• そりゃ、「秘密にする」ことが抑止力だろうが。-【東京社説】敵基地攻撃能力 行使の例示をなぜ拒む

 例え話とか比喩とか言うモノには、「果たして、その例え・比喩、チョイと気障な言い方をすれば”モデリング”が、正しいか?」と言う懸念・疑問が常にあるし、あるべきなのだが、こんな例え話は、どうだろうか。

 貴方に、普段は温厚だが、背も高く力も強く、ケンカとなれば滅法強そうな知り合いが居る、としよう。この人、普段は温厚だが、ある一線を越えると「切れて」殴りかかってくる、と仮定しよう。
 その「越えると切れる一線」が、長い付き合いとか経験則とかで判っていれば、貴方は「その一線を越えないように」、俗に言う「地雷を踏まないように」その人に接するだろう。
 貴方が図々しい人間ならば、「その一線を越えない」様にしつつ、その人を馬鹿にしたり揶揄したり借金したり踏み倒したりする、可能性はある。「その一線」が判っているのだから、揶揄も借金も踏み倒しも、ある意味「安心して」出来るだろう。

 その「越えると切れる一線が、不明」ならば、「切れると怖い」とは判っているのだから、貴方のその人への対応は、慎重に丁寧になる、だろう。

 逆にその人が、「どんな事をしても、殴りかかっては来ない。」と判っていて、貴方が図々しい人間ならば、その人への揶揄も借金も踏み倒しもそれ以上のことも、勝手気まま、自由自在だろう。

 であるならば、「越えると切れる一線を、明確にしない。隠す。」と言うのは、「抑止力を高める効果がある。」。その事がメリットばかりとは言わないが、「メリットがある」と考えることは、出来る。

 言うまでも無かろうが、「切れて殴りかかってくる」というのは、「敵基地攻撃能力の行使」の比喩であり、「ケンカに(実は)強そうな、温厚な人」は「我が国・日本」の比喩である(*1)。冒頭に述べた通り、比喩・例え話には、「”モデリング”は正しいか?」と言う疑念がつきまとう(と言うよりは、「全ての比喩・例え話は、"モデリングは正しいか?"と言うことを幾許かでも念頭に置いて、見る/聴く/読むべきである。」。今回の私の比喩/例え話を含めて、な。)。国家間の関係を、個人同士の関係に準える「モデリング」にも、無論「問題ない」とは言わない(*2)が、「敵基地反撃能力の行使」を考える、一助となろう。

  • <注記>
  • (*1) で、「何をしても殴りかかっては来ない」状態が、「敵基地攻撃能力を、行使すると明言しない」以前の状態の我が国の比喩、である。 
  •  
  • (*2) 国家間の不当不正な行動は、極希にしか「裁判で裁かれる」事は無い。その点、少なくとも我が国に於ける個人同士の関係とは、大いに異なる。 




 

  • 【東京社説】敵基地攻撃能力 行使の例示をなぜ拒む

  • 敵基地攻撃能力 行使の例示をなぜ拒む

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/233827?rct=editorial

 

2023年3月1日 06時56分

 

 二〇二三年度予算案が衆院を通過した。過去最大の約六兆八千億円に上る防衛費や敵基地攻撃能力(反撃能力)保有の是非が予算案審議の論点となったが、どのような場合に敵基地攻撃を行うのか、野党が求める例示を岸田文雄首相は拒んだ。「丁寧な説明」を尽くしたと言えるのか。

 政府は昨年十二月に閣議決定した安全保障関連三文書に、相手国領域を攻撃して日本へのミサイル発射を阻む敵基地攻撃能力の保有を明記。敵基地攻撃に使える長射程の米国製巡航ミサイル「トマホーク」の取得費二千百十三億円を二三年度予算案に計上した。

 敵基地攻撃能力の保有は憲法九条に基づく専守防衛を形骸化させる上、国際法違反の先制攻撃につながりかねない。台湾を巡る米中対立が軍事衝突に発展すれば、自衛隊が米軍を守るために集団的自衛権を行使して中国を攻撃する事態も想定される。

 立憲民主党は敵基地攻撃能力の行使例を示すよう求めたが、首相は「きめ細かく具体的な例を示すことは安全保障という課題の性格上、適切ではない。個別具体的に判断する」と拒んだ。

 立民は具体的な国名や軍事機密を含む想定までは求めておらず、首相はなぜ例示を拒否するのか。肝心な情報を示さないのなら、敵基地攻撃の判断を政府に白紙委任するよう強いるに等しい。

 首相はトマホークの取得数を、野党の求めに応じて四百発と明らかにしたが、根拠は不明だ。

 浜田靖一防衛相は「米国側の説明では最大四百発」と答弁しており、日本自身の防衛に必要な装備の数を積算したというよりは、供給する米国側の事情で取得数が決まったとの疑いは晴れない。

 そもそも防衛費を五年間で四十三兆円とし、二七年度に関連予算を含め国内総生産(GDP)比2%に倍増する根拠すら疑わしい。

 岸田政権は安保政策の大転換と「軍拡増税」方針を国会での議論なく決めた。その上、政府与党の方針通りに認めろと言わんばかりでは幅広い理解は得られまい。首相には傲慢(ごうまん)な姿勢を改め、誠実な態度で審議に臨むよう求める。

 

(2)中国とロシアと北朝鮮を、同時に一手に相手にするには、GDP比2%でも不足です。QED。

 「二国標準主義」ってのは、パックスブリタニカ「英国の平和」華やかなりし頃、そのパックスブリタニカの中心たる英国が掲げた国家安全目標。平たく言えば、「世界第2位の海軍と世界第3位の海軍が、タッグを組んで攻めて来ても、勝てるだけの世界第1位の海軍を保有する。」って目標であり、英国はこの目標を大凡「パックスブリタニカ=英国の平和」と謳われた頃には実現し、維持できていた。

 ああ、これは、話が逆だな。英国が「二国標準主義」を守れるだけの「世界第1位の海軍」を保有していたからこそ、「パックスブリタニカ=英国の平和」は実現し、維持できた、のである。

 翻って、21世紀の今日。世界第1位の海軍を保有するのは米国であり、米国流の「二国標準主義」を一応達成している。だが、海軍だけで海洋の覇権、特に海外貿易通商路を完全に制御できる時代ではなくなった事もあり、今日の世界は「パックスアメリカーナ=アメリカの平和」とは呼びかねる。一方で「かつては米国に対抗していた」ソ連がロシアとなって没落しつつあるのは未だしも、中国がその経済発展と共に大軍拡を続行中。一方で海軍はショボいが核兵器とミサイルで恫喝を繰り返す北朝鮮も、我が国に近い「潜在的敵国」として、中露共々存在する。
 かてて加えて、何かというと日本を敵視し、軍艦から射撃管制レーダーを我が海自哨戒機に照射しながらナンの善後策も講じない韓国も、「潜在的敵国」と見なしておくのが、安全側と言うモノだろう。

 事ほど左様に我が近隣には、「潜在的敵国」が多いのである。「潜在的敵国が多い」現状は、昨日今日現出したモノでは無いが、「防衛費の対GDP比1%縛り」は、「強大な潜在的敵国はソ連(ロシア)ぐらいしか無かった頃」から連綿と続き、我が国防を逼迫させ続けてきたのである。ようやっとそれを打破しようという「GDP比2%」とて、「遅い!」「足らない!」と批判することは出来ても、「根拠がない」などと非難される筋合いは、無い。

 我が国が、中国、ロシア、北朝鮮を、一度に一手に「引き受けねばならない」というのは、悪夢であるし、そうならないように外交政策、例えば「中露離間策」等をとるべきは当然であるが、国家安全保障上、国防上は、「一度に一手に引き受けること」も想定し、それに備えるべきである。

  • 「救済の門戸」と言えば、聞こえは良い。相手によっては、「タカリの口実」。-【東京社説】被爆2世判決 救済の門戸を閉ざすな 【毎日社説】被爆2世の救済 健康不安は放置できない


 「承認欲求」とか言うらしいが、人間には「”良い人”と思われたい/見られたい」って欲求/願望が、多かれ少なかれ「ある」そうだ。

 私(ZERO)ぐらいのひねくれ者になると、世間一般が俺を誉めようが貶そうが、知ったことではない。ぐらいに構えて居られるが、普通の人は「誉められたい」らしくて、「”良い人”と思われたい/見られたい」と願う、らしい。下掲する東京新聞社説と毎日新聞社説も、そんな欲求/願望の表れと、「理解すべき」なのかも知れないが・・・下掲する二紙社説の主張する被爆者子孫未来永劫援助法(とは書いていないが、このロジックは行き着くところ、そうなる。そうならざるを得ない。)」ってのは詰まるところ、血税の投入であり、私(ZERO)の納めた税金が使われるのであるから、コリャァ看過もなるまいよ。

  • (1)【東京社説】被爆2世判決 救済の門戸を閉ざすな 

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/230621?rct=editorial

 

2023年2月11日 07時43分

 

 病魔に怯(おび)え続けてきた人生を、なんとか救済できないだろうか。

 原爆の被爆者を親に持つ「被爆二世」への援護を怠ったのは憲法一四条(法の下の平等)などに違反するとして、広島県などの二世二十八人が、国に一人十万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、広島地裁は請求を棄却し、違憲性も認めなかった。

 同種訴訟では、長崎地裁も昨年十二月、原告の訴えを退けており、二世は医療費給付の対象となる被爆者援護法上の「被爆者」ではない、との司法判断が続いた。

 国側は、一九四七年からの専門機関による種々の健康調査では、親の被爆によって、健常な親より子に異常が増えたとの結果は得られていないと主張した。

 だが、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が二〇二一年に公表した調査では、二世三千四百人余の約六割が「不安や悩みを抱えている」と回答。中身については、その八割弱が「自分の健康・放射線の影響」だった。「自分の子への影響」も四割いた。二世たちの心情がうかがえる。

 広島地裁判決は「自らの健康に不安を抱くのは自然である」「遺伝的影響による健康被害の可能性が否定されない」と原告の主張をくんだが、「健康被害の可能性」とは「科学的に承認も否定もされていないという意味」とした。

 その上で、法律上の被爆者は「放射線を直接被ばくした可能性のある者」と規定し、二世とは「大きく異なる」と判断した。

 「健康被害の可能性が否定されない」と述べつつも、請求を退けた今回の判決。原爆投下後に降った「黒い雨」を巡る訴訟で一昨年、被爆者の認定要件は「原爆の放射能による健康被害を否定できないことを証明すれば足りる」と判示し、原告勝訴に導いた広島高裁判決の精神からは、後退したような印象も受ける。

 この高裁判決は、国が上告を断念して確定。八十四人の原告以外にも、広島での「黒い雨」の被害者約二千人に被爆者健康手帳が渡り、今後も申請者に配布予定だ。

 原爆投下から八十年弱。被爆二世の年長者は後期高齢者になった。原告控訴は確実で「世代を超えた核兵器被害」を問う裁判は今後も続く。国には、「直接」被ばくではないとしても、健康不安とともに生きてきた二世の声に耳を傾け、寄り添う姿勢も求めたい。

  • (2)【毎日社説】被爆2世の救済 健康不安は放置できない

被爆2世の救済 健康不安は放置できない

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230219/ddm/005/070/104000c

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2023/2/19 東京朝刊 English version 831文字

 原爆被爆者を親に持つ「被爆2世」の訴えは、長崎に続いて広島でも退けられた。だが、長年抱え続けてきた健康不安を放置することはできない。

 

 被爆者と異なる対応は法の下の平等に反し、国は立法措置を怠っているとして、2世28人が国に1人当たり10万円の賠償を求めた訴訟である。

 

 

 被爆者援護法に基づき被爆者と認定されると、医療費の自己負担分が補助され、手当なども受けられる。だが、2世は対象外で、国の支援は年に1回の健康診断にとどまる。

 

 長崎・広島両地裁の審理では、原爆放射線の遺伝的影響が争点となった。広島地裁は判決で「通説や有力な見解として一般的に認識されているとはいえない」などと認めなかった。

 

 

 広島高裁は2021年、原爆投下後に降った「黒い雨」を巡る訴訟で、放射線による健康被害が否定できなければ被爆者と認める判決を出した。その判断からは後退したように見える。

 

 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が21年に公表した初の全国調査では、2世の約6割が不安や悩みを感じたことがあると答えた。うち8割が健康や放射線の影響を理由に挙げた。「いつ病気になるか分からない」との声も寄せられた。

 

 

 にもかかわらず、政府や国会の取り組みは進んでいない。

 

 被爆者支援制度が拡充された1980~90年代には、支援を2世に広げようとする動きが国会で浮上したが、実現しなかった。

 

 94年に被爆者援護法が制定された際にも、2世が置かれている立場を理解して支援を充実するよう政府に求める付帯決議が衆院の委員会で採択された。

 

 

 2世は全国に30万~50万人いると推計されている。だが、心身の疾病や不調などの詳しい状況は明らかになっていない。

 

 自治体の中には、2世のがん検診に補助金を出すなど独自の支援を実施しているところもある。居住地によって受けられる支援に差が生じるのは望ましくない。

 

 原爆投下から78年。2世の高齢化も進んでいる。国は早急に実態を把握し、それに即した支援体制を整えるべきだ。

 

  • (3)「怯える」分には、幾らでも「怯え」られる。「怯え」が金になるなら、尚更だ。

 読者諸兄、ひいては国民一般に問おうではないか。

  • 【Q1】 被爆者とは、「広島及び長崎への原爆投下の被害を直接受けている者(*1)」とは、我が国が支援すべき対象であるか?


 まぁ、これに対しては大半の人が、「被爆者は、我が国が支援すべき対象である。」と答えそうだ。だからこそ、現時点・現状でも(、支援の多寡については、議論の余地はあろうが)、「我が国が支援している」。

 ならば、更に問おうではないか。

  • 【Q2】 被爆者の子孫とは、「広島及び長崎への原爆投下の被害を直接受けている者の子孫」とは、我が国が未来永劫支援すべき対象であるか?


 「未来永劫」などと御大層な形容詞を入れたが、「子孫を支援の対象とする」ならば、ほぼ自動的に「未来永劫」となる。ならざるを得ない。被爆者=「広島及び長崎への原爆投下の被害を直接受けている者」自身ならば、広島及び長崎への原爆投下に遭遇した者に限られるから、戦後も80年になろうという今日では対象者=生き残りも多くはないし、単調減少でやがては居なくなろう。
 だが、その子孫となると、コチラは基本「単調増加」のねずみ算であり、滅多なことでは「居なくなった」りはしない。
 それは、平たく言って、「被爆者子孫支援予算」がドンドン増えていく、と言うことであり、私(ZERO)の納税した分を含めて国税が投入される、と言うことである。

 なるほど、上掲二紙が問題視し、俎上に載せているのは、「被爆2世」であり、「被爆者の子供」に限られては居る。我が国が支援すべき対象を「被爆2世までに限る」ならば、その予算増加は「限定的」であり、ある意味「時限的」でもあろう。

 だが、「被爆2世を我が国の支援対象とすべき」とするロジックである「当人の健康不安」なんてのは、被爆3世だろうが被爆4世だろうが被爆N世だろうが、「適用できるロジック」だ。

 であるならば、「当人の健康不安に基づく被爆者子孫への国家支援」が、「救済の門戸を閉ざすな」とか、「健康不安は放置できない」とか言う、一見尤もらしい理由で許容されることとなる。結果は目に見えて居るぞ。「被爆者子孫の内、”健康不安を感じる”者が、国から支援を受ける。」事になる。

 章題にしたように、「怯える」分には幾らでも「怯える」ことができる。その「怯え」が金になるならば、尚更だ。結果は平たく言って、「”被曝者子孫”が、我が国にタカる」事になる。

 韓国の「自称・徴用工」と、構造的・構図的には全く同一であり、なればこそ、アカ新聞どももご執心、ご推奨なのだろうと、邪推も働くな。


 「被曝者子孫」とて、特権階級ではなかろうに。

 端的に言って、我が国は、「健康不安」などと言う自己申告を理由として、「被爆2世」も「被曝者子孫」も、「救済」などすべきでは、無い。それを「救済」するならば、それは科学的根拠や統計的事実に基づくべきであり、「当人の健康不安」などと言う恣意的基準に基づくべきではない。

 言い替えるならば、少なくとも現時点の科学的知見及び統計的事実を以て、「被爆2世」は「切る」べきであり、これを我が国が救済すべき謂われは、無い。

 どうせアカ新聞どもは、我が国内に「日本版・自称”徴用工”」を、発生させようというのだろうよ

 「”良い人”と思われたい/見られたい」って欲求/願望を利用して、な。
 

  • <注記>
  • (*1) と、「被爆者」を定義するのが、先ず、合理的妥当なところだろう。 


 

  • 我が国に、「異常な国のままで居ろ」と言い。-【朝日社説】防衛費と国債 戦後の不文律捨てる危うさ


 端的に言おう。日本国憲法は、異常である。

 何が「異常」かと言えば、「軍隊に関する記述・記載が無い」事が、異常である。言うまでも無かろうが、憲法なるモノは、その英訳Constitution(*1)「骨格」も意味するとおり、「国の骨格を定めたモノ」でもある。従って、国防・国家安全保障上の骨格・根幹である軍隊について、記述があって当然であり、「無い」のは少なくとも不自然である。
 
 斯様な日本国憲法の下、「本当に、現実に、軍隊が無い」ならば、未だ「不自然」に踏みとどまり、「変わった国だね。」で済むかも知れない。中米はコスタリカが「常備軍廃止」を憲法に明記し、実際に「常備軍が無い」のは、そんな「不自然な憲法」の一例であろう。(その代わり、警察が装甲車を持っているし、有事には徴兵制を敷いて軍を編成することが認められている。

 だが、我が国には、「軍隊の記述が無い日本国憲法」の下、自衛隊という「建前上軍隊ではない」ということにされつつ、実質世界でも有数の軍隊(無論、「憲法上の制約」もあれば、アレコレ組織的に欠陥欠点を抱えながら、だが。)を擁している。
 それも、昨日今日「世界有数になった」訳では無い。「警察予備隊」として発足した当初こそ「米軍の中古品」を主たる装備としていたが、冷戦終結頃には結構な戦力となっていた。そこから数えても30年。発足当初から数えると半世紀以上に渡って、「本当に、現実に、軍隊を擁しながら、憲法には軍隊の記載が無い」状態である。これは、もう、異常な憲法としか、言いようが無かろう。

 だが、朝日はじめとする「憲法変えちゃぁいけない教徒」共は、「憲法変えちゃぁいけない」のが教義・信仰・信条且つ金科玉条なモノだから、斯様な「異常な状態」を放置し(と言うより、手厚く「保護」し、か。)、異常なままでいろ。」と、要求するのである。

