新聞小説 「ひこばえ」 全体まとめ | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

日々接した情報の保管場所として・・・・基本ネタバレです(陳謝)

朝日 新聞小説 「ひこばえ」作:重松清 画:川上 和生
連載 2018/6/1(1)~2019/9/30(471)

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登場人物
長谷川洋一郎  :主人公。55歳
長谷川夏子    :洋一郎の妻。55歳
長谷川航太    :洋一郎の息子。25歳
石井信也      :洋一郎の実父。83歳で他界
長谷川智子    :洋一郎の母。81歳
藤原宏子      :洋一郎の姉。59歳
小林美菜      :洋一郎の娘
小林千隼      :美菜の夫
小林遼星      :美菜の息子
長谷川隆      :洋一郎の養父。5年前に他界
佐山          :大学のゼミ仲間
仁美          :佐山の妻
紺野          :大学のゼミ仲間
川端久子      :父が住んでいたアパートの大家
田辺麻美      :和泉台文庫のスタッフ
田辺陽菜      :田辺麻美の娘
本多        :施設スタッフ
神田弘之      :父の友人。65歳
西条真知子     :フリーライター
後藤さん      :施設入居者 70歳
後藤将也      :後藤さんの息子
長谷川一雄     :長谷川本家の長男 66歳
長谷川由香里    :一雄の妻
小雪さん        :スナック「こなゆき」の元ママ。

感想
昨年連載されていた、重松清渾身のハートフルドラマ!!
と言いたいところだが、ツッコミどころ満載で、新聞小説を語るテラスでも、ボコボコにされていた。
大体の感想は「終章」で書いているが、どこがどうダメだったかについて進める。

1、父親の火葬は誰が仕切ったの?
そもそも遺族という考えから行けば、実家の者が死亡届や火葬に関して責任を持つのが普通。
絶縁していてそれを拒否した時点で、取扱いは死亡地の自治体に移る筈。自治体は元々住民票から戸籍を辿り、親族に連絡を入れる筈だから、大家の川端さんがここまで関与するのはあり得ない。

警察なり市役所に連絡して、それ以上の事はしないだろうし、すべきでない(身元保証人情報含め)。
また今回は、この石井信也さんに500万近い貯金があったとすれば、実家がそのまま遺体引き取りを拒否したとは考え難い。
戸籍調べの段階で、洋一郎と姉宏子にも相続権がある事が分かるから、向こうの遺族との折衝がそこから始まる。
相続には借金も含まれるため、死んだ石井さんがさんざん借金踏み倒していたとしたら、相続はかなりキケン。
この前提に立つと、物語がそもそも始められない(笑)
数年前、自分の叔父が亡くなったが、ウチの親は50年以上前に死んでいるのに、その息子(従兄弟)から「相続放棄」依頼の書類か来た。

それが世間ってもの。
 

2、500万の扱い
自分史がストーリーにどう必要だったか?
まあそれは作者の自由だが、そもそも一冊だけのために120万かけようと思った時点で、どうしてこの親父は小雪さんや神田さんに、少しでも金を返すという発想が出来なかったのか。
前項の遺産相続にも絡むが、本人に借金があった場合は、その返済が優先される。
この、相続に絡む話が完全に欠落している。
 

3、「ひこばえ」への伝わらない思い
神田さんが話す「ひこばえ」の意味。
石井さんが、孫に会いたいと神田さんに言っていたというのは美談だが、自分史しか思いつかないという彼の行動とマッチしない。
そこまでひこばえをメインテーマにするなら、洋一郎の息子航太や、姉宏子の子供らのためになる行動をしたとか、そちらで感動させて欲しかった。
そこはスルーし、勝手にいろんな所に「ひこばえ」を見つけて

「ひこばえ大バーゲンセール」状態。

作者としては、ここぞとばかりの力点だったが、ちょっと外した。
人間の絆」でフィリップが体得したような、何も残さなくても自分の人生を愛でる気持ち。
そういうものがあれば、それなりの作品になっただろう。
 

4、墓に関して
洋一郎自身の家族が備後の墓に入るのは微妙、という言い方をしていたが、それは血が繋がっているとかいないとかは関係ない。
その家を継いだ家族が本家の墓に入る事が出来る。それが基本。

