銀河漂流劇場ビリーとエド 第3話『ぐるぐるデバッガーズ』・EX① | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第3話 ①、 ②、 ③、 ④、 ⑤、 ⑥、 EX②

 

 いつかの未来、どこかの宇宙。この物語がフィクションなのは言うまでもない。

 シルバーアロー号の仲間たちは、再びゲームの中にいた。しかも今度はドット絵ではなく、
最新のCG技術でデザインされた3Dモデルとしての登場である。

 そして彼らが一体ゲームの中で何をしているのかと言えば、プレイヤーへの妨害行為である。
ビリーが巨大な岩壁に空いた洞穴…ダンジョンの入り口に左官のコテのようなものをあてがう
と、その部分に岩壁と同じ模様が次々と貼り付けられていった。やがて端から端までを完全に
ふさぎ終わると、ダンジョンの入り口は岩壁と完全に一体化して見えなくなっていた。

「よし、ポリゴンとテクスチャの貼り付けはこれで完了だな。あとは…」
 ビリーが辺りを見回すと、少し離れた場所で円形に光を放つ小さな図形をスコップのような
もので掘り返す小さな男の子…エドワード船長の姿を発見した。
「…セーブポイントの撤去もそろそろか。中ではどうなってるんだ?」
「もう終わりましたよ、ビリーさん」
 ダンジョンの入り口があった場所の岩壁を見つめるビリーの目の前に、UFOキャッチャー
のような腕が、中からニュッと飛び出してきた。やがて間もなく壁の中から古臭いデザインの
ロボットの全身が姿を現すと、それに続いて10歳くらいの女の子と、最後に背の高い女性…
ロボとアルルと、ナビコさんがダンジョンから戻って来た。

 最新なだけあって黎明期の頃によく見られたような、疲れているわけでもないのに肩で息を
するわざとらしい上下動も無く、それどころかマンガっぽくデフォルメされた2次元キャラで
さえも3D空間の中で違和感無く動かせるほどの発展と進歩は、西暦2000年代以降の映像
作品の時点でその成果を確認出来る通りではあるのだが、それでもやはり自分ソックリな3D
キャラを、画面越しにではなく自らの五感でもって動かすもう1人の自分として見てしまった
なら話は別で、お互い相手の顔を見る度に、あるいは自分の手足といった体の一部を見る度に
湧き上がる“不気味の谷”を覗き込んだような言いようの無い嫌悪感は、西暦2000年代を
はるかに超えた未来の技術があっても、完全に払拭するまでには到らなかった。

 しかも必要無いから“付いていない”となれば、男にとっては非常に納まりの悪い話である。
というか“何も無い”のだから、これに限って言えば男女による差異は無いものと思われる。
結局この状況に完全に馴染んでいるのは最初から作り物のロボと、ナビコさんだけなのだが、
ロボはともかく見た目は人間と同じはずのナビコさんまでもが、ドット絵から3Dモデルへと
描写の変化した自分自身をスンナリと受け入れ、しかも他人の目から見てもそれが当たり前の
ように見えてしまうのは、ナビコさんがデジタル世界の“中”の住人であることの、何よりの
証左と言えるのかもしれない。

「残っていたプレイヤーは全員排除しました。ついでにIDもBAN(禁止)しておきました
から、当面は戻ってこれないはずです」
「こっちはあらかた完了だ。あとはこの壁を通過出来ないように当たり判定を設定し直せば、
このダンジョンには誰も入れなくなるわけか、とりあえず」
「ついでに内壁と、通路部分のデータも崩してしまいましょう。このまま入り口をふさぐだけ
では、カメラの視点切り替えで奥に続いているのがバレてしまいます。その場しのぎとはいえ
少しでも長続き出来れば、それに越したことはありませんからね」
「いい加減もっと有効な手段を考えねーとな」

 生命の在(あ)り方は、決して一様ではない。シルバーアロー号の仲間たちは、ナビコさん
との出会いによって、ナビコさんもまた彼らと出会うことによって、自分たちとは構成要素の
異なる生命と、知性があることに気が付いた。

 0と1で構成された世界…人間の目に“それらしく”見せているに過ぎないデジタル空間に
五感と意識のすべてを傾けることで、0と1のデータの塊は背の高い人間の女性として、その
存在を認識するに到った。しかもそれは言葉を操り、自ら『ナビコ』と名乗り、まるで生きて
いるかのような言動には、作り物としての、文字通りの意味での作為的な不自然さが全く感じ
られないどころか、いわゆる普通の人間たちと同じように生物的な意味で自分が“生きている”
ということを当たり前のように考え、改めてそれを指摘されることに戸惑うほどであった。

 まるで生きているかのようなナビコさんの知性は、迷い込んだゲームの世界をフィクション
ではなく現実と地続きのものとして捉え、実地で体験する異様な世界が、作り物であることを
疑えなかった。ナビコさんの知性の発達と発生は、0と1のデジタル空間の中だけで完結して
いた。それは決して“誰かの作り物”なんかでは有り得ない…シルバーアロー号の仲間たちに
とって、ナビコさんはまさに“生きている”としか言いようの無い存在であり、それはまさに
『デジタル生命体』と呼ぶ以外に表現のしようが無く、やがてそれを擁するもう1つの現実に
思い至るまでには、さほど時間はかからなかった。

 デジタル空間の中で出会ってしまったもう1つの生命、気が付いてしまったもう1つの現実、
デジタルデバイスを介してつながってしまった2つの世界…その出会いは、少なくともナビコ
さんにとっては、この上ない悲劇をもたらす結果となってしまった。

 コンピューターウイルスによるデータ破壊の衝撃は、ナビコさんを別のデジタル空間へ押し
やり、元居た世界を跡形も無く消し去った。インターネットのようなデジタル通信網は未来の
宇宙時代においてもなお存続し、蔓延するコンピューターウイルスの脅威は、0と1の世界を
蝕み続けていたのだ。ナビコさん以外の生存者の有無や、その行方は杳(よう)として知れず、
彼女は事実上、唯一の生存者と言ってもいい存在だった。

 何もかもを失い、期せずして自分たちと同じような境遇に陥ってしまったことに少なからず
同情し始めていたシルバーアロー号の仲間たちは、ナビコさんを新たな仲間として迎え入れる
ことにしたのだが、彼女の意思は平穏な漂流生活ではなく、別の方を向いていた。

 これ以上、自分のような被害者を出したくない。
 ナビコさんは、0と1の世界を守るために戦うことを決意した。

 自分1人だけが助けられ、生き延びてしまったことを思えば、それはむしろ必然とも言える
決断だったのかもしれない。助けられた幸運を甘受することへの後ろめたさから変じた、ある
種の悲壮な使命感に突き動かされるのを目の当たりにしながら、それを黙って見ていることも
出来なかった。こうして4人(?)だけの義勇軍と共に始まったナビコさんの戦いが、単なる
ワクチンソフトやインターネットセキュリティの無料版で終わるはずもなく、ほんの少しだけ
ややこしい方向に進み始めていた。

 シルバーアロー号の仲間たちが現在いるのは、彼らが自分たちで作ったゲームの中ではない。
ここは彼ら以外の手によって“ゲームに仕立て上げられた”、もう1つのデジタル世界だった。

〈続く〉

 

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