乳癌遺伝子(BRCA)と早発閉経の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

乳癌遺伝子(BRCA = BReast CAncer)についての論文が2013年5月に米国生殖医学会誌に掲載されました。「乳癌遺伝子と不妊症」は一見何の関係もないように思いますが、実は大きな関連がありますので、ご紹介致します。BRCA遺伝子は、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、ニューヨーク・タイムズ誌に「乳癌予防のための乳房切除術」を受けたことを公表し話題になっている遺伝子です。BRCA遺伝子変異を持つ女性は、乳癌、卵巣癌、卵管癌の確率が高くなります。本論文は、BRCA遺伝子変異を持つ女性は閉経が約1年早まり、早発閉経が約4倍になるものの、妊孕性(妊娠する力)には影響しないことを示しています。

Fertil Steril 2013; 99: 1724(カナダ、米国)
要約:1995~2012年にカナダと米国の乳癌および卵巣癌の家系の方を調査し、BRCA1およびBRCA2遺伝子を調べるとともに、生理や妊娠に関する質問票調査を行いました。質問票調査はその後も2年毎に行いました。この中から、BRCA1変異あるいはBRCA2変異を持つ女性908名(BRCA1単独62%、BRCA2単独37%、BRCA1&2両者0.7%)が抽出されました。対照群は、BRCA1変異もBRCA2変異も認めなかった女性で、出産数、最初の出産の年齢、最後の出産の年齢、初潮年齢、生理周期、ピル使用の有無に関する条件を合わせた女性908名を用いました。50歳未満で乳癌、卵巣癌含め何らかの癌に罹患した方、手術により閉経となった方は対象外としました。対照群の閉経年齢は50.3歳であるのに対し、BRCA1変異を持つ女性の閉経年齢48.8歳、BRCA2変異を持つ女性の閉経年齢49.2歳と有意に低くなっていました。早発閉経(40歳未満で閉経)の頻度は、BRCA変異群(4.9%)対照群(1.4%)より有意に高くなっていました。体外受精を受けた方は、逆に対照群(2.1%)の方がBRCA変異群(0.8%)より有意に高くなっていました。

解説:ジョリーさんは、BRCA1とBRCA2という二つの遺伝子変異を持っており、母親が乳癌と卵巣癌(56歳で亡くなる)、母方の祖母が卵巣癌(40代で亡くなる)、母方の叔母が乳癌(61歳で亡くなる)という癌家系です。一般に、BRCA1変異を持つ女性の65%が乳癌に、39%が卵巣癌になる可能性があり、BRCA2変異は乳癌45%、卵巣癌11%の可能性がありますが、ジョリーさんの場合には、BRCA1&2両者の変異を持っていることと家族歴も含めて乳癌になる可能性が87%、卵巣癌は50%以上と診断されました。

さて、BRCA遺伝子はテロメア長の維持にかかわるとされており、BRCA遺伝子変異と早発閉経の関連が最近報告されました。お子さんが居なくて乳癌がみつかると、乳癌の治療前に胚(受精卵)凍結や卵子凍結を行う時代になってきました。そのような場合に卵巣刺激してみると、採取できる卵子が極端に少ない方がおられます。そのような方は、AMHが低下しているだけでなく、BRCA遺伝子を持っている方が多かったというわけです。テロメアは細胞分裂の際に短くなるため、卵巣予備能と関連していることが示唆されます。つまり、BRCA機能が損なわれると、テロメアが短縮し、DNAダメージを起こしやすくなり、アポトーシス(細胞死)に至るため、卵胞がどんどん無くなっていくというわけです。閉経年齢やAMHに遺伝的要素があることは、2012.10.26「AMHは人種によって違う」2013.2.8「AMHは母親の閉経年齢に左右される」2013.5.26「AMHの遺伝的因子」でご紹介しました。また、早発閉経は、遺伝性のある次の疾患で多く認められることが知られています:脆弱X症候群、Fanconi貧血(遺伝性の再生不良性貧血)、血管拡張性失調症、Bloom症候群、Werner症候群。さらに興味深いのは、Fanconi貧血と血管拡張性失調症を引き起こす遺伝子は、乳癌を起こす確率が高いことも知られています。

本論文から、BRCA遺伝子変異の方は、乳癌や卵巣癌のリスクが高いのみならず、閉経が早くなることを示しています。したがって、妊娠を目指す場合には、癌の治療のことと妊娠のことを併せて考える必要があります。胚凍結、卵子凍結、卵巣凍結などの選択肢も早い段階で考慮しなければならず、極めて重大な人生の選択を迫られることになります。

テロメアについては、2012.9.26「タバコの影響:卵子」2013.4.11「レスベラトロールは卵子の老化を予防できるか?」2013.4.19「卵丘細胞のテロメアが卵子の質に関連」もご参照下さい。