新聞小説 「ひこばえ」 (7)  重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」(7)  10/12(129)~10/30(147)
作:重松 清  画:川上 和生

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感想
父が借りていた本を返しに行った「和泉台文庫」を巡る話。
洋一郎や姉にとって幼少期の重要な位置を占める「カロリーヌもの」の児童書。それを懐かしく読み返していた父の姿。
だが父にとってその思い出は悔恨の固まりでもある筈。

事実姉は、カロリーヌと父が繋がった事を知っただけで「もう二度と読み返さない」と激怒。
洋一郎が、ノー天気に懐かしがっているだけなのにもかなり違和感。

 

ただ、これを読んで思い出すのは重松の過去作「流星ワゴン」。

事故死して車ごと幽霊になった親子と共に、危篤の父の過去を巡る旅に出掛ける男の話。父の若い時の姿「チュウさん」を通して父が若い時に出会った人生の分岐点に立ち会う。

 

父が、一体どうして母と別れてしまう事になったかという、究明のナビゲーターとして洋一郎を設定し、架空ではない「実世界」の話として構築しようとしているのか?

 

ところで、「カロリーヌとおともだち」は実在する絵本。
絵本ではあるけど、その筆致は子供こどもしておらず、細かく描き込まれた内容は、確かに部分ごと様々な物語を膨らませる事が出来る。

 

あらすじ

第六章 カロリーヌおじいちゃん 1~18
父が借りていた本を返却するため、和泉台ハイツから徒歩十分ほどの和泉台団地に向かう洋一郎。大家の川端久子さんが先導。
自分たちが昔暮らした団地に驚くほど似たその佇まい。


私設の図書館「和泉台文庫」の成り立ちについて説明する川端さん。住民同士の交流を目的として、有志の寄付により今では蔵書三千冊。
川端さんもここへ来るのは初めて。

 

高校生風の女性に声を掛けるとすぐやって来た。「田辺(娘)」の名札。
事情を説明する川端さんだが、ピンと来ていない。彼女は臨時の手伝いであり、もう一人に声をかけた。
その女性の名札には「田辺(母)」とあった。

娘は陽菜、母は麻美さんといった。創設当時からのスタッフ。
川端さんの説明に麻美さんは「石井さんが?」と返した。

週に一度は来ていたので父の事は良く知っていた。

 

登録後しばらくは、毎日の様に来て「カロリーヌ」の名を冠した児童本を全巻読破した。


「カロリーヌおじいちゃん」とは、いつも同じ席でその本を読んでいた父についたあだ名。
カロリーヌの名前に記憶があり、麻美さんが持って来た本を見て驚く洋一郎。家にもこの本のシリーズがあった。
元々は洋一郎が小学校に上がる時に買ってもらったものだが、姉の方が夢中になった。幼少期の大事な記憶。
貸し出し用にあったのは復刻版だが、たまたまあったオリジナルを見せた時、父は涙を流したという。
また、常連になった父に、イベントの朗読劇で子供を見送るおじいさんの役を頼み込んでやってもらったと話す麻美さん。

彼女にとっては「いい人」でしかない。

洋一郎は父と自分、母や姉との事を麻美さんに説明した。

家族を捨てた男。

驚いた麻美さんだが、思い出した様に、朗読劇の時、相手の子どもが姉弟の二人だったのがやり難かったと言われた話をした。
麻美さんのところで父が写った写真がないか探してもらったところ、武蔵野電鉄の広報誌「ムサQ」に掲載された和泉台文庫の記事に、後ろ姿ではあるが父の姿が写り込んでいた。
全体の佇まいに既視感があった。

 

その話を姉にした。話を聞くやいなや怒り出す姉。カロリーヌの本は、姉も自分の娘に復刻版を買って読ませていた。

 

すらすらと登場人物の名前が出て来る。だが今の父の話を聞いて、もう二度と読み返さないと言った姉。
その話は早々に切り上げられ、孫の遼星の話に入る姉。母への連絡を妻の夏子にさせた事を叱る。
だが自分が話した時に、父の事を隠しおおせる自信がなかった。姉からは絶対話してはダメと言われていた。
なおも食い下がる様に、父が「原爆句抄」を借りた時のいきさつ、麻美さんに話した尾崎放哉や山頭火の様なフラフラした生き方に惹かれる、といった話もしてみた。
「そんなのどうでもいい」とにべもなく断ずる姉。
母はもう八十過ぎ。長谷川のお義父さんと四十年近く連れ添って、今は血縁のない長男の家族と気兼ねしながら暮らしている。
姉が見て来た母の様々な苦労。泣いているところも、土下座して謝っているところも。その全ての出発点は「あのひと」なんだから。


父が残していた、携帯電話のアドレス帳や、カレンダーに残していた誕生日の事を話しても、無言で電話を切った姉。

 

その夜、帰宅した夏子に父の事を初めて話した。実の父親の話など、この三十年の付き合いの中で、数えるほどしかしていない。
子供や孫にやっかいな事を背負わさないのも私たちの務めだと言う夏子。
遺骨を手元に置いた方がいいという住職の話には「だめよ、そんなの」と一瞬での答え。

 

寝酒を飲みながら、和泉台文庫で借りて来た「カロリーヌとおともだち」のページをめくる。
姉と一緒に読むカロリーヌの本。母の姿の向こうにごろんと横になってタバコをふかしている父の姿。


懐かしさでまぶたの裏がじんわりと熱くなった。