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朝日 新聞小説「ドリトル先生 ガラパゴスを救う」(9)
2/21(239)~3/15(256)
作:福岡伸一 絵:岩渕真理
超あらすじ
イギリスの鍾乳洞から水晶シップに乗って飛んで来た、コウモリのヨハネス。耐熱性のあるシップがあれば向こうに行ける事が分かり、ジョージがカメの墓場の甲羅を使う事を提案。
それに乗ってスタンピンズ、ポリネシア、ヨハネスとドリトル先生は鍾乳洞に戻る。
そして皆は、バドルビーのドリトル先生の自宅に戻った(完)
感想
気球による冒険辺りは、ガスの入手とか充填とか多少ツッコミどころはあったが何とか許容範囲。だが地球トンネルを自由落下で落ちてイギリスまで戻る話にはついて行けぬ・・・
長い航海を経てイギリスまで戻る行程に、作者が辟易としたのだろう。
「ドリトル先生航海記」を子供の頃読んだ世代だったら、大人が読んでも面白い読み物だっただろう(残念ながら私は読んでいなかった)
昨年の4月から始まり1年弱。有名な「ドリトル先生航海記」の前にどんな事があったかという視点で物語が進められた。
なおこの先もう少し「特別篇」としてドリトル先生の原点が語られる。
あらすじ
ヨハネスの冒険(239~256)
しばらくして、おじいさんのコウモリが言いました。この鍾乳洞にある水晶が役に立つ。こんな老人だから怖いものはない。
何か新しいチャレンジするのもいいだろう。驚く皆。
絵を描いた石を投げ込んでから、かれこれ数時間。
ドリトル先生と私はこれまでの経緯をノートに記録。
かすかな希望を持ってもう少しこの場に留まることにしました。
太陽が傾き、水平線に近づいた頃、海を見ていた私は遠くに何かが横切るのを見ました。
その軌跡はジグザグしています。それはコウモリでした。
まだそんな時間ではないのに。それにコウモリはあの穴から出て来たように見えました。そして近づいて来ます。挨拶をしたのはヨハネスというイギリス・ウエールズの鍾乳洞に住むコウモリ。
ここは本当にガラパゴスなのでしょうか?という問いに小躍りして喜ぶ先生は、ここがガラパゴス諸島のひとつナルボロー島である事、そして私やポリネシア、ジョージらを紹介。
眩しいというヨハネスを岩陰に導き、皆で彼の話を聞きます。
ドリトル先生からの石の絵手紙を理解した彼らはその内容を理解し、すぐ返信したのですが石は戻ってしまった。
それは私たちが予想したとおり。
これで彼らは自分たちの力で羽ばたけば、行けるところまで行ってから飛んで行き着くことが出来るだろうと考えたのです。
でもトンネルの中の高温が問題。そこで考えたのは、あの鍾乳洞にたくさんある水晶で小型シップを作ること。
話を続けるヨハネス。命がけの実験だがわしはもう老人。
誰かの役に立とうと志願した。ちょうどいい大きさの中空の水晶に身体を折り畳んで入り、穴を粘土で塞ぐ。
粘土を蹴破って脱出するのを何度か試し、本番です。ヨハネスは水をたっぷり飲んでからシップに乗り込み穴を塞いでもらいました。
そして希ガスの穴からの落下です。
シップは倒され、そのまま落下して行きます。谷底に落ちて行く感じ。
水晶ガラスを通して見える景色は高熱で次第に赤くなり、熱も伝わってきます。それを耐えるうちに船の加速が鈍り始めました。
いずれ止まると次は逆方向に引き戻されます。シップが止まりそうになった時に粘土のハッチを蹴破る体勢を取りました。
ハッチを蹴るとポロリと外れ、水晶シップから飛び出したわしはまず岩壁につかまり、息を整えてから上に向かって羽ばたきました。
休憩を繰り返しながら、10キロぐらいトンネルを上った時に明かりを見つけてなんとかここまで来ました。ドリトル先生と私は思わず拍手。
地球トンネルが地球を貫いていると話す先生。
トンネルを抜ける時間が40分ほどではなかった?と聞く先生にその通りと返すヨハネス。
むしろ水晶シップを出て自力で飛んだ時間の方が大変だったらしい。
この地球トンネルをもっと探検して解明できれば好きな所へ短時間で行ける。
しかしそのためには耐熱性、耐衝撃性に優れた乗り物が必要だ、と先生は言い、その実現にはまだまだ時間がかかりそうだと続けました。
聞いていたジョージは、それはさほど遠い未来の事ではないと言って先導を始めました。
翌朝早く出発し、山道を登り岩場を抜けます。
「もうすぐです」とジョージ。
目の前に大きなカルデラが現れました。
その中を覗き込むと無数の丸い甲羅が積み重なっています。
「私たちの墓場です」人生の終わりが近づいたカメだけが来るのです。
がらんどうだけの真っ白な甲羅。厳粛な気持ちになる、と先生。
