「舞い踊りましょう 舞い踊りましょう

 夢を見ただけ そう それだけ」






「白」は、彼らBUCK-TICKにとって「死」を意味すると、
ずっと感じていた。

なんとなく、それを、証明されたかのような楽曲であった。

BUCK-TICKにとって「黒」=“闇”こそが、生きること、苦悩、憎悪、愛情を表現する色だと、
そう、勝手に思い込んできた。

そして「赤」は、勿論、“血”、欲望、情熱、衝動だ。

「白」は、KISSと同義だ。

別れ、死、・・・。


そんな哲学を植えつけられて「Snow white」の「雪の“白”」。
こんな儚げな楽曲のタイトルは、今だかつて存在しなかったかも知れない。

僕の中では、この楽曲はちっとも「白い雪」の幻想などには感じられず、
「雪の白」であり、終焉の色を表すように、どこまでもリアルに物悲しく響いた。

ストレートなロックを標榜する『天使のリボルバー』をある意味で忠実に形容している。
ストレート過ぎるメッセージである。

イメージされる世界観は、アルバム『悪の華』のフィナーレを飾り、
初期BUCK-TICKライヴの集大成のヴィジュアル・コンサート【Climax Together】の最期を飾った、
「KISS ME GOOD-BYE」だ。

凍える唇に、最期のくちずけを交わし、死に逝く愛する者を見送る楽曲。

「あふれる瞳閉じたまま 冷たく濡れた唇に
 Kiss me good-bye これで終わりと Make me cry」

この後、真っ白な雪が降り積もり二人を白く染めてしまう。

そんな世界観が甦って来た。

「悲しい予感知りながら 白く浮かんだ首筋に
 Kiss me good-bye 切なく抱いて Make me cry」

今夜砂漠に、雪が舞い散る。
何処から来たか知らずに。
白夜の空を、我、死装束の魂よ。



そして、かつて同じ星野英彦作曲の「Brilliant」で、櫻井敦司が唄った、

「汚れなき寝顔 君は天使 独りきり生まれ走り過ぎた
 夢を見た 確か...この世は夢
 君の星が たった一瞬 輝く 輝く...」

そう、この世は夢の如く、そして死して夢から覚めるのか?

そんなことが、頭に過ぎる・・・。
そんな櫻井/星野のストレートなロッカ・バラッドが「Snow white」だ、と言えよう。





「こういうタイプだと、(デジタルの音を)貼り付けちゃったりするより、
弾いちゃったほうが早いんですよ。
そのほうがノリもいいし。
なまじっかドラムとか生のところを出してるんで、
そこに貼り付けたりすると、ノリがすごい気持ち悪いことになっちゃうんです」

とアルバムのメイン・コンセプトをコントロールする総監督:今井寿がコメントする通り、
岡村美央のバイオリンを挿入して、アルバム『天使のリボルバー』の10曲目に収録された
「Snow white」は、このアルバムのクライマックスを演出していると言えるし、
ストレートなコンセプトに合致した名作だ。

しかし、あまりに哀しすぎるシュチュエーションに、誰もが目を逸らしてしまいそうになる。
ストレートな事はやはり、強烈過ぎるという特質を持つのであろう。

「月に抱かれ もう このまま
 全て消えてしまえばいい・・・・・・」

と「KISS ME GOOD-BYE」に唄われているように、
“絶望”の喪失感は、白い色に包まれていくようにすべてを消してしまうのだ。
決して暗闇が、包み込むのではない。
闇を包むのは、残された者のほうだ。
死は白だ。真っ白だ。

それをこの楽曲では、

「零れ落ちる雨 雪に変わる頃」

と雨から雪の白に包み込まれて行く様子が描写されている。

しかし、唄い出しの歌詞

「ああ 夢見て 俺達は 愛し合うのさ
 ああ 目覚めて 俺達は 殺しあうのか」


とあるように、死んで眠って愛し合えるのなら、
生きて殺し合うような現実よりマシであるという節も見受けられる。
これは、逆説的に、生きているこの世が夢見る状態を表す、
パラドクス的な世界観の櫻井一流のストーリー展開とも取れる高等なフェイクだ。