実の兄弟でも、長男が墓を継いだら、弟はもし独立して家族を作れば、自分で墓を作らなくてはならない。
まあ、兄弟でも家族として暮らし、未婚のまま死んだのなら、本家の墓に入るのはアリだが・・・
ちょっとこの辺り、一般常識のリサーチ不足か。

まとめ
そういった「基本がダメ」な部分を我慢して読む上では、この洋一郎自身のセコさ、小市民さは誰しも多少は持っているものであり、たまに「ギャッ!」と言いたくなる部分はあれども、全否定は出来ないナー、と思っている。トーンとしての「重松節」は嫌いではない。
ただ、小説ってのは、そんなセコい部分を掘り下げるよりは、自分にはとても出来ない素晴らしい決断とか、逆境を切り抜けていく爽快さとか、そういう楽しみ方の方がいいよな・・・
他の登場人物についても、ムダに熱いところとか、いささか鼻につく部分はあったが、まああんなものか。
後藤さんの話をカットすれば、一年程度の連載で済み、バランスも良かったのに・・・

あらすじ
注.小説は一人称だが、まとめ易さを考慮し三人称とした

序章 こいのぼりと太陽の塔(1)
初節句(7歳)の時に、こいのぼりを買ってもらった思い出のある長谷川洋一郎。

四つ上の姉宏子は、その当時の事を辛らつに話す。


父親が気まぐれで買った、おもちゃ同然のこいのぼり。
父がする「バイバイ」の後ろ姿。手首だけをクイッ、クイッとひねる。
同じ年(1970年)に開催された万博を良く覚えていた。
その年に離婚した父と母。職を転々として借金を繰り返す父に見切りをつけた母。姉はその聞き役だった。
聞いた話を継ぎ合わせると、父が家を出たのは5月連休明け。
慰謝料も養育費も取れず、苦境に立つ母は、9月にも団地を引き払い郷里に帰った。
その前に、子供らを不憫に思った母が、無理をして夏休みに万博へ連れて行ってくれた。
そこで、父(らしき人)の後ろ姿を見つけて追い、迷子になった洋一郎。それ以後、父の記憶は薄れて行った。
そんな父と、55歳になっての再会。

第一章 臨月(18)
「よしお基金」の2017年度の活動報告。大学のゼミ仲間だった佐山の息子芳雄君が、15歳で亡くなってから両親が立ち上げた、学校にAEDを設置する活動。7年続いている。
同じ仲間の紺野と共に協力している洋一郎。
報告の後の酒席。佐山に近況を聞かれた紺野が、洋一郎に孫が出来る事を話してしまう。この場では言いたくなかった。
そんな話の後佐山が、近いうちに時間を取って欲しいと言った。
帰宅する洋一郎。妻の夏子と息子の航太(25歳)。航太は教師で卓球部の顧問。
娘の美菜は妊娠中で、今日は里帰り。

娘の夫千隼君も一緒に来ていた。

団欒から少し離れて、ハイボールを飲む洋一郎。

今まで互いの結婚式に出席している佐山、紺野と洋一郎。
紺野はバブル時代の中で転職を繰り返したが、ここ10年ほどは今の職場。佐山は公務員の後、資格を取って会計事務所で経験を積み、40歳で独立した。
洋一郎は生保会社に入り、50歳で関連会社の介護付き有料老人ホーム「ハーヴェスト多摩」に出向して、今は施設長。

自立可能の「すこやか館」と要介護の「やすらぎ館」があり、洋一郎の受持ちは「すこやか館」。

第二章 旧友の時計(35)
洋一郎の職場を訪れる佐山。施設内を見学した後、本題に。
いずれ老人ホームへ、という話ではなく今入りたいという。

妻の仁美さんの願い。
今年は芳雄君の同級生を呼ばなかった。

前回来てくれた級友の中でカップルが出来ており、その相手女性は芳雄君が好きだった人。心の傷はかさぶたになっただけ。
この年齢から入るのは、金銭面もだが人間関係が難しい、と洋一郎。帰りがけ、ストップウォッチの例え話をする佐山。

