小説 火の鳥 大地編(1) 一章 「上海」 作:桜庭一樹 | 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)

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小説 火の鳥  作   :桜庭 一樹 画:黒田 征太郎
                      原作:手塚 治虫

レビュー一覧

                             終章 超あらすじ  

 

はじめに

朝日新聞 土曜版「be」に2019年4月6日から連載中。
手塚治虫のライフワークだった「火の鳥」の大地編は、彼が構想していたメモがあるだけ。

キーワードは「日中戦争、さまよえる湖」
そのメモを、中堅女流作家が小説の形にして引き継いだ。

 

この連載が、コアなファンにとって好ましいものになるかどうかは微妙だが、手塚に捉われない二次創作として考えるべきかも知れない。
なんせ手塚氏の書いた構想原文は、ほとんど「入り口」でしかないのだから。

 

以下は「火の鳥」の作品群の年表。過去、未来を行きつ戻りつ、最後は現代に近いところに着地しようとしていたのだろうか。

<過去>                  <未来>
 紀元前      
エジプト/ギリシャ/ローマ編1956
 3世紀  黎明編1967       太陽編1986  21世紀
 4世紀  ヤマト編1968       生命編1980  22世紀
 7世紀  太陽編1986       復活編1970  25,30世紀
 8世紀  鳳凰編1969       望郷編1976  25世紀
10世紀  羽衣編1971      宇宙編1969  26世紀
12世紀  乱世編1978      未来編1967  35世紀
15世紀  異形編1981     
20世紀  大地編1988(構想) ←コレが今回小説になる  

注1. 4桁数字は発表年
  2. リンクは弊ブログでのレビュー
  3. 太陽編は過去と未来が交錯

 

 

感想
冒頭でも書いた様に「火の鳥」についてはちょっとウルサイ。
だから初めは先に書いた「手塚に捉われない二次創作として考える」なんて広い考えはなく、数回読んで見切りをつけていた。
だが「ひこばえ」の時に知ったBlog(ブックマークの「羊と猫と私」)で、この作品について語る「板」もあり、ちょっと覗いているうちに再度挑戦を思い立った。
手塚作品という先入観を捨て、フラットな気持ちで読むと、これはこれで「実に面白い」。

 

さて本編。
1938年といえば、日中戦争が始まり日本軍が大陸への侵攻を進め始めた時期。

外灘(バンド)という、上海有数の観光エリアで物語が始まる、
この章は、登場人物の性格付けといったところか。
間久部緑郎:関東軍のエリート。三田村財閥の娘 麗奈を妻に持つ。
このキャラクターは手塚が好んで使っており「未来編」のロックと根っこは同じ。冷酷だが、底に隠した弱さ、やさしさ。
間久部正人:緑郎の弟。関東大震災(1923年)で兄と決別する「何か」が起こった。今は八路軍のメンバー。この名も同じく「未来編」のマサトに繋がる。
ルイ:正人と親交のあるダンサー。八路軍のメンバーだが元清国の民。青幇のドン黄金栄の手下。芳子を皇女様と慕う。
川島芳子:黄金栄に拾われた元清国の王女。スパイもこなす男装麗人。これは実在の人物。
マリア:ウイグル語に堪能な謎の女。皆の過去を何故か知っている。
猿田博士:大きな鼻の科学者。火の鳥の力の元になる未知のホルモンを発見。

三田村要造:三田村財閥のドンで麗奈の父。後の重要キャスト。

 

「火の鳥」の力が及んでいるという、タクラマカン砂漠の、ロブノール湖への旅をチームとして始めるまでが描かれる。
各人各様の思惑、秘密が見え隠れし、読み返す毎に面白さが沸き上がって来る。

構想があるとはいえ、その内容は本作で言えばせいぜい3回目程度まで。だからこの作品はもう「桜庭一樹」の物語と言っていい。
その中に手塚の香りを時々感じて「ニヤリ」とするのが、コアなファンのあるべき姿だろう。間違っても手塚との色あいの差に文句をつけない事!(自分への戒めも込めて)

 

ここまでの中で特に傍点で強調されているところを太字で示している。
5回目の麗奈の言葉「六年後どちらかがどちらかを殺す」。

いずれこういうシチュエーションが出て来るという事か。
7回目の「昨年上海で客死された」山本五十六元帥」。

山本五十六は第二次大戦の中でも有数の軍人。1943年に一式陸攻で移動中に攻撃されて死亡。

この舞台の5年後に死んだのに、なぜ遺影なのか。
いずれも後に伏線回収されるだろうから、記憶しておこう。

 

