銀河漂流劇場ビリーとエド 第3話『ぐるぐるデバッガーズ』・⑤ | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第3話 ①、 ②、 ③、 ④、 ⑥、 EX① EX②

 

 ビリーたちが作ったゲームの中に迷い込み、バグの原因となっていた謎の女性…ナビコさん
には、ゲームの中にいるという自覚がまるで無かった。
 何を聞いても同じことしか話さない。何をされても反応しない。決められた動作をひたすら
繰り返し、直角・直進で動く無言の村人たちに、一歩外を出れば容赦無く襲い掛かる怪物たち
…ゲームの中では当たり前のすべてが、ナビコさんには常軌を逸したものに見えていた。
 それはもはやゲーム慣れしていないどころか、ゲームを遊んでいる人間のものではなかった。

「このゲームの外から来たのは確かなんだろうが…いったい何者なんだ?」
「プレイヤーとかじゃなかったら、別のゲームから来たとか?」
「その可能性は無いでしょうね、船長。彼女が0と1のデータの塊なのは間違いありませんが、
作り物のゲームキャラが人間とここまで自然な会話が出来るとは考えにくい」
「でも、しゃべれるようにしたんでしょ?」
「私はただサウンドドライバをインストールしただけです。我々が使っているのと同じのをね。
言葉をひねり出しているのはあくまでナビコさん自身です。仮にナビコさんが女の子とお話が
出来るゲームだとしても、それはそれでここまで動き回れることの説明がつきません。お話を
するだけなら必要の無い機能ですからね」
「ゲームキャラとかじゃなかったら、人工知能とか?」
「その可能性も捨てきれませんが、人工知能の成長と学習に必要な情報は“外”にあるんです。
外界の影響もナシにここまで知能が発達するのはもちろん、その存在に気付かないというのも
妙な話です。…もしかしたら我々とは違う“外”から来たのかもしれません」
「ねぇナビコさんの正体とかはもういいからさぁ、これからどうするのよ」

「…そりゃ送り返すしかないだろう」
「だったら他のこと聞いた方がいいんじゃないの?」
 超能力少女の指摘を受けたビリーたち3人は、互いに顔を見合わせ頷いた。まさにアルルの
言う通り、ナビコさんの正体が何であれ、彼らのやるべきことに変わりは無かった。生きてる
かのような振る舞いを見せる背の高い女性に情が移り始めていたビリーたちは、ナビコさんを
単なるバグやエラーだとは思えなくなっていた。だからこそ正体が気になったわけなのだが、
危うく本来やるべきことを見失うところだった。
 

「それでさ、ナビコさん。元居た場所に送り返してあげたいんだけど、住所とか番地とか言わ
れても分かんないと思うし、ここに来る前のこととか覚えてないの?でないとあたしみたいに、
こんなトンチキな連中と一緒に過ごすハメになるけど、そんなのイヤでしょ?」
「お前は毎日寝てばっかりだろうが」
「いいえ、ちゃんと覚えてますよ。その日はhrcb5)!%で、gt>n"<3F#vokdiv`だったんですよ」
「…ごめん、ちょっと上手く聞き取れなかったんだけど、なんて言ったの?」
「ですから、hrcb5)!%で、gt>n"<3F#vokdiv`……?……あれ…?」
「聞き取れないっつーか…口動いてるよな。途切れたみたいに聞こえるぞ。どうなってんだ?」
「分かりません。なんていうか…こう…うまく…言葉が、出てこないんです。jtdn4;%)と…hr
n#$ckeb"fiが…~~…どうしてなんですか!?」
「なんでしゃべれてないのよ、ロボ」
「頭の中の情報がそもそも言語として取り出せる性質のものではないから、でしょうね。音楽
以外のデータが入ったディスクを普通の音楽プレイヤーで再生するのと同じですよ。とはいえ
このまま小田和正を続けても埒が明きません。断片的な情報でも構いませんからナビコさん、
どうにかひねり出してみて下さい!お願いします!!」
「…はぁ…」