積算した時間は、リセットボタンでゼロに戻る。芳雄が死んでからの7年間は計った時間。うっかりリセットボタンを押すのが怖い。

第三章 父、帰る(55)
美菜の出産に備え、予定日の一週間前から先方のマンションに泊まり込んだ夏子。洋一郎と航太による男所帯の開始。

コンビニで弁当とビールを買い込んだ洋一郎に、姉の宏子から電話。


多摩ケ丘市の和泉台はそこから遠い?の問い。この市の数駅先。
そこに父親が住んでいたという。

父と言ったら、母と再婚した育ての父の隆さん?
話の合わない洋一郎に

「いたでしょ。お母さんと離婚して逃げたのが」
1970年に母と離婚して居なくなった、血縁の父・・・
父の兄の息子、誠司さんから連絡があった。

一週間前に倒れ、救急搬送されてそのまま死んだ。

実家とも絶縁状態だった父だが、アパートを借りる時の緊急連絡先に誠司さんの電話番号を書いていて、連絡された。
実家の全員が遺体、遺骨の引き取りを拒否。

そこで父の子供たちを思い出した。
大家さんからの電話を受けた姉。「あとは洋ちゃんに任せる・・・」

母の離婚に対し、隆さんは死別。

妻の三回忌を終えた頃、見合いをした。結婚は1975年。
向こうは中二の一雄さんと小六の雄二君。こちらは高一の姉と中一の洋一郎。そして広島の備後に移った。

義父をお父さんとは呼んだが、意識は「隆さん」

「遺骨はどうするの?」話を聞いた航太の言葉で、この家に墓がないのを思い出す。
備後の長谷川家は、平成に一雄さんが累代墓にまとめた。血の繋がりがない事で、洋一郎の家族の扱いは微妙。

東京近郊で墓を探すつもりだった。
母を備後の墓に入れるのを、一雄さんも洋一郎も当然と考えているが、姉が反対。
5年前、隆さんが亡くなって納骨をした時、一雄さんが骨壺の配置を変えて、前妻の良江さんの隣りに置いた。

その時一雄さんが「やっと会えたな」と呟いたと言い張る姉。
だが、今は一雄さんの家族と同居している母。

波風を立てれば母が困る・・・
それもあって、なかなか備後に顔を出さない洋一郎に、いつも八つ当たりの姉。
母の負い目を感じて、大学も通学に不便な国立に通った姉。その原因を作ったのが、姉が「あの人」と呼ぶ父。

第四章 和泉台ハイツ205号室(76)
電話で連絡を取り合い、駅で大家の川端久子さんに会う洋一郎。
遺骨があるという照雲寺に案内される。住職の道明和尚。

川端さんの実家の縁でお骨を預かってもらった。
骨壺には「俗名 石井信也」の短冊。

焼香して手を合わせるが、感慨はない。
父は、この寺に何度か写経に来たという。
納骨先を聞かれるが、言葉に詰まる。あとはよろしく、では済まないが、遺骨を手元に置く提案は受けられなかった。
その後、父が住んでいたアパートに向かう。1DKで部屋は205号室。
10年前に入居し、工事現場の誘導員をしていたらしい。
綺麗に片付いた部屋。図書館から借りたらしい本の中に「原爆句抄 松岡あつゆき」
施錠後に鍵を渡される。賃貸契約は一ケ月延長した。
別れ際に、父が持っていたという携帯電話を渡される。
アドレス登録の中に、旧姓の自分たち親子「吉田智子」「吉田宏子」「吉田洋一郎」があった。それは名前だけ。

第五章 息子、祖父になる(106)
父のアパートから持ち帰った「原爆句抄」の他に「尾崎放哉全句集」「海も暮れきる(吉村昭)」の本。
写真が欲しくてアパートに通ったが、見つからず。

川端さんの話では「似てるわよ」
部屋にあったカレンダーには母、姉、自分の誕生日に、名前と到達年齢の記載が。

「ハーヴェスト多摩」での業務。次に入って来る後藤さんの部屋の、リフォーム確認。会社経営の息子が入居費用の七千万を払ったという。
娘の美菜は男児を出産。

孫を抱き上げ、体温の高さに驚く洋一郎。


病院からの帰り、照雲寺に向かう洋一郎。
孫の誕生を和尚に伝えると、気を利かして缶ビールとコップ二つを差し入れ。

お父さまもきっと喜んでいるでしょう、と道明和尚。

第六章 カロリーヌおじいちゃん(129)
父が借りていた本を返すために団地内の「和泉台文庫」に出向く洋一郎。若い娘が応対するが分からず、母親に声をかけた。

スタッフの田辺麻美さんは、週一で通う父の事を良く知っていた。川端さんの説明に驚く。
登録後「カロリーヌ」の名を冠した児童書を毎日読みに来たという。家にもこの本があったのを思い出す洋一郎。常連になって、朗読劇にも出てもらった父は、彼女らにとって「いい人」
自分たち家族と父の事を説明する洋一郎に驚く。

