜の夜はまたまた空腹の時間をえんえんと過ごします。夜9時~朝の6時半まで、9時間のハラペコタイム。もう、こんなのつらいから、今年はもうパスしようかなぁなどと何度も何度も考えたけど、せっかく行政が行ってくれるものだし、そりゃこらえましたよ。


眠い目をこすりながら・・・いや半分閉じつつ、のた~のた~と何とかセンターに行きました。

問診、採尿、血圧、腹部スキャン(はやりのメタボリックを調べるヤツね)。ここで検査技師のお兄さんに「脂肪ある?」と聞いたら「・・・大丈夫です。・・・軽くですね」と言われました。軽度のものだそうです。よかった。

採血、心電図、ぼわ~としながら進みます。身長、体重、腹囲を計測した時に軽いショックを受けました。

おばさん看護士は言います。いっこく堂みたいな声で。

「172.2ですね」

「えぇ??!!」なんか自分の記憶にあるよりも、頭に当てられたノギスが強いと感じました。押し付けられた感じ。僕の身長は実際には172.5で、それをいつも173と言っています。許せる範囲でしょ?それ以上でも以下でもないはずなんだが・・・測り直してもらえんかなぁと思い、いや・・・と言いよどんでいたら「なんか・・・おかしいですかぁ?」と後ろ頭から抜けるようなぴろぴろボイスで(・・・確か172.・・・)の僕の言葉にかぶせて、しかもきっぱりと「172.2ぃですねぇ」。

だって。

縮んだ。


次はレントゲン。


そしてついにやって来ました。

最後に来るのが、例の「恐怖のバリウム」ですよ。やっときた。


次回にしよう。



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2007年05月15日 05時27分49秒

ほぼ自力で

テーマ:からだのこと

だいぶ前からずっと延々ノドの痛みに悩まされていて、やっと病院に行ったのが5月の2日。薬を飲んでも一向に収まる気配はなく、むしろ再診予定の9日よりも前の7日に症状がひどくなり、その再診を受けた9日には入院を勧められる始末。

「治る薬をくれ」

医者の指示に従って、一応点滴に1日2回(午前と午後)通院をしたがなお変わらず、3日目にはどういうわけだかひどい風邪の症状に襲われてぼろぼろになり、金曜日から日曜日の3日間は生きた心地がしなかった。それでも、日曜日の夜にはやや症状が軽くなっていて、これなら先行きは明るいなと気持ちも和らいだ。ただ、9日に血液検査の為に採血をしており、延々続いていたノドの痛みのその原因が「妙なものじゃないこと」を確かめたかった。


医者は鼻からノドを覗き見て、「だいぶ収まってますね。鼻炎はかなりありますね」と、僕が伝えたとおりの診断をする。血液検査には特段の異常はなかったそうで、「その言葉が聞きたかったのよ」と僕は安堵する。結局、今回は鼻炎に効くという点鼻薬をくれた。

今回のことはいったい何だったのか?

僕自身が思うに、要は少しずつ「疲れが溜まっていたのかな」と考える。それがノドにずっと表れており、何も対処しなかったから一向に収まらなかった、と。身体の反応は結果的に風邪という形の最終形態まで辿り着き、ピークの時にはサスガにそれなりに(仕事の時間以外は)安静にしていたし、身体に溜まっていた「膿みのようなもの」を出してしまうまで僕を困らせたのかなと想像する。実は、風邪に襲われたのは金曜~日曜が最もヒドカッタガ、その症状が峠を越えて降りてくる過程において、例のノドの痛みが何気に引いたのだ。何か知らんが、ひっくるめて和らいだ。完全ではないものの、それだけは頑固に変わらなかったその部分が、明らかに引いた。

「へっ?」と思う。


なんだろうね、ほんとに。

まぁ、今も残る鼻炎については薬の助けを借りそうだけど、最終的には自力で治した思いだ。


もらった薬を書き留めておく。

5月2日

A:ノドの腫れを抑える抗生物質。(効かず)

B:細菌の感染を防ぐ抗生物質。(効果は不明)

C:青色のうがい薬。(まだ残っている)

D:便秘になった場合の下剤。(特に問題はなく、服用せず)


5月9日(追加分)

E:ノドの腫れに直接効くという白濁の飲み薬。見た目は牛乳っぽくて、味は甘く、結構うまい。飲んだらしばらくは舌が痺れたような感じになる。これは唯一効果を感じた


9日~11日

点滴が計5回!!(果たして俺の体のどこに入ったのやら?)

