銀河漂流劇場ビリーとエド 第3話『ぐるぐるデバッガーズ』・① | せいぜいひまつぶしの小話

せいぜいひまつぶしの小話

5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第3話 ②、 ③、 ④、 ⑤、 ⑥、 EX① EX②

 

 いつかの未来、どこかの宇宙。この物語がフィクションなのは言うまでもない。

 そしてここは宇宙船・シルバーアロー号…の談話室。通称“ひまつぶしの間”。
 食堂に隣接し、テレビや漫画、ゲームなどのインドアな…宇宙船の中でやることに内も外も
無いのだが、とにかくあまり活動的ではない種類の娯楽用品を数多く取り揃えるこの部屋で、
ビリー、エドワード、ロボの3人(?)は、それぞれが思い思いに過ごしていた。

 エドワード船長はソファに寝っ転がって漫画を読みふけり、その隣に腰掛ける目つきの悪い
男は険しい表情で鋭い眼光をさらに尖らせ、猫背をより一層前のめりにしながらまばたき一つ
せずテレビ画面を凝視し、コントローラーを握り締めた指先をせわしなく動かしていた。
 そしてロボはといえば、少し離れた場所からテレビ画面と2人との間で視線を往復し、その
様子を見守るように鎮座していた。
「ビリーさん、シューティングゲーム上手ですねぇ」
「………………」
「シューティングでカンストさせる人なんて初めて見ましたよ」
 カウンターストップ、略して『カンスト』。撃って避けてまた撃ってを繰り返してのスコア
稼ぎが身上であるところのシューティングゲームで、表示限界に達するのは並大抵ではない。
RPGのレベル上げとはワケが違うのだ。
「もう弾幕で背景が見えなくなってるじゃないですか」
 精密なコントローラーさばきでドット単位のわずかな隙間を掻い潜り、反撃する…ビリーは
その反復作業を、朝から10時間以上も続けていた。
「………………………………」
「いま何週目ですか?」
「…………………………………………………」
 ここで突然、ビリーの手が止まった。弾幕の中に取り残された自機は当然のように瞬殺され、
容赦無く映し出されるゲームオーバー画面を前に、ビリーは悔しがるどころか顔色一つ変えず、
足元にあったゲーム機に視線を落とし、おもむろに立ち上がった。ビリーは裸足だった。
「……ビリーさん?」
 グシャン!!
 ビリーは、足元にあったゲーム機を踏みつぶした。裸足の足で力一杯に、何度も、何度も。
やがて原型が分からなくなる頃には、突き刺さった破片でビリーの足と周辺の床は血まみれに
なっていたが、その間もビリーは不気味なほどに無表情であった。あまりに突然の出来事に、
エドワードは止める暇も無く、ソファから反射的に身を起こしたまま動けなくなっていた。
 そして当然と言うべきか、この状況で唯一冷静を保っていたのはロボだけだった。
「どうしたんですかビリーさん」
「…飽きた」
「岩手の隣ですか?」
「…秋田じゃねぇ」
「何かが来て驚きましたか?我々の方がびっくりですよ」
「あ、来た!でもねえ!!飽きたんだよ俺は!!!」
「…………………………」
 目つきの悪い男の魂の叫びが、静かな部屋の空気をビリビリ震わせた。
「ロボ…これってどういうことなの?」
「閉鎖された空間内で刺激の無い単調な毎日が何度も繰り返されたことにより、精神に変調を
きたしてしまった…厳密にはその一歩手前の状態と考えられます」
「…つまりどういうこと?」
「死にたくなるほどヒマをこじらせてしまったということです」
「…ひとの真剣な悩みを乱暴に解説してんじゃねえよ」

 星々を渡り歩くのも楽ではない。先人たちの遺産“ワープゲート”のネットワークによって、
数千光年の彼方にまで行けるようになったとはいえ、ゲート間の航行はいまだ光速の壁を破る
ことが出来ないまま、わずか秒速数千kmで何日も、ヘタをすれば年単位もの時間をかけて移動
しなければならず、必然的に彼らは、生活の大半を船の中で過ごすハメになっていた。
 シルバーアロー号には、時間の流れを遅くする“時空間制御装置(相対比1億分の1)”が
搭載されており、おかげで実際に歳を取ることは無いのだが、ビリーたちの主観的な時間は、
すでに100年以上が経過していたのだ。

 基本的にはつつがなく進行させるのが旅の本分であり、彼ら自身どこぞの宇宙海賊みたいに
冒険とスリルを積極的に求めていたわけでもないので、宇宙船生活は平穏そのものであったが、
しかしいかんせん、この永遠とも言える時間を過ごす仲間はたったの4人(?)しかおらず、
おまけに前回脳ミソ状態から復活させた新メンバーは毎日毎日寝てばっかりで、半分いないも
同然の扱い。無限に広がる宇宙の海で、あまりにもちっぽけな船の中に閉じ込められて過ごす、

単調で刺激の無い毎日は死ぬほど、いや、“死にたくなるほど”ヒマなのだ。


「そんなにヒマならアルルさんと一緒に冷凍睡眠(コールドスリープ)に入ったらどうです?
冬のナマズみたいに大人しくしていれば、100年や200年なんてすぐじゃないですか」
「あいつはただ普通に寝てるだけじゃねぇか」
「そうとも言いますね」
「死にたくなるほどヒマなのは分かったけど、これからどうするの?ゲーム機壊しちゃってさ。
僕だってまだ遊んでないのがいっぱいあったんだよ」
 ビリーのすぐ足元にしゃがみ込んだエドワードは、ビリーの血まみれの足を優しく、丁寧に
揉みほぐしていった。
「私が直しておきますよ、船長はビリーさんの足を治してあげて下さい。すぐに遊びたいなら、
船のコンピューターで動かせますよ。まぁ船内システム制御の片手間に動かすわけですから、
スペック全振りのゲーム機みたいなスムーズな動作は保証出来ませんけどね。一応ファミコン
程度なら余裕ですよ」
「ファミコンなら遊べるってさ、ビリー」
「そいつはよかったな。俺はもう飽きたんだよ」
「ボンバーマンやろうよ」
「半月ぶっ続けで対戦やったばっかりだろうが」
「テトリスは?」
「10000敗の連敗記録を塗り替えたいのか?」
「ロードランナーは?」
「一人用だろうが」
「じゃあ……」
「もういい、ほっといてくれ。俺は飽きたんだよ!」
 半ば自暴自棄でもっとメチャクチャに暴れまわってやりたい気分ではあったが、自分のすぐ
足元で心配そうに見上げる愛くるしい男の子の円らな瞳に見つめられると、さすがにこれ以上
ヤケを起こすのも、なんだか大人げない気がしていた。
 いわゆる『収容所の小さな貴婦人』は、ビリーの目の前にいたのだ。

「少しは落ち着いたようですね、さすがは船長です。とはいえそろそろ新たな暇つぶしを考え
ないといけないようですね。むしろよく100年も耐えられたものです」
「何かいい方法ないかな、ロボ」
「そこなんですがね。少し目先を変えてみてはどうでしょう?」

〈続く〉

 

目次に戻る←

 

↓『収容所の小さな貴婦人』の元ネタが載ってるそうです