その話を姉にすると、急に怒り出す。

カロリーヌの本は彼女の子供らにも読ませていた。
だが、もう二度と読み返さないという。
姉からは、父の事を母に絶対話してはダメと言われていた。
今は血縁のない長男の家族と、気兼ねしながら暮らしている。

苦労して来たのも、全ての原因は「あの人」
ケータイのアドレス、カレンダーの事にも無言。
その夜、初めて妻に父の話をする。

子供や孫にやっかいな事を背負わせてはダメ、と言う夏子。

遺骨を手元に置いたら、という住職の話も一蹴。

第七章 父の最後の夢(148)
「ハーヴェスト多摩」での業務。

910号室に入居予定の後藤さんが、菓子を持って訪れた。
まだ70歳。ここで10年以上暮すことになる。

本当に望んだ暮らしか。
異常にへり下る姿に、彼を帰した後、スタッフの本多君と話す洋一郎。
親会社絡みの案件であり、申込み二ケ月での入居は金かコネかの力業。そんな時に父のケータイへ着信。
会った相手は文翔出版の名刺も持つ、フリーライターの西条真知子さん。父が、自分史のための出版相談会に参加したという。

契約まではしなかったが、連絡待ちのうちに音沙汰がなくなった。父の死と、自分の関係を話す洋一郎。
自分史のシステムを話す西条さん。記者取材のコースで最低120万かかる。父は一冊だけ作ればいいと言っていたという。

その担当が西条さん。
父の通帳残高は500万近くあったが、そんなものを作るとは思えない。気が変わったのだ、と洋一郎はこの話をなかった事にしてくれと言った。
「息子として、それでいいんですか?」と食い下がる西条さん。
その時、父のケータイに着信。父の事をノブさんと呼ぶ、トラック運転手時代の仲間、神田弘之さん。65歳。

洋一郎の説明に、せめて焼香したいと言い出した。
横で話を聞いていて「私もご一緒します」と西条さん。
大事なのはお金じゃなく石井さんの気持ち、と涙目で訴える姿に詫びる洋一郎。

第八章 ノブさん(170)
次の日曜、神田さんが照雲寺に来てくれるのに合わせて洋一郎も出向いた。西条真知子さんと落ち合い寺へ。

バスで乗り合わせた、釣り人のベストを着た初老の男性が神田さんだった。流しのトラックドライバーだという。
父とは、阪神大震災の頃、同じ運送会社だった。

釣りの趣味で親しくなったらしい。


本堂には大家の川端さんと、和泉台文庫の田辺母娘も。
和尚の読経も終わり、神田さんが、父親の遺骨をこんなところに置いといていのか、と迫る。
そして突然骨壺を抱えた。「人間なんてせつないよなぁ」
お前も抱いてやれ、と言われて受け取る洋一郎。

孫の遼星と反対に軽くて、冷たくて、固い。
帰ろうとする洋一郎に「ノブさんはお前の親父だ」と訴える神田さん。「父の名はシンヤです。ノブヤではないんです」
その時、母からの着信。母の日の祝いのお礼。だが言葉の端々に一雄さん家族への遠慮。悔しさの先に父がいた。
電話を終えて戻るとノブヤ、シンヤの議論。
相談会ではシンヤと名乗っていた。文庫の利用者リストではノブヤ・・・
そんな事はど・う・で・も・い・い。

父が離婚してから一度も会っていない、と言う洋一郎にも、親子の情がある筈だ、と神田さん。
お父さんのこと、何も知らないままで、本当にいいんですか?と言う真知子さんは、ケータイのアドレズ帳全員に電話をかけてみると言い出した。神田さんも賛同。
重ねて、遺骨を置きっぱなしにするのかと聞く神田さん。