しかも二袋あって、内服薬よりも直接効くものだったはずだが?


5月14日(薬が変わる)

F:鼻に直接沁み込ませるタイプの点鼻薬。(今使ってる)

G:鼻炎を抑えるらしい抗生物質。寝る前に飲めと言われた。


いっぱいもらったなぁ。

色々あるよ。錠剤・下剤・うがい薬に甘めのドリンク。鼻にもちゅちゅっと。


医者に診察を受けてる時、僕はわざと言ってやった。

「今回の抗生物質は・・・あんまり効いた感じはしなかったんですけど・・・?」

「・・・まぁ、あとから効くという事もありますからねぇ」

・・・だと。しかもカルテに目を落としたまま。

「ホントカヨ!!そんなことあるんかいな?」(もちろん、つぶやき)


そうそう、Fの点鼻薬はちょっと笑えた。薬局で「1日2回まで」と念を押されたのだ。「・・・食後じゃないんですか?」

「食後じゃないです。1日2回までですね」

「2回?効果があれば、ちょこちょこやりたくなりそうですけど?」

「2回までにしてください」

「・・・3回やったらまずいんですか?」

「・・・ステロイドが入ってますから」

「あぁ、元気になるって事?」

「・・・まぁそうですね」

薬剤師は頬を赤く染めてうつむいた。


3回目を鼻にさした日にゃぁ俺は超人ハルクばりに・・・?なるんかな?

試してみたい気もする。


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2007年05月12日 04時44分36秒

体調不良 3 ~まだ終わりじゃないっ~

テーマ:からだのこと

他の話題も頭にあったんだが、今日はもうこれしかない。これで頭はいっぱい。


点滴をし始めてから、症状は変わらないというか肝心の患部の痛みが引かないのだが、それ以外に何も変化がないわけではない。内服していた(飲んでいた)抗生物質薬による変化は丸っきりなかったが、点滴によるものは実はあった。医者が強く勧めただけのことはあるのかなと考えた。

まず、ノドがやたらに痒い。といって指でカクわけにもいかないから我慢する。そのせいで、時々ケホケホとせきがでる。また、その前にはなかったのだが鼻がなかなか結構むずむずとぐずる。ノドが痒くて鼻がぐずる事の影響かどうか、時折くしゃみが出る。そんな状態に加えて、一向にノドの腫れは引く気配がなく、これはつまり、ノド・鼻・せき・くしゃみというわけで、あれれ?これはひょっとして・・・?風邪の諸症状ではないのか?と考えるわけだな。

なんなんだいったい?

すると、点滴では何の効果もなく、その時期に重なってたまたま俺は本当にその実、風邪をお召しになったのでござるか?或いは、点滴によって風邪をひいた?

それにしても妙だ。僕が風邪をひくと、まずノドが腫れて・・・それがひどくなって・・・タンがからみ・・・鼻がぐずり・・・という流れになる。変に思ったのは、くしゃみを伴う風邪をひいた経験は滅多にないのだ。でもやっぱり今の状況は風邪だよなぁ。


