銀河漂流劇場ビリーとエド 第3話『ぐるぐるデバッガーズ』・EX②(終) | せいぜいひまつぶしの小話

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5年目から創作系ブログとして新装開店しました。
色々と思うところ書いてます。講談社への抗議不買は一生続けます。
2022年12月からは小学館もリストに加わりました。
「人を選ぶ」とはつまり「自分は選ばれた」ということです。

登場人物

 

第3話 ①、 ②、 ③、 ④、 ⑤、 ⑥、 EX① 

 

 欲望の赴くままに繰り広げられる、操り人形たちの無慈悲な破壊と殺戮の遊戯…狂宴の生贄
にされたデジタル世界の住人たちには逃げることも死ぬことも許されず、書き換えられた本能
(プログラム)のままに動かされ、操られ、殺され続ける…人間の知性と意思にとってそれが、
自らの身に降りかかる現実そのものだとしたら?

 それが“遊ぶのに飽きるまで”繰り返されるとしたら?
 それが誰かの手によって“仕組まれた”ゲームだったとしたら?

 0と1のデジタル空間の中に息づくもう1つの生命、もう1つの現実…ただ“それらしく”
見えている中には、人間たちのそれと何ら変わりの無いものが存在する…デジタルデバイスを
介してつながってしまった異世界に気が付いたとき、人は“それ”と如何にして向き合うか…
およそ考え得る限りで最も残酷な回答が、そこにあった。

「…我々がこうして“神への反逆”を始めてから、どれくらい経ちましたかね。ビリーさん」
「ゲームの中を何度も行ったり来たりしてるからな。おまけに外を見ても宇宙空間じゃあ昼も
夜も関係ねーとくれば、時間の感覚はもう完全にぶっ壊れてンだろうな」
「眠いのかどうかも分からないよね、半分寝ながらやってるから」
「…眠い…」
「…何事にも例外はあるもんだ」

 ナビコさんと4人(?)の義勇軍の戦いは、ワクチンソフトやインターネットセキュリティ
の無料版みたいな活動から、ゲームに“仕立て上げられた”デジタル世界を解放するための神
(クリエイター)への反逆と、ほんの少しだけややこしい方向に進み始め、そしてやはり当然
と言えば当然と言うべきか、ややこしい方向に進み始めたものがそう簡単に解決出来るはずも
無く、戦況は何の進展も見せないまま膠着状態に陥っていた。

 生身の体に悪影響が出るということで、2日ぶりでの帰還を余儀なくされたシルバーアロー
号の面々…ビリー、アルル、エドワード船長の3人は、医務室のベッドで上半身だけ起こした
姿勢のまま、まるで大作ゲームのプレイ途中で親から「ゲーム禁止」を言い渡された受験生の
ような煮え切らない気持ちを引きずった辛気臭い寝ぼけ眼で、互いの顔を見合わせた。

「これで受験に落ちたら目も当てられませんね」
「だからゲームばっかやるようになるんだろう?戻って来てすぐで悪いが反省会といこうか。
ナビコさん聞こえてるか?」
『はい、ばっちり聞こえてますよ』
 上目遣いで辺りを見回しながら呼びかけるビリーの声に、船内放送用のスピーカーが応えた。
デジタル世界の生命体であるところのナビコさんは、文字通りの意味で住む世界が違うために、
ゲームの外では、その姿を見ることが出来ない。結局どこまでいっても0と1の世界に対する
人間の認識は、ただ“それらしく”“見えるように”しているだけのものでしかなく、ナビコ
さんは船内設備に取り憑くポルターガイストのような扱いだった。