家族の顔が浮かぶ。一晩でもムリ。
「借りるぞ」と神田さん。

北海道往復の仕事があるから、海を見せてやるという。

第九章 トラブルメーカー(194)
後藤さんが901号室に入居して二週間。

分別なしのゴミ袋を外に放置。
それを伝えると、低姿勢で謝るが、またすぐ放置の繰り返し。
清掃を行う業者からも、部屋の状態がひどいとの報告。

濃いチューハイ空き缶も多数。
また、女性スタッフにもやる気をなくす言動があるとの苦情。
それらを背に定時で帰る洋一郎。

父の遺骨を持って北海道回りをしていた神田さんの帰京日。
真知子さんもアドレス帳調べの報告があると言っており、落ち合う事にしていた。
途中でスタッフの本多君から報告。
食堂へ後藤さんが酒を持ち込み、入居者の綿貫さんと意気投合。

息子の自慢話を始め、更に強い酒を持ち出した。

見かねた本多君がその場を収めたという。

遺骨を寺に返した神田さん、真知子さんらと居酒屋で合流する洋一郎。真知子さんの報告。

30件あまりの半分ほど済んだが、3件は着信拒否。

残り10件あまりも冷たい反応。継続を頼む洋一郎。
次いで神田さんの報告。海沿いの国道を選んで走ったという。
ノブさんとの話も改めて出る。運送会社の頃には金にルーズで、仲間からの借金もあり、夜逃げの様に寮からいなくなった。
その後連絡があり、再びつきあいが復活。
迷惑をかけたのでは?の問いには「もう忘れた。昔のことだ」
その後は、父が死ぬまで付き合いが続いた。
ノブさんの背負っていたものなどは分からん、と謝る神田さん。
洋一郎の感謝に「どんな親だろうと・・・親は、親だ」

第十章 迷って、惑って(220)
大家の川端さんから、三日後に父の四十九日の法要を行うとの連絡。動かない洋一郎に業を煮やした。
家でその話をすると、意外にも夏子と航太が同行してもいいと言った。遼星が生まれて、血縁に対する意識が生まれた。
そんな中、佐山とその亡き息子の事を思い出す。

翌日、スタッフが集まるミーティングが紛糾。

901号室の後藤さんに対する苦情。

スタッフへの励ましが、相手を傷つける。清掃担当はもっと切実。下着は何日も替えず、脱いだものも放置。

ゴミ出しも更に悪化。
本多君が、息子さんへの連絡を勧めるのを制して、後藤さんに会う洋一郎。
ファミレスでの会話。チューハイが飲めるのが嬉しい後藤さん。
ご自慢の息子さんですね、と水を向けると、足手まといなだけ、と自己卑下。
自宅をゴミ屋敷にしそうになった話を始める。五年前に奥さんが急死してから「ぽかーん」としているうちにゴミが溜まり、それが庭を埋め尽くして近所で問題になった。ニュース番組にもなったという。その間にも酒の追加とタバコによる中座。
帰りがけ、タバコの火に注意するよう説く洋一郎。

後藤さんの後ろ姿に父が重なる。
心配気の本多君。説得出来た自信はない。
そんな時、901号室から煙感知器の警報。皆で駆け付ける。
更に追加でチューハイを飲み、面倒になって部屋で喫煙。
煙感知器が作動するか心配で、無理やり近づけた。

「鳴りました、やっと」
息子さんへの連絡を決心する洋一郎。

第十一章 息子の息子(246)
航太の運転する車で、父の四十九日法要に向かう洋一郎と夏子。
昨日後藤さんの息子、後藤将也さんに電話を掛けたが繋がらず。

社長室長が返信するとの回答も反古にされた。
寺への途中、父の事を思い出す洋一郎。

ビールを飲んだ後の王冠で、バッジを作ってくれた父。
四十九日に集ったのは洋一郎らと神田さん、川端さん、真知子さんと和泉台文庫の田辺母娘。
神田さんは航太の事をノブさんの孫とは言わず、息子の息子と言い通した。神田さんの話す「ひこばえ」
それは木の切り株から出る若芽のこと。元の木から言えば孫のようなもの。古い木が切り倒された後に出来る命。