ひょっとして、僕は全く意味のない日々を過ごしているのかもしれんなどと考える。

つまり、「マルガリータを下さい」と言って花屋を一軒一軒回っている状態だ。

花屋さんは言う。「それはマーガレットの事では?」と。

「いや、マーガレットでなくて、マルガリータ」とつっぱねているのだ。

言い換えると、「世界一高い山はエベレスト」と言う言葉に「いんや、それはチョモランマさ」と反発する相手がいるわけだ。

「エベレストは確かによく耳にする有名な山だとは思うが、世界一はやはりチョモランマだよ」

そこに、エベレストとチョモランマが同じものだという事実を第三者が指摘しない限り、この言い争いは永久に続くのだ。

自分でも何を言いたいのかわからなくなってきた。


専門家であるはずの医師の処方箋に沿って割合おとなしく過ごしているのに、症状はちっとも改善されない。

東京にいる叔母が看護師をしているが、おとといだか、母がまた余計な事だが僕の状況を説明してアドバイスを請うて、「それは耳鼻咽喉科でなくて、口腔外科に行くべきよ」と聞いて来た。おぼろげながら、僕自身が「受診する科を誤った可能性」を考えていたところなのだ。だが、9日に血液検査の為の採血をしていて、やはりその結果は聞いておきたいと考えており、だから、最低でも今一度だけは、医師に診療してもらう必要がある。その機会を寝坊してすっぽかしたオレだ。


最後に点滴を受けた10日の午後、質問してみた。

看護師は僕の手をさすって注射針を刺そうとしている最中。

「耳鼻咽喉科と口腔外科はどう違うんですか?」

「あぁ・・・難しい質問するわねぇ・・・ノドが腫れてるんですよねぇ?・・・」

「えぇ」

「・・・はい、チクっとしますよぉ・・・はい、手を緩めて・・・」

それっきり看護師は質問には答えず、点滴の処置を済ませると逃げちまった。


蛇足ながら、僕の腕は採血なんかには都合の良い、「看護師に好かれる腕」だそうだ。以前、献血をした時に看護師が「まぁいい血管!」と喜んでいた。たぶん、「血管が見え易くて看護師泣かせではない」という程度のことだろうが、点滴をやってもらう度に、「どちらからでも採れると思いますけど?」と両腕を見せたらたいがい「あら、まぁこれは」とみんなに喜んでもらえる。

左腕にふたつと右腕にみっつ。僕の腕にはまんべんなく注射針の跡が赤く残っている。


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2007年05月11日 14時54分01秒

体調不良 2(終わり)

テーマ:からだのこと

前回の続きです。


開業医ならともかく、総合病院で診察を受けることはとっても大変。

11時までの受付に間に合うよう、まず早起きをせねばいかん。普段11時に起床するから、それより40分ほど早く起きて病院まで車を飛ばし、受付。待つ事・・・30分・・・1時間・・・2時間・・・。3時間経った2時に、ようやく呼ばれた。

ひと通り症状を説明すると、医師は「はい、口を開けて」と僕の口の中を覗き込む。まぁ予想していた通り、医師は抗生物質をくれた。3日くらいすれば収まるかなと考えていたが、ちょうどGWのさなかで自分の事より店の売上げが心配だった僕は正直言って放っておいた。もちろん薬は飲んでいた。GWの最終日、6日になっても症状に特段の変化はなかった。診察を受けた2日から1週間目となる9日に、再診に来なさいと言われていたからそのくらいは様子を見なけりゃ効果はないんだろうなと考えていた。

翌朝の7日。ひどくなってた。「うぇぇ。きついぞ。」

けど、7日も8日も店があり、予定の9日なら店休だから時間がたっぷりあって、やはりその時まで我慢する事にした。


その9日。

「入院して、きっちり点滴を受けて、安静にしていた方が治りは早い」と医師は言う。「いやぁ入院は無理です」と僕。

医師の顔はやや厳しく、「いったい治す気があるのかないのか?言うこと聞かなきゃダメじゃないか!」という色が浮かんでいて、こりゃ入院は拒んでも点滴は拒めそうになかろうなと考え、「通院で点滴に来ましょう」と僕は答えた。病院に来れる時間を医師は聞いてきたから、「今日は1日大丈夫」という事と、他の日は12時~2時と、4時以降は仕事で来れないと伝える。結果的に医師は3日連続で一日2回の点滴を受けるよう指示した。その日は夜の7時に来て点滴。翌日は朝の8時半と午後の15時の2回。11日は朝の8時半に来て点滴を受けて、そのあと診察に来なさいと。


で、今これを書いてる今日はその11日。実は、朝寝坊をした。昨日は予定通り午前と午後の点滴をちゃんと受けてきたが、今日は寝坊をした。だからすっぽかした。頑張って早めに朝4時半に就寝しても、3時間で起きるのはしんどいのよ。身体が全体にだるいしさ。

