mizusumashi-tei みずすまし亭通信

戦前昭和の女性

 

中野実『恋愛百貨店(1951)東方社』初出はどうやら戦前昭和13年以前のよう。零落した男爵令嬢姉妹の恋模様を扱っていて、内容からしても戦後作品とは思えない。ただ、出版に際しページの不足を補うために、戦後発表の短編が3編追加されている。

 

その短編は、神州日本の敗戦を信じる信じないでブラジル移民間の対立が激しくなり、両者の間でロミオとジュリエットみたく恋愛する男女の話であったり、ようやく復員したら自宅には他人が住み居座っていて困却するも、それが縁で結婚相手にめぐり合うといった戦後のモチーフを扱う。

 

中野実 恋愛百貨店(1951)東方社

 

(鞠子の姉)百合子と外務省勤務の許嫁との間が疎遠になりかかっているのを心配して、鞠子が姉に意見をするシーン。

 

「女の結婚恐慌時代。ちょうど今の結婚はデパートの見切り品売場みたいなものだわ。鵜の目鷹の目で、結婚の相手の掘り出し物を探しているのよ。中には買いもしないくせに欲の深いお客さんが二反も三反も掘り出し物を抱えてはなさない人がいるのよ。ほんとに愚図々々してたら取られちゃうわよ」(恋愛百貨店 p.10)

 

若い男性は戦争に取られ相手探しもままならない時代『恋愛百貨店』ヒロイン南小路鞠子は持ち前の明るさで対処するのだが。

 

田中比左良 表紙絵

 

表紙絵は田中比左良で、戦前戦後を通して中野実とは黄金コンビを組んだ。ジャケ買いした本で内容はたわいのないライトノベルだが、風俗作品として読めばそれなりに愉しめる。

柄本佑

 

梶よう子『噂を売る男—藤岡屋由蔵(2021)PHP研究所』。設定は江戸末期、辻売りの古本屋由蔵はうわさ風聞の類の真偽を明らかにし書面に書き残し、時にその情報を売って生業とする。「文春」並のかわら版と違って確度の高い情報は、武家のお留守居役や八丁堀の役人などに重宝がられる。

 

かつて、由蔵はそうした噂によって「うそつき由蔵」と囃したてられ、国を捨て江戸にでてきた暗い過去をひきずる。苦労を重ね徐々に情報屋として頭角を現してきた由蔵だったが、ご禁制の日本地図が海外に持ちだされるという幕末の大騒動「シーボルト事件」に巻き込まれると自身の身辺に飛び火して。

 

梶よう子:噂を売る男—藤岡屋由蔵(2021)PHP研究所

秦新二:文政十一年のスパイ合戦(1992)文芸春秋社 

 

梶よう子『広重ぶるう』の余韻をひきずって読んでみたが、屈託を感じさせる主人公によるハードボイルドな仕上がりで、藤沢周平の『彫師伊之助捕物覚え』を連想する。

 

また「シーボルト事件」といえは、間宮林蔵隠密説などいろいろと謎が残る事件で、秦新二のノンフィクション『文政十一年のスパイ合戦(1992)文芸春秋社』のように、シーボルト無罪説を説くものもある。秦新二版は当時かなり話題になった。改めて、梶よう子版と読み比べてもおもしろい。

KINGDAM 長澤まさみ

 

映画『KINGDAM 4』封切にあわせて、これまでの全3作が地上波放送され、なんとしても〝山界の死王〟楊端和役の長澤まさみが美しい。とにかく最近の彼女は何をやらせてもうまい。ということで、未見だった19歳の長澤まさみが主演したドラマ『セーラー服と機関銃(2006)TBS』を拝見したところ、当然ながらこれがまったきアイドル仕様。

 

ツッコミ満載の脚本に加え主役星泉役のまさみちゃんは、どーみても演技以前といった状態で。にもかかわらず、アイドルがゴロッと提示される生々しさは(20年ほども前のドラマは、いまさらに)恥ずかしく思われ、アイドルドラマはそーしたものかと納得しつつも、恐るべき破壊力でありまする。

 

 

 

はしなくも、ヤクザ目高組の組長になってしまった高校生長澤まさみは、悪徳ヤクザに捕まりクレーンに吊るされ水没折檻。あげく(家族ともいえる)組員が次々に殺されて涙する。ただ、一緒にもらい泣きする爺さんの図というのは、いかがなものかと思うのでありますが、泣きおりました。ははは… キモっ?

地上波で再放送された梶よう子原作『広重ぶるう』の原作本を読んだところ、ドラマでは原作の半分ほど『東海道五十三次』で世にでるまでのお話。広重(阿部サダヲ)と妻の加代(優香)との夫婦愛の比重が高くなっているが、原作では美人画中心の錦絵に対して、広重の名所絵は北斎の『富嶽三十六景』とは違った「真景」としての風景画を確立していくさまが描かれる。

 

武家あがりの安藤広重は、遺された彼の肖像画や作品から、どちらかといえば温厚な性格との印象を受けるが、本著では定火消同心にして、町火消の荒くれ(臥煙)とも付き合うことから、鉄火伝法な一面が描かれる。

 

梶よう子:広重ぶるう(2022)新潮社

 

大庭柯公おおばかこう江戸団扇(1986)中公文庫』の団扇絵表紙を載せたのは『広重ぶるう』後半部、安政の大地震によって倒壊した江戸復興を願って、歌川豊国と広重合作で描かれる『雙筆五十三次』や、広重の『名所江戸百景』などが本著後半のテーマになっている。大地震からの復興祈願図なのである。

 

梶よう子作品は読むのは初めて。ライトノベル系の作家かなと思っていたが違いましたね。横判の『東海道五十三次』から縦判に変えて描かれた『名所江戸百景』の意味合いなど興味深い。ちょっと、小林清親を描いた杉本章子『東京新大橋雨中図(1988)新人物往来社』を想起する。

明治時代の写真から

 

ちょっと前に、岡本綺堂の随筆『思い出草(1937)相模書房』を買ってしまい「あちゃー」そーいえば、手元に岩波文庫版の『岡本綺堂随筆集』があったよなぁ。だったのだが、特に興味深い盧溝橋事件(1937.07)後に発表した戦時もの『非常時夜話』3篇を含む全体の4分の3ほどが文庫版に未収録で。


といっても『非常時夜話』の内容は日清戦争の思い出を語ったもので、本来であればこの盧溝橋事件をもって「大東亜戦争勃発」という節目のはず。にしては、きわめてのんびりとした内容で逆に驚かされる。

 

岡本綺堂の随筆:思い出草(1937)相模書房

 

綺堂は明治20年代半ば3年ほど銀座京橋区に住んでいた。銀座の大通りも7月、8月、冬の12月は夜店が立ち混雑したが、その月以外夜歩きは寂寥として、その暗いなかに鉄道馬車の音が響くだけ。その当時、東京の空にはトンビがトロトロと飛んでいたが、昭和に入るとほとんどみかけない。そういえば鶴も。

 

新装カバーを

 

こういった明治時代の思い出を詰め込んだ随筆は、とりわけ根をつめて読む必要もないから、寝しなに2〜3編読んでは「戦前の東京ではすでにトンビは絶滅危惧種だったか」などと思いつつ、今の時代こんなどーでもいい内容の随筆は、はたして出版してもらえるのか? などと心配しながら寝落ちする。

 

本書は「特織染布装」の上製本仕様。ただ、函欠ということで安価に惹かれてつい買った。当時の売価が2円。ということは白米が8kg弱買える見当になる。