挿絵はイラストレーターの黒田征太郎氏。

手塚作品には並々ならぬ思い入れがあるとの事で、バラツキはあれどもハマった時の破壊力が凄い!。

 

 

あらすじ
[1] 「逃げろっ、世界!」 [1] 4/6 ~ [8] 6/1
プロローグ 1938年10月
タクラマカン砂漠を、息も絶え絶えに歩く五十がらみの男、猿田博士。
「急がねばならん・・・・奴らにあの魔法を使わせないために」
「逃げろっ、世界!」

 

一章 上海

その1 関東軍ファイアー・バード計画
上海でひときわ大きな通り「外灘(バンド)」の喧騒。

日本軍の侵攻で二ケ月前までは戦場だった。
キャセイ・ホテルで開かれている日本大使館主催の大夜会。
財閥関係者の間に大日本帝国軍人の集まり。
その中心に居る三十がらみの美男子は、関東軍の司令部付き副官 間久部緑郎(まくべろくろう)。「中国なんて、揚子江の水まで日本のもんさ、アーハハハ!」とうそぶく。


最近三田村財閥の末娘と結婚した。

その麗奈がチャイナドレス姿で現れる。

緑郎に冷たい態度の麗奈は、バンドで笛を演奏している白人の女を引っ張り出して一緒に踊り出した。

 

1938年1月。開国から85年。日本はアジア随一の帝国になりつつあった。アジア全土の支配を夢見て中国大陸の西、南へと進撃する。

麗奈と踊るロシア女を見る緑郎。そこに声をかける、人並み外れて大きな鼻の男。
「猿田博士!」と声を上げる緑郎。陸軍大学校の恩師だった。


今は満州国の研究機関 大陸科学院にいるという。

ある発見をした事で緑郎の義父 三田村要造に呼び出された。
「火の鳥の伝説を知ってるかね?」と聞く猿田博士。

 

[2] 「これがファイアー・バード計画だ!」 4/13
「火の鳥ですって?」と聞き返す緑郎。
古代から世界中で目撃されている不老不死の生物。

16世紀以降その目撃談が絶えていた。
20世紀になって、この中国タクラマカン砂漠のロプノール湖周辺の動植物の長寿が話題となり、西太后も探したという。
猿田博士の研究により、それが未知ノホルモンである可能性が浮上した。
なぜそんな機密事項を教えられるのか、訝る緑郎の向こうから、大本営の犬山元帥が近づいて来た。
軍がその調査隊を出すのに緑郎を隊長に推薦した、と猿田博士。

 

キャセイ・ホテルの屋上から夜会の様子を見守る二つの影。

正人とルイ。犬山元帥らの様子を窺っている。

緑郎が自分の兄だと言う正人に驚くルイ。

とても信じられないというルイに「僕と兄さんの生きる道は1923年の夏に分かれてしまった・・・」と言う正人。
「ファイアー・バード計画」という言葉に聞き耳を立てる二人。

 

犬山元帥は、その未知のホルモンを皇軍の士気高揚に使うつもり。

これがファイアー・バード計画。
同行している向内大将と、雇うガイド等の詰めをするよう指示する犬山元帥。また本件のスポンサーが義父の三田村要造だという。
期待にお応えしましょう、と敬礼する緑郎。
この話を聞いてしまった正人とルイ。

そこから逃げだそうとした時、憲兵に捕まる正人。

 

[3] 「大世界へレ、レ、レッツゴーよ」 4/20
夜会に戻った緑郎に、憲兵の分隊長が不審者を捕えたと報告。

弟だと聞いて、親父と揉めたあげく大学を中退して上海に渡った正人の事を思い出した緑郎。
縛り付けられて血を流している正人に雑言を浴びせる緑郎。

 

付き合っている男娼まがいのルイの事も知っていた。
このやりとりを聞いた分隊長は、正人の縄を解いて、逃げるように出て行った。
「兄さんを尊敬しているが、兄さんを変えた15年前の夏・・・」と言いかけて飛び出す正人。考えるところがあって正人を呼び止める緑郎。
「お前はこの国に詳しいからガイドに雇ってやる」