この死を歓迎するようなフェイクは、死の“絶望”を耐え切れない人間に対する
ーハナムケーの言葉と言えるだろう。

「声はちぎれて風に舞う 泣きたいくらい幸せよ
Kiss me good-bye 最後の言葉 Make me cry」

と「KISS ME GOOD-BYE」で“幸せ”と発しているのに等しい。
言い換えれば、それほどの悲しみが胸を貫いている人間に対しての櫻井敦司の優しさかも知れない。








「雪は降る。あなたは来ない」


そう、櫻井敦司がつぶやいた。


「Snow white」

星野英彦のホワイト・バニー・フェルナンデスが白く浮かび上がり、
物悲しいメロディとともに櫻井敦司が唄い出す。
白い雪のような死の哀しみの真理である。

そして雪はしんしんと二人の上に降り積もる。
凍える指で、愛する人の頬に触れる。

よくこの可愛い頬にKISSした時の彼女の照れた笑顔が瞼に映る。
走馬灯のように、二人の想い出が駆け巡るシーンである。

寒さで感覚も麻痺してしまった指先よりも冷たい彼女の頬。
なぜが、その顔が俺には、笑っているように見える。
真っ白な笑顔だ。
「あなたに逢えてよかった」と言っているように聞こえる。

ここで、リフレインするのは、「RENDEZVOUS~ランデヴー~」である。
最期に、この人は愛しい相手に、「愛してる」と伝えられたのであろうか。
最期に何度でも、言いたい言葉だ。

「そう あなたに会えて良かったって
 心から ありがとう」

真っ白な世界に染まって逝く。
これは眠れる君の夢か?幻か?
でも、そもそも、この世は夢みたいなものだったね。
君は、いい夢を見れたのかな。
そして、向こう側で目覚めた時、君は、俺の事を憶えててくれるのかな?
そう質問しても君はもう、答えてくれないんだね。

気が付くと彼女の冷たい頬に、赤い紅が一筋。
真っ白な世界で、そこにだけ、真っ赤な一筋。
これは、俺の流した赤い雫、血の涙。

そうか。本当に哀しい時、赤い雫が零れるって、
そう、月へ逝った母親が、教えてくれたっけ。
涙が枯れてしまったら、聖母マリアが、変わりに泣いてくれるって教えてくれたっけ。
なぜ、愛しい人たちは、俺の前から消え去ってしまうのか。

そう想うと耐え切れなくなって冷たい君の身体をキツク抱き寄せる。

崩れてしまうほど、壊れてしまうほど強く抱きしめる。
いつでもここにいて、見つめていたいこの顔。


「抱き寄せたなら 息も出来ないほど
 重ねた唇 君の匂い」



冷たい身体に、君のぬくもりを感じる。
君の匂いを感じる。
この香りが、いつも俺を不安から救ってくれたね。
本当にありがとうね。

そう、これから冬が来る。
俺は独りで、春を迎えられるかな?
君のいないこの世の中に、いったい何の意味があるんだろう?
そして彼女の魂は、俺の隣に降立つ天使に導かれて飛び立つ。
飛び立つ二人は、星屑ランデヴー。

俺も言うよ

「たった一言 聞いてくれるかい
 そう あなたに会えた良かったって
 心から ありがとう

 もう一度ありがとう あなたを愛してる
 あなたにありがとう もう一度最後に」

そう言って、たった一筋、モノクロームの頬に紅差す。




「舞い踊りましょう 舞い踊りましょう
 春を待つには遠過ぎて」






彼女が死んでしまってもうこの世界に存在しないということはとても奇妙なことだった。
俺には、その事実がまだどうしても呑み込めなかった。
俺には、そんなこととても信じられなかった。
彼女が無に帰してしまったという事実に俺はどうしても順応できずにいた。
俺は、あまりにも鮮明に彼女を記憶しすぎていた。
そのあたたかみや息づかいや、その肌の感触を俺はまだ覚えていた。
それは、まるで5分前の出来事のようにはっきり思い出すことが出来た。
そして、となりに彼女がいて、手を伸ばせばその身体に触れることが出来るような気がした。
でも、彼女はそこにはいなかった。
彼女の魂は、もうこの世界のどこにも存在しないのだ。