娘や息子には会わす顔がないが孫には、知られずにでも会いたい、と神田さんに話していた父。
それに夏子が大きく頷く。航太もしっかり「はい」
法要の後、川端さんが手配してくれた会食。どんどん手酌で飲んでいた真知子さんが「西条レポート」の報告。

ケータイアドレス帳後半の結果。
ほとんど冷たい反応の中で女性が二人。
一人は弁当工場の主任。70歳から二年ほど勤めた。
もう一人の表示は「馬場町小雪」。昔馬場町に「こなゆき」というスナックを出していたママ。父はそこの常連客だった。三十数年前の話。肉体関係もあったという。
同棲したものの、彼女の金を使い込んで1991年に追い出された。舌打ちする神田さん。
だが、線香を上げたいという小雪さん。

古希を過ぎた辺りから、電話をし合ったり食事をしたりの仲だった。今の小雪さんはシェアハウスで暮らしている。

職業柄、その話に興味を持つ洋一郎。

第十二章 父親失格(278)
週が明けても後藤さんの息子、将也さんからの電話はなかった。
真知子さんは小雪さんに入れ込み、立ち会いたいから早く会ってくれと催促。
航太は、父が借りていた「原爆句抄」を読んで涙を流した。

後藤さんに息子さんの事を聞く洋一郎。
証券マンだった後藤さんの会社が廃業した時、彼は49歳、将也さんは東大の3年。
高卒だった後藤さんは、スパルタ教育で息子を厳しく育て、東大にまで入れた。その途上で父に見切りをつけた息子。
在学中にベンチャー企業を立ち上げ、軌道に乗り始めた将也さんは、父の失業にも冷静だった。

再就職するも、酒に溺れて定年前に退職した後藤さん。
それ以来将也さんの庇護で生活。

妻にはカードが渡されていたが、後藤さんにはなし。

ある日スーパーで万引きして捕まり、家の電話番号を聞かれた時、とっさに息子の番号を言った。

そこに来たのは社長室長。息子の番号ではなかった。
それ以来、妻には愛想をつかされて家庭内別居状態。

そんな生活の中で妻が心不全で他界。
それから始まったゴミ屋敷。

第十三章 青春の街で(303)
真知子さんと馬場町に行った洋一郎。

同行するために住所を教えない作戦。
その家は「シェアハウス こなゆき」 入居者は7名。

様々な年代で、二人は外国人。
小雪さんは予想に反して親分肌。

だが八十代の高齢で、時々車椅子の生活。
父の記憶がほとんどない洋一郎に、楽しい思い出だけ作りなさいと言った。
小雪さんの思いは多分「先にそちらの母を遺骨に会わせなさい」

出たついでに大学時代の友人、紺野と佐山との会食。
紺野の報告は父親の死。丁度いい長さだ、と紺野。
妻と同伴の佐山は、寄付したAEDで中学生の命が救われたと喜ぶ。少年が大人になり、子を持った時に分かる。

これもひこばえ・・・
シェアハウスの事を思い出す。

小雪さんの記憶を若者が語り継ぐのもひこばえ。
この言葉を教えてくれた神田さんに感謝。
 

家に帰り、里帰りしている美菜と遼星に再会。
思いがこみ上げる洋一郎を見て夏子が「いい人モードね」
親父の骨壺を持っておふくろに会ってくる、と洋一郎。

第十四章 帰郷(331)
骨壺をスポーツバッグに入れ、新幹線で帰郷する洋一郎。
大阪駅を過ぎる時、1970年の万博を思い出した。
チェックインしたホテルは海の見えるところ。


その後母からの電話。
一雄さんと妻の由香里さんが一席設けたという。母も話がありそう。それを姉に伝えると、何かを感じて自分も行くと言った。

店に着いてまず乾杯。

自分に生まれた初孫を祝ってくれたが、やや微妙な空気。
一雄さんの一人息子はまだ独身。弟の雄二夫妻には子供がいない。先細りの長谷川家。
時間稼ぎも限界となり、母が話し出す。長谷川家の墓には入らないという。亡き先妻の良江さんと同じ墓になっては、いけんじゃろう・・・・
由香里さんに連れられて外に出る母。
母が少しづつ頑固になっていると言う一雄さんは、自分たちと居るより施設に入った方が幸せかも、と話す。
多少引っかかるが、彼の思いも理解出来る。