緑郎と正人が遠ざかって行くのを見る女。弟がいたのは知らなかった。まだまだ謎が多い・・
そこに取り巻きを連れた麗奈が現れてその女-夜会のバンドに居て一緒に踊ったロシア人-に声をかけた。間久部麗奈と聞いて、初めて緑郎の妻だと知った女は、マリアと名乗る。
誘われるままに同行するマリア。


[4] 「じいじい、今夜もお楽しみかい」 4/27
その2 西太后のため息
外灘(バンド)から内陸に広がるフランス租界。

その路地の茶館の奥に立ち、合言葉のやりとりをして入り込む正人。

八路軍の兵士が十数名。
清が滅亡して以来、混乱の戦乱時代が続き、昨年の夏に日中戦争が勃発。中国の各党は共闘して「八路軍」を作った。
兵士の一人、ルイが駆け寄って来て無事を喜んだ。
リーダーにファイアー・バード計画の詳細を話す正人。

だが中国人の兵士が、憲兵にパクられた者など信じられないと拒む。それをとりなすルイ。正人も共産主義に忠誠を誓った。
調査隊にスパイとして潜入し、報告する話が了承されたが、ルイも同行させるとリーダーが言った。
兄をスパイする事にやや暗い態度を示す正人。
「兄弟でも、敵だ!」と言い残して「大世界(ダスカ)」の舞台に出掛けるルイ。

 

大通りにある華やかなビル「大世界」は演劇、ダンスホール、食堂などを備えた複合施設。

 

三階のダンスホールでは麗奈たちが踊り狂い、それをマリアが見ている。
その一角に座る、小柄な中国人の老人は黄金栄(ワンジンヨン)。

青幇(チンパン)のゴッドファーザー。
化粧したルイが舞台に飛び出し、飾り刀で美しく舞う。

そして決めポーズの後、黄金栄にウインク。
そこに訪れた、細身で短髪の男装麗人が「じいじい、あとでおいらの店、東興楼にも来ておくれ」と声をかけた。黄金栄はちらりと見て、
「ほぅ、愛新覺羅顯㺭(あいしんかくら けんし)--川島芳子か」

 

[5] 「おいらの煙は西泰后のため息なのさ」 5/11
川島芳子こと、滅亡した清の皇族の王女 愛新覺羅顯㺭。

数奇な運命をたどり、清王朝の復興を夢見て時には日本軍にも協力する女スパイ。
三階のダンスホール「東興楼」を回る芳子を見つけて「お姉ちゃま」と声をかけた麗奈が、マリアを紹介した。
マリアの吹く笛の音を聞いてうっとりしたかと思うと、芳子が怒り出す。
日本の力を借りて清王朝の復興が出来ると思ったが、満州は日本の傀儡。騙されたと判った時には青幇の手に落ちた。


阿片のゆらめきを見て「おいらの煙は西太后のため息なのさ」
それに対して「大日本帝国はアジア全体の平和のために戦っている」と話す麗奈。昨年豪華な披露宴をした夫(緑郎)の受け売りか?とのからかい。
夫と占い師に見てもらったら六年後どちらかがどちらかを殺す、と言われた、と話す麗奈。

それを笑う芳子に、亡き自分の母が、未来を見る千里眼を持っていたのだと言う。だから占いは信じてしまうのだと言う麗奈。

そんな会話に聞き耳を立てるマリア。

 

大世界の最上階の小部屋で、ルイからの報告を聞く黄金栄。

ファイアー・バード計画。

未知のホルモンは「金のなる木」。三田村財閥の狙いを知った。
「我々が未知のホルモンを手に入れるのだ!」と言ってルイを送り出す黄金栄。そして部下には、芳子に命じて三田村家の向内の指示を受けるようにと伝えた。
ルイも芳子もわしの犬。黒社会の借金を青幇が助けた。骨になるまで命令を聞かねばならん・・

 

[6] 「スキだけど裏切るの」 5/18
三階の廊下に掛けられた、タクラマカン砂漠の絵を見てウイグル語で「懐かしき我が四方の砂漠よ・・・」と呟くマリア。

それを聞いて驚く芳子。
その時、黄金栄の部下が来て呼び出される芳子。
芳子と反対側を歩いて階段を降り、大世界ビルを出るマリア。

 

租界の小さな路地。

自分の部屋の二段ベッド上段で眠っている正人を訪れるルイ。
出会った時から君は優しかった・・・
でも助けられた子犬が正直者とは限らない!と言うルイ。
遠くの胡弓の音に合わせて歌う。

