新聞小説 「ひこばえ」 (3)  重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」 (3)  7/6(35)~7/26(54)

作:重松 清  画:川上 和生

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感想
佐山が話す、老人ホームへの入居希望。奥さんの想い。

青春を謳歌している若者を見るのは確かに辛い。
老人ホームか。今後もっと歳を重ねても、入りたいとは思わんなー。

というより持ち物を減らさないと。
ストップウォッチの話はちょっとこたえる。死んだ子にはリセットボタンしか残されていない・・・

 

あらすじ

第二章 旧友の時計 1~20
「よしお基金」会合での予告通り、佐山から電話がかかって来た。

明後日に会いたいとの事。佐山の方から職場まで出向くという。
私の職場「ハーヴェスト多摩」の内容紹介。二棟がL字に配置。

縦が「すこやか館」、横が「やすらぎ館」。

木や芝生、人工の川もありホタル狩りの行事も行う。


やすらぎ館の小林施設長と協力しての運営だが、私のすこやか館は介護不要の人が前提であり、作業は楽。

 

佐山が訪れる。彼がここに来るのは初めて。

珍しげに施設内を見回す。入居者のタイプについての質問(単身、夫婦)。後で館内を紹介する事に。
応接間で佐山が、奥さんと老人ホームに入りたい、との話を始めた。
それを聞いて、声を上げるほどの驚きはなかった。

ここで働き始めてからは、老いや死が身近なものとして迫る。

 

あと十年、二十年すれば施設はどんどん良くなる、という返しに

「いまの話なんだ」
奥さんと同い年で五十五歳の佐山。

この歳で入れる老人ホームはネットで探しても出て来ない。
それが佐山の相談。

今の年齢で入れる施設の紹介もしくは「ここ」への入所。
最初に、ここがかなりの人気物件で、コネを通す事が困難な事を説明する。そして別の心配も。
「ハーヴェスト多摩」では六十歳以上から入居出来るが、若い人でも六十五歳。ダンナに付き添っての入所だが、イジメ的な雰囲気もあり、住み易そうではない。
また寿命の関係もあり男女比が1:2。そんなところへ還暦前の夫婦が入って来たら・・・
「大変だと思うぞ、はっきり言って」。顔をこわばらせる佐山。
費用の面でも若くしての入居はかなりの高額になる。
六十歳になったら、という前提なら「サ高住」の方がいいかも、と提案。サービス付き高齢者向け住宅。2011年の「高齢者住まい法」改正により生まれた。基本は賃貸契約なので自由度が高い。

 

話も一段落し、「すこやか館」の案内にかかる。
まず大浴場。広い脱衣場にはベンチやマッサージチェアも配置。ウォータークーラーもある。

浴槽も三つあって泡風呂、ハーブ湯などが楽しめる。
部屋にも風呂はあるが、入浴中の事故を考えると、目が届く共同浴場の方に入ってもらいたい。
次いで食堂、居室、図書室、ギャラリーへと回る。

図書は入居者の寄付が多い。


最後に川のある中庭に出てベンチに座る。

職員数人がポールを立ててこいのぼりの設置を始めていた。
ひとしきりこいのぼりの話。芳雄君の思い出に絡む事を懸念したが、その気持ちを察して佐山が、自分の住まいはマンション高層階で、こいのぼりを揚げなかったと話す。自分の子供の頃の話になった時「俺も、こいのぼりの思い出はないな」と返す私。

 

不意に話を変えた佐山。「カミさん、最近具合が悪いんだ」
「よしお基金」の年次報告で、芳雄君の同級生が来なかったのは意図的なもの。
それは妻の仁美さんの望み。佐山が続ける。
芳雄が亡くなったのは九月。以来九月と三月に同級生が自宅を訪ねてくれる様になり、年間行事の様になった。
この三月も男女四人づつが来てくれ、仁美も歓待して彼らの話を喜んで聞いていた。ところが、級友たちが帰った後、仁美が「悔しい、悔しい」と言って泣いた。
高校生ぐらいまでは、芳雄の思い出話が主体。だが限界がある。芳雄の時計は止まったままでも、友達のそれは動き続ける。

あの日の級友の中に、恋人として付き合っている二人がおり、その女子は芳雄が好意を持っていた人。


それから日を重ねるごとに仁美の気持ちが塞いで行った。
七年の歳月は、心の傷を癒したわけではなく「かさぶた」になっただけ。はずみではがれると、初めの痛みが蘇える。
許してはいても、悔しさや怒りはそこにあった。

思い出したら、そこにまだあった。

 

中庭にこいのぼりが揚がる。歓声を上げる佐山。

いっときこいのぼりの話題になったが、また芳雄君の話に。
中国にある「失独家庭」という言葉。一人っ子政策下で、その一人を亡くした家族。社会問題になっている。

「若い奴のいないところに行きたいって、カミさんが言うんだよ」
アメリカにあるという、老人だけの街の事を聞く佐山。
1960年にアリゾナで開発された「サンシティ」原則五十五歳以上で、十九歳以下は家族でも住めない。かつて見学したが、いびつな風景。

 

長居を詫びて立ち上がる佐山。帰りながらストップウォッチの話を始める。アナログ式のそれは、例えば三時間五十二分二十秒を指した所で止めた時、リセットボタンを押すと、瞬時に0時0分0秒の位置に針が戻る。それまでの時間の積み重ねが一瞬で消えてなくなる。


芳雄が死んでからの7年間は、ストップウォッチで計る時間だった。

どこかにリセットボタンがあって、うっかりそれを押すのが怖い。