「果たしてこんな調子でナビコさんの出番はこれからちゃんと用意出来るんでしょうかね」
『え?』
「こっちの話です。やはりゲーム環境を破壊するだけの妨害行為でプレイヤーを追い出すのは、
限界がありましたね。かといってプレイヤー相手に正面切って全面戦争を仕掛けるには、5人
だけではどう考えても頭数が足りません。使用キャラにどんな改造を施してもね」
「多人数参加型のオンラインゲームだからな。何やっても運営が四六時中見張ってるからすぐ
対策されちまう。ブッ壊したばかりのダンジョンが復元されるのも時間の問題だろうな」
「ロボの方はどうだったの?ゲームの外でも同時に色々やってたんでしょ?」
『?何かやってたんですか?』
「まぁいわゆる啓蒙活動と言いますか…デジタル生命体の存在を訴えることで良心に目覚めて
くれるわずかな可能性に賭けてみたわけですな」
「具体的に何をやったんだ?」
「ユーザーサポートに電話してみました」
「…失敗したんだな」
「最後の方は相談員のお姉さんが涙声になってましたね。24時間サポートを謳っていながら
10時間かそこらで根を上げてしまうなんて、情けない話です」
『…24時間の意味が違うと思うんですけど』
「ですがどのみち話したところで無駄だったでしょうね。デジタル生命体の存在を信じようが
信じまいが、労せずして手に入れた金のなる木を自分から手放したりはしないでしょう。幽霊
相手に遠慮して商売なんかやっていられませんよ」

『…………………』
「落ち込むのはまだ早いぞ、ナビコさん。顔は見えないけどな」
『…何か他に手があるんですか?』
「手段を選ばなければ色々とやりようはありますよ。上手くいかないことが分かっただけでも、
それなりに収穫はありました。ここは心機一転、頭を切り替えて次の作戦に移りましょう」
「そーいうこった。何をやるのかは知らねーが何か思い付いたみたいだな」
「はい。今までのことで分かったのは、ゲームの中でどれだけ暴れ回っても所詮はすぐに対策
出来るようなちっぽけなバグやエラーでしかない、ということです」
「つまりどういうこと?」
「中がダメなら外からですよ、船長。しかも敵は基本無料の課金制…ここに突破口があります」

 場面変わってここは、とある星系のラグランジュ地点…惑星同士の引力がとてもいい感じに
釣り合って安定している場所…に浮かぶ人工コロニー。メタリックブルーを基調とした流線型
のデザインに、半分だけが無地の銀白色で塗られたツートンカラーの体表と、真ん中で一列に

並んだ斑点模様は、さながら宇宙の海を漂う青魚のようでもあった。

「ここは丸ごと例のゲームのメインサーバー…プレイヤー側からの入力操作を受けて情報処理
を実際に行う…まぁ“親”みたいなものですね。それが設置されています」
「だから鯖(サバ)みたいなデザインなのかな」
「鯖だからサーバーってか。なんにせよ警備が手薄で助かったな」
「金目のものが置いてあるわけじゃありませんからね。メンテナンスと警備が合わせてほんの
数十人、最低限の人員しか常駐していなければ制圧は簡単です。そこにアルルさんの超能力が
加われば、奇襲と潜入はお手のものというわけですな」
「監視カメラの方はどうだ?」
「ナビコさんが細工してます。そろそろ行動に移りませんか?奇襲は迅速が基本ですからね」
「そうだな。だが最後にどうしても聞いておきたいことがある」
「?何ですか?」
「なんでお前がガスマスクなんかしてるんだ?」
「…いいじゃないですか余ってるんだから」

