SOSの猿/伊坂 幸太郎

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☆☆☆☆
ひきこもりの青年の「悪魔祓い」を依頼された男と、一瞬にして300億円を損失した株誤発注事故の原因を調査する男。そして、斉天大聖・孫悟空ーー。物語は、彼らがつくる。伊坂幸太郎最新長編小説。 (amazonより)

『あるキング』がこれまでのテイストとあまりに違ったために、多くのファンは「伊坂幸太郎 」という作家に今後も付いていくべきかどうか迷われたと思います。で、これはというと…。『あるキング』とはかなり違うテイストなのでその意味では安心してよいかもしれませんが、『モダンタイムス』以前の作品群ともやはり違います。

本作は途中まで、副業で「悪魔祓い」をしている青年の話と、孫悟空が登場するシステム系企業の品質管理部に在籍している男の話が交互に繰り返されます。これは小説ですので、勿論この2つの物語は終盤でつながるのですが、つながることの説明がどうも曖昧なんですね。恐らくこれが初期から中期の伊坂作品であったなら(例えば『アヒルと鴨のコインロッカー』、例えば『重力ピエロ』)、この辺りの伏線の回収や説明をしっかりしたのだろうと思います。それはやはりミステリーではなく、かと言って文学と言い切ってしまうにはポップすぎるエンタメ作品であったがために、その枠を離れることが出来なかったからだろうと思います。

それがこの作品では全ての事象に説明はしない。極めて象徴的な事象やキャラが登場する。学問的テーマとなりうるような社会や哲学を描き始めるといった、いわゆる文学的な書き方に変わるんですね。思えば『魔王』で既にそういった兆候は出ていましたし、『モダンタイムス』ではかなりそういった要素が強く出始めていました。ちなみに本作に類似点が見られる『グラスホッパー』でもデカルト的な存在に対する懐疑を描いていた節がありますし、元々そういうことがしたかったのでしょうね。ただやはりキャリアのない作家がそれをすれば売上的にはきびいしい事になるでしょうし、何より新人が描くにはハードルが高いテーマでもあります。今の伊坂は間違いなく日本でトップの作家の1人ですし、その意味ではキャリア、実力ともに『あるキング』や本作のようなことが許されるようになったのでしょう。

ただ、どうですかね?馴れもあるのでしょうが、以前書いていたエンタメ系作品と比較すると、まだ純文学的な作品はそこまでのレベルに達していないように思えます。ただ元々センスがある人ですからね。この調子で5年も書き続けていれば、本当の意味でのポスト村上春樹になる日も来るかもしれません。

これまでにご紹介した伊坂幸太郎作品
「ゴールデンスランバー」☆☆☆☆☆
「チルドレン」☆☆☆
「死神の精度」☆☆☆☆☆
「ラッシュライフ」☆☆☆☆
「重力ピエロ」☆☆☆☆☆
「オーデュボンの祈り」☆☆☆☆
「アヒルと鴨のコインロッカー」☆☆☆☆
「グラスホッパー」☆☆☆☆☆
「陽気なギャングが地球を回す」☆☆☆
「陽気なギャングの日常と襲撃」☆☆☆
「砂漠」☆☆☆
「フィッシュストーリー」☆☆☆
「終末のフール」☆☆☆☆
「魔王」☆☆
「モダンタイムス」☆☆☆☆
「あるキング」☆☆