俺はどうしても眠れない夜に彼女のいろんな姿を思い出した。
思い出さないわけにはいかなかった。
俺の中には彼女の思い出があまりにも数多くつまっていたし、
それらの思い出はほんの少しの隙間をもこじ開けて次から次へと外に飛び出そうとしていたからだ。
俺にはそれらの奔走を押しとどめることは出来なかった。

俺は彼女のあの雨の朝の光景を思い出した。
あの夜、俺のシャツを濡らした彼女の涙の感触を思い出した。
そうあの夜も雨が降っていた。
そして、その雨は真っ白な雪に変わっていった。
彼女はキャメルのオーバーコートを着て俺の隣りを歩いていた。
彼女はいつも髪どめをつけて、いつもそれを手で触っていた。
そして透き通った目でいつも俺の目をのぞきこんでいた。
青いガウンを着てソファーの上で膝を折りその上に顎をのせていた。

そんな風に彼女のイメージは満ち潮のように次から次へと俺に打ち寄せ、
俺の身体を奇妙な場所へと押し流していた。
その奇妙な場所で、俺は死者とともに生きた。
そこでは、彼女が生きていて、俺と語り合い、あるいは抱き合うことも出来た。
その場所では、死とは生を締めくくる決定的な要因ではなかった。
そこでは死とは生を構成する多くの要因のひとつでしかなかった。
彼女はそこで死を含んだまま生き続けた。
そして、彼女は俺にこう言った。

「大丈夫よ。それはただの死よ。気にしないで」と。

そんな場所では、俺は悲しみというものを感じなかった。
死は死であり、彼女は彼女だからだった。
「ほら、大丈夫よ。わたしは此処に居るでしょ」
と彼女は恥ずかしそうに笑いながら言った。
いつものちょっとした仕草が俺の心をなごませ、癒してくれた。
そして、俺はこう想った。
「これが、死というものなら、死も悪くないものだな」と。
「そうよ。死ぬのってそんなたいしたことじゃないのよ」
と彼女は言った。
「死なんてただの死なんだもの。それにわたしは、此処に居るとすごく楽なんだもの」
と彼女はそう語った。

しかし、やがて俺はは独り此処に残されていた。
俺は、無力で、どこにも行けず、哀しみが深い闇となって俺を包み込んだ。
そんな時、俺はよく独りで泣いた。
泣くというよりも、まるで汗みたいに涙がぽろぽろと勝手に零れ落ちた。

母親が死んだ時、俺はその死からひとつ学んだ。
あるいは、身に着けたように想っていた。それはこういうことだ。

「死は生の対極にあるのではなくて、我々の生のうちに潜んでいるのだ」

たしかにそれは真実であった。
我々が生きることによって同時に死を育んでいるのだ。
しかし、それは我々が学ばなくてはならない真理の一部でしかなかった。

彼女の死が教えてくれたのはこういうことであった。
どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒すことは出来ないのだ。
どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、
その哀しみを癒すことは出来ないのだ。
我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学び取るしかできないし、
そして、その学び取った何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対して何の役にも立たないのだ。



「舞い踊りましょう 舞い踊りましょう
 夢を見ただけ そう それだけ」




雪のように解けて消えてしまった君を想うかのような、
儚く切ない想いを描いた「雪の白」。


あまりにも、哀しすぎる白=「Snow white」。






真夜中、君は夢見て泣いている、とても長い長い哀しい夢を見た。





Snow white
 (作詞:櫻井敦司 / 作曲:星野英彦 / 編曲:BUCK-TICK)


ああ 夢見て 俺達は 愛し合うのさ
ああ 目覚めて 俺達は 殺しあうのか

さあ 眠って 俺達は 愛し合うのさ

零れ落ちる雨 雪に変わる頃
凍える指先 君の頬に

真っ白な世界 眠れる君の夢か幻
たった一筋 モノクロームの頬に紅差す

抱き寄せたなら 息も出来ないほど
重ねた唇 君の匂い

真っ白な世界 眠れる君の夢か幻
たった一筋 モノクロームの頬に紅差す

舞い踊りましょう 舞い踊りましょう
春を待つには遠過ぎて
舞い踊りましょう 舞い踊りましょう
夢を見ただけ そう それだけ


$【ROMANCE】