 イヤ、「要求する」のは、言論表現内心の自由だから、良いけどさ。何度も書くが「憲法の文面通りに、我が国に自衛隊が存在しない状態で、どうやって我が国の主権、領土領空領海、我が国民の生命財産、我が国の安全安泰を、保障するのか。」を、説明しやがれよ。

 これも何度も書くが、「憲法9条が最大の抑止力」って社民党のぶっ飛んだ(としか、思われない。)ロジック以外に、左様な説明論証考察した例を、私(ZERO)は見たこと読んだこと聞いたことが、無いぞ。

  • <注記>
  • (*1) いや、これは話が逆で、英米列強で成文化され導入されたConstitution(及びそれに相当する西欧言語)を日本語に和訳したのが「憲法」である。従って、Constittutinonにある「骨格」という意味、「国の根幹」「国の成り立ち、形」という意味が、本来「憲法」には含意されて、然るべきである。 

 

 

  • 【朝日社説】防衛費と国債 戦後の不文律捨てる危うさ

  • 防衛費と国債 戦後の不文律捨てる危うさ

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15562520.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2023年2月22日 5時00分

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写真・図版

最新鋭の潜水艦の進水式。潜水艦の建造が国債を財源に行えるようになる=神戸市中央区

 

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 来年度予算案の衆議院での審議が大詰めを迎えている。戦後初めて、防衛費の調達を目的にする建設国債の発行を盛り込んだ予算案であり、このまま認めれば、「借金で防衛費をまかなわない」という不文律が破られる。悲惨な戦禍から学んだ重要な教訓を投げ捨ててよいのか。熟議もないままに、憲法の平和主義を支える重要な規律を破ることは許されない。

 

 ■矛盾あらわな答弁

 

 政府が提出した予算案は、自衛隊の隊舎の整備や護衛艦の建造費など計4343億円を、公共事業費に充てる建設国債でまかなう。従来政府は、防衛費は公共事業とみなしておらず、重大な方針変更にあたる。

 

 政府は、昨年末の国家安全保障戦略で海上保安庁と防衛省の連携強化をうたった。そこで、海保の船艇などと同様に「防衛費を建設国債の発行対象経費として整理した」(岸田首相)のだという。

 

 だが、海保は法律で軍事機能が否定されている。連携するからといって、予算を同列に扱う理由にはならない。

 

 加えて看過できないのは、首相が「(これまで)赤字国債であったものが建設国債になる」と答弁していることだ。

 

 財源不足を穴埋めする赤字国債は、使途が明示されない。だから、その一部は、結果的に防衛費にも利用されていたと言いたいのだろう。

 

 しかし、1965年度に戦後初の赤字国債を発行したとき、政府自身が「公債を軍事目的に活用することは絶対に致しません」(当時の福田赳夫蔵相)と断言している。岸田首相は、この説明が虚偽だったと主張するのだろうか。

 

 予算全体の帳尻合わせの赤字国債と防衛費目的と明示した国債発行は、次元が異なる。「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍元首相は生前、防衛費を国債でまかなえばいいと述べていた。首相はそうした主張を漫然と受け入れ、矛盾に満ちた強弁を続けているのではないか。

 

 ■風化する歴史の教訓

 

 防衛費と国債の関係は、憲法と財政法の根幹にかかわる。

 

 1947年に施行された財政法の4条は、赤字国債の発行を禁じた。それは、健全財政のためだけではなかった。

 

 当時立法に深く関わった旧大蔵省の平井平治氏は、『財政法逐条解説』に「公債のないところに戦争はないと断言し得る。本条は憲法の戦争放棄の規定を裏書保証するものであるともいい得る」と記した。

 

 大蔵省の正史『昭和財政史』も、平和主義のもとに、戦争財政の苦い経験にかんがみ「公債発行の歯止めを財政法の中にもとめた」と結論づけている。

 

 一方で、4条に反して赤字国債を発行するに際し、政府は4条と平和主義との関係を否定した。その論理や背景は定かでないが、林健久東大名誉教授(財政学)は「社会の反発が強かった国債を景気対策のために発行するにあたり、少しでも抵抗を減らすために、4条と平和主義の結び付きを認めなかったのではないか」と推測する。

 

 その後の政府も、赤字国債発行を繰り返しながら、同様の説明を踏襲してきた。今国会でも鈴木俊一財務相は、「あくまで健全財政のための規定であって、戦争危険の防止そのものが立法趣旨であるとは考えていない」と述べている。

 

 歴史は、その時々の社会経済情勢を背景に解釈される宿命にあるのは事実だ。だがそこには、歴史の重要な教訓が風化する危うさがある。

 

 これまで政府は、4条と平和主義の関係を否定しつつも、国債を防衛費に充てないという一線は守ってきた。だが、半世紀にわたる風化の積み重ねが、いよいよその不文律にも及んできたのが現実ではないか。

 

 ■徹底した議論を

 

 辛うじて守られてきた不文律が破られれば、防衛費が青天井で膨張し、平和主義が骨抜きにならないか。周辺国との際限なき軍拡競争を起こさないか。危惧せずにいられない。

 

 岸田首相は、「建設国債に依存して防衛費を増やすことはない」と強調する。だが、いったん開けた穴は、新しい歯止めがない限り、時が経つにつれ広がる。それがこれまでの歴史だ。

 

 戦前の日本銀行による国債引き受けは、「一時の便法」との構想が宙に浮き、野放図な借金と泥沼の戦争拡大を招いた。戦後の国債発行も、一時的な不況対策というもくろみは外れた。最近では、コロナ対策だったはずの巨額予備費の使途が物価高対策にも広がり、財政民主主義が空文化しつつある。

 

 防衛力強化をめぐっては、「専守防衛」の理念を揺るがす敵基地攻撃能力の保有も盛り込まれた。憲法が掲げる平和主義を担保してきた様々なルールが、一挙に失われつつある。

 

 内外の膨大な犠牲の上に築かれた戦後の蓄積を顧みずに、耳目を引きやすい「普通の国」への転換を急いではならない。与野党に徹底した議論を求める。

 

  • (2)戦争を、舐めるな。


1>  内外の膨大な犠牲の上に築かれた戦後の蓄積を顧みず 
2> 耳目を引きやすい「普通の国」への転換を急いではならない。


 異常な国のままで居ろ」ってやぁがる。他に解釈のしようがあるか?「憲法変えちゃぁいけない教徒」め。

 大体、内外の膨大な犠牲の上に築かれた戦後の蓄積」ってなんだよ?「平和国家というイメージ」か?「憲法9条」か?いずれにせよそれは、「我が国を異常たらしめている原因」であるし、そんなモノは我が国の安全安泰安定にも資さなければ、中国ロシア北朝鮮の脅威に対しても、ナンの役にも立たない。「役に立つ」というならば、先ず其奴を論証しやがれ。

 国政も、国防も、現実の問題だ。お花畑の空論なんぞに、かかずらわってられるかよ。
 

  • その「不当」、今更、今頃、気付いたの???-高市早苗議員「追及」に大騒ぎの各紙社説の怪しさ


 先にネタばらしをしてしまおうか。「政府が放送法に基づいて、自由であるべき報道・放送に、不当に介入している。」と言う、誠に由々しき事態を、「国会で取り上げられた行政文書で、初めて知る。」なんて事が、あり得るだろうか?他国ならばいざ知らず、他ならぬ我が国で、だ。

 言い替えようか。「国会で当該行政文書が取り上げられる」まで、「政府による報道放送に対する不当な介入」に、各種報道機関・マスコミが「気付かなかった」事が、あり得るだろうか?特に「不当な介入を受けた」報道放送を実施している当事者=テレビ局が、「気付かない」事は、論理的に「あり得ない」だろう。その当事者が「気付かない」程度ならば、不当もヘッタクレもなく「そもそも、介入になっていない」筈である(*1)。


 左様な「政府による不当な介入」を「知っては居たが、政府の圧力などで、報道できなかった」というのは、未だ(論理的に)「あり得ること」だが、もし左様でれば事態の由々しさは倍増するし、これを機会に一斉に「政府の不当な介入」が報じられ、糾弾されそうなモノである。

 だが、そんな「政府の不当な介入を糾弾する」気配も無く、現実に左様な由々しき政府の不当な介入」があったか否かも問題視されず、問題とならず、左様な「"誠に由々しき政府の不当な介入"を容認する法解釈を記載した」とされる行政文書に基づき、その「新たな法解釈」に関わったと当該文書でされて、その関与を自らは否定している高市早苗議員が、糾弾され、非難されている、のである。

 実に不思議な、不可思議な、話では無いか。

 結論から言えば、斯様な「行政文書の記載と、法解釈への関与」ばかり取り上げられて、肝心要の実害である(筈の)「政府による報道放送への不当な介入」が全く報じられない時点で、「政府による報道放送への不当な介入」は、「少なくとも現状、確認できない」事は、殆ど疑義の余地が無い。なぁにしろその当該文書が当該法解釈を記載しているのは、安倍政権時代で数年前の話。左様な「法解釈」に基づく「政府による報道放送への不当な介入」は、とうの昔に実現・実存、していた/している、筈だ。

 「何処かで見た光景」と思うのは、私(ZERO)だけでは、ないだろう

  • <注記>
  • (*1) 「介入したが、気付かれることさえなかった」ならば、そもそも、その「介入は失敗」であり、「介入になっていない」だろう。 


 

(1)①【朝日社説】高市元総務相 国の基盤 揺るがす暴言

①【朝日社説】高市元総務相 国の基盤 揺るがす暴言

高市元総務相 国の基盤 揺るがす暴言

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15576323.html

 

 

 

2023年3月9日 5時00分

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コメントプラス

吹き出しアイコン牧原出さんの

コメント

牧原出さん

写真・図版

参院予算委員会で、立憲民主党の小西洋之氏の質問に答弁する高市早苗経済安全保障担当相=2023年3月8日午後1時10分、国会内、上田幸一撮影

 

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 放送法の解釈をめぐって野党議員が公開していた内部文書について、総務省がおととい、行政文書であることを認めた。

 

 放送法が1950年に制定されて以来、政府は放送番組が政治的に公平かどうかはその局の番組全体で判断するとの立場をとってきた。だがその方針が、一部の政治家と官僚による密室での議論で大きく転換した可能性が濃厚になってきた。

 

 メディアへの介入という意味でも、政策決定の妥当性という意味でも、重大な事態だ。文書に書かれた内容について、政府はすべてが事実かどうかはまだ確認できていないとする。解明を急がねばならない。

 

 だが、それを妨げている大臣がいる。当時、まさにその方針転換の答弁をした当人である高市早苗元総務相だ。

 

 問題の資料が行政文書であると総務省が認めたあとも、高市氏は「ありもしないことをあったかのようにして作るというのは捏造(ねつぞう)だ」との発言を連日、国会などで繰り返している。

 

 内部資料のうち、高市氏が出席した打ち合わせの内容などを記した部分について、そもそも打ち合わせそのものが存在しなかった、といった主張だ。官僚がなぜ「捏造」する理由があるのかと聞かれると、「パフォーマンスが必要だったんじゃないか」とまで述べている。

 

 国民の行政に対する信用をおとしめ、国家の基盤を揺るがす乱暴な発言ではないのか。

 

 たしかに文書は総務省の官僚が作ったもので、あらかじめ関係者に、記載する発言内容の確認を求める「すりあわせ」を経たわけではない。官僚の視点でまとめたものであることに一定の留意は必要だろう。

 

 だが行政文書は、政策の決定過程や行政の執行過程を着実に記録して、後世の検証を可能にし、将来にわたって国民に説明義務を果たすためのものだ。その作成は、官僚の仕事の中核の一つでもある。

 

 それを頭ごなしに政治家が「捏造」などと言えば、国民はなにを信じたら良いのか。もっとていねいに語るべきであるのは当然だ。

 

 しかも、その文書が作られた当時の総務省を率いていたのは高市氏本人である。仮に正確性に疑義があったとして、その責任は自分が負うことになるのをわかっているのだろうか。確たる根拠を示さずに、公文書制度に対する信頼を掘り崩すのはやめてもらいたい。

 

 公文書管理の徹底は、政府あげての課題のはずだ。そんななか、このような物言いを繰り出す人物が大臣についているようでは、この国にまともな公文書制度を根付かせるのは難しい。

  • (2)②【毎日社説】放送法の解釈変更 看過できない政治介入だ

放送法の解釈変更 看過できない政治介入だ

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230308/ddm/005/070/079000c

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2023/3/8 東京朝刊 English version 846文字

 放送の自律をゆがめ、表現の自由を萎縮させかねない政治介入があったことになる。ゆゆしき問題である。

 

 放送法が定める「政治的公平」の解釈変更を巡る第2次安倍晋三政権内部のやりとりを記した文書について、松本剛明総務相が行政文書と認め、公開した。

 

 立憲民主党の小西洋之参院議員が先週公表した文書と同じものだ。報道の自由に関わるとして、国会で野党が追及していた。

 

 

 焦点は放送法4条で放送事業者に求められている「政治的に公平であること」の解釈だ。政府は従来、事業者の番組全体で判断するとの解釈を取ってきた。

 

 しかし行政文書によると2014~15年、当時の礒崎陽輔首相補佐官が、特定の番組を安倍氏が問題視していると指摘した上で、全体でなく一つの番組で判断できるように、解釈の変更を総務省に迫っていた。

 

 

 礒崎氏も「政治的公平性について意見交換したのは事実」とツイッターで認めている。

 

 実際、15年に当時の高市早苗総務相が、一つの番組だけでも公平性を欠いたと判断し得るとの新しい解釈を示した。政府としても16年に「一つ一つの番組を見て、全体を判断する」との見解を出した。

 

 松本総務相は「放送行政に変更があったとは認識していない」と強弁し、16年の見解についても「従来の解釈を補充的に説明したもの」と繰り返している。

 

 

 だが、行政文書を見れば、官邸の働きかけによって変更が行われたのは明白だ。

 

 放送法の根幹に関わる。本来なら官邸と総務省間の裏交渉ではなく、政府の審議会に諮るなどの手続きを踏むのが筋ではないか。

 

 担当閣僚だった高市氏の責任は重い。にもかかわらず、「捏造(ねつぞう)で不正確」と主張し、自身に関する記述が事実であれば、議員辞職すると開き直っている。

  • (3)③【東京社説】放送法と政権 不当な新解釈撤回せよ

 

 

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E7%A4%BE%E8%AA%AC-%E6%94%BE%E9%80%81%E6%B3%95%E3%81%A8%E6%94%BF%E6%A8%A9-%E4%B8%8D%E5%BD%93%E3%81%AA%E6%96%B0%E8%A7%A3%E9%87%88%E6%92%A4%E5%9B%9E%E3%81%9B%E3%82%88/ar-AA18nIvh

 

木曜日

 

 安倍晋三政権が「政治的公平」を名目に放送法の解釈を事実上変更した。その経緯を示す総務省の行政文書を国会議員が示した。放送番組への露骨な政治介入で、不当な新解釈は撤回すべきだ。

 

<社説>放送法と政権 不当な新解釈撤回せよ

<社説>放送法と政権 不当な新解釈撤回せよ

c 東京新聞 提供

 ニュース番組で、二人のコメンテーターがともに特定の政策に批判的なコメントをしたら、「政治的公平」に反するのだろうか。仮に一方が自分の意に反し、政府に迎合せざるを得ないなら、自由な論評は封鎖されるに等しい。

 

 政府はかつて「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体で判断する」との見解を示してきた。だから、コメンテーターも自由に意見を述べられた。だが、今は「一つの番組でも、極端な場合、政治的公平を確保しているとは認められない」との「新解釈」が放送現場を支配している。

 

 二〇一五年に総務相だった高市早苗氏が放送法四条にある「政治的公平」について、国会で「新解釈」を提示し、総務省も統一見解としたからだ。翌年には高市氏が政治的公平を欠く放送を繰り返せば、「電波停止」を命じる可能性にも言及している。

 

 報道の自由のある世界の国々では、政府批判や政策批判の番組も一般的に放送される。なぜ日本では表現の自由、報道の自由を狭めるような法解釈に変更されたのか。今月、立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した内部文書が、その経緯をよく説明している。

 

 一四年から一五年にかけての官邸と総務省とのやりとりだ。ある特定の番組を問題視し、首相補佐官だった礒崎陽輔氏が主導的に総務省に解釈検討を要請した。同省出身の首相秘書官からは「メディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」との異論も出たが、安倍氏は礒崎氏に同調したという。

 

 高市氏は小西氏の文書を「捏造(ねつぞう)だ」と否定したが、総務省の行政文書だと判明した。文脈的には電波停止発言につながる流れがよく理解できる。内閣法制局を経ず、権力に都合のいい法解釈がなされたことを示す。官邸が独走し、法をねじ曲げた新解釈ともいえる。

 

 国会には礒崎氏を証人喚問し、真相を解明すべき責任がある。

  • (4)④【沖縄タイムス社説】放送法巡る文書公表 解釈変更の真相究明を

  • 放送法巡る文書公表 解釈変更の真相究明を

沖縄タイムス+プラス / 2023年3月9日 5時0分

 

 

 「この件は俺と首相が2人で決める話。俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃ済まないぞ。首が飛ぶぞ」

 

 安倍晋三政権当時、官邸官僚が各省庁ににらみを利かせ、官邸主導の政治を担っていたことはよく知られているが、その実態を伝える内部資料が明らかになった。

 

 放送法が定める「政治的公平」の解釈を巡り、立憲民主党議員が公表した内部文書とされる資料について、松本剛明総務相は、同省の「行政文書」だと正式に認め、全文を公表した。

 

 放送法は第3条で、放送する番組について「何人からも干渉され、または規律されることがない」と番組編集の自由を明記しつつ、第4条で放送事業者に対し「政治的に公平であること」などを求めている。

 

 政治的公平とは何か。どのような基準に基づいて線引きするのか。そもそも公平かどうかを誰が判断するのか。

 

 

 

 総務省はこれまで「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」との立場だった。

 

 安倍政権は、個別の番組を具体例として取り上げ、この法解釈にクレームを付けた。

 

 公表された行政文書は、当時の礒崎陽輔首相補佐官が総務省側に行った働きかけや職員とのやりとりなどを記載したものである。

 

 同文書は2014年から15年にかけて、官邸と総務省が「政治的公平」の解釈を巡って協議を重ねたこと、高市早苗総務相(当時)が解釈を巡って安倍首相と電話会談したことなどが記載されている。

 

■    ■

 