状況としては、10日は少し軽くなってた。ひどくなった7日の状態よりも軽い程度。それで油断したせいか、今朝は元に戻ってる。

いちおう、週明けの月曜に、頑張って早起きして診察に行こうと思ってる。それまで辛抱するしかない。


ちなみに、入院勧告された9日は僕の誕生日だったのでした。そんなめでたい日に入院を勧められるなんて・・・と言うほどにはもうめでたくもないが。
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2007年05月10日 04時08分26秒

体調不良 1

テーマ:からだのこと

「入院しましょうか?」と医師は言った。

「いや、無理」と僕。


店があるのに入院なんてしていられるはずがない。母1人では(姉が手伝ったとしても)とうてい営業できないし、費用だってかかるのだ。「入院なしでお願いします」


GWの中休みとなっていた先週の2日、僕は総合病院の耳鼻科で診療を受けた。実は4年ほど前に、左の耳に突発性難聴を患って入院した事がある。その時の話を書いたかしらんと思って過去記事を探してみたが、どうやらそのものについては書いてなかった。完治したあとにまたぞろ調子がおかしくなって診てもらった時の話は書いているが、まぁそれはいい。今回は耳ではない。


ノドがずっと腫れていた。祖母が亡くなったのは4月の27日だが、それよりも1週間ほど前あたりから唾を飲み込むときに違和感があり、「あぁ風邪だなぁ」くらいに思っていた。だいたい唾を飲み込むなんて普通は無意識にやっているもので、いちいち意識せねばならない程度には異常があったわけだが。ただ、僕が風邪をひいたらこのようにノドがまず腫れて、翌朝は確実にひどくなっていて、時間があればすぐに行くが、行けない場合はもっとひどくなってから病院にかかり、薬をもらう流れになる。ほとんどそのパターンだ。しかし今回はひどくならないから不思議だった。かといって収まりもしない。ノドが腫れてはいても食事が出来ないほどではないし、熱もないし、声も出た。ただ高い声を出すと声帯が震える感があって、そうすると「いっ!?」となり、よろしくない。まぁそのうち収まるか?と思ってそのままにしていた。朝目覚める時に、「今日こそは?」と期待して、「ダメだとわかり」、それじゃぁ「明日に期待して今日は耐えよう!」と覚悟を決める日々が続いた。

で、祖母が亡くなった。葬儀が済むまでの3日間はそれどころではなかった。親戚がその後も2日ほど滞在していたからまだまだそれどころではなかった。また、祖母が亡くなったのはGWのスタート前日で、連休が終わるまではそれなりにお店の売上げに期待する面もあり、やっぱりそれどころではなかった。だが、親戚がみないなくなってやれやれとなってから本当に自分のことが心配になり、病院に行ったのが5月の2日だった。


明日は早起きせねばならんので、本日はここまで。

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2007年02月26日 06時01分29秒

身体のバランス維持に留意せよ

テーマ:からだのこと

久しぶりにこのテーマ。

このあいだ、日本テレビの「世界一受けたい授業」で<歯の噛みあわせ>がもとで身体のバランスが崩れるというのをやっていた。僕も割合、自慢じゃないが歯には自信がない。高校の時に前歯を折ってしまって「差し歯」にしているせいもあり、2年に1回くらいはどうにもならない事態に陥って歯医者の世話になる。差し歯は歯茎との間に隙間がある為、そこからどうしても虫歯が発生するのだ。また、差し歯そのものが揺らいで来たせいで修繕を余儀なくされるケースもある。ひとまずはまんべんなく使う努力をしているから一見して顔が歪んでいるというような事にはなっていないが。


僕は以前ずっと営業の仕事をしており、わりかしカバンを手に下げて歩き回るという日常を多く過ごしてきた。そんな或る日、西武百貨店でワイシャツを買おうとした折のこと。ワイシャツには「YA体」だの「YB体」だのの形があるが、それまで、僕は特に形など気にせずに購入して不都合はなかった。なかったのだが、少し前に買ったものがどうにも身体に合わず、それでしっかりとフィットするのを店員さんに求めたのだ。店員さんはメジャーを取り出して僕の肩から腕の長さや首周りを計測してこう言った。

「左手のが長いですねぇ」

「えっ?」と驚く。

「長いんですか?どれくらい?」

「・・・2センチくらい違いますよ」

すこしばかりのショックを受けた。

何でだぁぁぁぁぁぁ・・・!