 超能力少女アルルの瞬間移動でコロニー内部へと潜入し、空調を乗っ取って催眠ガスを流し
込み、制圧する奇襲作戦の第1段階は見事に成功した。あとは第2段階での工作の証拠さえ残
さなければ完璧なのだが、催眠ガスが充満するコロニー内部でガスマスクの装着が必要なのは
あくまで人間にとっての話であり、能力を使ったばかりで眠り込んでる超能力少女はともかく、
船長を差し置いてガスマスクを装着するポンコツロボットの行動原理が、ビリーには全く理解
出来なかった。
「僕にはガスなんて効かないから大丈夫だよ」
「だから私が代わりにしてるんじゃないですか」
「代わりってなんなんだよ」
「でも僕はアリだと思うよ、なんかダースベイダーみたいだし」
「…ダースベイダーね…」
 卵型のずんぐり体型に無理矢理装着したガスマスクは、目も口もマスクから完全にはみ出し
ている…なんとも間抜けな暗黒卿がいたものである。
「とにかく、いい加減脱線しているヒマはありませんよ。第3話もこれで最後なんですからね。
さっきも言ったように奇襲は…」
「迅速が基本だろう?それは分かってるが次は何をやるんだ?」
「メインサーバーにナビコさんを送り込みます。課金とガチャを徹底的に邪魔してやるんです。
“流れ”を止めるだけですからね、プレイヤーを1匹ずつ仕留めていくよりずっと楽です」
「…なるほどね」

 基本無料の課金制は“札束で殴り合う”と揶揄(やゆ)されるように、プレイヤーがカネを
つぎ込めばつぎ込むほどゲームを有利に進められる仕組みとなっている。現実のカネを使って
引換券のようなものを購入し、それを様々なアイテムと交換する…その交換の過程に“ガチャ”
と呼ばれるギャンブル要素が入っているものは、およそあらゆる賭け事の例に漏れず依存性が
極めて高く、中には信じられないほどの金額を突っ込んで身を持ち崩す人間が、実際に何人も
いたりするのだ。

 たかがゲームに何十万何百万も散財して何が楽しいのかと常人なら首を傾げるところだが、
ギャンブル狂は病気なのだから常人の思考で理解出来ないのは当然で、それはまぁともかくと
して、とにかくギャンブルに対する執着は、それを成立させるのに必要不可欠な“公平さ”に
おいても発揮される。要するに彼らは“イカサマ”を嫌うのだ。

 厳密には『“イカサマ”に気付く』のを嫌うのであって、自分がイイ気分でさえいられれば、
実際にやっているかどうかは別問題なのだが、それでも自分の突っ込んだカネがゲームに全く
反映されないとなれば、細工されていることにイヤでも気付かされることになる。

 ゲーム内の不具合であればすぐに対策出来るが、課金が反映されないとなると、また事情は
違ってくる。何かを買うときは多くの場合、生産者からではなく“商店”を通じてするように、
ゲームの購入にも、その仲介を行うための専用の“置き場(プラットフォーム)”が存在し、
ゲームの開発会社は、プラットフォーム管理者に売り上げの一部を手数料として支払っている。
要するに縄張りで仕事をさせてもらうために必要なみかじめ料と同じシステムであり、ヤクザ
との違いは、管理者としての仕事を、真っ当な倫理観と遵法精神に基づいて全う出来ているか
どうかということだけだろう。

 課金が反映されないとなると、中には返金を要求する者が現れてもおかしくはないのだが、
万が一そうなった場合、開発会社にとっては手数料の分だけ丸損ということになる。ゲームの
不具合はあくまでゲーム自体の問題であり、縄張りの管理者には無関係のもの、というわけだ。

 そうなると、開発会社の体力と経営者の良心・良識次第ではあるが、返金に応じるわけには
いかなくなってくるので、同額の引換券の配布でお茶を濁すのが通例である。

 もし高額の課金がまったく反映されないとしたら?
 ギャンブル要素のイカサマに気付いてしまったとしたら?
 開発がその問題に全く対処出来ないとしたら?

 課金が反映されない不具合、イカサマの発覚…その噂は満足な対応をしてくれない開発会社
への不満・不信と共にあっという間に拡散し、大量の客離れを引き起こした結果、ナビコさん
たちの工作からわずか1年でサービス終了となった。

 西暦2020年の頃にも小規模であるが実際に似たような事件があり、今度もその再来だと

思われているが、その陰に暗躍する者たちがいたことは、誰も知らない。

 デジタル世界にダークヒーローが誕生した瞬間である。

〈第3話 終わり〉

 

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