 

 

 もちろんナビコさんはうれしくて言葉に出来ないわけではないのだが、ロボの言う通りこの
ままでは埒が明かない。言葉に出来ないものをどうにか説明してもらおうと、具体的で明瞭な
表現を放棄してもらったり絵を描いてもらったり、あるいはどこぞの前衛芸術を気取った劇団
みたいに全身の動きで表現してもらったりしながら、とにかく要領を得ないナビコさんの証言
から使えそうなモノを取りまとめていった。
 辛うじて拾い上げることが出来たのは“世界そのものにヒビが入り崩れ落ちていく現象”と、
“その脅威から逃げているうちに暗闇の中へと落ちていく感覚”なのだが、残念ながら意味を
読み解く前に、ロボのひと言で中断となってしまった。
「今すぐ船に戻りましょう。緊急事態です」
「…いきなりなんなんだよ」

 VRゲームで指摘される危険性の1つに“周りが見えない”というのがある。ビリーたちは
見えない以上に五感と意識のすべてをゲーム世界に預けてしまっているせいで、外界の様子が
全く分からない。だからいきなり緊急事態だなんだと言われてもピンとこないのは当然の話で、
ロボがいくら懐中電灯の目玉と口元の波形を真っ赤に光らせながら訴えても伝わないどころか、
物語進行の都合で言わされているようにさえ思えていた。
「…なんかそういう伏線とかあったか?鏡の中で急に“時間切れ”とか言われてるみたいだぞ」
「誰が『仮面ライダー龍騎』ですか。私はゲームの中と外を同時に見ているんです。ついでに
言えば香川県のトンデモ条例が適用されているのでもありません。というかそもそも緊急事態
なんだからしょうがないでしょう、ラブストーリーだって突然なんですからね。“空気”とか
“流れ”とかそんなものに配慮して言ったり言わなかったりじゃ意味が無いじゃないですか、
とにかく一度船に戻りますよ。生身の本体は医務室に寝かせてありますから、起きたらすぐに
艦橋(ブリッジ)に来て下さい。私はそこで待ってます。あぁそれとナビコさん」
「はい?」
「とりあえずナビコさんは…ここで待機して下さい。もしかしたら別の場所に避難してもらう
かもしれません。その際なんだか見えない力で動かされるような感覚があるかもしれませんが、
くれぐれも慌てず騒がず、落ち着いて、その力に逆らわないで下さい。いいですね」
「…はぁ…」
 ナビコさんはもちろん、誰が聞いてもチンプンカンプンなロボの話を翻訳してみるとつまり
『外部ストレージにクリック&ドラッグでデータ(ナビコさん)を移す』ということになるの
だが、それを自身の五感で体験する現実の現象として説明しようとするからややこしくなって
しまうのである。この時点でロボは、ナビコさんが0と1のデータそのものだということに、
うっすらと気付き始めていた。

 ゲームの中から舞台変わって、ここは宇宙船シルバーアロー号の医務室。
 ベッドで頭に鍋みたいなのをかぶりながら眠っていたビリーたち3人が、悪夢から目覚める
ような勢いで跳び起きると、けたたましい警報と真っ赤な警告灯の点滅が彼らを出迎えた。
「…緊急事態ってのはマジみたいだな」
「外が黄色で、中は赤、だっけ?」
「…眠い…」
「…まだ寝足りないのかよお前は」
 ゲーム世界の散策から一転、眠くてそれどころじゃないアルルを除けば、突然降って湧いた
ように起きた緊急事態に、ビリーたちは戸惑いを隠せなかった。直前にロボからの指示を受け
取っていなければ、軽くパニクっていたところだろう。
 とはいえ状況がイマイチ飲み込めていないことには変わり無いが、とりあえず言われていた
通りに艦橋へ向かうと、現場では何故だかゲーム大会が始まっていた。

〈続く〉

 

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