連れ合いと死別だった隆さんに対し、離別で再婚した母。
あんたらのお父さんの事、お母さんはどう思っとったんじゃろう・・・
今このタイミングで、と絶句する洋一郎。
そこへ乗り込んで来た姉。外で母と由香里さんから概略を聞いていた。
「お墓へは一緒に入れて」。

一雄さん夫婦が、母を追い込んでいるという思い込み。
更に長谷川の墓はもつのか、と暗に彼らの息子の結婚問題に言及するが、言い返す由香里。
そんな中で、姉がいきなり遺骨の話を「言っちゃいなさい」と振って来た。とっさの事だが、愚直に今までの状況を話す洋一郎。

皆、様々な反応。食事もろくにしないままの散開。

遺骨はホテルにあると母らに伝え、戻った洋一郎。

第十五章 再会(355)
朝食を終え、母たちの連絡を待つ洋一郎。
一雄さんからの電話。

母と下に来ているが、遺骨に会いたくないと言っている。
母は、洋一郎と二人で散歩がしたい、と一雄さんに言った。
歩きながら母は言った。

先祖の墓まいりと同じだと思っていたが、やっぱり違う。
そのうち声を上げて泣き出す母。一雄さんには見せられない。
だが、大いに泣いて落ち着いた母は、お骨に会わせてと言った。
ロビーに来ていた姉。

母はまず一人で会うと言ってエレベータに向かった。
姉と互いに近況報告。二人の子供は結婚して、孫三人を持つ姉。
今朝思った海洋散骨の話に 「海は・・・いいかもね」
母に呼ばれ、三人で遺骨に向き合う。
母と姉が話す、父との思い出。

洋一郎にはほとんどなく、羨ましい。
それも終わり苦労、気兼ねも含め幸せな人生だった、という母は、天寿を全うしたら長谷川の墓に入ると言った。

母を家まで送り届けた後、姉は高速を走って父の故郷の比婆市に向かった。父の生まれ故郷を簡単に巡る、彼女なりの供養。
最後に立ち寄ったアーチ橋。昭和9年生まれの父と同世代の橋。
橋の中ほどで「落としちゃう?」と驚かす姉に焦る洋一郎。
駅まで送ってもらった洋一郎。納骨は任せると言われた。
 

駅の売店のスポーツ新聞に「W不倫」の文字。人気女優とIT企業家。相手の男の名は後藤将也。あの後藤さんの息子。

第十六章 スキャンダル(385)
将也さんのスキャンダルは、芸能ニュースのトップで報じられた。互いに配偶者がおり、将也さんには息子もいた。
ハーヴェスト多摩の事務室でもその話題。後藤さん自身、朝食は摂ったが元気がなかったという。それ以後、部屋に引きこもる。
施設としては静観だが、取材対応を警戒。
その後の報道で、将也さんへの攻撃が集中。

不倫の背景に父親への不満があったとの流れも作られた。
システムで後藤さんの外出が確認され、急いで向かう洋一郎。

キャリーバック一つでフラつく足元。迷惑はかけられない、と言うが歩けず、クリニックで休ませる。
後藤さんが何度もかける電話に、ようやく出た細川室長。迎えの車を出すと言った。用意したホテルに入れるという。
そんな中、とうとう取材の電話が入った。それを適当にごまかし、細田室長が手配した車に後藤さんを乗せ、洋一郎も乗り込んだ。最寄り駅の二つ先で降り、室長に電話。

自分が後藤さんを預かる事を納得させた。
例の、父のアパートに向かった。

そこで父に関する今までのいきさつを後藤さんに話す。父が使っていた湯呑で酒を飲み、父と同じハイライトを喫う後藤さんに父が重なる。
部屋の明かりを見て電話して来た大家の川端さんに事情を話し、使用の了解を得た。

それから三日間をアパートで過ごした後藤さんは、和泉台文庫や照雲寺にも行ったらしい。少しづつ後藤さんを好きになっている洋一郎。

第十七章 私は今日まで(412)
「ハーヴェスト多摩」での自分史教室を真知子さんに頼んでいた洋一郎。後藤さんも参加を希望していたが、さすがに今回は断った。
真知子さんに、個人授業が出来ないかという事で後藤さんの事を話すとおお乗り気の真知子さん。
川端さんへの電話。彼女の夫が経営する観光農園に後藤さんを連れて行ったら、流しそうめんの設置で活躍したという。
そしてバーベキューの誘いを受けた。喜ぶ真知子さん。

