『The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun』(邦題:フレンチ・ディスパッチ) ウェス・アンダーソン監督 2021年アメリカ ディズニー
この映画、漸くAmazonプライムビデオに登場して観ることが出来ました。まさに唯一無二と言えるウェス・アンダーソンの世界、人によって好き嫌いが分かれると思いますが、私は時々この世界を覗いてみたくなる方ですね。
これまで観た同監督の作は『ムーンライズ・キングダム』、『グランド・ブダペスト・ホテル』、『犬ヶ島』だったでしょうか。ご存知ない方に伝えるのは難しいですが、とにかく「ビジュアル」に徹底的にこだわる監督です。
本作はそんなアンダーソン監督の10作目で、「フレンチ・ディスパッチ」なる20世紀の架空の雑誌の話。この雑誌は(これも架空の)アメリカの新聞「カンザス・イブニング・サン」の別冊で、フランス支局でつくられている。
そして冒頭の写真が編集長、アーサー・ハウイッツァーJr.。演じるは私の好きなビル・マーレイです。本作は、雑誌をつくる記者や批評家とこの編集長とのやり取り、更にその掲載記事自体を映像化したオムニバス作品でした。
事情はネタバレのため書きませんが、この雑誌の最終号に載った4つの興味深い記事が、4つの物語として展開していきます。私が観ての感想は、とにかく映像の情報量が多い!短編だから何とかついていけたな、という感じ。
また、キャストも豪華です。エイドリアン・ブロディやレア・セドゥを始め、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン等々、凄い面子。ほんの端役でウィレム・デフォーやシアーシャ・ローナンが出ているほど。
それぞれの物語を詳しく書くわけにはいきませんが、「映像化された雑誌」のため、すべてタイプが違います。例えば自転車で移動しつつの街のレポートであったり、美術界の画期的ニュースとか、学生運動を取材したものも。
そしてその全てに溢れているのが、監督がもつ映像への強いこだわり。なにせ時々アニメーションが混じったりします。構図も独特で、どこを切り取っても絵になる彼独自の映像表現、私が好きなのは「静止する映像」ですw。
また、この監督の作がもつ一貫した特性といえば、やはりユーモア・エスプリであり、描く対象への深い愛情でしょう。それは『グランド・ブダペスト・ホテル』では古き良き欧州へ、『犬ヶ島』では日本文化へのリスペクト。
そして本作では、フレンチ・カルチャーなるもの、そして活字文化、への愛だと感じます。物語の舞台となる架空の街「アンニュイ・シュール・ブラゼ(直訳:無関心は退屈)」は、フランス西部アングレームで撮影したそう。
いや、この風景が実に美しい。と言ってもアンダーソン監督の映画に「遠景」はほとんど登場しません。ある空間を切り取った、いわば「箱庭的世界」のような映像の背景として、この古い石造りの街が上手く映えていました。
今日はちと褒め過ぎかな。でも一度観ただけはとても消化できないほどの、みっちりと情報とセンスが詰め込まれた映像でした。ともすれば「変態」の域では、と思えるほどの「アンダーソン世界」全開の映画と言えましょう。
その「彼にしか出来ないもの」という点において、物語世界で名物編集長がつくっている雑誌「フレンチ・ディスパッチ」と、それを描いたこの映画そのものとがシンクロしてくる。本作ではそこを楽しんでいただきたいです。