 冒頭の言葉は、礒崎氏が総務省のある局長に対して投げかけたものである。居丈高な物言いが事実だとすれば、恫喝(どうかつ)というしかない。

 

 礒崎氏は総務省との話し合いで、TBSのサンデーモーニングを問題にし、「一つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」と解釈の修正を迫った。

 

 高市氏は15年5月に国会で「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁した。

 

 総務省は16年、統一見解を明らかにし「解釈の変更はない」としながらも、高市氏の発言を「補充的に説明したもの」だと事実上、追認した。

 

 先に紹介したように、放送法は「番組編集の自由」を保障している。国民の目が届かないところで、自分たちの都合のいいように、法解釈を変えたことが事実だとすれば、由々しき問題だ。

 

■    ■

 

 礒崎氏は省庁への指示や法解釈に関して何の権限も持っていない。行政文書の記述通りの発言や振る舞いがあったとすれば「政治的圧力」と言うしかない。

 

 高市氏は「私に関係する4枚の文書は不正確」だと指摘し、「捏造(ねつぞう)」だと断じた。

 

 総務省の職員が、大臣が言っていないことを文書に残すということは常識的に考えにくい。

 

 公文書管理法に基づく行政文書が「捏造文書」だとすればそれこそ重大問題だ。

 

 関係者を国会に招致し、真相を明らかにすべきである。

  • (5)⑤【琉球新報社説】放送法解釈変更 「報道の自由」を侵害した

放送法解釈変更 「報道の自由」を侵害した

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1674441.html

 

2023年3月9日 05:00

社説

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 露骨な政治介入の経緯が明らかになった。「報道の自由」を侵害するものであり、到底許されない。

 

 放送法第4条が定める「政治的公平」の解釈変更を巡り、立憲民主党の小西洋之参院議員が公表した総務省の内部文書について、松本剛明総務相は公式な「行政文書」と認め、全文をホームページで公表した。小西氏が公表した文書と同じ内容だった。

 安倍政権下の2014年から15年にかけて官邸と総務省の間で交わされた協議の内容が記録されている。焦点となったのが「政治的公平」の解釈である。

 放送法4条は、放送番組の編集にあたって放送事業者に「政治的に公平であること」を求めている。この「政治的公平」が保たれているかどうかに関する政府の立場は「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断する」というものだった。

 行政文書によると、当時の礒崎陽輔首相補佐官が政府の立場に疑問を呈し、「一つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」として解釈を改めるよう迫った。きっかけとなったのは一つの情報番組だった。文書では具体的な番組名を挙げ「あんなのが(番組として)成り立つのはおかしい」と批判するやりとりも記録されている。

 当時の高市早苗総務相は15年5月、国会で「一つの番組でも極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と答弁した。高市氏の答弁は官邸と総務省の協議を踏まえたものだった。しかも高市氏に対する質疑内容について官邸は「こちらの方で質問立てしたい」との意向を総務省に伝えていた。

 まさに自作自演である。政権に批判的な番組へのけん制を狙い、官邸主導で放送法の解釈を変えたのだ。岸田文雄首相は「従来の解釈を変更することなく補充的な説明を行ったと承知している」と解釈変更を否定するが、高市氏の答弁は放送局を萎縮させるものにほかならない。

 事実、16年2月の国会で高市氏は電波法に基づき電波停止を命じる可能性にまで言及した。解釈が変わった放送法に照らして番組の「政治的公平性」を評価するのは政府側である。「報道の自由」に対する重大な挑戦だと言わざるを得ない。

 そもそも放送法は「報道の自由」を保障するものである。法の目的について第1条は「放送の不偏不党、真実および自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と明記している。官邸が主導した解釈変更は政府に批判的な言論を抑えるものであり、本来の放送法の精神にも逆行している。

 行政文書について松本総務相は「関係者の認識が異なる部分がある」と述べ、高市氏は「ねつ造」と反論した。国会答弁だけでも解釈変更は明らかである。関係者は真実を明らかにすべきだ。

 

  • (6)要は、「モリカケ桜をもう一度」だろうぜ。


 って事は、バカ野党もアホマスコミも、「モリカケ桜追及」が「成功であった」と思っているらしい、ということである。

 ハッキリ言って、「終わっている」な。政治家としても、政党としても、ジャーナリズムとしても、報道機関としても、無論「社会の木鐸」としても、だ。
 
 出来損ないスキャンダルの追及で、ひたすら人民裁判の魔女裁判の「ワイドショー実演」を延々と国会で国会議員が実演し、これを「本物のワイドショー」はじめとするテレビや新聞や週刊誌が報じたのが、「モリカケ桜追及」だ。これで、視聴率なり販売部数なりが、「実際に稼げた」って事なのだろう。ああ、「支持率は、稼げていない」と思うのだが、「支持率低下を押さえ込んだ」ぐらいの認識、なのかも知れない。

 「支持率低下を押さえ込んで」も、今の体たらくなのだが。それでも「モリカケ桜追及」を評価し、これで野党を支持するバカも、居るんだろうよ。数が少ないことを願う、がね。

 なぁんと言うか・・・「腹が立つ」と言うよりは、「悲しくなってくる」な。「出来損ないスキャンダル追及」で視聴率、販売部数を稼ごうとするアホマスコミも、議席だけはナンとか維持しよう(その程度の効果しか、無さそうだ)というバカ野党も。

 政治家、政党、議員、報道機関、ジャーナリズム、と言う点では「モリカケ桜追及」のような「出来損ないスキャンダル追及」は、自殺自滅自虐以外の何物でも無い、のだが・・・・そんなことには、気付こうともしない、らしい。

 まあ良いさ。その支持者共々、サッサと忘却土に落ちやがれ。

  • マッチポンプも大概にしやがれ。-「日韓関係改善」を求め始めた、チョウセンジンの鉄面皮

 「半島的鉄面皮」とでも言うべきだろうか。韓国が「日韓関係の改善」とか言い出している、らしい。

 我が海自哨戒機に対して韓国軍艦が射撃管制レーダーを照射した上、謝罪・弁明どころか事後策さえ全く取らず、日韓慰安婦合意も日韓基本条約も反故にして日韓関係の基板を蔑ろにし、昭和天皇を「戦犯」呼ばわりした上、貿易管理の不備によりホワイト国指定を解除されたことを「経済侵略」と抜かして「日本製品不買運動」を喧伝してきた上、それらについて改善の「か」の字すらない時点からの「日韓関係改善」要望である。上記の内、改善の「か」の字が、「辛うじてある」のは、日韓基本条約だけ。自称・「徴用工」に対する韓国裁判所の賠償判決を、韓国が「肩代わりする」という「解決策」を示した、だけ、である。

 どうせ、韓国経済が相当にヤバいことになっているのだろうさ。だが、それは本来「日本の知ったことではない」のだが、チョウセンジンに甘い顔する奴が居るから、ゲスが図に乗るんだぜ。

  • (1)【中央日報コラム】タイミングがうやってきた韓日国交正常化

コラム】タイミングがやってきた韓日関係正常化

 

 

https://japanese.joins.com/JArticle/301193

 

? 中央日報/中央日報日本語版2023.02.20 11:1037 ?? ??

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 チンパンジーから人間のDNAを逆追跡する学者が見つけた興味深い本性がある。「同盟」だ。ボスになろうとするチンパンジーは巧みに友軍を作る。キングメーカーの歓心も買い、えさも分ける。そして登板の時を待つ。絶好の瞬間、クーデターだ。永遠の権力? そんなものはない。また別の若いチンパンジーが再び新しい同盟を狙う。30頭余りの群れの中で1年に1000回以上の大小の連合が目撃される(フランス・ドゥ・ワール『チンパンジーポリティクス』)。主敵に対抗して力を合わせるのが人類の生存本能だ。自分だけで得られない何かを与えてくれる国、完ぺきな同盟相手だ。

 

 ロシアのウクライナ侵攻、険しさを増す米中冷戦、この隙に食い込んだ北朝鮮の挑発、極度に不安定な東アジア。韓国が自力で解決するにはいずれも手にあまる。北朝鮮の核はオバマ政権からバイデン政権までの拡大抑止の中で「戦略的忍耐」しか方法がなさそうだ。「巨悪の怪物」ソ連が自ら崩壊するのにかかった忍耐の時間は68年11カ月26日だった。いま韓国が自力で成就する外交はただひとつ。日本との関係復元だ。韓国のワールドカップベスト16進出より彼らの準々決勝失敗に安心するほど憎らしいその国となぜうまくやっていかねばならないのか、なぜいまなのかの共感が優先だろう。

 

 日本は少し急な状況だ。「第2次大戦以降で最も急変した対外政策転換期」(岸田首相)という。クリル列島4島の返還を夢見てプーチン大統領と温泉に行った安倍元首相。嫌韓は最大化しながら27回もプーチン大統領と会った2人のマッチョの蜜月時代は沈んでいった。プーチン大統領の核威嚇後ロシアとの北方領土紛争はむしろ脅威になってしまった。核兵器の被害を唯一体験したこの国には福島原子力発電所事故のトラウマも重なっている。それだけだろうか。おととい北海道西側の排他的経済区域に落ちた北朝鮮の長距離弾道ミサイル(推定)は最も近づいた危機の実体だった。岸田首相は父親の故郷であり自身の政治的故郷である広島で5月19日にG7首脳会談を主催する。「西側民主主義強国との連帯」「安全と平和の象徴」にしようとする。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が日本の招待を受けるのかも外交的関心事だ。

 

 

 

 もっと大きな恐れは中国。日本人の77%は「プーチンの挑発が中国の台湾武力行使に影響を及ぼすだろう」と回答(日本経済新聞)した。日本西南端の島から160キロメートルの距離が台湾。木浦(モクポ)港から可居島(カゴド)より少し遠い。体感安保が韓国とは違う日本だ。すでに中国との紛争地域である南西諸島で兵力とミサイル部隊を増強している。「日本は盾だけ、槍は米国に」で77年の無料の平和を楽しみお金だけ儲けた彼らは自称「新時代の現実主義外交」(岸田首相)に急変している。ミサイル反撃を容認する事実上の戦争可能国に変貌した。国民の65%が賛成。タブーだった国防費も2027年まで現在の2倍近い増額だ。日本の最優先はいまは安全保障だ。その前の中国・ロシア大陸の最前方に韓国がある。日本に最も完ぺきな同盟の対象はどこだろうか。

 

 韓国に冷めた目を向けていた主要メディアも変わって行く。「北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させ、中国が台湾周辺での軍事的威嚇を強める中で、日米韓3か国の連携強化は不可欠だ。日韓関係改善はその前提となる」(読売1月20日)、「対日関係改善に向けた尹錫悦政権の努力を支持する」(日経1月28日)、「日本と韓国の両首脳は今回の会談を定期開催につなげ、北朝鮮情勢など地域の懸案にとりくむ協働に本腰を入れるべきだ」(朝日昨年11月15日)。

 

 両国の和解を最も望む国、米国だ。中国の東アジア膨張封鎖の最終兵器は韓米日同盟だ。「韓日関係より重要なものはない」というブリンケン国務長官はオバマ政権の副長官時代にいがみ合う韓日関係を情熱的に仲裁した。3カ国外交次官の20回以上の会談の末に慰安婦合意を誘導した。バイデン大統領もやはり副大統領時代の2013年の安倍首相との会合後、「韓日協力と関係改善が最も重要だ」と宣言した。同年の安倍首相の靖国神社参拝2週間前に参拝を見送るよう勧告したのも彼だった。彼は「朴槿恵(パク・クネ)大統領・安倍首相とも個人的親交の中で私を信じたため壊れた夫婦関係を復元させる離婚カウンセラーをした」(2016年『アトランティック』インタビュー)とも話した。北朝鮮の核に最も確固とした抑制手段である韓米同盟に向けても日本とはうまくやって行くのが知恵だ。精密部品・素材と先端産業供給網の韓日共助も安全保障ほどに価値が高くなっている。

 

 核心は強制徴用賠償の解決策だ。韓国の支援財団が先に第三者弁済をし、関連日本企業にも賠償基金に出資させようというのが韓国政府案の骨格。何より被害者側の説得と同意に韓国政府が最善の真正性を見せなくてはならない。謝罪性基金出資には否定的な日本の自民党に対する政務的対話チャンネルも稼動しなければならない。韓国が先に焦る必要はない。いまは韓日両国が互いに何を助けられるのか、長くて大きく見なければならない時間だ。四方が未曾有の脅威だ。怨恨・理念、国内政治的得失より未来に向かった「必要」が同盟の最優先基準だ。両国ともその残りには選択肢を少し広げよう。

 

チェ・フン主筆

  • (2)【中央日報社説】「協力パートナー」伊大統領の提案に日本の肯定的な回答を期待する

【社説】「協力パートナー」尹大統領の提案に日本の肯定的な回答を期待する

 

 

https://japanese.joins.com/JArticle/301572

 

? 中央日報/中央日報日本語版2023.03.02 10:358 ?? ??

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 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が昨日の104周年三一節(独立運動記念日)記念式典で過去よりも現在と未来に傍点をつけて韓日安保・経済協力の必要性を力説した。米中覇権競争やウクライナ戦争などで新冷戦構図が固まりつつある状況で、米国はもちろん日本との協力がそれだけ緊要なためではないだろうか。何よりも強制徴用など韓日懸案の妥結を図る時点であるため、相手を刺激しないで日本の肯定的回答を引き出そうとするメッセージとみることができる。

 

 尹大統領は昨年5月就任後初めての三一節記念式典で約5分間で1400字程度という極めて短い演説文を朗読したが、自由・献身・記憶・平和・未来・繁栄などの価値について一つひとつ力説した。特に尹大統領は「三一運動から1世紀が過ぎた今、日本は過去の軍国主義侵略者から、我々と普遍的価値を共有して安保と経済、そしてグローバルアジェンダで協力するパートナーになった」とし、韓日パートナーシップを強調した。

 

 日本に対するこのような言及は昨年8月15日の光復節(解放記念日)の祝辞よりも進展したという分析が出ている。当時尹大統領は「今ではもう世界市民の自由を脅かす挑戦に対抗して共に力を合わせて進むべき隣国」と表現したが今回は協力パートナーへと格を引き上げた。このような認識に基づき、尹大統領は今回「複複合危機と深刻な北核脅威など安保危機を克服するための韓米日3カ国協力がいつよりも重要になった」と述べた。

 

 

 

 ただし尹大統領は韓日関係の敏感な実務懸案を直接具体的に取り上げることはなかった。例えば最大イシューである強制徴用解決案を再論することも、日本の譲歩を求めることもなかった。局長級・次官級・長官級協議を継続してきた状況で日本を刺激する理由がないという外交的判断が働いたものとみられる。

 

 このため民主党は「韓日関係改善という美名の下、屈辱的な姿勢で一貫している」として批判した。野党が国内政治的目的でこのように言うことはできるだろう。だが急変している国際政治の現実を直視すれば今は価値を共有する隣国である日本と手を握らなければならない時だという指摘が多数だ。ウクライナ戦争で自由陣営と独裁陣営の新冷戦構図が固まりつつある現実を無視するのは難しいためだ。尹大統領が昨日「世界史の変化にまともに準備できず国権を喪失して苦痛を受けた過去を振り返ってみる必要がある」と述べたことと同じ脈絡だ。

 

 未来を主導する韓日の青年(MZ)世代はむしろ過去から離れて相手国家に対する肯定的なイメージを形成しているという世論調査の結果が繰り返し出ている。このような時であるほど両国の政治家は過去の慣性や政治的理解から離れて共存と繁栄の未来を開く大きな方向を提示しなければならない。韓日両国は前向き・大乗的な姿勢で懸案に取り組み、ウィン・ウィンの好機をのがさないように願う。今、韓日は互いに背を向ける時ではなく向き合う時だ。

  • (3)ゲスを喜ばせるゲス 【毎日社説】韓国大統領の演説 好機逃さず懸案の解決を

韓国大統領の演説 好機逃さず懸案の解決を

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230303/ddm/005/070/080000c

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2023/3/3 東京朝刊 English version 843文字

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が対日関係改善への意欲を改めて表明した。最大の懸案である徴用工問題の解決につなげる好機としなければならない。

 

 日本による植民地支配に抵抗した独立運動の記念式典での演説であり、その意味は重い。

 

 徴用工問題には直接触れなかったが、日本について「普遍的価値を共有し、安全保障と経済、地球規模の課題で協力するパートナー」と位置付けた。

 

 

 北朝鮮の脅威が続き、国際情勢が急変する中、「日米韓の協力がかつてなく重要になった」とも強調した。きわめて現実的な認識である。

 

 徴用工問題を巡る対立は、2018年の韓国最高裁判決をきっかけに深刻化した。日本企業に賠償を命じたことに、日本政府は国交正常化時の請求権協定で解決済みだと反発した。

 

 

 韓国の文在寅(ムンジェイン)前政権は司法判断の尊重を理由に事態打開に動かなかった。日本側は事実上の対抗措置として半導体素材の輸出規制を強化し、日韓関係は「国交正常化以降で最悪」とまで評されるようになった。

 

 昨年5月に発足した尹政権は対日関係を重視し、徴用工問題を解決しようとしている。

 

 原告側を含めた官民協議会を重ね、既存の韓国政府系財団が賠償を肩代わりする解決案をまとめた。請求権協定に抵触しないよう考えられており、日本の立場に配慮した内容だ。

 

 

 尹政権が解決を急ぐ背景には、来年4月に総選挙を控える内政事情がある。対日外交は国民感情を刺激しやすく、選挙が近づけば動きづらくなるからだ。

 

 ただ、元徴用工や遺族の間では政府の示した解決案への賛否が割れているという。鍵を握ることになるのは韓国の世論である。

 

 

 15年の慰安婦合意が解決策として機能しなかったのも、韓国世論の理解を得られなかったからだ。当時の朴槿恵(パククネ)政権は国民への説明を尽くそうとしなかった。

 

 慰安婦合意を巡る経緯は日本側に根深い不信感を生んだ。だが、徴用工問題を解決し、日韓関係を改善させることは双方の国益に資する。日本は、そのための協力を惜しんではならない。

  • (4)喜ぶゲス 【中央日報】伊大統領の記念演説に日本メディア【未来志向重視・・・日本も問題解決を急ぐべき」

  • 尹大統領の記念演説に日本メディア「未来志向重視…日本も問題解決を急ぐべき」

 

 

https://japanese.joins.com/JArticle/301586

 

? 中央日報/中央日報日本語版2023.03.02 14:2110 ?? ??

