あるキング/伊坂 幸太郎

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☆☆
天才が同時代、同空間に存在する時、周りの人間に何をもたらすのか?野球選手になるべく運命づけられたある天才の物語。
山田王求はプロ野球仙醍キングスの熱烈ファンの両親のもとで、生まれた時から野球選手になるべく育てられ、とてつもない才能と力が備わった凄い選手になった。王求の生まれる瞬間から、幼児期、少年期、青年期のそれぞれのストーリーが、王求の周囲の者によって語られる。わくわくしつつ、ちょっぴり痛い、とっておきの物語。『本とも』好評連載に大幅加筆を加えた、今最も注目される作家の最新作!!(amazonより)

意図してそうされたようですが、これまでの伊坂作品とはかなり毛色が異なる作品です。いかに伊坂らしいセリフや展開もかなり少ないですし、従来通りのテイストを期待されている方はやめておいた方が良いかもしれません。

読んでいてまず誰もが感じる違和感は文体です。作中にも数回名前が登場するシェイクスピアを筆頭とした、まるで戯曲のような文体です。おそらく著者がしたかったことは現代劇を戯曲にしたかったのだろうと思います。

そして戯曲らしいテーマとして設定されたのが「悲劇」であり、モチーフとなったのがこれまた常道の「王様」です。これを現代劇に持ち込んだ場合、シェイクスピアの作品群と大きく違うのが「王」の存在意義です。現代社会に「王」と呼べるような存在が現れた時、古典作品に登場する彼らとは違った受け止め方をされるはずなわけです。伊坂さんは「魔王」でもある種の「王」を描き、群衆の恐ろしさに警鐘を鳴らしたわけですが、今作では「王」が誕生したことによる「王」自身と「民衆」の悲劇を描いています。

ただどうですかね。このアプローチ自体は面白いと思いますし、テーマ設定そのものには惹かれる部分もあります。ただし実際読んでみての感想は、この試みが成功したようには思えません。プロットはともかくとしても、文体や戯曲的な演出は単に文章を読みにくくさせましたし、伊坂幸太郎的なポップなセリフまわしなどとは相性が良くないようで、一体感を感じ取ることが出来ませんでした。個人的には失敗した村上春樹といった印象で楽しんで読むことはできませんでした。あるいはシェイクスピアなどについての造詣が深ければオマージュやモチーフとなった元ネタから様々な想像を膨らますことが出来るのかもしれませんが、どうもその辺まで意図して書かれた作品という気もしないのですよね。勿論、無学な私が単に知らないだけなのかもしれませんが、それにしても、というのが率直な感想です。

既に新聞連載が終了した「SOSの猿」の書籍化を期待して待つことにします。

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