店員さんによると、そういう人は結構いるようで、やはりよく使う手が伸びる傾向にあるという。普通に考えて、左手にしょっちゅうカバンを持つせいだなと理解した。


風呂に入って背中を洗う時はタオルでごしごしやるわけだが、たすきがけにして両手でやるよりも直接背中に手を回して強く擦る事がよくある。それは、その方がアカがより取れるイメージを持つせいで、それでも全部は無理。或る日僕は気づくのだ。左手はクビの下辺りまで届くのだが右手はその半分くらいまででギブ。たぶん長いこと左手ばかりを使っていたせいで、柔らかくなったんだと思う。これもバランスの取れていないひとつだ。


今現在その状況だが、お店をやり始めてから右手をかなりハードに使う。もちろん包丁を持つから。そのせいだと思うが慢性的に右肩に違和感というか可動域の狭さを感じている。右肩をぐるぐる回してみると、左肩の時と明らかに違う。スムーズに回らないしある角度では痛みを伴う。やっぱりアンバランスがあるなと感じる。


すぐ思い浮かべるのは、女優のともさかりえ。彼女の口元ははっきり歪んでると思うがどうだろうか?雰囲気が似ているフィギュアスケーターの村主章枝もそのような口元。また、「北の国から」の(いまだにこの作品を持ち出してしまうが)蛍を演じた中嶋朋子もそうだと思う。身体のバランスが変わることってあるんだなと感じる。男性ではテレビ朝日の「わるいやつら」に出ている北村一輝はちょっとどちらかに傾いていたような?アントニオ猪木の長いあごも確か二等辺三角形では無かった気がするし、ちょっと思い浮かばないが、顔の右と左に違いのある人は結構いるのじゃなかろうか?


表面上の違いは長い間に内部に影響を及ぼすようで、やはり普段からそういうのを時々は気にかけて、健康な身体を維持するよう努めたいところだ。

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2006年09月12日 05時57分25秒

バリウムの白い恐怖~完結編

テーマ:からだのこと

※この文章は連載物です。なるべく前のふたつ(下にリンクがあります)から順に閲覧する事をお勧めします。


健康診断を終えて家に帰り、仕事に出るにはまだ早いので部屋で僕はくつろいでいた。正直なところ、3時間ほどしか睡眠をとっていないから眠い。ベッドにごろんと横になって、ちとうとうとしかけたらばそれは突然やってきた。

「やばい!」

下剤が効いてきたのだった。

僕は慌ててトイレに駆け込んだ。家人(母や姉)から、バリウムを飲んだあとに半強制的に下剤で出す便は白いのが出ると聞いていた。聞いてはいたが、そんなものを確かめる余裕は全くなかった。まさに超特急でその「白い人たち」は駆けて行ったのだ。下腹部を襲う勢力にはすさまじいものがあり、僕はトイレに貼ってあるカレンダーを凝視するのが精一杯だった。

「ふう」

やれやれ。バリウムは聞いていたほどまずくはなかったが、あとの下痢には閉口した。これで、僕も胃がん検診とそれに伴うバリウム体験及びその後始末をひと通り味わったわけで、なかなか貴重な体験であったなと、感じ入った。


しかし、これが、これで終わりではなかった事を、僕は数時間後に思い知らされるのだ。


その日(木曜日)、素っ頓狂な勢いで「白い人たち」が通り過ぎたおかげで、普段夕方に訪れる便通を全く感じなかった。そうしてバリウム体験が一応過去のものになった次の日、金曜日の夕方に僕は顔色を変えることになる。


きのう出たから、「ひょっとして出ないかも?」などと思っていたが何やら不穏な動きがもやもやとある。少しは出たいんかな?と考えて僕は(行きつけのコンビニの)トイレに入った。

しばらくして、「あ、来てるジャン」と様子をうかがっていたら、それはいつもとはちょっと・・・いや明らかに違うものがやって来たのだ。

む?むむむ?むむむむ?