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 韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が昨年11月13日(現地時間)、カンボジア・プノンペンのあるホテルで開かれた韓日首脳会談の記念撮影で岸田文雄首相と握手をしている。[写真 韓国大統領室]

韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が昨年11月13日(現地時間)、カンボジア・プノンペンのあるホテルで開かれた韓日首脳会談の記念撮影で岸田文雄首相と握手をしている。[写真 韓国大統領室]

2日、日本メディアが尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の三一節(独立運動記念日)記念演説を、前日に続いて詳しく扱いながら「日韓関係の未来志向を重視した」として一斉に肯定的な評価を出した。韓日米3国間共助を強調してきた米国も日本を「価値を共有する協力パートナー」と言及した尹大統領の記念演説に対して「強く支持する」として歓迎した。

 

 日本最大の日刊紙読売新聞はこの日、尹大統領の記念演説に関連し、日本が長くアピールしてきた韓日関係の未来志向に重点を置こうとする姿勢が鮮明だったと評価した。あわせて「尹氏と同じ保守の朴槿恵(パク・クネ)元大統領も『加害者と被害者という立場は1000年が流れても変わらない』と演説して日本側を驚かせたこともあった」とし「(今回の記念演説は)日韓の歴史問題を前面に押し出した歴代政権の対日姿勢からの転換を印象付けた」と伝えた。

 

 毎日新聞は「尹政権は発足当初から『自由』や『民主主義』を中心に据えた価値観外交を重視している」とし「韓国が持つ国際的な『責任』を訴えることで、歴史問題を乗り越えて対日関係を強化する政府方針に対し、国民に理解を求めたものとみられる」と解説した。これに先立ち、尹大統領は今回の記念演説で「我々は普遍的価値を共有する国と連帯、協力し、我々と世界市民の自由拡大と共同繁栄に責任のある寄与をしなければいけない」と述べた。

 

 

 

 日本経済新聞はこの日1面の社説を通じて今回の記念演説の意味を強調しながら日本政府にも関係改善のための努力を求めた。同紙は「ナショナリズムが高まる場〔この日記念式典が開かれた柳寛順(ユ・グァンスン)記念館〕であえて、日本と協力する重要性を国民に説いたことは意義深く、評価できる」とし「日本政府は尹政権と協力して元徴用工問題の解決を急ぐべきだ」と指摘した。

 

 日本メディアは尹大統領が記念演説で韓日最大の懸案である強制徴用問題に言及しなかったことにも注目した。読売は「韓国の財団が被告の日本企業に代わって賠償金の相当額を原告側に支払う案を巡り、韓国で反発の声が出ていることを考慮したためだとみられる」と伝えた。毎日は「尹氏は、韓国政府が原告側への説明や説得の途中であることや、日本政府との交渉も本格化している段階であることを踏まえ、あえて徴用工問題への言及を避けたものとみられる」と解説した。

 

 これに関連して、日経は社説で北朝鮮核・ミサイル危機などに言及して「日韓がいがみ合いを続ける余裕はない。元徴用工問題と日本の輸出管理措置を速やかに収拾させ、信頼関係を取り戻す必要がある」と指摘。あわせて「未来志向の関係づくりにとりくむ尹政権下でも懸案を解決できなければ、日韓関係の正常化は遠のく」とし「日韓両国の着地点を見いだすため、首相が指導力を発揮するときだ」と強調した。

 

 米国務省も1日(現地時間)、韓日関係改善の意志が込められた尹大統領の記念演説を歓迎した。プライス報道官は「尹大統領は韓日両国が共有する価値に基づき、日本とより協力的で未来志向的な関係に対するビジョンを明確にした」とし「我々はこのビジョンを強く支持する」と明らかにした。

 

◇菅義偉元首相、登板か

 

 一方、日本議会内でも韓日議員外交を通した両国関係強化の動きが活発化している。これに関連して、菅義偉元首相(74)を議会内の超党派会合である日韓議員連盟の会長に推戴するための水面下作業が進んでいると毎日などが2日、伝えた。

 

 同紙は消息筋の言葉を引用して「韓国重視のシグナルを発信するため、後任会長には首相経験者が望ましいとの声が議連内に上がった」と雰囲気を説明した。

 

 現会長である額賀福志郎元財務相(79)がすでに10年間会長職を務めていることから交代時期を検討してきたとした。2001年から10年間会長を務めた森喜朗元首相(85)が菅元首相への会長交代に関与しているという話も囁かれている。

  • (5)つけあがるゲス-【朝鮮日報社説】徴用工問題の解決策、慰安婦問題の前轍を踏まないためには日本の呼応も必要だ

【3月6日付社説】徴用問題の解決策、慰安婦合意の前轍を踏まないためには日本の呼応も必要だ

 

 

 

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/03/06/2023030680013.html

  

 日帝強占期の強制徴用被害者問題解決策を韓国政府は6日に発表する予定だ。1965年の韓日請求権協定の恩恵を受けた韓国企業が被害者への法的賠償金を先に弁済する方策が基本となる見通しだ。同時に韓国の全国経済人連合会と日本経済団体連合会(経団連)を通じ「未来青年基金(仮称)」を共同で立ち上げる方策についても両国政府が暫定合意したという。韓国の大法院(最高裁判所に相当)が徴用賠償判決を下した日本の三菱重工業や日本製鉄なども、経団連に会費や寄付金を支払う形で参加するという。徴用被害への賠償は韓国側が行うが、日本側はそれに使われる資金を両国の未来世代のための基金として拠出するというものだ。一種の「間接的な賠償」と言えるだろう。

 

 この代理弁済について韓国国内では反対の声が根強い。被害者の同意を得られるかも不透明だ。そのため韓国政府としては政治的な負担は決して小さくない。このような事情をはかりにかけた文在寅(ムン・ジェイン)前政権は徴用判決問題を終始一貫放置したばかりか、反日政策として内政に利用し韓日関係は最悪の状態になった。

 

 今回の問題は2018年に大法院で強制徴用被害者への日本企業の賠償責任を認める判決が確定したことから始まった。判決通り日本企業から賠償を受け取るべきと主張する国民も少なくないだろう。しかし日本側は個人への賠償を含む徴用問題は1965年の韓日請求権協定で完全に解決したとの立場だ。判決に従って強制処分が行われた場合、韓日関係は崖っぷちに追い込まれる。また日本企業が韓国国内に持つ資産を処分しても賠償額には遠く及ばない。さらに日本が判決に応じず国際訴訟となった場合、専門家は韓国が勝つことを期待するのは難しいと口をそろえる。問題となった大法院判決が「外交政策に影響する判決は控える」とする「司法自制の原則」というグローバルスタンダードに反するためだ。

 

 

 

 韓国政府による今回の措置は、徴用問題でぎくしゃくした両国関係をいつまでも放置できないとの判断に基づくものだ。自由民主主義という価値を共有し、米国との同盟関係に安全保障政策を依存する共通分母を持つ両国の協力こそが北朝鮮の核問題、中国の覇権主義、半導体・エネルギー問題などへの対応にどうしても必要になることも影響したはずだ。

 

 韓国は金がなくて日本企業の参加を求めているわけではない。日本側もこの点はよく理解しているはずだ。日本政府は過去の協定ばかりを主張するのではなく、韓国政府の決断に応えるべきだ。これにより今回の合意が持続するかどうかが分かれるだろう。徴用合意が過去の慰安婦合意の前轍(ぜんてつ)を踏むか、あるいは未来志向的な韓日関係の新たな足がかりになるかは日本側の対応に懸かっている。

 

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

 

  • (7)我が国は、「解決のため」に指一本揚げてはならない。

 諄いようだが、繰り返そう。

 

 日韓関係は、「悪化している」のではない。

 日韓関係は、「終わっている」のである。


 日韓関係が現状「戦後最悪」なのは事実かも知れない。が、この先はもっと悪くなる。「終わっている」とは、そう言う事だ。

 日韓関係を「終わらせた」のは、徹頭徹尾完全無欠完璧無瑕疵に、一点の疑義の余地無く一片の情状酌量の余地も無く、韓国である。
 
 従って、日韓関係が「再開する」事が「ある」ならば、それは韓国のアクションに、韓国のアクションのみに、依るモノであり、日本が「日韓関係改善のため」にアクションする必要は一切無いし、してはならない。

 指一本揚げたり、眉毛一筋動かしたり、隻言半句発したりするだけで、まぁたチョウセンジンが「図に乗る」からであり、上掲した通り、中央日報もハンギョレ紙も、早速「図に乗って」いるのである。

 更に諄いようだが、繰り返そう。

 日韓関係は、「悪化している」のではない。
 日韓関係は、「終わっている」のである。


 韓国が日本の隣国であろうが、北朝鮮や中国に近かろうが、一応米国の同盟国であろうが、関係ない。条約も合意も守らない相手とは、国として付き合えない。従って、日韓関係は、粛々と、無くなり、断絶する方向に進む、しかないのである。

  • 我が師を、愚弄するか?!-故・松本零士を「反戦平和」と直結させる食屍鬼共。 TBSサンデーモーニング他


 我が師(の一人)たる松本零士御大の訃報と追悼は、既に弊ブログでも記事にしたところであるが、何しろ「銀河鉄道999」という「メガヒット作品」を以て、日本に於けるアニメの「市民権」確立に貢献し、更には世界的にも名を馳せた「我が師(の一人)の偉業」は、各種メディアはじめとして多くの訃報や追悼記事となり、「全世界を駆け巡った」と言っても、過言にはなるまい。

 その多くが、「故・松本零士の偉業を讃える」モノであるのは当然だが(*1)、中には「首を傾げたくなるような褒め方」・・・と言うよりは、「手前ぇの目は、何処についてやぁがるンだ、このタコ!!!と言いたくなるような「褒め方」が散見される。

 例えば、「松本零士は、若者に反戦平和を訴えた漫画家であった。とか言うのが、それだ。それも、先行記事で幾つか紹介した「戦場まんが」シリーズや「ザ・コクピット」シリーズを引用して、「反戦平和を訴えた」とか抜かすんだから、「心、此処にあらざれば、見るとも見えず。」・・・と言うよりは、手前ぇ、一遍も真面に『戦場まんが』/『ザ・コクピット』シリーズを読んだ事ぁねぇだろう!!!!!と、断定・断言・罵倒したくなるな。

  • <注記>
  • (*1) 普通、訃報というモノは、「誉める」モノであり、仮に生前に大罪があったとしても「貶す」とか「喜ぶ(「やった!くたばったぜ!!」とか)」モノでは無く、「功罪相半ば」と評するさえ、珍しい。
  •  選挙応援演説中にテロリストの兇弾に倒れた故・安倍晋三元首相の訃報が、その「例外」であったことは、日本の報道機関・マスコミの異常さと異様さの証左として、長く記憶されるだろう。
  •  少なくとも、私(ZERO)は、忘れないぞ。 


 

  • (1)【サンデーモーニング】漫画家・松本零士さん 逝く 松本さんが描き続けた「戦争と平和」とは?【風をよむ】サンデーモーニング

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/41661687f7d1d7776d529d13e4886d862d1c0548

https://news.yahoo.co.jp/articles/41661687f7d1d7776d529d13e4886d862d1c0548?page=2

2/26(日) 14:24配信

TBS NEWS DIG Powered by JNN

 「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」。数々の名作を生んできた漫画家・松本零士さんが亡くなりました。松本さんが訴えてきた「戦争と平和」とは?

 

【写真を見る】漫画家・松本零士さん 逝く 松本さんが描き続けた「戦争と平和」とは?【風をよむ】サンデーモーニング

 

■漫画家・松本零士さん 宇宙へ

 

 1979年公開の映画「銀河鉄道999」。主人公、星野鉄郎がメーテルと、列車に乗って宇宙を旅する冒険アニメです。

 

松本零士さん(1979年)

 「星を見るのがものすごく好きでして、自分自身がその星の海を旅してみたいというのが本当に願望だった」

 

 宇宙や冒険をテーマにした壮大なSF作品で知られた漫画家の松本零士さんが、2月13日亡くなりました。85歳でした。 

 

 高校卒業後、福岡県・小倉から汽車に乗って上京。そのとき感じた「成功するまで帰らない」という思いが「銀河鉄道999」の主人公に重なっているといいます。

 

 そして「宇宙戦艦ヤマト」や「宇宙海賊キャプテンハーロック」など、宇宙を舞台にしたロマン溢れる物語で、子供だけでなく大人も巻き込み、多くの共感を呼んだ松本さん。

 

■松本零士さんの原点とは

 

 その一方で、松本さんは半世紀にわたって書き続けているテーマがありました。松本さんが描いてくれた、その原点ともいえる光景が…

 

松本零士さん(2019年)

 「17日です、これ。終戦の2日後です―」

 

 1945年8月17日を描いたとする画。真っ赤な夕日を前にたたずむ麦わら帽子の少年は、当時7歳の松本さんです。その目線の先にある無数の影は…

 

松本零士さん(2019年)

 「宇和島から練習飛行隊が、夕日の前を横切ってシルエットになって、全機が離陸し北の方の本土のどこかの飛行場に飛んだ。それが終戦の記念として心に残っている。負けたんだなぁというのと一緒に…」

 

■「戦場漫画」に描いた思い

 

 そんな松本さんが描き続けたのが、「戦場漫画」と呼ばれる、戦争をテーマにしたシリーズでした。戦争に翻弄され、未来を奪われる若者たちを描いています。

 

 シリーズのひとつ、「音速雷隊」。そこでは、月へ行くロケット技士を夢見た青年が、「せめて、あと30年生かしてくれたら…」とつぶやきながら、特攻へ向う姿が描かれました。

 

 また原爆投下を聞いたアメリカ兵の心情もこうつづられています。

 

「敵も味方もみんな大馬鹿だ…」

 

 戦争に対する強い怒り。背景には、戦争中、戦闘機のパイロットだった 父・強さんの存在がありました。

 

 南方戦線で戦った強さんが帰国したのは終戦から2年半後。戻った父は、自らの戦争体験を繰り返し松本さん語ったと言います。

 

 松本零士さん(2019年)

 「自分が相手を追い詰めたときに、相手のパイロットが振り返る。あいつにも、死ねば悲しむ子どもや家族がいると思うが、鬼になって撃たなければいけない。だから『戦争は人間を鬼にするんだ、二度とやってはいかん』と…」

 

 松本さんの代表作の一つ、「宇宙戦艦ヤマト」。放射性物質に汚染された地球を救うため、敵と戦いながら宇宙を旅するSF漫画です。

 

 その宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長が語る言葉に、松本さんが、父から受けとめた、ある思いが込められていました―。

 

■沖田艦長の言葉とは―?

 

松本零士さん(2019年)

 「沖田艦長、あれは実は私の親父の顔をそっくり使っている。あんな顔していた。ひげ生やして…」

 

 代表作の一つ、「宇宙戦艦ヤマト」の沖田艦長は、松本さんの父親がモデルだといいます。

 

 その沖田艦長が、物語で度々「死ぬな」と話す場面が登場します。それは父・強さんの影響でした。

 

■「死ぬために生まれてくる命はない」

 

松本零士さん(2019年)

 「『人は生きるために生まれてくる。死ぬために生まれてくる命はないぞ』と。それが(父の)口癖だった。そういう教育を激しく受けたので、あそこで(「死ぬな」と)使った」

 

 「死ぬために生まれてくる命はない」…。戦場で、部下である多くの若者を失った父親の口癖は、そのまま松本さんが漫画を通して訴えるテーマとなりました。

 

松本さん

 「人は志を持って生まれてきたのに、それを果たせずに終わっていく悲しみ、それを描きたかった。少年の日から…」

 

 戦いを否定しながらも、戦いを描きつづけた松本さん。一見すると相反するその姿勢は、戦争で命を失っていった若者、そして争いが未だ続く世界への強い危機感がありました。

 

 「若いうちに死ぬのはどんなに無念か。それが分かるから、争っている場合じゃないというのが、自分の信念。今は地球人同士が戦争している場合じゃない。温暖化とかいろんな問題があります。そういう時代に戦争なんかやっていたら、滅びるだけです―」

 

(サンデーモーニング2023年2月26日放送より)

 

  • 1.都合の良いところだけ、つまみ食いしやぁがって、馬鹿野郎。

 「善を為そうとして、不善を為し、不善を為そうとして、善を為す。それが、人と言うモノじゃよ。」

 とは、池波正太郎の小説(*1)「剣客商売」の主人公・秋山小平の科白。この科白に端的に表れている通り、人間というモノは往々にして矛盾した存在であり、「矛盾」とするほどの齟齬や乖離が無くとも、多面的・多元的な存在である。
 「丸い卵も、切りようで四角。モノも言い様で、角が立つ。」なんて喩えもあるくらいだ。卵のような「比較的単純な存在」さえ「切りようで四角」になってしまう以上、人間なんて多面的・多元的で往々にして矛盾さえ孕む存在なれば、「切りようで、如何様にもなる」だろう。

 我が師と仰ぐ故・松本零士氏を、左翼偏向報道で有名な「サンデーモーニング」が「切る」と、あら不思議。上掲記事の通り反戦平和を訴えた漫画家」にされてしまうんだから、「切りよう」「見よう」「モノの見方/見え方」ってのは、便利というか、恐ろしいというか。以て他山の石としよう。

 多分、上掲記事に引用されている故・松本零士氏のインタビューは、事実なのだろう。この様に松本零士が語ったのも(多分)事実であろうし、「命の大切さ」「生きろ、と言うメッセージ」を作品に込めた、と言うのも事実だろう。サンデーモーニングや左翼の大好きな「反戦平和」と結びつけるのも、ある意味「無理からぬこと」とも言い得よう。

 だが、上掲記事を書いた者が、本当に、真面目に、真面に、「戦場まんが」シリーズを含む松本零士作品を、「読んだ」とは、到底信じ難い。

 例えば、引用されている「音速雷撃隊」である。アニメOVAにもなっているから、「戦場まんが」シリーズでもメジャーな方だろう。

 

 

 主人公は、特攻機「桜花」のパイロット。「桜花」は、固体ロケット推進で一人乗りの小型機。双発機である1式陸上攻撃機に抱かれて運ばれる。敵艦を射程内に捉えたら、「桜花」は投下され、固体ロケットに点火する。一旦固体ロケットに点火されれば、当時の如何なる戦闘機でも追い付かない高速を発揮し、敵艦に体当たり、機首の弾頭(確か、1t爆弾)を炸裂させる。言ってみれば、有人対艦ミサイルが、特攻機「桜花」であり、桜花パイロットは「特攻機『桜花』=有人対艦ミサイルの、生きた部品」でもある。
 
 作中に「敵も味方も、皆大馬鹿だ。」との科白は確かにあるし、戦死した戦友達が生き続けていたら如何なる大業を為したろうと、思いを馳せる科白もある。それらに「戦争反対」とか「命大事」とかのメッセージも、込められては居よう。

