BRCA遺伝子変異があるとなぜ早発閉経になるか | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

BRCA遺伝子(BRCA = BReast CAncer)は、乳癌、卵巣癌、卵管癌に関連する遺伝子で、2013.5.31「乳癌遺伝子(BRCA)と早発閉経の関係」でご紹介しました。「BRCA遺伝子変異があるとなぜ早発閉経になるか」について、早発閉経の一因となるFMR1遺伝子変異が同時に存在するからとする論文が2012に発表されました。本論文はその関連を否定するものです。

Hum Reprod 2013; 28: 2308(オランダ)
要約:血縁関係にないオランダのBRCA遺伝子変異保有女性60名(BRCA1変異30名、BRCA2変異30名)、血縁関係にないオランダのBRCA遺伝子変異保有男性29名(BRCA1変異14名、BRCA2変異15名)、対照群としてオランダの375名のFMR1遺伝子を検査しました。対照群は脆弱X症候群の家族で、診断のためにFMR1遺伝子検査を行った方です。ただし、FMR1遺伝子のCGGリピート数が56回以上の方を除外し身体的に正常な方325名を比較対照に用い2012年末に後方視的検討を行いました。BRCA1/2遺伝子変異とFMR1遺伝子のCGGリピート数に、有意な相違を認めませんでした。

解説:BRCA1/2遺伝子変異があると早発閉経となる方が多くみられ、BRCA1/2遺伝子変異と卵巣予備能低下の関連が知られています。また、マウスやゼブラフィッシュのBRCA2遺伝子欠損では生殖細胞の発生が障害されることが知られています。早発閉経は、遺伝性のある次の疾患で多く認められることが知られています:脆弱X症候群、Fanconi貧血(遺伝性の再生不良性貧血)、血管拡張性失調症、Bloom症候群、Werner症候群

脆弱X症候群(Fragile X syndrome)は、FMR1遺伝子(Fragile X mental retardation、脆弱X精神発達障害)のCGG配列のリピート数によって症状の出方が異なります。男性ではCGGが200回以上のリピート数で軽度精神発達障害となりますが、女性では55~199回のリピート数で早発卵巣不全(早発閉経)になることが知られています。このCGGリピート数は多くても(34~55)少なくても(26未満)FMR1蛋白が低下し、卵巣予備能も低下します(CGGリピート数は平均30回が正常です)

BRCA1/2遺伝子変異を持つ女性で早発閉経の方は、FMR1遺伝子のCGGリピート数が26回未満であるという論文が2012年に発表されました。本論文では、BRCA1/2遺伝子変異とFMR1遺伝子のCGGリピート数に有意な相違を認めず、全く異なる結果となります。しかし、前者では対照群とBRCA1/2遺伝子変異群が米国とオーストラリアという全く異なる地域のもので、単に地域性の違いをみていた可能性が否定できません。本論文の信頼度が高いのは、X染色体が1本である男性を対象に含んだことです。FMR1遺伝子は、X染色体上にありますので、男性でも女性でもFMR1遺伝子とBRCA1/2遺伝子変異が全く関連がないという点で一致していることは、その結果がまず間違いないであろうということを示唆します。

BRCA1-/-マウスの胚は生存できませんが、p53、ATM、Chek2、53BPIなどのDNAダメージ修復経路(DDR)をブロックするとその胚が生存できるようになることが最近明らかになりました。実際に、BRCA1/2遺伝子変異を持つ方では、DNAダメージ修復過程の欠如がありそうだという報告が2013年にありました。前述の2012年の論文では、BRCA1/2+/-遺伝子変異を持つ胚が生存できないと仮定し、FMR1遺伝子発現低下によってその胚が生存できるようになるのではないかと推察していますが、その証拠はありません。

本論文を含めた最新の知見によると、BRCA1遺伝子変異の女性は全て卵巣予備能が低下し、それはFMR1遺伝子とは無関係であると考えられます。また、動物ではBRCA2遺伝子変異も生殖細胞の形成障害をもたらしますが、現在までのところ、BRCA2遺伝子変異の女性では早発卵巣不全(早発閉経)が認められていません。今後の検討が望まれます。