小林清親。東京新大橋雨中図 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

小林清親

 

東京で画学生していたころ、バイト先が渋谷だったこともあり上野界隈はよく徘徊した。ある日、暑気あたりか(単に歩き疲れただけだったか)キンキンに冷え切った国立博物館の常設展に涼を求めて入館したところ、薄暗く人気ない展示室に小林清親の光線画木版画が掛かっていて、その前でしばし動けなくなった。

 

画集で見知った作品で、その時はアマチュアっぽい感じがしてたいして気にも留めなかったが、実物の版画は思っていたよりも大判で迫力があった。加えて展示室が薄暗かったせいで、より深みが増した(重ね摺りされた)闇の描写に圧倒されたのでした。 …なるほど、これが小林清親かぁ

 

杉本章子:東京新大橋雨中図(1988)新人物往来社

 

小林清親は下級の幕臣として15歳で家督を継ぐと、第二次長州征伐や鳥羽伏見の戦いに参軍、敗戦後は徳川家を慕って静岡に下るも暮らしがたたず東京に舞い戻る。絵師としてのデビューは明治10年ころ齢すでに30歳。独特の陰影とコントラストを特徴とする光線画で評判を得る。

 

しかし、明治20年頃になると木版錦絵は機動力を誇る石版画に押されるように退潮へ向かう。尻つぼみの清親は名所・風俗画から火事場などを描く報道錦絵へ、ついには出版業界へ転じポンチ絵に才覚を顕すと時代の波乗りは続く。杉本章子『東京新大橋雨中図』では、清親の半生から四景を切り取って物語る。

 

片口に間酒を

 

古書店100円棚で『東京新大橋雨中図』を見つけたので20年ぶりくらいに読み返した。幕末から維新後の激動の時代を背景に、新しい時代の絵画への苦心、河鍋暁斎や月岡芳年との交流。そして大男で一見サエない清親の不器用な恋や、見合いでようやく得た妻との確執と離婚、そして新たな恋模様が描かれる。

 

清親がそれらしく活き活きと肉付けされていて一気読みできる。傑作だと思いますね。本作は第100回(1988年)の直木賞を受賞している。