 だが、その一方で、その戦争において、己が命を賭して、捨てて、事を為そうという男達の姿も、しっかりキッチリ描かれている。燃料切れとなることを覚悟の「片道出撃」で護衛の任を続ける局地戦闘機「紫電」であるとか、前日の言葉通りに「体当たりしてでも」護衛の任を果たす「零戦」だとか。
 主人公からして、特攻機「桜花」のパイロットだ。クライマックスで音速を超えて米空母に突入し、美事爆沈させている。「桜花でも超音速飛行は無理だぞ。」とか、「米空母爆沈ッたって、大戦末期の米空母は山ほどある(*2)からなぁ。」とか、突っ込みどころはあるが、主人公が己が命を賭して「本懐を遂げた」ことに変わりは無い。

 突入直前の母機・1式陸上攻撃機とのやり取りも、忘れがたい。敵戦闘機に追われ、銃撃で火を噴く母機に「俺(桜花)を切り離して、身軽になれ。」と言う主人公に、「まぁだ、飛べるぜよぉ。」とそのまま飛行を続け、遂に米空母を視認できる距離に至る。
 
 母機機長「後は、任せた。」

 「桜花」分離直後に、空中分解して墜落する母機・1式陸上攻撃機・・・合掌。

 彼らの生き様、死に様を、「反戦平和」だの「命大事」だのの、薄っぺらなお題目で、一括りにするンじゃぁ無い。

 イヤ、彼らの生き様、死に様に、松本零士作品に、「反戦平和」や「命大事」のメッセージが込められているのも、事実だろう。だが、単純にそれだけではない。上掲記事が「つまみ食い」して引用する「音速雷撃隊」にしても、そこには、「戦うべき時には、己が命を賭しても捨てても、戦え。」と言う、強力強烈で明確なメッセージが込められている。それは、他の「戦場まんが/ザ・コクピット」シリーズ、ひいてはSF作品である「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「宇宙海賊キャプテンハーロック」にも、通底している。

 「男なら、死ぬと判っていても、行かねばならない時がある。
  負けると判っていても、戦わねばならない時がある。」


とは、宇宙海賊キャプテンハーロックの名科白。

 「命を捨てて、俺は、生きる。」

とは、宇宙海賊キャプテンハーロックのOP主題歌のリフレインだ(*3)。

 大体、TVアニメでは割愛ないし「解毒」されているが、原作「宇宙海賊キャプテンハーロック」の描く未来の地球は、夏の雷鳴が轟いただけで、男が腰を抜かす。男がハイヒールを履き、口紅を塗って、女の裸にだけ、目を輝かせている。と言う、「反戦平和」主義で腰抜け揃いの「ジェンダーフリー」世界。左翼共が夢見る世界を、「デストピア」として描いているのだぞ。

 SF作品ではあるが「武装原始人の足音」では、明らかに日本の「専守防衛」や「平和主義」が、揶揄されても居る。
 

  • <注記>
  • (*1) であるが、私(ZERO)は未だに「小説を原作とした漫画」しか、読んだことが無い。 
  •  
  • (*2) 米国は、第2次大戦中に正規空母エセックス級を30隻。軽空母を89隻建造している。しかもこの軽空母が、カタパルトまで備えて搭載機数では正規空母に準じるモノがあるのだから、凄まじい。コレラに搭載する艦載機も、それを操縦する艦載機パイロットも、量産してしまうところも、凄まじい。 
  •  
  • (*3) この歌詞を作詞したのは松本零士師ではないから、このフレーズは松本零士師の手によるモノでは無い。
  •  だが、松本零士師が生み出したキャラクターたるキャプテンハーロックが、その世界が、このフレーズの背景であるから、私(ZERO)にはこのフレーズが、実に良く、強く、「松本零士の魂」を伝えているモノと、感じるし、信じる。 


 

  • (2)【日刊スポーツ】サンモニ 松本零士さん追悼でコメンテーターほぼ総崩れ 「見ても読んでもいない」にSNS困惑

 

 

 

 

 

https://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/%e3%82%b5%e3%83%b3%e3%83%a2%e3%83%8b%e3%80%81%e6%9d%be%e6%9c%ac%e9%9b%b6%e5%a3%ab%e3%81%95%e3%82%93%e8%bf%bd%e6%82%bc%e3%81%a7%e3%82%b3%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%86%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%81%bb%e3%81%bc%e7%b7%8f%e5%b4%a9%e3%82%8c%e3%80%8c%e8%a6%8b%e3%81%a6%e3%82%82%e8%aa%ad%e3%82%93%e3%81%a7%e3%82%82%e3%81%84%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%8d%e3%81%absns%e5%9b%b0%e6%83%91/ar-AA17WD3A

 

日刊スポーツ新聞社 によるストーリー ? 日曜日

107 コメント

 

 

 

 

TBS系情報番組「サンデーモーニング」が26日、生放送された。

 

 松本零士さん死去のトピックを扱う中で、「見ても読んでもいない」「名前くらいしか存じ上げない」「見ていない」というコメンテーター総崩れ状態で松本零士作品を論評するまさかの展開となった。SNS上には「発言がとんちんかんすぎて見るのがつらい」「松本先生が気の毒になってきた」と落胆の声が殺到した。

 

 番組では、「風をよむ」のコーナーで松本作品に込められた反戦への思いを伝えた。司会の関口宏(79)が「松本零士さんの作品にいちばん影響を受けているのは50代前後」とした上で、各論客にコメントを求めた。

 

 法大前総長の田中優子氏(71)は「世代が違うので見ていない」。番組が取り上げた「宇宙戦艦ヤマト」について「題名は知っていました」。その上で「地球を救済するためにヤマトはある」とし、紛争が絶えない世界情勢への危機感を語った。

 

 続いてコメントを求められた元外務事務次官の薮中三十二氏(75)は「無知で、見ても読んでもいない」と恐縮。松本作品について「戦争にロマンを見いだしていると誤解していた。戦争はやってはいけないというメッセージだった」と語った。

 

 若者世代であるNPO法人WELgee代表の渡部カンコロンゴ清花氏(31)も、「名前くらいしか存じ上げない」。番組に備えるためスマホのアプリで「ザ・コクピット」を試し読みしたとし、「おもしろくて課金しながら朝を迎えた」。自身の祖父が特攻隊だったという体験を交えながら、「死ななくてよかった命」というテーマについて語った。

 

 松本作品もタイトルも「知らない」が連発される展開に、SNS上も困惑。「コメンテーター大困りやないか」「見てない人だらけで笑える」「誰も松本零士作品を知らない」「宇宙戦艦ヤマトを知らないのに妄想で語る」「見てない人が語りまくる不思議な世界」「追悼にあらず」「精通している人を呼んでおいて」など悲鳴が殺到した。

 

 CM明け後、ジャーナリスト青木理氏(56)のみ「ど真ん中世代」としてコメント。松本さんの代表作のひとつである「男おいどん」にも言及し“4畳半から宇宙まで”の幅広い作風を解説した。

 

 

  • 1.「知ったかぶり」と言うよりは、「人の死を利用する食屍鬼」だな。

 軍事忌避・軍人差別・平和ボケ・安保白痴の左翼共が、松本零士作品の、特に「戦場まんが/ザ・コクピット」シリーズを、「愛読」なんぞする訳が無い。そんな左翼ばかり集めた「コメンテーター」による「サンデーモーニング」が、「松本零士追悼特集」なんぞ組んでも、良くて「付け焼き刃」。実際は「付け焼き刃にすらならなかった」、らしい。

 別に、サンデーモーニングなるテレビ番組の「松本零士追悼特集」が、「付け焼き刃」になろうが、「付け焼き刃にすらならなかろう」が、知ったことではない。
 だが、己等の主張を補強/強調するために、人の死を利用しようという食屍鬼根性は、許せないモノがあるな。

 況んやそれが、「我が師」と仰ぐ、故・松本零士御大の死であるならば、尚更だ。

  • 「我が師」と仰ぐ松本零士御大が、薄っぺらな「反戦平和」主義者な訳が、なかろうが!!!!

 私(ZERO)は、何度も繰り返すとおり、恐らくは自他共に認める「殆ど生まれながらの右翼」である。その事は、殆どの記事を私(ZERO)自身が書いている弊ブログを見ればほぼ自明であろう。

 その私(ZERO)が、「我が師」と仰ぐ存在が、松本零士御大である。薄っぺらな「反戦平和」主義者な訳が、なかろうが。

 我が師を愚弄するのも、大概にしやぁがれ。

  • 色盲かよ。ー【琉球新報】【動画あり】島の瓦屋根の民家の側をカーキ色の車体が・・・日米演習で戦闘車の公道走行を強行 沖縄県で初 陸自の16式機動戦闘車(MCV) 与那国

 アカ新聞、分けても沖縄二紙(琉球新報と沖縄タイムス)の軍人差別軍事忌避平和ボケ安保白痴には、こちとら慣れっこなんだが、コイツはまた一段と悪意と無知に満ちたヒドい記事なので、取り上げることにした。

(1)【琉球新報】【動画あり】島の瓦屋根の民家の側をカーキ色の車体が・・・日米演習で戦闘車の公道走行を強行 沖縄県で初 陸自の16式機動戦闘車(MCV) 与那国

【琉球新報】【動画あり】島の瓦屋根の民家の側をカーキ色の車体が・・・日米演習で戦闘車の公道走行を強行 沖縄県で初 陸自の16式機動戦闘車(MCV) 与那国

【動画あり】島の瓦屋根の民家の側をカーキ色の車体が…日米演習で戦闘車の公道走行を強行 沖縄県内で初 陸自の16式機動戦闘車(MCV)与那国

 

 

2022年11月18日 06:50

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1617988.html https://youtu.be/v8I2fwdI1UY?t=2

 

日米共同統合演習 キーン・ソード 与那国島 戦闘車 MCV 陸上自衛隊

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 ( 全貌が写らないので,しかとは言いかねるが、

   「訓練反対の声を上げた市民」とやらは、20人ほどだな。)

与那国町内の公道を走行する16式機動戦闘車=17日午後3時15分、与那国町与那国(小川昌宏撮影)

 日米共同統合演習「キーン・ソード23」の一環で、自衛隊は17日、陸上自衛隊の「16式機動戦闘車(MCV)」を沖縄県与那国町に空輸し、与那国空港から陸自与那国駐屯地までの公道を自走させる訓練を実施した。MCVが県内の公道を走行するのは初めて。県はMCVの公道走行をしないよう求めてきたが、自衛隊は強行した形となった。有事を念頭にした移動が民間地で行われ、市民団体などは空港前で抗議の声を上げた。

 

 玉城デニー知事は同日午後、記者団に対し「(走行は)できるだけ控えてほしいと要望していた。訓練が行われたことを聞き、残念だ」と話した。

 

 MCVを載せた航空自衛隊のC2輸送機は那覇空港を離陸し、正午前に与那国空港に到着。午後3時ごろ空港を出ると、島内の集落などを結ぶ県道を通って駐屯地に移動した。

 (西銘研志郎、知念征尚)

 

  • (2)「カーキ色」って、薄い茶褐色だぞ。

 多分、上掲琉球新報記事の見出し考えた琉球新報記者なりデスクなりは、「16式機動戦闘車=軍用車両=カーキ色」って連想して、

 島の瓦屋根の民家の側をカーキ色の車体が・・・

等と「筆を滑らせて」しまったのだろうが、

>  カーキ(英語:Khaki)とは「土埃」を意味する言葉で、
> 主として軍服に用いられる淡い茶系色を指す。古くは泥濁色と訳す文献もある。


と、ウイキペディアにもある。第二次大戦後半のドイツ軍用車両色たる「ダークイエロー」よりは茶色味が強いが、章題にしたとおり、「カーキ色」とは「薄い茶褐色」で、私(ZERO)が真っ先に思い浮かべるのは第二次大戦の英軍軍服の色だ。
 

 

 対して、態々動画まで着けた、上掲記事にある「島の瓦屋根の側を通る16式機動戦闘車(と、高機動車)」の基本色は、「OD色」とも呼ばれる「オリーブドラブ」。茶色と緑の中間ぐらいの色であり、どう見たって「カーキ色」ではない。更には、もっと緑味が強い「オリーブグリーン」とか「ダークグリーン」とか呼びたくなる色との2トン迷彩になっていて、益々「カーキ色ではない」。

 そりゃそうだろう。迷彩ってのは「地形に溶け込み、隠れる様にするための配色」にするのが基本だ。我等が自衛隊の軍用車両は、我が国の地勢植生に対応している。「薄い茶褐色」たる「カーキ色」が適する場所は、日本国内では鳥取砂丘ぐらいだろう。

 つまり、上掲琉球新報記事の見出しは、琉球新報記者の無知蒙昧ぶりを暴露しており、明らかに誤っている。文書を商品とする「物書き」としては、誠に恥ずかしい限り、だと思うのだがね。

 まあ、「軍用車両の色の名前を間違える」なんてのは、些事ではあるがな。

 大体、軍用車両だろうが民間車両だろうが、装軌(キャタピラ式)だろうが装輪(タイヤ式)だろうが、道路上を走行する方が路外を走行するより速度も上げれば燃費も良くなるのだから、「可能であり、安全である限り(*1)、道路上を走行する」のは当たり前。「A地点からB地点へ迅速に移動し、部隊展開する」って訓練だってあるのだから、「軍用車が公道を走る」訓練も、あって当然。無いのは不思議・・・と言うよりは「訓練怠慢」である。

 であると言うのに、琉球新報は愚かデニー玉木現沖縄知事まで、

1> 「((16式機動戦闘車の)走行は)できるだけ控えてほしいと要望していた。
2> 訓練が行われたことを聞き、残念だ」


ってんだから、全く呆れる他無いな。

 尤も、この現沖縄知事は、「反基地」を売り物にして左翼に担がれた様な人だから、こんな反応しかしない/出来ない、のであろうな。
 

  • <注記>
  • (*1) 道路上を一列になって移動する車両は、対地攻撃機の恰好の的になる。 
  • 我が師(の一人)、逝く。-【共同】漫画家の松本零士さんが死去 「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」 +α

 タイトルにした通りである。我が師の一人(*1)にして、偉大なる漫画家、松本零士御大の訃報が、下掲の通り報じられた。「共同通信の報道」だけならば、疑義の余地は大いにありそうだが、読売も(どうやら独自取材で)報じているから、これは恐らく事実であろう。
 
 享年85才と言うから、「戦中派」と呼ばれる世代。お歳がお歳だけに、やむを得ざる処であるが、下掲記事にもある「銀河鉄道999」から「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」「クイーン・エメラルダス」、更にはハーロックの親父(グレート・ハーロック)から「宇宙戦艦ヤマト」から「ミライザー・バン」「我が青春のアルカディア」と、過去から未来から「遙か遠く、時の輪の接するところ」まで、関連付けたり付けなかったり(*2)している一大銀河叙情史(*3)・松本零士の世界」に、キッチリみっちり決着を付けること無くこの世を去られたのは、誠に残念である。が、それは、残された我等の「宿題」と考え、松本零士氏の魂に平安とご冥福を、今はお祈りしよう。
 

  • <注記>
  • (*1) 「森羅万象皆我が師」を唱え、実践しようと考えて居るので、「我が師」は数多居る、筈なのだが、松本零士とかジャック・ヒギンズとかアリステア・マクリーンとかは、やはり「別格」なのである。「師中の師」とでも、評すべきか。 
  •  
  • (*2) と言い条、「ミライザー・バン」のラスト近くで示された「時間の球」概念は、大概のタイムパラドックスも矛盾も飲み込み、包括してしまうのだが。 
  •  
  • (*3) 「大河」よりもスケールがデカいので「銀河」であり、あえて「叙情詩」では無く「叙情史」とした。 

 

  • (1)【共同】漫画家の松本零士さんが死去 「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」

漫画家の松本零士さんが死去 「銀河鉄道999」「ヤマト」

 

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/ca90a7572808f1a14ccb7ed31b2d0cdcd6e2b490

 

2/20(月) 11:23配信

 

 

 「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」で知られる漫画家の松本零士(まつもと・れいじ、本名晟=あきら)さんが13日午前11時、急性心不全のため東京都の病院で死去した。85歳。福岡県出身。告別式は近親者で行った。喪主は妻の漫画家牧美也子さん。お別れの会を後日開催予定。

 

 スケールの大きなSF、戦争漫画を数多く手がけた。戦闘機などの詳細で独特な描写は海外のSF映画にも影響を与えたとされる。

 

 1954年、高校在学中に「蜜蜂の冒険」でデビュー。上京後、少女漫画などを描いた。71年に雑誌で連載を始めた「男おいどん」で、東京の若者の貧しい下宿生活を描いて人気を得た。同作品も含む「大四畳半シリーズ」は、ユニークなキャラクターが広く親しまれた。

 

 74年からテレビで放送されたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの企画に参加、漫画版を手がけ、その後のアニメブームのきっかけをつくった。宇宙への旅を叙情的に描いた代表作「銀河鉄道999」や「宇宙海賊キャプテンハーロック」もアニメ化され、さまざまな社会現象を起こした。

  • (2)【読売】漫画家の松本零士さんが急性心不全で死去、85歳・・・【銀河鉄道999」

 

 

https://www.yomiuri.co.jp/culture/subcul/20230220-OYT1T50066/

 

漫画家の松本零士さんが急性心不全で死去、85歳…「銀河鉄道999」

2023/02/20 11:41

訃報

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 「銀河鉄道999」「宇宙戦艦ヤマト」などロマンあふれるSF作品で知られる漫画家の松本零士(まつもと・れいじ、本名・晟=あきら)さんが13日午前11時、急性心不全のため死去した。85歳。告別式は近親者で済ませた。喪主は妻で漫画家の牧美也子さん。

 

「sumika」黒田隼之介さん死去、34歳…「ファンファーレ」などヒット

松本零士さん

 

 福岡県久留米市生まれ。「蜜蜂の冒険」でデビュー。高校卒業後に上京し、1950年代は別名義で少女漫画家として人気を博した。

 

 65年に「零士」と改名、少年・青年漫画に活躍の場を広げ、流麗なペンタッチの神秘的な女性と、精密なメカ描写を組み合わせたファンタジーSFで一時代を築いた。74年放送のテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」にキャラクターデザインとメカ設定で参加。77年には映画版が大ヒットした。

 

 代表作「銀河鉄道999」は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に想を得て、機械の体を求める少年・鉄郎と謎めいた美女メーテルとの宇宙列車の旅を詩情豊かに描いた。「宇宙海賊キャプテンハーロック」は欧米で人気が高いことでも知られる。78年、「銀河鉄道999」などで日本漫画家協会賞特別賞。2010年に旭日小綬章。12年、フランス芸術文化勲章シュバリエ。

