卵巣刺激によるART治療と卵巣癌のリスク | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、卵巣刺激によるART治療と卵巣癌のリスクについての国家規模の検討です。

 

Hum Reprod 2019; 34; 2290(デンマーク)doi: 10.1093/humrep/dez165

要約:1994〜2015年に卵巣刺激によるART治療を実施した58,472名と年齢をマッチさせた対照群625,330名をデンマークの疾病データ(ART治療登録、癌患者登録)を用いて最大22年間調査しました。393名(0.06%)が卵巣癌と診断されました。ART治療の原因別に卵巣癌のリスクについて検討したところ、男性因子で0.87倍、原因不明で0.81倍、PCOSで0.69倍、その他女性因子で0.92倍、子宮内膜症で3.78倍となっていました。また、治療からの年数が経過するにつれてリスクは減少しました。

 

解説:本論文は、卵巣刺激によるART治療と卵巣癌のリスクについての国家規模の検討を行ったものであり、子宮内膜症以外では卵巣癌のリスクは増加しないことを示しています。なお、子宮内膜症については、今後の大規模な研究が必要です。

 

参考までに、2016.12.3「☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRMガイドライン」でご紹介した、妊娠治療に用いる薬剤と癌についてのガイドラインを記します(エビデンスレベルA>B>C)。

1 卵巣癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)、薬剤の種類による違いはない(B)、妊娠治療後に境界悪性卵巣腫瘍がわずかに増加するとの報告があるが、特定の薬剤ではない(C)、境界悪性卵巣腫瘍の活動性は低く予後は良好(B)、境界悪性卵巣腫瘍を避けるために薬剤使用を避けるという根拠はない(C)

2 乳癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)

3 子宮体癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)

4 甲状腺癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)

5 メラノーマ:薬剤によりリスクが増加するという十分な証拠はない(C)

6 大腸癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)

7 悪性リンパ腫:薬剤によりリスクが増加するという十分な証拠はない(C)

8 子宮頸癌:薬剤による有意なリスク増加はない(B)

 

妊娠治療による癌のリスクについては、下記の記事も参照してください。

2016.12.3「☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRMガイドライン

2015.8.7「体外受精による出産後の母体の癌のリスク
2015.1.28「妊娠治療薬と境界悪性卵巣腫瘍の関係」
2014.2.25「☆卵巣刺激(排卵誘発)と卵巣癌のリスク」
2013.11.29「☆不妊治療薬で子宮体癌は増加しません」
2013.7.12「☆不妊治療薬と卵巣癌の関係」
2013.4.28「不妊症の方は癌になりやすいか その2」
2013.4.23「不妊症の方は癌になりやすいか その1」

 

BRCA遺伝子変異については、下記の記事を参照してください。

2016.4.22「BRCA遺伝子変異を有する方の妊娠治療による卵巣癌リスク
2013.5.31「乳癌遺伝子(BRCA)と早発閉経の関係」
2013.8.29「BRCA遺伝子変異があるとなぜ早発閉経になるか」
2015.1.20「BRCA遺伝子変異とAMH低下の関連」
2015.6.7「BRCA遺伝子変異保因者における卵巣癌発症リスク」