モダンタイムス (Morning NOVELS)/伊坂 幸太郎

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☆☆☆☆
SEの渡辺は上司からありふれた、そして簡単なサイトの構築を依頼される。しかしその仕事は社内一のエンジニア、五反田が姿を消すきっかけとなった案件だった。五反田は姿を見せないが深入りするなと助言をくれる。ただの出会い系サイトだと思っていたそのサイトは、あるキーワドとあるキーワドを合わせて検索すると、検索した人物が特定される不可思議なサイトだった。サイトを訝る大石倉之助は、ついにそのキーワードを検索してみる。すると…。

舞台は「魔王」から50年後。そして今度こそは本当のエンタメ作品です。テイストは「ゴールデンスランバー」に近いです。
しかしこの作品はエンタメでありながら、伊坂流の社会学を披露した場でもあります。タイトルになっている「モダンタイムス」、そして作中に頻繁に登場する「アイヒマン」、いずれも社会学に政治学に経済学、おおくの社会科学系の学問では頻繁に耳にするキーワードですから、その辺りに多少の造詣があれば作品のテーマは推測できるでしょう。個人的にはハンナ・アーレントの「イェルサレムのアイヒマン」を伊坂一流の文学センスと物語造形能力で表した作品という印象ですね。主張としては似通ったものがあると思います。とは言え参考文献の中にアーレントの名前はなかったので、このテーマを流用したわけでなく彼流の社会に対する問題提起だと思いますが。

さて物語自体は大きな謎が徐々に明らかになっていくエンタメ作品なので非常に読みやすいと思います。一方で「ゴールデンスランバー」同様、大きな敵に相対した一個人の物語なので、敵をぶっつぶすとか、事件の全貌が完全に明らかになるというようなことはありません。巨大な敵は独自の論理で迫ってきて、勝手に引いていくものです。(この辺のことは「ゴールデンスランバー」の書評をご覧いただければ幸いです)

「実家に忘れてきました。何を?勇気を」で始まり最高のセリフでエンディングを締めくくる本作は非常に伊坂幸太郎らしい、読んでいて優しく心地よくなれるセリフまわしも使われており概ね文句のない出来ですが、やはり「ゴールデンスランバー」と比較すると見劣りしますね。「魔王」の書評でも書きましたが、政治や社会を描くにはまだ勉強不足な感じが否めませんし、ロジックも少々単純すぎますかね?ただ社会的な視点に関しても成長がみられますし、最近の作風からいっても今後は質の高い「社会をテーマにした作品」が増えていきそうですね。
村上春樹は社会に触れながらも内面を探っていくタイプの作風ですので、類似が指摘される両者の作風は今後開きが出てきそうな感じかなと思います。
何にせよ、超良質な作家である伊坂幸太郎の作品はコンプリートしてしまったので次回作を待つばかりです。

イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告/ハンナ アーレント

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魔王 (講談社文庫)/伊坂 幸太郎

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