下に降りて間近で見るカメの甲羅は思った以上に巨大でした。
そして甲羅は硬くて頑丈そう。ジョージは「お気に入りのものを選んでください」これが耐熱性のシップになると言います。
ガラパゴスにやって来た最初のカメがその実現性を証明しています。
ポリネシア、それからヨハネスは私の甲羅の隙間に入れます。
脚が出る穴は甲羅の破片を使って嵌め殺しにします。
更に出入り用のハッチ作り。
ゾウガメたちに助けられながら、甲羅のシャトルを希ガスの穴まで運びました。
ジョージ、ドリトル先生が互いに今までのことにお礼を言い合います。
生き物が生きるにはいつも積極的な主体性がある、と言う先生。
ガラパゴスを守ったのは君たちの力だと言う先生は、そのことをもっと分かり易く語る仕事をイギリスに戻ってやってみると言いました。
先生がジョージに今後の事を聞くと、生まれ育った一番北の小島 ピンタ島に戻って余生を過ごすと言いました。
先生に、トラブル対応のため待機しているから先に行きなさいと言われ、私は小さい方の甲羅に入りノート類を納め、ポリネシアとヨハネスを乗せました。
私たちは乗り込んだあと内側から穴を埋め、準備が出来ると甲羅が動かされ希ガスの穴に運ばれました。次の瞬間ふわりとした感覚のあと奈落の底に落ちる感覚。
それは恐ろしい感覚。ところがそのあとにはぞくぞくする様な爽快感。
「あ、あ、あ・・・」生きている実感。これが加速感。
しばらく気を失っていた様で、目を覚ますと何匹ものコウモリの顔が見えます。
外に出ると、確かに私たちが気球で出発したあの鍾乳洞でした。
あとからオウムのポリネシアとコウモリのヨハネスが出て来ました。
ヨハネスの無事に仲間たちが喜んでいます。
ヨハネスが乗った水晶シップはその後戻り、中はもぬけの殻。
表面はあつあつであり、皆はヨハネスが地球トンネル横断に成功したと確信していました。
でもこんなに早く私と一緒に帰還するとは思ってもみなかったとの事。
シップが着いてから30分ほど経っていると聞き、私はドリトル先生が乗ったカメの甲羅に注意する様言いました。
それからしばらくすると「ひゅーっ」と言った瞬間ドッカーンと大きな音がして甲羅が穴の出口で止まりました。先生の甲羅は大きいので通り抜け出来ないのです。早速甲羅のフタを外しにかかります。
中でごそごそ動いています。
こんな時でもちゃんとした服装、シルクハットの先生でした。
私は大丈夫だ、とドリトル先生。どうやら無事着いたようだね。
それからあとの事を手短に話しましょう。
先生はコウモリたち、特に地球トンネル初飛行をしたヨハネスに感謝。
コウモリは一般にはどっちつかずのずるい生物と思われがちですが、今回は希ガスを見つける事に始まって、ガラパゴスでアタワルバの涙を借用出来た事。
こうしてイギリスに戻れたのも、みな君たちのおかげ。
乗って来たカメの甲羅は記念碑として鍾乳洞に保存される事に。
コウモリは代々この話を子孫に引き継ぎました。
すっと後になってこの鍾乳洞を考古学者が見つけ、見つけたゾウガメの甲羅がガラパゴスのものだと分かると、新しい学説を発表しました。
私はそれを読んで思わず笑いましたが、もちろん黙っていました。
エクアドルとガラパゴスのその後です。フロリアン大統領とロドリゲスはその後もゾウガメの宝石を頂こうとしましたが手出しが出来ません。
ロドリゲスはその後もガラパゴスに通い、その保全に貢献。
フロリアン大統領は政争に巻き込まれ暗殺されました。
20世紀になりパナマ運河が出来、領土的野心から各国がこの地を欲しがりましたが、エクアドル国によって守られました。
あとになって鳥たちが教えてくれた事があります。
ピンタ島に渡ったジョージですが、地元のゾウガメは年寄りが多く、そのうちにジョージだけが残ってしまいました。海賊から転身した者たちは諸島の監視員になっており、そんなジョージを保護してインディファティガブル(サンタ・クルス)島に連れて来ました。
ジョージはそこの若いゾウガメたちに自分の体験を伝えたそうです。
それが「まもり石」を手渡すということ。
ドリトル先生、わたしとオウムのポリネシアは鍾乳洞をあとにして最寄りの村に着き、乗合馬車でバドルビーの町に向かいました。
バドルビーの家では午後のお茶の準備を始めているでしょうか。
思い出したようにポケットから出したもの。
「これこれ、模造品の真珠玉。なかなかよくできでいるね」
私は胸の奥にチクリと痛みを感じました。でもあの時のルビイの告白は誰にも話さないと決めました。私は大人になったのです。
「真珠玉」は旅から戻って以来ずっと、先生の書斎で貝殻たちと並んで無造作に置かれ、ピンクの妖しい光を反射しているのでした(完)