向かう途中で真知子さんが、神田さんに誘いのショートメール。
観光農園に着いた時、また一仕事している後藤さん。後藤さんを見ながら、仕事をしている時の後藤さんが、楽しそうだと話す川端さん。
少し遅れて神田さんが車に積んで来たのは、七夕の笹。

皆に短冊を配って書かせた。


後藤さんの内容が息子の事ばかりなので、その事を聞く神田さん。親バカと分かっていても応援したい・・・
「私は今日まで生きてみました・・・・よね?」

と吉田拓郎を口ずさむ川端さん。
後藤さんが更に「マサ君に迷惑をかけずに死にたい」と書いたのを咎める神田さん。
家族ってのは面倒で手間のかかるもの・・・・

第十八章 親父と息子(432)
短冊の飾り付けも終わり、真知子さんがスマホでニュースチェック。後藤さんの息子が羽田空港でケガをしたとの事。

シンガポールからの帰国で、記者を警戒するあまり転倒して、救急車で運ばれた。
細川室長に電話を入れる洋一郎。

少しなら会えるという将也さんの言葉を伝えられた。
それを受け、神田さんのバンで病院に向かう後藤さん、洋一郎と、当然の様に乗り込む真知子さん。

後藤さんの自分史最大の見せ場、との決め付け。

通されたのは、前室を持つ特別室。施設スタッフ名目で入った真知子さんは、立場もわきまえず将也さんの事を悪く言って挑発。
それを遮る後藤さんは、取り消してくれと言う。

私はダメ親父だが、息子は違う・・・
その時、繃帯で松葉杖の将也さんがドアを開けて入って来た。
一段落したら、身の丈に合った別の施設に入れる、と言う将也さんに意見する洋一郎。
寂しさについての話。胸にぽっかり空いた穴を、後藤さんはうまく埋められない。だが、今からでも埋められる・・・
話ながら自分の胸にある、父不在の穴を思う。

隆さんには感謝以外の思いがない。
将也さんに声をかける後藤さん。「マサ君、よくがんばったな」
後ろに回り、手の平をそっと彼の頭に乗せた。子供の頃、優しく叱る時の動作。そしておまじない。

「わーるいマサくん、飛んでゆけー・・・」泣き顔になって行く将也さん。
向こうの家族にもお詫びしないとな・・・

終章 きらきら星(450~471)
神田さんのトラックで父の散骨場所(ツタ島)に向かう洋一郎。

配送の仕事を組んでくれた。
途中、万博記念公園も通ってくれるという。道すがら、父との思い出を話す神田さん。
太陽の塔は、数秒見えただけだったが。思い出は身勝手でいい。

神田さんはその後「ハーヴェスト多摩」に戻り、時々観光農園を手伝う生活。真知子さんも自分史の関係で施設と繋がっている。
小雪さんのところへ遺骨を持ち込み、手を合わせてもらった。
その後、父の部屋は引き払い、形見は残さず、本は和泉台文庫に寄付した。

途中で神田さんと別れ、電車を乗り継いで旅館で待つ夏子、美菜の家族、航太と合流。
夕食の後、遼星をあやすのに航太が「きらきら星」を歌いながら手首をひねった。それは昔父がやっていた「バイバイ」と同じ動作。ふいに涙腺がゆるむ。

その話を夏子が聞いて「あなたが受け継いだら?}

小さな港の桟橋に立つ洋一郎。

ツタ島の管理スタッフと共に一人で向かう。

息子という立場だけで見送りたかった。ここは散骨専用の島。
そのまま地面に撒き、一年もすれば土に還る。
指示された場所に粉骨を撒き、焼酎をかけた。

終わったという安堵感。

帰りの船を待つ間に、真知子さんから小雪さんが息を引き取ったとの連絡。
また、いつか。
亡くなった人とは二度と会えない。それでも私は繰り返す。
また、いつか。
遠ざかる島を見ながら手首をひねって、父と同じ「バイバイ」をする洋一郎。
見上げると、昼間の青空にきらきら星が瞬いていた。