キターッ!



僕は普段から柔らかい方なのだが、それは全く違うのだ。

こ・・・これは?

そうだ。今、一日遅れで「白い人たち」が来たのだった。昨日の快速電車には乗ってなかったのだよ。

そうか!今日来たのか!

僕にとって、「そういう人たち」に出会うのはかなり久しぶりのことになる。あぁ、いつ以来だろう?「健康的な人たち」を迎えるのは!本当に久方ぶりに、「健康的な人たち」を迎える幸せが来たと僕は内心喜んだものだ。「健康的な人たち」を通過させるのは快感なんだよなぁ。


え?・・・あれ?

ちょっと様子がおかしい。

ただ単純に「健康的な人たち」と思っていたのに、これは・・・?

僕は狼狽した。こいつらただものではないのだ。やばい!

規格外だった。僕は巳年生まれだがヘビではないからスイカの丸呑みはできっこないし、その逆も不可能。通過するにはそのサイズってもんがあるだろう?やばい。

ちょっ・・・待って・・・これ・・・や、破れるッ!た、助けてぇ!

ちょっ・・・ほんとにやばいよ、これは!?


そんなでかいのは通らないって!絶対ムリだって!裂けちまうぅ!


いや、落ち着け。ここは落ち着くんだ。パニックになってはいかん。こういう時こそ、括約筋を活躍させて、何とか通過させねばならん。む、むむむむ・・・し、しかし・・・この「白い人たち」は今や「白い群集」となって出口に殺到していた。ちょっと待ちなさいよ!順序ってもんがあるでしょうよ!彼らはもう、お互いが完全に融合して「白い塊」と化している。バリウムパワーで強力に一致団結したそれは、もう群集を超えて「白い暴徒」だった。

ま、待てっちゅうに!


くっ。くっくっくっくぅ・・・・。

脂汗が額を覆い、右手で中空を、左手でズボンを押さえ、僕は懸命に括約筋に神経を集中させる。ふっふっふぅ・・・。

いかん。もう自力では脱出させられないかもしれない。な、何かないか?何かで彼らを突っついて分散させるしかないのではないか。それとも、ここは強力にパワーを集約して鎮圧させるか?いや、鎮圧なんかもし出来たところで、第二波がやってきたらこれより強力なものに、パワーアップする可能性がある。いかんいかん。どうにかするんだ。

うぅ・・・。助けを呼ぶか?呼ぶのか?呼んでどうする?

「すいませんが、僕のこの『白い暴徒』を、お尻に触れないようにして突っついてほぐして貰えませんか?」


いやいやいやいや。できん。それはできん。旅先での恥ならかきすてたってあるいはと思うが、今ここで呼んで、来てくれる誰かは何度も顔を合わせる地元の人たちではないか。俺は一生○○○男のレッテルを背負わねばならん。


くっそぉ!何とかせねば!

その時だった。

激しい波がどくんとやってきた。待ちきれなかった「暴徒」が、制止を振り切って一気になだれ込んだのだった。


あ・・・。


目の前がまさに真っ白に白んでいた。それは一陣の風がさぁっと吹き抜けたかのように、下半身で押し合いへし合いしていた「暴徒達」が一瞬で通り過ぎていった。

あとから考えてみても、いったいどうやって僕のあの部分を通過したのか理解できないのだが、そこには半端でないキングサイズの白い塊がいた。こ、これがバリウムの産物なのかとまじまじと見ると、改めてその恐怖に身が震えた。

「暴徒たち」を何とか無事に送り出すと、僕の身体全体から安堵のため息が洩れた。

死ぬかと思った。

少し血が滲んでいた。ピリッと、ちょっとだが裂けた。だがこの程度で済んで本当によかった。

僕は胸をなで下ろしてレバーを捻った。


「去れっ!くそがっ!」


胃がん検診未体験の方は、バリウムには充分ご注意下さい。普段から便秘気味の方には、「白い人たち」が通過するのをきちんと確認できるまでは(場合によって)下剤を重ねて使用する事をお勧めします。

でないと破れます。


参考記事:健康診断

参考記事:バリウムの白い恐怖~胃がん検診にて
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