新聞小説 「ひこばえ」 (5)  重松 清 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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新聞小説 「ひこばえ」(5)  8/18(76)~9/17(105)
作:重松 清  画:川上 和生

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感想
父の遺骨と、住んでいたところの確認。幼い頃に縁が切れた父親の死。それも数日前まで生きていた。
何の思い入れもない、感情が湧かない中で大家さんから「お父さま」と呼ばれる居心地の悪さ。
携帯のアドレスに、捨てた家族の名前を入れていた父。

 

離婚でいったん縁が切れても、親子の血縁は残る。すごく微妙な心のヒダに沁み込んで来る感じが重松らしいという事か。だが死んだ人のトレースはどうしてもモチベーションが落ちる。退屈で仕方がない。

 

あらすじ

第四章 和泉台ハイツ205号室 1~29
四月二十九日の朝、早い朝食を済ませ、9時になるのを待ってアパートの大家さんに電話。姉の話では上品そうな人。留守電のメッセージ。必要事項を言ってスマホを切った。
それからすぐに先方から電話。川端久子さん。

こちらは昨日電話頂いた藤原宏子の弟、と名乗る。
事務的になり過ぎず、でも一線は守る・・・・同じ武蔵野急行電鉄線であり、これから伺えると言った。

 

各駅停車の電車に乗っている洋一郎。

川端さんとは駅で落ち合い、お骨のある寺に行くことに。
コーヒースタンドで時間をつぶし、川端さんに電話すると通路で軽く手を振る老婦人がこちらを見ていた。


ぎこちない挨拶の後、川端さんの話。クモ膜下出血で、ずっと眠ったまま亡くなった。見つかった場所は公園だったとのこと。ベンチの前で倒れていたのを子供たちが見つけて救急搬送された。
寺へはバスで向かった。この街に父がいた。十年前に越して来たとの話から、電車等で隣り合わせになった可能性も思う。

 

照雲寺は、風格ある本堂を構えた寺だった。川端さんから、住職の道明和尚を紹介される。年齢は四十代半ばか。実家の縁もあって、父の骨を預かってもらった。先導されて納骨堂に入る。

祭壇に置かれた骨壺に「俗名 石井信也殿」の短冊。

一九七〇年以来、四八年振りの再会。悲しみ、感慨はなく、感情は凪いでいる。焼香して手を合わせた。


住職の話では、ここでやっている写経教室にも何度か来たという。
父を納めた骨壺は七寸。いっとき、地方によっての骨壺寸法の話。西日本は三寸から五寸だという。
その話から、お骨を納める先を聞かれ、言葉に詰まる洋一郎。

あとはよろしく、では済まない。
川端さんが、お骨をしばらく手元に置いては?と持ち掛けた。

 

寺の前でバスを待つ川端さんと洋一郎。遺骨を手元に置く話には首を横に振ってしまった。川端さんは賃貸物件を三棟持っており、老人の孤独死は父で五人目。照雲寺に預けられ、過去四人は全て引き取り手なく合祀された。
住職が話した川端さんの好意。一人暮らし老人の入居を拒まず、トラブルにも誠実に対応。父の最晩年は、さほど寂しくなかっただろうと、初めて思う洋一郎。

乗ったバスで、父が住んでいたという「和泉台ハイツ」に向かった。

 

築三十年で、部屋は1LDK。和室にこだわったので、老人ばかりが入る様になってしまった。部屋は205号室。
父は十年前に入居。工事現場の誘導員が主な仕事だったらしい。家賃滞納はなかった。


アパートに着き、中を見せてもらう。部屋は綺麗に片付いていた。灰皿にタバコの吸い殻が二本。リビングの座卓にハイライトと使い捨てライターがあった。


無名ブランドのテレビにVHSのビデオプレーヤー、DVDプレーヤー。そしてVHSテープが数本とDVDソフト。
あとは文庫本と旅行雑誌。これらを見ても父の顔は浮かんで来ない。
その中に毛色の違った本が。「原爆句抄 松尾あつゆき」長崎に落とされた原爆で妻子を奪われた俳人の句集。妻を捨て、二人の子どもを捨てた者が、どういう思いでこれを読んだのか・・・・
本は図書館から借りたものらしく、その返却を川端さんに頼まれる。
次いで押し入れを開けると、上の段が空っぽ。持っているものが少ないから上の段が余った。
何も置くまいと決めたのか、そもそもなかったのか。

この先公園を見せてもらう予定だったのが、二時間足らずで疲れ切った。施錠した川端さんが鍵を渡す。業者に処分を頼むつもりだったが、しばらく通ってみれば?の言葉に逆らえず、それを受け取る。そして賃貸契約を一ケ月延長。

 

別れ際に父が持っていたという携帯電話を渡される。この一週間電話、メールの着信はない。
アドレスの登録は三十人ほど。リストの「石井」で始まるところには父の長兄「石井勝一」のみ。
スクロールの末尾近くで目を疑う。「嘘だろ・・・・」
画面に「吉田智子」「吉田宏子」「吉田洋一郎」の登録。旧姓の私たち親子。電話番号の登録はない。番号を知った時の準備か、ただ、かつての家族の痕跡を残しておきたかったのか?