  • (3)【毎日】ちばてつやさん「体中の力が抜けていくよ」松本零士さんの死悼む

ちばてつやさん「体中の力が抜けていくよ」 松本零士さんの死悼む

毎日新聞 によるストーリー ? 月曜日

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230220/k00/00m/040/094000c

 

 「銀河鉄道999(スリーナイン)」「宇宙戦艦ヤマト」などで知られ、SFアニメブームの先駆けとなった漫画家の松本零士(まつもと・れいじ、本名・晟=あきら)さんが13日、急性心不全で死去した。

 

漫画家の松本零士さん=東京都練馬区で2011年5月12日、久保玲撮影

漫画家の松本零士さん=東京都練馬区で2011年5月12日、久保玲撮影

c 毎日新聞 提供

 松本さんの訃報に、ゆかりがあった人たちからは相次いで悼む声が寄せられた。

 

野沢雅子さん「999号で車掌さんと楽しい旅を」

 

 アニメ「銀河鉄道999」で主人公の星野鉄郎役を務めた声優の野沢雅子さんは、事務所を通じてコメントを公表した。

 

 <松本先生とは銀河鉄道999の全国縦断イベントで本当にいろいろなところにご一緒させていただきました。

 

 気さくでお話が上手、山口では車掌さんの制服を着てとても喜んでいらっしゃったお姿を昨日のことのように思い出します。

 

 劇場版を録(と)る時にはスタジオにいらしてくださって、いいですね?と仰(おっしゃ)ってくださるので私たちもとても演(や)りやすくて……優しい方でした。

 

 お会いするといつも「そのうち999で何かやりましょうね」と仰られていて、またご一緒できるのを楽しみにしていたのですが、叶(かな)わなくなってしまい寂しい気持ちでいっぱいです。

 

 既に車掌さんが999号で待ってると思いますので、どうか一緒に楽しい旅を続けてください>

 

ちばてつやさん「君も逝ってしまったのか」

 

 また、漫画家のちばてつやさんは、公式サイトで「親友 松本零士さんの訃報に接し」として友人の死を悼んだ。

 

 <松本零士さんが高校を卒業して北九州の小倉から上京したばかりのツメエリ姿、当時19歳の彼と出会って60年以上が経(た)ちました。

 

 ワシもデビューした翌年の18歳。

 

 同じマンガ家の卵、トシが近いせいもあって意気投合、本郷三丁目にあった西陽(にしび)差し込む4畳半の彼の下宿にはよく遊びに行ったものです。

 

 二人ともまだ稼ぎも少なく満足に食べられなくてね。

 

 松本さんはよく「座布団のようなビフテキを食べたい!」なんて言いながらマンガを描いていました。

 

 二人そろって締め切りに追われ、同じ旅館にカンヅメにされて一緒に机を並べて仕事をしたものです。

 

 当時からワシは遅筆だったので、先に原稿を終わらせた彼に手伝ってもらうこともありました。

 

 忙しい盛りの40歳の頃に、一緒に世界旅行にも行きました。

 

 その時に訪れたアマゾン川やマチュピチュの遺跡などはいちばんの思い出です。

 

 コロナ禍もあってしばらく会う機会もなく、ぼんやりと心配はしていたのですがまさか……言葉もありません。

 

 ここ数年、親しいマンガ家仲間が次々と旅立って淋(さび)しい思いをしていたのに、君も逝ってしまったのか。

 

 もう……体中の力が抜けていくよ>

  • (4)【BBC】日本の伝説的な漫画家、松本零士さん死去 85歳

日本の伝説的な漫画家、松本零士さん死去 85歳

BBC News によるストーリー ? 火曜日

 

 

 

 日本の伝説的な漫画家でアニメ製作者の松本零士さんが亡くなった。85歳だった。事務所の零時社が20日、発表した。

 

 零時社によると、松本さんは2月13日に都内の病院で亡くなった。東映によると、死因は急性心不全だった。

 

 「銀河鉄道999」、「宇宙海賊キャプテン・ハーロック」、「クイーン・エメラルダス」、「宇宙戦艦ヤマト」など、壮大なSF大作で知られた。反戦をテーマにした情感豊かな物語を多く描いた。

 

 松本さんの娘で零時社代表取締役の松本摩紀子さんは、松本さんが「星の海に旅立ちました」と発表し、「漫画家として物語を描き続けることに思いを馳せ駆け抜けた幸せな人生だったと思います」と書いた。

 

 松本さんの本名は、松本晟(まつもと・あきら)。1938年に福岡県久留米市に生まれ、15歳で投稿作「蜜蜂の冒険」によって雑誌デビューした。高校を卒業すると上京し、漫画家の道を突き進んだ。

 

 1961年には少女漫画の草分け的存在だった牧美也子さんと結婚。夫婦の合作も複数発表した。当初のペンネームは「松本あきら」だったが、1960年代後半から「松本零士」を使うようになった。

 

 四畳半の下宿に住む貧しい若者たちを描いた「男おいどん」が1971年から連載され、初の大ヒット作となる。「男おいどん」は、1972年の講談社出版文化賞児童漫画部門賞を受賞した。

 

 地球を滅亡から救うための戦いを描いた「宇宙戦艦ヤマト」、無法者とされる宇宙海賊が異星人の侵略と戦う「キャプテン・ハーロック」、命の意味などを描いた「銀河鉄道999」など、複数の作品がアニメ化され、大ヒットした。

 

 第2次世界大戦の終戦時に7歳だった松本さんは、150以上の作品で戦争の悲劇を描いた。後に松本さんは、帝国陸軍航空部隊のパイロットだった父親から、戦争は「未来を破壊する」から絶対にあってはならないのだと教えられたことを、作品への影響として話している。

 

 松本作品の多くを英訳したアメリカの作家ザック・デイヴィソンさんは、「世界は圧倒的な巨人を失った」とツイッターで書いた。

 

 デイヴィソンさんはさらに、松本作品のアニメは、幼い少年や青年が感情を揺さぶられる様子を描いており、男の子は勇敢なだけでなく、悲しんで泣いてもいいのだという描写が、子供の自分には衝撃だったとも書いた。「宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999は、みぞおちを殴られたような衝撃だった。人が……死ぬんだ。人が……泣いて。人が……恋に落ちる」。

 

 「松本作品にはとてつもない悲しみが、ほかでは見当たらない壮大さがあった。神話的であると同じくらい未来的な、強力なビジュアルに包まれて」とも、デイヴィソンさんは書いた。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=FGBhQbmPwH8

 

 フランスの電子音楽デュオ、ダフト・パンクは松本作品のファンで、2000年発表の「ワン・モア・タイム」など楽曲用のミュージックビデオ制作をいくつか依頼している。

 

 ダフト・パンクのトーマ・バンガルテルさんとギ=マニュエル・ド・オメン=クリストさんは、松本さんは自分たちの子供時代のヒーローだったと話している。

 

 2005年にはアルバム「ディスカバリー」の曲をフィーチャーしたアニメ映画「インスターステラ5555」を、松本さんと一緒に作った。太陽系外の惑星を舞台に、4人組のロックバンドを描いた物語で、日本のオンライン雑誌ペンは、「公開前からすでにカルト的ヒット作だった」と評した。

 

 1999年には、福井県敦賀市の駅前通りに「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」を題材とした複数のブロンズ製モニュメントが設置された。

 

 松本さんは2010年に旭日小綬章を受賞。2012年には、フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを叙勲されている。

 

 今なお絶大な人気を得ている松本作品は、数々のリメイクやスピンオフ作品を生み続け、何世代にもわたる漫画・アニメファンに影響を与え続けている。

 

  • (5)私論・松本零士漫画の魅力

  松本零士漫画の魅力と言えば、「銀河鉄道999」のメーテル、「宇宙戦艦ヤマト」のスターシャや森雪、「宇宙海賊キャプテンハーロック」の有紀蛍やミーメ、「超時空戦艦まほろば」の羽黒妖、「クイーン・エメラルダス」の女海賊エメラルダス、「千年女王」の雪野弥生、等の「松本零士的大美人」が挙げられよう。非人間的&非現実的なほどにスレンダーな肢体に、細面。切れ長で特大の瞳には、マッチ棒どころか箸さえ乗りそうなぐらい盛大に長い睫毛。髪型はストレートのロングが基本で、金髪や赤毛が多いか(勿論、例外あり。)一寸他では見かけないタイプの美女(弟子である新谷かおるの描く美女が、近いぐらいか。)である。また、外見ばかりでは無く、内面も大変魅力的だ。時に母の様に優しく暖かく、時に凜々しく峻厳冷徹でさえ在る、「松本零士的大美人」が、松本零士漫画&アニメの一つの魅力であることは、間違いあるまい。

 だが、私(ZERO)が特に強調したいのは、「松本零士の描く、男達の魅力」である。それも、「海外で高評価」という「宇宙海賊キャプテンハーロック」のハーロックの様な、「高身長でイケメンで、如何にもヒーロー」という男達では無く、どちらかというと低身長で、「眼鏡にがに股」だったりして、「醜男」とあからさまにさげずまれる事もある、男達(と、その織りなす世界)。代表的な所では、「銀河鉄道999」や「ガンフロンティア」等(*1)トチロー(大山トチロー)が挙げられ様(*2)。
 
 そんな「松本零士的醜男」ばかり登場する話は、「戦場漫画」シリーズ&「ザ・コクピット」シリーズには多くある。殊に、大東亜戦争下の大日本帝国陸海軍を舞台にした話には、「美人も何も、女なんか一人も出て来ない」し「それが当然」な作品もある(*3)。一例を挙げれば、大戦末期の帝国陸軍一等兵コンビを描く、ある種の「ロードムービー(ってぇか、弥次喜多道中=「東海道中膝栗毛」の方が、近いか。)」である、「鉄の竜騎兵」である。

  • <注記>
  • (*1) 時代を超えて、あちこちに登場している、低身長・眼鏡の松本零士的醜男。重力サーベルや日本刀の居合抜きは、得意だったりする。 
  •  
  • (*2) 「銀河鉄道999」の主人公・星野鉄朗も、原作漫画では「低身長の醜男」であることも、指摘しておきたい。TVアニメはこの主人公像を踏襲したが、アニメ映画化された際に「受けを良くする」為らしく、高身長でこそ無いが、相当にスリムなイケメンにされてしまった。ある種の「原作改変」である。 
  •  
  • (*3) 一方で、相当無理矢理にでも「松本零士的大美人」が登場してしまう話も、ある。「幽霊軍団」とか、「死神の羽音」とか、「独立機関銃中隊」とか。 

 

  • 1.戦場漫画「鉄の竜騎兵」(以下、盛大にネタバレあり。注意。)

 

 「此処はゼラバンガ。レイテの古戦場。」って科白で、漫画は始まる。この古戦場に放置された一台のサイドカーとそれに乗っていた二人の男(当然、日本兵)の物語である。
 大東亜戦争末期のフィリピン。連合軍(中心は米軍)の物量と航空優勢に、我が軍は敗色濃厚。米軍の攻撃受けて危地に陥ったカラチケル飛行場守備隊は、支援要請のためにオートバイ伝令・宇都宮一等兵を後方の野砲陣地へと送る。
 が、到着する頃には野砲陣地は敵の反撃砲撃で壊滅しており、更には師団命令で退却が伝えられる。無線も通じないカラチケル飛行場は、このままでは敵中に取り残されてしまう。若いオートバイ伝令・宇都宮は、一眠りしたら飛行場へ戻る、と宣言し、眠りに就く。乗ってきたオートバイは、砲煙弾霧の中を走り抜けた際に損傷し、動けなくなっていたが。 


 A  「飛行場の奴ら、勝手に撤退して来んだろうか?」
 古代「バカこけ!命令ない限り、我が軍は絶対撤退したりせんのだ。百年でも、二百年でも、頑張るのだ。」
 A  「エラい国に産まれたのう。」
 古代「本当じゃのう。」


 目を覚ましたオートバイ伝令・宇都宮を待っていたのは、美事に修理成ってサイドカーに機銃まで付けられた愛車と、実はそれを修理した元レーサーの古代一等兵。二人はサイドカーでカラチケル飛行場を目指すが、途中、カラケチル飛行場陥落は明らかになる。それでも「友達と約束したから、戻る。」と宇都宮一等兵。これに付き合う古代一等兵。


 既にカラケチル飛行場を占領している米軍は、照明弾と凄まじい機関銃火で待ち受ける。それまでサイドカーの側車に載っていた古代一等兵は、此処で初めて単車の方に乗り、自分が元レーサーで重量級バイクも扱えるし、修理もした事を明かす。


 「これがワシの最後のレース。いつもいつもマシントラブルで完走した事のないワシの、最後のレースだ。」と宣言した古代は、「お前は、内地へ帰れ。」と宇都宮を巧みに振り落とし、一人照明弾と銃火の待ち受ける「ゴール=カラチケル飛行場」へと突撃。その銃火に倒れる。


 「とうとう、最後まで完走出来なかったか。でもワシは、死ぬまで走り続けた。だから、満足だ。」
 

 身体も車体も蜂の巣の様に弾痕だらけにされながら、「にやり」と会心の笑みを見せる、古代一等兵の凄絶さよ。


 「これがレースなら、彼は優勝していた。
  レースでは、ゴールから銃弾が飛んでくることは、ないのだから。」


 米軍オートバイ兵の手向けの言葉(*1)と、ガソリン切れで火を発さないサイドカー&古代一等兵のロングカットで、この物語は終わる。

  • <注記>
  • (*1) 宇都宮「モロにフネ(側車)ぶつけりゃ、殺せたのに。」
  •     古代 「殺すには惜しい腕だ。武士の情けよ。」 
  • (a)「我等のみ」であろうとも。

 さて、如何だろうか。松本零士漫画&アニメ「鉄の竜騎兵」。因みにOVAによるアニメ化は、かなり原作に忠実で、「古代一等兵会心の笑み」こそ無いものの、最後に「ゴール」たる米軍陣地からの集中銃火を受けて蜂の巣にされ、タイヤはパンクしても尚前進を止めないサイドカーが、遂に力尽きて止まり、更には照明灯が消えるシーンナンざぁ、「アニメの動画描写によって、原作漫画を越えた。」と評しても良さそうなぐらいだ。
 
 この「鉄の竜騎兵」を、日本人の中でさえも「理解できない」ないし「非難する」者が居るのは事実だし、その理由には「理解できる」モノがある事も認めよう。そもそも二人は「カラチケル飛行場が米軍の手におちた」と判断できた時点で、「カラチケル飛行場の友軍に撤退命令を伝える。」という当初の目的を失っている、のも事実だ。原作漫画には、宇都宮上等兵が寝ている間に米軍機がカラケチル飛行場へ着陸アプローチするのを古代一等兵が確認する、ご丁寧さだ。

 背中に機銃弾を受けて、既に死期を悟っている宇都宮一等兵を、「お前は内地へ帰れ」と振り落とし、一人「ゴール」と定めたカラチケル飛行場へ、それも照明弾で盛大に照らされ、機銃群に照準されている真っ只中へサイドカーで「騎兵突撃」かける古代一等兵の行動は、「不合理」だ。「死ぬまで走り続けたから、満足だ。」というのも、ある種の自己満足、と言うより、自己陶酔に近い、とも認めざるを得ないだろう。
 
 だが、なればこそ、今もレイテの古戦場ゼラバンガに残るサイドカーの残骸は、雨降る度に鉄錆の赤い涙を流し、「死ななくても良かった二人が、何故死んだのか。」と、二人の死を悼むのである。これは、サイドカーの残骸に「人格」を見出す、ある種の「擬人化」であり、付喪神と同様の「物神化」とさえ、言い得よう。

 即ち、「鉄の竜騎兵」の冒頭とラストを締める「古戦場に残されたサイドカーの残骸」にシンパシーを感じるには、ある種の擬人化ないし物神化が必要であり、これは恐らく、日本人以外では相当な少数派にしか出来ないだろう。故に、「鉄の竜騎兵」は、「日本以外では広く受け入れられそうにない」し、日本でも「圧倒的な賛同を得る」事は無さそうだ。
 だが、「日本人の中でも少数派」であろうとも。サイドカーの残骸に当たる雨水に混じる赤錆を「赤い涙」と見、照明弾に照らされた十字砲火の中へのサイドカーで「騎兵突撃」する古代一等兵に、ある種の「美」を見出す、私(ZERO)の様な人間には、この松本零士漫画&アニメ「鉄の竜騎兵」は、大傑作なのである。

 「半リーグなり、半リーグ。半リーグを駆け抜けて、残りし者は如何程ぞ。」 軽騎兵の突撃 アルフレッド・ロード・テニスン

 ああそうか。クリミア戦争はバラクラバの戦いで、ロシア軍砲兵陣地へ向かっての軽騎兵突撃で壊滅的損害を被った悲劇を、情緒タップリの詩へ昇華して見せたイギリス人ならば、この「鉄の竜騎兵」を理解できる、かも知れないな。
 
 だが、そのイギリス人でも、「サイドカーの残骸が流す赤錆の涙」を理解する者は、稀有であろうな。
 

  • 2.戦場漫画「グリーンスナイパー 緑の狙撃兵」 (以下、やはり盛大にネタバレあり。注意。)

 

 

 

 「ちびよ。父ちゃんは今、物凄いジャングルの中に居るんだぞ。本当だぞ。」

 手にした赤ん坊の写真に語りかける日本兵のモノローグで、物語は始まる。子供の写真を手に密林下を匍匐前進する「眼鏡にがに股(*1)」の松井上等兵は、このオープニング直後に米兵の射撃(トンプソン短機関銃のフルオート射撃)に倒れてしまう。


 松井を撃った米兵二人は、「装備が良い」松井が「後方から来た」と判断。「この辺りにはもう日本兵はいない筈。」と訝るが、その直後にそれぞれ頭部に一発銃弾食らって即死。此処でやっと、主人公・野山二等兵が登場する。米兵の無線機(ウォーキートーキーって奴だ。)を38式狙撃銃の銃床で叩き潰した野山は、瀕死の松井の最後の言葉を聞く。
 
