新聞小説 「ひこばえ」(12) 重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」(12)  2/9(246)~3/14(277)
作:重松 清  画:川上 和生

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感想
父の四十九日法要と、真知子さんの話す、父のケータイのアドレス帳報告の話がメイン。

実は、恥ずかしながら「ひこばえ」の意味を知らなかった。

良く聞く言葉なのに・・・・

 

どこまでも関係者を落胆させる、父の金に対するルーズさ。
そんな中でも晩年に話し相手になってくれた、小雪という人。

だがその人にも話していたのは過去の家族に対する思い。

 

息子としてそれを母に伝えるのか、伝えないのか・・・・

相変わらずスイスイ読める。だけど効いて来るんだなぁ、後になって。

 

あらすじ

第十一章 息子の息子  1~31
父の四十九日法要に航太の運転で向かう洋一郎と夏子。昨日の、後藤さんが起こした煙感知器騒ぎを二人に話して、いっとき老人ホーム事情の話題で盛り上がる。六月上旬の、好天が恨めしい礼服。


昨日、後藤さんの息子の後藤将也さんに電話を掛けたが、秘書としか話が出来ず、折り返しの電話は社長室長から。後藤さんの案件は全て社長室が対応するというのを、社長からの直接連絡を頼んだ洋一郎。だが一日経っても電話はない。

 

思いの外早く着き、時間潰しに昔行った観光農園に立ち寄った航太。そこは「たまなし農園」。当時雰囲気の悪かった車中で、洋一郎が無理に言ったシモネタを、航太は良く覚えていた。
その農園は既になく、マンションになっていた。結局少し遠回りした程度で照雲寺に向かう。
昔、父と一緒に風呂へ入って、父がタオルを沈めて空気袋を作り、ボコっと泡を出す遊びをやってくれた。父が歌っていた炭坑節の替え歌。

 

それから父は、ビールを飲んだ後に王冠を使ってバッジを作ってくれた。そんな事を思い出すうちに、急に涙腺がゆるみ涙が出そうになる。航太に車を止めてもらい、風にあたる洋一郎。
そんな様子を車の中で見守る二人。

その涙で、わだかまっていたものが吹っ切れた。確かに父と暮らしていたという実感。それがあれば、この法要も堂々と営める。

車に戻る洋一郎。

 

四十九日に集ったのは洋一郎らと神田さん、川端さん、真知子さんと和泉台文庫の田辺麻美、陽菜さん母娘。
神田さんはいつものベストだが、彼なりの喪のいでたち。
神田さんは航太の事を、ノブさんの息子の息子だと言い、真知子さんからからかわれるが、孫ではないとの持論。
「ひこばえ」という言葉。木の切り株の脇から生えて来る若芽の事を指す。元の木から言えば孫の様なもの。


茶室などに使う細い床柱は、意識的にひこばえを出す「萌芽更新」により作る。古い木が切り倒される事で、新しい命が生まれて世代が進む。だが切られた木はその成長を見る事は出来ない。

神田さんがノブさんから聞いていた話。娘や息子には会えない--会わす顔がない、だけど孫には会いたい、遠くから見るだけでいい。
神田さんは六十五歳の今まで家庭を持った事がなかった。だが子供より孫に気持ちが行くという思いは判る。それに夏子が大きく頷く。航太がしっかり「はい」と答えた。
法要の準備は整っていたが、そのやりとりをじっと聞いている道明和尚。
父親の記憶がほとんどない息子と、まったくない孫。それでもその人生を少しでも知りたいと思いながら、お骨に手を合わせてやってくれと言う神田さん。それは世間でも同じ事。誰にも知られずに部屋で亡くなる独居老人。若い人も同じ、みんな自分の事を知ってもらいたい、と続ける航太の声も湿る。
それを潮時に、準備が出来たと声を掛ける和尚。

 

和尚の読経がするすると胸に届く。そして焼香。顔は浮かばないまでも、父の冥福を祈る気持ちが沸き上がる。

そして母の事を思う。母はまだ父の死を知らない。

本当にこのまま父の遺骨を合祀してしまっていいのか。自分に続いて夏子、航太と焼香は続き、残りの人たちも順次済ませた。

 

川端さんが予約してくれた店での会食。航太は学校に戻り、田辺さん母娘も文庫の仕事があるので帰った。
献杯の後、手酌でどんどんビールを飲む真知さんに、夏子が洋一郎の顔を見る。
そして酒を白ワインに変えて次々とお代わりをする真知子さんは、結局七杯も飲んでから、怪しい呂律で「西条レポート」の報告を始めた。
父の残していた、ケータイのアドレス帳に残っていた電話番号の主の確認作業。前半については惨敗。
「あとで文句言わないでくださいね」と言って続ける真知子さん。

 

後半の十五人中、繋がったのは十一人。ほとんど冷たい反応だったのは前半と同じ。その中に女性が二人いた。
そのうちの一人は丸山昌子さん。父が働いていた弁当工場の主任。

父は七十歳の頃から二年ほど働いていたという。


同僚と金のトラブルで辞めたという話。
いい話もある。別れた奥さんの料理、フキの煮物や白身魚の煮付けの話などを聞いたという。
それを聞いて神田さんが、別れた嫁さんに線香ぐらい上げてもらえ、と蒸し返す。
だが真知子さんは二人目をきいてからにした方がいい、と続ける。

 

名前の表示は「馬場町小雪」。昔馬場町に「こなゆき」というスナックを出していたママさん。馬場町は洋一郎が通っていた大学のある場所。


そこの常連客だった父。小雪さんは父と同年配。通った時期は三十数年前であり、洋一郎が大学生として暮らしていた時期と重なる。
ただの常連客ではなく肉体関係もあった小雪さんと父。当時で四十代後半、十分あり得る話。急に不機嫌になる神田さん。
同居する様になった二人だが、1991年の春先に父が追い出された。

彼女がスナックを廃業した時の立ち退き料を少しづつ使い込んで、結局通帳をカラにしてしまった。

せっかくいい話で弾んでいた場がたちまち暗くなる。舌打ちとため息を繰り返す神田さん。
だが、小雪さんは父の遺骨に線香を上げたいと言う。

 

小雪さんと父は、お互い古希を過ぎた頃から、昔のゴタゴタを乗り越えて電話をし合ったり、会って食事をしたりという仲になっていた。
最後に電話が来たのは三月十六日。洋一郎の誕生日だった。その事を小雪さんに話していた。

それに先立って一月七日の姉の誕生日にも電話があった。今までそんな事はなく、虫のしらせだったのかも、とは川端さんの言葉。
今の小雪さんは、馬場町のシェアハウスで、様々な年代の人と同じ屋根の下で暮らしているという。そちらにも興味を持つ洋一郎。

 

あとで連絡すると言う洋一郎に、順番が違うと食い付く神田さん。
別れたカミさんを放って、わけのわからない女を先に会わせるのはスジが違う・・・
悪い人ではないが、神田さんには根本的に判っていないところがある。
父が思っていた姉、洋一郎、母へのなつかしみ。

記憶の限りでは父の存在を消し去っていた母。
それは、父が亡くなった事を知ってからも変わらない---

のだろうか・・・?