「スキだけど裏切るの・・・それがボクの愛し方・・・」


その3 秘密結社(鳳凰機関)
間久部緑郎は黒い車に乗せられて三田村家に赴く。

中二階の応接間で待っていると向内大将がやって来た。
ロブノール行きの旅程を詰めるという。広げられたアジア地図。
上海を出て揚子江沿いに西進。南京から重慶。そして山岳地帯を抜けて蘭州、ウルムチ。そこから南へ行け。そこがタクラマカン。
山岳地帯の軍閥に顔の利く、特殊なガイドを手配したという。

それは女。

 

三田村家の玄関に立つ川島芳子。酒の匂いをプンプンさせている。
一階の広間に通されて待つ。

壁に小さな鉄製の扉があり、少し開いている。地下室のようだ。
そこに麗奈が入って来た。扉が開いているのに気付き、入ろうとしている芳子を止めた。父から絶対に入ってはダメと言われている。
「よーくわかったよ」と芳子。

 

[7] 「この不良くずれのスパイガール」 5/25
お茶のおかわりを要求して麗奈が居なくなったスキに、扉の中に入って行った芳子。
長い階段を降りた先に「鳳凰機関」の表札の掛かった部屋。障子に指で穴を開けて覗くと二つの遺影。一つは多分麗奈の母親。もう一つは昨年上海で客死された山本五十六元帥。息を飲む芳子。
広い和室の奥から話し声。
「次に鳳凰が飛ぶのはいつだ!」 「焦ったって、まーだわからんさ」

「あの男ならすぐに帰還してくれましょうよ」
満州にいる筈の関東軍参謀長に参謀副長。あと一人は不明。
まるで関東軍司令部。危険を感じて階段を上る芳子。

 

扉から出たとたん、召使いに首根っこを掴まれる芳子。

やめる様叫ぶ麗奈の背後から声。父の三田村要造。

吊るされたまま中二階への階段を上がる芳子。

緑郎と向内大将の居る応接室に放り込まれた芳子。
「まさかこのスパイガール?」と聞く緑郎に頷く向内。

今回のガイドには適任だと言う。

 

四つに分けられるという旅程。
一つ目は上海から南京。線路が破壊され復興中。

二つ目は南京から重慶。ここは戦闘地区であり船で行くしかない。そこは弟の正人と現地ガイドを使う、と緑郎。
三つ目の重慶から山岳地帯を登る行程は、各部族が跋扈する難所。
そのために呼ばれたと悟る芳子は、モンゴル族や軍閥にも顔か利く。
四つ目は更に難物。ウルムチから南。タクラマカン砂漠を進み、ロプノール湖に向かう。ウイグル族の商人との交渉が欠かせない・・・・
あてがあるという芳子。

ウイグル語が話せる・・・笛吹きのマリアを思い出した。

 

[8] 「武器を扱える者はいるか」 6/1

その4 スパイたちの輪舞曲(ロンド)
五日後の夕刻。
日本陸軍司令部の一室。緑郎と弟の正人がテーブルを挟んで座る。未知のホルモンへの思いを語る緑郎は、正人の横顔を見て、子供の頃一緒に遠出した事を思い出す。
そんな緑郎に対して、こいつは敵だ、でも兄さん・・・と苦しむ正人。
そこへルイ、マリアが続けて入って来る。そして来たのは川島芳子。労働者風の男装。
最後に向内大将が現れた。椅子を譲る緑郎。

 

作戦会議が始まり、旅程と役割分担が決められた。

武器を扱える者は?と緑郎が皆に言った。
芳子は自前の小型ピストル。

ルイは見掛けによらず飾り刀で見事な立ち回り。
マリアが腰の武闘笛を武器にして、ルイを相手に輪舞を演じる。
緑郎は嫌がる正人に銃を渡す。
記録のためメンバーの写真が撮られた。準備が進む中、外を眺めて危険な任務を予感する芳子にマリアが、あなたは帰って来られますと言う。だが自分についての悲観的な予想をウイグル語で呟いた。

 

翌日の朝、火の鳥調査隊に出発を犬山元帥に報告する向内大将。
メンバーの記録写真を見た犬山元帥が、マリアを指して名を聞いた。
ウイグル語通訳のマリアと聞いて、カッと目を見開く犬山。
「楼蘭の笛吹き王女マリアか!よりによって。三田村総裁へ報告しなくては」