新聞小説 「ひこばえ」 (8)  重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」   (8)  10/31(148)~11/22(169)
作:重松 清  画:川上 和生

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感想
恵まれた状況で入居して来る筈の、後藤さんが抱えている苦悩が何か? 気になる。
また亡き父親がまさかの「自分史」作りを考えていたとは驚き。
だが意に沿わない、後悔が募る過去であっても辿った道は道。

どんな人間の一生も、価値あるものとして尊重されなくてはならない。

 

これで思い出すのがモームの「人間の絆」。
人生を振り返る時、一つの芸術品が完成した事を喜ぶ気持ち。そしてそれを知っているのは自分ひとり。死とともに一瞬にして失われてしまおうとも、その美しさには変わりない。

 

人の幸せって、なんだろう・・・・?

 

あらすじ

第七章 父の最後の夢  1~21
父の部屋に通った大型連休が明け「ハーヴェスト多摩」での日常が再開した。
その日の夕方、901号室に入居予定の後藤さんが手土産の菓子を持って訪れた。会社経営の息子が七千万の入居費用を払ってくれた人。


入居する部屋へ案内するが、気乗りしない様子。後藤さんはまだ七十歳。この部屋で多分十年以上暮らすことになる。

本当にこれが望んだ暮らしなのか。
部屋での説明にもあまり興味を示さない後藤さん。

ここで皆さんの迷惑にならないか?と聞いて来る。

途中で出会った石川さん夫妻にも異常なほどへり下っていた。

 

後藤さんを帰し、スタッフの本多君と話す洋一郎。彼は後藤さんの息子さんと同じ四十二歳。そして後藤さんと同じく父親は戦後生まれ。

入居者の個人情報には制限があるが、後藤さんの息子さんは、この施設の親会社である生保会社の中枢に絡んでいる様だ。
三月に申し込んで五月に入居という力業。コネが強力だったか金を積んだか・・・いずれにしても入居を急ぐ事情があった。
「とんびが鷹を産んだ」と言う本多君をたしなめる洋一郎。ただ、どう見ても「勝ち組」に見えない後藤さんの風貌から言っても、この施設が似合わない事が気になる。

 

そんな時、父の携帯電話に着信があった。留守電のメッセージではブンショウシュッパンのサイジョウさんという女性。自分史の件で折り返し電話が欲しいという。
外に出て、そのサイジョウさんにコールバックする。
父の死に驚くサイジョウさん。死の事情説明に対し、自分史の事についての説明がされた。もう八十三だから元気なうちに自分の足跡を残しておきたいとの父の言葉も。
自分史は自費出版と違い、記念品の様な扱い。普通は近親者たちに配る。だが父の場合は一冊だけでいいとの事だった。近所にある図書館に寄付するつもり。それは多分和泉台文庫。詳しい話を聞くために面会を申し出る洋一郎。

 

カフェでの面会。相手は西条真知子さん。フリーのライターだが文翔出版の名刺も持っていた。航太と同世代に見える。
自分の名刺が石井でなく長谷川という事で、父母の離婚とその後の音信不通、遺骨との再会について簡単に話す洋一郎。


父は、四月八日に会社が定期的に開催していた出版相談会に出向いていた。そこで彼女と話したが、契約まではしなかった。

連休前に連絡すると言われてから音沙汰無し。

自分史についての説明がパンフレットで行われる。自分史は原稿持ち込みと記者取材の2コースであり、父の希望は後者。これだと最低でも百二十万かかる。父の残した貯金通帳には五百万近い残高があったが、ただ一冊のために注ぎ込む筈がないと思われた。
洋一郎は、父は途中で気が変わってやめようと考えたのだ、と西条さんに話す。

 

相談会での父の様子を話す西条さん。一冊しか作らないという事について「家族は誰もいないんだよ」と言ったという。だがその後言う事が変化し、居る事は居るし、まあ、居ると思うんだけど・・・居ないんだ、という曖昧さ。
そして、これを書いてくれるあなたが読んでくれればそれでいい、と笑ったという。
音信不通の、ワケありの部分について聞きたそうな西条さんに、契約を結んだわけじゃないから自分史の話はなかった事にして下さい、と話を切り上げる洋一郎。パンフレットも名刺も部屋になかった。
納得しない西条さんはケータイをチェックして下さいと言い出す。それがあれば話を進める意思表示があった事になる。
だが西条さんのケータイ番号はアドレス帳には入っていない。文翔出版の名も登録はない。
なおも粘る彼女に個人名のチェック。

「西条真知子」の名で会社の電話番号が登録されていた。
だがどっちにしても本人は亡くなった。もうこの話は終わりだ、と言う洋一郎に「息子として、それでいいんですか?」

 

その時、父のケータイに着信の振動が伝わった。

電話の相手は父をノブさんと呼ぶ、トラック運転手時代の仲間、神田弘之さん。六十五歳。二十年以上のつきあいで、年に数回会って酒を汲み交わしていたという。
何とか事情は判ってもらったものの、遺骨にせめて線香を上げたいと言い出した。

 

そこまでの話を聞いて「わたしもご一緒します!」と西条さん。
せっかくのご縁と言う彼女に冷たく、キャンセルされると困るのも判るが諦めてくれと言う洋一郎。
目を赤く潤ませて「一番大事なのはお金じゃなく、石井さんの気持ち」と訴える西条さん。
圧倒されながらも、父が、人生を閉じる二週間足らず前に、彼女に話を聞いてもらっていた事を思い出す。
非礼を詫び、改めて自分史の事とは別に、焼香を願い出る洋一郎。
自分の家族で亡くなった人がおらず、石井さんの死を重く考えている西条さんの言葉に素直に頷く。