 松井「装備改変だ。直ちに大隊司令部へ戻れ。」
 野山「装備改変?一体何を取っ替えるんだ?」


 だが、松井はそれに答えず、「ちびに・・・」と言い残して絶命する。
 
 野山「ちびよ。お前の父ちゃんは、今、死んだぞ。」

 この時野山が倒した二人の片割れの義兄が、やはり米軍の狙撃兵であるウオーカーで、義弟を殺された恨みから、「日本狙撃兵を殺す。」とウオーカーは宣言する。

 一方大隊本部へ出頭した野山は、そこには最早兵二人しか残って居らず、大隊司令部は「夜間に来る駆逐艦で撤退する。」と知らされる。
 
 野山 「但し、狙撃兵は現地に踏みとどまり、友軍撤退の時間を稼げ、か。」
 日本兵「流石、察しが良いねぇ。」
 野山 「つまりは、『死ね』と言うことだな。」


 流石に憮然とする野山に、「改変する装備」のために残された二人の日本兵は、「小銃だろうが、渡すまでは開封するなと厳命された」細長い包みを野山に渡す。
 中から出て来たのは、案の定小銃だが、新型の狙撃銃。それも、38式や99式の様なボルトアクションでは無く、トグルアクション(米軍M1ガラント小銃の影響か。)の半自動小銃。弾倉は突出していて装弾数も多そうだし、実包も38式の6.5mmでは無く99式の7.7mm。照準眼鏡も夜間対応で、今まで使っていた38式狙撃銃のモノより格段に明るい。
 この装備改変に喜んだ主人公は、今まで使っていた38式狙撃銃を、二人の内の片方・山越に譲る。その直後にもう片方の日本兵は額を撃ち抜かれて絶命する。
 米軍狙撃兵の登場に、装備改変したばかりの新小銃で野山は応射する。だが、弾道はそれ、米軍を撤退させるのみに終わった。
 
 「やはり、この小銃は調製が済んでいない。」と、野山。どんな小銃にもそれぞれ癖はあるし、撃つ方の人間にも癖があるから、撃つ人に合わせて小銃を調製しないと、命中しない・・・のだそうだ。

 持ち場に戻り、踏みとどまるのは自分一人で良い、と野山は言うが、駆逐艦の到着する岬までの道は日本兵の遺体がゴロゴロしており、未だ息のある奴は泣いてすがりついて来るからと、山越も行動を共にする、ことになる。

 持ち場に戻って、暫く経ち、「友軍の銃声が段々少なくなる」状況に苛立つ山越。対する野山は元猟師であり、「待つことには馴れている。」と身の上を語る。父も猟師で、猟師は孤独な仕事であり、家も村から離れた一軒家だったこと。友達と言えば撃った獲物ぐらいだったこと。初めて持たせて貰った猟銃が米国製スプリングフィールドだったこと。その米国製猟銃の末裔と、今大戦争をしていること。

 見張りを交替した野山が一眠りしている間に、「スコールが来るのを待てば良い。」との野山の言葉に反した山越は、単身水汲みに出てしまう。
 「水を汲むのも命がけにしてしまうんですから、戦争ちゅうの恐ろしいモノですねぇ。
 右を見る、左を見る。世の中は静かです。では・・・・」

 だが、その水場には、義弟を殺された米狙撃兵ウオーカーが指揮する米兵の一隊が待ち構えていた。
 
 米軍の奇襲を受け、被弾しながら38式狙撃銃で反撃する山越だが、1発撃っては槓桿(ボルト)を操作するボルトアクション小銃では衆寡敵せず、米兵の銃火に倒れる。

 そこへ到着した野山の銃撃。ウオーカーは「新たな日本兵もボルトアクション小銃だ。」と考え、一斉射撃して、打ち返してきたら、その後のボルト操作の隙に突撃をかけろ、と命じる。

 だが、野山が持っていたのは、新型の半自動狙撃銃だった。一斉突撃をかけた米兵は全員射殺される。

 ウオーカー「しまった。自動小銃か。」
 野山   「山越。お前もコイツ(自動小銃)を持ってたら、やられなかったろうにな。」


 かくして、義弟を殺された復讐に燃える米狙撃兵ウオーカーと、その義弟を殺した野山との、1対1の狙撃対決となる。此処でウオーカーもまた猟師であり、撃った獲物だけが友達だったことなどが語られ、両者の類似点・共通点が明らかとなる。

 野山&ウオーカー「友達(撃った獲物)と言うなら、あいつ(対峙している敵狙撃兵)も、そうか。」

 照準眼鏡越しに捉えた相手の姿に、互いに親近感と奇妙な友情を抱きながら、両者は同時に発砲し、同時に絶命する。
 
 そこに、「日本軍は駆逐艦で撤退した。此島での戦争は終わりだ。」という知らせが、届く。

  • <注記>
  • (*1) 一つの典型的な、松本零士的醜男。「眼鏡の怪人」とも称される。 

 

 

  • (a)もう一人の主人公「新型試作半自動狙撃銃」

 言うまでも無く、戦場漫画「グリーンスナイパー 緑の狙撃兵」の主人公は、日本軍狙撃兵・野山である。だが、装備改変で手渡される、恐らくは架空(*1)の「新型試作半自動狙撃銃」は、「もう一人の主人公」と言って良いぐらい存在感を放っている・・・と言うか、1ページ丸ごとその対角線上に描かれた小銃は、「主人公である野山よりもアップで描かれている」のではなかろうか。(ラストシーンの野山は結構大きく描かれているが、ヘルメットばかりで顔は見えないし。)

 尤も、「日本兵の小銃はボルトアクションだから、一発撃ったら手を動かす。そこに隙が出来る。」ってのは、相当眉唾で、ボルトアクションも「馴れた射手なら半自動小銃並みの連射が可能」という説もある。
 ボルトアクションの欠点はその装弾数である、との説も有力で、大半のボルトアクション小銃は装弾数5発に止まる(*2)。だから、「5発撃ち尽くしたら、装填する間、隙が出来る。」ってのはより説得力があり、確か、上田心の漫画で東部戦線(独ソ線)でロシア軍がその「ボルトアクションの装填時間の隙を突いて、突撃をかける」って漫画もある。この漫画では「ドイツ兵が持っていたのはゲーベル43半自動小銃(装弾数10発)で、突撃かけたロシア兵は全滅する。」ってオチを付けていたが、アレは「グリーンスナイパー 緑の狙撃兵」へのオマージュ、だったのかも知れない。

 いずれにせよ、本作の新型試作半自動狙撃銃は、相当な装弾数をも誇っている様であり、なればこそ、「山越。お前もコイツ(自動小銃)を持ってたら、やられなかったろうにな。」の科白に込められた野山の悔しさが、一入身に染みると言うモノだ。(まあ、白刃きらめかせて突撃かけてくる米兵を、一瞬で掃射してしまうのは、野山二等兵の腕と半自動狙撃銃の火力があってこそ、だろうが。)

 かかる、架空を含めて「精緻に描かれ、且つ、恰も血肉を持ち、感情さえ持つかの様に描かれるメカ」も、松本零士漫画の一つの魅力であろう。「大艇再び還らず」の2式大艇とか、「吸血鬼の花束」の航空機用空冷発動機とか。

 「これぞ、我が銃。世に銃は数多あれど、我が銃は唯これのみ。」米海兵隊信条
 


  • <注記>
  • (*1) 部分的には類似した試作半自動小銃があるのだが、こう言う小銃は、私(ZERO)は知らない。特にあの、バナナ型というか半円型というか、独特の弾倉(ないし固定弾倉)は特徴的だから、一度でも見たら、一寸忘れない、と思うのだが。 

 

  • (*2) 英軍の様に「ボルトアクションだが10連発で、しかも弾倉式」ってボルトアクション小銃も、在るにはあるのだが。 

 

 

  • 3.戦場漫画「鉄の墓標」 (以下、当然の如く盛大にネタバレあり。注意。)

 「この世に、無敵の戦車などありはしない。
  在るのは、鉄の棺桶だけだ。」


 と言う、「エル・アラメインに散った戦車兵の叫び」の引用で、この物語は始まる。上記の科白とタイトルから察せられるとおり、これは、「戦車の物語」である。
 
 日本軍の戦車と言ったら、司馬遼太郎(元帝国陸軍戦車兵)に「憂鬱な乗りもの」と評されてしまった様に、「紙装甲と低貫通力・低火力」で有名であり、その事はこの漫画「鉄の墓標」でも詳細に語られている。上記の「エル・アラメインに散った戦車兵の叫び」に続くオープニングは、待ち伏せる英軍対戦車砲(確か、57mm口径の6ポンド砲だった、気がする。)に一発で撃破(それも、車体の前から後まで串刺しに貫通された上に、誘爆を起こす、)97式中戦車である。「チハ車」としても知られる97式中戦車は、大東亜戦争全期間を通じての、帝国陸軍の主力を成した戦車だ。(主力戦車、と言うと、戦後の用語なので、語弊がある。)

 主人公は、この「串刺しに貫通され、誘爆した97式中戦車」に随伴していた歩兵。戦車が撃破された煽りで気を失い、そのまま放置されていた主人公が気付くと、戦車は撃破されて乗員は全滅。何やら探す任務とは知っていたが、詳細は戦車長しか知らなかった。上官は戦死し、本隊からもはぐれて途方に暮れる主人公は、同様に「部隊が渡河直後に戦車に蹂躙攻撃されて、ちりぢりになった」老日本兵と合流。二人して彷徨う内に英軍兵士に遭遇し、英兵のステン短機関銃で射すくめられていた所を、別の日本兵・土方に救われる。
 一人だけ長身イケメンの日本兵・土方は、実は新型戦車・4式中戦車の戦車長。実戦テスト中に乗員の半数がコレラだかマラリアだかにやられて動けなくなっていた4式中戦車だが、主人公と老日本兵のお陰で「やっと動ける。」と言う。

 主人公 「俺、自伝車しか動かしたこと無い。」
 老日本兵「ワシ、大八車。」


 躊躇う二人に、車長は自分で、操縦手は(未だ)居るから、「砲手と、無線手をやってくれれば良い。」と言うのだが・・・良く考えてみると、この頃の戦車乗員で4人目は、普通、「装填手」だよなぁ。実際、無線機は壊れていて、「その前で適当に弄ってくれれば良い。」ッてんだから、尚更だ。
 だが、即席OJTで、主人公は装填手と砲手を兼任。これで「動ける様になった」4式中戦車は、友軍の97式中戦車を追い回し、嬲り殺しにした2両のM4シャーマン戦車に対し、偽装網を引き千切って俄然突進し、攻撃を仕掛ける。
 
 従来従前の日本軍戦車とは段違いの火力(*1)と防御力(*2)を見せつけ、一方的に憎きM4シャーマンを撃破するが、米軍の支援砲撃を受けて、1両は取り逃がしてしまう。
 
 交戦後、「1両だけ逃がしたのはマズいな。この戦車のことが、敵にバレた。」と言いつつ、被弾状況などを冷静にメモする土方。

 主人公「バズーカで撃たれたら、どうでしょう。」

と懸念する主人公に、

 土方 「撃たれてみなきゃ判らんよ。」

って・・・・まあ、その為の「実戦テスト」でもあるのだろうけれど。

 老兵 「この戦車も、間に合わんなぁ。」
 主人公「いっぱい在れば、勝てますね。」

 土方 「日本には、もう、鉄も技術も無いよ。」

 主人公「戦艦とか、いっぱい作ったからなぁ。戦艦は、ジャングルは走れない。」
 老兵 「だが、海には戦艦が必要だろう。戦車じゃ海では戦えん。」
 主人公「ならいっその事、両方止めれば良いじゃん。」 
 老兵 「それではワシが、心細い。」


等とコミカルな(でも、結構好き。)やり取りの後、土方は手にしていた手帳と、携行していた百式短機関銃を主人公に渡し、「河まで後退して、そこに居る技術賞校に渡せ。」と命じる。「こっちで砲声が聞こえても、戻って来るなよ。」と命じられた主人公だが、この手帳(「4式中戦車実戦試験報告書」とかナンとか、実に「判りやすいタイトル」が表紙に書かれていた。)で「自分たちが捜索を命じられていた対象が、あの戦車で在った。」ことを悟り、命令に反して戻ってきた結果、「取り逃がした1両のM4シャーマンの情報で送り出された(らしい)」2,30両は居そうなM4シャーマン戦車の大軍と4式中戦車の交戦を目撃する。

 土方「左だ。左の先頭、砲塔に白帯の奴をやる。オッサン、頼むぞ。」
 老兵「ワシ、無線手の方が良かった。」


 獅子奮迅の奮戦をする4式戦車だが、流れてきた霧で覆い隠され、点滅する砲火しか見えなくなる。涙と途方に暮れる主人公の頭上に、友軍の3式戦闘機・飛燕が飛来する。霧の中の砲火に、

 飛燕パイロット「実戦試験中の4式中戦車が交戦しているモノと推定されるも、確認できず。
 試験責任者・土方との連絡は、過去1週間絶えて無く・・・」

と、機上から無線報告するカットと、「手帳を持った日本兵が帰還した記録は、無い。」という「ナレーション」で、物語は幕を閉じる。

<注記>
(*1) こ
の漫画では、「88mm高射砲の車載型を搭載」しており、史実以上の大火力となっている・・・・と言うよりは、ドイツのタイガー1重戦車を範にとった、としか思えない。 

(*2) 「M4シャーマンの砲撃に、十分耐える」と言うのだから、大したモノ。17ポンド砲装備M4シャーマン・ファイアフライ「長っ鼻」では無かった、様だが。 

 

  • (a)日本軍戦車の、悲哀と意地


 冒頭に述べたとおり、元帝国陸軍戦車兵たる司馬遼太郎氏に「憂鬱な乗りもの」とされてしまうだけのことが、大東亜戦争に於ける我が軍の戦車には、確かにある。前述の通り主力となる戦車は97式中戦車であり、これは西暦にして1937年制式採用の戦車。その主砲は57mm単砲身から、47mmの幾らか長砲身のモノに換装されたが、ドイツの3号戦車が37mm(でもそこそこ長砲身)から始めて、50mm、50mm長砲身、最終型では75mm短砲身へと換装していき、車体や砲塔の装甲厚も増しているのに、97式は砲塔を替えたぐらい。そもそも、「戦車が対戦車戦闘することを前提に設計されていなかった。」という弱点もある。無論、ドイツ軍戦車が、パンター、タイガーと重装甲化&大火力化⇒巨大化していくのには、もっと追い付かない。
 そんな「日本軍戦車の悲哀」を視覚的にも訴えるのが本作「鉄の墓標」であり、英軍戦車砲に串刺しに貫通され誘爆する冒頭シーンもあれば、作中ではM4シャーマンに追いかけられた97式中戦車が「速度を上げて振り切る」か「うんと接近して零距離射撃で差し違える」しか選択肢が無く、前者から後者へと切り替えたモノの、撃ち出す砲弾を尽く跳ね返され、結局M4シャーマンに97式が撃破されるシーンもある。
 
 また、松本零士が描くメカだから、それら撃破シーンは「血肉が飛び散る」かの如く、有機的・人間的に描かれており、その「悲哀」も一入と言うモノだ。

 であればこそ、我が帝国陸軍で始めて「対戦車戦闘を念頭に設計された」4式中戦車が、隠れ潜んでいた偽装網を引き千切って颯爽登場しての、存在感、迫力、火力、防御力が、(一寸非現実的なほどに)際立つ。土方車長が「ハーロック張りのイケメン長身」なのも、それらと無縁ではあるまい。
 
 「88mm高射砲搭載」と言う、「史実以上の大火力・高貫通力」も、ね。
 主人公「97式の豆鉄砲とは、趣が違いますね。」

 少佐 「88mm(アハトアハト)?其奴は良いや。大好きだ。」

  • 「あたおか」とは、この事か。-【東京社説】安保法判決 「軍拡ノー」の声に耳を


 言うまでも無かろうが、タイトルにした「あたおか」とは、「頭がおかしい」の略語ないし隠語。相手が何者であれ、「頭がおかしい」と断定断言するのは、かなり失礼なことであり、私(ZERO)でも滅多に使わない(*1)。

 だが、今回は敢えてタイトルに使っている。

 下掲東京社説のタイトルを見たときの、私(ZERO)の第一声。「安保法は執行以来既に5~6年を経ているのに対し、”軍拡”が本格的に始まるのは漸く来年度執行予算から。であるのに、”安保法(違憲裁判)判決”と"軍拡"が、どうして直結できるんだぁ?」

 いや、その二つを結びつけるのに、「風と桶屋」程の紆余曲折は不要ではあろうが、直結させるには相当な「ショートカット=短絡」が必要になろう。その「ショートカット=短絡」は、「頭がおかしい」と言わざるを得ないだろうと、強く示唆された。

 ま、結論から言うと、「期待通り」だったようだ。
 

  • <注記>
  •  
  • (*1) 急いで付け加えると、チョウセンジン、韓国に対しては、類似の表現を確かに使っている。が、それは、チョウセンジンや韓国が「余程の、滅多に無い事象だから」である。 


 

  • (1)【東京社説】安保法判決 「軍拡ノー」の声に耳を

安保法制判決 「軍拡ノー」の声に耳を

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/231637?rct=editorial

 

2023年2月17日 08時04分

 

【1】 「安保法制は違憲」と訴えた裁判で東京高裁は原告の求めを退けた。「台湾有事」などが語られ、軍事力拡大が既成事実化する現在だ。司法は戦争の危険性を直視して憲法判断に踏み込んでほしい。

 

【2】 「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」の集会が八日、東京・永田町の衆院議員会館内で開かれ、法政大前総長の田中優子さんや東京大名誉教授の上野千鶴子さんらが次々とマイクを握った。

 

【3】 「政府は戦争を回避する外交努力をしているのか」「戦時体制は生活を追い詰める」などと…。

 

【4】 敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や防衛費倍増を明記した安保関連三文書が閣議決定された。岸田文雄内閣が打ち出す政策は軍拡路線である。それに抵抗して「女たちの会」が「軍拡予算は生活破壊だ」「子どもたちの未来に平和を」などと訴え、戦争を心配するのも当然の心情と受け止める。

 

【5】 その起点となったのが、集団的自衛権の行使容認という憲法解釈の変更であり、それを受けた安全保障法制である。日本が攻撃されていないのに、他国軍のために自衛隊が出動する?。その差し止めを求めた訴訟で、「具体的危険性が立証されていない」などとして、東京高裁は訴えを退けた。

 

【6】 同種の訴訟は全国で計二十五件あるが、原告敗訴が続いている。だが、他国の武力紛争に自衛隊が介入するのは明らかに憲法九条に基づく「専守防衛」の枠をはみ出していよう。憲法学者が「憲法解釈の変更に明白な違憲性が認められる」と意見書で述べているのに、高裁が「憲法判断を行う必要がない」と一刀両断し、「原告敗訴」とすることは疑問だ。

 

【7】 司法が見逃せば、憲法秩序の荒廃が起きるからだ。さらに、いったん戦争が起これば、国民の生命や財産に不可逆的で甚大な被害が発生する。「具体的危険」や「法益侵害」が目に見えた時は、もはや手遅れといえる。

