『日本語の発音はどう変わってきたか ~「てふてふ」から「ちょうちょう」へ、音声史の旅』  釘貫亨 著  中公新書

 

数個ある私の読書テーマのひとつが「日本語」。その特色と歴史的変遷を知識として得ることが何より楽しいのですが、本書はその中でも「日本語の発音」を扱ったもの。ちと難解、されど非常にエキサイティングな一冊です。

 

もう20年以上前に「昔の日本語は今と違う発音だった」と知ったのでしたが、当時それを文章で読んでも、今ひとつピンときませんでした。ところが近年You Tubeを使うようになって、その恐るべき実態を耳で感じられた次第。

 

本書に付けられた帯には「羽柴秀吉は〈ファシバフィデヨシ〉だった!」というキャッチーなコピーが載っていました。当時、ハ行の発音は「ファ行」だったらしい。さらに歴史を遡ると、奈良時代のそれは「パ行」であった!

 

You Tubeではそうした古代語、中世語を音声で聞けるんですね。初めて聞いた時の驚きたるや、もう凄かった。そして次に湧いた疑問が「どうやってそれが現代にわかるのか?」であり、本書はそれを解明してくれる好著です。

 

その全てを記すのは困難ですが、古の日本語発音を「再建」するための素材は往時のテクスト、即ち古文書です。書かれた文字から音声を復元するという不思議、でも本書を読めば、日本語学者たちの壮大な営みが見えてくる。

 

各章は上代から現代へと並び、まずは奈良時代の音声再建から始まります。序章第一節のタイトルは「万葉仮名が日本語の形を保存する」と意味深なもの。「阿伊宇江於」など一音を漢字で表現した「万葉仮名」こそ手掛かり。

 

私の筆では説明が下手なのをお許しください。例えば「コ」音を表すのに数種の漢字があるのですが、それが用法によって2つのグループに分けられるという。この排他的な在り方こそ、発音の違いを表す区別の証である、と。

 

そうしたグループ分けがあるのは「イ段」「エ段」「オ段」だけという事実、そして当時の発音の元となる中国語音声(隋唐音)からその区別されていた発音の実際を解き明かしていく。このあたりまるで探偵小説のようです。

 

こうして再現された上代日本語の発音は、母音が8つという現代とはだいぶ違うものでした。そしてこれを原点として第2章は平安時代、第3章鎌倉時代、第4章室町と、順に時代を下りつつその発音における変遷を辿ります。

 

平安時代に出来た平仮名の用法から「音便」の発生を読み取り、鎌倉時代に藤原定家が提唱した「漢字仮名交じり文」を「表記改革というルネサンス」と位置づけその意図を探る。時代毎のテクストが全て手掛かりなんですね。

 

室町時代になると、今度はイエズス会宣教師による日本語文法書という全く違う観点からのテクストが大きな証拠となります。ローマ字による具体的な発音表記、それで「ファシバフィデヨシ」だったこともわかるというわけ。

 

最後に近世では、契沖・本居宣長という二人の国学者による「古代音声の再建」が本書クライマックスのように描かれ、それまでの長い歴史による音声の変遷を見てきた読者には、彼らの快挙がことさら強く響くと思われます。

 

とても全てをご紹介は出来ない、さほどに深く専門的な内容も多い一冊でした。しかし最初に述べた通り、You Tubeで古代日本語音声動画をつくった方々は、そうした学術的根拠をふまえて発話しているわけ、なんですよね。

 

現代人には驚きの発音であるその日本語のバックボーンには、こうした日本語学者の方々の長い長い探求の歴史があるのです。お好きな方はまずYou Tubeで「古代 日本語」で検索を。そこから本書に戻れば効果が倍増ですw。

 

via やまぐち空間計画
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