 

【8】 仮に危険を確実に予測しえない場合でも「事前配慮原則」という考え方がある。例えば廃棄物を海洋投棄すれば、深刻な環境破壊が起きるから、予防的に国際条約で規制しているわけだ。

 

【9】 専守防衛から明白に逸脱した現状に対しては、「事前配慮原則」に即して、能動的に司法権を行使するべきではないだろうか。裁判所こそ「軍拡ノー」の女性たちの声に耳を傾けるべきである。

 

 

  • (2)先ず、上掲東京新聞社説を元に、事実関係を整理しよう。

 章題にした「事実関係の整理」は、上掲東京新聞社説に基づくモノであるから、上掲社説を書いた東京新聞社説担当記者(並びに、上掲社説を推敲したはずである東京新聞社説担当デスク)の現状認識を知る上で、有効であろう。例によって【】で示したのは、下掲する事実関係を述べている上掲東京新聞社説のパラグラフ番号。事実関係は基本的に時系列順とした。

① 安保法成立・執行により、我が国の集団的自衛権行使が(一部なりとも)容認された。 【5】

② 「安保法は憲法違反」とする訴訟が全国で25件起こされた。 【6】

③ 「安保法違憲訴訟」では、原告(訴訟を起こした側)敗訴が続いている。 【6】

④ 今月8日「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」が衆院議員会館で開催された。(「軍拡ノーの声」)【2】【3】【4】

⑤ 東京高裁の「安保法違憲訴訟」もまた、原告敗訴となった。【1】


 以上の「現状認識」を踏まえての、上掲東京新聞社説の主張は、

  • <1> 司法は、「安保法違憲訴訟」に対して、「安保法は違憲」と判断・判決・断定しろ

・・・これだけ、である。実に「憲法変えちゃぁいけない教徒」ぶりが顕著であるな。

 上記①~⑤の「現状認識」に立って、上記<1>「安保法違憲判決を出せ」主張の「間をつなぐ/ギャップを埋める」東京新聞記者の「思想的背景」を、推定/想像/邪推すると、以下の様になろう。

[1] 現・岸田政権の[軍拡]路線の発端は、安保法による集団的自衛権容認である。 【5】

[2] 故に、「安保法違憲判決/司法判断」が出れば、[軍拡]路線は停められる(*1)。

[3] 従って、司法は戦争の危険性を直視して、「安保法違憲判決/判断」を出せ(*2)。【1】



 「推定・想像・邪推」と言い条、上記[1]と上記[3]は、上掲東京新聞社説にほぼ明記されている。従って、「推定・想像・邪推」したのは、上記[2]だけだが・・・いやぁ、随分とまた、ぶっ飛んでいるなぁ。余りにぶっ飛び過ぎて、どこから突っ込んだモノか、迷うほどだ。

 先ず上記[3]に在り、上掲東京新聞社説パラグラフ【5】でも明記・明文化されている「戦争の危険性」を取り上げようか。岸田・現政権の「軍拡」路線の背景である(って点では、彼我の認識は「一致している」様だ。)のは良いんだが、どうもその文脈からすると、東京新聞は、

[4] 現下の「戦争の危険性」は、(かつての様に)「集団的自衛権(行使)を違憲とする」ことで、回避ないし緩和できる。

と、考えて居るらしい。
 これは、「驚天動地」というと少し大袈裟ではあるが、「目も眩むばかりの彼我現状認識の乖離」ではある。どうも、東京新聞は「集団的自衛権は、他国との戦争に巻き込まれるモノ」としか考えず、「自国の戦争に他国を巻き込む」とか「自国の戦争に際して味方を増やす」などの「集団的自衛権のメリット」については、思いも及ばない、らしい。
 更に言えば、「集団的自衛権を行使できない」と言うことは、「同盟を組んでくれる国が少ない、ないし、無い。」と言うことも、認識・認知できない、らしい。それは通常、「一国単独で如何なる敵国(複数の可能性もある)に対しても、自衛できなければならない。」と言うことであり、傾向としては「軍拡傾向」とならざるを得ない。中立政策をとり、「同盟を組めない」状態のスイスが国民皆兵の徴兵制であり、スウエーデン(は、中立政策を止めようとしているが)が独自の軍需産業を持ち戦闘機も独自開発していることも、ご存知ない、ないし気にしない、らしい。
 
 「心、此処にあらざれば、見るとも、見えず。」か。集団的自衛権が国家にとって「基本的国権」とも言うべきモノであることや、安保法執行以前の我が国の公的見解でも「我が国は、集団的自衛権を保有する。(が、憲法がその執行を禁じている(*3)。)」

 更に、些か「邪推を巡らす」ならば(大した「邪推」ではない。)、 

[5] 日本は日本国憲法を墨守し、集団的自衛権を実質放棄して、専守防衛に徹すれば良い。(それで我が国の安全は保障される。)

とも、考えて居る、らしい。
 何かね、中国が「核心的利益」なる侵略宣言を出しているのも、北朝鮮が何度も核恫喝を繰り返すのも、我が国が安保法で集団的自衛権を容認したから、なのかね? 
 安保法成立執行は、5~6年前。対して中国の「核心的利益」侵略宣言も北朝鮮の核恫喝も、我が国に安保法が無く、「我が国は集団的自衛権を有するが、その執行を憲法が禁じている。」と唱えていた頃に遡れるのだぞ。

 イヤ、「憲法変えちゃぁいけない教徒」と弊ブログが揶揄する(私(ZERO)としては、”罵倒している”感覚なのだが。)「日本国憲法擁護論者」が上記[5]の通り考えて居る(筈な)ことは、「殆ど自明」なのだが、その理由・根拠・論拠は、社民党の唱えた「憲法9条が最大の抑止力」理論しか、私(ZERO)は知らない。

 上記[5]の通り考える理由・論拠・根拠について、ほとんど説明も議論も提示も説得も説伏も無いことは、東京新聞含む「日本国憲法擁護論者」(それは、大半の憲法学者を含む)の知的怠慢であり、堕落である。その知的怠慢と堕落は、少なくとも自衛隊発足まで遡れるから、実に70年も続いている、長期的・恒常的な知的怠慢と堕落である。
 特に憲法学者は、それほどの長期的恒常的な知的怠慢&堕落を曝しながら、「学者でござい」ってんだから、スゴいよな。

 以上から改めて、上掲東京新聞社説から(容易に)推定できる「投球新聞の思想的背景」は、以下の通りである。

[1] 現・岸田政権の[軍拡]路線の発端は、安保法による集団的自衛権容認である。 【5】

[2] 故に、「安保法違憲判決/司法判断」が出れば、[軍拡]路線は停められる。

[3] 従って、司法は戦争の危険性を直視して、「安保法違憲判決/判断」を出せ。 【1】

[4] 現下の「戦争の危険性」は、(かつての様に)「集団的自衛権(行使)を違憲とする」ことで、回避ないし緩和できる。

[5] 日本は日本国憲法を墨守し、集団的自衛権を実質放棄して、専守防衛に徹すれば良い。(それで我が国の安全は保障される。)


 いやぁ、私(ZERO)に言わせるならば、やっぱり「あたおか=頭がおかしい」だぞ。

  • <注記>
  • (*1) ウーン。[1]の断定断言・思い込みもスゴいが、[2]の思考短絡も凄まじいな。仮に「集団的自衛権容認が"軍拡"路線の発端」であったとしても、何ら根拠にして居らず依拠もしていないのだから、「安保法違憲判決/司法判断」が「軍拡」路線、例えば来年度予算の割り振りに、どう影響すると考えているのだろうか? 
  •  
  • (*2) 上掲社説にある文言は、「憲法判断に踏み込んでほしい。」って「婉曲表現」になっているが、言いたいことは「安保法違憲判決/判断を出せ」だろう。
  •  「安保法は、合憲である。」ってのも、憲法判断の一種の筈だが、そんな憲法判断を東京新聞が受忍許容するとは、とても思えない。 
  •  
  • (*3) ウーン、何時聞いても、何度聞いても、ぶっ飛んだ屁理屈だ。これで「故に、憲法は直ちに改憲されるべきである。」と続くなら、未だ「ロジックが通じる」のだが、東京新聞なんかは逆に「だから、日本国憲法は素晴らしい。」になるのだから、凄まじいよなぁ。
  •  まあ、そんな「凄まじい」のが、主流だった時代も、相当にあったんだが。 


 

  • (3)「法では無く、声で判決を決めろ。」と言う、暴論。

 チョウセンジンかよ!って突っ込みは別にして、これは前述の「私(ZERO)と東京新聞の間にある、国家安全保障に対する認識の乖離」とは別の、「司法観」と言うか「法秩序に対する考え方の問題」である。

 私(ZERO)が考えるに、司法の役割は「法の執行」であり、その依って立つところは先ず真っ先に「法」である。此処で言う「法」は、近代以降は成文法であって、慣習法ではない。
 無論、「法の運用」というモノは相当程度柔軟性があるべきであり、なればこそ、「過去の判例」が参考にもなれば、「情状酌量の余地」が在ったり無かったりする。故に、「法律の条文・文言が全てではない」と言うことには同意するが、上掲東京新聞社説が言う様な「声」で判決を、それも「憲法判断」という極めて高度な判決を下せと、司法に要求し要望することの意味・意義を、東京新聞は理解しているのだろうか。

 それはある意味、「司法に自殺(存在理由の否定)を迫る」モノである。「声」で判決が決まるのならば、裁判官も検察側も弁護側も、それぞれの有する(筈の)学識も知見も、不要である。

 如何なる「声」であろうとも、「圧倒的多数の声」であろうとも、それに「司法の判断が左右される」というのは、ポピュリズム=大衆迎合以外の、何物であろうか。
 
 左様な司法判断を下すことを「衆愚政治」とは呼ばないだろうが、「衆愚司法」とは、呼ばれるべきだろう。

 ああ、もっと良い表現があったな。「人民裁判」とか「魔女裁判」って奴だ。

  • 内乱罪・外患誘致を、疑うぞ。-【沖縄タイムス社説】[安保大変容:ミサイル避難訓練] それで住民を守れるのか 【琉球新報社説】第4次嘉手納爆音訴訟 軍備増より被害救済急げ

 沖縄二紙の(別に、沖縄二紙に限ったこと、では無いのだが、「軍事忌避軍人差別平和ボケ安保白痴」ぶりは、再三弊ブログネタとなっている。「殆ど生まれながらの右翼」たる私(ZERO)と三アカ新聞下っ端の沖縄二紙との間にある、国家安全保障とか防衛に関する「認識の乖離」は、それこそ「海よりも深く、山よりも高い」モノがあるのだが、下掲する社説は左様な「彼我の認識の乖離」を、改めて痛感させてくれるぞ。

 

  • (1)【沖縄タイムス社説】[安保大変容:ミサイル避難訓練] それで住民を守れるのか

沖縄タイムス+プラス / 2023年1月22日 9時0分

 

社説[安保大変容:ミサイル避難訓練] それで住民守れるのか | 社説 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)

 弾道ミサイルの飛来を想定した住民避難訓練が那覇市で実施された。

 

 国民保護法に基づいて国・県・那覇市の3者が主催し、地域の住民や保育施設の園児ら約80人が参加した。

 

 「なぜ那覇市が攻撃を受けるのか」という疑問がまず浮かぶ。そもそもどこが攻撃してくるのか。

 

 公表された資料には「X国から」の発射とあるだけ。住民避難訓練では、これらのまっとうな疑問には最初からフタがされている。

 

 政府は、防衛費の大幅増額と反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を正式に決め、南西諸島の要地にミサイルを配備する計画を打ち出した。

 

 その直後の避難訓練なのである。戦争の準備ではないのか。市民がそう考えたとしても不思議ではない。

 

 訓練に反対する市民が18日、那覇市を訪ねた。応対した担当課長は、母親から電話で「あんたこんな訓練するの。何考えているの」と言われたという。

 

 弾道ミサイル発射などの緊急情報は、全国瞬時警報システム(Jアラート)を利用して関係自治体などに瞬時に伝達される。

 

 自治体は防災行政無線やメールなどを使って住民に緊急避難を呼びかける仕組みだ。 だが、「不正確で遅い」との不満が自民党内からも相次ぎ、政府は昨年末、システム改修を行うと発表したばかりだった。

 

■    ■

 

 国民保護法に基づくミサイル避難訓練の対象市町村は、公募で選定される。

 

 県内では与那国町が昨年11月30日、県内で初めて国と共同で訓練を実施した。

 

 総務省消防庁は、発表時には記者に対し「北朝鮮の弾道ミサイル発射」と説明していた。

 

 想定シナリオは「中国」ではなかった。

 

 だが与那国を北朝鮮がミサイル攻撃するというのはあまりにも不自然だ。中国を刺激しないように、という政治的配慮が働いたのだろう。

 

 那覇市での訓練も、「なぜ」と「どこから」という点で想定に無理がある。

 

 社会全体がきなくさい方向に進みつつある中、各地で避難訓練を行うことによって、国民の中に防衛力強化を容認する「空気」がつくられる。

 

 そのような政治的効果を狙っている節もある。

 

■    ■

 

 沖縄が中国や北朝鮮からミサイル攻撃を受ける理由は見当たらない(*1)。

 

 それがあるとすれば、沖縄から発進した米軍が「台湾有事」に関与したり、自衛隊が米軍をサポートするなど米軍絡みのケースだ。

 

 岸田文雄首相は昨年12月、反撃能力の保有について「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となる」と語った。

 

 その発言は、そうあってほしいという願望を述べただけではないのか。軍事抑止力を強化するだけでは戦争回避の目的を達成するのは難しい。米中、日中の対話が必要だ(*2)。

 

 

  • <注記>
  • (*1) おいおい、尖閣諸島に「核心的利益」なる侵略宣言を出している中共や、「日本を火の海にする!!」って類いの核恫喝を数え切れないぐらいに実施している北朝鮮を相手に、何間抜けなこと言ってやぁがるンだ? 
  •  
  • (*2) 「軍事抑止力抜きの対話」で、解決なんざするモノかよ。 


 

  • (2)【琉球新報社説】第4次嘉手納爆音訴訟 軍備増より被害救済急げ

  • 第4次嘉手納爆音訴訟 軍増強より被害救済急げ

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1650058.html

 

 

2023年1月21日 05:00

社説

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 急速に進む軍備増強の裏で苦しんでいる人々がいる。基地周辺で暮らし、被害を訴えている人々が人間らしく生活できる権利を保障することは国の責務のはずだ。軍備増強に走る前に、憲法が規定する人格権や平和的生存権に基づき、基地被害からの救済を急ぐべきだ。

 

 米軍嘉手納基地周辺の住民が米軍機の騒音で睡眠妨害や身体的被害を受けているとして、夜間・早朝の飛行差し止めや損害賠償などを国に求める「第4次嘉手納爆音訴訟」の第1回口頭弁論があった。国側は争う構えだ。

 

 1982年2月の第1次訴訟の提起から既に41年が経過している。損害賠償は認められてきたが、「静かな夜を返せ」という住民の願いは司法に退けられてきた。騒音被害は緩和するどころか、外来機飛来の常態化で住民負担は高まっているのである。

 

 第1次訴訟では907人だった原告数は4次で3万5566人にまで増えた。基地騒音訴訟で国内最大の原告数である。原告数の増加は基地周辺で暮らす住民が抱く危機感と、抜本的な解決を先送りにしてきた国に対する強い憤りを反映したものである。

 

 原告住民は気軽に国を訴えているわけではない。深刻な思いを募らせ、訴訟団に加わったのである。爆音による健康被害から脱したいと訴える人、静かで安心して暮らせる沖縄を子や孫に手渡したいと誓う人、それぞれが切実な願いを込めて提訴したのだ。

 

 日夜爆音にさらされ続ける住民の苦境を直視するならば、国はマンモス訴訟団の訴えを待つまでもなく基地被害の解消に向けた抜本策を進めるべきなのだ。1次訴訟提起から数えても40年余、住民の苦しみは放置され続けたのである。これまで国は何をやってきたのだろうか。

 

 しかも、基地被害は軽減されるどころか増大する可能性すらある。嘉手納基地所属のF15戦闘機は老朽化を理由に退役し、F22の配備が進められている。そのことによる騒音激化が懸念されている。周辺住民や自治体の反対をよそに、防錆(ぼうせい)整備格納庫の整備が強行されようとしている。これも住環境の悪化につながるものだ。

 

 日米の外務・防衛担当閣僚による今月12日の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で南西諸島での防衛体制強化を確認したことも、基地機能の強化につながる可能性がある。「台湾有事」が喧伝(けんでん)される中でなされた日米両国の合意によって、住民の願いが遠のいてはならない。

 

 第1回口頭弁論で原告代表の福地光さんは法廷で「有事の際も、真っ先に一番被害を受けるのは基地の周りに住まなければならない私たちです」と訴えた。国は住民の危機感に正面から向き合い、爆音被害を解消すべきだ。司法も「第三者行為論」に固執し、飛行差し止めに躊躇(ちゅうちょ)するようなことがあってはならない。

 

  • (3)「被害者救済が軍備増に優先する」訳が無い。

 「軍備増」をj必要とされる様な事態は、下手すると「その軍備増が実現しなければ、国が滅びる(可能性がある)」事態だ。

 「国敗れて山河あり」などと言うが、山河ぐらいなら何とかなろうが、一度国が滅びたら、「被害者救済」もヘッタクレも在りはしない。
 
 であるならば、「軍備増は、被害者救済よりも、遙かに優先する。」と考えるのが、常識的で在り、当たり前。

 被害者救済が、軍備増に優先する。なんてのは、気違いでなければ、「軍備増を阻止阻害しようとする、外患誘致の利敵行為」と考えた方が、少なくとも「安全側」だ。

 以前から述べる通り、沖縄二紙の「軍事忌避軍人差別平和ボケ安保白痴」は、「沖縄二紙は、日本侵略を狙う中共の手先・尖兵であるから。」と考えた方が、最早「安全側」なんて「悠長なこと、言ってられないんじゃ無いか?」と思えてきている。

 イヤ、喩え沖縄二紙が、「日本侵略を狙う中共の手先・尖兵である」と自認公言したしても、それだけで逮捕投獄されることも、処刑されることも、ないだろう。
 だが、それに行動が伴えば、内乱罪や外患誘致罪には、問える可能性があるな。

 なればこそ、我が国と我が国司法体制が揺るがない限り、沖縄二紙が「日本侵略を狙う中共の手先・尖兵である」と自認公言することは、ないだろうな。

 だが、左様に考えておくことは、少なくとも「安全側」。最近は「それ以上」と思えてきた、がな。